噛ませ犬のクラフトワーク   作:刺身798円

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後日譚

【これで終わりでよかったの?私がもう一度ルール違反すれば、助けられるよ。】

「それは絶対にいけない。彼はルールに則って勝利条件を満たした。だからこれで終わりでいいんだ。」

 

制止した時間の中で、イアン・ベルモットは執刀医にそう告げた。

 

執刀医がすでに一枚警告をもらっているのは、イアンにとって予定外だった。

サーレーが勝利条件を満たしていない場合、ここで一枚目の警告とともに執刀医がイアンの救助を行う予定だったのである。

しかしサーレーは勝利条件を満たし、執刀医はズッケェロがオリバーを打倒していたためにすでに一枚警告をもらっている。

これは、イアンの完全敗北だ。

 

【そう、寂しくなるね。】

「お前は、この世を好きに楽しめ。」

 

イアンは執刀医に、楽しそうに笑いかけた。

 

「なんでこの世に神がいないのか、私には理解できたよ。アイツらはみんな、生きることがつまらなくなって自殺したんだ。」

 

全知全能の神は、無敵の戦士は、絶対に負けない英雄は、ひどくつまらない人生を送っていることだろう。

イアン・ベルモットは、自嘲した。

 

クレイジー・プレー・ルーム。

部屋を頭蓋に見立てて、内部を自身の脳と同化させるスタンド能力。

その内側では、イアンはいつだって完璧超人だった。

 

なんでも出来て、なんでも思い通り。

時間も任意だし、運命も好きに操作できるし、自分の強さも自在に設定できる。

イアンの能力は、底が見えないのではない。底無しなのだ。

 

その気になれば、脊髄神経を張り巡らせて運命を操作することだって可能だ。

部屋の中と外で齟齬が起これば、恐ろしいことに部屋の中の法則が優先される。

少し思い出せば、辻褄の合わないヶ所の時間軸を修正することだってできる。

 

ゲームならばともかく、実際の人生ではこれほどつまらないことはない。

イアン・ベルモットは、ずっと苦しみを求め焦がれていた。

 

日々の幸せも手に入らないし、人間も意志を持たないマネキンにしか見えない。

どれもこれもが作り物で、イアンが脳内に思い描けばそれはイアンの望み通りに動いていく。

時折感じる痛みだけが、人生の現実だった。

 

精神の未熟な幼少の頃から、イアンはそんなスタンドを持たされていたのだ。

そりゃおかしくもなるし、常人とは価値観もズレて当然である。

 

全てを投げ捨てて、普通の人間として普通に生きたほうがいい。

自分は凡人だ、それはイアン・ベルモットの心の悲鳴に他ならない。

 

しかし油断していたら、勝手に発動してしまう厄介極まりない能力。

制約をかけにかけても、漏れ出た能力の残滓だけで強烈に周囲に影響を及ぼしてしまう。

イアンのクレイジー・プレー・ルームは、信じられないほどにそのスペックが高かった。

 

部屋を世界に置き換えれば、その異常性が顕著にわかる。

好きに生命を生み出し、運命を自在に操作する何者か。

頭の中で希望を願っただけで、それは勝手に叶ってしまう。

 

子供でも少し考えれば、その危険性がすぐに理解できる。

イアンは自身のスタンドに厳重に制約を課して、その正体を覆い隠した。

 

一切刺激のない人生は、その意義を感じられない。せっかく生を授かったのに、それは虚無に等しかった。

虚無から何かを生み出すのが人生ならば、彼の人生には意味がないという結論になってしまう。

 

それはひどく悲しく、絶対に許容できない。きっとイアンでなくとも、誰しもが許容できないだろう。

それなら一切合切を混沌のテーブルに放り投げて、命をかけて全力で遊ぶしかないじゃあないか。

 

混沌の支配者イアン・ベルモットは、苦難を跳ね除けて何かを為そうとする人間を、ひどく愛する傾向にある。

ゆえにオリバーを贔屓し、リュカを可愛がり、サーレーを愛した。

拷問に耐え抜いてイタリアを守ろうとしたパンナコッタ・フーゴを、生かして返した。

逆に保身に執着するだけの人間や安易な道を選ぼうとする人間、ディアボロやチョコラータにはさしたる興味を示さない。

 

それは羨望なのか、或いは他の何かの感情か。

イアン本人にもよくわからない。

 

「マイフレンドは私と全力で遊んでくれた。嬉しかった。楽しかった………本当に楽しかったんだ。だから、これでお終いでいいんだ。」

【そう………。】

 

執刀医は寂しげに、イアンに視線を向けた。

 

「さあ、最終幕(グラン・フィナーレ)だ。私の人生最大の見せ場なのだから、お前はどこかに行っていなさい。」

【………君は死んで骨も残らない。】

「もちろんだ。敗者は骨も残さずに、綺麗さっぱりと消え去るさ。私は生きていては危険過ぎる。赦されない大罪人だ。」

 

イアンは、晴れやかに笑った。

割れるような頭痛を堪えて、イアンは狂人として最終幕を自分らしく飾る義務がある。

 

「………私は目的を達成し。」

【イアンの仲間は生き残り。】

「お前はのうのうと生き延びる。」

【全知全能のイアン・ベルモットからの、君たちへのささやかな叡智のプレゼントだ。】

 

イアンと執刀医は顔を合わせて笑った。

二人のその言葉と同時に、制止した時間が動き出した。

 

「ありがとう、人生!!!ありがとう、マイフレンド!!!」

 

理解のできない男は、理解できないまま最期にそれだけ告げて炎に飲み込まれて消えて行った。

 

◼️◼️◼️

 

「………。」

「早く殺せよ。」

 

死んだ目をして床にうつ伏せるオリバーに対して、ローウェンはしばし思案した。

感情だけが、ローウェンに伝播している。オリバーの最後の希望だけが。

ローウェンの瞳から、漆黒の殺意は消え去った。

 

「どうしたッッッ!!!俺を早く殺せッッッ!!!」

「………俺はこの怪我だ。暗殺チームを引退せざるを得ない。」

 

ローウェンは失った片腕と、骨が皮を突き破った左足をオリバーに向けて見せた。

 

「それがどうしたって言うんだッッッ!!!」

「裏社会は、貴様らが起こした事件のせいで深刻な人材難だ。………契約だ。俺がお前の大切なものを、命がけで守ろう。お前は命を捨てて、フランスのために尽くせ。」

「………?」

 

ローウェンはゆっくりと考えをまとめて、それを口に出した。

 

「次の暗殺チームは、俺から見ればまだまだ未熟者だ。お前はそれを支えろ。今この場を以って、お前は俺の部下だ。差し当たってお前の最初の仕事は、俺を組織に帰還させろ。まともに歩けなくてな。」

「こんなに凶悪な事件を起こしておいて、俺だけ今さらのうのうと生き延びられるわけがッッッ………!」

「苦しみを超えて、生きろ。生きて死ぬほど苦しんで、いつか罪を清算しろ。俺がお前を仕込んでやる。」

 

カソックを着た赤毛の青年は、神父となって迷える子羊を導いた。

 

「いつかその罪が消えるまで、贖罪の塔を天に届くまで積み上げろ。人々の心を動かすほどに高く。それがお前に課せられた使命だ。お前がいつか大切なものを取り戻すことを、俺は心より願っているよ。」

 

赤毛の青年は、静かにそれだけつぶやいた。

 

◼️◼️◼️

 

「そりゃまた、とんでもないスタンド使いと出くわしたもんだねぇ。」

 

亀の中のメロディオはお茶をすすり、ポルナレフは羊羹を摘んだ。

………あなたたちは幽霊なのではなかったのか?なぜ幽霊がお茶を飲み、羊羹を摘んでいるのだ?

サーレーは細かい疑問を棚上げにした。

 

「………やっぱりそうか?」

「そりゃそうだよ。脳内でしょ?その気になれば、なんでもできるに決まってるじゃん。人は脳内で空が飛べるし、無敵にもなれる。世界の支配者にだってなることができる。普通のスタンドとは出来ることの次元が違う、まさに異次元のスタンドだよ。」

 

戦いを終えた後、サーレーには一切の現実感がなかった。

達成感もなく、倒したと言う実感もなく、ただただ必死だった。

終わって疲れて帰って二日間寝込み、起きてシャワーを浴びている最中に基地にズッケェロを忘れて帰ったことを思い出した。

だがその時には、戦いの後始末は全てミスタが済ませていた。

 

「危険度算出不能って言われたしなぁ。」

 

敵が死亡し、赤黒い世界が消滅した後。

ヨーロッパのいくつかの国、特にスペインとイタリアとフランスは大きな被害を受け、敵を打倒した後に緊急の裏社会総会議が行われた。

人材は枯渇し、早急に被害を受けた地域の立て直しが必要だ。

 

その会議の末節で、敵の能力の分析結果も提出された。

さまざまな角度から多角的に危険度を算出した結果として、サーレーは危険度算出不能という前代未聞の結論をミスタから聞かされた。

 

危険度算出不能、二万人の死者が出てなお被害を最小に抑えられたとそう判断されるレベルの超級の異物。

それが、イアン・ベルモットというスタンド使い。もしもイアン・ベルモット以外の人間にクレイジー・プレー・ルームの能力が渡っていたら、被害はこんなものでは済まなかった、と。

 

サーレーが必死に戦って敵を打倒しても、それは敵にとっては遊びの域を出なかった。

しかし敵にとっては、その遊びが人生のその全ての意義だった。

 

「そのせいで………。」

 

横に座るマリオ・ズッケェロが渋い顔をした。

彼は軍事基地の三階で、怪我を縫合されて眠っているところをミスタに救助された。

 

「ほら、言ったでしょ。生きて帰れば、ズッケェロさんの異名はヨーロッパ中の恐怖の代名詞になるって。」

「いやいやいや、マジで勘弁してくれよ。」

 

暗殺チームに付けられる値札。市場推定価格。

その一位であるローウェンは、戦いの怪我で暗殺チームを引退をした。二位のメロディオは死亡した。

 

ローウェンに関してはジョルノが治療を打診したが、本人がそれを拒否して一人の子供を引き取り、引退を表明したのである。

順当に行けば三位のサーレーがトップに躍り出るはずだったのだが………。

 

「イアン・ベルモットの危険度が算出不能のせいで………。」

 

今回の事件でサーレーの市場価格に上乗せされた額は、ゼロ。

イアン・ベルモットがあまりにも危険過ぎたせいで、数字で評価出来なかったためである。

結果として、最上級危険度と算定されたオリバー・トレイルを仕留めたマリオ・ズッケェロがまさかの一躍トップに躍り出た。

 

参考のために記載しておくと、暗殺対象の危険度は十段階で評価される。

それは社会の受けた被害、戦力、目的を総合して計算される。

 

イアン・ベルモットの危険度はそのうちの十で、過去にこの数値が付けられた暗殺対象は存在しない。

本来ならば、それは絶対に使われることがないはずの数字だった。

オリバーの危険度は八。八と九が、最上級危険度であり現実的に付けられる最高の数値だ。

 

エンリコ・プッチもその目的を考えれば危険度十と評価されてもおかしくなかったが、目的が不明のままサーレーに倒されたのとメイド・イン・ヘブンではなくホワイト・スネイクで戦力算出されたせいでその危険度は七。リュカ・マルカ・ウォルコットも七。ベロニカは八。ディアボロで九。ディオ・ブランドーですら八。

討伐しやすい個人の危険度は低くなり、組織の危険度は高くなりやすい傾向にある。

 

ディアボロの危険度が高いのは、年間に万単位で麻薬被害者を出していたせいである。

ディオが八なのは、戦力は高くとも実際の被害者数がさほど多く無いのと別に世界の破滅を目的に行動していたわけでは無いからである。

イアン・ベルモットは社会への被害者数、戦力、目的、その全てにおいて危険度が最上位と認定された。

 

「俺は逃げられたんだよッッッ!!!なんで俺が倒したことになってんだッッッ!!!」

 

その理由はシンプルである。

 

「えー、でもフランス暗殺チームの新しい副リーダーがそう言ってたって。」

 

フランス暗殺チーム新副リーダー、通称、回転木馬(カルーセル)

ローウェン以来初めて初期市場価格が一億ユーロもの破格の値札を付けられた、どこからともなく現れたポッと出の超大型新人。サーレーですら初期市場価格は四千万ユーロだったのだから、その期待値の大きさが伺える。

ちなみに新リーダーは、そこまで大したことない。あっという間に下剋上されるだろうというのが、大方の見方だ。

 

怪物ローウェンに代わって台頭した、新しい怪物。

本名は誰も知らず、その通り名だけが知る人ぞ知る名前として裏社会に瞬く間に轟いた。

その任期は無期で、本人は何かに取り憑かれたように社会のために尽くしているらしい。

 

回転木馬は攻撃であり、防御であり、技術であり、逃走手段である。

万能性が高く、経験値が高く、仕事の信頼度が恐ろしく高い。

ただ、昼日中は諸事情により外出することができないそうだ。

 

「俺はそんなに強くねぇよ!!!能力の融通も相棒ほどきかねぇし!!!」

「機転も実力のうちだよ?」

 

メロディオは楽しそうに笑っている。

 

「そうだな。戦いの中で、どれだけ頭を回転させられるかも実力の内だな。その点では、お前はサーレーよりも上だろ?」

 

ポルナレフも頷いた。

 

「ぐぬぬぬぬ。」

「よう、お邪魔するぜ。」

「副長!!!」

 

グイード・ミスタが外から亀の内部へとやってきた。

 

「すんません!!!副長!!!事件の後始末を全部任せてしまって………。」

「ああ、気にすんな。大したことじゃあねぇよ。今回の事件では、俺にできることはそれくらいしかなかった。敵のボスを倒したのはお前だ。」

「まだ倒した実感が湧かねんすよ。」

 

サーレーは、燃え尽きた状況に近い。

敵を打倒したのに実感が湧かず、心には母親を失った穴がポッカリと空いている。

少し時期を置いたら、その辺のことも考えないといけない。

 

「まあそうだろうなぁ。本気でヤバかったしな。でも倒したのがお前だという事実は、絶対だ。」

「絶対すか。」

「ああ。」

 

ミスタは笑うと、懐から一枚の小切手を取り出してサーレーへと差し出した。

そこには、五百万ユーロという巨額が記載されていた。奇しくもサーレーがポルポから奪おうとした隠し財産と、同額。

 

「これはッッッ!!!」

「すまねぇな。お前の功績を考えれば本当はもっと渡してやりてえんだが、事件でパッショーネの台所も火の車なんだよ。これが暗殺チーム全体への、今回の事件に対する働きへの褒賞金だ。」

「こんなに………。」

 

サーレーはズッケェロと目を合わせ、目を瞑り、しばし考えた。

血反吐を吐くような葛藤の末、やがてサーレーはミスタへと告げた。

ちなみにミスタはそのサーレーの苦悶の表情に、ちょっとひいた。

 

「………副長ッッッ!!!それは………被害を受けたミラノの復興資金に使ってくださいッッッ!!!」

「なんだなんだ、いきなり慈善家みたいなことを言い出して。」

 

苦悶の表情をした末に受け取りを返上しようとした馬鹿な部下に、ミスタは優しく笑った。

 

「ナメんじゃねぇ。イタリアとパッショーネは、チンピラに心配されるほど落ちぶれちゃあいねぇよ。人は社会から正当な対価を受け取るから、社会に対して奉仕できるんだ。これは正当な対価だ。まあどうしてもっていうんなら、これで被害を受けたミラノの不動産物件でも買ってくれや。いいのを紹介するぜ?」

 

ミスタはサーレーに小切手を渡すと、指を立てて去っていった。

 

「何あの人、ハードボイルド。超カッコいいんだけど………。」

 

メロディオは、男の趣味が悪かった。

 

「あの人は俺と同じくらいモテねぇぞ?」

「女が見る目がないんだよ。」

「金もあるし地位もある。そう言われりゃ、女の方が見る目がないんかな?」

「組織の汚れ仕事担当だしね。相手のことを考えて、自分から女を近付けないだけかもよ。」

 

ズッケェロは首を傾げた。メロディオの言葉には、案外信憑性がある。

どちらが真実なのか、ズッケェロには判別しかねた。

 

「それにしても、また二人きりに逆戻りか。」

「モッタがいるだろ?」

「アイツは情報部が本業だろう?」

 

暗殺チームのメンバーは、現在サーレーとマリオ・ズッケェロだけ。

残りのホル・ホースとウェザー・リポートがどうなったかというと。

まずはウェザー。

 

『お願いしますッッッ!!!三年間の契約延長で、二億ユーロ支払います!!!』

 

スペイン暗部の現総責任者、レノ。

パッショーネは彼らにウェザーの契約延長を打診され、現暗殺チームリーダーのサーレーがその窓口になった。

彼らの組織はスペインカタルーニャ州のテロによって金がなかったが、必要な経費をケチるわけにはいかない。

それは社会の安寧のための必要経費だ。

 

『そう言われてもなぁ。ウェザー、お前はどう思うよ?』

 

ウェザー・リポートの市場推定価格は、今現在一億五千万ユーロほど。

これは五年契約の目安価格であり、それを基準に考えれば三年で二億ユーロは高い。

しかし暗殺チームは基本使い捨てであり、需要と供給、何度でも使い回せる期待値の高い人間は価格が上限無く跳ね上がる傾向にある。

 

『それでは………二年半で三億ユーロでいかがでしょうか!!!』

 

一回渋っただけで、とんでもなく値段が跳ね上がった。

単年契約計算で、およそ六千万ユーロから一億二千万ユーロへ。

 

『え、えぇ!?』

『これ以上は出せません………二年半契約で、四億ユーロ!!!』

 

なんかとんでもないことになってきた。サーレーは恐ろしくなった。

これ以上出せないとか言っときながら、レノの表情は不退転の覚悟に満ち溢れていた。

 

なんか土下座しそうな勢いだ。

断ったら、背後から刺されるのではなかろうか?

 

『す、すいません、ちょっとボスに電話させてください。』

 

その後にパッショーネとウェザー・リポートを交えて話し合った結果、無償での二年間契約延長という形に落ち着いた。

 

『俺もスペインにはよくしてもらっている。それで人の役に立てるのなら、俺は別に構わない。』

『スペインは事件によって大きな被害を出している。ここで貸しを作っておけば、将来にわたって長く良い付き合いが見込めるはずだ。』

 

それがウェザーとジョルノの言葉。

そして次はホル・ホース。

 

『あのヤロー、まさかのバックれやがったッッッ!!!ふざけやがって!!!パッショーネに楯突いて生きていけるとでも思ってんのかッッッ!!!ボス、俺が追って始末します!!!』

『ああ、別にいいよ。』

『は?』

 

ホル・ホースは、入院しているはずの病院から忽然とその姿を消した。

ジョルノはサーレーの言葉に、笑って手を振った。

 

『彼はもともと、どこか一か所に縛られるタイプの人間ではない。でもパッショーネに弓引いて、その罪をキッチリと清算してから逃げたんだ。それが彼なりの筋の通し方だったんだろう。だから好きにさせてあげればいいさ。』

 

結果としてウェザーは契約期間を延長してスペインに居残り、ホル・ホースは行方不明となった。

 

「むう。」

「あんたたち、ここにいたの。」

 

シーラ・E。

パッショーネの親衛隊に所属。そして、暗殺チーム監督官という謎の肩書きを持つ。

 

『いや、暗殺チームの監督官はミスタの仕事なんだけど?』

 

ジョルノが気付いた時には、すでに時遅かった。

シーラ・Eは幹部に根回しを済ませ、いつのまにか親衛隊と暗殺チームの監督官を兼任していたのである。

結果として多忙なミスタの仕事は減ったが、暗殺チームの育成には細心の注意が必要だ。果たして彼女にそれがこなせるのか?

 

『大丈夫ですッッッ!!!私はスパイス・ガール主催の、男を育てようの会のプレミアム会員です!!』

 

シーラ・Eはスパイス・ガールを盲信しすぎではなかろうか?プレミアム会員?

ジョルノは首を傾げた。いつか幸運の壺とか買わされるのかもしれない。

まあ彼女は高給取りだから、そこまで気にする必要もないか。

 

「さあ、サーレーの婚活を始めるわよ!」

「い、いや………。」

 

意味がわからない。

なぜ監督官が率先して、部下の婚活にこんなにもヤル気を出しているのか?

そもそも暗殺チームは、現役の間は結婚することは許されていない。

 

「いや………いいんだよ。もう結婚は諦めたんだ。」

「アンタの事情は聞いているわ。」

 

シーラ・Eは、亀の中の床に座り込むサーレーに上から目線で通告した。

 

「失ったものは、戻らない。アンタは今、苦しんでいるのかもしれない!でも人間は、生きている限りは前へ進むしかないのよ!アンタの唯一のいいところは、そのいい加減な性格よ!だから今のアンタに明確な目標がないんだったら、何も考えずに前の目標に向かってそのまま突き進みなさいッッ!!!」

「い、いや………。」

 

シーラ・Eの背中は、一体どこまで広くなるのだろうか?

ここまで男らしい人間は、男でもそういない。むしろいっそかっこいい。

サーレーは気圧された。

 

「何よ、ウジウジして。言いたいことがあるんだったらハッキリと言いなさい!!!」

「実は………暗殺チームを引退したら、パッショーネを抜けようと思ってるんだ。」

「ハァ!?」

 

寝耳に水のサーレーの宣言に、シーラ・Eは我が耳を疑った。

 

「一体どういうことよッッッ!!!アンタ裏社会から足を洗って、やっていけると思ってんの!!!」

「………ボスに相談したんだよ。暗殺チームを引退したら、誰もいなくなった実家を継ぎたいなって。だから俺もフーゴやウェザーと同じように、暗殺チームを引退したらパッショーネを抜けて農業関係の学校に通おうと思ってるんだ。」

 

もらった褒賞金の一部は、学校の進学費用と実家の維持費として大事に大事にとってある。

サーレーがそれをジョルノに相談に行ったら、ジョルノは残念そうな表情で苦笑いをした。

 

『君にはミスタの後を継いで欲しかったんだけど………まあ君がそういうんだったら仕方がないか。代わりに裏社会の組織を抜けるんだ。その禊として、暗殺チームの任期を一年延長させてもらうよ。』

『すいません!!!なんかあったら、パッショーネに絶対に駆けつけますからッッッ!!!』

『………いいさ。その代わり、何があっても任期満了まで生き延びるんだよ。』

 

ジョルノは、本気で残念そうな表情をした。

当たり前だ。

 

親衛隊長でもいいし、新たに役職を作ってもいい。

戦えるというだけで、裏社会では価値がある。

戦力が非常に高く、手塩にかけた腹心の部下が引退を宣言したのだ。

 

出来ることならば、いつまでもパッショーネの一員としていてほしい。

なんなら戦わなくとも、緑色のマスコットでもいい。彼の起こす変てこりんな事件は、時折ジョルノも笑わせてもらっている。

………しかしそれが彼の幸せならば、組織は笑って彼を見送ろうか。

 

ちなみに禊に関しては、妥当なところだろう。

サーレーの市場推定価格を単年契約で割ると、およそ五千万ユーロ。

サーレーが一年任期を延長すれば、パッショーネはそれだけ得をする。社会の安寧は、一年長く確固たるものになる。

彼がいなくなったらいなくなったで、パッショーネは相応のやり繰りをするしかない。

 

「………まあそれはわかったわ。でも婚活は続けなさい。」

「………誰かを養える自信がねぇよ。」

「それでもよ。ごまかしや先送りでも、人生なんとかなるものよ。」

「………お前、ずいぶんいい加減なことを言うようになったなぁ。」

 

物事は須らくゆっくりと変化する。

サーレーも変化するし、シーラ・Eだって変化する。

 

「パッショーネに入団して、もう結構経つしね。そりゃあ馴染むわよ。」

「確かに結構経つな。そういえば、お前は人の婚活ばかり気にしていていいのか?そろそろ自分のことも考えた方がいいんじゃないのか?」

 

サーレーがついうっかりと、ふと気になったことをポロリと口にしてしまった。

もうシーラ・Eがパッショーネに入団して、とっくに十年以上の年月が過ぎてしまっている。年齢は推して知るべし。

 

「………アンタ、ぶっ殺すわよ。」

「………そうか。………スパイス・ガール、クソの役にも立たねぇな。」

 

シーラ・Eの瞳に漆黒の意志っぽいものが宿され、サーレーはその返答に察した。

一体彼女は何のために、スパイス・ガールの女を磨こうの会に所属していたのか?

男を磨こうの会の間違いなのではなかったのか?

謎は謎のままそっとしておこう。サーレーはそう心の中で誓った。

 

「シィラちゃん、ミスタさんは金持ってるよ。」

「副長………ですか。」

 

メロディオの助言に、シーラ・Eは少し考え込んだ。

 

「そうだよ。何で急に監督官が副長からお前に代わったんだ?」

「副長はお忙しいの!アンタらごときの監督官で、お手を煩わせるわけにはいかないわ!」

 

どうにもしっくりこない。

そう言われればそう言う気も少しするし、何か得体の知れない力が働いているような気もする。

本当に何でいきなりこのオカッパが、暗殺チームに積極的に口出しをするようになったのだろうか?

彼女の髪には、青い鳥を模した髪飾りが揺れている。サーレーは何とは無しに、それに目をやった。

 

「そういやフーゴはどうなったんだ?」

 

ズッケェロが話題を変えた。

パンナコッタ・フーゴ。敵に捕まり、拷問されていたところを暗殺チームが救助。

手の指を複数欠損してひどく疲弊しており、長期間入院の必要性があった。

 

「フーゴはジョルノ様の懸命なご説得で、納得したわ。」

 

真面目バカ二号。一号は目の前のおかっぱだ。

フーゴは社会の裏側にあんなにも凶悪な犯罪者がいることを知り、暗殺チームの役に立ちたいと暗殺チーム入りをジョルノに直訴した。

その際に誓いを忘れないためだと宣い、ジョルノによる欠損した指の復元を拒否し、パッショーネを散々に困らせていた。

 

「暗殺チーム入りを自分から志願するバカが未だにいるとはなぁ。」

 

頭のいいパンナコッタ・フーゴは、わざわざ危険な任務を請け負わなくともいくらでもパッショーネの役に立てる。

 

「それだけ衝撃だったんでしょ。守られるのも嫌だし、戦えるのに知らないフリをするのも気がひける。結構普通の感覚だと思うわよ。」

 

ズッケェロがボヤき、シーラ・Eが返答した。

 

「まあフーゴは置いといて………また人材をどうにかしないとなぁ。」

 

サーレーとズッケェロの二人では、暗殺チームは立ち行かない。

人材を補填するのが急務なのだが、使い捨ての部下を持たされるのも気がひける。

それは暗殺チームにとっては常識なのだが、幸運にもサーレーはまだその現場に立ち会っていない。

部下を失うのは、当然誰だって避けたい。

 

「………人数だけだったらどうにでもなるんだけどねぇ。」

 

シーラ・Eも頷いた。

数だけ揃えても、今のパッショーネの二人とは実力が乖離してしまっている。

結局サーレー頼みになるのなら、全く意味がない。しかし人材は忍耐強く接さなければ、育たない。

 

「まあ………事件がないのが一番だが………しかし備えを怠るわけにもいかないしなぁ………。」

 

悩みどころだ。

まあしかし、サーレーは暗殺チームのリーダーではあるものの、人員の補充はミスタが考えてくれている。

パッショーネは人員が豊富で、それは他の組織よりも明確に優れている点だ。

他国の組織は、人員の補充も含めて暗殺チームのリーダーに任せている組織も多い。

 

「ああ、そうだ。そういえば、これ。」

 

暗殺チームの人員という言葉から連想し、ズッケェロはふと思い出した。

ズッケェロが新聞を差し出した。そこにはインタビュー記事が載っている。

 

「ミラノの英雄に独占インタビュー………マジか。」

「彼だって成長してるのよ。」

 

新聞の記事を華々しく飾るのは、まさかのドナテロ・ヴェルサス。

彼はミラノの惨劇の夜に必死に人命救助行為を行い、それが表社会に大々的に表彰されていた。

彼はその際に怪我をして入院したものの、市民にはミラノの英雄として好意的に受け入れられている。

 

「人間変われば、変わるもんだなぁ。」

 

かつては暗殺チームでも使い道の無い下っ端だったが、ミラノ防衛チームに所属して成長したということだろう。

サーレーもズッケェロも、とても感慨深かった。

 

カンノーロ・ムーロロのいい加減な采配が、巡りに巡ってミラノにとって益になったということだ。

本当に人生、何があるかわからない。

 

「でもおじさんだって、伝説(レジェンド)じゃん。危険度算出不能なんて、前代未聞だよ?」

 

メロディオが、会話に割って入った。

ヴェルサスが表社会に名を広げた以上に、サーレーの異名は一部で絶大な支持を受けている。

何しろ、市場推定価格一位と二位が揃ってどうにも出来なかった敵を仕留めたのだ。

パッショーネの死神の異名は、伝説として引退後も長く語り継がれることになるはずだ。その正体が知られることはないが。

 

「伝説ねぇ………普通が一番だよ。」

「まあそうかもなぁ。」

 

サーレーが返答し、ポルナレフも頷いた。

 

「まあ実態は、モテないモテないって情け無いツラを晒す、しょうもないチンピラなんだけどね。」

「テメッッッ!!!」

「何よ!!!」

 

シーラ・Eとサーレーは、睨み合った。

確かにそれは事実なのだが、他人に言われるのは腹が立つ。

 

「まあまあ、仲が良いのはそれくらいにして。」

 

ポルナレフが手を叩いた。

シーラ・Eもジョルノの恩人である、ポルナレフには強く出られない。

 

「サーレー、そろそろ仕事の時間じゃないのか?」

「あッッッ!!!」

 

サーレーは懐に入れた旧式の携帯電話で時間を確認した。

今日は、ミラノの復興工事の仕事が入っていたはずだ。

 

「シーラ・E。監督官ならお前がちゃんと注意しなよ。」

「ううっ。」

 

今日はいつもの仕事現場だ。

八時間肉体労働をこなし、帰りにいつものスポーツバーで一杯やろう。

たまにはヴェルサスも呼んで、話を聞かせてもらうのもいい。

 

失ったものは戻らないけれど、それでも前を向いて歩いていこう。

どれだけ苦しくとも、辛くとも、這いずっても、結局は前に進むしかない。

母親はいなくなってしまったが、友人や仲間、サーレーを支えてくれる人間はまだこんなにもたくさんいる。

 

サーレーは颯爽とツナギに着替えて、足取り軽くいつもの仕事現場へと向かった。




これにて煉獄編完結です。
ここまで読んでくださった方々、ありがとうございます。
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