噛ませ犬のクラフトワーク 作:刺身798円
「………
被害を受けた軍事基地のほど近く。
たくさんの事件被害者の墓標が立ち並ぶ隅の一角で。
グイード・ミスタは、墓の前で手を合わせて花を添えた。
目前の墓標には、バジル・ベルモットの墓碑銘が刻み込まれている。
それはミスタからバジルへの、ささやかなプレゼント。人間ならば、墓が必要だ。
イタリアは土葬が主流であり、しかし墓の下に遺体は埋まっていない。
それでもそれは、間違いなくバジル・ベルモットの墓だ。
ミスタがそう決めた。
こんなものは、ただの自己満足だ。
だが、それでいい。
「………お前は倒すべき敵で、どうしようもなく悪だった。だがそれでもお前のお陰で奴を倒せたし、行動に一貫性を持った誇り高い生きた人間だった。俺がそれを認めるぜ。」
バジル・ベルモット。
イアン・ベルモットの弟という役割を持って生み出され、いつの間にか社会に受け入れられていた誰か。
戦闘力はなくともサポートに優れ、この男のスタンドのせいでミスタの部下は幾人も同士討ちして死亡した。
それでも。
「………同じ人間に生まれてりゃあ、なんてのは意味がねぇ。悪は悪で、お前は敵で、俺たちは互いに相容れない。そう割り切るしかねぇ。………それでも俺は、お前が安寧に満ちた死後をおくっていることを望んでいる。」
グイード・ミスタは笑って指を立てて、颯爽と立ち去っていった。
バジル・ベルモットの墓前で、一輪の菊が風に揺られていた。
◼️◼️◼️
「ふーん、ここ。」
車から降りたシーラ・Eが、納得したように頷いた。
「………テメエはなんでついて来ちまったんだよ?」
「だから言ったじゃない。監督官には、暗殺チームを監督する必要があるの。私はアンタが社会で粗相をしないか、ちゃんと確認しているのよ。これも仕事のうちなの!」
「んなこと言ってもよぉ。………どう思う?」
「うーん?」
サーレーはシーラ・Eに苦情を言い、マリオ・ズッケェロはよくわからないというジェスチャーを返した。
今日はサーレーが実家の維持の為に、一旦帰郷する日だ。
サーレーは実家の後を継ぎたいと考えており、それは相棒であるマリオ・ズッケェロの今後にも当然関わってくる。その為に一度見て欲しいとサーレーはズッケェロに声をかけ、それに聞き耳を立てていたシーラ・Eもなぜだかついて来てしまった。
「まあ確かにど田舎だけど、悪くないんじゃない?」
「ど田舎は余計だ!俺はお前について来てくれなんて頼んでいないぞ!」
「おっ、牛だ。ほらほら。」
田舎特有の匂いを三人は嗅ぎ取り、柵に囲まれた牧草地で牛を見つけたズッケェロは興味を抱いて目の前で手を振ってみた。
牛はそれに興味を示さず、一鳴きして草を食んでいる。ズッケェロは柵に手を突っ込んで、牛の背中を撫でてみた。
「まあベタっちゃあベタよね。創作物とかじゃ有りがちなんじゃない?ほら、殺しに嫌気がさして引退した殺し屋が、田舎に引っ込んで余生をおくるみたいな。」
「………俺にとっては実家だよ。と言うか、お前軽々しく殺しって言うなよ。暗殺チームの監督官だろ。」
「むぅ、誰も聞いていないわよ。」
暗殺チームは、秘匿される。
シーラ・Eは周囲を見渡し、誰もいないことを指し示した。
殺し屋も当然の話人間であり。それぞれに傾向が存在する。
殺し気にはやり、真っ向に敵に向かっていくもの。知恵を巡らせて高い作戦立案能力で敵を倒すもの。臆病で危険を感じると逃げ出すもの。
最後まで生き残りやすいのは、当然臆病な人間である。
気のはやった真っ先に突っ込んでいくタイプは、そのほとんどが早死にをする。
その結果臆病で人を殺すことに嫌気を感じる人間ばかりが最後まで生き残り、引退後は長閑な生活を望みやすい。そして社会はそれを学習し、根が臆病で慎重な人間を殺し屋として重用することになる。
暗殺チームは、社会の最終手段である。
本来ならば犯罪者は、表の公正な裁きに任せるべきだ。
それが困難な場合に彼らは出動し、社会を守護するための行動を起こす。
暗殺チームの目的は守る為に殺すであって、殺す為に殺すでは絶対にあってはならない。
だから暗殺チームは素行の悪い人間だって平気で使うし、時に暗殺対象を引き入れることすらある。
それで大切なものが守れるのならば、構わない。仕方ない。矛盾を許容する。
目的の履き違えは、絶対にしてはいけない。
暗殺チームは武力そのものであり、それが抑制なしに感情のまま動くようなことがあってはならない。
あまりにも当たり前のことだが、精神に負担のかかる殺人を繰り返すとそれを間違える人間も出てくる。
だから殺し屋が臆病なら臆病でいい。むしろそっちの方がいい。
リュカ・マルカ・ウォルコットはきっと、そこを間違えたのだろう。
社会の裏側では、力さえあれば許されると。
「おい相棒!あっちにはヤギがいるぜ!!!すげぇ!」
都会生まれ、都会育ちのマリオ・ズッケェロは見慣れない風景にはしゃぎ、見慣れたサーレーはズッケェロのその反応に意外さを感じた。
長く付き合った相棒の、初めて見る一面だ。
「ヤギなんてどこにでもいるだろ?」
「いねぇよ!!!」
ヤギなんてどこにでもいる、それは田舎育ちのサーレーの常識であり。
都会育ちのズッケェロの非常識だ。
「おい相棒、今なんか足元にいたぞ!!!」
「猫じゃないの?」
マリオ・ズッケェロの近くの草むらが揺れて、音を立てた。
シーラ・Eいわくそれは猫なのではないか、と。
「ああ、多分イタチだろう。どこにだっているだろ?」
「だからどこにだってはいねぇよ!」
サーレーは当然のようにスルーし、ズッケェロは得体の知れない何かにビクついた。
ちなみに余談だが、シーラ・Eの価値観はどちらかというとサーレー寄りだ。
「イタチぐらいだったらミラノにもいるんじゃない?」
「ま、まあそうか。」
シーラ・Eは泰然とした態度をとり、それを見たズッケェロは自身の行動に僅かな恥ずかしさを感じた。
昼日中で虫の多い田舎のあぜ道を歩き、農道を通り、サーレーたちは目的地へと向かっていく。
「………まずは墓参りだ。」
それに想いを馳せたサーレーの心に、棘のように痛みが走った。
どうしようもないことだった。それはわかっている。わかってはいても、感情は別物だ。
表情に出さないようにしても、察する人間は察する。
「ホラ!」
「………これは?」
シーラ・Eが自分の荷物から紙箱を取り出し、サーレーに押し付けた。
シーラ・Eがサーレーに渡したものは、パッショーネの子会社が取り扱うスフォッリャテッラだった。
紙箱に納められたお菓子。前回サーレーが帰郷したときに、手土産として母親に手渡したものだ。
「アンタの母親に以前土産として手渡したんでしょ。ジョルノ様にお聞きしたわ。パッショーネの品ならどこに持っていっても恥ずかしくないのだから、それを墓前に添えなさい。きっと喜ぶはずよ。」
サーレーの脳裏に、嬉しそうにお菓子を食べる以前の母親の姿が映し出された。
それはシーラ・Eからサーレーへの、精一杯の気遣いだ。
「………ああ、ありがとう。きっと喜ぶはずだ。」
遺体はない。
墓の下には、古臭い蝶の髪飾りが密やかに埋められている。
サーレーは僅かな苦痛と、シーラ・Eの気遣いへの感謝を感じた。
◼️◼️◼️
「またずいぶん古臭い様式の家ねぇ。」
「実際に古いんだよ。」
さほど裕福ではない、サーレーの両親。
当然家も立派なものでは無く、古臭い家をずっと大事に使ってきたものだ。
当然シーラ・Eがそれを知る由もなく。
しかしそれに愛情を感じるサーレーはちょっとした反発心を感じた。
「事件の褒賞金があるだろ?建て直したりはしねぇのか?」
「絶対にしない!」
「アンタに愛着があるのはわかるけど、改築くらいは必要よ。ホラ。」
ほこりっぽい家に三人は上がった。
シーラ・Eが廊下を歩きながら頭上の梁を指差すと。
「お前目がいいのな。」
「フフン、まあね。」
得意げなシーラ・E。そこには亀裂が入っていた。
実家に長く暮らしていたサーレーは、それを知っている。
しかし初めて来た彼女は、それにあっという間に気が付いた。
「虫食いかね?まあ確かに、改築は必要だろうなぁ。金があるうちにやっとかねぇと。相棒、俺も金を出すから必要なところをいじんなよ。」
「………いや、金は当然俺の分から出す。」
もらった褒賞金は、サーレーとズッケェロで均等に分けている。
ウェザーと徐倫には別途の伝手で、相応の報酬が渡されている。
それとホル・ホースがズラかる際に、パッショーネからくすねた品の補填費用も必要だった。
あの男は本当に抜け目が無い。だがなぜか、憎みきれない。
まあ事件において負担した役割への報酬とでも、考えておこうか。
「………ところで、アンタの部屋ってどこかしら?」
シーラ・Eが面白そうに口元に手をやり、それがウィークポイントであるサーレーは黙り込んだ。
意地が悪い女だ。
「俺も相棒の部屋には興味あんな。」
「絶対にダメだ。」
若い頃に飛び出た家。
サーレーの部屋は親によってある程度片付けられていたが、当然のように名残もある。
ガキの時分ならまだしも、大人になった今断固として知り合いを入れたくない。
「つまんないわね。」
「いいじゃねぇか。」
「………プライバシーの侵害だ。」
シーラ・Eは不満そうな顔をした。
放っておくと監督官権限とか言い出しそうな雰囲気だ。
「………お前だって触れられたくない領域はあるだろ?マジで勘弁してくれ。」
「………まあ、仕方ないわね。」
人は誰しも、踏み込まれたくない領域というものは存在する。
シーラ・Eだって、亡くなった姉との思い出に不用意に踏み込まれたくない。
サーレーは釘を刺し、その表情に察した彼女は仕方なしに引いた。
「じゃあせっかくだから食うか。」
シーラ・Eの土産のお菓子。
サーレーは布巾を濡らしてサッとテーブルを拭き、簡単にキッチン周辺の掃除を済ませた。
二人も手伝い、飲み物をコップに入れて三人でたわいもない会話を楽しむ。
それは日々の細やかな幸せ。今は暗殺チームの、休息の時だ。
なんの為に戦うのか、何を目的としているのか。
暗殺チームがそれを忘れてしまえば、社会における存在意義が消滅する。
彼らは日々の細やかな幸せを守護する為に、戦っているのである。
「………ほんとに、いつになったらそのダッサい髪型変えるのよ。」
「………うっせぇな。いい加減そこに口出しすんなよ。」
「そこさえ直せば、そんなに悪くもなさそうなものなのに。」
シーラ・Eは口をへの字に曲げた。
ズッケェロが何かに驚き、突然サーレーの肩を叩いた。
「おい、相棒!あれなんだ!」
「アン?ただの蜘蛛じゃねぇか。」
サーレーにとってはどこにでもいる蜘蛛でしかない。
しかしそれは、ズッケェロに衝撃を与えた。
普段ズッケェロが見慣れている蜘蛛より、圧倒的にデカい。
わかりやすく言えば、ズッケェロは生まれて初めてカマドウマを見た都会人状態である。
もしも岸辺露伴だったら、間違いなくそれを喜んで食べている。
ちと酸味が足りないけれど、ウマイ!
「あんなでっけぇ蜘蛛見たことねぇぜ!毒とか持ってんじゃあねぇのか?」
「ここら辺ならどこにでもいるよ。」
サーレーはズッケェロを軽くあしらった。
「いや、ヤベェだろ。絶対噛まれたら死ぬタイプのやつだぜ、アレ。あのデカさ、まさかスタンド!?」
「いや死なねぇって。スタンドでもねぇ。ほら、スタンドを出すな。暗殺チームが情けねぇぞ。」
ビビってスタンドを発動したズッケェロに、サーレーは苦笑い。
蜘蛛型のスタンドがいてもおかしくはないけれど、あれはただの蜘蛛だ。
「そうよ。情けないわよ。」
シーラ・Eは豪胆にも、蜘蛛を指でつかんで窓の外に放り投げた。
蜘蛛は緩い放物線を描いて、木の枝に引っかかった。
「ほら、恥ずかしいのはわかるけど赤くなんな。」
サーレーはズッケェロの肩を叩いた。
「とまぁ、これが俺が育った環境だよ。俺は暗殺チームを引退したら、ここに引っ込もうと思ってる。お前も引退までに、どうするか考えておいてくれ。」
サーレーは、ズッケェロに笑いかけた。
◼️◼️◼️
草むらに寝転ぶサーレー、周辺からは草いきれ。
夏場の夜で蒸し暑く、サーレーは上着を登ってきた虫を手ではらった。
空を見上げると、
「
アクイラ、ヴェガ、アルテエール。夏の大三角。
前回来た時からサーレーは、少しだけ天体の勉強をした。
暗殺チームにも常識は必要だ。
空が高く、空気が美しく。無間の宇宙に瞬く無数の星々。
見ているとどこまでも吸い込まれそうな。いつまでもどこまでも終わりなき天。
伝説の殺し屋がいかに矮小な存在か、それを見ているとサーレーは痛切に思い知らされる。
ズッケェロはサーレーの実家で就寝中。シーラ・Eは車の中で就寝中。
都会っ子のズッケェロは一人になるのを嫌がったが、サーレーにだって一人の時間も必要だ。
とても贅沢な時間の使い方で、それはきっとサーレーの人生の豊かさの証明。
「………ありがとう。」
誰とはなしに、何とは無しに、サーレーの不意をついて言葉が出た。
理由もなく、意味もなく、意識せずにサーレーの口からその言葉は発せられた。
それはサーレーの、いなくなった母親に対する感情の発露だった。
色々考え、迷い、悩み、苦しんだ末に最後に残ったのは愛情。
それはサーレーにとって絶対的な真実であり。決して忘れ得ぬ感情。
不思議なものだ。
サーレーの口から不意に出た言葉、イアン・ベルモットの最期の言葉、グイード・ミスタがバジルの墓にかけた言葉。
なぜかそれらは全く同じ。一体そこにどんな共通点があるのだろうか?
もしかしたら皆、心の奥底で生に感謝しているのかもしれない。
いなくなったのは苦しい。悲しい。殺した相手は、憎い。
それでももうどうすることもできないのだから、全てを飲み込んで前へと進もう。
消化不良のままでもいい。這いずってでもいい。
心の隙間はきっと、隣人が埋めてくれる。そのための社会だから。
不意に出た言葉の意味を忘れさえしなければ、それでいい。
最後に残ったそれが、きっと何よりも大切なものなのだから。
大人でも悲しければ、ときに涙を流すこともある。
殺し屋だろうがマフィアだろうがチンピラだろうが、人間は人間だ。
それを理解しなければ、理解するだけの器を持つボスがいなければ、暗殺チームは絶対に育たない。
役立たずで社会に害をなすだけの、ただの殺人者が出来上がるだけだ。
国家の武力である暗殺チームは、個人の感情のままに武力を行使することを許されない。
しかし暗殺チームの人間だって、感情を持つ一人の人間だ。
社会とは矛盾していて、社会とはそうやって成り立っている。
涙が一筋、サーレーの頬を伝った。
大の大人が涙を他人に見せるのは恥ずかしい、そんなものはつまらないプライドだ。
だがそんなつまらないプライドでも、時に必要なことだってある。
鎮魂歌は静かに、奏でられる。
いつだって、どんな時だって。
静かに、穏やかに、生者と死者の安らぎのために。
時間はゆっくりと過ぎていき、いつの間にかサーレーは草むらの中で安らかに眠っていた。
◼️◼️◼️
翌朝起きた三人は、サッとサーレーの実家の掃除を済ませた。
ほこりをはらい、床をはいて、水を撒いて汚れを落としていく。
「おい、相棒!あそこになんかいるぜ!!!まさかスタンド………?」
マリオ・ズッケェロが、窓から庭を指差した。
「スタンドのわけねぇだろ。ただのたぬきだよ。イタチよりかは珍しいが、どこにだっているだろ?」
「だから、どこにだってはいねぇよ!何回言わせるんだ!」
イタチを見て、ふとサーレーは思い出した。
「そういやお前、猫飼ってたろ。まだ元気にしてるか?」
「ああ、まだピンピンしてるよ。もう毛が抜けて掃除が大変。任務で空けている時は、モッタに預かってもらっている。」
掃除を済ませたらミラノに戻らないといけない。
それぞれの日々の暮らしがある。
サーレーは暗殺チームリーダー兼工事現場員。
ズッケェロもサーレーの部下として。
シーラ・Eはジョルノの親衛隊員。
サーレーは最後に、ゆっくりと時間をかけて丁寧に母親の墓周りの掃除を済ませた。
「………ありがとう。」
「なあに、殊勝なこと言って。らしくない。」
墓に礼を告げたサーレーを、シーラ・Eはめざとく見ていた。
「………別にいいだろ?」
「ええ。別に構わないわ。」
シーラ・Eは大人の女らしく、美しく笑った。
目やにが付いていることを、サーレーはそっと自分の心の奥底にしまった。
それを指摘してしまうと、色々と台無しになってしまう可能性が高い。
三人は移動手段である車へと戻り、運転席にスルリとシーラ・Eが乗り込んだ。
「車は買わないの?」
「自分が真っ当な人間だと自分で納得できるまで、お預けだ。ズッケェロはよそ見運転とか平気でしてたしな。」
「………マジで反省してる。もう絶対にしねぇよ。」
三人は笑い、シーラ・Eは車のエンジンをかけた。
車はミラノへと向けて、ゆっくりと走り始めた。
レクイエムは、静かに奏でられる。
いつだって静かに、ただ静かに奏でられる。
ここまでで、書きだめのストック切れです。
これ以降の更新があるかどうかは未定なので、期待しないでください。