噛ませ犬のクラフトワーク 作:刺身798円
「人は本来、虚無に耐えられない。私のスタンドが特別なのではない。私が特別なのだ。」
暗闇の中で、白衣を着た男が笑った。
「やあ、こんにちは。東方仗助。いや………こんばんはか。君たちの国の言葉は、どうにも発音が難しいね。」
金縛りにあったように、体が動かない。
ここはどこだろう。目の前の男は一体何者だろう。
意識がボヤけている。自分が寝ているということだけは、自覚できる。
「今年は………1999年か。君にもいろいろと気になることはありそうだが、あまり時間を費やしすぎるつもりもない。用件を済ませてしまおう。」
白衣の男は暗闇の中を歩き、仗助のそばに近寄った。
「君はスタンドの正体について、どう考える?」
スタンド、それは精神の形。
本人の精神エネルギーを可視化したもの。
東方仗助は、そう把握している。
「スタンドとは、本人の資質によって決められる。それは先天的なものであり………その法則性は本人に決定できないということになっている。………それは本当に事実だろうか?」
ゾッとするような笑みを浮かべた男は、暗闇から突如椅子を取り出して腰掛けた。
「………君たちは忘れている。有名なスタンド使い、空条承太郎は、ディオ・ブランドーのザ・ワールドに対抗して時間を止めた。脈絡なくね。その意味を、君は深く考えたことはあるかい?」
男は椅子に座ってクルクル回り、白衣をたなびかせながら楽しそうに笑っている。
「東方仗助、君は覚えているだろう?君の身に起きた奇跡。幼い頃に君を助けた人影。」
男は横たわる仗助を指差した。
「今の君と、同じ格好をしていたそうじゃないか。学ランを着たリーゼントの高校生。」
仗助は過去を鮮明に思い出す。それは大切な大切な記憶。
他人に安易に踏み込まれたいものではない。
「それは追いつめられた、幼い君が起こした奇跡だ。もしかしたら未来の君を呼び寄せたのかもしれないし、理想の人間をとっさに作り上げたのかも知れない。スタンドがその姿をとったのかもしれない。それはわからない。空条承太郎と東方仗助。君たちが起こした二つの奇跡は、本質が同じなのだよ。」
しかし、なぜそのことを目の前の男が知っているのか?
仗助はそのことに、思い至らなかった。
「君の幼い頃の人影も、空条承太郎が時を突如止めた理由も、こう考えれば辻褄があう。スタンドの正体は、皆同じ。その法則性は、全て脳が決める。君が必要に迫られて、奇跡を起こした。空条承太郎が必要に迫られて、自身のスタンドの能力を決定した。生命の危機を感じた脳が、一時的にリミッターを外したんだ。君のスタンドの法則性は、君自身の脳が決定しているんだよ。」
白衣の男は、自身の頭部をトントンと指差した。
男はキャスター付きの椅子から立ち上がり、椅子を暗闇へと押しやった。
「だが人の脳は、虚無に耐えられない。混沌に耐えられない。無秩序無制限な力の行使になんて、絶対に耐えられない。仕方がないから君の能力に、君自身の脳が制限をかけている。出来ることに法則性を定めて、ね。それが君のクレイジー・ダイヤモンド。私と同じ狂った名を冠するスタンド。なんか親近感が湧くね。………だが全てのスタンドの正体は実は同一、私はそう考えている。」
男の前に机が現れ、彼はそれを指でコツコツと叩いた。
「君の脳は君に渡された粘土を捏ねて、直す能力を作り上げた。法則、秩序とは、常に無秩序から生まれる。誰しもが正体が同じものを、無自覚に自分で捏ね上げて法則性を作り出している。だからどんなスタンドでも、戦いにおいて公平に勝利の可能性がある。勝利しうる。その言葉はつまりは、そういう意味だ。君の奇跡は君自身が起こしたし、空条承太郎の奇跡は空条承太郎自身が起こした。本体が必要に迫られて。」
男は机に腰掛けて、足をプラプラさせた。
「出来て当然だと思えば、出来るようになる。実はエンヤ婆は、スタンドの本質に気付いていたのかもね。君は過去の高熱で、スタンドが発現した。その時はまだ、君のスタンドは原初の状態に近かったはずだ。」
男は上を見た。
そこには暗闇がただ、広がっているだけだ。
「スタンドの正体は、皆同じ。だが無制限にその力を行使すると、本体が耐えられない。だから矢による進化や、エンリコ・プッチの天国に行くための道程とは、実はスタンドではなく本体の方を作り変えている。スタンドが制限無くその力を行使しても、本体が耐えられるように。ディオ・ブランドーのスタンドが強力なのは、本体が人間ではないからより大きな力の行使に耐えられる。メイド・イン・ヘブンの能力に、エンリコ・プッチ本体が耐えられたのも、それが理由だ。その推論は、辻褄が合っているとは思わないかい?」
わからない。
その可能性を、絶対に否定することはできない。
スタンドそのものが、一体何なのか解明されているものではないのだから。
「強いスタンド使いの正体は、実はスタンドではなく本体自身が強いということだ。だからスタンドの成長性には、実はまるで意味がない。本体の成長性が、そのままスタンドの成長性だ。広瀬康一は脳が強い人間だから、本人が何度もスタンドを作り変えてそれに耐え抜いた。吉良吉影は追いつめられて、必死になって自力でリミッターを外した。推論としては、破綻していないだろう?辻褄が合わない事象には、発想を逆転させればいい。」
白衣の男は、腰掛けた机から飛び降りた。
軽やかにタンという音が周囲に響いた。
「まあ私の勝手な推論なんだがね。君がずっと気にしていたようだから、君のために辻褄の合う仮説を披露しただけさ。君の大切な思い出を汚すつもりはない。興味は人を、進化させる。君ももっと考えてみると面白いかもよ。………さあ、もう朝だ。私はここから立ち去ることにするよ。君の未来に、幸多からんことを。君が君の人生の苦難を乗り越えることを、私は願っている。」
「待てッッッ!!!お前は何者だッッッ!!!」
仗助はとっさに声を上げた。
「さあね。もしかしたら君が、私の未来の遊び相手になってくれるのかも知れない。そうでないかもしれない。そのために私は、なんとなく今日君の顔を見にきたんだ。その過程を楽しむことこそが、まさしく生きるということ。もしもその時が来れば、その時に改めて名乗ろうじゃないか。マイフレンド候補。」
白衣を着た男は、仗助にウィンクした。
彼は笑いながら、光に包まれて消えていった。
「なんだったんだ、今の夢は?」
東方仗助は、ベッドから身を起こした。変な夢だ。寝汗をかいている。
変な男が現れて、自分勝手に推論を振りかざし、朝とともに消えていった。
「まぁわけがわからねぇ夢なんざ、忘れるに限るぜ。」
仗助は身を起こして、ゾッとした。
「一体何が………。」
なぜ自分は学ランを着ているのだ?
寝ている時にまで学ランを着ているわけがない。
ふと頭に手をやると、いつもの決まったリーゼントがしっかりと整髪料で固められている。
もちろん寝てる間に、そんなことをするわけがない。
何が起こったのか、理解できない。
スタンド攻撃を受けているのか?
「仗助ー、朝よー。ご飯食べにでてらっしゃい。」
「あ、ああ。」
仗助の母親、朋子が部屋の外から声をかけた。
明るい朝、朝食をとって学校に行かないといけない。
食事をするうちに、いつの間にか仗助は夢のことを綺麗さっぱりと忘れていた。
【番外編、ジョジョの奇妙な夢】
◼️◼️◼️
「なぁ、空条承太郎、お願いしますよ。ぼくとあなたの仲じゃあないか。」
岸辺露伴は、空条承太郎の腕を揺さぶった。
「漫画のためなんだッッッ!!!暗殺チームなんて、アイデアが湧かないはずがないだろうがッッッ!!!」
「………やれやれだぜ。」
空条承太郎は、ため息をついた。
岸辺露伴が、珍しく承太郎に連絡をしてきた。
一体何の用事なのかと、思わず通話にでてしまったのが運の尽き。
岸辺露伴はどこからともなく赤黒い世界の真実を仕入れ、暗殺チームに取材させろなどと言い始めたのである。
電話ではラチがあかないと判断した岸辺露伴は、承太郎の都合も聞かずに押しかけてきた。
「好奇心が止まらないッッッ!!!本物の殺し屋は一体どんな姿をしているのか?いくらもらって殺しをしているのか?人間を殺す時、どんな気持ちになるのか?普段はどんな生活をしているのかッッッ?」
「無理だと言っただろう?相手は裏社会の重鎮の庇護下にある。国家を敵に回すぞ。」
「だからそれを、アンタがどうにかするんだよッッッ!!!」
相変わらず、無茶苦茶を言う男だ。
「帰れ、邪魔だ。」
「いやだッッッ!!!取材させてくれるまで、まるでタコのように、スッポンのように、ピッタリと張り付いてやるッッッ!!!」
こうなるとこの男は、テコでも動かない。
この執念が面白い漫画を生み出しているらしいのだが………本当に傍迷惑な男だ。
「お前を連れて行くと、国際問題になるかも知れない。」
「それがなんだッッッ!!!国際問題なんぞ、面白い漫画の前ではゴミ同然!!!取るに足らない些事だッッッ!!!」
頭がおかしい。
この男は、イアン・ベルモットと気が合いそうな予感がする。
空条承太郎は頭を抱えた。
「………まず相手が断れば不可能だ。それと相手方を怒らせた場合のお前の身の安全の保証はしない。情報を広めない。それが守れるのなら、とりあえず聞いてみるだけは聞いてやる。期待はするな。」
岸辺露伴は、頭をブンブンと上下に振った。
空条承太郎は懐からスマートフォンを取り出した。
「というわけだ。無理だとわかっちゃあいるんだが、どうにもうるさくてな。」
空条承太郎はジョルノへと、国際電話をかけている。
「何ッッッ!!!」
まさかの事態。
パッショーネに拒否されると承太郎は思っていたのだが………条件付きのオーケー。
ここには、パッショーネ側の思惑がある。
事件解決において空条承太郎に借りを作ってしまったパッショーネ。
ここで無理難題を聞いておけば、空条承太郎は後々パッショーネに貸しを請求できなくなる。
空条承太郎としては、こんな形で貸しを返して欲しくなかった。
そもそも請求するつもりもなかった。
不毛な意思の齟齬。
「やったぁぁぁぁぁぁぁ!!!」
漫画家だけが、一人喜んでいた。
喜び勇んでその場でイタリア行きのチケットを予約する。
「それでッッッ!!!どうやってそいつを倒したんですかッッッ!!!」
そんなこんなで後日、ここはイタリアのミラノ、パッショーネのミラノ支部の一室。
衝立で相手の姿を隠し、音声を加工した上で、岸辺露伴はインタビューを敢行している。
「何と言いますか………ともかく夢中で。自分でもどうやったのか。」
「そこをはっきりと言ってくださいッッッ!!!さっきからはぐらかすばかりでッッッ!!!これじゃあ生殺しだッッッ!!!」
事件解決の立役者であるはずの殺し屋は、イマイチ質問に対する返答がハッキリしない。
言葉がたどたどしく、表現に知性も感じ取れない。
もしかして、雇った通訳が悪いのだろうか?
「そんなことを言われましても………。」
そこに不意に、一人の男がインタビュー最中の机にぶつかった。
「おい、お前ッッッ!!!何ぶつかってるんだッッッ!!!文字が歪んだじゃないかッッッ!!!変な髪型しやがってッッッ!!!チンピラ風情が面白い漫画の邪魔をするなよなッッッ!!!」
「ああ、すまない。気をつけるよ。」
サーレーは岸辺露伴に、軽く謝罪した。
「フンッッッ!!!」
「おい、あれなんだ?」
「ああ、なんか取材らしい。ホラ、事件の英雄にインタビューって。」
「ああ、あれか。そういや支部でなんか説明してたな。」
マリオ・ズッケェロはうなずいた。
パッショーネ側は、ミラノで人命救助を行って表彰された英雄ドナテロ・ヴェルサスへのインタビューだとそう誤解していた。
【番外編、岸辺露伴はすれ違う】
◼️◼️◼️
「フンフフーン。」
自由を愛する男、ホル・ホース。
ミラノの病室を夜間に抜け出し、カウボーイスタイルに頭に乗せたテンガロンハットをずらして、遠くの方へと目をやった。
「まっ、パッショーネは悪くなかったけど。やっぱ俺っちはこうじゃないといかんでしょォォ。」
口笛を吹きながら、ホル・ホースは新しく購入したバイクに跨った。
パッショーネからくすねた金品を換金して、購入した逸品だ。
「さぁて。」
パッショーネに喧嘩を売る気はもうない。
嫌いではないから。それにいざとなったら逃げ込める場所は、多いほうがいい。
今の彼は、何の後ろ盾も持たない人間だから。
「次はどこに向かうかねぇ。」
ここでできる仕事は、もう何もない。
空条承太郎からエジプト掃討作戦を聞き出して、オインゴボインゴの兄弟に情報を流した。
ホル・ホースは以前、ボインゴと組んでいた。
「まあ結構恨みをかっていたからねぇ。」
ディオの部下で、客観性を持っているのはホル・ホースただ一人だったと言っていい。
彼は自身がどれだけ恨みを買っているか、政府がどれだけ自分たちを処分したがっていたか、正確に理解していた。
「ずっと不愉快だったろうからねぇ。まぁそりゃあ、反動で苛烈な対応になってもおかしくないでしょぉ。」
ホル・ホースは空条承太郎と繋ぎを持つことで、次回のエジプト政府による掃討作戦の概要を聞き出した。
ホル・ホースは空条承太郎に敵対するつもりはなく。空条承太郎はエジプト政府のやり過ぎな現状に思うところがあった。
結果として暗黙のうちに、ディオの部下の中でも当時は子供であり、危険も少ないボインゴは逃しても構わないという合意に至った。ボインゴは今現在大人であり、政府に捕まればどう判断されるか未知数だったから。
そしてホル・ホースは自分の犯した罪にケジメをつけ、以前組んでいた相棒を救い、パッショーネにもう用はないとばかりに逃げ出した。彼は逃走慣れしており、引き際が実に鮮やかだ。
「次は北にでも向かってみるかねぇ。気の向くままに。」
ホル・ホースはバイクを操作して、夜のミラノを北上して去っていく。
行き先は本人にも、わからないまま。
【番外編、暗殺チーム下っ端の行方】
◼️◼️◼️
「事件、マジで大変だったみたいだな。」
「まあそりゃあ、な。お前だって駆り出される事態だ。」
鈴の音がした。
パッショーネの情報部所属、アルバロ・モッタの背中を毛の長い猫が撫でながら通り過ぎた。
シャリンシャリンと、猫の首輪につけた鈴が玲瓏な音を奏でている。
「パッショーネ様様だって隷従したのに、情けねぇな。」
「うるせぇよ。今回の敵は、特例だって。」
「まあそう言ってたな。」
マリオ・ズッケェロの居住するペット可の賃貸アパートの一室で、二人は休暇を楽しんでいる。
ズッケェロの指が動き、画面の中のキャラクターがシュートを放った。
「惜しい。」
「まあキーパーがいいからな。」
モッタの指が動き、画面の中のキーパーがボールを蹴りだした。
「あのアホリーダーは?」
「今日も工事現場で仕事。」
「褒賞金もらったんじゃねぇの?」
「習慣になってて、働かないと落ち着かないんだと。貧乏が長かったからねぇ。」
サーレーがもともと工事現場で働き始めたのは、金遣いの下手なサーレーがすぐに金欠に陥るせいである。
それが解消された今、働く意味はないはずだが。
「まあ働くことは別に悪いことではないだろ。」
「怖がってんだよ。」
「あん?」
意味のわからないズッケェロの返事に、モッタは聞き返した。
「実家の維持費と進学費用に金を貯めてるんだが、間違って使っちまわないかって。自分が信用できねぇんだ。それが怖くて、働いて必死に気を紛らわせてんだよ。ウチのリーダーは、根が小心者だからな。」
「………なるほど。」
ありうるのかもしれないなと、モッタはうなずいた。
ゲームは終了、2ー1でモッタの敗戦だ。再戦して雪辱を果たさなければいけない。
「さて。」
ズッケェロは立ち上がった。
「どうしたんだ?」
「すまないが俺も今から夜の仕事だ。交通整理をやってんだよ。」
「お前もか。」
「ああ、俺もだ。」
ズッケェロはモッタを立ち上がらせた。
お帰りいただくためだ。
「暗殺チームは一蓮托生だ。リーダーだけ働かせて、俺だけサボるつもりはねぇ。」
「仲のいいこって。」
「まぁな。」
マリオ・ズッケェロは、笑った。
【番外編、一蓮托生】