噛ませ犬のクラフトワーク   作:刺身798円

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季節感を無視した番外編〜チンピラ達の聖なる休日 前編〜

世間には、特別な一日というものがある。

世界はとても平等で、あなたにも、私にも。

素行の悪いチンピラにだって、無関係に休日はやってくる。

 

それは国家を形成する国民を慰労するための一日であり、しかしそれが誰しもにとって素晴らしいものであるとは限らない。

そんなある一日の話。

 

サーレーは家に閉じこもって、我が身に降りかかる悲劇に苦悩していた。

 

「ああああああッッッ!!!」

 

あたかもこの世の終わりを嘆くような。

聴くものを不安にさせるダミ声………嘆きの慟哭が周囲に響き渡った。

サーレーは四つん這いになり、拳を握って床を何度も何度も叩いた。あたりにドスンドスンという音が響き渡る。

他人が見れば何があったのかといぶかしむ、ひどく情けないポーズだった。

 

彼の背後では、彼のスタンドであるクラフト・ワークが切ない表情を浮かべて主人を見守っている。

階下の住民にとっては、さぞかし傍迷惑な騒音被害であることだろう。

 

「お、おい!落ち着けよ………。」

 

マリオ・ズッケェロが、精神の安定を失った相棒に声をかけた。

 

「まあ、こんな日に俺たち三人ってのでお察し、と。」

 

アルバロ・モッタは、ボソリとつぶやいた。

 

今日の日付は、二月十四日。

モテない人間にとっては、まさしく地獄の休日。

 

聖ウァレンティヌスに由来する記念日。彼が殉教した日。

恋人たちの逢瀬の日であり。

 

「うぐぐぐぎぎ………。おのれ、憎っくき聖ウァレンティヌス!!!俺に一体何の恨みがッッッ………!!!」

「歯ぎしりすんなよ。ったく。」

 

聖ウァレンティヌスはローマゆかりの聖人であり、およそ1800年ほど昔の兵士の結婚を秘密裏に執り行っていた人物である。

時のローマ皇帝は兵士が家族を持つと士気が低下するという理由で結婚を禁じており、そこには暗殺チームの在り方と共通点が見出せる。

彼の殉教した日は世間一般にヴァレンタイン・デーと呼称され、番う相手のいない人間にとっては肩身の狭い思いを強いる邪悪極まりない休日だと言えるだろう。

 

「悔しいッッッ!!!悔しいッッッ!!!悔しいッッッ!!!俺は悔しいんだッッッ!!!アイツらきっと、恋人のいない俺のことをバカにしてるんだ!ズッケェロ、お前は悔しくないのかッッッ!!!」

 

サーレーの現在借りているマンションの窓から見える景色は、華々しく恋人たちに彩られている。

悪魔の日に心が凍えたサーレーは、同族であるであろうマリオ・ズッケェロとアルバロ・モッタを家に呼んでまるで日光を嫌がるモグラのように自宅に籠城した。

 

奴らは敵だ。

お外が怖い。心が寒い。

恋人たちの賑わいは、サーレーにとってはあたかも地獄から響く怨嗟の叫び声のごとく。

 

「いや、そりゃただの被害妄想だろ。あんま気にしてもしょうがねぇぞ。」

 

今日一日、今日さえ乗り越えれば………。

すでにいい年していい相手がおらず、お付き合いする相手もいない彼ら。

結婚できないのは暗殺チーム所属というところに理由が帰結するので構わないが、恋人もいないのは………。

まさしく悪魔の下賜する休日。今日一日さえ乗り越えれば、明日からは平穏な日常が戻ってくる………はずだ。

 

独り身の人間が外に出たら、民衆から腐った卵とか熟しきったトマトとかを投げつけられるのではなかろうか?

サーレーはまるで、中世ヨーロッパで迫害されたユダヤ人のような気分を味わっている。

まあ実際は、ただのサーレーの被害妄想でしかないのだが。

 

「奴らは俺たちの敵だッ!」

「………。」

 

サーレーは毛羽立った掛け布団に頭を突っ込んで窓の外を指差し、ズッケェロとモッタは「コイツ、どうする?」といった感じの表情で顔を見合わせている。窓の外ではミラノの街中で男女が仲よさそうに腕を組んで往来を歩いている。

活気があり近辺は賑わい、彼らにとってはメモリアルな素敵な一日なのだろう。

 

サーレーは掛け布団からそっと顔を出して、血走った目でキョロキョロと周囲に目を動かした。

相棒のあまりにも挙動不審な行動に、ズッケェロはため息をついた。

 

「冥府より出でた悪魔の軍勢………極まった闇の勢力共ッッッ!!!俺たちは奴らに屈しないッッッ!!!」

「はいはい。闇闇。闇でも悪魔でも地獄でも、なんでもいいからあまり情けないカッコを晒すなよ。余計モテなくなるぜ?」

 

モッタは呆れて、サーレーのかぶる掛け布団を剥がしにかかった。

 

「やめろ!!!お前には人の心が………人の心がないのかッッッ!!!」

 

サーレーくらいの年齢であれば、すでに多くの人間が結婚している。

そうでなくともお付き合いする相手がいる人間が多数を占めており………。

サーレーは少数の迫害される側だと言える………のかも知れない。少なくとも本人は、そう考えている。

 

「考えすぎだろ。おい、お前もなんとか言えよ。」

「うーん。」

 

モッタに会話をふられたズッケェロは、少し考え込んでいる。

サーレーがこの日にこうなるのは毎年のことであり、その被害妄想は年々激しくなっているような気もする。

 

「んでよぉー。何だコレ?」

 

ズッケェロはサーレーの自宅のテーブルに置かれたインスタント食品群にチラッと目をやった。

リゾット、パスタ、冷凍ピッツァ。それは今日のために、わざわざサーレーが用意したものである。

 

「俺たちは俺たちなりに今日この日を楽しみ、俺たちは絶対に悪魔に屈さないところを見せつけるんだッッッ!!!」

 

サーレーが叫んだ。

男三人の、やけくそインスタント食品パーティー。

もの凄く不毛な、虚しい、狂気の宴。寂しい、悲しい、切なさが無限大。

 

なぜ自分たちが呼ばれたのかと、ズッケェロは訝しんでサーレーの自宅に来てみれば………。

学生の時分くらいであればまだ楽しめただろう企画だが、三十路の大人が真面目に取り組む企画ではない。

 

「いや、ミスタ副長がモテない俺たちのためにわざわざナイトクラブに誘ってくれただろうが………。」

「金じゃないッッッ!!!商売ではない、愛が欲しいッッッ!!!」

 

駄々こねるには、少し年嵩すぎる。

甘えるには、可愛げがなさすぎる。

 

一部で絶大な支持を誇る暗殺者の、なんとも情けないその姿。

切なさフィーバー、哀愁上等。見ている者たちを底なしの悲しみの泥沼に引きずり込む、イタリア所属のいい年した殺し屋の痴態。

 

「………金で買えない愛が欲しいなんざ、贅沢言ってんじゃねぇよ。」

 

そばかすの青年アルバロ・モッタが、嫌な顔をしてつぶやいた。

彼がかつて所属していた組織は、その大きな資金源として売春宿を経営していた。当然そういった友人も多いし、その事情にもある程度精通している。その彼にしてみれば、サーレーのその発言は少しだけ不愉快だった。とは言っても、彼はそんなことで喧嘩腰になるほど幼稚ではない。

 

ちなみにパッショーネの重鎮グイード・ミスタは、今頃ナイトクラブで接待されていることだろう。

ズッケェロの脳裏に、きらびやかに着飾った女性に囲まれるグイード・ミスタの絵が浮かび上がった。

 

非常に楽しそう。

いくら縁のある相手でも、このイベントはいただけない。

相棒の呼び出しなんて無視して、そっちに行けばよかった。

マリオ・ズッケェロは、ひたすらに後悔した。

 

「おい、こんな醜態を晒すだけなら、俺は副長の方に遊びに行くぜ?」

「裏切るのかッッッ!!!」

 

愕然とした表情のサーレーに、裏切るもクソもねぇとズッケェロはあきれ返った。

 

「どうしても来いって言うから呼ばれてきたけど、大した用事じゃなさそうだし俺も帰るぜ。」

 

玄関に向かって扉を開こうとしたアルバロ・モッタに、サーレーは慌てて腕を引いて押し留めた。

 

「やめろ!俺を見捨てるのか!!!」

「………いや、俺はダチに遊びに呼ばれてたんだけど、お前がどうしてもって言うからこっちにきたんだが………。」

 

アルバロ・モッタはもともと、今日はかつて所属していた組織の友人たちとミラノの街に遊びに行く予定だった。

そこには女性もたくさんいたし、仲のいい友人もいる。それを無理してこっちにきたにも関わらず、このしょうもないクソ企画。

 

暗殺チームの仕事関連だと思って、予定をキャンセルしてわざわざ来たのである。

彼がサーレーを白い目で見たとしても、それは仕方のないことだろう。

 

「裏切り者ぉぉッッッ!!!」

「すまねぇな。俺はボスのジョジョには忠誠を誓っているが、アンタはただの組織の同僚だ。一人の人間として尊敬はするが、行動に制約を課されるいわれはねぇな。」

 

モッタのあまりにも反論出来ないド正論に、サーレーは気圧された。

 

「と、いうわけだ。俺も副長に遊びに連れてってもらうぜ。相棒も一緒こいよ。」

 

ズッケェロはスマホをいじって、グイード・ミスタと個人的なやりとりをしている。

 

「やめろ!お前について行ったら………。」

「ついて行ったら?」

 

手を伸ばしてズッケェロの行動を阻害しようとしたサーレーに、ズッケェロは首を傾げた。

 

「散財しちまうじゃねぇかッッッ!!!」

「少しくらいは無駄遣いしてもいいだろう?」

 

渡された報奨金はまだたくさん残されており、そこから多少使っても問題ない。

しかし金遣いの下手なサーレーは、ここ一回欲望に負けて散財すれば、その後も延々と欲望に負け続ける気がしていた。

サーレーは湯水のように金を瞬く間に全部溶かしてしまう未来図を想像して、戦慄した。

 

「うーん、人のために体を張って戦うところを見れば、イタリア五千万の人口のうち一人くらいは惚れる奇特な人間がいても良さそうな気もするが?」

 

ありそうななさそうな、なんとも言えない可能性の未来。

一人くらい惚れても良さそうだし、普段の情けない姿を見るにそんな人間は永遠に出ない気もする。

アルバロ・モッタは小さくひとりごちて思考した。

 

結局サーレーがどれだけ命がけで戦おうとも、サーレーは裏の奥の人間であり、秘匿される存在である。

その戦う姿をほとんど誰も見ることがないというのが、最大の問題点でもあるようなないような………?

 

まあいずれにせよ、この先よほどのことがない限りサーレーに慕情を抱くような変人は現れないだろう。

確固たる結論を胸に、アルバロ・モッタはとても残念な気持ちになっていた。

 

「まあとりあえず、俺はもともと先約があったから………。」

「相棒、悪いな。今日は俺も副長のトコの顔を出させてもらうことにするよ。」

「ま、待てっ!裏切り者ッッッ!!!」

 

サーレーの伸ばした手を尻目に、ズッケェロとモッタはサーレー宅からお暇することにした。

 

◼️◼️◼️

 

「一体僕に何の用が………?」

 

パンナコッタ・フーゴは、サーレーからの珍しい連絡に首を傾げた。

彼が操作するスマホの画面には、時間があるならば家まで来て欲しいという連絡が来ていた。

何も言わずに、ただ一言時間があるのなら来て欲しいとだけ。

 

親しいわけでもないが、別段邪険にする相手でもない。

特につい最近に至っては、フーゴには敵の潜伏場所から暗殺チームに救助されたという負い目もある。

それを考えれば、彼からのお願いを聞くことくらいは別に構わない。

 

何よりもその文面からは、必死さが伺える。

ごく一部の人間しか知らないが、サーレーはパッショーネの後ろ暗い部門の所属であり、そのリーダーでもある。

 

「これはもしや………?」

 

フーゴはこの間の事件で、闇に巣食う邪悪なスタンド使いの凶悪さを思い知った。

捕らえられて拷問され、非業の死を遂げる人々を目の当たりにした。

 

スタンドを扱えて戦えるフーゴは、それを契機に組織とイタリアのために尖兵となって戦いたいとジョジョに志願した。

しかしその時は、幹部に説得されて諦めざるを得なかった。お前は組織の維持のために金を稼げと。

だが状況とは、常に変化するものだ。

 

今のフーゴは命をかけても守りたいと願うくらいにはイタリアに対して愛着があり、友人隣人に支えられて生きていることを痛感するまでに至った。それが成長なのか退化なのか、それは誰にもわからない。

 

たとえわからなくとも、その気持ちに素直にありたい。

帰属する国家への愛着が深まれば、信頼が大きくなれば、より密に国家に奉仕することに対して抵抗が薄くなる。

フーゴもゆっくりと変化しているのだ。

 

「………つまり。」

 

この短い文面から伺える必死さ………実際はフーゴの勘違いなのだが………彼からの大事な、内密な話であるだろうと予測される。

フーゴはそう予測した。

 

………恐らくは組織の暗部のリーダーであるサーレーからの………所属要請だろう。

先日の大規模殺傷事件でパッショーネも甚大な被害を受け、暗殺チームも人材難であることは想像に難くない。

 

暗殺チームは損耗率が高く、凶悪な殺人スタンド使いに出会ってしまえば死者が出ることを免れない。

きっと事件によって暗殺チームの人材は枯渇し、スタンドを使役して戦える部下がいないのだろう。

 

何も言わずに来て欲しい、つまり他人には言えない内密な話であるということ。

彼は戦えるフーゴに白羽の矢を立てて、邪悪な敵に共に戦う仲間となって欲しいとそう願っているはずだ。

 

「僕でも………イタリアの、パッショーネの役に立てるッッッ!!!」

 

パンナコッタ・フーゴの暗殺チーム入り、彼はそれを予感して身震いした。

 

 

 

◼️◼️◼️

 

………これは、どういうことだろう?

 

「ほら、出来たぞ。」

 

テーブルの席に座るパンナコッタ・フーゴの前に、インスタントのパスタが皿に乗せられて差し出された。

理解できない。暗殺チームに所属するからには命をかけることになると、覚悟してサーレーの家にきてみれば。

 

フーゴは目をこすって、テーブルの上を今一度確認した。

やはりインスタント食品のパスタ。フォーク付き。ひどくシュール。

ホカホカと湯気を立てている。

 

「おい、これはどういうことだッッッ!!!」

 

パンナコッタ・フーゴは、大声をあげた。

フーゴがサーレーの住居に着いた後、フーゴは待っていたとばかりにサーレーに家の中に招かれた。

何も言わずに呼び込むその姿に、緊急で内密な話であることを理解してやはりという思いをフーゴは抱いていた。

そしてそのおよそ五分後に、フーゴはテーブル席に座り目の前にはインスタントのパスタが置かれている。それが今現在。

 

「どういうことって………言わなくてもわかるだろ?」

 

サーレーはまるでわんぱく少年のように、人差し指で己の鼻の下をこすった。

そのあたかも、いう必要もないほどに明快なことだろうという何とは無しに得意げに見える態度。

お前はこんなこともわからないのか、と。

 

「全然わからないッッッ!!!」

 

フーゴに理解できるはずもない。

理解できて当然というサーレーの態度に、フーゴはイラついた。

 

フーゴのその様子に、サーレーは物分かりの悪い生徒に接するように丁寧に説明することにした。

サーレーのその上から目線な態度に、フーゴはさらにイラっとした。

 

「仕方ねぇな。いいか、よく聞いとけよ。………ズバリ今日は、恋人達の日ヴァレンタイン・デーだろ。こんな日にヤローに呼ばれてノコノコ来るようなマヌケヤローには予定がない、つまり恋人がいないに決まっている。愛なんて消えてしまえ、恋なんてクソ喰らえ。俺たちは同士。お前は同士、フーゴ。つまり………聖ウァレンティヌスに反逆しようの会だ!」

「全然、さっぱりわからないッッッ!!!」

 

聖ウァレンティヌスに反逆しようの会、その趣旨は、別段恋人がいなくとも今日この日を楽しく過ごせると証明することで、ヴァレンタイン・デーの世間の共通認識を覆してやろうという反骨心溢れた会合である。ヴァレンタイン・デーなぞ、特別でもなんでもない一年のうちの一日に過ぎない。それが彼らのスローガン。

そこにはたとえ聖人に反抗する国賊と呼ばれようとも、己が信念を貫く覚悟があったはず、だった。

 

しかしその会は発足直後に、二人も離反者を出してしまった。

マリオ・ズッケェロとアルバロ・モッタ、たった四人しかいないうちの二人。

ちなみにサーレーはドナテロ・ヴェルサスにも通達したが、懇切丁寧なお断りの返答が返された。

 

これは本気でマズイと焦ったサーレーは、パンナコッタ・フーゴだけは絶対に逃がすまいと必死だった。

いくら百戦錬磨のサーレーとて、単体ではさほど出来ることが多くないことを自覚している。

 

その焦りが方向音痴なおもてなしとなり、到着したフーゴを逃がさないようにとにかく家の中に呼び込み、その場にあったインスタント食品を供出するというフーゴからすれば意味不明の行動に繋がることとなった。

 

フーゴの前には、ガーリックの香りがするパスタが未だ湯気を上げている。

 

「………君たちは、チーム所属の人材がいなくて困っているんじゃあないのか?」

「いや、まあ。………とりあえず、何も言わずにそれを食ってくれないか?」

 

確かにフーゴの言う通りだが、それを言えば暗殺チームはイアン・ベルモットの事件が起きる前からすでに人材難だった。

フーゴの言葉に要領を得ないサーレーは、一体何が言いたいのかと首を傾げた。

フーゴもフーゴでサーレーが何を言いたいのかわからなかったが、だがしかし。

 

出されたインスタント食品の前で、フーゴは思考する。

組織の暗い部分には、一般人に言えないことも多い。

こと暗殺チームに関して言えば、秘匿事案だらけだと言っていい。

 

もしかしたらこの冷凍パスタも、その類なのかも知れない。

スタンド使いが関わる事件では、時に想像を絶するようなことも起こりうるものだ。

 

暗殺チームに関わる以上は、秘匿事案を秘匿事案として消化不良のまま飲み込む必要性に駆られる事態が頻繁に起こる。

具体例を上げればボスのジョルノが、前ボスであるディアボロを暗殺した簒奪者であるということなど。

何も知らずに組織に追随する人間には、とても信じられないことだろう。

 

「僕はてっきりそれで僕に声をかけたものだと………。」

 

だから暗殺チームの一員として覚悟をする以上は、時に黙って異常事態の推移を見守ることも必要なのである。

真面目なフーゴは、理由がわからずも出されたパスタを律儀にフォークで食べながら返事した。

冷めてしまえば味が落ちる。

 

「ああ。」

 

コトリと、空になったパスタの皿をどけてサーレーは新たにインスタント食品のリゾットを乗せた皿をテーブルに置いた。

 

「全くそのつもりはない。俺たちは金を稼ぐ才能がないから、社会に馴染む能力が低いから、汚れ仕事に従事してるんだ。お前は俺たちと違って金を稼ぐ才能があるだろ?」

 

サーレーはフーゴが暗殺チームに勧誘されているとそう判断していることを理解した。

しかしサーレーには、フーゴを勧誘するつもりはこれっぽっちもない。

 

「つまり君たちに僕を引き抜くつもりはなく、今日の呼び出しも暗殺チームとは一切無関係と?」

「そうだ。今日は俺が個人的な用件で、お前を呼び出したんだ。」

「………そうか。僕が勘違いしていたが、君が要件をはっきりと告げないのもいけないんじゃあないか?」

「?」

 

フーゴは引き続きスプーンでリゾットを食べながら、そうサーレーに告げた。

サーレーには、何がいけなかったのかよくわからない。

 

「だから、僕が今日ここに来たのは君たちのチームへの引き抜きだと思ってだ。そんな聖ウァレンティヌス?ともかく悪いけどわけのわからない会合に参加するつもりはないんだ。」

 

サーレーはフーゴが綺麗に食べたリゾットの皿を片付けて、立て続けにピッツァを乗せた皿をフーゴの前に置いた。

 

「………そういうなよ。今日を一緒に過ごそうぜ。」

 

サーレーは寂しそうな視線を向けて、フーゴは皿の上のピッツァを手でつかんでムシャムシャとほおばった。

 

「要件は理解した。残念だが君に協力するつもりはない。僕は帰らせてもらう。」

 

フーゴはポケットからハンカチを取り出して、口まわりを拭いた。

用事はここまでと席を立って帰ろうとしたところ………。

 

「………食っただろ。」

 

フーゴはサーレーに片手をつかまれた。

 

「何?」

「お前今食っただろ。それは聖ウァレンティヌスに反逆しようの会に参加する同士をもてなすための聖餐だ!お前はそれを、食ったッッッ!!!」

 

サーレーが用意したインスタント食品は、聖ウァレンティヌスに反逆しようの会の同胞のためにわざわざ用意したものである。

パンナコッタ・フーゴは、黙ってそれを口にしてしまった。

 

「ッッッ!!!」

「絶対に逃がさねぇッッッ!お前が今日何も言わずここに来たってことは、どうせ一緒に過ごす恋人はいないってことだろ?恋人の日に予定のない、暇人ってことだッッ!!!」

 

大変な相手に捕まってしまった。

パンナコッタ・フーゴの全身に、真冬の湖に突き落とされたような寒気が迸った。

 

「絶対に、絶対に逃がさねぇッッッ!!!お前は今日、俺と一緒に恋人の日を楽しく過ごすんだッッッ!!!俺は絶対に街でイチャつく奴らには屈しない!!お前もそうだろ?………パンナコッタ・フーゴッッッ!!!!」

 

その必死さが、とてつもなく恐ろしい。

真っ赤に目が充血し、フンスフンスと鼻息荒く、つかまれた腕は爪が食い込んで痛い。

 

「お、落ち着け、落ち着くんだッッッ!」

「アン?俺は落ち着いてるよ。」

 

目が座っている。

このままフーゴを逃せば、サーレーはヴァレンタイン・デーに屈して一人で家にこもることになる。

世間の恋人たちの逢瀬を羨みながら、苦痛とともに時間経過を耐える一日を過ごす羽目になる。

それはサーレーの完全敗北に他ならない。

 

ズッケェロとモッタを逃し後のないサーレーのその必死さ、強引さに、フーゴは恐れおののいた。

 

「………こんなことをして、君はジョジョが喜ぶとでも思うのかッッッ?ジョジョは君が、ヴァレンタイン・デーに普通の人間と同じような楽しみ方をすることを望んでいるはずだッッッ!!!」

 

それはフーゴの、口から出た出まかせだった。

サーレーは、敬愛するボスのジョジョに弱い。ジョジョの名前を出せば納得してくれるかもしれない。

 

「………すればいいんだよ!」

「何?」

 

サーレーの表情がグニャリと歪んだ。

苦しそうな表情で言葉を発したサーレーに、フーゴは聞き返した。

 

「じゃあどうすりゃいいんだよッッッ!!!そりゃ俺だって、今日を恋人と楽しく過ごしてぇよ!でも、相手がいないんだッッッ!!!だから友人同士で楽しく過ごそうって………それを否定されたら、俺は一体どうすりゃいいんだよ!」

「それは………。」

「………話は聞かせてもらったわ。」

「「何っ!」」

 

言い争うサーレーとフーゴの会話に、突如第三者の声がかけられた。

二人が声がした方に振り向くと、そこには玄関扉に背を預けて腕を組むシーラ・Eがいた。

 

「サーレーは恋人がいないから、この忌まわしい日を友人と楽しく過ごそうとした。ミスタ副長が女性のいるナイトクラブに誘ってくれたにも関わらず、今後誘惑に負けるのが怖くてそれを断った。間違いはないかしら?」

「なぜそれをお前が知っているッッッ!というか、どうしてお前はここにいる!?」

「あら、私はあなたたち暗殺チームの監督官よ。今日は私も副長たちと一緒に過ごしてたんだけど、ズッケェロしか来なかった。だから事情を聞き出して、アンタのところに来たの。お分かりかしら?」

 

サーレーはシーラ・Eの言葉を反芻して、まとめた。

シーラ・Eは、今日副長たちのところにいた。シーラ・Eは、暗殺チームの監督官だ。シーラ・Eは、ズッケェロから事情を聞き出してここにいる。それらの情報から導き出せる結論………。

 

「つまりお前は、俺たちの敵だということだな?俺たちが友人同士で楽しく過ごそうとするのを邪魔する、敵対勢力ッッッ!」

「………言っとくが、僕は君と一緒に過ごすつもりはない。」

 

フーゴの言葉を、サーレーはスルーした。

 

「アンタがそう思うのなら、そうなのかも知れないわね。私には監督官として、暗殺チームの素行を監督する義務があるわ。」

 

サーレーとシーラ・Eの間で視線が交わされ、それはあたかも火花を散らすがごとく。

パンナコッタ・フーゴは、自分はもう帰ってもいいだろうかと考えた。

 

「俺はっ………!」

「いい、よく聞きなさい、サーレー。」

 

シーラ・Eは、落ち着いた声で幼子を諭すようにサーレーに告げた。

 

「私たちは皆、大いなる枠組みの中で生きている。アンタの反骨心は、理解できないわけではない。確かに、恋人のいない自分が恋人の日にどんなツラをして過ごせばいいか………アンタが苦しんでいるのはわかるわ。」

「ならばっ………!」

 

それならば、戦うしかない!

恋人の日が何でもない一日だと証明して、世間の共通認識を覆すために戦うしかない!

そう結論づけようとしたサーレーを、シーラ・Eは押しとどめた。

 

「違うわ。アンタは間違っている。確かにアンタは今、恋人がいないかも知れない。ひどく苦しんでいるのかも知れない。ならばその苦しみをバネにして、来年こそは恋人と共に過ごせるように努力する、それが今アンタがやるべきことよ!!!」

 

サーレーの脳裏に、稲妻が走った。

シーラ・Eの言う通りだ。

 

実際は何年も前から恋人を作ろうとして失敗続きのサーレーだったが、いかにもそれっぽいシーラ・Eの持論に、単純なサーレーは蒙を啓かれるがごとく簡単に騙されてしまった。

実にチョロい。暗殺チームリーダー、チョーレー。

 

言葉にすればさほど困難でもなさそうに思えるが、サーレーはそれに毎年失敗し続けている。

それが積もりに積もった末に、こじれにこじらせてこんな会合を開こうとしていたはずなのだが。

サーレーがそれを冷静に判断できていれば、もう少し普段から頭を使う習慣があれば、こんな簡単な詐術に騙されることもなかっただろう。

 

「世間の流れに逆らったところで、そこには不毛な戦いしか待っていない。それならばアンタ自身の幸福も考えて、世間に迎合するべき。来年のヴァレンタインはきっと恋人と過ごせるわ。なぜならばアンタの後ろには、この私がついているのだからッッッ!!!」

「!!!」

「………僕はもう帰ってもいいかい?」

 

自分は用済みとばかりに、パンナコッタ・フーゴは帰宅を希望した。

 

「ダメよ。アンタはこの男がテロリストになっても、自分には関係ないとしらばっくれるつもり?そんな精神で暗殺チームに所属しようなど、笑わせる。ちゃんちゃらおかしいわね。」

 

テロリスト。

社会に対して不満を持ち、恐怖を伴う暴力行為を以て社会を変革しようとする暗殺チームの不倶戴天の敵である。

 

サーレーはヴァレンタイン・デーに不満を持ち、恋人以外の人間と楽しく過ごすことによって、社会を変革しようとしている。

フーゴはサーレーのそのあまりにも必死な態度に、恐怖と狂気を感じた。腕をつかまれたのも、広義で言えば暴力に含まれるかも知れない。フーゴの右手はサーレーの爪が食い込んで、少し赤くなっている。

 

つまり、サーレーはヴァレンタイン・デー限定のテロリストだと言える………のかも知れない。

………ちょっと無理がありすぎるかも知れない。

まあそれはともかく。

 

真面目な人間ほど、馬鹿を見る。

パンナコッタ・フーゴとシーラ・E、彼らは真面目な人間であり、同僚であるサーレーを案じている。

マリオ・ズッケェロとアルバロ・モッタはサーレーの同僚だが、サーレーを適当にあしらい勝手にヴァレンタインを楽しんでいる。

いつの世でも真面目な人間が割りを食うのは、この世の真理である。

 

「………すまない、僕が間違っていた。」

「わかってくれたようね。」

 

パンナコッタ・フーゴも、シーラ・Eに乗せられてしまった。

根が真面目な二人は意気投合し、サーレーのしょっぱい社会変革をやめさせようと固く決意した。

 

「ならばまずは、話し合いよ。」

「話し合い?」

 

シーラ・Eは真面目な表情を取り繕い、フーゴはその思惑の続きを促した。

 

「………ええ。サーレーに恋人を作るなんて、まさに天変地異、驚天動地。無理難題の極み。でも………とにかく歩かないことには先に進まないの!そのためにはどのような道を進むか、どこを歩くか………私たちで話し合ってその道筋を作り出す!」

「なるほど。来年のヴァレンタインまでにはサーレーに恋人を作らないといけない。さもないと、悲劇は繰り返すことになる。その対策会議ということか。」

「ええ。およそ猶予は一年。」

「?」

 

話し合う二人に対してサーレーは頭脳面で劣等感を抱いており、会話に口を挟める空気ではなかった。

シーラ・Eとパンナコッタ・フーゴは共感し、サーレーは二人の話し合いの着地点がどこに向かうのか予測できない。

 

たとえどんなにか細い道筋であったとしても、諦めずに目的へと邁進しよう。

いい明日を、未来を目指そう。

そのために彼らは、生きているのだから。

 

こうして、本人の頭越しにパッショーネの良心たちによるサーレーに恋人を作るための会議が始まった。

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