噛ませ犬のクラフトワーク 作:刺身798円
黒いタンクトップに白のハーフパンツを履いて足元は流行りのサンダル、サングラスをかけて首にシルバーのチェーンネックレスをつけたサーレー。
「うん、ダメね。全然ダメ。ちょいワルってレベルじゃないわ。………ガラが悪すぎる。チンピラ感が余計増した感じがするわ。」
「なんだろう………どこにでもいそうな感じはするけれど、あまり近付きたいとは思えないタイプだ。」
普段は決して着ることのない、ピッチリとしたフォーマルスーツを着こなしたサーレー。
「………なんか違和感が半端ないわ。スーツを着た人間をこんなにもおかしいと感じるのは初めて。中肉中背、標準的な体型にも関わらず、スーツを着て何でこんなにも違和感を感じるのかしら………?」
「不思議だ。どこがダメだとは明言できない。何がいけないか、明確な言葉にできない。でも、どこかがおかしい。なぜかと問われても、その理由は全くわからない。」
カシミアの暖色系の落ち着いた色合いのセーターを着て、ダメージジーンズを履いたサーレー。
「何かしら?落ち着きのない子供が無理して窮屈な洋服を着せられているような………?」
「落ち着いた洋服が、サーレー本人が醸し出す落ち着きなさに負けている感じがする。」
サーレーをどうにかしようと努力する真面目な二人は、会議の結果とりあえず形から入るという結論を下した。
まずは相手と円滑なコミュニケーションが取れないと話にならない。
そのための、女性に気に入られるファッション。相手に好感を与えるスッキリとした着こなし。
サーレーのサーレーによるサーレーのための、ファッションショー。
だがしかし。
「ダメッッッ!どうやってもチンピラ臭がにじみ出る!小物感が消せない!」
「何を着させても安心感が出せない!見る人間を安心させられない!僕は、どうすればいいんだッッ………?」
シーラ・Eとパンナコッタ・フーゴは、苦悩に苛まれていた。
何を着せてもチンピラっぽくなる。服が本人の醸し出す雰囲気に敗北する。
清潔感を出そうとしたところで、とどのつまり清潔なチンピラ。
安心感を醸そうとしたところで、結局は安心なチンピラ。
垢抜けた着こなしを目指しても、よくて垢抜けたチンピラ。
チンピラ・ファッションショー。
完全無欠、絶対無敵のチンピラっぽさ、兄さんチンピラ・スタイル。
「小物で何とかごまかせないかしら………。」
「………厳しい。現実とは、こんなにも厳しいものだったのか………。」
漫画や小説で言うところの王道的展開。
チンピラが眼鏡をかけたら爽やかイケメンになった、なんてことは起こりえない。
この世には努力でどうにかなるものと、努力でどうにもならないものが存在する。
無駄にシビアでリアルな展開である。
伊達眼鏡をかけると、インテリヤクザに憧れる下っ端のようになる。
帽子をかぶると、人相をごまかそうとする鉄砲玉みたいになる。
つけ髭をつけると、借金取りからコソコソ逃げ回る負債者みたいになる。
しかも肌がじゃっかん緑色。
延々と終わり無く、無限に湧き出る泉のような。
どこまでも続く地平線のような、いつまでも高い青空のような。
どれだけ拭おうとしても拭いきれない、チンピラ臭と小物感。生まれついてのかませ犬。
磨いても磨いても、本人の内側から湧き出るチンピラっぽさが消えない、無くならない、終わらない。
大物暗殺者にも関わらず小者という、何とも言い難い矛盾の体現者。
チンピラ・レクイエム、終わりがないのが終わり。
シーラ・Eとフーゴは、どうにか服飾でサーレーのカタギから程遠い雰囲気を誤魔化せないかと躍起になっている。
サーレーは目をパチパチと瞬かせ、着せ替え人形として二人になすがままにされている。
「………一体私たちはどうすればッッッ!!!」
「お、おい!」
「………しょうがない。シーラ・E、ひとまず計画の第一段階は凍結して計画の第二段階に移行しよう。」
………認めたくなくとも、人は時に敗北を認めねば先に進めないことだってある。
計画の第一段階は、二人のブレーンの無惨な完全敗北に終わった。
主体であるサーレーの意向を無視して、計画は第二段階へと移行する。
「計画の第二段階は、ウィットに富んだ会話!話で楽しませて主導権を握り、女性を口説き落とす!」
「ああ。これこそが僕たちの本領、得意分野だ!」
二人はガッチリと手を組み、知性を感じさせる女性の誘い方を模索する。
相談しながらメモ用紙に細々と文字を書き連ね、サーレーにそれを手渡した。
「さあ、サーレー。そこのメモに書いてある通りに、フーゴを口説きなさい!」
「えっッッ!?」
当然、シーラ・Eは女性でフーゴは男性である。
そこはシーラ・Eが口説かれる役ではないのかと、フーゴは驚愕した。
「しょうがないじゃない。私がサーレーに口説かれる役をしたら、まず間違いなくイラついて手が出るわ。」
「………。」
あまりにも、正直な吐露。
実際にサーレーに口説かれたわけでもないのに、シーラ・Eは断言した。
パンナコッタ・フーゴは目を細め、サーレーは愕然としている。
「もう想像しただけでわかるわ。練習だって頭ではわかっていても、絶対にイラついて殴ってしまう。だからフーゴ、お願いね。」
「僕はそんな役目を任されてしまうのか………?」
パンナコッタ・フーゴは、自身がサーレーに口説かれる姿を想像した。
おっさん二人が愛を囁く。
もう字面だけでキッツイ。でも、誰かは担当しないといけない役割だ。
この世には見えないところで苦行を担当する人間がいるから、人は理想を信じられるのである。
「おい、待て。ということは………。」
サーレーはこれまで幾度も、イタリアの紳士らしく女性を口説こうとした経験がある。
その度に彼は、女性にビンタで頬を叩かれ足早に逃げられ続けてきた。
彼はそれが自身の会話術の下手くそさに由来するものだと思っていたのだが。
「私が思うに………恐らくは半々といったところね。アンタの話術のレベルの低さが半分。残り半分は、アンタの身から滲み出るチンピラ臭が原因よ。」
「マジかッッッ!!!」
会話の下手くそさが原因ならば、話術を向上させればいい。
しかし身から滲むチンピラ臭は、如何ともし難い。それは声をかけられる側の防衛本能を、警戒心を、強烈に刺激するのだ。
それはつまりサーレーが女性に声をかけるたびにビンタされる理由の、半分は打破できても残り半分は打破することが極めて困難であるということである。それに耐えうるのは、海千山千の専門の商売をしている女性くらいである。
終わりがないのが終わり、チンピラ・レクイエム。
その小物感漂う雰囲気は、女性を寄せ付けない。声をかけられたら反射的に、思わずビンタしてしまう。
パブロフの犬も真っ青な、息を吸うように行われる逃れられない因果、条件反射。
「とりあえず、練習しないことには始まらないわ。さ、試しにフーゴを口説いてみなさい。」
サーレーはシーラ・Eの指示に従い、パンナコッタ・フーゴの近くに寄って口説きはじめた。
壁際に寄りかかるフーゴに対する、サーレーによる壁ドン。少女漫画における王道展開。
「ヘイ、そこの綺麗なシニョリーナ。君の時間を俺に少しだけわけてくれないかな?」
「………!」
サーレーはフーゴを女性だと仮定して、声をかけた。
サーレーの顔が間近にあり、その鼻息まで聞こえてくるような。
目は爛々と輝き、興奮で眉がピクピクと動き出しそうな。
サーレーが口説き始めると同時に、パンナコッタ・フーゴの背後に鬱蒼と生い茂る樹木のようにパープル・ヘイズが現れた。
暴虐の化身とも言うべきかのスタンドは拳を振りかぶり………。
「わああ、やめろ!!!」
「ちょっと、フーゴ!ストップ!」
「はッッ………!」
パープル・ヘイズが何かを殴れば、生命を溶かすウィルスが辺りに撒き散らされることになる。
サーレーとシーラ・Eは大慌てで、拳を振り上げたフーゴに待ったをかけた。
「フーゴ、いくら不快だからって、パープル・ヘイズを発動するのはやり過ぎよ!」
「僕は………。」
唖然としたパンナコッタ・フーゴは、黙ってパープル・ヘイズに目をやった。
パープル・ヘイズは静かに消え去った。
「………済まない、サーレー。なんかパープル・ヘイズが勝手に………。」
パープル・ヘイズは手加減の出来ないスタンドである。
その拳のカプセルに内包されたウィルスが一旦生命に感染すれば、生命が崩壊するまで喰らい尽くす。
パープル・ヘイズが勝手に動いた。
もしもそれが事実だとすれば、それは死ぬほど恐ろしいことだ。
その真実は、サーレーの殺し文句が過去に例を見ないほどに不快指数が高かったために、フーゴがほとんど無意識下でスタンドを発動してしまったということである。
「………シーラ・E、どうやら僕には荷が重いみたいだ。済まないが役割を交代してくれ。」
ついつい手が出てしまった場合、パンナコッタ・フーゴのパープル・ヘイズはシーラ・Eのブードゥー・チャイルドよりも遥かに被害が大きくなってしまう。パープル・ヘイズのカプセルが割れたら、間違いなくここにいる三人は全滅することになる。完全犯罪の一丁上がり。
シーラ・Eはフーゴの意図を理解して、仕方ないとばかりに頷いた。
「………大変遺憾だけど、まあ仕方ないわ。さあ、サーレー。私を口説いてみせなさい!」
シーラ・Eは胸のあたりで腕を組んで、尊大にサーレーに指示を出した。
「あ、ああ。」
パープル・ヘイズの恐怖も冷めやらぬうちに。
サーレーはシーラ・Eの前に立って軽く身振りを交えながら口説く練習を始めた。
「シニョリーナ、きょブベッッ………。」
サーレーが本格的に口説く前に、シーラ・Eの拳がサーレーの顔面を真正面からとらえた。
たたらを踏んだサーレーの鼻からチョロリと、鼻血の一雫が垂れ落ちた。
「おい!練習だろうがッッッ!!!」
たとえビンタをするにしても、あまりにもタイミングが早すぎる。
しかもシーラ・Eの攻撃は、手心を加えたビンタではなく拳を固く握った正拳突きである。
それが人体の弱点である正中線、サーレーの鼻っ柱を痛烈に引っ叩き、サーレーの視界は明滅した。
練習のはずなのに無遠慮な攻撃を加えたシーラ・Eに、サーレーは苦情を申し立てた。
シーラ・Eは自身のおとがいに指を当てて、しばし思考した。
「………アンタが殴られる理由が、一つわかったわ。パーソナルスペースに無遠慮に踏み込みすぎよ。」
「パーソナルスペース?」
イタリアに限らず、欧州の人間は親しい人間と接する際にハグやキスの文化が存在する。
それはもちろん、親しい人間や信頼できる人間に対しての話である。
当然不審者やチンピラが近付けば人は警戒し、安易にパーソナルスペースに入れることを嫌う。
「………ええ。縄張りとでもいうべきかしら。人は誰しも、周囲に異物を近づけたくない距離がある。アンタはそれを無神経に踏みにじっているから殴られるのよ!」
「!!!」
上手に女性に声をかける男性は、相手に警戒を抱かせずにパーソナルスペースに入り込むすべに長けている傾向にある。
相手との距離をうまく測って、興味深い話術で意識を誘導し、気付いたら警戒心が解けている。
それが女性を口説くのが上手い、イタリアの紳士。
対して、サーレー。
終わりが無いのが終わり、チンピラ・レクイエム。
どうやってもチンピラ臭が消せない、小物感が拭えない、警戒心を解かせない。
相手の本能に強制的に働きかけて、最大限警戒すべき相手であると認識させてしまう。
どう口説こうとも、町娘にコナをかけるヤクザ者になってしまう。
本人はイタリアの教養高い紳士を目指しているのだが、どうにも方向音痴としか言いようがない。
にも関わらず不用意にパーソナルスペースに入り込んでしまうために、声をかけられた女性はパブロフの犬のごとく反射的に手が出てしまうのである。
「どうすればッッッ………!」
シーラ・Eは考え込んだ。
これは極めて難題だと言えるだろう。予想以上だ。
パッショーネの一員としてそれなりに付き合いがあり、口説くための練習だとわかっているシーラ・Eでさえ思わず反射で手が出てしまう。
サーレーの呪いのような体質に、シーラ・Eは頭を抱えた。
ジョルノが生まれついての王者であるように、フーゴが生まれついての秀才であるように。
生まれついてのチンピラ、かませ犬。チンピラ界に産み落とされし希望の星、それこそがサーレー。
「………とりあえず、女性に無遠慮に近付かないこと。考えただけで頭痛がしそうだけど、一定の距離をとって口説きなさい。私も出来る限りは耐えてみせるから。」
「わかったッッ!!!」
サーレーはシーラ・Eから一歩離れて、口説く練習を行おうと………。
「ダメ。多分まだ無理。あと三歩離れなさい。」
「あ、ああ。」
サーレーはシーラ・Eの忠告に従い、さらに三歩離れ………。
「………まだ厳しいわね。さらに三歩離れなさい。」
「………。」
すでに五メートル近く距離が離れているが、サーレーは黙ってさらに三歩後ろに下がった。
「もう少し………あと三歩。」
「おいッッッ!!!」
ここからさらに下がったら、十メートル以上距離が離れてしまう。
そんな遠くから女性を口説こうとする人間なんていない。
「………アンタの言いたいことはわかるわ。でも諦めなさい。千里の道も、一歩から。それだけアンタから醸し出されている不審者感がハンパないってことよ。」
心の距離は、遥か遠く。理想郷は、永遠の彼方。チンピラ、ハンパない。
他人と繋がり愛を囁くために、サーレーが要する距離はおよそ十メートル。
その十メートルの距離の間には、とてつもなく深い谷が存在する。
「マジ?マジで?………俺はこんな遠くから女を口説かにゃならんのか?」
「苦難の先にしか、偉業はなし得ないわ。私も頑張って我慢するから、アンタも頑張りなさい。」
「………なんかスマン。」
普通の人間であれば、たとえ知らない相手であっても一メートルくらいまでは近付けるものである。
それがサーレーは、女性を口説くために必要な距離は十メートル。
ひどいハンディキャップを負っていると言えた。
「さあ、もう一度やり直しなさい。」
「あ、ああ。」
サーレーはシーラ・Eに殴られてよれた首元の襟をただし、シーラ・Eに向かって声をかけた。
「そこの綺麗なシニョリーナ。少し尋ねたいことがあるのだが、よろしいでしょうか?」
「あ゛ぁ゛!?」
シーラ・Eはこめかみに青い血管を浮き上がらせながら、腹の底から低い声を出した。
女性が出してはいけない声だ。
「お、おい!」
「………いいわ、続けて。」
目をつぶってイライラした様子を見せながら、シーラ・Eはサーレーに続きを促した。
「いいのか?」
「………ええ。少しだけ距離を縮めて、続きをやってちょうだい。」
サーレーはすり足で三十センチほど距離を詰めて、練習の続きを行なった。
「君は今日も綺麗だな。もしよければ、この後一緒に食事でも行かないか?」
「………いい計画ね。」
サーレーが精一杯口説いた結果、シーラ・Eの眉間にひどいシワが寄った。
無言のまま足を貧乏ゆすりし、今にも飛びかかってきそうな緊迫した空気が辺りを包み込む。
「………続けて大丈夫か?」
「………さっさとなさい。」
嫌そうな表情のシーラ・Eに気後れしながらも、サーレーは手振りを交えて言葉を交わす。
「ピッツァの美味い店が近くにあるんだよ。最近オープンしたばかりの店で、穴場なんだ。」
「………ええ。」
シーラ・Eの顔面のシワがくしゃくしゃと中央に寄って、ブルドッグのような顔になった。
今にも吠えそうな、噛みそうな、苦いものを口いっぱいに詰め込んだがごとき表情。
「お、おい、シーラ・E!顔、顔!!!すごいことになってるぞ!」
はたから見ているフーゴは、シーラ・Eの女性にあるまじき顔を指摘した。
「………サーレー、距離を詰めなさい。」
「あ、ああ。」
大丈夫なのかと心配そうな表情をしながら、サーレーはさらに三十センチ距離を詰めた。
「その後に一緒にオペラを観に行かないか?ツテがあるんだ。今の時期はヴァーグナーを公演している。君も知っているだろう?」
「………。」
シーラ・Eの瞼が開き、キッとした視線をサーレーに向けた。
サーレーはその視線に攻撃性を感じて、言葉に詰まって後ずさった。
「おい?」
「………まだ大丈夫よ。まだ………。」
フーゴは心配そうに、何かあったら割り込めるように緊張しながら様子を見ている。
「………そうか。じゃあそんなに時間をとらせないから、これから一緒に………。」
サーレーが身振り手振りでシーラ・Eに話しかけ、彼女に少しだけ近付いた瞬間ブードゥー・チャイルドが発現した。
「………ストップ。そこが限界よ。それ以上アンタが近付いたら、反射的に飛びかかってしまう。」
シーラ・Eが右手を水平に前に出して、そこで止まれというジェスチャーを示した。
「フーゴ、距離は?」
「八メートル四十センチってところだ。」
「そう………聞いた?それがアンタのデッドラインよ。」
「この距離を保てば、俺は相手を警戒させずに済むのか?」
サーレーは離れた距離から、シーラ・Eに確認をとった。
「いいえ。アンタを相手に警戒させないというのは、そもそも無理。その距離は、相手に我慢を強いて強烈なストレスを与えながらも、何とか飛びかからないように相手の理性を保たせる距離よ。」
「マジかッッッ!!!」
サーレーはショックを受けた。
十メートル近くの距離。それだけ距離をとれば、相手を口説くことができる。
これでようやくまともに女性を口説けると思ったら、それでもなおも相手に精神的な苦痛を強いていたらしい。
まともな人間なら、こんな距離で話そうとは思わない。
それだけの距離をとって初めて、相手の理性が本能を克服する。
終わりがないのが終わり、チンピラ・レクイエム。
真っ当な女性であれば、男性に声をかけられたくらいで暴力に訴えたりはしない。
男性が非常識な行動に出たのならともかく、少し声をかけられたくらいでは上手くあしらうのが大人の女性なのだ。
それを容易く覆すのが、サーレーのチンピラスペック。
「………そうか、俺はお前に苦痛を強いていたのか。悪かった。もう、諦めよう。」
サーレーは落ち込み、心なしか彼の特徴的な髪も萎びてへたって見えた。
サーレーはシーラ・Eに、練習の辞退を申し出た。
「ダメよ!アンタだけ不当に不幸になるのは、私が認めない!来年のヴァレンタインまでまだ一年もあるわ!」
「そうだぞ、サーレー!僕の貴重な時間を費やしているんだッ!ここであきらめたら、それこそ今日一日が無駄になってしまう!」
「お前ら………。」
シーラ・Eとパンナコッタ・フーゴはガッチリと肩を組み、そこにサーレーも含めて三人で円陣を組んだ。
茨まみれの道を、たとえ傷だらけになろうとも乗り越える。三人には、その覚悟があった。
「チンピラが何よ!アンタは私たちが幸せにしてやるわ!」
「そうだ、サーレー。僕も君たちには借りがある!何回失敗しても、それ以上に挑戦して君の不幸体質を克服して見せるッッッ!」
「………ありがとう。」
シーラ・Eとフーゴの思いやりの言葉に、サーレーの心に温かいものが宿るのを感じた。
「チンピラが何よッッッ!!!さあっ!!!アンタたちも繰り返して!!!」
「チンピラが何だッッッ!!!」
「チンピラが何だッッッ!!!」
三人は円陣を組んだまま、声を張りあげた。
階上階下の住民たちにとっては、さぞかし不愉快な騒音被害だろう。
「チンピラが何よ!!!」
「チンピラが何だッッッ!!!」
「チンピラが何だッッッ!!!」
三人は高らかに復唱を続け、今や心が一つになっていた。
目指すものはたった一つ、サーレーの不遇な体質の改善。生まれついてのチンピラ体質を乗り越えて、サーレーは楽園へとたどり着くのだ。
「チンピラがモテモテで何が悪いッッッ!!!今日はチンピラ大感謝祭よ!!!さあ、サーレー。さっき計測した距離から、私を口説く練習を続けなさい!!!」
「ああ!!」
復唱することで精神を強く持ったサーレーは、シーラ・Eへと真剣な眼差しを向けた。
「麗しきシニョリーナ。………この後に俺の家に来ないかい?」
「黙れッッッ!!!」
「グェ!」
「えぇ!?」
一足飛ばして性を意識させるようなサーレーの言動とそれに付随したウィンクに、シーラ・Eの理性は容易く消し飛んだ。
ブードゥー・チャイルドが素早くサーレーへと距離を詰めて殴り飛ばし、それを見たフーゴは困惑した。
「何やってるんだ!」
「………ごめんなさい。あいつがあまりにも不愉快だったから………。」
サーレーはもういい年齢であり、女性とお付き合いするのであれば当然性的なことは切り離せない。
しかしその口説き方は、少なくともシーラ・Eにとっては非常に不快指数が高かった。簡単に理性を投げ捨てるほどに。
サーレーは顔面を抑えて、ゆっくりと立ち上がった。
「サーレー、ごめんなさい。」
「………気にするな。練習を続けるのだろう?」
「サーレー!!!」
殴られてもへこたれずに立ち上がるサーレーのその姿に、シーラ・Eは感銘を受けた。
「ええ。やるわよ!」
「ああ、やるぞ!」
「サーレー、君も成長したんだな。」
真面目な人間ほど、一度タガが外れると歯止めが効かなくなる。
止まらない暴走列車は、どこまでもどこまでも走って行く。行き先不明のままに。
何ぞ、これ?
もしもマリオ・ズッケェロがこの場にいて客観的に俯瞰していたら、そう評していただろう。
しかし、ツッコミ役不在。真面目な二人とアホな一人は、真剣に茶番に取り組みそれに気付かない。
◼️◼️◼️
「とても楽しかったっす。今日はありがとうございました。」
「気にすんな。」
マリオ・ズッケェロはグイード・ミスタに礼を告げ、ミスタは笑って手を振った。
「部下のモチベーションを管理することも、俺の仕事のうちだ。」
裏社会組織であるパッショーネには、表に出せない人材も豊富にいる。
表に出ない奴らがいい仕事をしたならば、相応の労いをするべきだ。
そしてミスタは、それは自分の仕事の一環であると考えている。
「にしても、
「………意地はってんすよ。まあ相棒のことは、俺が帰りに見ときますんで。」
「いや、仮にも俺は上司だ。たまには部下の状態を把握する必要がある。」
暗殺チームはパッショーネの武力であり、こまめな管理が必要となる。
いざという時にしっかり仕事をこなせるように仕上げておくことも、ミスタに与えられた仕事の一部である。
ミスタはもともとは大雑把な人間だったが、部下を持ち人を使う地位に就いたことで細部まで気を使える人間に変化していた。
「じゃあ一緒に行きましょうか。」
他の部下達と別れ、ミスタはズッケェロについてサーレーの住居へと向かっていく。
「………それにしても、相変わらずアイツはしょうもないところがあるな。」
「変なところで意固地で理想主義なんすよ。性格的にも不器用で、我慢するのが苦手。金遣いが下手くそで、頭を使うのもあまり得意じゃあない。いいところよりダメなところの方が目立つタイプっす。」
「そうか。」
「ま、でもだから俺がいるんすよ。直接的な戦闘力じゃあ敵わないから、アイツに足りないトコを補うために。」
完全無欠のスタンド使いなど、存在しない。
だから彼らはチームを組み、助け合う。
人間が社会を育むのも、根本的な意義は同じだ。
一人では足りないから、大勢の人間で助け合う。
マリオ・ズッケェロがそれを理解しているのであれば、暗殺チームはさほど心配はいらない。
「そうだな。」
ズッケェロとミスタは酒に酔い、いい気分でミラノの街並みを歩いていく。
今日はヴァレンタインで、街中には恋人たちがたくさんいる。
すれ違う人々を羨みながらも、彼らには彼らの幸せがあることをズッケェロは知っている。
「………すまないな。チームに補填できる人材が、なかなか育たない。」
ミスタがふと話題を変えた。
「いえ、わかっています。今のサーレーが、かなり経験を積んでしまっているので。実力が離れた人間を補填されても、互いにとっていい結果にならない。」
足手まといをチーム入りさせたら、現暗殺チームのエースであるサーレーとズッケェロは足を引っ張られて死亡する確率が上がる。
半端な人間を部下につかせて死なせて、現大エースであるサーレーの戦闘力が鈍ったなどとお笑いにもならない。
暗殺チームの一員がいつ死ぬかわからないことを、彼らも理屈ではわかっている。
しかし人間の心の動きは想像し難く、精神の一瞬の隙はスタンド使いにとって致命傷になり得る。
その辺の覚悟に関しては、実際にことが起こらないことには案外とどっちに転ぶかわからない。
しかし生死をかけた場数を積ませないと、悪辣なスタンド使いと戦って生き残れる人材は育たない。
最上の理想を言えば、ディアボロや吉良吉影を仕留めて、なおも生き残る強さを持つ人材。
その矛盾を上手くこなすのは難しく、痛し痒しだ。
「………理想通りにはいかないな。」
ズッケェロとミスタは頻繁に、事情を知る幹部も交えてチームの先行きについて話しあっている。
目下のチームの最優先課題は次代の育成であり、密やかにサーレーを省いて話し合いは行われている。
その理由は単純にサーレーが頭脳面で頼りにならないことと、現行の暗殺チームにおいてサーレーの戦闘力が非常に高いために彼には戦闘に専念してもらった方がありがたいという理由などによる。
「今やるべきなんすけどねぇ。」
「あぁ。」
大きな事件が起これば、社会は危機感を抱く。
イアン・ベルモットの大事件がつい先日起きた今、組織内で暗殺チームの強化に否定的な意見は出ないだろう。
今が育成の好機なのである。
「まぁ、少しずつ細部を詰めていきましょう。」
「そうだな。」
サーレーの入居する貸し住宅に着き、二人は階段を上っていく。
やがて二人は目的地に到着し、ズッケェロはインターフォンを鳴らそうと指を伸ばした。
『この後、二人きりで夜景でも見に行かないか?』
『………ええ、喜んで。』
サーレーが入居している物件の、扉を隔てた向こう側から声がした。
サーレーの住居の前で、ミスタとズッケェロの二人は固まった。
「お、おい!今の声、シーラ・Eだよな?」
想定外の事態に、ミスタはとっさにズッケェロに確認をとった。
シーラ・Eは今日は途中まではミスタたちと一緒にいたが、いつのまにかいなくなっていた。
それが………。
「………ええ。」
マリオ・ズッケェロも緊迫した空気を出している。
「まさかアイツら付き合ってたのか?」
「………いえ。俺も初耳っす。」
ズッケェロとミスタは、顔を見合わせた。
相棒であるマリオ・ズッケェロも、サーレーとシーラ・Eが付き合っているなど聞いていない。
でも今日はヴァレンタイン・デーで、サーレーがシーラ・Eをどこかに連れ出そうとしているようだ。
シーラ・Eも肯定しているようだし、多分そういうことなのだろう。
「………今日は、帰るか。」
「………そっすね。」
なんだかんだで、マリオ・ズッケェロもグイード・ミスタもどちらかというとサーレー寄り、だと思っていた。
………今の今まで。
この後に、当然サーレーとシーラ・Eは誤解を受けることになる。
◼️◼️◼️
「………僕は思うんだが。」
ズッケェロとミスタが帰宅した後、サーレー宅にて。
シーラ・Eに言いよるサーレーを客観視しながら、我に返ったパンナコッタ・フーゴはポツリとつぶやいた。
賢い彼は時間を置くうちに、気が付いてしまったのだ。
「何よ?」
シーラ・Eは視線をフーゴに向け、サーレーもフーゴが何を言いだすかと成り行きを見守っている。
「これってサーレーが女性を口説く練習じゃあなくて、どっちかというとシーラ・Eがサーレーに口説かれる練習になっていないか?」
「「!?」」