噛ませ犬のクラフトワーク 作:刺身798円
「………いつの時代も、新しい才能は下から出てくるもんだな。」
サーレーはその技術の美しさに、ため息を吐いた。
「ああ、あの
ズッケェロも、手放しで称賛の声を送った。
「ちょっと何?あれがそんなに凄いの?」
シーラ・Eは額に手をやって、敬礼のようなポーズでピッチ上へと目をやった。
彼女には、二人の会話がよく理解できない。
「ああ。観客もどよめいてたろ。アレはダブルタッチって呼ばれる
サーレーとズッケェロは普段の仕事を終え、仕事上がりにフットボールの試合を楽しみにしていた。
その際に暗殺チームの監督官であるシーラ・Eを珍しく誘い、フットボールに興味の薄い彼女は生まれて初めてフットボールスタジアムへと足を運んだ。周囲の席を大勢の観衆が埋め尽くし、彼らは皆熱気とともに試合の開始を今か今かと待ちわびていた。
そして笛が鳴り試合が開始され、およそ五分。
ミラノクラブチームにとって最初の得点機がやってきた。
「何がどう凄いの?」
フットボールに関して今は亡きカンノーロ・ムーロロと同程度の知識しか持たない彼女は、業腹ながらフットボール観戦の先達者であるサーレーに解説を頼み込んだ。
「………ダブルタッチに限らず技術はな、いかに相手の裏をかくかというところにある。相手の陣地にボールを持って攻め込めば、相手は引きながら守ることになる。しかし、いつまでも後ろに下がり続けることはできない。どこかでボールを奪うために、前に出る必要がある。技術の極意は、オフェンスとディフェンスの駆け引きだ。その重心を切り替える境目を、いかに見極めるかが重要だ。」
サーレーがシーラ・Eにザックリと説明をする。
「ボールを動かすと、人はそれを目で追うだろ。右にパスをしようとすると、ディフェンスはそっちに足を出してカットしようとする。フットボールの試合はリアルタイムで行われていて、オフェンスもディフェンスもろくに判断を下す時間を与えられない。反射でプレーする必要に駆られることも、頻繁に起こる。だから相手が動こうとした時に左足でボールを右に動かす。するとディフェンスは反射でボールをカットしようとする。そこをさらに今度は右足でボールを前に蹴り出す。ボールは結果としてディフェンスの裏をかく軌道で動き、ディフェンスは後手に回ることになる。たったそれだけのプレーなんだが、それだけでディフェンスを欺いてかわせる。非常に効果的だぜ。」
ズッケェロがサーレーの説明に補足を入れた。
「ふーん。」
シーラ・Eはイマイチ納得のいっていない様子で、相槌を打った。
「あ、テメエ理解してねぇだろ!」
「いや………アホなアンタでも、好きなことに関しては物覚えがよくなるんだって感心してたの。」
「………悪いか?」
「ま、いいんじゃない?」
スポーツにおける技能は、細かく分析しようと思えばいくらでも細分化することができる。
ここでは説明のために、技術と経験と時間の三つの要素について上げることにしよう。
天性の足首の柔らかさ、そして日々の反復練習からなる技術。
試合を繰り返し、年齢を経るうちに身につく経験。
相手を後手に回し、冷静な判断を奪う時間。
素早く攻め込んで思考する時間を奪うことでディフェンスのミスを誘発し、長年の経験で相手が引く守備から奪う守備に移行するタイミングを見極め、柔らかい足首と幾たびも繰り返された技術によってディフェンスを鮮やかにかわす。
まるで風に出会ったように、亡霊に出会ったように、ディフェンスは立ち尽くし、置き去られる。
そのワンプレーはサーレーのみならず敵味方含めた全観客を唸らせ、目の超えた観客たちはどよめいた。
「………詰めがあめぇな。」
ズッケェロがつぶやいた。
人数をかけて守る狭い場所をワンツーパスとダブルタッチでディフェンスをかわしてキーパーに近づいた9番の選手が放ったシュートは、ポストに弾かれて得点にならなかった。
「まだ若さが見られるな。」
「キーパーが出てきてあわてちまったか。だがまあ、先は楽しみだ。」
ミラノのクラブチームのサポーター席側から、ガッカリとした声が上がった。
今日はマンデーナイトで、ミラノクラブチームの試合が行われている。
対戦相手はフィレンツェに本拠を置くクラブチームで、ミラノクラブチームの本拠であるジュゼッペ・メアッツァで試合が行われる。
「ワールドクラスの9番を売った時はどうなることかと思ったが………才能ってのは登ってくるもんだ。」
「クラブのスカウトが有能なんだろ。分析力と人脈に長けてるってこった。羨ましい。」
サーレーたちがグリーン・ドルフィン・ストリート刑務所で戦っている間に、強力な
ミラノクラブチームは残された移籍金を元手に優秀で若い人材を漁り、一年間少しずつ試合の出番を増やしつつ確実なトレーニングを行った。
それが上手く花開いた形だと言えよう。
スポーツ選手にしては比較的線の細い、まだ十代の若手選手。
パッショーネのスカウトがわざわざ地球の裏側であるオーストラリアから発掘し、一年かけて丁寧に丁寧に磨き上げたタレント。
彼は今年の頭に鮮烈デビューを果たし、時間の経過と共に年若いながらも奥行きのあるプレーを観客に披露してミラノを沸かせてきた。
ボールは行き来し、今度はフィレンツェクラブチームの攻め込む番。
フィレンツェの中盤の選手がサイドにボールを渡し、ピンポイントクロスを上げてフィレンツェの9番がゴールを狙う。残念ながらボールに頭を合わせることはできずに、ボールはラインを割って流れていった。
「うーん。」
「どうした?」
シーラ・Eが観客席で頭をひねり、ズッケェロが理由を問いかけた。
「アンタたちは楽しそうに見てるけど、私にはイマイチ面白さがよくわからないのよねぇ。」
「そりゃ、人生の半分は損してるぜ?」
「いいや、八割損してるだろ。」
「この競技の見どころなんかを教えてほしいわ。」
ボールがゴールのネットを揺らせば、得点。
より多くの得点を奪った方が勝利し、その他にも公平性を失わせないための細々としたルールが存在する。
シーラ・Eがフットボールに関して理解しているのはそこまでであり、どこが楽しいのかは理解できていない。
「そうだなぁ。スポーツはもちろん競技によって様々な特徴があるが………俺の思うフットボールの見どころは、一点の重さかな。」
「一点の重さ?」
横でサーレーが鼻息荒くチームを応援し、ズッケェロはシーラ・Eに彼なりの解説を行った。
「ああ。足を使う競技だからな。なかなか得点が入らねぇ。試合によっちゃあ、両チーム無得点なんてザラにある。だから得点が入るその一瞬に、見どころが凝縮されている。」
例えばバスケットボールの試合などでは、無得点で試合が終わることなどまずない。
野球ならば無得点で終わることもあり得るが、フットボールは野球のようにニケタ得点が入るなんてことはほぼ起こらない。
必然的に試合時間の間に点が入る瞬間はそう多くなく、チャンスの時に見どころは凝縮される。
「ふんふん。」
「他には………リアルタイムで状況は動いていき、戦場は変化していく。さまざまな視点や戦術が生まれる。そういった視点で見ると、お前でも案外見るところは多いと思うぜ?」
自分の強みを生かすか、相手の弱みをつくか。
右から攻めるか、左から攻めるか、中央を突破するか。
パスを出すか、自分が攻め込むか、いったんボールを落ち着かせるか。
重点的に強化するポジション、請け負う役割の交換、メンバーの交換、刻一刻と変化する戦況に対する柔軟性。
スポーツの起源は闘争であり、小規模な戦況図である。
監督の役割は指揮官であり、選手たちは前線で戦う兵士だ。
国際的な人気を誇るフットボールは代理戦争であり。平和な世界で栄誉を求めるものたちの正当な戦いだ。
ヨーロッパでフットボールは百年を優に超える歴史を持ち、それこそコロナウィルスのような異常事態が起こらない限りは生活から切り離すことが難しいほどに浸透している。
サーレーやズッケェロも子供の頃からその文化に親しみ、ルールもわからないほど幼い頃からずっとチームを応援してきたのだ。
「………なるほど。有能な監督は有能な指揮官。つまり優秀な成績を納めた監督を、パッショーネの抗争の指揮官に引き抜くのね。」
「いや、なんでそんな結論になるんだよ。パッショーネが今時分一体、誰と争うんだよ。」
シーラ・Eのあまりにも飛躍した極端な結論に、ズッケェロは苦笑した。
彼女は基本、発想が物騒だ。この時代に軍国主義とか、サーレーとはまた違う意味でアホだ。
平和を信条とするパッショーネは、いわゆるブチャラティチームの離反を最後に長い間全面抗争など経験していない。戦いは極力秘密裏かつ小規模におさめているため、専門的な指揮官が必要となる戦いは考え難い。まあとは言っても、確かに気を緩めるべきではないという意見に理解は示すが。
「ああッッ!!!」
「どした?」
サーレーがいきなり悲鳴を上げた。
ピッチに目を向けたズッケェロは、ミラノクラブチームが守るゴール前に緩やかなロブスルーパスが放たれたのを目にした。
バックスピンをかけて放物線を描く緩やかなボールは、時間と空間を支配する魔法のパス。
フィレンツェの中盤の有名選手が、自軍の得点源へと送ったラブコールだ。
「あー。」
その高精度のパスは、美しい未来で観客を魅了する。
世界から時間を切り取って描かれた一枚の絵画のように存在感と輝きを放ち、それに反応して抜け出した選手がミラノクラブチームのゴール隅にボールを突き刺す未来をズッケェロは予感した。
「ビッグセーブッッッ!!!」
しかしそのズッケェロの予感は裏切られ、フィレンツェ側のシュートはミラノクラブチームのキーパーがとっさに開いた足に弾かれた。
ミラノクラブチームを応援するサーレーは安堵し、キーパーに喝采を贈っている。
「………やばかった。神がいる!今日のキーパーは当たっている!マジビッグセーブ!」
「キーパー今のよく止めたなぁ。」
「あれも凄いの?」
シーラ・Eは解説のズッケェロに質問した。
「どっちかというとまあ、運が良かったかなぁ。ああまで近距離でシュートを打たれると、キーパーは運任せで体を広げてボールの進路を狭めるしか方法がない。必死に伸ばした足が、たまたまボールに当たってくれたっつー感じだな。」
「運任せって情けなくない?」
「他に方法がねぇんだよ。アイツら必死で戦わねぇと、そりゃサポーターへの裏切りだ。実力で確実に止められりゃあそれが一番だが、どうにもならないときは運にでも何でも縋るよ。相手がどのタイミングでシュートを撃つか、どこのコースを狙って来るか、どれだけシュートコースを狭められるか、経験則によるキーパーとフォワードの駆け引きだ。どうやっても運頼りになる。似たシチュエーションを何回も試行して、そのうち何回防げるかもキーパーの実力と判断される。」
「ふーん。」
ボールはフィレンツェ側のコーナーキックから始まり、コーナーポストからボールが蹴り出された。
ミラノのディフェンダーが蹴り上げられたボールを頭で弾き返し、ミラノの攻撃陣が素早くカウンターへと走る。
「展開が早くなったな。」
ボールを持ち運ぶミラノのドリブラーの肩を、フィレンツェのディフェンダーがつかんでピッチに引きずり倒した。
しかし倒れる前にパスが出され、ミラノ側のアドバンテージで試合は進んでいく。
「今のファウルにならないの?」
「ファウルだよ。試合が止まったら、イエローカードが出される。でも今はファウルを受けた側のミラノがボールを保持しているから、あえて試合を止めたりはしねぇ。ファウルを受けた側が優勢だからな。」
パスはミラノクラブチームの9番に渡され、慌てたフィレンツェ側がペナルティエリアの少し外で後ろからタックルをしかけた。
「レッドカードだッッッ!!!アイツ、スパイクの裏を見せてたッッッ!!!」
危険なファウルを受けたミラノクラブチームの9番は痛がって声をあげて倒れ、審判の笛がピッチ上に響いた。
「おい、ズッケェロ!ありゃレッドだろ!絶対にレッドだッ!」
「レッドだよなぁ。」
決定機阻止と後ろからの危険なタックル。サーレーとズッケェロの考えはレッドカードで一致していた。
しかし二人の思惑とは裏腹に、審判はタックルをしかけた選手にイエローカードを提示した。
「いやいや、そりゃねぇだろ!絶対にレッドだ!!!」
「いや、やっぱりVARで確認をとってるみたいだぜ。」
倒れている選手の腿裏には、スパイクの跡がくっきりと残っている。危険なタックルの証拠だ。
インカムで報告を受けた審判はVARの確認を行い、イエローカードをしまってレッドカードを提示した。
「よしッッッ!!!チャンスだ!!!」
レッドカードを提示されると、提示された選手は試合から退場となる。
当然退場者を出したフィレンツェクラブチームの人数は一人少なくなり、戦力は低下する。
ボールはフィレンツェ側のペナルティエリアの少し外でセットされ、それをミラノ側が蹴ることとなった。
ボールのそばに、三人の選手が寄った。フィレンツェ側は選手で壁を作って、ボールの進行を妨げようとする。
「直接狙うだろうな。」
「ゴールに近すぎねぇか?」
ボールから近い方のゴールポストがニア、遠い方のゴールポストがファー。
他にも壁の下を狙って蹴ったり、狙い目を作らない無回転シュート、あえて直接ゴールを狙わないトリックプレー。
ただのフリーキックでも、いくつも駆け引きが存在する。
「ゴールに近い方が入りやすいんじゃないの?」
「そうとも言い切れねぇ。壁の上から狙うシュートは、距離が近すぎると落とすのが難しいんだ。」
審判の笛が鳴って、選手の一人がボールを蹴った。回転をかけてニア側で落とすシュート。
しかしシュートは落ち切らずクロスバーの上を通り過ぎ、そのタイミングで前半終了の笛が鳴った。
「これから休憩だ。」
ズッケェロが席を立ち、シーラ・Eは何を言っているのかわからないと言った表情をした。
「戦いの最中に休憩って、ちょっと軟弱すぎない?」
「お前ッ………。」
シーラ・Eのどこまでも根性論な武闘派っぷりに、ズッケェロは頭痛がした。
「………アイツら週二、三で戦ってんだよ。休憩を挟まないとすぐに潰れっちまう。ミラノの市民を喜ばせる選手を、すぐに使い物にならなくするわけにはいかないだろ?」
「しょうがないわね。」
偉そうにするシーラ・Eを、ズッケェロは面白そうに眺めていた。
「給水も必要だ。今は選手の体調を大切にする時代なんだよ。みんな素晴らしい選手を長く楽しみたいんだ。」
「休憩時間はどれくらい?」
「十五分くらいかな。」
「チャンスだッッ!!敵は一人減ったッ!」
相手チームの選手が一人減り、応援するチームが数的優位に立ったサーレーは上機嫌で話しかけた。
「何よ!卑怯じゃない!正々堂々戦いなさいよ!」
「いや、卑怯って………ルールに則って戦った結果、選手が退場になっただけだろ。」
「勝てる、勝てるッッッ!!!」
「おい、サーレー。お前浮かれてばっかいるけどよぉ。よぉく考えなよ。」
「?」
浮かれるサーレーに、ズッケェロは冷や水を浴びせかけた。
「ファウルを受けたのは、あの9番だぜ?」
「!!!あのヤロウッッッッ!!!」
サーレーは即座に、ズッケェロの言葉に意味を理解した。
選手によっては、慢性の怪我に泣かされて現役生活の幕引きとなるパターンは多い。
怪我で消えていった天才は、掃いて捨てるほどにいる。
「あの柔らかい体を見るに、ガチガチに筋肉の鎧で守られているタイプじゃなさそうだ。」
「あああっ、大丈夫だよな?ズッケェロ、大丈夫だよなぁ?」
それまで浮かれていたサーレーは、急遽青い顔になって心配しだした。
「まあさすがに一回のファウルでいきなりオシャカなんてことにゃあ、ならんだろ。」
青い顔のサーレーと物珍しそうに周囲を見渡すシーラ・Eを引き連れて、三人は観戦席へと戻っていく。
「よかった。大丈夫そうだ。」
ピッチにはすでに選手たちが入場し、ミラノクラブチームの9番もすでに用意をしている。
その様子を見て、サーレーは安堵のため息を吐いた。
「始まったな。」
審判の笛が吹かれ、ミラノクラブチームのボールで試合の後半が開始される。
前半の拮抗した戦いとは違い、後半は人数が少なくなったフィレンツェクラブチームは自陣に引きこもって攻められる展開となった。
「ねえ、守りすぎじゃない?」
「しょうがねぇよ。人数が減ると、どうしても不利になる。攻める回数を減らして、引き分け上等ながらも虎視眈々と相手が気を緩めるのを我慢強く待つのが常道だ。」
ミラノクラブチームの選手たちは、フィレンツェクラブチームのペナルティエリア前までは攻め込めるもののそこから先は通さないとばかりの敵の人海戦術に攻めあぐねている。ボールをサイドチェンジし、ワンツーパスで出し抜こうとし、クロスを上げるも敵のディフェンダーにことごとくを弾かれた。
「ああもう!イライラするッッ!!男なら、守ってばかりじゃなく玉砕覚悟で攻め込みなさいッッ!!!」
「………。」
シーラ・Eはサーレーと一緒に顔を真っ赤にして手を振り回し、ズッケェロはこりゃダメだと自分なりに試合を楽しむことにシフトチェンジした。
ボールはフィレンツェクラブチームにとって危険な位置を行き来するものの、フィレンツェクラブチームはしぶといディフェンスで必死に守って、ゴールラインを割らせない。じりじりと、時間だけが過ぎていく。
「動いた!」
ミラノクラブチームのボール保持者にフィレンツェクラブチームのディフェンダーが二人がかりで食らい付き、ボールを奪い取った。
前線に長いボールが配給され、フィレンツェクラブチームのメンバーがカウンターで必死にスプリントを始めた。
「やべえ!アイツ、一人でカウンターを完結できるやつだ!」
中央線の右側で長いパスを受け取ったのは、フィレンツェクラブチームのウィンガー。
長距離のスプリントを得意とし、陸上選手並みのトップスピードをほこる。
彼はオフサイドにかからない位置から走りだし、柔らかいトラップでボールを受け取った。
ボールを持ちながらもミラノのディフェンダーに距離を詰めさせず、ゴールやや右からファーのポストめがけてカーブがかったコントロールシュートを放った。ボールは無情にもキーパーの伸ばした手足をすり抜け、ファーのゴールネットに突き刺さった。
1対0で、サーレーの応援するミラノクラブチームが不利な状況。
得点を決めた選手が、喜びを表すゴールパフォーマンスを行なっている。
「残り時間は!」
ミラノクラブチームは、優位から一転して窮地に推移した。
サーレーは慌てて残り時間を確認した。残りおよそ十五分。
この時点でミラノクラブチームは、敵に1点のビハインドを負ってしまった。
ミラノクラブチームのボールで試合は再開され、ミラノは果敢に敵を攻め立てる。
しかしフィレンツェは固く自陣を守備し、隙を晒さない。時計の針は容赦無く進んでいく。
「頑張れ、頑張れッッッ!!!」
「一人少ない相手に負けるなんて、ミラノの恥さらしよッッッ!!!」
サーレーとシーラ・Eは夢中で、ミラノクラブチームに声援を送る。
ズッケェロはその横で、冷静に敵の戦術を分析し隙間を探していた。
焦りながらも丁寧にパスを回す、ミラノクラブチーム。
最大の得点源である9番の選手は敵に警戒され特にキツくマークされ、ディフェンダーを剥がすのにも苦労している。
プレーは少しずつ雑になり、放り込みからのパワープレーが目立つようになってきた。
「ここは重要だッッ!!直接順位を争うライバルに、ホームで負けてんじゃねぇ!!!」
「やはり休憩なんてヌルいものがあるから、いけないのよ!戦いは非情よ!相手の喉笛を噛み千切ってでも勝ちなさいッッッ!!!」
発言が物騒なシーラ・Eはほっといて、サーレーは鼻息荒く純粋に我がチームを応援している。
チームが負けると彼の明日のテンションはガタ落ちだが、まあどうにもできない。
ズッケェロは、試合を冷静に俯瞰している。ロスタイム含めて残りあと五分。
ここからでは勝つのはおろか、引き分けに持ち込むのも厳しいかもしれない。
フィレンツェクラブチームの守備は強固に組織立てられていて、俯瞰で見てもなかなか崩すことは困難に思えた。
「栄光のミラノだろ!根性見せろッッッ!!!」
「アイツら全員まとめて、性根をパッショーネで鍛え直してやろうかしら。」
残り時間はもう少なく、ミラノクラブチームを応援する観客の誰しもに諦めがよぎったその時、一本のパスがグラウンドを走った。
強烈なインパクトを残す、
そのあまりにも滑らかなトラップに、観客は誰しもが何かが起こることを予感した。
「ルーレットッッッ!!!」
9番はボールを足の裏でコントロールし、体を捩って反転しながら鮮やかにかつ鋭く、背負ったディフェンスを重心移動でいなしてかわした。
立て続けにボールを足の裏でコントロールしながら体を回転させ、慌ててフォローに来た敵側の二人目、三人目のディフェンスも軽やかにかわした。
ポッカリと、ゴールへの道が開いた。
「すげぇ………。」
会場はその瞬間、波を打ったように静まり返った。
瞬く銀河の中でも、特一等の強い輝きを放つ巨星。
フランス出身の超有名な世界的英雄が得意とする、トリックプレー。
ルーレットやダブルタッチといったプレーは、さほど難易度は高くない。ただしそれは、あくまでも練習において。
実戦で実際に一流の相手をかわすために使うことに限定すれば、難易度は一気に跳ね上がる。
それを少しだけアレンジし、二人立て続けに柔らかに置き去り、彼はキーパーと一対一になり今度こそキーパーの股を抜いてゴールにボールを流し込んだ。会場中が、熱に浮かされて爆発したように大歓声を上げた。
「あれの凄さはさすがに私にもわかるわ!すごく綺麗だった。」
フットボール初心者のシーラ・Eですら魅了する、超絶技巧。
真に異次元のプレーとは、見慣れた人間のみならず初心者すらも容易く理解できるのである。
柔らかさと速さと美しさが同居し、そのあまりにも優雅なプレーに敵のディフェンスは誰もまともに反応ができなかった。
「ああ、ありゃすげぇな。あんなんほとんど見れねーぜ。ついてたなぁ。」
「うおおおおおおおおッッッ!!」
サーレーは子供のように大はしゃぎし、ズッケェロもひたすら感嘆あるのみだった。
ピッチ上ではゴールを決めた選手がセレブレーションを行い、ミラノクラブチームは点を決めた選手をベンチへと下げた。
「下げるの?」
「まあもともと、選手はあまり無理に使うつもりはねぇんだろ。今日だって負けてたから、無理して普段より長く使ってたみたいだし。」
そこから先は予定調和で、特に大きな出来事は無く試合は続いた。
雑な放り込みが連続し、それが簡単に弾かれ、試合終了の笛が鳴る。
ミラノ対フィレンツェ、ミラノ本拠の試合は、1対1の引き分けに終わった。
「おい、ズッケェロ!すごかったなぁ。試合は負けたが、あのプレーが観れただけで大満足だ。」
「まあありゃ、セリエの今週のベストゴールだろうな。下手したらアレ、今年のベストゴールに選ばれるぞ。」
「結構楽しめたわ。」
「そりゃ良かった。」
アレが観れたのなら、当分は仕事を頑張れる。
おそらくあの選手には、来年はとんでもない値札が付くだろう。
「じゃあ帰るか。」
「おう。」
「ねぇ、私思ったんだけど………。」
「?」
シーラ・Eが、ポツリと呟いた。
サーレーは彼女が何を言い出すかと、耳を傾けている。
「アンタの
「それは、言っちゃダメなやつッッッ!!!」
プロのフットボーラーは、ずっと昔からサーレーのアイドルだ。
ズルして自分の憧れを汚すなんて、カッコ悪すぎるだろう。
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後日、シーラ・Eはミラノで特徴的な髪の先にサッカーボールをくっつけたサーレーを見かけた。
シーラ・Eの言葉を受けて、なんとなーくやってみたらしい。
その物理を無視したシュールな姿はあまりにも衝撃的で、シーラ・Eは二度見した挙句に思わず「びっくりするほど気持ち悪い。」と叫んでしまった。
サーレー本人も、やらなきゃ良かったとひどく後悔していた。
見ていたフーゴは眉をひそめ。モッタは距離を取り。ツボに入ったズッケェロは側で、大爆笑していた。
ルーレットは、いわゆるマルセイユルーレットです。