噛ませ犬のクラフトワーク   作:刺身798円

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チンピラ、チンピラに絡まれる

「今日もいい天気だなぁ。」

 

サーレーは、建物の合間から空を見上げた。

空は雲一つなく眩しいまでの快晴で、思わず鼻歌を口ずさみたくなる。

 

今日は午前中に暗殺チームの定期的なすり合わせと模擬戦闘訓練があり、午後からは仕事もなく半ドンだ。

時間を余したサーレーは、帰りにショッピングモールに立ち寄り、ビニールの買い物袋を下げて帰り道を歩いていた。

 

最近のサーレーは、料理に凝り始めた。

余った時間の無聊を慰めるためと、少しでも女性にモテたいという彼なりのいじましい努力である。

料理ができれば、もしかしたらもう少しだけ女性にモテるようになるかもしれない。

家庭的な男というのも悪くない。

 

浅ましいというなかれ、彼なりに無い知恵を振り絞って出した結論だ。

当然料理が出来ればモテるとは限らないのだが、別段料理が出来て悪いこともない。

以前は彼は全く料理ができなかったが、料理本を参考にして何回も試行するうちになんとか人並み弱くらいまでは料理が出来るようになっていた。

 

もちろん、彼がそこに至るまでには相応の努力があった。

料理ができない人間の常道、彼が料理本を参考にして料理を始めた当初は、「なんかこっちの方が美味しそう。」といういらないアレンジを好き勝手に繰り返し、幾度も食材を無駄にしてきた。いかにもとっぽい性格をした彼らしい。

料理本に書いてある通りに料理をすれば、料理とは本来失敗のしようはないのだが。それがわかるまで常人より多くの時間と無数の愚行が繰り返されてしまったのも、彼がオツムが弱いと称される所以ではあるのだろう。

 

「今日は何を作ろうかな。」

 

斜め上に視線を向けながら、サーレーは気もそぞろで昼飯のことに思いを馳せていた。

流行りの鼻歌を口ずさみながら、特に意識することもなくヒョイと曲がり角を曲がった。

だからだろう。

 

「いってえな!おい、どこ見てやがる!」

「おお、悪い。」

 

曲がり角を曲がった先で、サーレーは若者とぶつかってしまった。

間近で見るその顔は若々しく、サーレーはその表情に何とは無しにどこかで見たような既視感に襲われた。

サーレーはその既視感は大したことではなかろうと、一言告げてそのまま家に帰ろうとした。

 

「いてててて、こりゃあ肩が外れたな。いてぇ。」

 

若い男はニヤニヤしながら、一言かけてそのまま立ち去ろうとしたサーレーの腕を背後からつかんだ。

 

「あ………?」

「おい、テメェっ!!!」

 

サーレーは腕をつかんできた男の顔を確認した。

視線は斜め上。身長はかなり高い方で、百九十半ばくらいと推測される。

見覚えのない、顔にニキビがあって髪が不自然に白みがかった金髪。恐らくは脱色したのだろう。

今のサーレーの年齢と比較すれば、けっこう年下だと推察される。

 

顔の真ん中にシワがより、歯をむき出しにしている。

チンピラのサーレーには見覚えのある表情、相対する人間を威嚇しようと試みる顔だ。

 

「なんだ………?」

「なんだ、じゃねぇッッッ!!!人にぶつかっといてそのまま去ろうなんざ、ふてぇ野郎だッッッ!!!」

 

サーレーの感じた既視感………それは黒い歴史。

今より若かりし頃のサーレー、それは今目の前にいる彼のように所構わず因縁をつけ、目上も目下もあったものかと目に映る全てに噛みついていた未熟な己の写し鏡。外見が自分よりも弱そうな人間、自分よりもうだつの上がらなそうな人間を手当たり次第に見下し、不当に利益を得ようとしていたチンケで愚かな若者。

それが今彼の前に現れ、歴史は繰り返そうとしていた。

 

「………よそ見してたのはお互い様だろ?」

「あん?お前何口ごたえしてんだ?小者風情が粋がりやがってッッッ!!!肩が折れたんだよ!慰謝料を払えっつってんだっ!!!」

「………そう言われてもな。今俺の財布の中には二ユーロしか入ってねぇぞ?貧乏だろ。逆に凄くないか?」

「んなもんで逃すわきゃねぇだろ!金がねぇなら取って来いやッッッ!ほら、ダッシュで!!!」

 

若者はいきりたち、威嚇をしてくる。

若者はサーレーの風体を見て汚れ者だと判断し、その涌き出でる小者のような雰囲気から年上にも関わらず舐めた対応を取った。

周囲の人間は関わり合いになるのを嫌って、遠巻きに去っていく。

サーレーはイラっとして、手首を振って若者に軽くビンタした。

 

「お………おう………っ。」

「おい、大丈夫か?」

 

サーレーの軽いビンタで視界の外から脳を揺らされた若者は足がもつれて、その場に座り込んだ。

若者はサーレーの叩いた手が見えておらず、自分がなぜ倒れ込んだのか理解できなかった。

 

「な、なんだ………これ。おい、テメェ、舐めてんじゃねぇっ!!!」

「おい、大丈夫か?体調が悪いんじゃあないのか?医者に行ったほうがいい。何かの重大な持病かも知れない。」

 

よろめいて倒れたにも関わらず、若者は舐められたくない一心で必死に立ち上がろうとする。

自分の古傷をえぐってくる目の前の若者に気分を害したサーレーは、適当にあしらってさっさと帰ろうとした。

 

「待てや、テメェッッッ!!!ナメやがってッッッ!!!俺の先輩は、パッショーネの殺し屋だぞッッッ!!!お前もぶっ殺されてぇのかッッッ!!!」

「あ゛………?」

 

スルーして去ろうとしたサーレーだったが、若者は聞き捨てならない言葉を吐いたためにその足は止まった。

先輩がパッショーネの殺し屋?

 

「おう!へっへ、今だったら金出せば許してやるぜ?」

 

先輩がパッショーネの殺し屋ということは、まさかこいつはズッケェロの後輩だろうか?

それとも、ドナテロ・ヴェルサス?いずれにしろ、目の前の青年とは少し以上に年が離れている。

マユツバで聞くべきだろう。

 

実際は、パッショーネの殺し屋は隠匿されていて他人がそれを知り得る余地はない。

一番確率が高いのは、この男の妄言だろう。次点で、その先輩とやらが嘘をついているか。

 

いずれにしろ、この男を放っておけばパッショーネの株が下がる。

どこそこでパッショーネの殺し屋などと吹聴されれば、パッショーネにしてみれば非常に迷惑だと言っていい。

サーレーは、若い頃の自分も今目の前にいるこの男のように見知らぬ誰かに迷惑をかけていたのだろうなと嘆息した。

 

「………そうか。パッショーネの殺し屋の後輩様か。そりゃあ悪いことしたな。」

 

ヌルイから、ナメられる。ナメられたら、パッショーネはお終いだ。

これはサーレーたちパッショーネの下の人間が、ヌルイからいけないのである。

どこぞの倉庫にでも連れ込んで、ギッチリと締め上げてやろう。

サーレーは心の奥で、静かにほくそ笑んだ。

 

裏社会の組織がナメられるのは、罪だ。

裏社会所属の人間が組織の名前を出せば、個人の行動に収まらずに組織にも責任が行くことになる。

だから本来彼らが組織の名前を出すのは、どうしても引けない時だけだ。

このガキは、裏社会のその程度のルールすら知らない。無知もまた、罪なり。

 

パッショーネがナメられてしまえば、社会における犯罪の抑止力が弱まることとなる。

この若い男も味をしめて同じことを繰り返し、いつか取り返せないほどの過ちを犯すかも知れない。

ここで二度と同じことをしたいと思わないほど痛い目を見るのが、パッショーネにとってもこの男にとっても一番だ。

 

サーレーはニコニコ笑いながら、馴れ馴れしく若者の肩を組んだ。

普段はアホでマヌケな彼だが、その実態は組織に忠誠を誓った社会の鉄砲玉。

普通に考えて、絶対に喧嘩を売ってはいけないタイプの人間である。

 

「おい、離せ!いてぇ、いてぇって!!!」

「お?お前肩折れたんじゃなかったのか?なんだ。普通に動かしてるじゃねぇか。」

 

彼が若い頃のサーレーと似た人間であるのならば、十中八九言葉で言い聞かせても聞かない。

正論で言いくるめようとすればするほど、ムキになって反抗したくなるタイプの人間であると推測される。

単純な腕力がモノを言う、猿山の社会性。このテの輩にはしのごの言うよりも、実力行使が一番わかりやすいはずだ。

 

サーレーは相手の方に回した手のひらを肩甲骨に置き、力を込めて強めに握りしめた。

近づいてみてわかったが、かなり背が高い。体格が良く中途半端に力を持って、勘違いして付け上がってしまったのだろう。

ますますサーレーに似通っている。

 

「やめろ!離れろ!!!」

 

若者は力任せにサーレーを突き放そうとするが、クラフト・ワークにガッチリと固定されて逃げられない。

ここにきて、ようやく彼はヤバい相手に手を出してしまったのではないかと気が付いた。

見た目はいかにも、うだつの上がらない三下といった風体なのだが。

 

一方のサーレーは、歩きながら間近で相手を観察している。

相手は傲慢そうに見える表情の裏側に、若さと怯えが見て取れる。

パッショーネを騙る危険性を理解しない無謀極まりない無知さと言い、もしかしたらサーレーが思った以上に彼は若いのかも知れない。

 

「離せよ!」

「そう言うなよ。お前はパッショーネの殺し屋の後輩で、俺とぶつかって肩が折れたんだろ?ほら、互いの意思の齟齬についてちゃあんと話し合いをしねぇとな。」

 

サーレーは組んだ肩を決して離さずに、若者をズリズリと引きずっていく。

そんなに力が強そうにも見えないのに、微動だにしないサーレーに、若者はパニック気味だった。

 

「話なんてねぇよ!もう金はいいから、とにかく離してくれ!」

「お前、パッショーネの名前を出しておいて、今さら逃げられるなんて都合のいい考えをしてるんじゃないだろうな?」

 

この時、若者は初めて気が付いた。

パッショーネはイタリアの誰しもが知る巨大な組織だが、全く敵対組織がないわけではない。

誰彼構わずにパッショーネの名前を出して横暴に振舞えば、いつかパッショーネに敵愾心を抱くマフィアにぶち当たるかも知れない。

少し考えれば、誰でもわかるような簡単な理屈だ。

 

「悪かった!俺が悪かった。金はもういいし先輩にも話さねぇから、とにかく腕を離せ!」

「………おせぇよ。世の中には取り返しのつくミスと、つかねぇミスがある。パッショーネの名を騙るのは、重罪だ。」

 

ここで逃がしてしまえば、この若者は結局は大した問題はないとそう判断するだろう。

自分を基準に考えれば、人間は早々懲りない。味をしめて、またやらかすはずだ。

ここで少なくとも、二度とパッショーネの名前を出そうと思わないくらいには脅しとかないといけない。

 

「おっ、サーレー、お前家に帰ったんじゃなかったのか?何してんだ、そんな若いのを連れて。」

「副長。ちっす。」

 

サーレーはパッショーネの所有する空き倉庫を使って、若者を締め上げようと考えていた。

ゆえに、パッショーネのミラノ支部に暗殺チームのすり合わせで詰めていたミスタと行き違った。

 

パッショーネの副長、鬼のグイード・ミスタ。

長年裏社会で責任のある重役を務めてきたミスタは、軽薄さは鳴りを潜めその身から貫禄と凄みが滲み出ている。

どう見てもカタギや半端なチンピラではないその姿に、若者はこれはとんでもないことになったと震え上がった。

 

「いや何、コイツ俺の後輩なんすよ。後輩の言動に責任を持つのも、先輩の役目かなって。ちょっとした社会勉強っす。」

「後輩?」

 

若者は自称、パッショーネの殺し屋の後輩だ。

つまり、サーレーの後輩だと自分から名乗っているのである。後輩を教育するのは、先輩の役目である。

その辺を聞いていないミスタの頭に、疑問符が浮かんだ。

 

「まあ、コッチの話っす。コイツ性格的に、どこかである程度手綱を締めとかないと俺みたいになりそうなんで。」

 

サーレーは裏社会の使い捨ての下っ端で、何度も死に目にあっている。

実際死んでもおかしくないようなことも幾度もあったし、今生きているのはボスであるジョジョの慈悲だ。

 

この若者にもその慈悲が与えられるとは、限らない。

ならばここはサーレーなりのやり方で、サーレーらしくジョジョのように道を示す役割を果たさなければいけない。

サーレーの内面は、その使命感で満ちていた。

 

「そ、そうか………。まあやり過ぎんなよ。」

 

若者はおそらく、サーレーとは干支が一回り以上年が離れている。

下手をしなくとも、未成年である可能性が高い。ミスタはサーレーがやらかしやしないかと、少し不安になった。

 

「ってわけで、ちょっと二番倉庫借りますね。」

 

パッショーネミラノ支部から、歩いておよそ一キロメートルほど。

潰れた古着屋の倉庫を買い取って、まだ使い道がないまま寝かせてある空き倉庫へとサーレーは向かっていく。

 

「カルロ、ミラノ市在住。十七歳。お前、まだ高校生か?」

「テメェッッッ!!!」

 

サーレーはいつの間にか若者の懐から財布を盗み取り、ミニバイクの免許証を確認して相手の素性を確かめていた。

自分の財布が相手の手の内にある若者は焦り、それを取り返そうと腕を伸ばした。しかしサーレーはそれを軽く、かわしていく。

 

「社会を知らないバカなガキが、パッショーネを騙ってゆすりたかりか。お前、ほんっとうにバカなことしたなぁ。」

 

相手は未成年。

それがたかをくくって、社会をナメた挙句にハネて手を出していけない相手にちょっかいをかけた。

 

ますます、過去のサーレーっぽい。これは自分が何としても、どうにかしないといけない。

もはやサーレーは、彼に後輩というよりも双子の兄弟のような親近感を覚えていた。

 

若者はすでにどうやら自分がまずい相手にちょっかいをかけたことを理解し、萎縮している。

サーレーは外見や醸し出す雰囲気が小者であり、とてもそんなヤバそうな相手には見えない。

 

まるで魚を釣る餌のように簡単に手を出せそうな雰囲気を出しておきながら、その正体はパッショーネが専属契約をかわした門外不出のヒットマン。天然の釣り針だと言ってもいいだろう。

小者詐欺、昔から使い古されたチンピラ詐欺である。

 

「………すいませんでした。許してください。」

「アン、許すわけねぇだろ。」

 

ゆすりたかりくらいならば、どこかで本人が痛い目にあうだけで終わっていた可能性が高い。

だがパッショーネの名前を出した以上は、今ここで痛い目にあってもらわないといけない。

 

サーレーは手首を回して、軽く準備運動をした。

やり過ぎは問題だが、この場合はやらなさすぎる方がよほど問題だ。

 

「お前が簡単に考えているよりも、パッショーネの名前ははるかに重い。パッショーネのためだったら死ねるっつー構成員はいくらでもいるんだよ。パッショーネを潰せるならば死んでもいいっつー敵もな。お前、俺につかまってツイテたよ。俺だったら少なくとも、物の弾みでうっかり殺しちまいました、なんてこたぁ起こらないからな。」

「ヒッ………!」

 

若者、カルロはようやく、理解した。

彼がちょっかいをかけたうだつの上がらなそうな男はパッショーネの忠実な構成員であり、暴力のプロである。

外見に出ないように痛めつける方法など、いくらでも知っている。

 

カルロは体を恐怖で硬直させながらも、連れ去られるのに抵抗しようと力を込めている。

しかしサーレーはそれを無情にも無視して、ズルズルと彼を引きずっていく。

 

「おい………カルロ?」

「ズッケェロ!」

 

その時、ミラノの道を行く彼らに声をかける男がいた。

傍目に見れば、しょっぱい年かさのうさんくさい男に引きずられていく、若い男。

あまり関わりたい手合いであるとは思えず………もしもサーレーに似た若い男を助ける人間がいるとすれば、それはマリオ・ズッケェロくらいしかいない。サーレーは思わず、反射的に相棒の名を挙げた。

 

「いや、ズッケェロって誰っすか?」

 

全然違った。

マリオ・ズッケェロとは似ても似つかない、高校の制服らしい服を着た若者がそこにいた。

 

「………そいつ、どうしたんすか?アンタは誰っすか?」

 

マリオ・ズッケェロ(仮)はその場の状況を把握できておらず、サーレーに恐る恐る何があったのかを問いかけた。

 

「いや何、大したことじゃあない。大人の話し合いだ。ズッケェロ、お前には関係ねぇよ。」

「いや、ズッケェロ、誰っすか!」

 

新たに現れた若者、黒っぽい髪にタレ目の男が、すかさずツッコんだ。

 

「ズッケェロじゃないなら、お前は誰なんだ?」

「俺は………。」

 

サーレーっぽい若者の肩をガッチリとつかんだまま、サーレーは新たに現れた若者に誰何の言葉をかけた。

 

「まあ別にお前が誰でもいいさ。コッチには、コイツと話があるんだ。」

「いや、そんなワケには行かないっすよ!」

 

不審な男に連れ去られようとする知り合いを見過ごすのは、寝覚めが悪い。

その一心で、ズッケェロ(仮)はサーレーを押しとどめようとした。

 

彼はズッケェロ的なポジションではあるものの、当時のズッケェロとは比べ物にならないほど真面目で普通な人間だった。

サーレー(仮)も、爪の垢を煎じて飲めばいい。

 

「いや、お前コイツがどんな性格してるか、知ってんだろ?」

「それは………。」

 

ほぼほぼ、サーレー(仮)が何かをやらかして、サーレー(真)を怒らせたのだろう。

サーレー(仮)と友達付き合いのあるズッケェロ(仮)は、それを理解していた。

 

「お前の友情は買うが、やらかしたら痛い目を見るのは当然だ。お前は見なかったことにしろ。」

 

手を伸ばして押しとどめようか迷うズッケェロ(仮)を置いて、サーレーとサーレー(仮)はどんどん先へ進んでいく。

しかしそこに、予期せぬ三人目が現れた。

 

「ちょっと、カルロ(あのバカ)いたじゃない。」

 

ズッケェロ(仮)に声をかけたのは、制服を着て目がぱっちりしている、若くて可愛らしい女性。

そう、まさかの女性である。予想外の事態に、サーレーは戸惑った。

 

「何してるんですか!あなたは一体、誰ですか!」

 

サーレーのそばにズッケェロがいるのは、別にいい。それは普通だ。

しかし学生時代を思い返しても、サーレーのそばに女性がいたという事実はない。

綺麗に切りそろえた金髪を肩にかけ、鼻筋が通ったハッキリとした感じの容姿の女学生。

サーレーはパニクりながら、心の中で彼女をシーラ・E(仮)と名付けた。便宜上、呼び名がないと不便だ。

 

「………落ち着け。落ち着け、俺。………おい、ズッケェロ、そいつは誰だ?………まさかソイツこそが、本物のズッケェロ?」

「いやだから………そもそもズッケェロって誰っすか!」

「………それは、哲学的な質問か?」

「何言ってるんすか!言ってることがわからないッッッ!!!」

「一体何の話をしているの?あなたはどなたですか?」

 

パニクったサーレーとズッケェロ(仮)がやり取りをしていると、横からシーラ・E(仮)が会話に入ってきた。

 

「ああ、俺はちょっとコイツともめてな。おいたした子供には、少し痛い目にあってもらわないとな。」

 

女学生から見たうさんくさい男は笑みを浮かべ、彼女は少し震えながらも気丈に言葉を返した。

 

「………何があったんですか?」

「お前には関係ないだろう。」

「関係なくはないです!」

「ちょっと、アンナ!」

 

ズッケェロ(仮)がヤバそうな変な髪型の男に言い返すシーラ・E(仮)を心配し、止めようとした。

 

「関係なくないなら………お前は一体コイツの何なんだ?」

 

パッショーネの構成員であるサーレーは、ナメられやすい性質はあってもカタギには見えない。

そんな彼に口ごたえするほどの理由が彼女にはあるのかと、サーレーは疑問に思い質問した。

 

「私はソイツの幼な………クラスメイトです!」

 

サーレーに衝撃が走った。

可愛い異性の幼馴染。それはツチノコや雪男と同様の、空想上の伝説の生き物ではなかったのか?

それは煩悩にまみれた思春期の脳が若者に見せる、悲しい幻影であると。

 

まさか本当に実在しているとは。これが学会に発表されれば、きっと一大センセーションを巻き起こすだろう。

サーレーが若い頃には、こんな愛らしい幼馴染などいなかった。

是が非でも、本物のズッケェロとトレードしてほしいところだ。

 

………ワンチャン、幼馴染が実在したにも関わらず、アホなサーレーがそれに気付かなかった可能性は?

あるあ………ねーな。ねーよ。

 

サーレー(仮)には可愛い幼馴染がいて、本物のサーレーはいい年して恋人もいない。

悔しい、悲しい。ブッコロ。

 

「いい年した大人が子供相手にムキになって、恥ずかしくないんですかッッッ!!!」

「いや………そんなこと言われても、コイツが問題を起こしたんであって………バカな子供を叱るのは大人の義務というか………。」

 

サーレーはシーラ・E(仮)の剣幕に押されて、しどろもどろになっていた。

理はこちらにあると思っていたのだが………。

 

「ソイツがバカなのは、私も知っています!何かやったってんなら、警察に説明して公正に話し合いをしましょう!」

 

シーラ・E(仮)は、ポケットからスマートフォンを取り出してどこかに電話をかける仕草をした。

サツは勘弁してほしい。これ以上カタギや警察ともめたとパッショーネに連絡が行けば、サーレーはただでさえ低い地位がさらにどうしようもなくなる。

 

「………わかった。待て!落ち着け!」

「ソイツからすぐに手を離してくださいッッッ!!!警察を呼びます!」

 

これはマズいと、とりあえずサーレーはサーレー(仮)から組んでいた腕を離した。

仕方がないから、とりあえずこの状態で話を進めよう。

サーレーは少し諦めた。人は諦めとともに、大人になっていく。

 

「おい、テメエはどうしてこんなことをしたよ?パッショーネの名を出せば、いつか必ず大きな問題になる。」

 

サーレーに真正面から凄まれて、サーレー(仮)は蒼白な顔を歪ませて縮こまった。

 

「何をやったんですか?」

「ああ、まあいわゆる恐喝だ。それだけなら警察に任せてもよかったんだが………このバカこともあろうにパッショーネの名前を出しちまってな。」

 

ズッケェロ(仮)がとりあえず落ち着いた状況を見計らって、サーレーに冷静に状況把握のために質問をした。

本当にこのズッケェロ(仮)は有能だ。

 

「あー。」

「なんだ。なんか思い当たるふしでもあんのか?」

「そいつセリエDのフットボールクラブに所属してるんですけど、そこで最近なんかガラの悪い奴らと付き合ってたんすよ。それで暴力問題を起こして、謹慎中に行方不明になったって連絡があって………。」

「セリエDか………。」

 

セリエDは、イタリアの四部リーグである。

アマチュアでは最高峰であり、プロを目指す人間の登竜門と言い換えてもいいだろう。

 

「そんで俺たちマジで心配になって、大急ぎで探してたんすよ。バカなのは知ってたけど、まあそんな大それたことをしでかすとは思ってなかったんすよ。まさか知らない大人の人にパッショーネを騙って金をせびるとは………。」

 

困り果てた表情で、ズッケェロ(仮)は眉をハの字に寄せた。

まあわかりやすく言えば、実在するヤ関係者を名乗っていたら本物の、しかも狂信的な武闘派ヤ関係者に喧嘩を売ってしまった。しかも身に覚えのない悪事を、相手に喧伝する形で。パッショーネの暗殺チームは決して一般人に手を出さないし、軽々しく名乗ったりしない。

そんな事されれば、相手はキレて当然である。

 

「おい、お前はプロのフットボーラーを目指してんのか?」

 

サーレーは俯くサーレー(仮)に質問した。

身長は高いが、傲慢さはなりを潜め今は縮こまって年齢相応に見える。

 

「………はい。」

「………そうか。ならばパッショーネを騙るロクデナシとは、今後一切縁を切れ。フットボール以外のことに一生懸命になったら、フットボーラーとして完成しない。」

「でもあの人たち、怖いんすよ。」

 

いかにも強そうな人間に囲まれて、彼は勘違いしたのかもしれない。

子供の間違いを叱るのが大人の義務ならば、子供の間違いを許すのもまた大人の義務である。

サーレーは真剣な表情で、真正面からサーレー(仮)を見た。

 

「………ズッケェロに免じて、お前を一度だけ許してやる。勘違いすんな!決してシーラ・Eにビビったわけじゃねぇぞ!」

「ズッケェロて誰すか!?」

「シーラ・Eって誰!?」

 

ズッケェロ(仮)とシーラ・E(仮)は、激しくつっこんだ。

結局語られることはない、彼らにとって謎の人物、ズッケェロとシーラ・E。

一体、誰なんだ?

 

「でも………怖いんすよ。その人たちいつもフットボールクラブにいるし………。」

「大丈夫だ。」

「?」

「フットボールのこと以外に一生懸命になるフットボーラーは、永遠に完成しない。どうせそいつらは、己の才能を捨てた人間だろう。パッショーネを騙ることは重罪だ。それは決して、お前だけに限らねぇよ。」

 

その言葉でハッキリと、サーレー(仮)は理解した。

サーレー(仮)がタカリをかけたこのうだつの上がらない男は、本人が言うところのパッショーネのために命を捨てられる忠実な構成員であると。そんな人間を怒らせるようなことをすれば、無事に済むとも思えない。

彼はゆするのにもあまりにも相手が悪かったことを理解し、助けに来た二人の友人に心から感謝した。

 

サーレーは携帯を取り出して、情報部へと連絡を入れた。

パッショーネを騙ることは重罪だが、社会の裏側で力を持つパッショーネにあやかって利益をかすめようとする小悪党が後を絶たない。

どんな小さな相手でもパッショーネの名前を不当に出す輩は潰してきたが、どうしても漏れてしまう奴らが出てしまう。

 

情報部と連携して早急に事実確認を行い、事実であればそいつらには痛い目を見てもらう。

サーレーは獰猛に笑い………その笑顔を見た三人の学生は震え上がった。

 

「ああ、もうお前らは帰っていいぞ。解散。それから………おい、お前っ!!!」

「はいっ!!!」

 

サーレーに指差されたサーレー(仮)は、ビックリして跳ねた。

 

「フットボール、頑張れよ!!!もしお前がプロになれたら、俺がファンになってやる!テレビで見れる日を、楽しみにしているぜ!」

「はいっ………はあ?」

「それと………ズッケェロにあんま迷惑かけんなよ。」

「いや、だから誰すか!?ズッケェロ!?」

 

これ以上もめて警察を呼ばれても、いい結果にならない。

この辺が引き際と判断し、サーレーは食材の入ったビニール袋を下げて家路へとついた。

 

◼️◼️◼️

 

「結局あの人、なんだったの?」

 

シーラ・E(仮)であるアンナは、ズッケェロ(仮)であるミシェルへと問いかけた。

 

「………わからん。カルロ、お前もう二度と変な奴と関わんなよ。」

「ああ、済まなかった。」

「先輩、いなくなったって聞いたけど?」

 

結局パッショーネの殺し屋を騙ったカルロの先輩とやらは、パッショーネミラノ支部所属であるドナテロ・ヴェルサスに脅された挙句にパッショーネに使いパシリの下っ端として入団した。パッショーネの殺し屋を騙った人間の前に、本物のパッショーネの殺し屋の後輩が現れたというわけだ。

 

彼らもパッショーネの名前を騙ったことだし、本当にパッショーネの構成員になれてさぞかし幸せなことだろう。

ぜひともパッショーネのために、馬車馬のように働いてほしい。これでみんなハッピー。

ディアボロ時代は、罪人死すべし。ジョルノ時代は、犯した罪はお金で精算。それが時代の流れである。

 

「フットボールのこと以外に真剣になったら、フットボーラーとして完成しない、か。」

 

あのパッショーネの構成員と思しき、変な髪型のうだつの上がらなそうな男が放った言葉。

彼もきっと、ヨーロッパに無数にいるフットボールファンの一人なのだろう。

 

「それって案外真理かもな。」

「そうね。」

 

昔からチームのフォワードを勤め、体が大きく高身長で空中戦に強かったカルロ。

チンピラの真似事をしていたが、そんな彼でもカッコいい時もあった。

アンナはそれを、知っていた。

 

想像はたやすい。

恐らくはプロの壁の厚さにストレスを抱えて、誘惑に負けてあんな凶行に走ったのだろう。

彼が苦しんでいるのなら、友人として支えるのも彼女の選択肢の一つだ。

 

「超一流のフットボーラーになって、パッショーネなんてチンケだって言ってやりなさい!」

「………それはもう勘弁してくれ。さすがに懲りたよ。」

 

三人は笑った。

彼らには、まだ未来がある。チンピラにしかなれなかったサーレーとはまた違った、希望のある未来が。

 

「でも必死に練習して、あの男に笑われないようにはしないとな。」

「ファンに恥ずかしいプレーは出来ないよね。」

「言うな!」

 

ヨーロッパのフットボールは、レベルが非常に高い。

どれだけ才能を持っていても、それに真剣になれない人間は結局大衆を失望させて消えて行く運命にある。

 

昔から、スポーツは地域に文化として深く根付いてきた。

プロのフットボーラーを目指すのなら、才能を持つ人間が脇目も振らずに必死に練習しないといけない。

その代わりに、一部リーグともなれば平均して日本円換算で二億を超える年棒を受け取るのである。

そこには、悪事にかまけていられる余裕なんてない。

 

スポーツが愛される理由は、実績があるからだ。

長年社会の制度の一部を担い、社会をより良くしようとしてきた実績が。

 

スポーツは昔から、才能を持て余した愚かな若者の受け皿になるという側面も担ってきた。

フットボールはまるでパッショーネのように、時として道を誤りそうになった若者を救うという側面も持っているのである。

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