けどいつまでもこのままではいけない。
分かってはいるけどどうにも一歩踏み出す勇気が足りない。
……恥ずかしいけど、みんなに相談するしかない。
わたしは部室前で両手をグッと握り決意を固めるとその扉を開いた────。
story1『あなたに届け』
讃州中学一年、犬吠埼樹。
『勇者部』所属で、部長である犬吠埼風の妹だ。
彼女はある『悩み』を抱えている。
今回はそのことを他の部員に相談するため、時間を割いてもらって集まってもらった。
「──それで樹ちゃん。相談って何かな?」
話を切り出すのは友奈。対して彼女の言葉に樹はどう話を切り出すべきか四苦八苦している。
「は、はい! そのですね……えっとぉ」
「……煮え切らないわね。風、何か知ってるんじゃないの?」
横に居た夏凜が姉である風に問いかける。
視線は彼女の方へと集まるが、当の本人はどうにも難しい顔をしていた。
何かに耐える、そんな表情。
「…………いや」
「風先輩、様子が変ですね?」
「イっつん、何か話しづらいことなのかな?」
「じ、実はですね──っ!」
頬を赤く染めて、樹は意を決して言葉を紡ぐ。
「ゆ、祐樹先輩を振り向かせる方法を皆さんに教えて欲しいんですッ!!」
樹は爆弾発言を部内に投下した────。
樹の発言に勇者部一同はしん、と静まり返る。
いや、一人は彼女の発した一言に反応するや否や部室の壁に頭をぶつけながら何かを抑えようともがいているようだ。
一同もわずかながらに頬を染めてしまう。
仕方のないことだ。うら若き少女たちなれど恋の話なんて今までなかったのだから。
身内の、ましてやこの中では一番の年下である樹からの発言ともなれば、その威力は絶大といっても過言ではなかった。
「ゆ、祐樹先輩ってあの祐樹先輩で間違いないんだよね、樹ちゃん」
「は、はい!」
「……いや、確かにあの方は勇者部と交流のある人ですが」
友奈と東郷が確認を取るが、やはり間違いはないようだ。
「ふ、ふぅん。あ、アイツのことを樹がねぇ……」
「イっつんの心を奪うなんて、ゆっきーパイセンやっるぅ♪」
祐樹先輩────讃州中学三年、犬吠埼風と同じ学年の男の子である。
彼は故合って毎日ではないが、勇者部の手伝いとして足を運んでくる唯一の男子なのだ。
「い、樹ちゃん? 樹ちゃんが祐樹先輩のことを好いているのはわかったけれど、なんでまた」
「ほ、本当はこの想いは胸の中にしまっておこうと思っていたんですけど……日に日に先輩と一緒に過ごしていくとやっぱり抑えられなくなってしまって、それでまずはお姉ちゃんに相談したんですけど……」
「そうだねぇ。イっつんはよく先輩の後ろについて歩いてたもんね」
「まぁ風のあの様子から察するに大体想像つくわね」
「う、うう! だってぇ!!? 姉としては色々と複雑なのよぉ!」
壁に額をぶつけていたせいか赤くなってしまっていた。ぶわっと涙を流しながら内心を吐露している。
一同は姉のいつものやつが始まった、と苦笑を浮かべるしかなかった。
その中で彼女に歩み寄る園子は風の肩に手を置いて、
「フーミン先輩、恋に年齢や環境なんてものは関係ないんよ! それがたとえフーミン先輩と同い年の男の子にイっつんが惚れてしまったとしても!!」
「あぁぁ!? 現実をアタシに突きつけないでー!!」
姉にとどめを刺す園子。轟沈した風は真っ白に燃え尽きてしまったが、これで大人しくなったのでこのまま放置しておくことにした。
「じゃ、じゃあ樹ちゃんの恋のお悩み相談が勇者部の今回の依頼だね!」
「私たちが力になれるのかわからないけど尽力するわ」
「……私も少し複雑な気もするけど後輩の頼みとあっては断れないわね」
「もちろんわたしも協力するよ~♪ あとついでに資料としてもらっていいかなー」
「あ、ありがとうございます皆さんっ!」
慌てて頭を下げる。こうして勇者部としての活動『樹の恋愛大作戦』が発令された────。
◇
ホワイトボードにでかでかと『樹ちゃんと祐樹先輩をくっつけよう!』と議題として書かれていた。
その字面を見るだけでも樹からしてみれば恥ずかしいのだが、せっかく相談に乗ってくれているのだから文句は言えない。
ボードの前に立つのは乃木園子。
その対面に一同が椅子に座っている構図だ。約一名は今後暴れないとも言えないので、縄でぐるぐるに巻かれていた。
誰とは言わない。
「さあ、まずはゆっきー先輩にどうアタックするか、だよね」
「はいはーい!! 結城友奈いいですかー!」
「お! ゆーゆいいねえ。じゃあどぞ!」
まさかの一番手は友奈だった。彼女は一つ咳ばらいをすると語り始める。
「祐樹先輩は頭がいいので、勉強を教えてもらうのはどうかな? 先輩の家にお邪魔して二人で勉強会……そして休憩の時に膝枕したりーあとはそのままいい雰囲気になってあれこれと──」
「え、えらく具体的ね友奈ちゃん……?」
「え? そうかなぁ……えへへ、なんでだろ?」
「せ、先輩の家でですか!!? さ、流石にハードルが高いといいますか……あう」
友奈のシチュエーションを想像して顔を真っ赤にする樹。
なぜか発案者の彼女も照れ顔になっているのだが一同にその答えを持ちあわせている者はいない。
だが、園子にとってはいいアイデアだったのかさらさらと手元にあるメモ帳に何かを書き込んでいた。
「なるほど~……ゆーゆもなかなかどうして侮れないね! ──次はだれか」
「なら私がいこうかしら」
「おおーここでにぼっしー!」
きらきらと瞳を輝かせて園子は夏凜を指す。
「……ゆ、友奈が言っていた通り、『膝枕』は効果的だとおもうわ。あと付け加えるならそのまま耳かきなんて樹がしてやればもうイチコロよ! ……あとはそうね、雨の日限定だけど相合傘なんてものもいいと思うわ」
「夏凜ちゃん乙女!! かわいいー♪」
「く、くっつくなぁ!!」
「こ、これもえらく具体的ね……二人になにがあったのかしら? ぐぬぬ」
「ひ、膝枕は難易度が……相合傘ならなんとかいけそうです。恥ずかしいけど…」
「うへへ……にぼっしーからそんな言葉が出てくるなんて思いもよらなかった。これはわたしの創作意欲がぐんぐん湧いてくるよぉ!」
「でもそのっち、雨が降らないことには実行出来ないわ…最近の天気はずっと晴れだし」
「あぁ、そうだよねー残念」
結局振り出しに戻ってしまう。
「あっ……それなら樹ちゃん。恋文なんてどうかしら?」
「ら、ラブレターですか!? あわわ」
東郷の意見はラブレター作戦。これはまた直球な意見が出る。
古くから伝わる伝統的な手法だ。
「おー、わっしーは王道をいくね~! これもまた良いよぉ!!」
「そのっちは何かないのかしら?」
「え? んーそうだねぇ……わたしは」
園子が口にしようとしたその時、不意に部室のドアが開けられた。
皆一様にそちらに意識を向けると、渦中の人物の一人がこの場に参上した。
皆がギョッと驚く。
「こんにちはー…ってあれ、みんなで何してるの? ん、そのボード…」
「あっ!! ゆ、祐樹先輩っ!!? わぁぁ!! 何でもないですよー!」
「おおッ!? 急にどうした友奈!!?」
「今のうちに──そのっちボードを!!」
「はっ!? ふんっ!!」
東郷の指示で園子はホワイトボードを勢いよく逆に回して回避する。
あたふたと友奈が視界を遮ってくれたおかげで内容までは見られていないはず。
隠ぺいを終えると友奈はすみません、と謝罪しながら彼を部室内に招き入れた。
祐樹は勇者部の人間の行動に疑問を覚えたが構わずに樹の横の席に座る。
「せ、先輩お疲れ様です!」
「うん、樹ちゃんもお疲れ様。みんなで何してたの? 会議?」
「へっ!? い、いやあのですねそのー…」
チラッとみんなに視線を送るが逸らされる。
そんなぁ、と悲しみに暮れる樹だったがある人物がこちらに歩み寄ってきた。
乃木園子である。
「んっふー。ゆっきー先輩って
「えっ? あぁ、そうだっけか? ごめん、嫌だったか」
「そ、そんなことないです。むしろどんと来いです!」
「い、樹ちゃん?」
樹の言動に祐樹は首を傾げる。園子はそんな様子に内心悶えながらも話を続ける。
「あ、そのっちのあの顔……」
「東郷さんわかるの?」
「ええ、何かを企んでる時の顔だわ」
「でしょうね。私から見てもそう見えるわ……てか、ここにいる姉の形相が凄いんだけど」
「ふー…ふー…コフー」
鬼の形相とはこのことか。口元と身体を縛られて身動きできない彼女からは、威圧だけで敵を殺せそうな勢いだ。
これを解き放つことは、猛獣を檻から解き放つと同義なのでしっかりと見張っていなければならない。
そんな様子もつゆ知らず、園子の会話は続いていく。
「ふふふ……ゆっきー先輩。わたし達がこうして集まっていたのはですね、コレをどうするかという会議をしていたんよ!」
「それは──遊園地のチケット?」
園子が懐から取り出したのは二枚のチケット。
そこには、皆が見知った名前の施設名が記載されている。
「そーなのです! たまたま…そう、偶然に手に入れたこのチケットを誰といくかと揉めていたのですよゆっきーパイセン」
「あー、いいなぁ園ちゃんわたしも……むぐー!?」
「話がややこしくなるから友奈は黙ってなさい」
「そうだったんだ。勇者部みんなとは行けないの?」
「チケットは二枚で、私も含めてみんなこの日は用事があって行けないのよ。樹ちゃんを除いて…」
「そうだったんですか!?」
園子の会話に東郷が乗っかってきた。
さらっと嘘を混ぜ込む東郷だが、あまりの自然体で言うものだから樹自身も祐樹の隣で用事がある云々の話を信じてしまっていた。
樹の将来が少し不安になる場面だった。
園子と東郷はアイコンタクトで状況を整理し、的を徐々に絞っていく。
「そこで、タイミングよくゆっきー先輩が来てくれたので、イっつんと一緒に遊園地に遊びに行ってもらいたいなぁと考えているのです!」
「お願いします! 祐樹先輩」
「なるほど。うん、この日は特に用事はないから僕はいいんだけど、樹ちゃんは大丈夫なの?」
「は、ははい! 私はもちろん大丈夫です!!」
「そっか! じゃあ皆には申し訳ないけど、二人で行くよ。ありがとう園子」
おおー、と小さな歓喜の声が部室に響く。
樹も突然の事でまだ理解が追いついていない部分があるが、何であれ好きな人と二人っきりで出かけられるこの展開ににやけ顔になってしまうのは無理もない事だ。
背後でどす黒い気を放つ者もいるが、そんな様子も目に入らないぐらい、樹は浮かれていた。
◇
そんなこんなで週末のその時がやってきた。
待ち合わせ場所に私が向かうと既に彼はその場に立って待っている。
寝坊はしなかった。
むしろ目覚ましより三十分早く目が覚めたほどだ。これには姉である風も大層驚き、同時に複雑な思いにかられてしまうのだがこれはまた別のお話。
(ふふっ……祐樹さんとデート!)
目の前の光景を見るだけで、私は頬が緩むのを自覚してしまう。
今まで彼の一歩後ろを歩く状態だったが、今日は違う。彼の横に居られる。
そう考えただけでも幸せが溢れてくる。
あの時は『遊びにいく』と言葉を濁していたけれど、若き男女が二人で出かけるといったらこれは紛れもなく『デート』なのだ。
彼はその気でいるのか不明だが、少なくとも自分にとってはこれは初めてのデートとなる。
遠足前のあのワクワクにも似た、この高揚感。
浮かれるなと言われても無理がある。
小走りで近づいていくと、半ばの所で彼がこちらに気が付く。手を上げ私の元へと歩み寄ってくる。
「お、おまたせしました先輩!」
「ううん、僕が早かっただけだよ。樹ちゃん今日は早いねー」
彼は自分が朝が弱いことは知っている。だけど今日は絶対に遅刻なんてできなかった。
「はい! 今日が楽しみだったので頑張って起きました!」
「おー、それは凄い凄い!! やればできるじゃないかー」
「えへへー♪」
頭を撫でられる。褒められるだけでも嬉しい。
もっと構って欲しい、と思ってしまうのは意地が悪いだろうか。
「実は僕も楽しみで早く来ちゃったんだよ。同じだね」
「え? それって────!」
「さあ、時間も惜しいし行こうか樹ちゃん」
「あっ!? 待ってくださいー!!」
何やら思わせぶりなセリフを言われた気がしたが、彼に訊ねる前に話を区切られてしまった。
慌てて彼の横に並んで歩く。
身長差が頭一つ分ほど離れているので顔を見るときは見上げる形になる。
ちらっと彼の横顔を眺めた。
────あぁ、今日もかっこいい。
いつからこんなに好きになってしまったんだろう、と自問自答をする時がある。
だけどどう考えを巡らせても答えは同じになってしまうのだ。
それは……
「──そういえば、言い忘れてたよ」
思い出したかのように彼は微笑んだままこちらに目を向けてくる。
「服、可愛いね。かわいい樹ちゃんにピッタリだ」
「あ、あぁぅ……あ、ありがとうございます。せ、先輩もその……カッコいいです」
「……あぁうん。えと、ありがと。照れるねなんか」
「そ、そうですね……」
頬を掻いて気を紛らわしているその仕草も、私には眩しくてどうにかなってしまいそうだった。
遊園地までの道のりは普段とは違う。
徒歩圏内から離れているため、電車やバスを利用する。
このちょっとした旅行気分も、彼と一緒となれば何倍にも増幅してしまう。
道中も部活で話しているように、変わらず二人は会話を重ねていく。
途切れることなく、ああでもないこうでもないと喋るその背景はいつもと違って視えた。
「おおーここが!」
「凄い人ですねぇ!」
そしてたどり着く。休日もあってか人混みは結構なものだった。
二人の気分も入場前からかなりの上がりようだ。
「よし! 行こう樹ちゃん!」
「はい! 先輩っ!」」
だから今日は思いっきり楽しもう。
私と祐樹さんは駆け足で入口のところに向かって行った。
「さて、無事に入場出来たわけだけど、何から行こうか?」
「そうですねー……あっ、あれに乗りたいです!」
入って早々に目に入ったものに指を指す。
祐樹先輩はそれを目にすると微笑みだした。
「なるほど、ティーカップだっけ? 小さい時に乗ったっきりだなぁ」
「実は私もです。いいでしょうか?」
「もちろん! どうせだから全制覇する勢いで行ってもいいぐらいだねー」
「あはは。もう、先輩はしゃぎすぎですよぉ」
「ああそうだもう一つ。樹ちゃん、ここは学校の外なんだし、僕のことは普通に名前で呼んでよ! 先輩後輩関係なくね」
「えっ!? で、でも私にとっては先輩は先輩ですし…」
「いいからいいから! さぁ!」
「せ……祐樹、さん?」
「うん! なんか、
「あっ、私の名前……わっ!」
私が名前を呼ぶと、彼も私から『ちゃん』呼びがなくなる。
それが先輩後輩という間柄から一転して、一人の女の子として意識してくれたような気がしてとても胸が高鳴った。
手を引かれて私は歩き出す。繋がれた手のひらからは暖かい温もりを感じた。
それがとても嬉しくて、『好き』がさらに積もり積もっていく。
ティーカップは意外に楽しめた。最初は祐樹さんが勢いよく回しすぎてお互い目が回っちゃったけど、一旦落ち着かせてからは、ゆっくりと回しながら会話をしつつ楽しめた。
終わった後も少しふらふらする感覚が残っている。
「もぉ! あんなに回されたら振り落とされちゃいますよ!」
「ごめんね。じゃあ次はあそこにしようか」
「わぁ! かわいいですねぇ~♪」
遊園地のマスコットキャラクターや巷で人気のキャラクターを集めたファンシーなアトラクション。
「へぇ~…今のやつって結構手が込んでるね」
「ジェットコースターみたいな感じでしょうか?」
「でも割と小さい子も乗ってるから絶叫系じゃないと思うよ…っとと!」
不意にコースターが動き出しバーにではなく椅子に手を置くと、暖かい何かに触れる。
ちょこん、と触れるその感触は先程と同じもの。
「あ、その…ごめん」
「い、いえ私の方こそ……あの、祐樹さん! 手を、繋いでもいいでしょうか?」
アトラクションも始まり薄暗くなる空間で、私は思い切ってお願いしてみる。
椅子に手を置く彼の指先に軽く触れながら。
一瞬暗がりでも分かるぐらい驚いた彼だったが、樹の言葉に頷いて見せてお互いの指先を絡めるように繋いだ。
あぁ、本当に来てよかった、と思える瞬間だった。
キュッと小さく握ると、同じ力で握り返してくる。嬉しい。
ドキドキと脈動する心臓を心地よく受け止め、私は目の前のアトラクションを彼と一緒に共有していく。
「はぁ…すごく面白かったです!」
「うん、キャラクター達も可愛かったし中々楽しめたよ。…ねぇ樹」
「はい? 何でしょうか?」
「樹さえよければこのままでもいいかな、この手…」
「あ……あぅ。は、はいぃ」
忘れていた。手を繋いだままだったことを。
その二つの手を見て頰が熱くなるが、せっかく一歩前進出来た成果なので文字通り手放すのは嫌だった。
私の言葉に祐樹さんは、どこか視線を外しながらそっか、と呟くように口にする。
その頬はほんのりと赤いような気がする。
「あ、あそこにジェラート売ってるよ! 食べに行かない?」
「そ、そそそうですねっ! ちょうど冷たいものが食べたかったところです」
気を紛らわせるために二人は出店のあるところへ向かう。
ジェラートを二つ。私はメロンで祐樹さんはグレープ味。
店員さんから受け取って近くのベンチに腰掛ける。
「凄い人だね。人混みを目で追ってたらそれだけで疲れちゃいそうだ」
「ほんとですね! ……あ、おいし」
「樹の美味しそうだな…一口もらっていい?」
「え? はい、どうぞ!」
自然に言われたものだから、姉と食べ比べするときみたいな要領でついそのまま差し出してしまった。
すぐに自分の行動に気がつくが、それよりも先に祐樹さんの口元がジェラートに運ばれていく。
「ん、本当だ美味しいよ! ほら、お返しに樹も食べて」
「…………、」
「樹? おーい!」
「──はっ!? すみません意識が飛んでました」
「なんでっ!?」
視線を手元のジェラートに向ける。今しがたここに祐樹さんががが…。
「んー……えいっ」
「──むっ!?」
いつまでも呆けている私を見かねてか、祐樹さんはスプーンで私の口元にジェラートを食べさせてきた。
冷たい中でグレープ味が口内に広がっていく。美味しい。
驚いていると、横に座る彼は口元を手で抑えながら笑いをこらえているようだった。
「むぅ……祐樹さん急にやられるとビックリするじゃないですかぁ」
「ぼーっとしてる樹が悪い。ふふ……ビックリ顔も可愛いな」
「う、うぅ……それは反則ですよぉー」
日頃からたまにからかってくる感じで『可愛い』とか言ってくる彼だが今日はその頻度がかなり多い。
普段の時でさえ嬉しいのに、こんな私にとって特別な日にこうもたくさんされてしまうとその先を期待してしまう自分がいる。
この感情は間違っているんだろうか。勇者部には私以上に魅力的な人はたくさんいる。
彼は部内での評価は悪くないし、唯一の異性の人間。まったくの無関心ではないはずだと思う。
(ここで一気に距離を縮めて……縮めて。にへぇ……)
ダメだ。にやにやが止まらない。首を振って煩悩を絶とうとするが、すぐにまた溢れ出てくる。
キリがないので、ジェラートをパクパクと口に放り込みながらクールダウンさせていくことにした。
「ごちそうさま! さて、じゃあどんどんいこーか!」
「は、はいっ!!」
食べ終わり、再び行動を開始する。
その後も色々あった。いや、ありすぎて言葉に表しきれないほどの時間が今日この日にあった。
お天道様もいつの間にか頂点を過ぎ、西へと沈んでいこうとしている。
この時間もそろそろお別れの時が近づいてきている。
私たちは最後にと、観覧車にのっている。夕日が差し込み、町が茜色に染まっていくその光景はとても綺麗だ。
お互いが向かい合うように席に腰かけ、外の風景を眺めていた。
「今日は本当に楽しかったね。こんなにはしゃいだのは久しぶりだよ」
「わ、私も! 祐樹さんと遊びに来れて本当に楽しかったです」
「よかった。ありがとう樹」
ニッコリとほほ笑んで答える祐樹さん。その表情はどこか寂しそうに思える。
祐樹さんもこの時間を大切に思ってくれているのだろうか。そうと信じたい。
しばらく無言のままゆっくりと流れていく景色を眺める。
(──はっ!!? このシチュエーション……)
ふと、考えてしまった。二人っきりの密室空間、雰囲気はばっちりのこの
意識してしまうと途端に心臓の音がうるさくなる。
(そ、そうだ。言うって決めたんだ……私は、この人とその先に進みたいって……すぅ、はぁ)
ばれないように小さく深呼吸。さあ、言え犬吠埼樹。
この想いを伝えるって決めたんだ。
────為せば大抵何とかなる。
胸の方で手を握る。
「あ、あの先輩! お、おは…お話があります!!」
「……うん、何かな?」
ドキドキ、ではなくドックンドックン、と心臓が脈打つ。
彼は私の方に意識を向ける。互いの視線が交わった。
「私は、犬吠埼樹は先輩に大切なことを伝えたいんです。え、えとですね……あ、あの」
「……落ち着いて樹。でもそっかぁ……先に話を切り出させちゃうとは先輩失格だなぁ僕は」
「せ、先輩? 何を言って────」
観覧車が上がり始めてそろそろ頂点に近づいていく。
祐樹さんは、私と同じぐらい顔を赤くさせている──ように見えた。
「ごめんね遮っちゃって。でもこれは僕から言いたいと思ってたんだ、聞いてくれるかな?」
「……はい」
「僕と樹が初めて出会った時のこと、覚えているかな?」
彼は私との出会いを思い出すように語り始める。
それはもちろん忘れるわけがない。
力強く頷いて答えると、よかったと言葉を漏らしていた。
「放課後の空き教室で『歌声』が聞こえてきたんだ。それはとても透き通っていて綺麗な歌声。僕は初めて誰かの声を『美しい』なんて思ったよ。そしてその声の主が誰なのか気になって、不躾にドアを開けちゃってさ」
「くすっ。あの時は驚きました。隠れて練習してたところに先輩が入ってくるんですから」
「そうだね。でも入ったら入ったでまた驚かされた。とても可愛らしい人が歌ってるんだもの」
「……恥ずかしいです。えへへ」
秘密の歌の練習。あの日たまたま空き教室でのそのときに不意に現れた男子生徒。
私は驚いたと同時にカッコいい人がきた、なんて恥ずかしくも思ってしまったんだ。
「名前を訊いてすぐに誰かわかった。風の妹だってこと。妹がいることは普段の会話の中で聞かされていたからすぐにね。それでまぁ、最初は興味本位で君と話してみたんだ。我ながら図々しいにもほどがあったかもしれないけど」
「いえ、恥ずかしかったですけど……私の歌を褒めてくれた人は先輩が初めてだったのでとてもうれしかったです」
そう、あの日あの時に言ってくれた『ある言葉』が、今もなお私の根底に強く根付いている。
先輩は何気ない一言を言ってくれたのかもしれない。
────綺麗な声だね。
本当に何気ない一言。でもそれは彼が言ってくれたからこそ意味があったもの。
「それで少しづつ風を通して樹と話す機会も増えてきて、勇者部にお邪魔するようになって、一緒に楽しんだり、笑ったり色々してきた」
私も目を閉じればその時の情景は思い浮かぶ。
「ふと気がつけば、君ばかりを見ていた」
「……皆さんの方が綺麗で、魅力的です。私はちんちくりんでドジで寝坊すけで…ダメダメな後輩ですよ」
「でも、僕が見ていたのはそんな君だったよ?」
「…そんな言い方卑怯です。そんな──そんなこと言われたら私はこの気持ちを抑えておくことができなくなっちゃいます」
「僕はこの気持ちに嘘をつくのは止めることにしたんだ。だから言うよ…」
席を立ち彼は私のもとに近づいてくる。
ああ、いつもこの人はズルい。私が言おうとしていたのに…。
でも心のどこかでは、待っていたのかもしれない。彼からのその言葉を。
「僕は樹のことが好きなんだ。僕と付き合ってほしい」
心が、想いが一致していたこと。その一言の言葉で溢れてくるものがある。
頰に熱いものが伝わる。それが自分から出てきたものだと知って、拭ってみたが、また出てくる。
拭っても拭ってもそれは止まらなかった。
そんな状態の私を見て祐樹さんは心配そうに見つめてくる。
「どうして泣いてるの?」
「嬉しいんです。本当に…ありがとうございます祐樹さん。私も、祐樹さんのことが大好きです!! こんな私でよければ、付き合ってください!!」
思いっきり彼に抱きつく。
想いが通じ会うのはこんなにも幸福なことなのだと実感するために強く。
祐樹さんは私が抱きついたことに驚いたがキチンと受け止めてくれた。
「…これからも、いや…改めてよろしくね樹」
「はい、こちらこそ……よろしくお願いします祐樹さん!!」
今までで一番の笑顔をしていた気がする。
観覧車の頂上に到達するのと同時に、二人の影は重なり合った。
◇
週が空けて再び勇者部部室内でのこと。
正式にお付き合いしたことをみんなに伝えるべく、二人は部室に足を運んだ。
中に入ると、全員集合していてこちらに視線が集まる。
「おっ! きたきたー! お二人さん、昨日はお楽しみでしたね~♪ むふふ、一度言ってみたかったんだぁ」
「あ、園ちゃんズルい~! わたしも言いたかったのにー」
「こら、二人とも! …ごめんね樹ちゃん、祐樹先輩。私からもおめでとう、祝福するわ」
「いや、大丈夫だよ東郷、ありがとう」
「あ、ありがとうございます! 東郷先輩!」
入るなり祝杯ムードである。まだ付き合い始めたことは言っていないはずだが、まぁあれだけ煽られれば結末はどうなるかわかっているようなものだ。
素直に言葉を受け取り、彼女たちの輪に入る。
樹はすぐに園子と友奈に捕まり褒めちぎられていた。
どうあれ後輩の行く末に心配していたのだから仕方のないことだ。
半ばもみくちゃにされながらもその顔は晴れ晴れとしていて、見ているこっちとしても心地がいい。
そんな様子を眺めていると、こちらに夏凜がやってくる。
「ま、なるべくしてなったって感じね。おめでと祐樹」
「うん、ありがとう夏凜」
「樹は私にとっても可愛い妹みたいなんだからもし悲しませたら……って、言いたいことは大体姉の方と同じね。行ってやりなさい」
「あぁ」
夏凜が一歩引くと奥の方、窓際で一人窓の外を眺めている人がいる。
樹の姉の風だ。
「風、いいかな」
「なによ」
ぶすぅっといった感じで祐樹の言葉に振り向くことなく答える。
今朝から校内ですれ違ってもこの有様だ。
「樹と付き合うことにしたよ。僕が……いや、僕も君と同じく樹を支えていくよ」
「……ねぇ、祐。私たちの事情はそれなりに知っているわよね?」
風の言葉に頷く。
「両親が居なくなって、あの子がつらい思いをしないように色々と努力してきたわ」
「うん」
「…樹があんなに嬉しそうに、楽しそうに学校生活を送れてるのはアンタのおかげでもある。とても感謝してるわ…きっとアンタになら樹を任せられると思う。だけど、ほんの片隅に『もしも』という不安があるのも事実なの」
「でも風、それは……」
「わかってる! それは考える必要のないことぐらい。だからそんなことを考えさせないようにこれからもアタシに証明し続けてちょうだい」
姉としての考え、家族としての考え。
きっと複雑に絡み合っているのだろう。それでも彼女は僕たちを祝福してくれようとしている。
背中を押してくれる。
ならこの想いには、僕は答え続けなければならない。
「ああ、必ず」
「……うん、ならもうアタシからは何もないわ! あ、まだあったわ……樹を泣かせたりしたら許さないからね、祐」
「はは……うれし泣きとかは許してくれ」
「それは許す! …ふふっ」
「ははっ」
二人して小さく笑い合う。そんな様子を見ていた夏凜は「これも青春ってやつかしら?」なんて考えながらため息を漏らす。
「あ、じゃあせっかくだから樹ちゃんと祐樹先輩のツーショット写真を撮ろうよ!」
「お、ゆーゆナイスアイデアッ! わっしーカメラある?」
「ええ、抜かりはないわそのっち! 私はビデオカメラでいくわ。映像は永久保存版で!」
「うええ!? 恥ずかしいですよぉ!」
いつのまにか撮影会が始まろうとしていた。何がどうなってその結論に至ったのやら。
苦笑していると、ドンッと背中を押される。
「ほーら、ちゃっちゃといってやりなさいよ彼氏。部長兼姉としての命令ぃ!」
「…おっけー。樹」
「あ、祐樹さん!」
友奈たちに優しく背中を押された樹がこちらに来る。
二人は対面し、微笑み合う。
「だそうだ。樹、一緒に撮ってくれるか?」
「…はい♪ もちろんです!」
手を差し出し、樹はそれに応える。
その光景はとても画になるもので、樹自身がとても大人びているようにも見えてしまう。
「ほへ~……樹ちゃんすごく幸せそう」
「今がベストショットだね! あらゆるアングルから撮ってやるぜよ!」
「はーい。じゃあ二人ともこっちを向てもらっていいかしら」
東郷に促され、目線をそちらに向かわせる。
そっと樹の肩を引き寄せその身体を腕の中に収めた。
「大好きです、先輩」
「──うん、僕も大好きだよ樹」
きっとこの楽しい時間は続いていく。
このぬくもりを離さぬように、僕たちは精一杯の笑顔を送っていった────。
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