勇者たちをイチャイチャさせたい!   作:紅氷(しょうが味)

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一緒に居るだけでも幸せだ。
同じ景色を見ているはずなのにどうして以前とこうも違うのだろうか。

真新しくそして楽しい日常をくれたこの人に何か恩返しをしてあげたい。

何がいいかな?
でもそんなにすぐには思いつかないから、いっそのこと本人に直接訊いてみるのも手かもしれない。


story2『甘えてください』

「────祐樹さん。ちょっといいでしょうか?」

 

自宅での出来事。それはある日突然やってきた。

部屋にいるのは同じ学校の後輩であり、最近になって僕の恋人になった犬吠埼樹が視線を泳がせながら訊ねてきた。

 

「あらたまってどうしたの樹。何か相談事?」

 

ちょこんと正座をして座る彼女の様子を見て僕も対面に正座で座る。

樹の彼氏であり彼女の先輩でもある僕は首をかしげながらも作業の手を止めて向き直った。

 

「えっとですね。その……なんというか」

「うーん? 何か言いにくい事でもある感じ?」

「そういうわけじゃないんですけど……うぅ」

 

樹の反応にますます疑問を浮かべる。顔を俯かせ薄く頬を染めながら指先同士を合わせてもじもじしていた。

どうしたのだろうか。そんな彼女の姿を心配して近づくとその手をとって握ってあげる。

 

「どうしたの樹。大丈夫だよ、悩み事なら僕が力になれるように尽力する。遠慮せずにいってごらん」

「…わかりました。祐樹さん! わたしのお願いを聞いてほしいんです」

 

僕の言葉を聞いて決心の固まった樹は芯の通ったその瞳でこちらを見つめてきた。

…ああ今日も可愛いなーなんて思考の隅で考えてしまうが表に出ないように繕うことにする。

 

せっかくの彼女の相談事だ。できる限り力になってやりたいのが彼氏ってものだろう。

けれどその考えも次の一言によって白紙に戻っていってしまった。

 

「──もっとわたしに甘えてください!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「────ふんふんふ~ん♪」

 

キッチンから耳心地の良い鼻歌が聴こえてくる。

僕が彼女のことを好きになったもののひとつである”歌声”。それを贅沢にバックミュージックとして聴き入れながら僕は止めていた作業を再開する。

 

「本当に助かるよ。ありがとうね樹」

「いえ! わたしも一緒にご飯食べたわけですし、洗い物は任せてください! ~~♪」

 

昼食を食べ終えた僕たちはその後片付けを樹が買って出てくれたので素直にお願いした。

 

「でもこういうのでいいんですか? もっと色々あると思うんですけど」

「いやいや、僕からすれば十分に甘えさせてもらってるよー」

 

最初は”甘えてください”なんて言うものだから思考が停止してしまった。

おかげで沈黙の時間が続いたわけだが、涙目になり始めた樹の姿を見てハッと我に戻った僕は一先ず食器洗いをお願いしたのだけど…。

 

(急にどうしたんだ樹は…? もしかしてまた勇者部の連中が何か吹き込んだのか?)

 

視線だけ樹に向けながら楽しそうに洗い物をする彼女のその姿を脳裏に焼き付ける。

何がどうあれ彼女とこうして同じ空間にいるだけで僕は満足なんだけど、恐らく樹の言葉からしてそれじゃあ納得はしないはず。

だとすると消去法で勇者部の誰かが樹に入れ知恵なるものを吹き込んだに違いない、そう僕はあたりを付けた。

 

しばらく視線を手元に戻して作業に集中していると、水道の蛇口を締めるキュッとした音が聞こえた。

 

「…これで終わりっと。えっとタオルは──あった」

「んー。あ、また間違えた……結構難しいなコレ」

「終わりましたよ祐樹さん。何をしてるんですか?」

「ん? お、もう終わったんだね。ありがとう……これはちょっと、ね。内緒」

「内緒ですかー…むぅ」

 

訊ねてきたところ申し訳ないがこれはまだ早いので内容は伏せておくことにする。

内緒にされた樹は小さく頬を膨らませていたがその姿も可愛いので思わず頬を撫でてしまう。

 

「わ、きゅ、急になにを──!」

「いやー柔らかそうなほっぺだからつい触りたくなっちゃったんだ。ダメかな?」

「ダメじゃないですけどなんかくすぐったくて……ふぁぁ」

 

満更でもない顔でされるがままの樹。優しく撫でてあげているととろんとした表情に変わっていく。

思わず抱きしめたくなる衝動に駆られた。

 

「祐樹さぁん……はへぇ~」

「あぁー癒される。風が溺愛してしまうのも分かるなー」

 

いつも樹、樹と口にしていた姉の気持ちがこうして距離が近づくにつれて分かってくる。

そんな姉は今日は用事があるらしく午前中から出かけていた。

最近はなにかと姉とセットで行動していることが多くてこうして二人っきりという場面は中々に珍しく感じる。

少しばかり過保護すぎやしないかと考えたこともあるが、彼女たちにとってお互いが唯一の家族であるため愛情過多になってしまうのも無理もないのかもしれない。

…まぁ、いつかは僕もその『家族』の末席に加えてもらえるとありがたいけども。

 

その時のことを想像するとちょっと笑ってしまう。

恐らくだが姉がまた僕の前に立ちはだかるだろう、という意味で。

なにかと不安に感じてしまうみたいなのでこうして日々を積み重ねて仲良くしてますとアピールしていこうと思う。

 

しばらく堪能していると、樹はハッと我に戻りあたふたと慌て始めた。

 

「ゆ、祐樹さんっ! よく考えたらこれじゃあわたしが甘えちゃってるみたいなんですけど」

「僕が癒されて樹も癒される。これ以上ないほど良いと思うけど?」

「そ、それはぁ…そうなんですけどぉー」

 

むむ。何か僕の対応が違うみたいだ。これは後々不満として彼女の内に根付いてしまうのはいただけない。

なので多少気恥ずかしい部分も残るがここは彼女の厚意に甘えることにしよう。

 

「──じゃあ膝枕してよ樹。一度されてみたかったんだよね」

「っ! はい!! 任せてください祐樹さん」

 

ぱぁ、と花が咲いたみたいに笑顔を浮かべる樹。どうやらこういうやり取りが正解みたいだ。

樹は僕の言葉の後にすぐ体勢を変えて頭を乗せやすいようにしてくれる。

 

「そ、それじゃあどうぞ…」

「うん。じゃあ失礼して……よっと」

「ひゃわ!?」

「あ、ごめん痛かった?」

「だだ大丈夫です! すみません」

 

ビクリと肩を跳ねさせた樹だったが、促されて僕は彼女の膝の上にお邪魔した。

ロングスカートの上ではあるが樹の太ももの感触というか、女の子の柔らかさに僕の心臓はドキドキと脈打つ。

 

「あの、どうでしょうか? 初めてやるので上手くできてますか?」

 

下から見上げるとその瞳は期待と不安に揺れていた。

それを拭ってあげるべく僕は笑みを浮かべて頷いてあげる。

 

「うん、これはなんというか…凄く落ち着く。見上げたら僕の目の前が樹でいっぱいになるから嬉しくなるね〜」

「よ、良かったです」

「痛かったり辛くなったら言ってね。すぐに退くから」

「はい……祐樹さん、こんなのはどうですか?」

 

考える素ぶりを見せた樹は手持ち無沙汰になったその手を僕の頭の上に置いて撫で始めた。

目を細めて僕はその行為を受け入れる。

 

「なんだか樹が大人っぽく見えてくるね」

「…えへへ。祐樹さんは逆に小さな子供みたいに可愛く見えちゃいます」

「普段とはまた違ったキミが見れるし甘えたかいがあったかな? 癖になりそーだよ」

「──恥ずかしいです……でも祐樹さんにならいつでもやってあげます、よ?」

 

耳元に顔を近づけてそう囁く。嗚呼、ここは天国だったか。

なんて本気で思えてしまうほど今のこの状態が心地よかった。

 

たっぷり数十分、堪能させてもらうといよいよ心地よさで寝てしまいそうになってしまうので名残惜しいが終わりにする。

 

「もういいんですか?」

「うん。あんまり居すぎると戻れなさそうだからねぇ。次の機会に楽しみでとっておくよ」

「わかりました。よいしょ……ひぅ?!」

「ど、どうした樹?! 痛かったか!?」

 

僕自身も膝枕の勝手がわからなかったのでもしかしたら相当の負担を強いてしまったのやもしれない。

しかし、樹は目尻に薄く涙をためて僕の言葉に対して首を横に振った。

 

「あ、足が……痺れちゃいました。ビリビリして立てないですー!」

「……ぷっ」

「笑わないでくださいー! あぅぅ…」

 

先ほどまでの大人びた雰囲気がどこへやら。いつもの調子に戻った樹を見て僕のせいでもあるがつい面白くて笑ってしまう。

ごめんごめん、と謝って僕は樹の足先に触れないように自分の腕を通していく。

 

「わ、わっ! 祐樹さん!?」

「よいっしょ。おー樹ってば軽いねー抱き抱えやすいよ」

「わわ…これ、恥ずかしいです」

「恥ずかしがることないさ。この部屋は僕と樹しかいないんだし…さっきのお礼も兼ねてしばらくこのままでね?」

「…はぃ」

 

しかし側から見たら狭い一室でお姫様抱っこのこの状況はどう見えるんだろうか。

樹をこうして抱えてみると本当に小さく感じてしまう。借りてきた猫のように丸まった状態でこう────僕の嗜虐心がくすぐられる。

単的に言って意地悪したくなっちゃうような感じになるが、本気で嫌がられたら死にたくなるのでぐっと我慢しておく。

 

「……だいぶ楽になりました」

「そう? ならデザートにプリンあるから食べよう」

「プリン…っ! はい、食べましょう祐樹さん。そうしたらわたしが用意するので座って待ってて下さい」

「降ろして大丈夫?」

「はい!」

 

その言葉に甘えて僕は座って待つ。樹はキッチンへ行き、すぐにこちらに戻ってくる。

 

「お待たせしました!」

「樹、こっちこっち。おいで」

「…? はい」

 

僕は手招きして樹をこちらに呼ぶと、胡座をかいた自分の太ももをぺちぺち手で叩く。

 

「樹の席はここだよ〜」

「えぇ!? で、でも祐樹さん疲れちゃいますよ?」

「大丈夫ダイジョウブ。ほら!」

 

僕と座る場所を視線で行ったり来たりさせながらも樹は小さく頷いてゆっくりと腰を下ろした。

僅かな重みを感じるだけで女の子特有の柔らかさがとても良い。

樹は最初は困惑気味だったが身体を胴に預けてきてくれた。

なので僕はそのまま手を回して彼女の背後から抱きしめる。

 

「祐樹さんに抱きしめられるの大好きです」

「ほんと? 僕もこうしてるの大好きだよ。プリン食べよっか」

「はいっ♪ じゃあ、わたしが食べさせてあげます!」

 

カップのプリンの蓋を開けてスプーンで掬ってこちらに差し出してきてくれた。

パクッとスプーンの上に乗ったプリンを口に含む。甘味が口いっぱいに広がり思わず頬が綻んでしまう。

お返しにと、僕もスプーンを手に取って樹の口元に差し出す。

 

「はい、お返し。あーん」

「あーん……んん~~♪ 美味しいぃー。コレって確か園子先輩からいただいたやつですよね?」

「そーそー流石は乃木家だよなぁ…プリン一つでもこんなうまいもの用意できるんだから」

「ほぉでふね〜」

 

僕の上で左右に揺れながら樹はプリンを堪能していた。

園子はたまにこうしてお菓子をくれることがあってその都度お礼は言っているが、彼女曰く「わっしーの和菓子を堪能したいんよ」とのこと。

確かに東郷の作る牡丹餅は格別で僕も好きだが、なんというかまあ流石は園子と言ったところである。

スプーンを止める手はなくあっという間に食べ終わると二人してホッと満足した。

 

「ごちそうさまでした! 美味しかったですね祐樹さん」

「ごちそうさま。また園子にはお礼を言っておかないとね……ふぁー、お腹が満たされたら何だが眠たくなってきたな」

 

更には前に樹を抱えているのでいい感じにあったかくなっているせいで睡魔が襲ってくる。

僕の言葉に樹はくすりと小さく笑っていた。

 

「……それならわたしが子守歌を歌ってあげましょうか?」

「──速攻眠りにつきそう。でも樹の歌が聴きたいな。いい?」

「もちろんです────では」

 

僕に抱かれたままで樹は息を吸うと音を一つ一つ発し始める。

先ほどのデザートのように甘く、そして澄み透った声を僕は目を閉じて聴き入れる。

樹を抱きしめ背中に顔を預けるとこの時間がいつまでも続けばいいのにな、なんて考えてしまう。

 

一時期はあることで失ってしまった樹の『声』。

姉である風も同じように失ったものがあったが樹はそれでも自分より姉の、仲間の心配をした。

声が出ない変わりにスケッチブックを用いてのやり取り。その時ももちろん笑みを崩さずに、なんてことないよって言わんばかりの調子で。

 

本当は自分も絶望の中にいるはずの彼女はそれでもいつもの調子のまま日々を過ごしていた。

僕はそんな彼女を見て本当に強い子だと思う反面、それはふとした切っ掛けで壊れてしまいそうな儚さがあると感じた。

支えたいと強く想った。様々な書物や情報媒体を用いて探してみたが根本的な解決方法は分からずに僕自身の無力さを痛感させられる。

 

僕に出来ることといえば樹の隣に居ること。ただそれだけしかできなかった。

風にもあんたは樹の側に居てと強く命令され、出来る限りの時間を彼女と過ごした。

 

『私はへっちゃらです!!』

 

スケッチブック一ページにでかでかをそれを書かれたときは、涙が溢れそうになった。

抱きしめてカミサマに強く願ったものだ。樹の声を奪わないでくれと。

 

それからしばらくして彼女の『声』は戻ってきた。

詳細な理由はわからない。でもその時の樹の瞳を視たときに僕は分かった。

 

────嗚呼、彼女たちは自分の力で取り戻したんだ。

 

優しい眼差しの中に光る強い『意思』。勇気あるものの眼(、、、、、、、、)だ、と。

 

(…ほんと、あの時ほど自分の無力さったらなかったわ。それでも僕はこの子に感謝されて……それで……)

 

思考もうまくまとまらなくなってきた。夢にいるのか現実にいるのか曖昧になってくると、今日の行動に対して疑問が浮かび上がる。

自然と言葉が口からこぼれ出る。

 

「──樹。今日はなんで一段と優しくして……くれる……の?」

 

自分の言葉も耳に入らないまま、僕は意識を手放した────。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

いつも楽しそうに、嬉しそうに、真剣にわたしの歌を聞いてくれる。

祐樹さんの身体の温もりを感じながらわたしは歌を歌う。

 

────樹。今日はなんで一段と優しくして……くれる……の?

 

 

「……え?」

 

耳にした言葉を聞いてわたしは歌を止めた。背中にかかる重みが増すのと同時に規則正しい寝息が聞こえる。

どうやらわたしの歌で気持ちよく寝てくれたらしい。良かった、とわたしは祐樹さんに身体を預ける。

 

彼の腕を取って自分を包むと祐樹さんの匂いがした。

いつもそばに居てくれる、大好きな人の匂い。

 

「わたしがそうしたいからですよ。先輩」

 

わたしの言葉は彼には聞こえないはず。でも別に構わない。

言葉を紡ぐ。

 

「わたしが喋れなくなってもそばを離れないでいつも通りに接してくれて嬉しかったんです。一緒になって泣いてくれて、たくさん力になろうとずっと頑張ってくれてたのわたし知ってるんですよ?」

 

だからせめて少しでも悲しませないようにその時の思いを書き連ねたが余計に心配させてしまったのは反省しないといけない。

 

「わたしが誰にも分からないように隠していた気持ちもすぐに気が付いてくれて……いっぱいいっぱい助けられました」

 

わたしたちが取り戻したこの日常は決して楽な道のりじゃなかった。

挫けそうなときなんか数えきれないぐらい。そして、まだまだ終わっていない──ひと時の平穏なのだということも理解している。

チラリと後ろを覗くと、可愛い寝顔が拝むことができた。

 

────わたしの、帰る場所。

 

誰かの後ろを歩いてきた自分には今、隣を歩いてくれる人がいる。祐樹さん、お姉ちゃん、勇者部の先輩たち。

みんなで手を取り合って、笑顔でこの道を進んでいく。それがわたしの戦う決意(りゆう)だ。

 

出会った時からたくさん彼に背中を押された。わたしになら出来るって。

返しきれないぐらいの『ありがとう』を彼がくれた。

 

だから目に見える形で何か恩返しできないかと考えた結果が今日の言葉だったのだが、これは自分が納得するための言い訳に過ぎなかったのかもしれない。

ズルい女だ、わたしは。

 

「先輩……わたしは怖いんです。こんな幸せでいいのかなって。いつかこの幸せが無くなっちゃうんじゃないかって思うんです」

 

態勢を変えて顔を埋める。少しばかり強く抱きしめられた気がした。

わたしは目を伏せ彼の胸に縋りつく。

 

決意があるとはいえ、やはり怖いものは怖いのだ。

わたしは祐樹さんにも幸せになって欲しい。でもある日、唐突に全てが終わってしまうことも世の中にはある。

 

この温もりに触れることができなくなるかもしれない。

その時が”もしも”きてしまったら、と考えると不安がなくならない。

だから少しでも多く返してあげたいんだ。

 

「好きです先輩。大好きなんです祐樹さん……だからわたしのわがままでもいいのでずっとそばに居て下さい」

 

懇願するように、わたしは愛を囁く。

返事は返ってこない。寝ているのだから当たり前だ。だからこれはただの独り言。

 

今はこの温もりの中で共に居させてくれればそれでいい。

どうかこんな日がいつまでも続きますように────。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

渡されていた合鍵を手にあたしは玄関の前に立つ。

日も沈み始めて夕焼け空となりつつあるこの時間にようやく用事が終わった。

帰り掛けに寄ったスーパーの袋を携え鍵穴に鍵を差し扉を開けて家主に声を掛ける。

 

「…帰ったわよー」

 

一人暮らしの自宅はそんなに広くはない。あたしの声が聞こえないはずがないのだけど、返事が帰って来ることはなかった。

小首を傾げ不思議に思ったが構わずに部屋に入ることにする。

初めての訪問ではないために勝手知ったるなんとやら。

 

扉を開けて中に入る。先ずはキッチンで荷物を整理していく。

中身を開けると案の定食材が減っていた。一人暮らしの男子の冷蔵庫事情はこんなものか。

 

いや、もしかしたら後で買い足そうとしていたに違いない。

案外そこらへんは妹よりしっかりしているのでタイミングは良かったのかな? と落とし所を見つける。

ガサゴソとしまうべき物を片付けていく中で、未だに部屋が静かなのが耳につく。

ひょい、と顔だけ覗かせるとその理由がすぐに分かった。

思わず笑みがこぼれてしまう。

 

「…まったく。仕方ないんだから」

 

片付けを終えてそちらに歩み寄る。

あたしの目に映ったその光景は、規則正しい寝息を立てる二人の姿。

祐が樹を抱きしめ、樹も自分の身体を預けて一緒に寝ている姿であった。

あたしは二人に近づいて屈んでその様子を眺める。

 

「これじゃあ、仲のいい兄妹みたいね…なんて、二人には失礼かしら? 樹は元よりあんたも中々可愛い寝顔するじゃない」

 

いい夢でも見ているのか、単に寝心地が良いためか安らかに眠りについていた。

そういえば寝顔初めて見るなぁなんて思い耽っていると祐は少しだけ身じろぎした。

頰をツンツンと指差す。

 

「…まったく見せつけてくれちゃって。この女ったらしめ〜……樹もあたし以外にそんな顔をするようになったかー」

 

小声でぶつぶつ言ってしまうが仕方ない。

手塩にかけて育ててきた妹が成長していく様は感慨深いものだが、最近はその成長っぷりには眼を見張るものがある。

…まぁ、流石に姉より恋愛面で何歩も先に行ってしまうとは思いもよらなかったが。

 

そこばかりは悔しい。が裏を返せばいつのまにか後ろにいた樹も前に進んできていている証拠でもある。

 

(何事も変わらずにはいられないのよね)

 

樹を、妹が生きているこの世界を守るのがあたしのやるべきことだ。

でも今は、樹は自分の力で生きていこうとしている。

あたしにはそれが誇らしくあり同時に寂しくもなった。

 

歳を重ねて、学生を終え就職して自立する。いつかは結婚もするかもしれない。その時の相手が祐とは限らないけど。でも、今のあたしからすれば樹の相手は祐であってほしいと切に願う。

 

「そしたらあたしは二人の姉ってことになるわね。ふふ…変なの」

 

立ち上がり寝具を置いてある場所から掛け毛布を二人に掛けてあげる。だんだんと寒くなってきてるので風邪でも引かれたらたまったもんじゃない。

 

「……ん、んー?」

「あら? お目覚めかしら祐」

「その声は…風かー。ごめん、気がつかなかった。おかえり」

「ただいま。まったく昼寝するなら暖かくしてから寝なさいな。樹が風邪ひいちゃったら許さないわよー」

「…それもそうだ。悪い今起きて手伝う」

 

祐が動こうとすると、胸の中にいる樹がより強く抱きしめて離さない。

二人して苦笑する。

 

「いいわよ。ちゃちゃっと済ませちゃうから。樹は寝つきが良いから一度寝たら中々起きないし…もうしばらく布団代わりになっててちょうだい」

「…分かった。あぁ、ついでに悪いけどそこにあるやつ取ってくれないかな?」

「え? これね……ほぅ」

 

祐にお願いされたものを手に取ると感心するように繁々と見つめる。

 

「男子なのに女の子みたいなことするわねあんた」

「…仕方ないじゃないか。すぐに思いついたのがコレなんだからさ」

「樹ならどんなものでも祐からのプレゼントなら喜んで受け取るわよ」

「けどせっかくなら実用的なのが良いと思ったんだ。でも結構難しいな…編み物って」

 

手にしているのは緑色の毛糸で編んでいる途中のもの。あたしからしてみれば初めてにしては中々形になっているようだが、少しばかり粗が目立つ部分もある。

仕方ない、とあたしは祐からそれを受け取りテキパキと修正していく。

 

「これって練習中?」

「そうだね。初心者でもできるっていうからやってみたんだけどうまくいかないんだ」

「この辺でしょ? ここはこうやって編めば簡単に進むわよ。あとは…毛糸をもう少し太めのやつにしなさい。そうすればやり易いと思うから」

「……風ってすごかったんだな。すごい勉強になるよ」

 

そのセリフにあたしはなんて反応すればいいのやら。

まあ本気で感心しているあたりバカにしてるわけじゃないのがわかるのでここはスルーしてあげるか。

 

樹を膝上で寝かせながら祐はあたしの教えたやり方を早速試していた。

物覚えはいいのか祐の編み合わせのペースが上がっていく。

 

「──おーこれならうまくいくぞ! ありがと風。キミはいいお嫁さんになるなぁ」

「…なんの嫌味じゃい。もう……あたしは晩御飯の準備しちゃうから大人しくしてなさい」

 

大丈夫そうなのであたしは立ち上がりキッチンに足を運ぶ。

自宅のキッチン事情と異なるが準備を進めていこう。

 

「最近部活の調子はどうなんだ?」

「ぼちぼちねー。依頼も少しずつ消化できてるし、てか祐もそろそろ顔出しなさいよ! みんな待ってるんだから」

「用事がひと段落ついたらまた顔出しにいくよ」

「それならよし!」

 

キッチン越しに会話をする。チラッと視線を動かして彼を眺めてみると編み物を続けてやっていた。その合間合間で樹の様子を伺い優しく頭を撫でて満足げに笑みを浮かべている。

 

────妬いちゃうなぁ。

 

なんて自嘲気味に一人笑う。いつまでも未練がましいにもほどがある。

あたしは二人の未来を見届けると決めたのだから。

 

「ねぇ、祐」

 

けれどどうしても不安になるから問いかける。

 

「あんた今幸せ? 樹も、幸せにできてるのかしら?」

 

あたしの言葉に手を止めて祐はこちらを見据えた。

 

「ああ、幸せだよ──だから安心してくれ。樹と一緒に幸せになるから」

 

彼は柔和な笑みを浮かべながらそう言った。

きっとあたしは今も────これからも二人を見届けてその度に問いかけることだろう。

 

「……ほんとに?」

「心配するなって。ちゃんとキミに証明し続けるから」

「んーー…祐樹………さぁん。そんなにあまえて…こられると……困っちゃいますよぉ…………」

『…………ぷっ』

 

雰囲気を壊すかのように樹の寝言が耳に届く。思わず吹き出してしまう。

なるほど。幸せじゃない人間がこんなことを言うはずがない。

 

けど頑張んなさいよ祐。

樹を悲しませたら承知しないからねっ!

 

 

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