勇者たちをイチャイチャさせたい!   作:紅氷(しょうが味)

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彼は待ち続けた。

でも、■■たちは姿を見せることがなかった。

彼は探し始めた。

だが、■■たちはどこにも居なかった────。



東郷美森の章
story1『あなたを二度好きになる』


目が覚めるとそこは病室だった。

 

「…………、」

 

重い瞼を開けると次に身体が気だるいことに気が付いた。

頭の中で動かそうとするが、身体が思った通りに動かない。

 

「ここ、は? 私は──っ!」

 

少しだけ痛みが走り頭を抑える。そこでふと視線が下に落ちたところで誰かがいることに気が付く。

 

「誰? だ、れ──?」

 

寝息を立てて誰かが寝ていた。

男の人。一体なぜこの人がこんな病室にいるのだろうか。私は無意識に伸びた手で彼に触れようとしたとき、身じろぎして彼の瞼が薄く開いた。

 

「あ……あぁ」

「え、えっと?」

 

私の姿を見ると同時に目を見開いて体を起こし、そして私の手を取ると両手で包み込んだ。

小声でよかった、とホッと肩を撫でおろしている姿がとても印象に残った。

 

「無事でよかったっ! 本当に……」

「あの、あなたはどなたでしょうか?」

 

恐らく彼は私のことを知っている(、、、、、)。けれど私は彼のことを知らなかった(、、、、、、)

 

その時の彼はとても驚いていた。そしてすぐに悲しい表情に変わっていく。

ああ、失礼なことを言ってしまったのだと彼の顔を見て私は思った。

 

「ご、ごめんなさい! あの私────!」

「いや、いいんだ。僕の方こそいきなりごめんね。そうだな、自己紹介しようか」

 

悲哀の表情を隠し、ニッコリとほほ笑みながら彼は提案してくる。

私は頷くしかなかった。

 

「僕の名前は『祐樹』。歳は君と二つ違いなんだ」

「祐樹、くん?」

「そう、祐樹。それで君の名前はわし──ああいや、ごめん。『東郷美森』……これが君の名前なんだ。憶えているかな?」

「東郷美森……ごめんなさい、憶えていないわ」

 

彼から聞かされる私自身の名前。やはり憶えていない。

首を横に振ると祐樹くんはそっか、と今度は表情を変えずに答えてみせた。

 

そこから状況を説明される。私が交通事故にあってしまい、一部の記憶が喪失してしまっていること。事故の後遺症で両足が動かないこと。

とても絵空ごとのように思えたけれど、この自分の状況を客観的にみてしまうとあながち間違いではないようにも思える話だった。

 

「まあもっと話したいことがあるけど、また今度。いまからお医者さん呼んでくるから一旦ここでお別れだね」

「そうなの? ……祐樹くん、また会えるかしら?」

 

短いやり取りだったけど、話していてとても気分が落ち着いていた。

男の人との交友関係はあまりないことは憶えている中、どうして彼のことを忘れてしまっているのかが不思議だ。

祐樹くんは変わらず笑みを浮かべながら頷いてくれた。

 

「もちろん。また会いに来るからその時まで」

 

そう言うと彼は病室を後にする。

これが私と彼の出会いだった────。

 

 

 

 

 

 

それからしばらく、病院での検査が続いた。

正直なにをどのような検査をしているのかは理解が出来なかったが、両足と記憶以外は概ね良好な結果が出たようだ。

 

祐樹くんはその際も合間を縫って顔を出してくれた。

記憶が混濁気味の私にとって彼の存在は不安を取り除いてくれる唯一の存在といっても過言ではない。

人と話すという行為は自身の精神的ストレスの軽減に繋がり、もし彼が居なかったら降りかかる不安に圧しつぶされていたかもしれない。

ある意味では彼に依存している形になる。けれど、勝手ながらそれでもいいのかなと思う自分もそこにいた。

 

それから更に一週間経った頃。私は退院することができた。

出口で彼が迎えてくれる。

 

「…退院おめでとう! 外の空気はどうだい?」

「ありがとう。ええ、とても清々しい気分だわ」

 

私は結局、足の不自由な結果を改善させることができなかった。

原因は不明。そのため私は車椅子を乗ることになったが、大方の過ごし方はレクチャーされたため何とか私生活はやっていけそうな感触はある。

両親は私の自宅で待ってくれている。道中は車での移動になるが、その際も彼は一緒に同行してくれることになった。

 

「ごめんなさい。手伝ってもらってばかりで…」

「いいよ。僕がしたくてやってることだから。むしろどんどん頼ってよ東郷」

 

彼は小さく笑う。好意を受け取って申し訳なく思う反面、彼のその笑顔を見るのがとても好きだった。

車内でも会話を続けていく。彼の学校での出来事。そして変わっては私の趣味の話などを。

同じ内容の会話も中にはしてると思うが、彼はそれでも楽しそうに耳を傾けてくれた。

 

一時間もしないうちに自宅へと到着する。とても大きい門が視界に入った。

だけど悲しいかな、その光景に見覚えはなかった。

 

車から私たちを下ろし、病院の職員を見送ると代わりに私の車椅子を祐樹くんが引いてくれる。

二人して再び自宅を見上げた。

 

「ここが東郷の家だよ。ここから君の生活がまたスタートするんだ」

「……少し、不安だわ。だって私、両親になんて顔をして会えばいいのかわからないの」

 

記憶喪失。それは自身の両親のことも含まれてしまっていた。

入院中にも何度か面会に来てくれていたが、どういった顔をしていいか分からずに失礼な応対をしてしまったと反省している。

会話をして、見てみてとてもいい人達なのは理解しているが、今後は同じ屋根の下で暮らすことになるため少々の不安が残るのも無理はなかった。

 

「──少しずついけばいいさ。大丈夫、あの人達はとても優しい。それに……」

 

言いながら彼は何処かに手を振り始めた。

なんだろうとそちらに視線を向けると、一人の女の子が同じように手を振りながらこちらに歩み寄ってきた。

 

「祐くんこんにちは! その子が前に言ってた人?」

「そうだよ。わざわざ出迎えてくれてありがとうね友奈」

「ううん、全然! むしろ早く会いたくてすぐに家から飛び出てきちゃったよ~」

 

赤毛の快活そうな女の子。陽だまりのような笑顔を向けて話す少女はすぐにこちらに意識を向けて、私の目の前に来た。

 

「こんにちは、初めましてっ! 結城友奈っていいます」

「あ……はい。東郷美森…です」

「東郷さんかぁ~カッコいい名前だね! わたしのお家は東郷さんのお隣さんなんだよー! 仲良くしようね♪」

「え、えぇ…よろしく結城さん」

「苗字じゃなくて名前でいいよー!」

「えと……友奈、ちゃん」

「うんっ♪」

「あっ……」

 

手を握られる。温かい手。

祐樹くんに握られた時と同じような温かさが私を包み込む。ああ、この温もりがなぜだかとても懐かしく思えてくる。

この気持ちがなにか解らないけれど、憶えていないけれど……きっとそれは────

 

「あれれ!? と、東郷さん泣いちゃってる。ど、どうしよわたし何か失礼なことをしちゃったかな!!?」

「え、あっ……ごめんなさい。友奈ちゃんのせいじゃないよ。なんでだろ、あれ……止まらない」

 

目元から熱い何かが流れてくる。それが『涙』だと理解して拭うが、一向に止まる気配がなかった。

まるで塞き止めていたものが溢れてくるような感覚。

 

分からない、解らない、判らない。

 

「まったく。こんなになるまで溜め込んでたなんて…困った子だよキミは」

「え? わ、ちょ、ちょっと祐樹くんっ!?」

 

わしゃわしゃと乱暴に頭を撫でられた。

暗い感情がそれで一気に無くなってしまった。

 

「もー! 祐くん、女の子の髪の毛をそんなに乱暴にしちゃダメなんだよっ!」

「はーい。友奈に怒られちゃった……ごめんな東郷。でも落ち着いたかな?」

 

祐樹くんは乱れた髪を直すように、今度は優しく撫でられる。

その間にも友奈ちゃんは心配そうな顔で手を握りながらこちらを見てくる。

 

「東郷さん何か悲しいことがあったのかな? わたしに相談できることがあるなら言ってよ!」

「うん。でも大丈夫よ友奈ちゃん。悲しいというより、嬉しい…なのかな。よく分からないけど…もう大丈夫」

「そうなの? でもだったらニッコリ笑った方がいいよ東郷さん! ほら、スマーイル」

 

友奈ちゃんは両の人差し指で口角を持ち上げてみせる。

 

「…とまぁ、こんな子だけど同年代の女の子もいるし不安がることはないってことよ」

「こんな子ってどういうことー祐くん!」

 

合わせて祐樹くんが笑ってみせる。つられて私も笑みを浮かべた。

ここが、私と友奈ちゃんの出会いだった────。

 

 

 

 

 

 

 

 

時は過ぎて私たちは中学生になる。

慌ただしい生活もなんとか安定してきた。これも支えてくれている両親と友奈ちゃんと祐樹くんのおかげだ。

 

「……よし」

 

制服に着替えて身支度を整える。初めの頃は着替えすら碌に出来なかった始末だが、今や一人でも卒なくこなせるようになっていた。

髪を梳いて大切なリボンをつける。

 

そうしていると、壁越しにコンコンとノック音が聞こえてくる。

振り向いて見てみると見知った彼の姿がそこにあった。

 

「おはよう東郷。迎えにきたよ」

「…うん、おはよう祐樹くん。いつもありがとう」

 

自然と彼を見つけると頰が緩んでしまう。今や友奈ちゃんと祐樹くんは両親公認で自由に出入りできるような、そんな間柄にまでなっている。

 

「友奈はー…ってまだ寝てるか」

「そうね。いつものように起こしに行かないといけないわ」

「なんか楽しそうだな」

「ふふ、中々起こし甲斐があるわ。友奈ちゃんの寝顔は可愛いのよ」

「へぇ…気になるけどまぁ、僕は流石に女の子の寝顔を覗き込むのは失礼だからやめておく」

「祐樹くんもお寝坊さんだったら私が起こしてあげるのに」

「…なら、もし寝坊したらお願いするよ」

「了解しましたっ!」

 

ピシッと敬礼して答えると、二人して笑いあった。

車椅子を引いてもらって私と祐樹くんは友奈ちゃんの自宅に向かう。

とはいっても家は隣なので距離は無いに等しいが。

 

「そういえばさ」

 

自宅前で祐樹くんは思い出したかのように私の方に向きながら口にする。

 

「このリボン……とても似合ってるね」

 

祐樹くんは目を細めながら私のリボンに触れる。

言われて一瞬キョトンとするが、すぐに何か暖かいものが胸の内に満たされた。

私が目覚めて唯一手にしていたリボン。それを褒められた嬉しさ故かはたまた彼だからかは分からないがとにかく嬉しく思った。

 

「うん、ありがとう。その…嬉しいわ」

 

だからこそ感謝の気持ちを言葉にする。祐樹くんの手に触れながら私は彼を見つめる。

祐樹くんも小さく笑みを浮かばせて頷いてみせた。

二つの手が指先から小さく絡まる。意外と大きく感じるその手の感触に私の鼓動はいくらか早まる。

時間にして一分にも満たないそのやり取りをして、その手はどちらが言うこともなく離れた。

 

「じゃあ、行こうか」

「…ええ」

 

自宅にお邪魔して友奈ちゃんのご両親に挨拶をする。

祐樹くんはそのままリビングに向かっていき、私は友奈ちゃんの部屋に向かう。変わらないいつもの日常だ。

 

「…友奈ちゃん。朝だよ」

 

部屋に入る。私の家もそうだが友奈ちゃんの家も全体的に広々としているので車椅子の私でも不自由なく移動ができた。

ベットで寝る彼女の身体を揺すり起床を促す。

 

んん、と小さく声を漏らし身じろぎする。

すると薄くその瞼が見開かれた。

 

「んー…とうごうさんだぁ。おはよー」

「おはよう。早くおきないと遅刻しちゃうわよ」

「はーい…」

 

寝ぼけ眼のまま起き上がり、ふらふらと着替え始めた。

手伝ってあげたいところだが、車椅子だとかなりやり辛い。なのでここは見守るとしよう。

 

「東郷さん」

「何かしら友奈ちゃん?」

「なにかいいことでもあったのかな? すごく嬉しそうな顔してる!」

「…えっ? そ、そうかしら」

 

ペタペタと自分の頰に触れる。どうやら先ほどの溢れる感情がまだ治っていないらしく口元が緩んでいるのを自覚する。

 

友奈ちゃんはそんな私を見て同じくらい嬉しそうに笑顔になった。

 

「えへへ~♪ 祐くんでしょ?」

「……友奈ちゃんは分かっちゃうのね」

「もっちろん! 東郷さんは祐くんとお話しするときいつもそんな顔してるから」

 

どうやら彼女にはお見通しらしい。それでもなんとなく気恥ずかしいので私は笑ってごまかした。

 

 

 

 

 

 

「いやーそれにしても目覚ましとかで起きれないなぁ」

「いいのよ友奈ちゃん、これも私のお役目だもの。毎日きちんと起こしてあげるわ」

「ありがとう東郷さんっ♪」

「相変わらず仲の良いことで……てか、友奈キミはそれでいいのか」

「ふぇ? うんっ!」

 

車椅子を友奈ちゃんに任せて三人で通学路を進んでいく。

私の横では祐樹くんが何やら呆れ顔のような感じで私たちを見てくる。

何かおかしいことでもあったのだろうか。友奈ちゃんと顔を見合わせるがついぞ答えは導き出すことはできなかった。

 

「あー…そういえば、二人とも部活はどうするんだ? 勇者部、だっけ」

 

祐樹くんが昨日のことを思い出したように言ってくる。

勇者部。先輩である犬吠埼風から廊下を移動している時に勧誘された部活の名称だ。

友奈ちゃんは先輩の熱弁に心を打たれたようで乗り気なようだが、私は少しだけ引っかかりを覚えていた。

 

それが何なのかは分からない。

けれど友奈ちゃんが入部するという話ならば、私ももちろん入部する所存である。

そのことを彼に告げるとまた苦笑を浮かべていた。

 

────むぅ、そんな顔しなくてもいいのに。

 

「まぁ入部するのは僕じゃないから何とも言えないけど…無理はするなよ。特に東郷、暴走しすぎないように」

 

困り顔をしつつも、祐樹くんは私の手にそっと自分の手を添えてくる。

その時に少しばかり胸が高鳴る。不意にやられるとどうにも内心落ち着かなくなる。嫌だという意味ではないのだが。

 

「そんな言い方しなくても暴走なんてしないわ」

「くく、どうだか……友奈、東郷をよろしくね」

「まっかせてーっ! 東郷さんに何かあってもわたしが守るから!」

「もう! 友奈ちゃんまで!」

 

三人で顔を合わせて笑い合う。

 

「じゃあ、僕はここで。二人とも気をつけてね。東郷、お弁当……いつもありがとう」

「ううん。お口に合えば良いけど」

「いつもお昼が楽しみなんだ。僕は東郷の作るものは全部大好きだよ」

「っ! あ、ありがとう…行ってらっしゃい」

「うん。行ってきます」

 

彼の言葉に頰が熱くなるのが分かる。私は紛らわすためにも小さく手を振って見送った。

彼は学校が別なので途中でこうして別れることになるのだが、できればまだまだ一緒に居たいのが本音である。

背後にいる友奈ちゃんも手を振って祐樹くんを見送ると徐に顔をこちらに近づけてニッコリと微笑んだ。

 

「良かったね東郷さん!」

 

一言彼女はそう言う。何が、と訊くのも恥ずかしいので私は頷いて答えることにした。

 

私たちも学校に向かう。

そしてその日のうちに、私と友奈ちゃんは風先輩のもとに赴き『勇者部』に入部することになる。

 

当初は大層な名前の割には活動はいたってシンプルだなぁという感想を抱いたが、祐樹くんたちと過ごす時間とはまた違った充足感がこの部にはあった。

 

そこで間もなくしてとある出来事に巻き込まれることになる。

それぞれの想いや葛藤はあったけれど、それはまた別のお話だ。

 

 

 

 

 

室内は静寂に満ちている。

時折本のページをめくる音が聴こえてくるが、それも含めて落ち着いた時間が流れていた。

 

「突然だが出かけたいと思います」

開口一番に祐樹くんはそう言った。場所は私の部屋での出来事だ。

本を読んでいたところで急にどうしたんだと目を丸くする私だったが、彼は話を続けていく。

 

「いや、まぁ本をこうやって一緒に読んでいるのも悪くないけど一緒に出掛けたいなーと思って……どうかな?」

「ど、どうって……別にいいけど」

 

確かに窓から見える空色は快晴だ。外に出れば気持ちがいいだろう。

本を読んでいる以外は特にやることはなかったので断る理由のない私は頷く。

 

「友奈ちゃんは?」

「今日は両親と出かけるってさー。だから僕と東郷の二人で行きます」

「なるほど……ん?」

 

ちょっと待ってほしい。二人で出かけるということはこれはもしやアレなのではないだろうか。

意識してしまうともうそれしか考えられなくなる。内心あたふたしているのを知ってか知らずか、祐樹くんは背後で支度を始めていた。

 

「この頃東郷は勇者部の活動で大変そうだから……ここで一つ気晴らしにと思ってさ」

 

彼の言葉に少しばかり驚く。

勇者部に所属してから短い期間で様々な出来事があった。

 

そのことに関してはまだ彼には話をしていない。

黙っているのは申し訳ないが、余計な心配をさせないようにと思ってのこと。

 

「祐樹くん…」

 

 

彼の背中を見る。

彼はもしやこちらの事情を知っているのではないかと考える時がある。

祐樹くんは時間が出来れば私のもとに来てくれるし、何かと私の行動を気にかけてくれている。

 

何度かそのことについて訊ねたことがあるが、これはなぜかいつも言葉を濁されてしまう。

その時の顔は決まって寂しそうな表情を浮かべて。

 

恐らく他の人がその様子を見ても普通の表情と見分けがつかないレベルだが、私には分かってしまう。

悲しいが、同時に悪意を持って隠している……なんてことはないことは理解できた。だからそれ以上は踏み込めないでいる。

いつか彼は教えてくれるのだろうか。

 

「さて、大まかな支度は済ませたし。東郷の母親に出掛けることを伝えてくるよ」

「ええ。私もすぐに支度するわ」

「了解。じゃあ抱えるよ」

「うん♪」

 

手を前に出し私の身体はふわりと抱きかかえられる。

別名をお姫様抱っこ。今もなお恥ずかしさは残るが、彼を近くに感じられるから好きだ。

両手を彼の首にまわして体勢が崩れないようにするのもお約束。あと少しでお互いの顔が間近に迫るほどのこの距離がドキドキする。

 

祐樹くんは慣れた動作で私を車椅子に乗せると、手を振って部屋を後にした。

彼に触れた感触、彼の匂い。それらの温もりがまだ残っている。とても心地が良い。

 

祐樹くんを待たせるわけにはいかないので準備を急いだ。

終わるころにリビングに向かうと祐樹くんと母は仲良く談笑をしている。

 

「祐樹くん、お待たせ」

「ああ。じゃあ行こうか」

 

母と挨拶を交わし私たちは家を後にする。

 

「そういえばどこに行くの?」

「んー、イネスにしようかなと」

 

道中を歩きながら行き先を訊ねるとどうやらそこでジェラートを食べたいらしい。

何か買いたいものがあるのかと思っていたから、私は小さく笑ってしまった。

 

「む、なんかバカにされてる気がする」

「ううん。そんなことないよ……ちょっと可愛いなぁと思っちゃって…ふふっ」

「いいじゃんかー。東郷だって好きでしょジェラート」

 

膨れっ面を浮かべて祐樹くんはそっぽむいた。それすらも愛おしく思えてしまうほど私は彼を────。

 

「ん〜! しっかし風も気持ちよくて天気がいいなぁ」

 

歩みを止め、海岸沿いで私たちは海を眺める。

確かに頰を撫でるこの風は気持ちがいい。

視線を彼に移すと、遠くを──正確には倒壊したとある橋を眺めていた。

 

つられて私もその橋を見つめる。

 

「瀬戸の大橋がどうかしたの?」

「…いや、なんというか。僕の知らないところで戦っている人がいるんだなぁと思って」

「…………、」

 

それは、と口にしようとしたけど叶わなかった。

私は勇者部に所属して、その本来のお役目も知った上でこうして今を過ごしている。

彼のような一般人を含め、自分たちの世界を守るために。

 

あの橋はそんな私たちと同じ志をもった彼女たちの戦いの名残。

少しばかり胸が苦しくなるが、これは感傷に浸ってしまっているからだろうか。

 

「よし。じゃあ行こう!」

 

手を叩いて祐樹くんは私の車椅子を動かす。

その後はまっすぐイネスへと向かう。

 

休日もあってかイネスはそれなりの人混みであった。

流石にジェラートのみだと味気ないので、他の店も見ることにする。

いつもこうやって出かけると隣には友奈ちゃんも居たのだが今日は二人きり。それだけでもなんだかいつもと違った景色にみえてくる。

 

「何かいいもの見つかった東郷?」

「ええ。探していた本が運よく見つかったわ! 祐樹くんはどうだったの? 姿が見えなかったけど」

「うん。僕もほらバッチリ!」

 

紙袋をみせてニッコリと笑う。

どうやらお互いに欲しいものが見つかったようで安心した。

 

「何を買ったの?」

「えー……内緒!」

「むぅ。いじわる」

「それよりご飯食べに行こう! いつもお弁当とか作ってもらっちゃってるから奢るよ」

「わわ……ちょっと危ないわよもう」

 

はぐらかされるように車椅子を押される。むっとする私に謝りながら何を食べるのか探し始めた。

 

「結構飲食店増えたよねー。和食でも食べにいく?」

「祐樹くんが食べたいものでいいわよ」

「じゃあ和食にしよう。あそことか」

「ふふっ。じゃああそこにしましょう」

 

私のことを考えて選んでくれたのかそれだけでも嬉しく思う。

店内に入って席に案内される。

普段はよくうどんを食べに『かめや』に行くことが多いためか、こういったところに入るのは新鮮味を覚えた。

 

「ああほら祐樹くん、口元汚れちゃってるわよ」

「んぐ……たはは。恥ずかしいな」

 

口元を拭ってあげると気恥ずかしそうに祐樹くんは笑った。

いつもは年齢に比べては大人っぽいところがあるけれど、こうしてたまに見せる子供のような仕草に保護欲のようなものがくすぐられる。

いつだか風先輩が言っていたこれがギャップ……なんちゃらというものなのかもしれない。

 

「ご馳走様でした」

「──東郷は相変わらずキレイに食べるよねー。魚の骨とか」

「色々とやっているうちに勝手に身についていくものよ。祐樹くんだってちゃんと綺麗に食べてるじゃない」

「……誰かさまにたくさーん指導してくれたおかげだけどね」

「あら? そうだったかしら」

 

いつだか友奈ちゃんと一緒に教えたことがあったけれどそんなに厳しくしただろうか。

確かに指導に熱が入って二人が引き気味になってたような気もするけど、おかげで二人の所作はかなりの出来になっていた。

 

「ふう……デザートにジェラート食べられる?」

「私は大丈夫よ。むしろ祐樹くんのメインはそこだったでしょ」

「だったね」

 

店を後にして私たちはジェラートの売り場に行く。

私は小豆味を注文し、祐樹くんはしょうゆ味を頼んでいた。

 

「しょうゆ味って美味しいのかしら?」

「僕も最初はどうかなって思ってたけど、知り合いが食べてたの見て食べてみたら思いのほかハマっちゃったんだよ」

「変わった知り合いね」

「あはは……まぁそうだね」

 

私の言葉に苦笑を浮かべているがなぜなのかは分からなかった。

 

「一口食べてみる? ほら、あーん」

「ふぇ!? あ、う……あ、あーん」

 

いきなりスプーンを差し出されてたじろいでしまう。

顔が赤くなりながら口に入れると、これはまた不思議な味が口内に広がる。

 

「どう?」

「んー…祐樹くんの言う通り癖になるようなないような…」

「不味くはないでしょ? あむ」

 

一口食べる。その様子を横目に私は更に顔が熱くなる。

さり気なく彼はやっていたがこれは紛れもない間接キスだ。

彼は気にしないのだろうか。だとしたら私だけあたふたしてズルい。

 

「…お? 東郷口元についてるよ」

「え? 嘘……どこに」

「待ってて、今拭くものを」

 

いつのまにか食べ終わっていた彼はガサゴソと紙袋を漁り始めた。

 

「あった。じゃあ僕が拭いてあげるから目を閉じて」

「わ、悪いわよ」

「両手塞がってるでしょキミ。ほら、早く!」

「え、ええ…」

 

確かに両手は塞がっていたが、スプーンをジェラートに挿せばいい話なのに勢いに押されて従わざるおえなかった。

目を閉じて待つ。だがいつまで待っても口元を拭いてもらえないことに疑問を覚えた私は薄く目を開けてみることにした。

 

するとそこで映ったのは間近に迫っていた祐樹くんの顔だった。

 

(な、ななななんでッ!? ゆ、祐樹くんの顔ちか……)

 

幸い気づかれていないがどうしたらいいのか分からない私は、先ほどよりもギュッと目を閉じるしかできなかった。

というよりこのままいけば、シてしまうのではないかなんて考えてしまう。

確かに彼は好きか嫌いかで問われれば好きの部類だが、こんな往来の中でそのような行為をしてしまっていいのだろうか。

 

(でも……ゆ、祐樹くんになら私は)

 

恥ずかしいが、とても恥ずかしいのだが、受け入れてしまう自分がそこにあるわけで…。

それは紛れもなく、この気持ちはそういうことなのだ。

 

だがしかし、いつまでもその時は来なかった。

再び目を開けると、少しだけ意地悪な顔をした彼の姿がそこにあった。

 

「ごめん、やっぱりついてなかったみたい。でも東郷、そんな顔されちゃうとなんだかこっちも緊張しちゃうよ」

「……え? はっ!?」

 

クスクスと笑う彼を見て、私はからかわれたことに気がつく。

 

「むー! 祐樹くん酷いわ!」

「ああいやごめん…からかうためにしたんじゃないんだ。ソレ、よく似合ってるよ」

「なにを言って……ってこれ、は?」

 

首元に何かが触れた。

手に取ってみる。

 

「銀の……ネックレス?」

「僕からのプレゼント。お守りにって感じかな。東郷はたまに周囲が見えなくなっちゃう時があるから、それを見て僕のことでも思い出してくれればいい」

「祐樹くん……」

「あーその…僕はたぶん東郷のしていることに力になれないと思う。でもだからって何もしないなんて嫌だし、気休め程度にでもなればいいかなーなんて」

「そんなこと……ないよ」

「東郷?」

 

指先に触れるアンティーク調の銀のネックレスを眺める。

ああ、この人には本当に助けてもらってばかりだ。

 

「祐樹くんは最初からずっと私のことを気にかけてくれて……」

 

目覚めたばかりの頃から不安な私の隣にずっといてくれた。

私の進む道の前に立ってくれていた。

 

きっとそれは私が記憶を失う前からずっとしてくれていたに違いない。

だから私のこの胸の奥にある『熱』は、恐らく以前の私(、、、、)も同じものを抱いていたはずだ。

 

────暖かくて、嬉しくて、幸せな気持ち。

 

前の私はキチンと気持ちを伝えることができたのだろうか。

 

 

「私は祐樹くんのことが──っ!?」

「────このアラーム音」

 

思い切って気持ちを伝えようとした矢先に私の端末が音を鳴らした。

その意味を知るのは、この場では私だけ。

 

────なんて、タイミングの悪い。

 

思いを告げようとした口は閉ざされ、私は無言のまま端末の画面をみつめる。

その画面には『樹海化警報』と表示されていた。

 

祐樹くんが私の端末の画面をのぞき込む。

一瞬驚いた表情を浮かべていた気がする。けれどすぐにいつもの調子に戻ると、私の頭を優しく撫でてきた。

 

「──行くんだな?」

「…うん」

「わかった。なら夕飯までには戻ってこい! 一緒に食べよう」

「…………。」

「ちゃんと待ってるから。どうか気を付けて────」

 

最後まで言い切る前に彼の言葉は途切れる。

視線を移すと彼は止まっていた。正確には私以外のすべての時間が停止していた。

 

まもなく樹海化が始まり、この場は戦場と化すだろう。

私は彼の頬に手を添えるとゆっくりと顔を近づけてその距離をゼロにした。

 

数秒にも満たない時間。

 

ずるいことをしてしまったなぁ、と心の中で自虐しながら彼から離れる。

また場を設けて改めて彼にこの気持ちを伝えよう。そのためにもお役目を果たさないといけない。

広がりゆく光に包まれながら私はそう決意する。

 

そして世界が変わった。

見慣れてきたその光景に、私は彼からもらったネックレスを握りしめる。

 

 

 

 

「行ってきます。祐樹くん」

 

 

 

 

さぁ、行こう。

私のこの二度目の恋を成就させるために────。

 

 

 

 

 

 

 




かくして東郷美森は強き決意を胸に戦場に立つ────。


後味を残す感じで彼女の話を書いてみました。
本筋の通り記憶を失い、不安に圧し潰れそうになったが彼女の過去を知る彼が側に居たというIFストーリー。


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