勇者たちをイチャイチャさせたい!   作:紅氷(しょうが味)

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いつも僕は送り出すだけ。
その隣に立って一緒に戦いたいと願うのはいけないのだろうか。

……いや、願うだけではダメなのだと痛感させられた。

そのことを理解するころには既に僕の手にはなにも残っていやしなかった。


乃木園子の章
story1『私の側にいて』


『じゃあ、行ってくるよ~』

 

その時の姿を覚えている。

おっとりとしたいつもと変わらない調子で行ってきますと口にした彼女。

 

『……お役目を果たしてきます』

 

もう一人は一番真面目な子。いや、前の一人が真面目じゃないわけではないのだが、僕の抱く彼女の人物像がそうなのだ。

何か意味ありげな視線を僕に送るとそのまま背中を向けてしまった。

 

 

そうして彼女たち────『勇者』である女の子たちは戦場に赴いていく。

いつも僕は帰りを待つばかりだ。それも仕方ないと思うしかない。僕にはこの戦いに赴く適正がないのだから。

しかし毎度戦場から帰還を果たした彼女たちの姿を見るのはとても心が痛んだ。

生傷の絶えないその肌身。疲れ疲弊した肉体と精神。

そして何より、友を失った心の痛み。

 

────何度僕が代わってやれたらと思ったことか。

 

でも、それでも二人は最後に笑顔を浮かべて僕のところに帰ってきていた。

その時の姿がとても眩しくて、僕よりも年下なのにこんな顔を出来るその子たちをすごく尊敬していた。

 

今回もきっとそんな感じで戻ってきてくれる。

そう思っていたのに、

 

 

 

 

 

……誰も戻ってくることはなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

とある病院の診察室。

僕は医者の言葉を聞いてやっぱりと半ば理解していたようにうな垂れた。

 

「入院ですか……」

 

医者からの診断でそうなってしまった。

足にはギプスが巻かれている。

ある日の帰り道に、ちょっとしたトラブルに巻き込まれてしまったおかげでこの有様だ。

先生が言うには、足の調子をちゃんと検査したいとのことでしばらくの検査入院を勧めてきた。

自分としてもいち早く治したい一心だったのでこれを承諾し、両親に事情を説明して了承を得る。

 

「しかしボランティア活動もほどほどにね。君自身の身体のことも気にかけてあげないと」

「……はい」

 

 諸々の手続きを済ませて病室に案内される。

 怪我といっても足首周りなので松葉杖での歩行は可能だった。

 

「──ふぅ」

 

 一息付けるためにもベットに横たわる。

 天井を見つめてぼうっと眺め続ける。よかれと思って誰かの手助けをしたためにこの体たらくだ。

 

(彼女たちみたいにはいかないなぁ……)

 

 あの日から二年余り。僕は未だこの燻る思いを持て余していた。

 

「飲み物買いに行こ」

 

 あの日、あの時に交わした言葉。それっきり彼女たちとは会うことがなくなってしまった。

 とある伝手をたどって彼女たちが生きていることだけは知ることができたのは幸いか……。

 

慣れない杖に気をつけながら歩いていく。

途中ですれ違う患者たちに軽く会釈すると共に過去の彼女たちの姿を重ねてしまう。

 

『やはー、ゆっきー! ただいま~』

 

至る所に包帯や湿布を貼っている少女の顔を思い出す。

いつも調子を崩さずニコニコと笑みを浮かべながら場の空気を和ます女の子。

 

彼女の笑顔を見るのは好きだった。

だが、そんな彼女は僕の近くにはいない。

まぁどこかで元気にやってくれていればそれでいい。

自販機に到着し、小銭を入れてどれにしようかと指を動かす。

 

「……これでいいか」

 

ガコン、と取り出し口に飲み物が落とされる。

足の怪我のせいで取り出しにくかったが手にとってそのラベルを眺める。

 

ラベルには『おしるこ』と表記されていた。

プルタブを開け、半分ほどを喉に流し込む。

 

「甘い……ん?」

 

わずかに耳が音を拾う。

奥の一室から聴こえるそれは誰かの歌声だった。

 

つられて僕は歩を進めていく。その歌声はとても心地よく耳に届いた。病室の扉は開かれている。

不躾に僕はノックも忘れてその中を覗き込むように入っていく。

 

────だってこの声には聴き覚えがあるのだから。

 

 

「~~♪」

 

夕日に照らされた光に一瞬目が眩むが、そんなことも忘れてしまうほどに僕はその姿に目を奪われた。

 

病室には一つのベットが置かれていて、そこに一人の少女が居た。

その身なりは全身をほぼ覆い隠すほどに包帯が巻かれていて、わずかに見えるのは片目と口元だけの女の子。

杖をつきながら歩み寄る。

 

「──歌、結構うまかったんだな」

「……ん? おぉ~。珍しいお客さんだぁ……さっき外で歌ってた女の子がいてなんとなく私も歌ってみたんよ」

「女の子?」

「そー、あの子は将来有名になるねぇ。私が保証するから間違いない」

「へ、へぇ……そうなんだ」

 

やっぱりそうだ、と。

僕はこの少女を知っている。

少女も僕のことを知っている。まさかこうも呆気なく再会を果たしてしまうなどと誰も想像もしていなかった。

 

たまらず目頭が熱くなってしまうが、グッと堪えて元の調子を維持する。

 

「久しぶりだね。…園子、会いたかった」

「うん、おひさだね。ゆっきー…私も会いたかった」

 

あの頃と変わらない声色で、園子は口角を釣り上げてそう言ってくれた。

 

 

 

 

 

 

再会を喜ぶ。

それはもちろんなのだが手放しに喜べるかと言われればそうはいかない。

近くにあった丸椅子に腰掛ける。

お互いしばし無言で見つめ合う。二年前より少しだけ大人びた彼女の様子に僕は嬉しく思っていた。聞かされていただけで実際に目にするのとは全然違う。本当に生きていてくれてよかった。

 

そんな僕の様子を察したのか、困ったように彼女は笑ってみせた。

 

「あははー。ごめんね勝手に居なくなっちゃって…心配かけちゃったよね」

「本当だよ……ところでその、それは怪我なのか?」

「うーん…なんて言ったらいいのやらー」

 

訊ねてよかったものかと思ったが、多少の事情を知っている僕には聞かないなんて選択肢はなかった。

園子はどうしたものかとうんうん唸りながら考えている。僕が思っている以上に事態は深刻なのかもしれない。

姿の見えないもう一人のことも気にかかる。

 

「んー、説明するとー…ドンっ! と咲いてパァって散っちゃった感じかなぁ?」

「──はい?」

「だからー。どーん、ばーんって感じでー」

「待っ──! ちょっとタンマ!」

 

ああ、この感じは紛れもないあの園子だ。

不覚にも懐かしみを得ながら、この説明をどうにか飲み込むしかない。

考えてみる。

 

「…つまり。必殺技を使ったら反動でこうなったと?」

「おー。さすがゆっきーだねぇ…うん、正解」

 

必殺技。それがなんなのか見当もつかないが、この状態から察するによくないものだとわかる。

だけど今日、今この時を生きられるのは紛れもなく目の前の少女たちのお陰なのだろうということが事実として突きつけられる。

 

「手、握っていいか?」

「──うん。あ、でも動かせないからお好きにどうぞー」

 

力なく置かれているその手を優しく握る。

白く淑やかな女の子の手は確かに病人のそれとは違うと見て取れる。

両手で彼女の指を一つ一つ確かめるように触れていく。

冷たいわけではない。

それなのになぜ動かすことができないのか……残念ながら僕には理解ができなかった。

 

「ゆっきーの温もりが感じられなくてざんねんだよ」

「頑張ったな園子」

「うんー。私がんばったんよ~」

「…ありがとう園子。キミたちのおかげでみんなが──僕も今日を生きられてるよ」

「…感謝されることでもないよー。当たり前のことをしたまでだから」

「……おかえりなさい、園子」

「………………ただ、いま。ゆっきー」

 

瞳から一筋の涙が溢れた。その涙にはどれほどの想いが込められているのだろう。

 その涙を僕は拭ってあげる。その間にも手は握り続けて…。

 

彼女は精一杯頑張った。誰に褒められることもなく、そのお役目を果たしたのだ。

溢れて止まらないものを僕は全て受け止める。

今はそれぐらいしかしてあげられないから。

 

「…ありがとーゆっきー。もう大丈夫だよ」

「──なぁ園子」

「なぁにー?」

「今度は僕が園子を支えるよ。だから僕を頼ってほしいんだ。ダメかな?」

「……あはは。今日は久々に嬉しい日だなぁ…いいの? 私こう見えて結構ワガママなんよ?」

「知ってる。だからいくらでも付き合うよ」

「…じゃあ、今ゆっきーが飲んでるそれ」

「…おしるこ?」

「そーそー。それ私も飲みたい」

「え? なら新しいもの買ってくるけど……」

 

最初のお願い、なのだろうか。僕は杖を手に取り立ち上がって自販機に買いに行こうとすると、園子は首を横に振った。

 

「んー。ゆっきーのがいい」

「…飲みかけだぞ? というかそもそも飲んで平気なのか?」

「それがいいんだよ~。うん、身体はこんなだけど健康状態はいいんよ。でも一人じゃ飲めないからゆっきーが手伝ってくれると嬉しいな」

「キミが言うなら…じゃあちょっと失礼するよ」

 

再び丸椅子に腰掛けて近づき園子の背中をベットから持ち上げる。

華奢な体は力を込めたら壊れてしまいそうな、そんな儚い感触を感じ取りながらゆっくりと缶を園子の口元に近づけた。

 

「少しだけいくぞ?」

「うん」

 

恐る恐る、流しすぎないように慎重に缶を傾ける。

中身の液体がほんの少し口内にいくのを確認すると飲み口を離してあげる。

何とか飲ませてあげることに成功したのか、園子は目を伏せてまるで噛みしめるようにゆっくりと喉を動かしていく。

 

「…あは。ゆっきーの味がする」

「ンな味あるかい! ただのおしるこだ」

「ちゃうんよー。気持ちのもんだい~」

「そういうものか」

「もんよ。美味しいなぁ…もっともらってもいい?」

「…仰せのままに」

 

この後も時間をかけて半分近く残っていた中身を全て飲み干してしまった。口元をティッシュで拭いてあげて再びベットに背中を預けさせる。

 

「満足した?」

「久々にジャンクなものを飲んで大満足だよー。ありがと~ゆっきー」

「ジャンクて…まぁ、何よりだよ」

 

いつのまにか日も沈み、外は暗闇が広がっていた。

一度間をおいて僕は再び口を開く。

 

「一つ、聞いてもいいかな?」

「答えられることなら」

「──須美は、今どこにいるんだ?」

「…………、」

 

きっと僕がこの質問をすることはわかっていたはずだ。

けれどその口からすぐには回答がでてくることはなかった。

 

「…わっしーは。一足先に退院していったよ」

 

彼女が沈黙の果てに出した言葉。退院────それは園子の状態から彼女もまた怪我をしてしまっていたことは容易に察することができた。

 

「そっか…同じ病院だったんだ」

「ワケあって最後まで会えなかったけどね~。今は…うん、新しい生活を始めて過ごしてるんじゃないのかな」

 

寂しそうな声色で彼女は言う。

つまり彼女はいつからかずっと一人きりで今を過ごしているということだ。

ボロボロになって、友を失って、それでも挫けずに戦って。

考えれば考えるほど、涙が溢れそうになってくる。でもそれは信念を貫いてきた彼女たちに失礼だ。容易に涙を流すなど出来はしない。

 

そしてそれを聴いた僕のやるべきことは決まった。

 

 

『──失礼致します。乃木様』

 

決意を固めたところで、病室の入り口から面をした人間たちが数人入ってきた。

僕は何度か目にしたことのある、『大赦』の人間だ。

僕の座る反対側に回り込むと園子に何やら耳打ちし始める。残る人たちからは僕への視線を感じた。

少しだけ警戒していると、横にいる園子が小さく溜息を吐いていた。

 

「あーあ。せっかくの楽しい時間が…ゆっきーゴメンね。今日はここまでみたいなんだ」

「……なぁ園子、大丈夫なのかこの人たち」

 

『大赦』の人間とは多少の関わりはある。だけど僕の印象はそこまで良くはないのが現状だ。

 

「うん、この場は心配ないかなー……あ、閃いたぁ」

 

唐突に彼女はなにかを閃く。それがなんなのかは見当もつかないし、園子のそれは今に始まった事ではない。

 

「ゆっきー足は大丈夫なのかな?」

「え? あぁ、検査入院だからそこまでは……」

「じゃあ、まずは治してからだね~。また連絡するからねゆっきー」

「え? あ、ちょっと!?」

 

面の者たちに腕を掴まれる。まさか強制退室宣言されたのか。

 

「あ、そうそう──彼は私の大事な人なの。丁重に送ってあげてね。じゃないと、ね~?」

『……失礼致しました』

 

園子の一言に僕は解放される。今の一瞬でなにか園子の背後から黒いモノが見えた気がしたが気のせいか?

 

大赦の人間は態度をぐるりと変えて頭を下げ、道を開けてくれる。

驚きながらも園子の方へと視線を向けると笑みを浮かべていた。

 

(…なんだろう。あの状態の園子は逆らっちゃいけない気がする)

 

怒らせてはいけない人間がいる。少なからず彼女はその部類だ、とこの時確信した。

大人しくこの場は任せて出ていくことにする。

 

その後ろで微笑む人に見送られて。

 

 

 

 

 

 

 

振り返ればあっという間の数日間だった。

その間は彼女のいた病室に向かってみたのだが、驚くことにもぬけの殻。

当てのなくなった僕はどうすることもできず療養するほかなかった。

 

そしていざ退院の日、ことは起こった。

 

『お待ちしておりました。祐樹様、こちらへ』

 

病院の出口でまさかの出迎えである。

頰をヒクつかせ、まさかと彼女の顔が脳裏に浮かんだ。

有無を言わさず連行される形で車内に通される。

一体どこへ連れて行かれるのだろうか。

両脇を固められ、逃げられない状況。まぁ別にそのつもりはないので構わないが…。

車内で揺られて三十分ほど。見覚えのある風景を視界に捉えた。

 

瀬戸の大橋。

その手前に建設された施設に僕は案内される。

車を降りて次に徒歩での案内。園子の言う通りに丁重にもてなされている。もとより名家の生まれの彼女だが、その発言力というか、ある種の片鱗を見た気がした。

そうして到着した場所が、とある一室。

道中、面をした人達と何人もすれ違う。顔は見えないが奇異な視線をひしひしと感じ取った。

 

先行していた人が先に室内に入り、すぐに戻ってくると僕はそこへ通された。

入室する。この前の病室とは違い、壁には見たことない装飾が施されている。そんな部屋の奥にベットが一つ、その上に見知った彼女の姿とともに鎮座していた。

 

祀られている────そんな感想を始めに抱いてしまうほどにこの場は異質さを秘めていた。

 

「二、三日ぶりだねーゆっきー」

「そうだね。急にあの病院からいなくなってたから驚いたよ」

「ごめんねー。色々とやることがあって~」

 

驚かされることばかりだが、彼女のすることに至っては日常茶飯事な気もするのでそこまで慌てふためくことはなかった。

 

園子は側近で待機している人間たちに目配せをすると、その者たちを部屋から退室させていく。

 

「いいの下がらせちゃって?」

「四六時中監視されるのは疲れちゃうし、せっかくの二人きりだもん。邪魔されたくないんよー」

 

二人きり、という単語に一々反応してしまう自分は愚かだろうか。

 

「で、えっと…こうしてお呼ばれしたわけだけど」

「うん。ゆっきーに改めてお願いがあって呼んだんだけど…んー」

 

少々歯切れの悪い口ぶりだった。僕はその様子を見て彼女の横に座り、この前の同様にそっと手を握った。

 

「遠慮しないで言って欲しい。僕は可能な限りキミの要望には答えていくつもりだよ」

「…いいの?」

「うん」

「じゃあ、ゆっきー…あのね、私の側にずっと居て欲しいんだー」

 

気恥ずかしそうに彼女はそう言った。

この言葉が園子の本音の一つならば僕は迷わず頷いてみせる。

 

「ほんと? 良かったぁ。ゆっきーが居てくれるだけでもすごく安心……じゃあそこにあるものを取ってくれる?」

「これ? …大赦の面みたいだけど」

「それゆっきーの」

「……ああ僕のね──んんっ!?」

 

 流れで納得しかけるが、彼女の言葉に耳を疑った。

 

「なにゆえ!? 僕は大赦に入る気は……」

「ううん違うよ。私の立場上だとちょっと納得がいかない人もいるからそのためのものかな~。衣装もあるから後でもらっておいてー」

「そ、そうなのか? まあ要望に答えるって言ったしな僕は……どう、似合う?」

「それしちゃうとみんな一緒だねぇ」

「だよね」

 

 面で顔を半分隠しながら僕は笑う。園子も共に笑ってくれた。

 

『──失礼いたします』

 

 背後から声が聞こえたので驚いて僕は咄嗟に面を被ってしまった。

 

お、意外と視界は阻害されない造りだ。

 

園子は少しだけムッとした顔をしている。会話の途中で入られたからか。

 

『ご用意ができましたのでお持ちしました。いかが致しましょう』

「…彼に渡してください」

『こちらを』

『ど、どうも』

 

何やらトレイを手渡される。というよりこれは……。

お辞儀をしてから退室する人を見送りながら僕は園子の元にソレを運んでいく。

 

「…食事の時間だったのか」

「この時間はそうなんよー。ゆっきー食べさせてくれるかな?」

「なるほどね。もちろん」

 

一緒にいるということは、こういうこともするというわけだ。

もちろん拒否する理由なんてない。

 

「本当は腕に通ってる栄養剤でも事足りるんだけど、ゆっきーが食べさせてくれるならそっちがいいんよ」

「ならキチンと食べさせないとな…じゃあさっそく」

「あーん」

 

小さな口を開けて待っている園子に、細かく切った食事をスプーンに乗せてそこに運ぶ。

口に含んだ彼女はゆっくりと咀嚼し始める。しかしその顔は微妙な感じらしい。

 

「…うーん。わっしーの手料理が恋しいなぁ」

「はは。須美の料理は美味しいもんなー…はい」

「あーん……ゆっきーの料理も食べたいなぁ」

「僕の? 須美に比べたら僕のはイマイチだと思うけど」

 

いわゆる男飯なるものしか作れない。

こういう時に備えて須美にでも指南してもらえばよかったと思う。

 

「えー、私は同じぐらい好きだよ。わっしーもミノさんも喜んで食べてたし」

「そうか…嬉しいな」

 

思い出に耽りながら園子は言う。

確かに四人でそんなことをしたこともあった。客観的に振り返ればほんの数年前の出来事なのに、僕からしてみれば遠い遠い出来事のように感じる。

何もかもが元通りとはいかないが、またみんなで集まってワイワイできる日は来るのだろうか。

 

────いや、出来ると信じよう。最初から諦めてたら意味がない。

 

半分ほど食べてきたところで園子の食のペースが落ちる。

 

「もうお腹いっぱいかな?」

「そうだねー。食が細くなっちゃったかなぁ」

「あんまり無理しないでな。僕は君にこれ以上何かあったら気が気でないからさ」

「…うれしー。ゆっきー大好き」

「うん。褒め言葉としてもらっておくよ」

「えー、そこは『僕も愛してるぜ!』って言うところだよー」

「…それは、恥ずい」

 

からかわれているのだろうか。本当はそのセリフをすぐに口にできるのが一番いいのだろうが、どうにも気恥ずかしさが勝ってしまう。

逸らしてしまった視線を再び戻すと園子とぶつかる。どこか物欲しげな雰囲気を漂わせて。

 

「あ……えーと。その…あ、愛してるよ園子」

「…………、」

「…なにか、言ってくれないと恥ずかしいんだけど? おーい?」

 

こちらを見ているはずの彼女の反応がない。手を振ってみるがそれでも無反応のまま。

 感覚としては『ぽわぁ』って表情をしていた。

どうしたものかと、頰を突いてみる。

 

「……はっ!」

「お、正気に戻ったか。急に無反応になられると困るぞ」

「えへ~ごめんよー。ゆっきーがぁ……うへへー♪」

「ぼ、僕がなにさ…てか、すげー笑顔」

 

本人そっちのけで、本日一の笑顔が見られた。

 

 

 

 

 

 

一日、また一日と僕はここへ足を運ぶ。

家には寝に帰るだけで基本的には園子のいる一室に行くことにしている。そのうち寝泊まりもそう遠くはない気がした。

学校にはなぜか話が通っていて、扱い的には休学になっているらしい。家族にも連絡済みで了承も得ていた。

 

 その間の勉学はこれまた彼女の計らいなのか大赦の人間を教師に教えてもらっている。

その時は決まってどこかの講義室…ではなく、園子の部屋で行われていた。

テキストを広げている間、僕の横顔を見る彼女はどこか楽しげだ。

 

「見てて楽しいの?」

「うん。ゆっきーの色んな顔が見れて飽きないんよー」

「そういうものか…あいた!?」

『祐樹様。私語もほどほどに願います』

 

ぱしん、と頭を叩かれる。見上げてみると面をした教師役の方がそこにいた。声色は女性のようだが、どうにも何処かで聞いたことのある声な気がする。

園子曰く信頼できる人だというが果たして…。

 

「す、すみません」

『祐樹様は園子様の伴侶となるお方なのですから勉学も含めてそれなりの作法を身につけてもらわなければなりません。私は一切の妥協致しませんのであしからず』

「は、伴侶っ!?」

「も~気が早いよ安芸せんせー」

「え、あ、安芸先生っ!? やっぱり何処かで聞いた声だと思ったら何してるんですか!!?」

『はて、何のことでしょうか? それよりも手が止まってますよ祐樹様』

「痛いっ!?」

 

目に見えない速度で頭部に衝撃が駆け巡る。

この人わざとにやっているだろ! とツッコミたくなるが、同時にこうして再びこの人とも会えたという事実に嬉しく思う。

顔は見えないが、この人も元気そうでなによりだ。

 

『──祐樹様はお仕置きされて喜ぶ変態なのですね。汚らわしい』

「ゆっきーマゾっこ?」

「はっ!? いやいや、誤解にも程がありますって!」

『園子様。今すぐにでも追い出した方がよろしいかと思います』

「ちょ、ちょっと…!」

「ん~どうしようかねぇ」

「園子までっ!?」

 

やばい、よくわからないうちに立場が危うくなってしまっている。

あたふたと慌てふためく自分を見て二人は小さく笑い始めた。

 

「ふふ……ゆっきー慌てすぎだよぉ。心配しなくても大丈夫だよ~。安芸せんせーもその辺でー」

『そうですね────ふっ』

「ひ、酷いな二人とも!」

『…ともあれ、最初に言った言葉は事実でもあります。園子様のお付きとなるならば学ぶべきことはそれなりにありますので、気を引き締めていただかないといけません』

 

雰囲気が変わる。その言葉に僕は軽々しく頷いていけない圧のようなものを感じ取ったが、とうに僕の覚悟は決まっていた。

 

「覚悟はできてます。ご教授、よろしくお願いします」

『…いいでしょう』

「頑張れゆっきー!」

「おっし! 僕の根性をみせてやるっ!」

「……えへへ♪」

 

園子の声援に後押しされて僕は課題を一つ一つ消化していき、モノにしていく。失われていた時間を埋めるようにがむしゃらに挑んだ。

 少しでも彼女の力になれるように。

 

 時折、園子には二年間の僕のしてきたことをかいつまんで話をした。

 ボランティアという形で、困っている人の助けとなることをしてきた。うまくいったこともあれば失敗したこともあったことを。

 最初は真似事のような感じだったと思う。

 行いに見合った報酬も得られなかったと思う。

 

 でもそうした果てにまた園子と再会をすることができた。

 僕は身勝手ながら、その時に報われてしまったんだ。だから今度はもらった分を、今度は僕が与えられるように頑張っていこうと決意する。

 

 園子は優しい笑みを浮かべて話を聞いてくれた。

 

 

 

 

 

 

 

 月日を重ね、僕はどうにか園子のお付きとしての役割をこなせるようになってきた。

 流石に身体を清めるときは席を外すが、園子的にはいつでもウェルカムらしい。いや、それは流石に恥ずい。

 

 そんな僕は今日、大赦での装いをして彼女の部屋に赴いている。

 部屋の外では他の大赦の人間が忙しなく働いていた。

 

「──支度はそろそろ終わるよ。園子も準備は大丈夫か?」

 

 確認をする傍らで、目の前の少女はいつものほんわかした雰囲気を内にしまい『乃木園子』としての顔を表に出していた。

 

「うん。わがまま言っちゃってごめんなさい」

「謝ることないよ。必要な人間だけ集めたから、キミのしたいように動けばいい」

「ありがとーゆっきー」

『…勇者たちか』

 

仮面を着けて園子の言っていたことを思い出す。

園子や須美たちがお役目として担っていた『勇者』としての役割。

動けなくなった園子たちの代わりに今を担っている少女に彼女はどうしても会いたいと言った。

 

ならその場を設けるのは僕の仕事だ。

 

恩師から学んでいる最中、大赦内で人を見極めてその人たちと良好な関係を築いていった。崇拝する者、それに異を唱える者。あるいは中立の立場の者。それらを区分するのにこれまでやってきた慈善活動がうまく作用してくれた。

 

御付きとしての立場を利用してそれらの人間を動かしていく。

とは言っても施設から逃げ出す…とかそういう類ではなく、ほんの少し場所を移動させるだけだ。

 

「でもびっくりしたよ。勇者に会いたいなんて言ったらすぐに場所を用意してくれるなんて」

『…園子の願いを叶えるのが僕の役目だからね。色々と遅れた分、一秒も無駄にできなかったよ。どうするつもりなの?』

「…今、勇者たちはバーテックスと戦っている最中なんだ。戦いが終わって帰還する際に指定したこの場所に転送されるように割り込ませるつもり」

『…承知した。その時は僕も席を外した方がいいかい?』

 

元、とはいえ同じ勇者同士つもる話もあるだろう。だが、彼女は首を横に振って答える。

 

「そばに居て欲しいな」

『分かった。キミのそばにいる』

「即答だねー。嬉しいな」

『まぁ、キミが離れてーって言っても離れるつもりはなかったけどね』

「……嬉しいなぁ。ねぇゆっきー、手握っていてもらってもいいかな?」

『もちろん。むしろ僕からお願いするよ』

「………ふふ」

 

移動を終えて他の人間たちをすぐに対応できる位置に待機させる。

いつものように側に寄って小さな手を握った。

 

こうして待っている間にも勇者たちは文字通り必死になって戦ってくれている。いつかはその少女たちも今の園子のようになってしまうのだろうか。

神は…いや、『神樹さま』はどのような考えでいるのだろうか。

 

(僕は…何もできないのか)

 

側にいることは出来ても、その原因を取り除くことは出来ない。

横にいる好きな女の子一人救えやしない。それがとても悔しかった。

 

時間も経過し、夕日が大橋を照らし始めた頃。

淡い光が辺りに瞬く。

 

どうやら、勇者たちが帰還を果たしたらしい。園子が対話を求めている二名がこの場に訪れる。

 

『…来たね』

「うん」

 

少女たちの困惑した声が聞こえる。それもそうだ、いつもと違う転送先に立っているのだから驚くのも当然のこと。

二人の少女の背が視界に捉える。

赤毛の女の子と、黒髪の車椅子に乗った女の子。

 

「──初めまして(、、、、、)だね。二人とも、会いたかったよ」

 

園子が声をかけて振り向かせる。そのうちの一人に対して僕は衝撃を受けた。

 

(須美っ!? そんな…なんで彼女がここにいるんだ)

 

二人はこちらに近づいてくる。園子と何やら会話をし始めるが、僕はその内容よりも車椅子に乗る少女を見て心底驚いた。

 

鷲尾須美。

探していた一人がこの場に現れた。

思わず会話途中の園子の方へと視線を動かすと、丁度彼女と目があった。

しかし、その訴えかけてくるその瞳には『そのままで居て』と言外に告げている。

お互いの自己紹介が始まる。一人は『結城友奈』と名乗り、須美の方も同じく名前を口にする。

 

「…東郷美森、です」

 

だが、その口から出た名前はまったくの別の名だった。

言葉を失う、とはこのことか。目の前にいる人物は須美に似た別人? いや、そんなことはない。見間違えることはない。

 

「東郷美森……そっかぁ~。よろしくねー」

 

園子はまるで知っていたかのように答えていた。

なぜ、そんな他人行儀で接しているのか。僕には目の前で起きている光景に理解が追いつかなかった。

 

会話は続いていく。そこで園子の口から知らされる『真実』に僕を含めて再び驚愕する。

 

 

「…満開による後遺症。私のこの身体はそのせいなんよ」

 

今まで聞かされていなかった真実。その後遺症は現状治る手立てがないこと。そしてどんな姿になろうとも死ぬことはないことを僕たちは知る。

 

なぜ、少女たちにこんな仕打ちを課せてしまうのだろう。

絶望の色に染まる二人の瞳。第三者の僕からしても衝撃的なのだ。当の本人たちにはどれほどの…。

 

「本当に、初めから言って欲しかった。言ってくれれば、もっと大切な友人とたくさん思い出を残すことができたのに…」

 

 園子の悲痛な思いが、願いが涙と共に零れていく。

 横で待機している僕が涙を拭こうとすると、それよりも先に……車椅子に乗った彼女が近寄り手を伸ばした。

 園子は少しだけ驚き、微笑を浮かべる。

 

「──ありがとう」

「…うん」

「そのリボン。とても似合ってるね」

「このリボンは目が覚めてからずっと手にしていたモノなの。大切なモノだって……ごめんなさい、私なにも思い出せなくて……っ!」

「ううん、仕方のないことなんだよ。うん……本当に仕方のないこと……なんだ」

「東郷さん……」

『園子』

 

 須美のそばに友奈が寄り添い、僕は園子の手を握った。

 ああよかった。全てが悪い方向にいっているわけではなかった。

 

(須美にはあの子がいる……ともに歩いて行ける仲間が)

 

 友奈といったか……あの子自身も辛いだろうに彼女のことを気にかけてくれている。

 支え合っていける人がいるのは心強いものだ。けれど、彼女には——園子には居ない。

 

(ごめん須美。再会したのがキミが先だったら……もしかしたら僕はそこにいたのかもしれない)

 

 もし、を求めていったらキリがない。僕は先に園子と再会を果たし、須美とはそうはならなかった。

 ただそれだけの話なのだ。我ながら酷い考えだと思う。

 僕はもう園子を手放したくない。この考えは変えられない。

 

 仮面の奥で僕は唇を噛む。悔しい、両方を救える人間になれたら、と思わずにはいられない。

 不意に僕は仮面越しに友奈と視線が合う。

 

『────。』

 

 なにかを口にすることはない。一瞬の交差。

 でもそれだけで、僕と彼女は何かが繋がった気がした。

 

「……時間をもらっちゃってごめんね。二人はちゃんと丁重にもとの場所に帰してあげるから」

『──こちらに』

 

 園子の言葉に続いて僕は待機していた人に指示を出す。

 連れていかれる二人を僕たちは見送った。

 

 仮面を外して素顔を露にする。

 

「辛い役目だったな」

「何も知らないで戦うのはダメだと思ったんだ。彼女たちはちゃんと真実と向き合って、それで自分自身で選択して欲しい。私たちには選択肢なんてなかったんだから……」

「……ああ」

「ゆっきーもありがとう。わっしーに声かけなくてよかった?」

「あの子には友奈がいる。それに他の勇者たちも……園子」

「なぁに?」

「僕はキミの手となり足となるよ。未熟者の半端者だけど、どうか共に歩ませてほしい」

 

 片膝をついて僕は頭を下げる。

 

「……うん、こちらこそ不束者ですがよろしくお願いします。どうか私の隣に居てください」

 

 目を潤ませながら彼女は僕の言葉を受け取ってくれた。

 

 

 

 

 

 

 

 晴天の空を見上げる。

 眼下には白波が音を立てて耳に届いていく。

 

 今でも信じがたいが、ふらつきながらも立ち上がる。

 

「……とと」

 

 筋力が衰えてしまったのか、自重を支えるのがこんなにも大変だったなんて考えもしなかった。

 まだ彼はこの場には居ない。だけどすぐにここに足を運んでくるだろう。

 だからこそ今だけは自力でやってみたい。

 

「あはは……握力もあんまりないや」

 

 弱々しくも体中に巻かれていた包帯をほどいていく。閉じていた瞼を、思い出すように開いていく。

 一歩、一歩と歩を進めていく。呼吸を、心臓の鼓動を思い出していく。

 

「やってくれたんだね。私たちに出来なかったことを────すごいなぁ」 

 

 勇者たちの姿を思い出す。『真実』と向き合い、それを乗り越えてお役目を果たした。

 

「──あぁ、僕は夢でも見てるのかな」

 

 背後から聞きなれた、大好きな人の声が聞こえる。

 振り向くと、そこには涙を流しながら駆け寄るゆっきーの姿があった。

 

「うん! 私も夢みたいだよ──わわっ!?」

「園子っ! 園子ッ!! よかった、本当に良かった!!」

「ゆっきーくるしーよぉ」

 

 抱きしめられる。少し息苦しかったが心地の良い抱擁だった。

 彼の熱を、温もりを感じ取れる。これほどまでに嬉しいことはなかった。

 

 彼の背中に手を回す。ああ、数年ぶりに触れる彼の身体はとても大きかった。

 お互いに大粒の涙がこぼれ出ていく。

 

「今日までありがとうゆっきー。あなたが居なかったら私は私じゃいられなかったかもしれない」

「僕の方こそ……ありがとう。改めておかえりなさい、園子」

「うん、ただいまーゆっきー」

 

 とくん、とくんと彼の鼓動を感じ取る。

 彼の胸から顔を離し見上げた。自然と二人の距離はなくなる。

 

「……は、あ。えへへーやっとファーストキスができたよー」

「うん、凄い嬉しい。園子、これから色々やることがいっぱいあるぞ」

「そうだねー。やることが山積みだー」

「手始めに何をやろっか」

「んー。じゃあ……おしるこが飲みたいなぁ」

「はは、だろうと思ったよ。ほら」

 

 ポケットから二缶のソレを取り出す。

 さすが、私の御付きをやってきただけはあるなと思ってしまう。

 

「プルタブ開けられる?」

「んしょ…おっ! あいた~♪」

「──じゃあ乾杯」

「かんぱーい!」

 

 カツン、と鳴らして飲んでいく。

 

「これからリハビリして、それから二人で須美に会いに行こう。銀に報告にいかないとな」

「勇者部のひとたちにもお礼を言わないとねー。ふふっ」

 

二人で座って頭を彼の肩に預ける。

世界は未だ大変な時に私はこんなにも幸せでいいのだろうか。

 

「…ん? どうした園子」

 

でも、いいよね? 今だけでも、私はわがままになってもカミサマは許してくれるよね?

 

「なんでもないよ〜ゆっきー♪」

 

ただの恋する女の子になって私はこの瞬間を生きていく。

また、前を向いて歩いていくために。

 

 

 

 

 

 

 




誤字報告ありがとうございます。

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