勇者たちをイチャイチャさせたい!   作:紅氷(しょうが味)

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story4『笑顔の練習』

昼下がりのある日。祐樹は手元で抱えられる程度の大きさの段ボールを手に丸亀城の廊下を歩いていた。

 

「〜〜♪」

 

若干鼻歌まじりに。それは特別にテンションが高いからではなく、また機嫌がすこぶる好調であるわけでもなく、ただ何となく口ずさんでいるだけだ。

今週末にある催し物のための小道具が箱に入っているのだが、それを所定の位置に運ぶために彼は現在移動中であった。

そんな祐樹が普段使用している教室の所に差し掛かったところで扉が半開きなのが目に入る。

 

(──ん? 誰かいる)

 

今はみな出払っているので人はいない筈だがはて、と首を傾げる祐樹はその半開きの扉から覗き込んで見ることにした。

そして彼は目を見開くことになる。

 

「────にっ……」

 

やはり人が居た。それも一人で。もちろん知っている人物であって、その者は祐樹と深い仲である女の子だった。

 

郡千景。この丸亀城にて『勇者』として御役目を担っている一人である。そんな彼女はこちらの様子に気がつくことなく、一人席について鏡を見ながら何かをしているようだった。

 

(化粧……ではないよな?)

 

女の子が鏡の前で何かをするとなると真っ先に思い浮かんだのがソレだったが、そういえば彼女の口からも『化粧っ気はない』と言われたのをすぐに思い出して候補から外した。まぁ、素が可愛いのでする必要性は彼女には感じないからのもあるが。彼がそのことを言ったら無言で腹を突かれたそうな。

そうしている間にも千景は両の人差し指で頬を持ち上げている光景が目に入る。んん? と祐樹は疑問符を重ねることになった。

 

「……にこっ? うーん……」

 

千景は表情を変えてあれよこれよと試行錯誤しているように見受ける。しかし彼女も納得がいかないのか眉を寄せていた。祐樹は彼女に声を掛けようかとも考えたが、あの真剣な表情を見たらソッとしておいた方がいいのかもしれない。そう考えた彼はその場を後にしようとしていたら……、

 

「こ、こんにちはー♪ 千景お姉さんだよー! みんな元気してる〜?」

「──ぶふぅっ!?」

「────っ!!?! だ、誰ッ!」

 

しまった…! と祐樹はいそいそと半開きの扉から離れようとしたが、ものの一瞬で距離を詰められた彼は目の前の扉の隙間から手が伸びてきてガシッと肩を掴まれる。

ギギギッ…と祐樹は振り向いてみるとそこには、

 

「──こんなところで何をしてるのかしら祐樹くん?」

「ち、千景…ちがっ! 僕はたまたま──あだだ……!?」

「忘れなさい。記憶が消されるまで離さないから」

「む、無理言わないでぇぇ?! 怖い! まるで妖怪のようで怖いからっ!」

「キオクオイテケー…!」

 

なんだかんだノリが良くなってきた彼女だが、醸し出す気配と声色は本気と書いてマジである。

祐樹は割と焦りながら千景に問い掛けた。

 

「な、なんであんなことしてたの?」

「……それは」

 

ふっと力が緩んだ拍子に祐樹は言葉を畳みかける。

 

「もしかして今週末の練習的(、、、)な……感じかな?」

「……っ! そ、そうよ悪い?」

「悪くなんてないさ。通りかかったのは本当にたまたまだけど、何か力になれるなら尽力するよ千景」

「…………ぅ」

 

掠れた声を漏らしながら彼女は拘束を解いて室内に戻り、鏡の置いてある机の前の椅子に腰を落ち着けた。

それを肯定と受け取った祐樹も続いて段ボールを手前に置いてから向かい合わせに椅子を設置して同じように腰を下ろした。

 

「……改めて訊ねるけど。間違ってなければ、もしかして『笑顔』の練習をしてたの?」

「……うん。私って高嶋さんたちに比べたら愛想なんて良くないからって思って。ちょっと練習を……してたのよ」

「そっか。でも僕はそのままの千景でも好きだけどね」

「よくもまぁ恥ずかしげもなく言えるわねあなた」

「…いや、言っておいてちょっと恥ずかしかった。あはは」

「もう」

 

頰を掻いて祐樹は顔を赤くしていた。照れ隠しの仕草は高嶋さんと同じだなぁなんてふと考える千景もその口角は少しだけ緩んでいる。どうあれ言葉にしてくれるのは嬉しく思う。しかしその気持ちを前面に出すと彼に調子に乗られそうなので千景はグッと堪えておくことにした。

 

「祐樹くんにとっては良くても小さい子供たちには同じとは限らないでしょ? やると決めた手前しっかりとしないと話を持ってきてくれた祐樹くんと高嶋さんに失礼だから……」

「千景……」

 

彼女の言葉に祐樹はジーン、と感極まっていた。千景がこんなにも真剣に考えていてくれたなんて嬉しくて今にも小躍りしそうなほどだった。

それもそのはずで、この『依頼』を持ちかけたときの反応はそれ程芳しくないのだったのだから────。

 

 

 

 

 

 

 

 

パタパタと廊下を足早にかける二人が居た。時は今より遡ること一日前。

その者たちは目的地である教室の前に到着すると勢いよくその扉を開け放った。バン! と音を立てて教室内にいた五人はその音に驚いて一斉に視線を集めていた。

 

「な、何事だ!」

「やほーみんな! おっはよーぅ!!」

「遅刻にはなってないよな。おはよう!」

「まあまあお二人ともどうされたんですか」

「ゆーきに友奈なんだその荷物?」

「何かの資料でしょうか?」

「…………。」

 

皆それぞれの反応を示しながら挨拶を済ませ、現れた高嶋ズは教壇の前に立つと二人して不敵な笑みを浮かべていた。その様子に首を傾げる四人。千景は相変わらずゲームをしながら意識だけをこちらに傾けているが。

 

「実は──」

「──じゃじゃーんっ!! 実は今度の週末にみんなで幼稚園に遊びに行くことになりましたのでお知らせしまーす」

「よ、幼稚園だと? えらく急だな」

「友奈僕が言おうと思ってたのに」

「えっへへ〜ごめんね祐樹くん。じゃあ続きはよろしくね」

「おっけー。それでなぜ幼稚園なのかというと──」

 

曰く『勇者』たちをもっと知ってほしいのと、まぁ身も蓋もない言い方をすれば世間体を良くするためのもあるようだ。今の世の中では『勇者』の存在を快く思っていない人が少なからずおり、秘匿すべき事項が多くある彼女らからすれば表向きの活動は願ったり叶ったりでもある。

代表で乃木若葉が表に立ちマスコミたちの相手をすることはあるけれど、そういったものの後押しをこの二人は持ってきてくれたことになる。

 

「幼稚園側からの依頼なんだけどね。子供達と触れ合って楽しい時間を過ごす──言葉にすればこんなもんさ」

「みんなは予定とか大丈夫かな?」

「私と若葉ちゃんは問題ないですよ。耳掻きをしてあげるぐらいでしたから」

「ひ、ひなた! みなまで言わなくてもいいだろう!?」

「私とタマっち先輩も大丈夫ですよ。園児たちと遊ぶの楽しみだね♪」

「そうだな! やんちゃな相手はタマに任せタマえよ」

「私、は……」

 

わいわい盛り上がる中でゲームをしていた千景はバツの悪そうな顔をしている。祐樹は彼女のもとに向かうとニッコリと微笑みを浮かべながら隣に座った。

 

「千景も週末は空いてるかな?」

「空いてはいるけど……その、子供の相手なんか出来ないわ」

「そうかな? この前二人で出かけた時にも近寄ってきた男の子の相手出来てたじゃないか」

「あれはたまたまよ。沢山の子たちの相手は……私には難しいわよ。ゲームならともかく」

「そっかぁ。まぁ無理強いはしないけど……」

「……う、その目やめてよ」

「えーぐんちゃん来ないの?」

「た、高嶋さんまで……ぐぬ」

 

しょんぼり顔の二人に千景は弱かった。目をあちらこちらと泳がせながらどうしたものかと思考を巡らせるが、最終的に彼女が折れることが多いのがいつもの光景だ。まぁ彼女自身祐樹や友奈と何かをするのは嫌ではないのではあるが、小さい子供の相手が苦手なのも嘘ではない。それは高嶋ズも理解しているので当人たちにとっては気を使っているつもりであった。

 

「………少し考えさせて」

「分かった」

「うん! 待ってるねぐんちゃん」

 

 

────

───

──

 

 

────とまあそんなやり取りをしたのが記憶に新しいのだが、まさかこうして『練習』してくれていようとは嬉しい限りであった。

 

 

「と、とにかくそういうことだから。正直何回かやってみたけど、不自然な感じが拭えなくてどうしたものかと考えていたのよ」

「ふーむ。なるほど……」

 

最初の頃に比べればだいぶ自然な笑顔が出来てると思える祐樹だが、単に言っただけでは納得してはくれないだろう。そうして首を捻ってとりあえず持ち前の知識を教えてみることにした。

 

「そういえば前にひなたから聞いたことあるんだけどさ。ある一単語を連続して口にすることで口角が上がりやすくなるってのを教えてくれたことがあるんだけど」

「…そんなのあるのね。ちなみにどんな?」

「えーっとなんだっけかな。確か母音が『イ』で終わる単語だからー……例えば『キウイ』?」

「──キウイ?」

「あ、そうそうそんな感じで最後の『イ』のところを意識してみると良いって言ってたな」

「…キウイ、キウイキウイキウイ……」

「なんか呪詛を唱えてるみたいな感じだよそれ。もっとゆっくりじっくりと口にするように」

「…キウイ。キウイ。キウイ────」

 

千景は祐樹の言う通りに単語を区切りながら口にしていく。鏡に映る自分の顔を見てみると指で無理やり口角を上げるよりかはマシになっている気がした。

 

「うんうん。けど相談してくれれば他のみんなも喜んで手伝ってくれると思うんだけど?」

「……だって恥ずかしいもの。土居さん辺りなんてからかってきそうだし」

「あー……確かに。友奈とかは」

「高嶋さんは今日も準備やらで忙しそうにしてたし……負担を増やしたくないのよ」

「うーん。そんなものかなぁ」

 

あの子ならそんなこと思うはずがなくむしろ率先して手伝いそうだと思ったが、これもまた千景なりの気遣いなのだろうから否定するのも違うか。彼女の言う通り企画担当は友奈か仕切っているのであながち間違いではないし、今日も打ち合わせで若葉たちと出払っているのも事実。

 

「……ねぇ祐樹くん。祐樹くんは笑顔を浮かべる時ってどういうこと考えてる?」

「僕?」

「なんかこうやって練習してると迷走してしまうというか。みんなはどうやって笑顔を作ってるんだろう……って考えてしまって」

「僕的には楽しいことや嬉しいことがあった時に自然と笑ってしまうんだけど……千景の場合はゲームでうまくプレイ出来た時とか?」

「意識しちゃうと分かんなくなっちゃうのよ。園児たち相手とはいえ大勢の人の相手には慣れてないから」

「そういうものか……」

 

人には得手不得手あることは承知している。千景はどちらかと言えば苦手なのだということも知っている祐樹はよし、と彼女の手を握り締めた。

 

「ゆ、祐樹くん?」

「なら当日は僕と一緒に行動しよう! 二人でなら怖くない。どう?」

「……で、でも祐樹くんも高嶋さんと一緒で忙しいでしょ? 私なんかに構っていられる時間なんて──」

「時間なんて作るもんだよ。特に千景との時間ともなれば最優先に作るし、二人でやれば緊張も少しは解れると思う。今やってる『練習』も続ければもう完璧さ! だから肩肘張らないで気楽に行こうよ千景。こういう行事も楽しい思い出として後で振り返ることができるようにね」

「…………私に出来るかしら?」

「もちろん。それに千景はもう出来てるよ。後は磨いていくだけってこと。一緒に……二人でね?」

 

祐樹の手の温もりを感じながら千景はほんのり顔を赤くして俯く。祐樹は少しだけ心配そうに見つめていたが、握っていた手がキュッと握り返されるのを感じ取ると小さく笑みを浮かべていた。

 

 

「──あっ。自然と笑えることが一つあったよ千景!」

「なに?」

「千景のことを考えること──それが一番幸せを感じた。今まさにね……ってなんで白い目で見るのっ!?」

「ちょっと臭すぎないかしらそのセリフ」

「えぇー!? 事実なのにぃ」

「……そういえば持ってきた段ボールには何が入ってるの?」

「スルーっ?!」

 

千景は誤魔化す意味でも彼の持ち物について訊ねる。あたふたとする様は面白くもあるが祐樹も小さく息を吐くと中身をゴソゴソと漁り始めた。

 

「使えそうなものを探してきてたんだよ。後でみんなに見てもらおうと思ってさー」

「ふーん……色々あるのね。祐樹くんの私物?」

「僕のもあれば友奈のもあるね。実家から適当に持ってきたのと、後は色んなとこでかき集めてきた」

「折り紙とかそういうのでもいいんじゃないかしら? 友達の家に招いて遊ぶのとはわけが違うのだから」

「おーなるほど。千景に見てもらって良かったよ」

「それにしても……色々あるのね。メンコやコマ……お人形にボードゲーム────結構雑食なのね二人は」

「まあね」

 

もちろんゲーム類もやったことあるよ、と祐樹は付け足して中身を一つ一つ広げていく。千景は祐樹と友奈の……自分の知らない過去を見ている気分だった。

当時何にハマり、何を共有して過ごしてきていたのか。この段ボールの中身を見ていくだけでそれが文字通り手に取るようにわかってちょっとだけ嬉しい気持ちになる。

 

「色々とアイツに振り回されたことも多かったよ。引き取られたばかりで何も知らない僕の手を引っ張っていってくれたし、男の子がしてる遊びも女の子のしていた遊びもひとしきりやらされたなぁ」

「楽しそうに話すわね祐樹くん」

「まぁ、実際楽しかったのかも──ってなんで脇腹こつくの? いたっ」

「……別に。なんでもないわ」

 

ちょっとでも嫉妬してしまった……なんてわがままは思っても彼女は言わない。だってそれはどうあっても千景が入る余地のない過去の記憶(思い出)なのだから。それに話を振ったのは自分の方なのだからなおさらに。

 

(……でもモヤモヤする。あぁもう! こんなの私のキャラじゃない)

 

頭をぶんぶん振って思考のモヤを払う。いつのまに自分はこんなに嫉妬深くなってしまったのだろうか。ましてや自身に一番よくしてくれている彼女(高嶋さん)に対して、だ。

そんな千景の態度に祐樹は数舜考えた素振りを見せた後に、あぁと手のひらを叩いて、

 

「────ぉ。もしかして」

「もしその先を言葉を言ったら怒るわよ?」

「えぇー……それは困るな。千景に嫌われたくない」

「…………。」

 

しゅん、と落ち込む彼を見て千景はうぐぐ、と頬を赤らめて唸らせる。そんな反応でさえ可愛く見えてしまうのは惚れた弱みなのだろうかと悔しく思う。

 

「もぅ……別に祐樹くんのことは、嫌いに……ならないわよ」

「千景……大好きだ」

「…………高嶋さんより?」

「なぜそこで友奈が……もちろん千景の方が好きだよ」

「ふふ、冗談よ。ありがとう祐樹くん、私も────好き」

「お、おう」

「そこで狼狽える辺り、祐樹くんよね」

 

幸福そうに微笑む姿を見て祐樹は顔を赤くしながら頷く。その笑顔はとても綺麗に思えた。

 

「……でもゲームか。これなら私でもなにか出来るかもしれないわ」

「なにかいいアイデア思いつきそう?」

「そうね。一緒に考えてくれるかしら?」

「そうだ、外でうどんでも食べながら考えようか! ちょっと小腹が減ったし」

「うん。なら暗くなる前に行きましょう。部屋まで運ぶの手伝うわ」

「ありがとう」

 

荷物を片付けて二人は教室を後にする。千景はその間に思い出していた。例え失敗を繰り返したとしてもその度に手を引いてくれる人がいることを。

だから頑張れる。頑張っていける。千景は今一度やる気にスイッチを入れた。

 

 

 

 

────後日。少しぎこちなさを残しながらも一生懸命頑張る千景の姿がそこにあった。

自分から率先して園児たちに話しかける彼女を見て、祐樹の頬も自然と綻んでいた。

 

 

 

 

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