勇者たちをイチャイチャさせたい!   作:紅氷(しょうが味)

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誤字報告ありがとうございます。


山伏しずく/シズクの章
story1『休日の過ごし方』


早朝のゴールドタワー周辺の空気はとても澄んでいる。

だから僕はここで早起きをするのが好きなのだ。

 

「ふんふんふーん♪」

 

鼻歌交じりにタワーの厨房を借りて朝早くから僕は料理をしていた。

朝食を────ではなく……いや、正確にはそれも含まれているのだが、これは昼食に向けての準備でしているのもある。

理由は今日という天気も関係していた。前々から計画していたこの日を僕は楽しみにしていたのだ。

 

 

「──ん?」

 

ふと、人の気配を感じ取った。

僕は一度手を止めて厨房から顔をだしてみると、気配の主は丁度入口のドアを開けて入ってきたところだった。

 

「──あ、おはようございます祐樹さん。今日はお天気が良くていい日ですね」

「あーちゃん。おはよー、朝の掃除?」

「はい。ちょっとお邪魔しますね」

 

三角巾を被って掃除用具を持ってきた国土亜耶に挨拶を交わす。

その光景はこのタワーに居れば必ずみる場面だ。亜耶は慣れた動作で準備を始めていく。

そんな中で彼女は鼻をすんすんと鳴らしていた。

 

「ん~♪ いい匂いです祐樹さん。なんだかお腹が空いてきちゃいますね」

「我ながら上出来だよ。朝食は楽しみにしておいてね」

「はいっ! わたしも張り切ってお掃除に励むことができます」

 

頑張ってね、と彼女に声を掛けて僕は再び手を動かし始める。

厨房を借りる条件として、今日の朝食を防人の人数分を作る条件で契約しているので時間を無駄にできない。

 

「……よ、ほっ!」

 

最初は大変かなー、なんて考えていたけど案外やってみると楽しいと感じる。

幸い料理のスキルは過去にスパルタ的指導を受けたことがあるのでカタチにはなっているし、美味しいと喜んでくれる皆の笑顔を見るだけでも励みになる。

 

(待っててくれよー)

 

厨房の外で歌いながら窓ふきをする亜耶の声を聴きながら僕は調理を続けた────。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

時間にして七時ごろ。食堂の開店準備を始めるころには亜耶の厚意で手伝ってもらってなんとか準備を終えることが出来た。

 

「……それであなたが厨房にいたのね。まさか本当にやるとは思わなかったわ」

「いやーでも結構作るのって大変だと実感したよ。厨房のおばちゃんたちに感謝しないとなー。はい、芽吹の分。朝の鍛錬お疲れさま」

「ありがとう。祐樹くんもご苦労さま。ありがたくいただくわね」

「はい、これは亜耶ちゃんの分だよ」

「ありがとうございます。いただきます」

「いきましょ亜耶ちゃん」

「はい♪ 芽吹さん」

 

一番に顔を出してきたのは我らがリーダーである楠芽吹。最初厨房内にいた僕を見かけたときは怪訝な顔をされたが、理由を話したら半ば呆れながらも納得してくれた彼女はトレイにのった料理を持ってあーちゃんと共に席に向かっていった。

その後に何名か防人隊の人たちが朝食を食べに足を運んできたところで次にバタバタと慌ただしく扉を開けてきた人物がいた。

 

「寝坊したー! 私のご飯はまだありますかー!?」

「雀。ちゃんとあるからそんなに慌てないくても……寝ぐせもそのままだし」

「おっとこれは失礼……あれ? なんで祐樹クンが厨房にいるの?」

「昨日話したじゃん」

「あーーハイハイ……まさか本当にやるとは。私の料理に毒とか入ってない? ごはん食べて死ぬなんてまっぴらごめんだよ」

「キミは僕のことなんだと思ってるんだよ……ちゃんとご希望通りのメニュー作っておいたから大人しく食べなさい。芽吹はあっちにいるから」

「ジョーダンに決まってるじゃん。わーいさっすが祐樹クン! いっただきまーす♪」

 

彼女なりのボケをかまして僕から料理を受け取るとウキウキで芽吹のもとに雀は向かっていった。

 

「…相変わらず品のない小鳥ですこと。ごきげんよう祐樹さん」

「おはよう弥勒。芽吹と一緒に鍛錬してたのに結構な時間差だね?」

 

雀の後に訪れたのは弥勒だった。確か彼女はここのところ毎日芽吹と共に鍛錬をしているはずで、てっきり芽吹と一緒に来るかと思っていたのだが。

 

「一流のレディィーには色々と準備がかかりますのよ。殿方には分からないと思いますけど」

「何で『レディー』のとこだけ流暢なのさ…」

「……弥勒、さっきまでトレーニングルームでぶっ倒れてたの見た」

「ちょ、ちょっとしずくさん!? 余計なことは言わなくていいんですのよっ!」

「おはよう、しず。今日は早起きできたんだね」

「……ん。おはよ、ゆー」

 

最後の一人の登場で僕は嬉しさを声色に乗せて話しかける。

 

僕のことを『ゆー』と。彼女のことは『しず』と呼んで。

愛称で呼び合う僕らは防人の中でも一番深い関係であることは誰もが知っている。

 

弥勒の背後からぼそっとツッコミを入れた彼女に挨拶を交わした。

二人の料理を手渡しながら僕も厨房を出てしずくのもとに足を運ぶ。

 

「目覚ましでちゃんと起きれた?」

「…あやうく二度寝するところだったけど、なんとか起きれた」

「そっかーえらいな、しず。よしよし」

「……ん♪」

「相変わらず仲のよろしいことで。朝食、ありがたく頂戴いたしますわ祐樹さん」

「召し上がれ。でもいいの? 洋食にかつおなんて合わないんじゃ───」

「問題ないですわ!」

「あ、はい」

 

弥勒の覇気に圧されて僕もそれ以上は言わないでおいた。

 

「弥勒は相変わらず」

「…だね、僕たちも食べようか。というかしずはラーメンで良かったの?」

「朝からゆーの作ったラーメン食べられるのは幸せ」

「そっか。しずがいいなら作った甲斐があったよ」

「ん」

 

コクリ、と彼女は頷いて僕としずくは近くの席に二人で座る。

まだ防人隊の人間が全員食べにきていないので、もし来たらと厨房近くの席で食べることにした。

しずくはそんな僕の同伴で付き合ってくれている。

 

「……ちゅる。美味しい」

「それは良かった。徳島ラーメンじゃなくて悪いけど」

「んーん。ゆーが作ったからどの料理も美味しく食べられる」

「あ、汁がほっぺに飛んじゃってる──はい、とれた」

「ん……ありがと、ゆー」

 

小さな口でラーメンをすするしずくは小動物を連想させる。

だからか世話を焼くのはとても楽しく感じるのだけど、そういう行動は雀ら辺からは「バカップル」と称されているのだ。

 

…その通りなので否定はしないけど。

 

「ゆーは私より早く起きて眠くない?」

「まぁ正直言えば少し。でも今日が楽しみで今はバリバリ動けるぞ! お弁当もちゃんと用意したからな」

「ん。 それは楽しみ……はむ」

 

しずくの食べ姿にほっこりしながら僕も箸を進めていく。

彼女に話した通り、本日の目的である『ピクニック』のためにもすぐに準備を済ませねばならない。

 

「あ、またついちゃってるよしず」

「おー…ありがと」

 

しずは可愛いなぁーと僕は口元がニヤケてしまうのを自覚しながらこの時間を楽しく過ごしていった。

 

 

 

 

 

 

 

朝食を済ませて後片づけをしたのちに、自室で支度を済ませる。

しずくは僕ほど荷物はないのでタワー入り口にて先に待ってもらっていた。

 

「──さて、いきますか」

 

リュックを背負って部屋を出る。途中ですれ違う隊の人たちに見送られながら僕はしずくの元に向かう。

 

「しずー!」

「…ん!」

「おまたせ。じゃあ行こうかー」

 

いつも通りの格好で佇むしずくに声をかけると、彼女の癖っ毛の髪がヒョコヒョコと動いて感情を表現しているようだった。

 

手を繋いで僕たちはタワーを出て歩いて行く。

空を見上げれば真っ青な晴天が、綿飴のような白い雲が視界に収まる。

ここ数日の曇天がまるで嘘のように、待ちに待ったこの日を祝福するかのように僕の気持ちも晴れやかになっていった。

 

「ゆー。なんか嬉しそう」

 

しずくがこちらを見ているその瞳が訊いてくる。

その際にもピョコっと癖っ毛が跳ねる素ぶりを見せてきたが、僕同様にしずくも楽しみにしていたのだと伺える光景にほっこりする。

 

「だってさー久々じゃん。毎日のようにやっていたことが出来てなかったんだからその反動も強いのよ。しずとのピクニック!」

「タワー周辺だから……ピクニックというよりお散歩に近い」

「それでもだよ。今日はどの辺にする?」

「…いつもの芝生のとこ」

「あそこね、りょーかい! レジャーシートも持ってきたから安心だよ」

「…ん!」

 

背負っているリュックサックを手でポンポン叩くと、しすくは小さく頷いてみせた。

 

ピクニック。

 

まぁ、彼女の言う通りどこか遠い場所にお出かけして────みたいなものではない。

 

僕たちは大切な御役目がある身。外出許可などは存在するが、おいそれと出来るものではない。

かといってまだまだ年端もいかない少年少女であることには変わりないのも事実。日常のストレスを抱えたままでは任務に支障が出かねない。

大赦が考案したもの。それはタワー周辺を防人たちが円滑に任務を遂行できるように既存の施設とは異なる設計を施しているのだ。

 

トレーニング施設からショッピングモール等の娯楽施設。

 

さまざまなものがこの辺りには取り入れられ、ぶっちゃけこの周辺で生活は余裕で賄えるレベルでの配慮に当初は苦笑を浮かべてた記憶が昨日のように思える。

一部を除いては一般開放されているところもある。

 

しかし、僕たち──特にしずくにとってはそのどれもが興味の対象にはなり得ないのだ。

 

もちろんまったく利用しない……なんてことはないことを先に言っておく。

芽吹たちとたまに遊ぶ時はその限りではないし、二人きりの時でもそれは同じこと。

しずくは静かな空間がお気に入りなのである。

 

僕たちの向かうその場所もそういう理由故に足を運ぶ。

緑が豊かな、心が晴れやかになるような開放感を与えてくれる自然公園。

 

小さな子供が走り回り、大人たちがペットを連れて散歩している姿も見れる。老人たちが趣味のゲートボールなどをして交流する姿もあるし、ランニングやらのスポーツに取り組んでいる者もいる。

自然と人為的に整えられた緑の中で、各々がその日をゆるりと過ごしていく、そんな場所がしずくのお気に入りのところだ。

 

もちろん僕もこの場所は大好きなところの一つになっている。

 

到着した僕らはしずくの選定した木陰の下のもとへと迷うことなく赴いた。

リュックを背中から下ろして中からレジャーシートを引っ張り出すと、所定の位置に広げていく。

 

大きさはほどほどの、言うなればファミリー向けの大きさのシートはしずくと選り好みの果てに決まった丁度良いモノだ。

 

二人でシートを広げ終えると端を杭で風に飛ばされないように固定する。そうして完成させるとさっそくしずくは靴を脱いでその上に腰を落ち着けた。

 

「んっ。落ち着く…」

「それは良かった。はい、クッション」

「ありがと。ゆーのは?」

「僕は今日は地べたの感触を感じたいからそのままー」

 

僕もしずくの隣に腰を落ち着けると、たまらず息を吐いた。

緑と土の香り。曇りの後の晴れ間だからか前に嗅いだ時より感じる匂いは強い。けれど僕はこの匂いは好きだ。

 

「のどかだなー…しず」

「ん。やっぱりここはとてもいい場所…ゆーも一緒だからすごくリラックスできる」

「だなー…天気もいいし、かぜも心地いい。神樹さまのおかげだね」

「…ん」

 

目を細めながら遠くを見つめるしずく。今の彼女の瞳にはどんな光景が広がっているのだろうか、と考えながら僕は空を見上げる。

 

これが僕たちの完成形だ。後は青空を流れる白雲のように、ゆっくりと時が流れていくのをただただ待つ。

 

たまらなく、幸福に満ちた時間の始まりである。

 

「では、ここでお茶を一つ」

「んー……こく、こく」

 

ほんわかしずくに水筒に入れたお茶を一杯手渡すと、両手で包むように手にしたコップの飲み口から可愛らしく喉を鳴らし飲んでいった。

前にあーちゃんからオススメされた茶葉の一品だ。鼻を抜ける葉の香りがとても心を和ませてくれる。うまい。

 

「…ふゅ。おいし」

 

彼女も風味を楽しんでいる。雀からは「縁側にいる老夫婦か!」とツッコミを入れられる一面だが、これがまた堪らんのだからやめられない。

そよ風が僕たちを撫でる。気温も寒くなく、また暑くもない絶妙な加減に今日という日は又とない当たりだと確信した。

 

「…ぽー……んゅ。ん〜……」

「かわいーな、しず」

「そんな……ことない。ゆー」

「んー? おっと」

 

ぽとん、としずくの頭がゆっくりと僕の方に倒れてくると、その肩に乗せられた。

ふわりと香るしずくの匂いに少しだけ心臓が脈打つ。しかしこののどかな風景が再び心を落ち着かせるには十分であった。

 

「…雲。あれ、鳥みたい」

「ほんとうだ。あっ──あれとか魚の形に見えない?」

「…ん。かつおみたい……弥勒が喜ぶと思う」

「流石にアレで喜ぶことはないんじゃないかな?」

「弥勒は…単純」

「そうだね。弥勒は単純だ」

 

短い言葉ながらに全てが籠っている。流石はしずくだと感心した。

 

「ゆー。お弁当食べたい」

「お腹空いた?」

「……少し。ダメ?」

「いいよ。準備するからちょっと待ってねー」

「ん」

 

時間的にはちょうどいい頃合い。もともと合わせて出かけたわけなので、僕はリュックとは別に手荷物として持っていた包みをシートの上に広げていく。

二段の重箱タイプ。量は二人で食べるのでこのぐらいがちょうどいいかと思ってこれをチョイスした。

 

しずくはどちらかと言えば多く食べる方ではないので、実はこれでも多いかなぁなんて小さな心配がある。

重箱を見たしずくは「おー…」と小さな歓喜の声を上げて中身を確認するとキラキラと目を輝かせていた。

 

癖っ毛も猫耳のようにぴこぴこと上下に跳ねていて可愛いなーなんて思っていたり。

期待していた反応を示してくれて満足げな僕は彼女に割り箸を渡す。

 

「好きなのつついて食べていいよ」

「…いただきます。はむ──」

 

唐揚げを一つ箸で掴んでしずくは食べ始める。

ゆっくりと咀嚼して、目を閉じて味を堪能している様子。

 

「…これ、手作り?」

「そう、この中身全部手作りだよー。卵焼きも甘めにしておいたからどんどん食べて食べて」

「んむ。はむ……ん……甘い」

「食べやすいようにご飯はおにぎりにしたよ。どーぞ」

「はむ……ん…んむ。おいひー」

「やばい。なにこの可愛い生き物」

 

まるでハムスターだな、なんて思わせてしまうほど目の前の彼女の食べっぷりには萌えるものがあった。

 

もきゅもきゅと効果音をつけてあげたいしずくの視線は僕とお弁当を行ったり来たりしている。

 

「どうしたのしず? なにか食べられないのがあった?」

「…シズクにも食べさせてあげたかった」

「なるほど」

 

しずくの言葉、確かに彼女が表に現れるのは意図的には難しい問題だけど僕は改めてリュックをポンポンと叩く。

 

「問題ないよしずく。ちゃんと彼女が来てくれた時のためのものを用意してあるから」

「…ほんと?」

「うん、だからこれはこれでしずに食べて欲しいなー」

「……ん。わかった、ありがと。さすがはゆーだ」

「褒められるほどじゃないさ。あむ……」

 

僕も箸で重箱の中身をつつく。出来立てのときの味見と比べて更に染み込んだおかずたちに舌鼓を打っていると近くの茂みがガサゴソと蠢きだしていた。

咀嚼しながら様子を眺める。すると一つの小さな影が姿を現す。

 

『にゃー』

 

それは可愛らしい鳴き声を上げてこちらに歩いてきた。

隣で食べるしずくが気が付くと、ぴこーんとキラキラした瞳で手招きを始めた。

 

「…にゃー。おいでー♪」

『にゃー』

「お、今回も来たな。ほらしず、猫缶」

「ん!」

 

頷いてしずくは僕から受け取る。近寄ってきた猫のもとに猫缶を置くと猫は飛びつくように食べ始めた。

 

「…ゆー。食べた」

「よかったね。僕らも食べようしず」

「……ん」

 

しずくは猫の隣で一緒になってお弁当を食べる。前に訪れたときに彼女の所に姿を現した猫にお土産を、と持ち寄った猫缶はどうやらお気に召してくれたようだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

こうして重箱の中身は綺麗に空っぽになった。

完食。満足げにお腹を摩るしずくと僕はお茶を飲みながら一息をついている。

 

「たくさん食べた……お腹いっぱい」

「少し作りすぎちゃったかな。でも、全部食べてくれて嬉しかったよ。ありがとうしず」

「…ん。ごちそうさま」

『にゃお!』

 

猫の方も満足してくれたのかお礼を言ってくれている気がした。もちろんこちら主観なのであっているか分からないけど、それならそれで嬉しいものだ。

 

「───ふぁぁ」

 

しずくと来たかった場所に来れた。そこで一緒にお弁当を食べてそれも終わった。大まかな予定を消化し終わった僕の身体はこの自然に囲まれた空間に取り込まれるように、睡魔という形で包み込んできた。

今は猫と戯れている彼女たちをうつらうつらと眺めているところ。

 

「……ゆー?」

「うん~? どしたーしずー……」

「眠くなってきた?」

「…かもしれない。天気もよくてポカポカするから余計にかも」

「じゃあ、こうして───」

 

言いながらしずくの手が僕の頭をゆっくりと引き寄せてきた。誘われるように僕の身体は重力に逆らうことなく倒れ込んだ。

その先に待っていたのは地面の感触────ではなく、人肌の柔らかい感触であった。

 

その正体に気がつく前に、僕の頭に手を添えられる。

 

「…お礼。こんなことしか、できないけど」

「いや……さいこーだよ。しずの膝枕」

「おやすみ、ゆー」

「うん、少しだけ…寝させて……」

 

抗うこともなく、僕の意識は溶け込んでいった────。

 

 

 

 

 

 

 

それからどれだけ時間が経ったのだろうか。

心地の良い感触を得ながら僕は睡眠の波に身を委ねていると、

 

「──ろ」

 

遠巻きに少女の声が聞こえた気がした。

微睡みの中、その声は少しずつ音を大きくさせていった。

 

「起きろ──おい!」

「……ん?」

 

ぱちり、と目が覚める。仰向けに寝てしまっていた僕の視線は目の前の少女とぶつかった。

 

困ったような、どうしたらいいのか分からない苛立ちさを秘めた瞳を見て、僕は再び瞼を閉じようと…、

 

「──って! また寝ようとしてんじゃねぇ! このアホ!」

「あて!? ……うぅ、チョップされた」

 

額に走った衝撃に僕の意識は完全に覚醒された。

 

「イキナリ叩くなんて酷いよシズク!」

「それはこっちのセリフだ! こっちはお前のせいで足が痺れてんだよー」

「あ、そうなの? ごめんよ」

 

起き上がって身体を伸ばす。時計を確認すると一時間ぐらい、ぐっすりと寝てしまっていたらしい。

猫は空の缶詰を残して姿は見えないところを見るに帰っていったようだ。

しかし恐ろしきは彼女の膝枕。僕は彼女に向き合う。

 

「……あんだよ」

「おかえり、シズク」

「──っ。あぁ…ただいま」

 

ぶっきらぼうに答えるもう一人の『シズク』。心なしか薄っすらと赤らめている気もするが、指摘してしまうと拗ねてしまうので心の中で留めておこう。

 

「…ったく、しっかし驚いたぜ。出てきたと思ったらユウがオレの膝で寝てやがるんだからよ。イチャイチャすんのも大概にしておけよまったく」

「恋人同士なんだから問題ないと思うけど?」

「ところ構わずイチャつくなって言ってんだ」

 

そんなこと言われても、自然とこうなってしまうのだから仕方ない。

しずくとシズク。彼女の中にあるもう一つの自分。まさかこのタイミングで出てきてくれるとは考えてなかったけど、今日という日に彼女ともこうして時間を共に出来ることに嬉しくなってしまう。

 

「…だいたいユウが何を考えてるのかわかっちまうのが気に食わねぇ。お前も大概物好きだよな」

「そりゃあ僕が好きになったのはそんなキミたちだからね。シズクの分のお弁当もあるんだけど食べる?」

「いらねぇ……って言いたいところだが、食べ物を粗末にしちまうとバチが当たっちまうからな。食う」

「うん」

 

リュックから銀紙に包んだものを手渡す。

シズクはそれを受け取るとすぐに包みを開けて中身を食べ始める。

 

「…おにぎりの中身、しずが食べたものと同じやつを具にしていれてあるんだ。どうかな?」

「うめぇよ。ユウの作るメシにハズレはないからな…んぐ」

 

小動物のように食べるしずくと違って、豪快に食べるシズク。そのどちらも美味しく食べてくれるのだから作ってよかったと思える光景なのだ。

 

「…ふぅ」

「全部食べてくれたんだね。嬉しいよ」

「食ったら身体を動かしたくなってきた。何かないのか?」

 

シズクはしずと違ってアクティブな女の子だ。もちろんそういうことも想定して用意してあるものがある。

 

リュックの中身を漁ってあるものを取り出す。

 

「バドミントン。こういう場所なら気兼ねなく出来ると思ってもってきた」

「いいじゃねぇか。さっそくやろうぜ!」

 

ラケットを渡して僕たちはシートから立ち上がって原っぱに立つ。

一定の距離とって僕はシャトルを添えてラケットを構えた。

 

「いくよシズク──それ!」

 

軽く、弧を描いてシャトルがシズクのところへ飛んでいく。

シズクはニヤリ、と不敵な笑みを浮かべていた。

 

「──食らいやがれ!」

「ちょー!? ぐっ!」

 

ばしーん! とシャトルが一直線に僕に向かって返された。

あまりの勢いにラケットで受け損ねて地面にシャトルが落下してしまう。

視線を目の前に移すとガッツポーズをしていた。

 

「…シズクー? ちょっとはラリーして楽しもうよ」

「はん。こういう遊びは勝負してこそなんぼなもんだろー?」

「……ふーん?」

 

ラケットをくるくる回して挑発してくるシズク。

 

「ならさ、勝負しようよシズク。勝ったほうが負けた方に好きに命令できるってやつでさ」

「へぇ? ユウから吹っかけてくるなんて珍しいじゃねぇか。いいぜ、その勝負乗ってやる」

 

愉しげに笑うシズク。僕も口角を吊り上げてラケットを構える。

彼女には悪いけれど理由が出来たのなら負けるわけにはいかない。

 

「──ハァッ!」

 

僕はシャトルに向けてラケットを振るう。目にも留まらぬ速さで。

 

「──っ!? チィ!」

 

僕の動きに対してシズクの顔から余裕が消え去る。舌打ちと共に鋭角に差し込まれたシャトルにシズクはラケットを割り込ませる。

 

不意打ち気味の一撃を返したが、ふわりと弧を描いたシャトルは絶好の機会であった。

 

「──これで僕の一ポイントだね。シズク」

「…やるじゃねぇかユウ」

 

スマッシュを放ち、シズクは取りきれずに地面にシャトルが突き刺さった。

 

「勝負は本気でやらないとシズクに失礼だしね」

「…腐っても勇者サマってわけかい。まぁ、オレが認めた男だからそれぐらいはしてくれないと困るってもんだが」

「悪いけど、容赦はしないからね。僕にも──意地があるからさ」

 

ギラリ、と紅い瞳に眼光が宿る。そう、僕はシズクとの勝負に限っては手を抜くことはない。

彼女と交わした約束。そのためにも僕はシズクに証明し続けなければならないから。

 

例えどんなに軽いものでも。時に馬鹿馬鹿しく思う勝負でさえも、僕たちの間柄にはお互いに譲れないもののためにガチンコでぶつかり合うのだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

「────どう? シズク、気持ちいい?」

「気持ちよくなんかね……ぇぇ!?」

 

僕の言葉にビクンと身体を跳ねさせるシズク。

ジロリと涙目でこちらを睨みつけてくるが、勝負に勝った以上は敗者である彼女は僕の言うことを聞かなければならない。

 

それは彼女も解っているので、こうやって視線で訴えてきているわけだが。

 

「…にしたっておかしいだろ。なんでお前の要求が『耳かき』なんだよ。はぅ!?」

「ん? いやー、しずにはよくやってるけどシズクにはそういえばやってなかったなぁなんて思ってさ。キミってば、普段やらせてくれないでしょ?」

「あったりまえだろ。ガキじゃあるまいし、それに恥ずい──はふん!?」

「あはは。しずに絶賛されてる僕の妙技。特と味わうといいサ」

 

僕の膝の上でなす術なく、されるがままのシズクは身体をよじらせて耐えていた。

 

「なんでぇ…こんなに上手いんだよユウ!」

「高嶋家直伝の技だからねー。年季が違うのよネンキが」

「ひぅ!? ぐ、屈辱だ……」

「そろそろ日も暮れてくるから、片付けてー…手を繋いで帰ろうねシズク」

「はぁ!? オマエ頭沸いてんのか──」

「僕、勝者。シズク敗者♪」

「ぐぬぅ……わぁーたよ! 従えばいいんだろ従えばッ!」

「嫌々じゃないほうが僕としても嬉しいんだけど?」

「…いつかぜってェ泣かしてや───きゃう!?」

 

───お、可愛らしい反応いただきました。

 

それに今泣かされているのはシズクだけどねー、なんて口が裂けても言えない。彼女はいじり甲斐があるのだが線引きを間違えると本気で怒ってしまうので程々にするように心がけている。

拳を震わせて闘志に燃える彼女を尻目に僕は楽しく『耳かき』をさせてもらった。

 

「はい、おしまい! お疲れ様でした」

「はぁー…はぁ……」

「じゃあ片付けて帰ろうかシズク。今日は二人と過ごせてとても楽しかったよー」

「くそ……このタイミングで出てきちまったのが運の尽きか……」

 

嘆こうが勝負の果ての結果なのだから受け入れるしかないのだ。シズクもそれは重々理解してくれてるところなので、一緒に後片付けをして帰り支度をする。

リュックを背負って準備を終わらせると、シズクがフン、と鼻を鳴らしてその手を差し出してきてくれた。

 

「ホラよ。とっと帰るぞユウ!」

「うん! そういうところ大好きだよシズク」

「……ぐっ」

 

言いながら僕はシズクの手を取る。小さくて女の子の柔らかさをその手に感じながら僕たちはこの場を後にする。

夕焼けに染まり今日という日の終わりを告げる空色に僕は少しばかり名残惜しさが残っていた。

 

「──ンな顔すんなよユウ」

「シズク?」

 

公園を出て帰路に着いている最中にシズクはボソッと呟いた。

 

「今日が終わっても明日がある。明日が無理でも明後日がある。だからそんな顔するな、戻った時にしずくが困るだろうがよ」

「…うん。励ましてくれてるの?」

「さてなぁー……しずくと言えばアイツ、元気にしてっか?」

 

夕日によって伸びる二つの影を眺めながら彼女はしずくを想う。

どんなときだって彼女のことを第一に考えるその姿がとても眩しく思えた。

 

「しずは相変わらず可愛いし、美味しそうにラーメン食べてるよ。病気もなく防人のみんなとも仲良くやってる」

「そか、ならいい。安心した」

「…もう帰るの?」

「身体も思いっきり動かせたし、今日はもう充分だ。後はアイツとよろしくやっとけ」

「その言い方はどうかと思うけど……ねぇ、シズク」

「あん?」

「しずも大好きだけど、シズクももちろん同じぐらい大好きだからね」

「……お前はホントにあっけらかんと口にできるよなぁ…ったく」

「言葉にしなきゃ伝わらないこともあるからねー。シズクは?」

 

少しだけ意地悪に問いかける。丁度夕差しが彼女にかかってその表情がうまく読み取れないが、雰囲気はとても穏やかな感じがした。

直後に僕の手が引かれて彼女の顔が間近に迫っていたのを自覚すると、頬に柔らかい感触が伝わってきた。

 

「オレもお前のことはちゃんと好きだ。またな、ユウ────」

「シズク! ……しずく?」

「…………、」

「ずるいなぁ、キミはほんとに」

「…はっ。ここ、は」

 

ぴょこっと癖っ毛が跳ねると彼女の雰囲気がガラリと変化した。

彼女(シズク)はもういない。今いるのは共に愛すべき彼女(しずく)だ。

 

「おかえりしず」

「…ぁ。いつのまにか夕方……ゆー、シズクと会えた?」

「うん、一緒に遊んでくれたよ。それに元気にしてた」

「…ん。それは良かった、本当に」

 

彼女は概ね理解する。だからこそ自分のことのように喜んでいるのだ。

手を繋いでいるのにしずは気が付くと薄っすらと頬を朱に染めた。

 

「シズクは大胆……」

「だね。もったいないからこのまま手を繋いで帰ろうかしず」

「…ん」

 

ぎゅっと握り返すとしずくも同じように返してくれた。

こうして僕たちの休日は過ぎていく────。

 

 

 

 

 

 

 

 




しずくも可愛いけど、照れるシズクがもっとみたい!

次は彼女メインで書こうかなー
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