ある日、いつもと変わらない一日の中で祐樹は部屋で寛いでいた。
テレビを付けて垂れ流し、端末を弄りながら時間を自分なりに有意義に過ごしているときにNARUKOから一通の通知が届いた。
「……園子? 珍しいな」
基本的に全員が入っているグループ内での発言が多い彼女から個別での連絡がきたのだ。不思議に思いつつも丁度端末を持っていた手前なのですぐに開いて中身を確認してみる。そこでもまた祐樹は首を傾げることになった。
『ゆっきー私んちの実家に集合〜! カモンッ!』
それを見てああ、彼女の思いつきがまた始まったかと頭に過った。ご丁寧に顔文字も使って催促してくる園子に、祐樹は「分かった」と返信を返す。
『よろしく〜♪ ちなみにゆーゆとわっしーもいるからねぇー!』
「……うん? まぁ、了解……っと」
園子の家は端的に言ってデカい。讃州中学に転入してきた時に一人暮らしをし始めた彼女だが、その荷物の殆どはまだ実家の方にあるらしく呼ばれる際も半分の確率で行ったり来たりしていた。そうして今回は実家へとお呼ばれで、祐樹はてっきり勇者部のみんなも招待されていると思っていたが違っていたようだ。
「…準備するか。遅くなると何されるか分かったもんじゃないし」
一日自宅にいるつもりだった祐樹の服装はパジャマのままだったので、着替えから始める。まぁ特別準備は必要のない人間なのですぐに終わるのだが……。
そうして十分ほどで身支度を終えた祐樹は自宅を後にするのだった。
◇
移動は自転車を使えばそこまでかからない。そうして園子の実家の門の前に辿り着くとやはりその大きさには圧倒されるものがあった。
「……ん?」
チャイムを鳴らそうと手を伸ばしたところで人影がチラッと見えたのでそちらに視線を移してみる。
「祐樹くん。いらっしゃい」
「東郷……あれ、一人?」
「え、ええ。そのっちにお出迎えを頼まれて……ね。行きましょうか」
「うん……?」
なんだか思い詰めたような表情というか雰囲気を醸し出している東郷に疑問が浮かぶ。祐樹からしてみれば彼女がそういう顔をする時は何か悩み事があるときなのだが……。
「東郷どうしたの? 悩み事があるなら相談に乗るけど?」
「ううん。えっと……大丈夫よ、私は。気遣ってくれてありがとう祐樹くん」
「ならいいんだけどさ」
深刻──とまでは感じられないので深くは訊ねないが、案内され園子たちの居る部屋に近づくにつれて表情が固くなっている気がするのは気のせいだろうか。
いよいよ目前といったところで東郷が立ち止まり、くるっと彼の方に向き直った。
「……祐樹くん。あんまりその……暴走しないでね?」
「暴走って?」
「……ぅぅ」
僅かに頰を染め小さく唸る東郷はそれ以上口にすることはなかった。どうやら自分の意思でドアを開けろというらしい。祐樹はそのまま取手に手をかけて扉を開けた。
「ゆっきー! いらっしゃーい♪ 待ってたよー」
「こんにちはー祐くんっ!」
「……ぶはっ!?!」
扉を開けた。開けたのはいいんだけどその先の光景に驚きを隠せなくて彼は吹き出した。
居たのは連絡があったように乃木園子と結城友奈だ。だのだが彼女たちの格好がマズい。
「な、ななななんでバニー姿なんだよ二人とも!?」
「お! ゆっきーバニー知ってるんだ〜? 流石ぁー」
「流石ってどういうこと……」
「祐くん変じゃないかなー? わたしこういうの初めて着るからどうかと思って」
「いや……その、良く似合っているよ。本当に」
「ほんとっ? やったぁー♪」
ヤバイ、と祐樹は目の前の光景を直視することが出来ずに目線を逸らす。
「む〜! ゆっきー私はぁ〜?」
「園子もよ、よく似合ってる」
「えー…そんな顔背けながら言われても嬉しくないんよぉー。ね、こっち見てよゆっきー」
「み、見ろっていったって……っ!?」
「どーおー?」
「……っ!」
逸らした視界の中に強引に入ってくる園子。ご丁寧に長耳のカチューシャを着けて本格的な装いに尚更たじろいでしまう祐樹。
しかしその背後はいつの間にか友奈が塞いでおり下がった勢いで彼女に寄りかかってしまう形となってしまった。
「ゆ、友奈……っ!」
「ちゃんと園ちゃんのこと見ないとダメなんだよ祐くん。ほぉーら! ちゃんとみーてーっ!」
「あだだだ!? 首がへし折れる友奈っ?! それに当たってる、当たってるからぁー!」
「祐くんが言うこと聞かないからでしょーっ!」
「じゃなくてぇー!?」
いかん、この子理解してない────祐樹は体術メインの彼女からの腕力に逆らおうにも今の体勢的に逆らえず、背中に感じる柔らかな感触にドキマギしながら強制的に視線を園子に向けさせられた。
期待の眼差しで園子は見上げるように祐樹を見つめてくる。またそこで心臓がどきん、と強く脈打った。
「……ゆっきーぃ」
「うっ……か、可愛い……」
「ほんと? もっと言って欲しいな」
「……に、似合ってる。可愛い」
「…………うへへ~♪ ありがとうゆっきー」
「よかったね園ちゃん♪」
本当に嬉しそうな顔をしながら園子は照れ笑いを浮かべていた。そんな表情を見てしまうとこちらとしても恥ずかしかったが言ってよかったと祐樹は思えた。
ひとまず落ち着いたようなので祐樹は本題を切り出してみる。
「と、ところで二人はどうしてこんな格好を?」
「ゆっきーに喜んでもらいたかったからだよー?」
「えっ!?」
「……というのは半分冗談でちょっと勇者部での活動で必要になるんよ~。それの試着会的な感じかな」
「そうなの友奈?」
「う、うん。そうー…だねぇ」
どうにも歯切れの悪い気がするが二人がこう言っているので信じることにしよう。
(というかバニーなんて使う場面ってどこに──)
想像してみようにも、いかがわしく思えてしまうのは自分が男だからだろうかと頭を悩ませる。でももし本当だとしたら止めないといけない。そう行動に移そうとしたところで祐樹は二人に手を引かれて奥に連れて行かれてしまう。
そしてソファーとテーブルが並べられている所に、祐樹は座らせられた。
「いらっしゃいませお客様〜? ご注文は何にしますか」
「え、友奈急に何を言ってるの…? ──っひ!?」
「お客様〜? こちらメニューになります」
「そ、園子まで……」
腕に体を密着させながら園子が祐樹にメニュー表? を手渡す。その反対側に座る友奈も祐樹と一緒にメニューを眺める仕草を見せる際に、体を密着させてくる。そのため彼の両腕からは継続して女性部分を感じてしまうわけだが、意識を逸らすためにもメニュー表に傾けることにした。というかやはりその手の店を意識しているのではなかろうか? と思わずにはいられなかった。
「じ、じゃあ取り敢えず飲み物を……お茶をください」
「は〜い! 店員さーん、注文頂きましたー」
「店員さん? そういえば東郷はどこに……」
「お客様〜こういうお店は初めてですかぁ」
「そういう絡みやめてくれ園子。恥ずいから」
「えぇ〜いいじゃん。すりすり〜♪」
「うひゃう!!?」
「あは。ゆっきー面白い〜」
変な声が出てしまった────彼女たちが密着してくることは今に始まったことではないのだけれど、衣装一つ違うだけでこうも変わってしまうのかと内心驚かされた。
そうやって弄られていると襖から先ほどから姿を見せなかった少女が現れる。東郷美森。大和撫子を謳う彼女の表層はいつものように、二人とは真逆の和装に身を包んでいた。というか色々と混ざり過ぎているように思える。メニューは『和』メインの構成だ。
「と、東郷は普通の格好なんだね」
「…恥ずかしいから。ふ、二人はよくそんな格好できるわね」
「え〜東郷さんも似合うと思うんだけどなぁー」
「でもほらわっしーはー……収まりきらないからね〜」
「ちょ!? そ、そのっち!」
「あーなるほどぉ……って、わぁ!? 祐くん頭テーブルに打ち付けてどうしたの??」
「……なんでもない」
園子の言葉に煩悩が過ぎった祐樹はガンッと勢いよく頭をテーブルに打ち付ける。収まらない、収まらないとはそういうことなのだ。だから着れないわけであってそういうことなのだ、うん。
額を真っ赤にさせながら顔を上げて気を取り直す。だが、両隣にバニー姿の彼女たちがいるせいか、着物に身を包んでいる東郷の全体像がソレと重なって視えてしまう。彼も男なのだ……妄想の一つや二つ仕方のないことだった。
「ゆ、祐くん。鼻血でてるよ?!」
「あ〜! ゆっきーわっしーのバニー姿想像してたんでしょ〜♪」
「んん! ち、ちがふ……これは頭打ったせいだ!」
「…祐樹くんのえっち」
「た、だから東郷誤解……というよりティッシュ!」
変な誤解をされてしまった。というよりタイミングが悪すぎる。普段こんな程度じゃ流れ出てこない熱血は、押さえたティッシュを赤く染めていく。東郷は茹で上がったように顔を赤くし、自分の体を抱きしめているせいか傍からみたら祐樹が辱めているかのような錯覚を得てしまう。
鼻にティッシュを詰めて不格好のまま、差し出されたお茶を一気に煽って喉を潤す。ペースに呑まれるな。これはきっと自分を揶揄うためのものに違いない、と自ら言い聞かせて表をあげる。
「じゃあ、このままポッキーゲームやろ〜♪」
「わーい! お菓子おかしー♪」
「ぶふっ!? なんでポッキー?!! 普通に食べればいいじゃん」
「わっしー用意お願いします〜」
「……わ、分かったわ」
「話を聞いてくれぇ…」
東郷はそそくさと退散し、残されたのは悪戯を成功させたような表情の園子と、単純にお菓子が食べられることに喜んでいる友奈がそこには居た。というか友奈はこれからやる意味を理解しているのだろうか。
「おまたせ。持ってきたわ」
「ありがと〜わっしー!」
「普通に色々とあるけど……本当にやるの園子?」
「もち! じゃあまずは私からねー……んー」
「……っ。ゆ、友奈」
「はむはむ……なぁに祐くん?」
「いや、園子の突飛な行動を止めて欲しいんだけど」
「ん〜〜……」
なぜそこで頭を悩ませる、と疑問が浮かんだが少ししてピコン、と閃いた様子の友奈は祐樹の肩に手を置いてこう言い放った。
「──園ちゃん終わったら次わたしね♪」
「そういうことじゃなぁいっ!!」
「えぇぇー…」
なんでぇーって顔してもダメです。バウムクーヘンを頬張る友奈を他所に園子はチョンチョンと指で祐樹を突いてくる。
「──んっ!」
「……園子。それって食べ進めていったらどうなるか分かってるよね?」
「………、」
「顔赤くして……まったく」
目を閉じて待ち構える彼女に対して、祐樹も頭を掻いて意を決したようだ。片端を咥える園子の反対側に口を開けて祐樹も咥えた。
「ぽり……ぽり」
「ん、んぅ……むっ。むっぅ」
なぜそんなに色っぽく声を漏らすのか、とツッコミを入れたいところだが祐樹は今ポッキーを食べているので言葉を発することが出来ない。でもそんな彼女の反応は普段見れないものなので、好奇心のようなものが刺激される。折れないようにひと噛み、ひと噛みと進めていくと目元をキュッと締めて羞恥に耐えるその姿は愛らしいの一言に尽きた。
(しかし……これって本来どこまでやるもんなんだ?)
昔のゲーム名として認知しているが祐樹は勝ち負けの判断基準がよく理解出来ていない。それにこのまま食べ進めていったらいずれお互いの唇が当たってしまう。そう考えたらドキドキと鼓動が煩い。
「お〜…園ちゃんやっるぅー」
「く、う……なんて破廉恥な」
東郷はチラチラと二人の様子を伺う中で、友奈は興味津々に二人を眺める。その視線の先には半分を食べ進めた祐樹の園子。双方は更に顔を赤らめていた。
相手の香りや体温が間近に感じられ、まさに目と鼻の先にお互いの顔がある。勢いで始めたとはいえ果てさてどうしたものか。
(ゆっきーの顔が凄い近い……いいかな。しちゃっても)
(…くぅ。分かっているのに止められない自分がいる。このままいっそのこと──)
二人の葛藤はその動きを留めることは叶わない。そして──
『──あっ』
寸でのところでポキン、と折れてしまった。お約束といえばお約束の展開に思わず園子と祐樹は近距離で視線を交わす。
「わ、悪い……」
「う、ううん。私こそごめんね……えへへ」
我に帰った祐樹は園子から離れ、園子は気恥ずかしそうにその場でにへら、と笑みを浮かべていた。
「祐樹くん…?」
「…悪い東郷。少し暴走してたかも」
「だから言ったのに…もう。ほら、口元にちょこがついてる」
「んぐ。ありがとう」
「二人とも惜しかったね! じゃあ次わたしッ!!」
「は? んぶっ!?」
東郷に口元を拭ってもらった矢先にポッキーが再び祐樹に差し込まれた。呆気にとられていた彼は勢いで何がなんだか半ば思考停止状態であった。
「ん、んー……ぽりぽりぽりぽり」
(ゆ、友奈早過ぎ────っ!!?)
まるで木の実をかじるリスのように、サクサクと先ほどの園子の比ではない速度で食べ進めてきた。これに祐樹は動きようにも下手に動けない。もしかして早食いの競技か何かと勘違いしているんではなかろうかこの子は。
東郷の表情が驚愕に染まる。友奈のことを大事に思っている彼女のまさかの行動にこちらもまた思考停止しているように見える。園子は園子で別世界にトリップしているようだ。つまり、誰も友奈を止めるものがいない──
「ひゅ、ひゅうな……まっへ──んぶ!?」
「ん、ちゅ……んんんんっッ!?!」
『あぁっ!!?』
時すでに遅し。祐樹は唇に温かくて柔らかいものがぶつかった。
東郷と園子もそれぞれが別世界から帰還を果たすほどの衝撃が目の前に広がっていた。祐樹と友奈はお互い目を見開き頰が茹だるほど染め上がっている。
(あ、あわわわわぁー……ゆ、祐くんとちゅーしてるよわたし!? ど、どどどうしよう?!)
(友奈の唇柔らか……じゃなくて!? なん…えぇ!?!)
もう二人とも内心テンパりすぎてこれ以上動けない状態に陥っていた。そのせいかお互いの感触を堪能してしまう。
「だ…ダメぇぇ!!」
「うわ!?」
「きゃ──っ!? と、東郷さん」
ガバァっと目を回した東郷が二人を引き剥がした。途端に唇に冷んやりとした空気が撫でて、不覚にも名残惜しいと祐樹は感じてしまっていた。
「だ、ダメよ二人ともこんな……こんな場所でその格好で身体を密着させて接吻なんて私だって祐樹くんと……あぁでも友奈ちゃんの気持ちも分からなくないから────ぐぬぬぅぅ」
「と、東郷!? 落ち着け! なんか色々と自爆してそうな部分もあるぞ?!」
「ぽー……祐くんとキスしちゃったぁ。はふぁ〜♪」
「ゆ、友奈まで。戻ってこいっ!?」
「ゆーゆばっかりズルいぃ〜! ゆっきー今度は私としよーよー!」
「は、話を複雑にさせるな園子ぉ!」
今度は友奈がトリップし、園子がキスをねだり始めていた。
場が混沌と化しつつある一室に東郷の呪詛のような独り言が木霊し、祐樹は目を回してこの場に居ない勇者部の面子に助けを心の内で求めた。
────結局、バニーはなんの為に着たのだろうか?
祐樹は最後までその答えを見出すことは出来なかった。
お菓子を食べるだけのお話です……(血涙
バニー姿は個人的趣味ありきなのでご容赦を笑