平日の夜。自室のベッドに身を投げた私は端末を片手に枕元に顔を埋めて画面を見ていた。
『祐くん。結城友奈お風呂から上がりました〜♪』
指を細かく動かしメッセージを書き込んですぐさま送信する。
そうして一分と経たずにメッセージアプリ内で動きがあった。
『おかえり友奈! 湯冷めしないように気をつけてね』
『はぁーい! でねでね、さっきのお話の続きなんだけど──』
こういうやり取りは付き合い始めるちょっと前からやっている。
その日の出来事や、共通の話題をメッセージでやりとりする他愛のないもの。
私にとってとても大切で幸せな時間。大好きな祐くんとこのひと時を共有していくのが夜のお楽しみなんだ。
なんて事のない些細な話題でさえ楽しく思えるし、明日も祐くんと一緒過ごせると実感できる。
基本的にはメッセージがほとんどで、彼の声が聴きたい時は電話で夜遅くまでお話をしちゃうときもあった。
たまに夜更かししすぎちゃって東郷さんに叱られちゃうこともあるけど、東郷さんも私の気持ちが分かってくれるのかそこまで強くは言ってこない。いつもごめんね東郷さん。
『今日小テストがあったんだけど、ちょっと結果がイマイチっぽいんだよね』
「へー。祐くん珍しいなぁ」
足をパタパタさせながら私は呟く。
勉強を教えてもらっている身からしてみれば、彼がそんな弱音? を吐くなんて珍しくなにかあったんだろうかと考えてしまう。
「あっ……この頃一緒に色んなところに遊びにいっちゃってたからかな。あわわ、だとしたらどうしよう」
はっ、と考えてみたら思い当たる節が多くてもしかしたらそのせいでテストの結果に悪影響が出てしまったんじゃなかろうか。
私は慌ててその旨を彼に伝える。返事はすぐに返ってきた。
『いやいや。そんなことはないから安心してよ友奈。テストもたしかに大事だけど、僕にとってはそれ以上に友奈と一緒に過ごす時間が大事なんだから』
「祐くん……んん〜!!」
メッセージを見て私は枕に顔を埋めて悶えた。
────そんなこと言うのは反則だよぉー!
ダメだ。にやけが治らないよ。私は近くをふよふよ漂っていた牛鬼を捕まえて思いっきり抱きしめた。
少しだけ苦しそうにもがく牛鬼だけど今はちょっと我慢してほしい。
(すき…好き。祐くん、ゆうくんー!)
まさか自分がこんなにも異性を好きになるなんてちょっと前までは考えもしなかった。
ベットの上でゴロゴロと悶え回る私は私らしくないかもしれないけど、許してほしい──と見えない誰かに謝った。んーと、ほんと誰にだろう? まぁ、いいか。
胸が満足するまで牛鬼を巻き込んでいるとぽこん、と端末からもう一通のメッセージが届いた。
それを見た私は一転して驚愕の色に染まった。
『…まぁ、実を言うとちょっと頭がぼーっとしちゃっててさ。今もちょっと息苦しいというか。あはは』
「えっ……祐、くん?」
そのメッセージを見て私の心は不安に色に染まる。もしかして……いや、もしかしなくてもこれは体調不良というやつではないのだろうか。
『だ、大丈夫なの?? 食欲は? 他に痛いところとかない? 心配だよーー! ><』
『食欲は、いつもよりかないかな。あとは頭が少し痛いぐらいで。心配させてごめんね! 恐らく寝れば大丈夫だろうから』
『じ、じゃあ今日はもう寝ちゃいなよ! 遅くまで付き合ってくれてありがと祐くん。また、明日! おやすみ』
『うん、こちらこそ。おやすみ友奈』
私は早めに切り上げて祐くんにゆっくり休んでもらうことにした。
端末のアプリを終了させて両手で握りしめて天井を仰ぎ見る。
「祐くん、ほんとに大丈夫かな。ねえ、牛鬼ー?」
『…………、』
「わぷ!? ちょ、ちょっと牛鬼ぃー! なんで私の顔に乗っかってくるのー!?」
頭に乗ってくることはあっても顔面に乗られるとは思いもしなかった。柔らかい感触とともに息を止められ、私は起き上がって牛鬼を引き剥がした。
「もしかして、励ましてくれた?」
『…………。』
「そっか、ありがとね牛鬼! そうだよね…うじうじしてるのは私らしくない! 彼女である私が祐くんを元気付けてあげないと──っ!」
おっし頑張るぞー! と拳を上げて意気込む。
でも、自分で言っておいてなんだけど彼女……彼女かぁ。
「ほへ〜…♪」
綻んでしまう頰に手を添えて私はまた悶える。
こうして色々と考えながら夜は更けていく。しかし翌朝、私の考えていたよりも事態は大きくなっていた────。
◇
翌日。ちょっとだけ寝坊してしまった私は東郷さんに起こされて身支度を整えている中で、祐くんにメッセージを送っていた。
『おはよう祐くん! 体調はどう? 学校いけそうかな??』
挨拶と一緒に彼の容態を確認しておく。でもそれは何分経っても返信が返ってくることはなかった。
おかしいな。いつもならもう起きていてもいい時間なのに……。
一抹の不安が過ぎる。
「どうしたの友奈ちゃん、なんか不安そうな顔してるよ?」
「東郷さん……うん、あのね」
私の心の機微にいち早く反応してくれた東郷さんに思い切って昨夜の出来事を話してみた。
「……そう、祐樹さんが。それは心配ね」
「うん。さっきから連絡してるんだけど一回も返信がないの。もしかして倒れちゃって──!」
「悲観ばかりしてちゃダメよ友奈ちゃん。……少しだけまってて」
「えっ? 東郷さんなにを──」
そう言って東郷さんは端末を取り出して何処かに連絡を取り始めた。
私に聞こえないぐらいの声量でやり取りを繰り返していると、通話が終わったのか彼女は一息ついた。
そしてくるっと私に向き直るとにこやかに親指を立てていた。
「友奈ちゃん、今日は学校の方はお休みで大丈夫よ。彼氏さんの一大事なのだからそっちを優先してあげて」
「え、えぇ!? ど、どういうこと東郷さん!」
「ちょっとそのっちにお願いして──げふん。大赦の力を──げふんげふん! まぁ色々と根回ししたから問題ないよ」
「……なんだかよくわからないけど流石は東郷さんだー?」
「うふふ。もっと褒めてくれてもいいのよ友奈ちゃん。そしたら途中まで一緒に行こうね」
「うん! 今度何かで埋め合わせするからっ!」
「じゃあ、今週末に久々に二人でお出かけしましょう♪」
東郷さんの提案に快諾した私は急いで支度を始める。
未だに連絡がないのが不安だけど、無事でいてね祐くん…。
◇
家を出て途中まで道が一緒だった東郷さんとも別れて私は祐くんの住むアパートに足を運ぶ。
心配が拭えないまま足早に向かうと次第に建物が見えてきた。
「えっと……鍵、カギっと──」
祐くんの家に遊びにいくことが増えた頃から合鍵をもらっていたので、カバンから取り出してそれを使って扉を開ける。
私はそっと中の様子を伺ってみるけど、日中だというのに部屋の中は薄暗いままだった。
雨戸やカーテンを開けていないことになるのでやっぱりまだ目覚めていないことになる。
「お邪魔しまーす…」
パタン、と扉を閉めて施錠し靴を脱いで部屋に上がる。暗がりなので足元に気をつけながら進んでいって部屋に入ってみると、
「…………っ」
「ゆ、祐くん!!」
電気をつけてベットの上で寝苦しそうにしていた彼の姿を見つける。
慌てて彼の元に近づいてみる。凄い汗…。
目を閉じてはいるがとっても苦しそうで、もしかして今の今までずっとこの状態だったのかもしれない。
「え、えと。こういうときは……まず何からするんだっけ?? あぅ」
こういうときに東郷さんのようにテキパキと動けたらいいんだけど、私は全然ダメでテンパってしまう。
「……ん。あれ、ゆうな? なんで僕の家にいるの」
「あっ! 祐くん大丈夫!? 今朝から連絡してたのに全然出なかったから心配で来たんだよ」
「うっく…そうなんだ。わざわざありがとね──よい、しょ」
「わー!? ダメダメぇー! 祐くん熱があるんだから寝てないと!」
私はとりあえず起き上がろうとする祐くんを寝かせる。
不思議そうにしている彼はもしかして現状を理解していないのかな?
「熱は測った?」
「あー…まだ。昨日はあのまま寝ちゃってたから何もしてないや」
「じゃあまずは熱を測って──体温計ある?」
「えっと、あの上の棚の引き出しに……」
「あそこだね。んーと……あった!」
言われた場所を探すとすぐに見つかった。すぐに電源を入れて祐くんに手渡す。
えーっと次は…。
「学校にも連絡入れないとね。私が代わりに連絡するよ! 番号わかる?」
「そんな悪い──けほ。友奈こそ学校は?」
「私のことは気にしなくても大丈夫だよー。東郷さんが色々としてくれたから!」
「そう、なんだ。えと…端末に番号登録してたはず」
「借りてもいいかな?」
「うん、悪いね」
「えへへ。全然問題ないよー。じゃあちょっと借りるね」
側に置いてあった端末を祐くんがとって番号の登録してあるところまでやってもらう。発信ボタン前で私は受け取ってコールボタンを押した。
「──あっ。もしもし、えっと……高嶋くんの携帯からかけてるんですが」
電話はすぐに出て事務の人っぽい人が電話に出た。
思えばこうやって彼のことを『苗字』で呼ぶのはなんだか新鮮な気持ちになる……。
(あっ…もし私と祐くんが結婚したら私の苗字も『高嶋』になるのかなぁ……『高嶋友奈』かあ♪)
私の『結城』という名前も大切なものだけど、祐くんの『高嶋』という名前も大好き。
考えてみるととても心がぽかぽかする。なんでだろうね。
けれどそれはまだまだ先の未来だし────私にはちょっと早すぎたかな。えへへー♪
綻びそうになる頬を堪えて事務の人に伝え終わると通話を終了させる。
「祐くん連絡ちゃんとできたよ! これで安心してお休みできるね」
「ありがとう友奈。キミが居てくれて……助かるよ」
言いながら祐くんはにこやかに笑ってくれた。
「あ、熱測り終わった──わ、結構あるね。ごめんね昨日気が付いてあげれなくて」
「僕の体調管理が悪いんだし……友奈こそ大丈夫? キミにうつしちゃったら……」
「ううん! 私こーみえてあんまり風邪とか熱とか引いたことないんだ! それよりも祐くんの傍に居させて……ね?」
祐くんの手を握って私は本心を口にする。彼のそばに居たい、辛いときにこうやって手を握って安心させたいんだ。
祐くんは私の気持ちをちゃんと受け取ってくれたかな。
「──今のは……反則。ずるいよ友奈は」
「えー!?」
既に赤い顔を更に赤くしちゃって視線を逸らす祐くん。なんで目を逸らすのー!?
あっ! いつものやりとりしてるだけじゃダメだ結城友奈!
今日は祐くんの看病をしに来たんだからこの御役目はちゃんとこなさないといけない。
両手で握りこぶしを作って意気込む。
「祐くん。まずはコレをつけて!」
「それは……つめたっ!?」
有無を言わさずに私はお母さんからもらったあるものを祐くんの額にぴたりと貼る。
目を細めて冷たい感覚に小さく驚く祐くんが可愛くて────じゃなくて気持ちよさそうにしていた。
「冷えピタ……あー、冷たくて気持ちいい」
「それじゃあ祐くん。今度はキッチン借りるね!」
「はーい…」
祐くんをひとまず寝かせて私はキッチンに足を運ぶ。
これもお母さんからもらった果物を手に私はうーん、と首を捻らせる。
(祐くん喉が辛そうだったし、あんまり固形物は良くないかも)
東郷さんに祐くんの容態によって料理関係は変えていかないといけないよって教えてもらっている。
あまり料理とかは得意な方ではないけれど、頑張っていこう!
「えっとリンゴはすりおろしてー……あ、皮は剥かないと!」
危ない危ない、と私は手を切らないように不器用ながら皮を剥いていく。そうして剥き終わったリンゴをすり鉢で下ろしていく。
「すーりすりー♪ すーりり〜」
あ、これ意外と楽しいかも。普段はあんまりキッチンに立つことはない私だけど、将来のことを考えたら東郷さんや風先輩に教えてもらうこともいいかもしれない。
もちろんお母さんからにもね、って考えている内に擦り終わったリンゴを器に入れて祐くんのところに運んでいく。
「祐くんおまたせー! 少しでも食べてくれると嬉しいな」
「…もが。あふぃがとゆうなー」
「わぁ!? 牛鬼ぃー!! 寝てる祐くんの顔に乗っかっちゃダメだよーー!」
近頃の牛鬼のブームなのか顔に張り付いてくることが多々ある。
やめてといってもやめないから困ったものだ。
特になにか意味があるようには見えないけど今の祐くんにはやっちゃだめなんだよー。
「ごめんね祐くん。うちの牛鬼自由気ままだから」
「平気だよー。なんだか……癒しパワーをもらった気がするよ。あ、そこの袋の中に牛鬼用のビーフジャーキー買ってあるからあげてよ」
「え、あ、ほんとだこんなにたくさん……ありがとう祐くん! ほら、牛鬼もちゃんとお礼するんだよー」
『…………、』
「むぐ……もがが」
「だからそれはダメだってばー牛鬼ー!!」
再び祐くんの顔に張り付く牛鬼。この子は本当に祐くんによく懐いている。
こうやって表に出ているときは私のように彼にべったりなんだ。もしかして飼い主の性格みたいなのが反映されているのかもしれない。
祐くんにくっ付きたい気持ちはすごく分かるから。…今も我慢してるし。
でも彼は病人なので過度な接触は身体に障ると思うので、牛鬼はもらったビーフジャーキーで釣ることにした。
ぱく、と抗えない誘惑に釣られて牛鬼は祐くんから離れてビーフジャーキーを咥えて食べ始める。
「まったくもー。牛鬼には困ったなぁ…はい、祐くん摩り下ろしたリンゴだよ。食欲あったら食べてくれる?」
「うん。もらうよ友奈」
「あっ、私が食べさせてあげるよ!」
「ほんと? 嬉しいな。じゃお願いしようかな」
身体を起こして祐くんは私が食べさせやすいように口を開けた。
「あーん♪」
スプーンで掬ったリンゴを祐くんの口元に運ぶ。 祐くんは口に含んだリンゴを顔を顰めながらもゆっくり飲み込んでくれた。
「痛い? やっぱり食べれそうにないかな…」
「飲み込んだときに……けほ。喉奥が痛むだけで食べられるよ。せっかく友奈が用意してくれたんだから全部食べたい」
「祐くん……」
私は彼の思いやりに目頭が熱くなってしまう。
でも食べてくれて本当に良かった。具合悪い時でもちゃんと食べないと良くならないって言うから、この調子でいけばこれ以上は酷くならないと思う。
よぉーしっ!
「他にもお母さんから果物もらってきたから、食べられるやつがあったら遠慮なく言ってね!」
「ありがとう友奈。友奈のお母さんにも今度お礼しに行かないとな……あと、僕だけじゃなくて友奈も一緒に食べよう? 一人より二人のが美味しく食べられるからさ」
「わかった! じゃあ、準備してくるから起き上がったらダメだよ」
「…おっけー。リンゴ、食べてていい?」
「いいよ〜♪」
親指と人差し指で丸を作って私は微笑む。
◇
なんとかひと段落ついた私は食べ終わったお皿を洗って部屋に戻ると、ベットの上で祐くんは寝息を立てながら寝ていた。
最初に比べていくらか良くなってるかな? 薬も市販品のではあるけれど取り敢えず飲んでもらって様子見といったところ。
その傍らでは相変わらず牛鬼が居て、ビーフジャーキーをもぐもぐと食していた。
相変わらず良く食べる精霊だなぁ、と私は端末を取り出して操作する。
『ひとまず祐くんはお薬のんでから寝ちゃったよ。今朝も今もすごい助かっちゃった。ありがとう東郷さん』
『それはよかったわ。でも油断したらダメだからね。学校の授業は帰ったらノート貸してあげるから』
さっすが東郷さん! 思わず微笑んでしまう中で私は祐くんの首筋に触れた。
まだまだ熱を感じる感覚に、あんまり下がらないようなら病院に連れていかないといけないと考えて私はハッと思い出した。
「祐くんこんな感じだと昨日からまともに家事ができてなかったんじゃ…?」
さっきもキッチンのシンクには洗い物が残ったままだったし、洗濯とかもしてないかも。
せっかくこうして東郷さんに時間を作ってもらったのだからここは彼女である私が祐くんのお手伝いをするしかないっ!
起きないように彼の頭を撫でてから私は洗面所に向かう。
案の定、洗濯物が溜まっていた。
「天気もいいし、先にお洗濯しちゃおう♪」
洗濯かごに放り込まれている洗濯物を取り出して仕分けしていく。
「えっと…洋服、ワイシャツ、ズボンにー靴下! それにー……にー……っ」
そこで私はある致命的な考えがぽっかりと抜けていたことを理解した。
私の家はお父さんを除いて東郷さんや周りを含めて女性の比率が高い環境下に身を置いていたため、こうやって同年代でかつ異性の居る現状が以前の私と違うことにまったく疑問を抱かなかった。
私は顔が熱くなるのを自覚する。手に持っている『ソレ』を見て──洗濯かごにあるということは身に着けていた物を全て脱ぐということであって。
────私は女の子で、祐くんは男の子。
「こ、ここここれって……!!? ゆ、祐くんの────ぱん……」
ボンッ! と頬を赤く沸騰させてしまう。
「や、その……これは洗濯しようとしてただけで! って私は一人でなに言ってるんだろー!?」
誰に言い訳しているのかわからないけど、早く洗濯機に入れないと!
でもなぜか私の手は『ソレ』を離そうとせず、逆になんというか……好奇心のようなものが芽生えてきてしまう。
よくよく考えてみればこうして異性の下着を目にすることも、ましてや手にすることもなかった私にとって目の前のこれはとても興味があるのも無理はなかった。
「……けっこうピッタリとした作り。おぉー…でも意外と伸びる」
両手を使ってびよーんと伸ばしてみる。女性の下着とは全然違う構造に私は「わぁ」と思わず声を漏らす。
「……祐くんの。なんでだろう? すごく──ドキドキしちゃう」
こうしてまじまじと観察してしまうのは悪い事なのに。どうしても釘付けにして放してくれない。
心臓が強く脈打ってとてもうるさい。
(……だ、ダメだよ私。なに考えて────)
じーっと眺めていた顔は何を思ったのか徐々に近づいていく。まるでこれじゃあ変態さんみたいじゃないか。
けれど身体は意に反して動くことを止めない。そして────
「ゆうな? なにしてるの……?」
「ひゃあ!?」
もう少しでゼロ距離になるところで不意に背後から声をかけられて私の心臓は飛び出そうなほど驚く。
反射的に私は持っていたそれを上着のポケットにしまいながら振り向いて愛想笑いを浮かべる。
…………ぁ。
「ゆ、祐くん!? 起き上がっちゃダメだよ!」
「いや、ちょっとトイレに……もしかして洗濯してくれようとしてた?」
「…っ」
「そっかー…色々と手間かけさせて悪いね。ありがとうゆうな」
「こ、これくらいへっちゃらだよ!」
ぽーっとした祐くんに焦りをみせながらテキパキと仕分けして洗濯機に入れてスイッチを押す。
「あはは。これでおっけーだよー」
「ありがとう。じゃあ僕はトイレにいってきまー……」
「行ってらー」
手を振って見送ると、私は内心とても焦っていた。
(ど、どどどうしてポケットに入れちゃったんだんだろ私ぃー! でも洗濯ものも全部入れちゃったし、これだけカゴに入ったままだと不自然だし……)
わたわたとテンパっちゃってどうしたらいいのかわからない。
対策を考えるも、トイレの扉が開く音が聞こえてきた。祐くんが戻ってくる。早いよぉ!
「と、とりあえず後で考えよう。ごめんね祐くん」
内心平謝りしながら私は部屋に戻っていった。
◇
その後は洗濯物を干したりして、祐くんの体調を気にかけながら昼食の準備した。
「おまたせ祐くん。ちょっと時間ズレちゃったけど、お昼ご飯だよー」
「おぉー……うどんか」
「うん。やっぱりこういうときでも食べやすいものといったら”うどん”だね!」
「美味しそう。いただきまーす」
「召し上がれ♪」
あんまり凝ったものは出来なかったけど、祐くんのお口に合うかな?
牛鬼を頭に乗せながらうどんを啜った彼は笑みを浮かべながら頷く。
「…うまー。冷たいうどんが火照った身体に染みる」
「味とか大丈夫?」
「もちろん僕の好みの味付けだよ。友奈の手料理も食べられて熱になっちゃうのもたまにはいいのかなぁ」
「えへへ。ならこれからも頑張ってお料理覚えて祐くんに食べてもらうね!」
「ほんと? 楽しみだなー……ほら、牛鬼。ご主人さまが作ったうどんたぞー。お食べ」
ふよふよと漂いながら祐くんが箸で掴んだうどんをぱくりと食べる。
「牛鬼ー。食べるときは飛んでちゃダメだよ。ちゃんと座るの」
『…………。』
「お、従った。しつけがちゃんとしてるんだね」
「東郷さんが教えてくれたんだー。まだまだ言う事聞かないことが多いけど……食べ物があるときはわりと聞いてくれるようになったかなぁ」
「へぇ。えらいぞ牛鬼」
テーブルの上で別皿に盛ったうどんを食べていく牛鬼をよそに私たちも食べ進めていった。
「時間経つの早いよねー。もう二時になっちゃう」
「でもおかげでだいぶ楽になってきたよ。今日はありがとう友奈、明日から学校にも行けそうだ」
「よかったー♪」
そう言ってもらえるだけでやった甲斐があった。
でも一つだけまだ解決していない問題がある。
(た、タイミングが完全になくなっちゃった……うぅ、素直に言った方がいいかなやっぱり──でもでも!!)
祐くんに引かれたら嫌だし……。未だポケットにしまいこんだソレの対処をどうしても思いつかない。
ちらちらと彼を見ていると、玄関からチャイムが鳴り響いた。
来客だ。
「はーい。出てきていい祐くん?」
「お願い」
私が玄関までいってインターホンで確認してみると、見知った人物がそこにいた。
「東郷さん! 来てくれたんだ」
「友奈ちゃん。私も二人が心配だから来ちゃったわ。大丈夫だった?」
制服姿の東郷さんがお見舞いに来てくれた。その手には買い物袋をぶら下げて。
「うん! 取り敢えず上がって上がって」
「お邪魔します」
私は買い物袋を受け取って、部屋に案内する。
中には色々な食材が入っていた。
「もしかして東郷さんご飯作ってくれるの?」
「友奈ちゃん。まだ簡単なものしか作れないでしょ? だから一緒に作ろうかと思ってね。祐樹さん、こんにちは」
「ん? おー…須美。キミも来てくれたんだ。ありがとう」
「その様子だとだいぶ良くなってきたのね。さすが友奈ちゃん♪」
「えっへへー。そんなことないよぉ〜」
東郷さんに褒められてとても嬉しい。
「さて、ここからは私と友奈ちゃんが看病してあげるからしっかり治すこと! いいわね祐樹さん」
「お、おう…」
「東郷さんが…燃えてるっ!」
いつになく燃えている東郷さんに押されて私もやる気が湧いてきた。
こうして何とか祐くんの体調も良くなって無事に元の日常に戻っていきましたとさ。
めでたしめでたし────
とはならず、その日の夜。私は完全に忘れていた。
「あー! わ、忘れてたぁー!?」
ベットの上で転がり回る。目の前には祐くんの下着が鎮座していた。
結局あの後タイミングを忘れ、私自身もすっかりと頭から抜けてしまったことを思い出す。
牛鬼は祐くんからもらったビーフジャーキーを椅子の上でもぐもぐ食べている。
「ど、どうしよう本当に……はっ、祐くんこれがないと困っちゃうんじゃ──」
冷静に考えれば一枚なくなったぐらいじゃ困ることはないのだが、今の私にはそこまで思考がまわらない。
「……ごくり」
喉を鳴らし、昼間の出来事を思い出す。今はもう誰の横槍も入ることはない。
「────ぁ、ぅ」
さて、このあとどうなったかは彼女のみぞ知る。
翌日東郷さんに「顔色がいいわね友奈ちゃん」と言われるけど、私は笑って誤魔化した。
────彼の『アレ』は今も私は持っている。
いやー看病されたい(切実
それと二周年で発表されている『五か条』────これはアレがついにくるか……ととても楽しみにしてます。ハイ