勇者たちをイチャイチャさせたい!   作:紅氷(しょうが味)

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一人暮らしというものは何かとお金がかかるものだ。

学生の身分なれど、その例に漏れることはない。
必要なものは自分で賄う。


そんな数あるバイトの中で働いていたその場所に今日も彼女は足を運んでくれる。
彼女が来てくれるその日はとても身体が軽くなり、やる気に満ち溢れるんだ。

理由は分かっている。
いつかこの気持ちを伝えることができるのだろうか────?


犬吠埼風の章
story 1『一杯のうどん』


「いらっしゃいませー!」

 

 入店時の恒例の挨拶を述べてお客を席に案内する。

案内して、注文を取ってそれを厨房に届けるこの一連の動作もようやく身についてきた今日この頃。

 

「あ、いらっしゃいませー……お?」

 

 暖簾をくぐるお客の中に見知った人間が来てくれた。

 

「あっ、いたいた! 祐さんこんにちはーっ!」

 

 快活な声と共に二つに結んである髪が小さく揺れる。

 僕は『いらっしゃい』と、見知った彼女の下へ赴いた。

 

「やあ、風。今日も来たんだね、学校お疲れ様。樹ちゃんもね」

「祐さんこそ学校からのアルバイトご苦労さま!」

「こ、こんにちは祐樹さん」

 

 彼女──犬吠埼風とその妹である犬吠埼樹。彼女たちはよく学校帰りに姉妹でこの『かめや』に足を運んでくれる所謂『常連』というやつだ。

 二人を案内して席につかせると、二人の手元にお冷を置く。

 

「にししー! 今日も『女子力』を高めに来ちゃいましたよー!」

「あはは。ならいつもの(、、、、)かな。樹ちゃんはどうする?」

「もう、お姉ちゃん恥ずかしい……あ、わたしは普通のぶっかけうどんでお願いします」

「うん。承りました! お待ちください」

 

 このやりとりも既に両手の指じゃ足りないぐらいやってきた。

 だからこそ彼女が何を食べたいのか、聞かないでも分かる、いや分かってしまうのだ。

 

 

「はい、お待ちどうさま! 樹ちゃんはぶっかけで、風は肉ぶっかけうどん大盛りね。『女子力』が上がるように肉は普段より多めにしてもらったよー」

「ありがとうございます!」

「さっすが~祐さんわかってるね!! 有難うございますッ!」

 

 うどんを提供したときの彼女の嬉しそうな顔はとても好きだった。

 パチン、と割りばしを割る音を鳴らして二人はうどんを食べ始める。

 

 僕はその様子を仕事をしながら眺めるのが、これもまた好きなのである。

 知り合って間もないが、風が暖簾をくぐりうどんを食べると店の雰囲気も一段と明るくなるような気がする。

 

 店の従業員からも気に入られているようで、こうしてトッピングの増量など言わずともやってくれるほどだ。

 あらかたの流れが終わると、少しだけ彼女たちの空間にお邪魔する。

 

「ご機嫌だね風は。何かいいことあったでしょー?」

 

 僕がそう口にすると、風はにやり、といった感じでうどんを啜ってみせる。

 

「祐さんわかります? 実は我が部活、『勇者部』に新たなメンバーが加わったのよ!!」

 

 と、声高らかに彼女はそう言った。うどんを食べているせいか若干テンションが高めである。

 向かい側に座る樹は彼女の突発的な動きにびくっと驚いていた。

 

「ほー……まさか物好きな人間がいるなんてなぁ。僕は驚きだよ」

「あ、ひどい! この『女子力』しかない部活にそんなこと言うなんて……ぶぅーぶぅー!」

「お姉ちゃん意味わからないよ……それにまだ入部届の用紙を渡しただけでしょ」

「ありゃ、そうなんだ?」

「樹それは言わない約束でしょ!? あ、祐さんうどんおかわりッ!」

 

 早ッ!? と、僕と樹はおそらく同じことを考えたと思う。話している間にあの量がどこへやら。

 まあともあれ、彼女の元気がいい理由が分かった。

 

 部員が増える……予定だそうな。

 詳しいことは訊いていないから存じないが、あの二人にとってはめでたい事なのは変わりないようだ。

 うどんの注文を持っていく際に、厨房へ一言添えておく。

 

「はい、おかわりのうどんだよ。これは僕のおごりだ」

 

 言いながら風の目の前にうどんを一杯渡す。

 

「え? でも悪いですよ」

「いいのいいの! 風にとってはめでたい事でしょ? 君が『勇者部』を頑張ってやってきたのは僕はわかってるんだから……樹ちゃんも何か食べるかな?」

「は、はい! い、いえ私はもうお腹いっぱいなので……」

「…………、」

「どうしたのお姉ちゃん?」

「風?」

 

 箸を加えたままプルプルと俯いたままの彼女。それを見て不思議がる僕と樹。

 その顔は少し赤みを帯びているように見える。

 

 数舜、何かを言葉にしようとしているのかパクパクと口を開いていたが音を出していないのでわからない。

 

「ぁ……」

『あ……?』

 

二人して首をかしげる。

 

「……あ、ありがとうございましゅ。祐さん」

 

 見上げてくる彼女の表情は目が潤んでいるような感じで、頬を赤く染めながらお礼を言ってきた。

 その様子がとても可愛らしくて……見ているこちらも照れてしまいそうなほど。それとなくセリフを噛んでいたような気もするが愛嬌ということにしておこう。

 

「い、いやうん。こんなことしかできなくて悪いけど」

「ううん! そんなことない。こんなこと言われたのもしてもらったのも男の人は祐さんが初めてで──」

「……はは。そこまで言ってもらえると奢った甲斐があったよ。じゃあ僕は仕事に戻るからゆっくりしていってね!」

「う、うん……」

「…………。」

 

 気恥ずかしくなった僕はそそくさと仕事に戻っていった。

 そんな二人の様子を見ていた樹は目をぱちくり、としている。

 

(──まさか、お姉ちゃん祐樹さんのこと?)

 

 生まれてこの方十二年。風の妹をしてきた彼女は、姉の機微にそれなりに理解がある。

 姉に吹く新たな『(かぜ)』に少しばかり興味が湧いてきた。

 

「おねーちゃん♪」

「……なによー樹?」

「ふふ。頑張ろうね!」

「あ、あははー。何のことやら」

 

 姉の幸せは妹の幸せ。もしこれが本当なのだとしたら私は応援してあげよう、と思う樹であった。

 

 

 それから彼がいる時を見計らって足を運ぶのだが、姉の動向とともに自身の体重を気にし始めた樹の姿がそこにはあったそうな?

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 それからしばらく経ったある日の帰り道。

 今日はアルバイトもないので、スーパーに買い物に来ていた。

 

一人暮らしなので、そろそろ食材の補充をしようという理由で、だ。

 

行きつけのスーパーに足を運んで店内を散策する。

すると見知った後ろ姿をした一人の少女がカートを押しながら歩いているのを発見する。

 

「こんなところで奇遇だね、風」

「…えっ!? ゆ、祐さん奇遇ね! 買い物ですか?」

 

見慣れた制服に身を包んだ風がそこにいた。

僕は彼女の問いに頷いて答える。

 

「食材の買い足しにねー。今日は樹ちゃんいないんだ?」

「あれれー? 私より樹のが気になるのかしら?」

「そ、そんなことないよ! 風に会えて嬉しいし……」

「あ、ああいやそのえと…っ!?」

「あっ!? いや、えっと今のは言葉のアヤで……」

 

自分でなにを口走ってしまったのかと、お互い顔が真っ赤になる。

 

 

「い、樹は部員たちと出掛けてるわ。アタシは買い物しなきゃいけないから先に帰ってきたのよ」

「そうなんだ。夕飯はもう決まったの?」

「ぜーんぜん。結構悩むと止まらないのよねぇ──祐さん何かないかしら?」

「そういえば、見た感じ魚が安かったけど」

「あ、本当っ!? なら魚メインで考えましょうかねー」

 

僕の提案に賛同してくれた彼女は、鮮魚売り場へと一緒に足を運ぶ。

その際にも何かと視線をチラチラと感じる。

気になったので声をかける。

 

「…僕の顔に何かついてるかな風?」

「い、いやー! 制服姿をそういえば初めてみたなぁと思って…あはは」

「そうだったっけ? えと、へんかな?」

「へっ!? ああのその……か、カッコいいと思います」

「…め、面と向かって言われると照れるねこれ」

「ゆ、祐さんが聞いて来たんでしょ!? …あぅ」

 

あれ。うまく躱されるのかと思ってたらまさかの返答に驚いてしまう。

僕の反応にしまった、と我に返った風は頭を抱えて悶絶していた。

 

『…………、』

 

その後はぎこちなさが残っていたが何とか買い物を終えると、二人は並んで帰路についていた。

夕日が沈みかけ、夜の顔が出始めてきた頃のこと。

 

暗くなってきたので重いものを持つ彼女のことを思って、手を差し伸べる。

 

「荷物持ってあげるよ。重いでしょ?」

「わ、悪いですよ。自分のものは自分で持ちますって」

「……風。僕の前だけでも遠慮はしないで欲しいな」

「あ、う……じゃあ、よろしくお願いします」

「うん! 素直な風は好きだよ僕は」

「す、すすすす好き!!?」

 

露骨に慌てふためく彼女を見て僕は思わず笑ってしまう。

それが、小馬鹿にされているのかと勘違いした風は頰を膨らませて睨みきかせてくる。

 

「……祐さんのイジワル」

「ごめんごめん! 風のいろんな表情が見たくってつい、ね」

「…そんなこと他の女の子に言ったりしてないですよね?」

 

ずい、とこちらに詰め寄ってくる風。

その瞳はいくらかの『不安』を含んでいるように思えて、言葉が過ぎたと自省する。

 

袋を持った手とは逆の方で風の頭を優しく撫でる。

 

「あっ……」

「もちろん。やっておいて何だけど、こういうのは恥ずかしいんだ実は……風以外にはしたことはないよ」

「本当ですか?」

「うん。君だからこうやって……いや、こうやりたいと思うんだ」

「……そう、ですか」

 

撫でる髪はサラサラでいつまでも触れていたいほどだった。

風はされるがままの状態だが、満更でもない様子。

というかだいぶ表情が崩れている気がする。俗に言う『にやけ顔』。

 

「そうだ! 『勇者部』の話を聞かせてよ」

「部活のこと?」

 

僕は頷く。思い返してみれば、部員が増えた今の『勇者部』についての話をしたことなかったなぁと伝える。

風はしばし考えた後、小さく笑って、

 

「……色々あるわよぉ? ついてこれるかしら」

「もちろん。いくらでも付き合うよ」

「…っ!? へ、へー覚悟しなさいよね」

 

視線を泳がせながら風は部の活動を話していく。最初は途切れ途切れの会話でも、次第に内容について踏み込んでいくと彼女の雰囲気も変わっていく。

その話す姿はとても楽しそうで、みんなのことを大切に考えていて、その中で彼女なりの頑張りもあって……。

 

その話す一つ一つに犬吠埼風としての暖かさと優しさが滲み出ているようで。

 

僕はその話を聞き終わる頃には既にもう取り返しのつかないぐらい、

 

────風のことが好きになっていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

風と買い物をしてからまたしばらく。

その日を境に連絡先を交換して今日までやり取りをしている。

 

──のだが、

 

 

「…なんか最近連絡こなくなったなぁ」

 

ぼやく。そう、この頃はアルバイト中もそうじゃない日も風の姿を見ることがなくなってきたのだ。

それとなくメールのやり取りの時に聞いてみたりしてみたが、これもうまく躱されている。

 

自分が送ればとりあえず連絡は返してくれるので嫌われてはいないと思われる。

 

「…おつかれさまでしたー!」

 

アルバイトも終わり着替えて店を後にする。

日はとっくに沈んでいるが、暗がりから覗く空は雨雲に覆われてあるのが確認できた。

念のため傘を持ってきたが使わないことを祈ろう。

 

「…………、」

 

見慣れた道筋を歩いていく。こうして彼女に会えない日が一つ一つ重なっていくと自分の中に燻る想いがより一層強くなっていくのが分かる。

今彼女はどこでなにをしているのだろうか、と。

 

自宅まであと少しというところで、ポケットにしまっていた携帯が震える。

手に取り画面を注視してみると、

 

『お姉ちゃんが見つかりません。祐樹さんご存知ないですか?』

 

この一文が目に入る。

風の携帯からのメールで、この文から察するに妹の樹が姉の携帯を利用して僕にメッセージを送ってきたのだと瞬時に理解する。

 

なぜこんなメールをしてきたのか。嫌な予感がした。

 

『いや、僕は今日は会ってないから分からないよ』

 

返信をする。するとすぐに返事は返ってきた。

 

『いきなりでご迷惑なのは承知の上ですが、どうかお姉ちゃんを探すのを手伝ってくれませんか。今のお姉ちゃんは不安定でとても心配なんです』

 

ああ、僕は一人だけ勝手に舞い上がって何をしていたんだろうか。

歯を食いしばり、自分の愚かさを痛感させられる。

 

僕は樹からの連絡を待たずに自宅とは真逆の方角に走っていく。

 

なりふり構わず走る。彼女と僕の共通点はあまりないが、日々のやり取りの中で出た場所の数々を出来るだけ踏破していく。

しかし彼女はどこにもいなかった。

 

「……雨」

 

息も切れ切れでふと空を見上げるとパラパラと雨が降り始めてきた。

だが気にしてもいられない。傘を差すと動きづらいので濡れるのも臆さずに走り続ける。

次第に雨脚も強まり、ずぶ濡れになってしまったところでようやく彼女の姿を見つける。

 

「────風っ!」

「…………。」

 

曇天を見上げ、その場から微動だにしない。

荒れた息を出来るだけ落ち着かせてから彼女に近づいていく。

 

もうあと数歩というところで彼女はこちらの存在に気がつき、振り返る。

その時の彼女の顔をみて僕は思わず驚きを露にした。

 

「風……その左目(、、、、)、どうしたの?」

「──祐、さん?」

 

しばらく見ないうちに彼女の左目には『眼帯』が付けられていた。

僕の問いかけに焦った風は左手で眼帯を隠すように抑え、背を向けてしまう。

 

「これはその……なんでも、ないわ」

 

彼女は震えた声でそう言った。

いや、何でもなくないだろうと言いたくなるがグッと堪えて平静を保つ。

怪我? あるいは事故? はたまた他の要因かは分からないがデリケートな問題には違いない。

 

「僕にも話せないことかな?」

「っ……うん。話せない」

「そっか……でも、このままだと風邪引いちゃうよ。樹ちゃん(、、、、)も心配してるから!」

「…っ!!!」

「あっ!?」

 

話し終える前に彼女は駆け出してしまった。

突然の行動に驚くが、追いかけないなんて選択肢はなかった。

 

何故突然走り出したのか。樹の名を口にした瞬間の気がしたが果たして──。

 

水溜りの上を走る。そんな中、雨はどんどん強くなっていく。

バシャバシャと、靴が濡れようとあちこちが泥だらけになろうが御構い無しに走る。今彼女に追いつかなければもう手が届かない気がしたから。

 

「……風ッ!!」

 

雨粒が視界を遮る。

でもあと少しで彼女に手が届く。そんなところで視界の隅にあるものが映った。

それを理解すると人生で初めての『火事場の馬鹿力』なるものが湧き上がってきたと思う。

直後にクラクションと共に物凄い勢いで通り過ぎようとする車が一台。

 

 躊躇いはなかった。

 

「っ……!? ぐっ……」

 

 我ながら本当にうまくいってくれて良かったと心底思う。

直後に肩と背中に強い痛みが奔る。彼女を抱き抱えて何とか回避できたが、勢いを殺せずに二人して倒れ込んでしまった。

 

「──ケガは、ないようだね。風……」

「………どうして?」

 

咄嗟に自分の身体を下にして彼女を庇ったおかげで、彼女はかすり傷一つ負わずに済んだようで安心した。

 風は腕の中におさまったまま、顔をうずくませて疑問を投げかけてくる。

 

「君が早まった行動を取ろうとしてたから、全力で止めたんだよ」

「……はは、アタシは最低です、ね」

「本当だよ。バカな事しちゃって……」

「ごめ……ごめんなさい」

 

 僕の叱責にようやく彼女は顔を上げてくれた。

 雨の中でも分かるぐらい、目元は赤く腫れて瞳からは大粒の涙を流している彼女の表情(かお)を。

 

 ────ああ、またこの子は色々と抱え込んでしまったんだな。

 

 彼女を抱きしめる力を強める。そうしつつ風の頭に優しく手を乗せる。

 

「────辛かったね、風」

 

 一言、心からの言葉を彼女に告げる。

 その言葉に風は塞き止めていたものが一気に崩壊したようで、声をあげて泣きだし始めた。

 

「うぅ……ひっぐ……あぁぁぁ」

「よしよし。今はいっぱい泣いちゃいなよ。僕たち以外誰もいないし、全部雨と一緒に洗い流しちゃいな」

「ゆう……さぁぁん……」

「うん。僕はずっと此処にいるから」

 

 制服がシワくちゃになるぐらい強く握りしめ、彼女は嗚咽を漏らす。

 はたから見たら道端で倒れこんだ男女が抱き合っている奇妙な構図が出来上がっているが、この大雨のお陰で人通りもないので気にする必要はない。

 そんなことよりも今は彼女が落ち着くまで待つとする。

 

 彼女が見上げていた空を眺めながらそう考えていた。

 

 

 

 

 ────そして、どれくらい時間が経過しただろうか。

 

 雨は一向に弱まる気配はないが、胸の中にいる彼女の涙は少しだけ収まってきたようだ。

 それでも、顔は見せないようにうずくませているが……。

 

「風? 動けるかな?」

「…………うん」

 

 すんすん、と鼻をすすりながらも小さく頷く。

 

「よし。こんな格好じゃあれだし、僕の家に先に行こう。このまま居続けたら風ひいちゃうしね」

「祐さんの家……いく」

 

ふらふらの彼女を抱き上げる。見るからに弱々しくなっている彼女の手を引いて歩きだす。

その際に肩口の方がズキズキと痛むが、家に着いたら手当してしまおうと考える。

 

場所はここから近くて安心した。

終始無言のまま、ずぶ濡れの泥だらけの僕たちは何とか自宅へと足を運ぶことができた。

 

「このまま上がっちゃって風。すぐそこバスルームだからシャワー浴びちゃってもらっていいかな? タオルも好きに使ってくれていいから」

「……はい」

 

男の家の風呂場で悪いと思うが、ずぶ濡れの彼女を放ってはおけないので我慢してもらうしかない。

床が雨水で水浸しのような感じになるが、それを後にして僕もさっさと服を脱ぐ。

 

「……いてて。まずは支度が先だ」

 

 ヒリヒリと染みるが後にする。

女の子を招いたので出来るだけの支度を整えてあげなければいけないからだ。

 

彼女には申し訳ないが、さすがに女性物の下着の類は替えがないので諦めてもらうしかない。

服は乾くまで居てもらうことになるが、今の彼女をこのまま帰らせるのも忍びない。さて、どうしたものか……。

 

上半身裸のまま僕は部屋中を歩き回る。

そうこうしているうちに浴室のドアが開く音が聞こえてきた。

 

「……祐さん、お風呂ありがとうございます」

「あ、あぁ早かったね風……っておわぁ!? な、ななな……」

 

振り向いたのがまずかった。

 

 

「な、なんでも使っていいとは言ったけど、なんでワイシャツ一枚なの!?」

「……これしかなかった」

「あっ、服忘れてた。……ごめん」

 

 初歩的なミスをしてしまう。

 サイズの違うワイシャツのためか何とか隠せているが、動くたびにちらちらと下着が見えてしまっていた。

 

 謝罪していると、風は覚束ない足取りのまま僕の下に歩み寄ってきた。

 そっと、肩に手を添える。

 

「……あたしのせいで怪我して。本当にごめんなさい」

「大丈夫だよ。これは僕の罰みたいなものだし」

「罰?」

 

 そう、罰だ。

 これは彼女がこんなになるまで気が付かなかった僕への戒めのようなもの。

 風は悲痛な顔を浮かべ、またうっすらと眼尻に涙が溜まっていっていた。

 

「だからそんな僕でも風を助けられてよかった──ああほらほら、ゆっくり深呼吸して落ち着いて、ね?」

「……ダメだあたし。涙脆くなっちゃってて……うぅ」

 

 再び胸の中に飛び込んでくる。

 上半身裸の僕とワイシャツ一枚の彼女。このままでは少々気恥ずかしいが仕方ないとするしかない。

 

 そっと風の身体を抱きしめる。

 シャワーを浴びてくれたおかげか、いくらか血色がよくなっているようで安心した。

 

 お互いの体温が直に伝わるようでとても落ち着く。

 

「祐さんはちょっと冷たいですね」

「……風は暖かいね」

「うん……あはは。祐さんに恥ずかしいところいっぱい見られちゃったわ」

 

 結んでいた髪もおろし、いつもと違った彼女の雰囲気と物言いに心臓の鼓動が速くなる。

 しかしそれは胸板に顔を置いている彼女に筒抜けなわけで、

 

「──もしかしてドキドキしてるの?」

「それはまぁ……なんというか、当然というか」

 

 居た堪れなくなって視線を明後日の方に逸らしながら言う。

 そんな様子をみた風は、小さく笑みを浮かべる。

 

「そうなんだ。よかった……ちゃんとあたしも一人の女の子として意識してもらってるのね」

「……もちろん。だからこうして抱き着かれるとその、緊張しちゃうんだ。僕にとって風は可愛くて綺麗な女の子だし」

「──えへへ、嬉しい。ねえ、祐さん……あたしの心臓の鼓動はわかる?」

 

 言いながら抱きしめてくる力が強まる。必然的に押し付けられてしまうものも感じ取れるが、確かに間隔の短い鼓動が伝わってくる。

 頷いて答えると、風は頬を赤く染めながら言う。

 

「祐さんは毎回あたしを気にかけてくれますよね? その度にあたしの鼓動はこんなにも早くなっちゃうんです」

「うん……」

「祐さんといると自然な自分が出ているようで、勇者部の部長や樹の姉とはまた違う犬吠埼風がここにいるって実感できるの」

「そっか……」

「……あたしは本当は怖くて臆病者なんです。そんなのはあの子達の前では絶対に出さないようにしてるんですけど」

「…はは。でもなんとなくだけどその子達も薄々分かっているんじゃない?」

「…ふふ、そうですね。悔しいけど」

 

でも、と僕は付け加えて、

 

「それじゃあ風の息が詰まっちゃうよ。現にあの場に居たのも弱さを見せないように考えてのことでしょ?」

「樹には心配かけさせちゃったな。あの子の方が一番辛いのに……」

 

きっと僕の手の届かない所でこの子は『戦っている』。

その使命感や重圧は中学生が負うには荷が勝ちすぎているのがもしれない。

でもそれでも彼女たちは一生懸命頑張り、苦悩し、努力している。

 

そこに関してはどうしても、悔しいが何も出来ないのだろう。

だけどそればかりじゃあ息が詰まってしまう。

 

「…何となくだけど、風たちが僕の想像している以上の大変な事をしているんだと感じるよ。だからこそ、僕は……」

 

これは自己満足なのかもしれない。独りよがりの言い方なのかもしれない。

けれどこれだけは彼女に知ってほしい、と。

 

「君の…風の心の拠り所になりたいと思ってる。だって僕は──犬吠埼風のことが大好きだから!」

 

少しだけ抱く力を強める。

この状況で言うのは卑怯なのだろう。だけど、この燻る想いはとうに抑えておくことはできなかった。

僕の告白に風は少しの間無言になる。

 

「──祐さん。こっちを見てくれませんか?」

 

優しく彼女は僕に言う。

 

「どうしたの風……んっ」

「ん……」

 

なにかと問いかける前に僕の口は……風の唇によって塞がれた。

 触れ合うだけの短いキス。その時に映った風の目から涙が一つ流れる。

 

「これが、あたしの気持ちです。本当は弱くて泣き虫のあたしの、正直な気持ち」

 

流れる涙は同じであれど、その意味は先ほどのとは違った。

頰をうっすらと赤く染めて、恥ずかしながらも僕の気持ちに応えてくれた。

それが本当に、嬉しかった。

 

「弱くていいさ。泣き虫でもいい……ありのままの君を僕はちゃんと受け止めてあげるから」

「…ずっこいなぁ祐さん。あたし、そんなこと言われたら離れられないじゃないですか…ふふ」

「それでもいいんじゃない? 僕も離すつもりはないから」

「もう……んっ」

 

自然な笑みが見えてきた所で僕たちはもう一度口づけをする。

 

「あっ…ふぁ、ま、まって祐さ…むぐ。ちゅ…んん!」

 

今度は先ほどより長く、深く求めていく。

口を割ってお互いの舌を絡ませ合う。拙い動きではあるが一生懸命に、情熱を分けるように行為を続けていった。

 

 

 

 

 

それからどれぐらい経ったのだろうか。

既に外は暗くなり、いつのまにかあの大雨も何処かへと消え去っていた。

 

ベットを背に、二人は寄り添いながらそんな外を眺めている。

 

「あ……」

「…お腹空いちゃった?」

 

色々と吐き出した後に残るのは原始的な人間の欲求だ。

まぁ、端的に言ってしまえば『お腹が空いてしまった』ということ。

 

「うわー…我ながらこの状況でよくお腹がなるわね。恥ずかしい……」

「君のことだから、負い目に感じて食べてなかったんでしょ。ちょっと座って待っててよ」

「祐さんにはすぐにバレちゃうなぁ。はーい」

「…あと、そこに洋服があるからそっちに着替えてね」

「祐さんはこっちのが好きそうな気もするけど?」

「そ、そんなことないぞ! いやその、似合ってるけど…」

「う、うん。ありがと……」

 

二人して自分の言葉に照れてしまう。

照れ隠しのために僕はキッチンに向かって前々から用意していたあるものを用いる。

 

調理の合間に、樹には連絡を入れる。姉は大丈夫だと。

 

『本当に良かった! 今日はこちらの部員の方たちと食事会をすることにしたので、お姉ちゃんをどうかよろしくお願いします』

 

との返信をいただいた。

出来た妹さんだなと、感心しながらそのことを風に話す。

 

「…ほんと、あの子になんて顔して会えばいいのやら」

「普通に…まぁなるべく普段通りにしてやればそれでいいんじゃないかな? あの子はあの子で、風のように挫けても立ち上がれる力を持っているような気がするよ。今後はまず悩んだら相談、だなっ!」

「その言葉……」

「さぁて、それでは突然ですが記念すべき第一回、『風に僕の手料理を食べてもらおうっ!』を開催しますー」

「は? ……え、ええ!? 聞いてないわよそれ! てか、いい香りがすると思ったら料理してたなんて……しかも第一回(、、、)とか」

「ちなみに開催数に制限はありません~」

「えぇー……」

 

 急なテンションの変調に慌ててしまう風。

 僕はお構いなしにと、今日までの成果を披露するときがきたとある料理をテーブルに並べる。

 

「……これって」

「名付けて──『女子力あげあげうどん』だ! 今日まで店主に時間を作ってもらって教えてもらったんだ。完、全、手作りですッ!」

「は、はぁ!? 手作り!?? 祐さんいつの間に……」

「もちろん風に食べてもらいたかったからさ! 『かめや』直伝ってやつだね。出汁も作り方を教えてもらって最初から。麺は厨房を借りての手打ち……極めつけは風の大好物な肉ぶっかけになっております」

「む、無駄に気合の入ってる一品……確かに見た目は本家に近い出来だわ」

「ささ、熱いうちに食べようよ風」

「初めてできた彼氏の初手料理が『手打ちうどん』って……世界中であたしだけかもしれないわね」

「……改めて彼氏彼女って言われると照れるね」

「う、よ…余計な事言わなくていいのっ! い、いただきます」

「どうぞ召し上がれ!」

 

 空腹には抗えずに恐る恐ると口にうどんを運ぶ。

 

「う、わ……すごいわ! 『かめや』のうどん食べてるみたいっ!」

「口に合ってよかったー。でもまだまだあれには程遠いなぁ……道は険しい」

「いやいや、そこまで目指したらお店開けるわよ……もう。──でもそうね、どちらかと言えばあたしはこの味(、、、)のほうが好きかな」

「そう? でもやっぱりプロの職人の方が何倍も────」

「そうじゃないの!」

 

 くすり、と僕の返しを聞いて小さく笑っていた。

 その背にはもう『(かげ)』はないように見える。これなら彼女は頑張って前を歩けるだろう。

 まだまだ自分の知りえないことは数えきれないほどあると思う。

 

「この味が好きな理由はね────」

 

 手の届かないものもたくさん。

 だけどきっと、寄り添っていくことはできるはずだ。

 

「これがあたしの大好きな君が作ってくれたものだからよ♪」

 

 この最高な彼女(キミ)とならきっと────。 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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