彼女はいつも身体を動かし、鍛えている。
たまには休んだら? と心配するがいつも返ってくる答えは同じ。
でもまあ何事にもひた向きな彼女の姿を僕は好ましく思う。
自分もやるべきことはやらないと……。
でもそれに集中しすぎて疎かになってしまうのはいけないな。
──もう少し僕は融通の利く人間になれないだろうか。
story 1『君と一緒に過ごす日々』
────突然だが、僕には二つ下の彼女がいる。
「……ただいまー」
更に重ねさせてもらうと学生の身分ではあるが、実家を離れて一人暮らしをしている。その経緯は特別語る必要のない、ありきたりなものなので割愛させてほしい。
時刻は二十一時を回ろうとしていた。本日もアルバイトをしていてこの時間になってしまったのだ。
日々の生計を立てているものなので仕方ないが、最近のことを考えると少々申し訳ないこととなっている。
それは──
「──やっぱり寝ちゃってたかー」
「…………くぅ」
一人暮らしとして部屋を借りているが、今現在こうして一人ではない状況になっている。
理由は先ほど述べたこと。そう、僕の彼女である。
ベットの上で規則正しい寝息を立てている彼女は、僕の帰りを待っててくれてくれたのだろう。
しかし、彼女は『超』がつくほどの健康女子であるため、いつも僕がアルバイトから帰宅する時間はすでにこの通りの有様。
近づいてベットの前でしゃがんでその顔を覗き込む。
「寝顔、相変わらず可愛いなぁ」
「…………、」
小さな声量で本音を口にする。流れる茶髪の髪を手で梳いてみるみると抵抗がまったくない。
触り心地の良い髪質だ。
その際に少しだけ身じろぎをするが未だ目覚めず。
「健康的な肌質、端麗な顔立ち。僕には勿体ない彼女だなぁー」
「………。」
ぼやくように言葉を重ねていく。だが、未だに目覚めず。
「──この溢れる情熱をどう君に伝えるべきか! あぁ、愛しの愛しの……!」
「……、」
オーバーアクション気味に身振り手振りで愛を伝える。
彼女の頬が赤くなり、プルプルし始めた。だが、未だ目覚めず。
ならば、と。とっておきの一撃を彼女にお見舞いさせるとしよう。
「大好きだよ。
「…耳元でう、うるさいわよ。アンタ、わかってやってたでしょ……」
じとーっと言った感じで横になったままの彼女────三好夏凜が耳まで真っ赤にして不満を口にしてきた。
僕は夏凜が横になっているベットに腕を組み、そこに顔を置いて目線を同じにする。
「まあね。だって夏凜、
「し、仕方ないじゃない! 読めちゃうものは読めちゃうんだから」
「……ぶうー。そのせいで僕の思い描く『寝てる彼女に愛を囁く』がいつまでたっても実行できないんじゃないかっ!」
「アンタのヘンな妄想に付き合ってなんかいられないわよ……それに愛を囁くなら起きてる私に直接言えば────はっ!?」
「…にやにや」
してやったり顔で夏凜を見る。
彼女も彼女で自身の失言にみるみるうちに先ほどとは異なる意味での赤面へとなっていく。
ついには無言のまま両手の指で僕の両頬を力強く引っ張り始めた。
「また私をか、ら、か、ってぇ~!」
「かりん……いひゃいいひゃい! ごへん、ごへんなひゃい」
「……ふん! 知らない!!」
ごろん、と寝返りをうってそっぽ向かれてしまう。
少々やりすぎたか、なんて僕に反省させるつもりなのかもしれない────バレバレである。
僕は今の体勢から、転がるようにベットに身体を投げてそのまま夏凜に抱き着く。
その際に彼女は特に抵抗しなかったが、変わらずそっぽ向いたまま無言を貫いていた。
「──別にからかったわけじゃないからそう拗ねないでよ夏凜」
「拗ねてない」
「好きな気持ちはホントだよ?」
「…どうせ、この場限りの言いぐさでしょ」
「……ねぇ夏凜。こっち向いてよ」
「いやよ」
「むぅ……えいっ!」
「ちょッ!!? わぷ」
足元にあった毛布を手に取り、僕と彼女を包み込んだ。
視界が真っ暗になる中、お互いの熱で内部がほんのりと温かくなっていく。
「ほら、これで別に僕の顔をみなくても済むよ」
「……アホ」
「ひどいなぁ。夏凜とスキンシップ取りたかったんだよ。信じて」
「別に本気で怒ってるわけじゃないわよ。ただちょっとアンタに手玉を取られてるようでムッとしただけ」
「それはそれでひどい気がする……まぁ、でも嫌われなくてよかった」
「…………。」
額同士をくっつけてお互いが息のかかる距離まで密着する。
身じろぎ一つすればお互いの手や脚が触れる距離。
「……べ、別に」
「うん?」
「──き、嫌いになんか……ならない」
「好きってこと?」
「そ、そうよ!」
「えー…でも直接夏凜の口から『好き』って聞きたいなぁ」
「なっ……ううぅぅー!!」
なにやら葛藤している様子。でもこれは意地悪ではなく、本心からの言葉だ。
自分が好きな人から『好き』って言ってもらえる幸福感は何物にも代え難いものである。
夏凜は逡巡していると、
「わ、私は……アンタが。祐樹のことが……す、好きよ」
「僕は
「ふえっ!? う、ぐ、ぬぬ────だ、大好き……」
暗闇なのでよくみえないが、沸騰しそうなほど顔が真っ赤になっていることだろう。
現に毛布の中が熱い。息苦しくなるほど暑いのだ。
我慢できなくなった僕と夏凜は首だけ毛布の外にさらけ出す。
涼しい空気が鼻を通る。地味にこの瞬間が好きだ。
夏凜も涼しい風に当たり気持ちが良さそうにしている。
そしてまだほんのりと赤いその顔をこちらに向ける。
「あのさ……言い忘れてたんだけど」
「ん? どうしたの夏凜」
「……おかえり」
「うん、ただいまっ!」
なんだかんだ最後まで付き合ってくれる彼女は最高である。
◇
またとある日のこと。
今日はアルバイトはなかったが、別の用事があったので家を空けていた。帰ってくると見知った靴が玄関にあり、部屋を覗くとうつ伏せのまま倒れ込んでいる夏凜の姿がそこにあった。
「ただいま。どうしたの倒れちゃって」
「…おかえりー。いや、ちょっとゴタゴタがあって疲れただけー」
「へぇ。夏凜も疲れることがあるんだなー」
「それどういう意味よ……って、突っ込む気力もないわねー」
たまに日を開けてはこうやって疲労を見せる時がある。
程度の差はあるが、今日は珍しく疲労困憊といった様子。
「なるほどねぇ。うーん、まだ夕食まで時間があるから……ちょっとこっちおいで夏凜」
僕は夏凜の頭部側の床に座り、そのまま彼女を少し持ち上げた。
「──ねぇ」
「んー、どしたー?」
「
「コレ? ……あぁ、『膝枕』のことね」
頭を撫でながら僕はスッとあるモノを取り出す。
「まあいいんじゃない? それよりも……これはなんだかわかる?」
「……耳かきのやつでしょそれ? なに、やってくれるの?」
「さぁて、ジッとしててよー! 僕のテクで君を骨抜きにしてやるぜ」
「あーはいはい。じゃあお願いするわー……ん」
観念した夏凜は目を閉じて僕の耳かき棒を受け入れる。
「祐樹ってたまに『女子』がするような行動するわよね。…ん、きもちー」
「そんなことないさ。好きな人にあれこれしたいなんて欲求は誰にでもあることだし」
「その言い方だとなんか語弊があるわね……なら今度は私が何かしてあげようか?」
彼女の提案に僕は目を輝かせる。
「ホントッ!? なら、夏凜の手作り料理が食べたいな!!」
「──ああごめん。言い方が悪かったかしら? ほらもっと別の何かがあるんじゃない、例えば……」
「えぇ~……夏凜の手料理が食べたいんだけどー」
「……
「うん」
「……マジかー」
そんな繰り返して言わなくてもいいのではないか。
夏凜は唸りながら考え始める。その間も僕の手は止まることはない。
「……なら、ちょっと時間を頂戴。作ってやろうじゃないの!」
「おー! なら楽しみにしてるよ。はい、片方終わり! 次逆ねー」
「…風に聞けば……いや、ここは東郷のほうが…」
何やらブツブツ言っているが、もちろん彼女は料理が苦手なのは分かっているつもりだ。
────なら何故作って欲しいのかって?
理由は単純なことだ。
一生懸命作ってる彼女を見たい。あとは一度でもやはり手料理は食べてみたいから。
「…ふぁぁ。なんかすごく……ねむい」
「少し寝ちゃいな。僕が起こしてあげるから」
「んー……ありがと祐樹────」
耳かきが終わると同時に夏凜はそのまま眠りにつく。
僕は夏凜の髪を手で梳きながら、彼女が目覚めるまでテレビを観ることにした。
◇
またまたとある日のこと。
「──あちゃー。やられた…」
夏凜は軒下から空を覗いていた。今日は用事があって本屋に来ていたのだが、店を出てみれば雨が降り始めている。
テレビのニュースでは雨が降るなんて聞いてなかったので、ため息がでてしまうのも仕方のないことなのだ。
(濡れるだろうけど、走って帰ろうかしら?)
道行く人を見れば荷物で雨をしのいでいる人もいれば、諦めてそのまま歩く人、傘を普通に差している人など見受けられる。
雨音を聞きながらどうしようかと考えていると不意に影がさしかかった。
何だろうと、見上げてみる。
「よかった。ナイスタイミングだね夏凜」
「祐樹? なんでここにいるのよ」
「僕も早く用事が終わってさ。夏凜がメールで本屋にいるって言ってたから寄ってみたんだ。帰るところだった?」
「えぇ、帰ろうとしたらこれよ。やんなっちゃうわ」
やれやれと夏凜は状況説明する。祐樹はじゃあ、と一本の傘を差し出し、
「じゃあ一緒に帰ろう。傘一本だけど」
「……恥ずい」
「僕たちは恋人同士なんだから気にしない気にしない。ホラ」
夏凜の手を引いて祐樹は自分の傘の中に彼女を招き入れる。
確かに何組かのカップルが相合傘をしている場面を目撃しているが、まさか自身がその立場になるなんて思いもよらなかった。
「もっとこっちに寄らないと濡れちゃうよ夏凜」
「わ、わかってるわよ!! こ、こう?」
「うんうん。夏凜のぬくもりを感じる」
「……変態」
「冗談冗談っ! 滑らないように気を付けてね」
「ええ」
二人で寄り添いながら道を歩いていく。傘はそれほど大きくはないので、若干肩が濡れてしまう。
「そういえば本屋で何してたの? 夏凜が本屋いくなんて珍しいよねー」
「失礼ね。私だって本屋ぐらいいくわよ……ちょっと調べものしてたの」
「調べもの? ふーん……」
「な、何よその反応……」
祐樹の含みのある表情に夏凜は訝しげに見る。
「いやいやー。なんか嬉しくなっちゃっただけ」
「はあ? 変な祐樹……あっ、雨が」
自宅まで残り半分のところまで来た二人は、天候の変化に気が付く。どうやら雨が上がったようだ。
傘を避けて空を見上げる。
「どうやら通り雨だったようだねー」
「みたいね。じゃあ密着も終わり!」
「え~……もっとくっついてたかったなぁ」
「──なら、はい」
祐樹が夏凜の声に振り向くと、手を差し伸べている姿が目に映った。
その様子は頬を赤く染めていて目線は恥ずかしいのか逸らしている。
「……うん。じゃあよろしく」
「まったく。世話の焼ける彼氏だわ」
指を絡めて、いわゆる『恋人つなぎ』をする。
その光景を眺めつつ、ふと視線が合うとお互いが小さく笑う。
「今度二人でどこか出かけようか」
「どこって何処によ? 私あんまり場所知らないわよ」
「そーだなー……遊園地とか?」
「遊園地ねぇ。まぁ悪くないんじゃない」
「最近は体を動かす系が増えてきたから夏凜も退屈しないと思うよ」
「そうなの? …まぁ、祐樹とならどこでも退屈しないからいいわよー……ってなによその顔」
どうやらまた顔に出てしまったらしい。
不意打ち気味に言われる彼女の何気ない一言にドキドキしつつ、にやけ顔をどうにか抑える。
「じゃあ約束な。今度遊園地に行こうっ!」
「はいはい。ほら、また降られると嫌だから行くわよ」
引っ張られる形で歩みを進めていく。
そしてそれが照れ隠しだということは言わずとも祐樹はわかっている。
僕の彼女は可愛いなぁ、と思う祐樹だった。
◇
それから幾日か経過した。
場所は勇者部所属の一人────東郷美森宅に夏凜は赴いていた。
「きょ、今日はよろしくお願いするわ」
「ええ。夏凜ちゃんの花嫁修業、尽力させてもらうわ」
「はなっ!!? な、なななに言ってるわけ東郷!! そ、そんなつもりじゃ──!」
東郷の斜めの対応にあたふたしてしまう。
「ふふっ。それにしても驚いたわ、てっきり風先輩にでも頼むのかと思ってた」
「それも考えたけど……なんとなく茶化されそうで嫌だったのよ」
「そうかしら? 喜んで引き受けてたと思うのだけれど」
言いながら東郷の手は食材の準備を始めていた。
夏凜は料理の経験はおろか、食材すらまともに触れたことがないので彼女の横で立ち尽くすばかりだ。
「そうねぇ……定番なのは『肉じゃが』だけど。今日はさっと作れる別の料理にしましょうか」
「……本やネットだと肉じゃがは結構見かけたけど違うの?」
「意外とあれは難しいのよ。少しづつ慣れてきてからやりましょう。まずは包丁の使い方ね」
さっと食材を選別して夏凜の手元に用意する。
たまねぎ、豚肉、しょうが。
三点が置かれ、それぞれの特徴から切り方まで懇切丁寧に教えてもらう。
「──なるほど。これで何ができるの?」
「豚の生姜焼き♪ 男の子なんだからお肉料理は欠かせないわね」
「へぇ。まずはどうするの?」
「たまねぎからいきましょうか。やり方はさっき教えたとおりにね」
「う、うん。やってみる」
恐る恐るといった感じで包丁を手に取る。
刃物を触るのは経験がなくはないが、その時の目的がだいぶ違う。
夏凜はこうも違うものかと悪戦苦闘するがなんとか切り終える。
「……ねえ、東郷。さっきから気になるんだけど、その手に持ってるカメラは何よ?」
「気にしないで♪ 包丁を持つ手とは逆の方は猫の手よ夏凜ちゃん。覚えておいてね、『にゃん!』 って」
「にゃ、にゃん? ……って何やらすのよッ!!?」
「いい画が撮れたわ! それじゃあ次は」
一人でガッツポーズする彼女を見て、もしかして人選間違えたのでは? と思う夏凜であった。
だが彼女の指示はどれも的確で、料理初心者の夏凜でも大きく躓くことはなく出来ている。
「中々筋があるわよ夏凜ちゃん。教える身にも力が入るわ!」
「そ、そう? ならアイツも喜んでくれるわよね」
「もちろんよ。彼氏さんも幸せ者ね」
それからもなぜか撮影されつつも、和食メインでの料理作りは幕を閉じた────。
「……と、いうわけでこの前約束したとおり、作ったわよ。ありがたく思いなさい!」
「おぉー。予想以上の出来で本気で驚いてます」
場所は変わって祐樹宅。テーブルの上には所狭しと料理が並べられていた。
腕を組んでどや顔で夏凜は立っている。可愛い。
「いただきます……ん、うま!!」
「そ、そう? まぁ私にかかればこんなもんよね」
「いやー。正直黒焦げの料理も覚悟してたんだけど、指導してくれた人がよかったんだな……東郷さんだっけ?」
「し、失礼ね……まぁ、今回は東郷に感謝しとかないと」
「僕も感謝しておかないとね。美味しい料理にあとは──ふふっ」
「あと、は? ……ってさっきから観てるそれ何よ?」
気になった夏凜は回り込んで目をやると、手にはなにやら端末をもっていた。
僕は「ああこれ?」と、特に隠す理由もないので夏凜に手渡す。
「……あ、あぁ!? こ、こここの映像なんでアンタが持ってるのよ!!」
「ん? いやポスト受けに入ってたんだよ。ちなみに夏凜のお兄さんにも送ってあるよ~」
「はぁ!!? なんで兄貴にも……東郷ぉぉ!!」
頭を抱えて項垂れ始めた。
もちろんというか映像を提供してくれたのは東郷で間違いないが、詳細はすこし違う。
(料理を作ってくれる旨をお兄さんに報告して、お兄さんが東郷さんにその映像を残すようにお願いしてくれたんだよねー)
流石にそれを伝えると本気で怒りそうなのでやめておく。
「落ち着いて夏凜ちゃん。何はともあれ本当に美味しい料理をありがとう! ますます大好きになっちゃったよー! これ以上好きにさせちゃってどうするの? 僕爆発しちゃうよ」
「だったら今すぐ爆発しろー!! いや、私も爆発して祐樹と心中してやる……」
「いや、冗談だよね?」
「────はぁぁぁ」
とてつもなく長い溜息を吐く夏凜。
やばい、怒らせちゃったか?
「……全員バカ! アホ!! もうこの料理も私が全部食べてやる!」
「ええ……それは嫌だ!! 僕も食べるっ! 改めていただきます!!」
その後も恥ずかしさを紛らわせるためにか、騒がしく食事は進んでいく。
こんな楽しい日々がいつまでも続けばいいなぁ、と思わずにはいられない僕がそこには居た。