勇者たちをイチャイチャさせたい!   作:紅氷(しょうが味)

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僕は触発されて身体を鍛え始めた。

正しいやり方、メニュー、サプリは彼女監修のもとに作成している。
たまに二人で一緒にやることもある。でもその日の終わりはいつもぐったりと部屋で伸びてしまうほど疲れた。
彼女の後についていくのは中々骨が折れるが、ここは男の意地というものを見せつけるためにも喰らいつく。

最近は新しいランニングコースを見つけたので、そこを利用していた。
今日もそれは変わらない。だけど……?


story1-after『一本勝負』

 

ある日の早朝のこと。

僕は朝の澄んだ空気を肌で感じながら日課になりつつあるランニングをしていた時の話。

 

「はっ、はっ──!」

 

自分のペースがなんとなく掴めてきた感覚が楽しくなり始めた今日のこの頃。

彼女である三好夏凜の健康志向に絆され、自身も良さそうかなと軽い気持ちで初めてみた運動系統の一つだが、思いのほかハマってしまったのだ。我ながら単純だと思う。

 

何より朝方特有の静けさというものがこれまた気持ちがいい。

 

海岸の辺りの道をいつものように走っていると、あるものが視界に映る。

 

(あれは……女の子? というかあれは木刀だよね。何してるんだろ)

 

浜辺のところで一人の女の子が海を眺めている──わけではなく、手に何やら女の子には似つかわしくない得物を握りしめている場面に出くわした。

走りを一旦やめて、そちらに意識を傾ける。

 

「──ふっ! はっ!」

「おおー」

 

目を閉じて精神統一なるものをしてから、木刀を巧みに動かしている。

それはある種の『演舞』のような、観ていて思わず声を漏らしてしまうほどだ。

しばらくみていると、その人は息を吐いて近くに置いてあった荷物に手をかけて中から飲み物を取り出した。

 

「……あの」

「僕?」

 

女の子はこちらの存在に気づいていたらしくキッと眼光を鋭くして話してくる。

──あまり友好的な雰囲気じゃないな。

 

その予感を後押しするように彼女は口を開く。

 

「見世物じゃないので。用がないなら何処かに行ってくれないかしら?」

 

棘のある、そんな言い方。

見方を変えればさっぱりとした口調にも感じなくはないが、何人かに答えを訊ねたらきっと答えは前者であろう。

 

何処か出会った頃の彼女に似てるなぁ、なんて片隅で考える。

 

「いや、僕のよく知る人もそういう鍛錬をやっているのを見てさ。同じようなことをしてるキミの姿をみつけて思わず足を止めちゃったんだ」

「…ふぅん。『鍛錬』ね」

 

僕の言葉に思うことがあったのか剣呑な雰囲気が少しばかりなりを潜めた。

代わりに何かを値踏みするような、そんな感じのものに変化する。

 

「何かの芸かもしれない。趣味の何かをしているかもしれない──まずはそんなところを考えると思うのに。君の知るその人は君の考えをそうさせてしまうほどなのね。そういえば…確か拠点は近くにあったかしら」

「マズイこといったかな?」

 

ぶつぶつと独り言のように話す彼女。僕は頭にハテナが浮かぶばかりだがどうしたものか。

その女の子は今度は僕の身体を頭からつま先まで流し見して小さく声を漏らす。

 

「──平均的な男子からしたらそれなりに鍛えてそうねあなた?」

 

内心驚いた。日はまだ浅いが確かにこの人の言う通り、彼女にしごかれたお陰でそれなりに体力はついていた。

それをただ視ただけで言い当てるこの人はもしかしたら彼女と同じような存在なのかもしれない。

僕は頷いて答えるとやっぱりと何やら納得した様子だ。

 

「少し身体を持て余してた所なの。君、付き合ってくれない?」

「うぇっ!? 突然なにを言って──っ!」

 

初対面の人間に何をおっしゃっているのだろうかこの人は。

思わぬ変化球に慌ててしまうが、当の本人はなぜと言う顔をしている。

まさか無自覚か、と今後の彼女のことを考えて指摘してあげることにする。

もし、また見知らぬ誰かに同じような発言をされても困るからだ。主にこの子が。

 

「……こほん、失礼。言い方が悪かったわね。まだ身体を動かしたりないの。だからこれを使って少し相手してくれないかしら」

 

ほんのりと頰を染めて改めて言い直す。その仕草もどことなく彼女に似てるなぁなんて思ってしまう。

言いながら手渡されたのは彼女が使用していた木刀のもう一本。

 

「あまりこういうので女の子と打ち合いたくはないというか」

「あら、随分と余裕な発言するじゃない。それはやってみないと分からないと思うよ」

「いや、そういう意味じゃ…」

 

あ、僕の言葉を煽りと捉えてしまったようで闘争心が刺激されてしまわれている。

僕から距離をとって木刀を構え出した。まだやるとは言ってないんだけど…。

 

「…防具とかは?」

「お互い寸止めすれば怪我はしないでしょ。ほら、構えなさい君」

 

そんなバカな、となし崩しに構える羽目になってしまった。

朝のランニングから一転して女の子との木刀を用いての鍛錬となってしまったわけだが…。

 

(…まぁ、彼女もさすがに本気じゃないだろうし。ここはうまく凌いで帰るとするか)

 

なんて軽い気持ちで考えていたが、それも始まると同時にその考えもどこかへいってしまう。

 

「いきますよ────ふっ!!」

「嘘だろ──っ!? ぐっ!」

 

木刀の乾いた音が耳に届く。砂浜での足場の悪い環境からのこの一撃に僕は驚くばかりか感心してしまうほどだ。

運良く受けきることが出来たわけだが、目の前の彼女は口角を釣り上げてご満悦の様子。

 

「やっぱり私の見立ての通りね」

「な、なんのこと…てか、さっきまでとキャラ違くない!?」

 

目がギラギラと何かのスイッチを入れてしまったようだ。

まるで解せないぞ。

 

困惑する僕はこの瞬間から気を抜いてはいけないと感じ取った。

寸止めとは口にしていたが、このタイプの人間は一度熱が入るととことんやるタイプに違いない。

下手すると怪我してしまうほどに。

だってよく知っている人間が近くにいるからね。

 

いつまでも受けてはいられないので、僕は力任せに弾いて距離を取る。

足場が不安定なところで思うようにステップを踏めない。

こういった稽古紛いなものは昨日今日の素人でないにせよ、どうしたものか。

 

瞬く間に彼女が攻めてくる。どことなく見たことのある動きに僕の身体は合わせるように対する。

けれど、頭で思っていても実際は異なるように動きにズレが生じてくる。更には見た目以上の力を込めてくる彼女に僕の額からは玉のような汗が吹き出てくる。

 

「やるね君──ならこれはどう?」

「──っ!!?」

 

息一つ乱さないその子は次に強烈な一撃を決めてくるようだ。

一本じゃ受けきれないと判断した僕は、運良く落ちていた流木の一本を手に取り二刀を持ってして対抗していく。

 

僕の行動に彼女は目を大きく見開いた。

だが実行に移した彼女の一撃は止まらずにお互いぶつかり、そして────

 

 

 

 

 

 

 

「──参りました」

 

砂浜に転がっていたのは僕だった。

傍らには弾かれた木刀と流木が突き刺さる。まるでマラソンした後のような疲労が襲い、息も絶え絶えに僕は負けを認めた。

相手である彼女は額に汗を流すも息は一つ乱していない。経験というか根本的な部分で負けている気がする。

その表情は満足気に、といいたいところだが、

 

「君、今のは?」

 

信じられないモノを見た、と手元の木刀と僕を交互に見ていた。

その顔をする意味は図りかねないが何とか息を整えて座り込む。

 

「いや、ごめん。そこらにあるものを使うのはルール違反だね。それでも負けてるんだから目も当てられないけどさ」

「そういうことじゃなくて。その型、誰か指南してくれる人がいるの?」

「型?」

 

言われて思考を巡らせる。男女として付き合い始める前から今日まで暇があれば特訓、鍛錬に付き合わされた僕のこの身体裁きは所謂『型』となって取り込まれているらしい。

その時の日々を思い出しながら苦笑するしかないのだが。

 

「君が最後に構えた時に、私がよく知るその人と姿が重なって見えた。いるでしょ? その人の名前を教えて?」

「ちょ、ちょっと顔が近い!? み、三好! 三好夏凜だよっ!」

「──やっぱり。でもなんであの子が君に…?」

 

二、三と彼女の頭の中で思考が転々とする。

その内面を理解することは出来ないがしばらくすると何かを決心したようでこちらに改めて向き直った。

 

 

「君、名前は?」

「…祐樹」

「そう、祐樹さんね。覚えた。君はこの辺りよく走ってるの?」

「最近だけどね。まぁ毎日じゃないにせよそれなりには」

「そ。なら気が向いたらまた手合わせしてくれない? 私にも同期はいるんだけど中々相手してくれなくて。どう?」

「……まぁ、たまになら」

「ありがと。じゃあ私はこれで帰るよ。はい、これまだ開けてない予備のやつだから受け取って。付き合ってくれたお礼」

 

ひょいっと何かを投げてくる。それをキャッチすると冷えたスポーツドリンクだった。ありがたい。

すぐにキャップを開けて中身を喉に流し込んで潤す。

 

「ありがとう」

「それと、いつか……いや、これも気が向いたらでいいや。その三好夏凜も連れてきてくれる?」

「夏凜を? なら明日にでも一緒に来ようか?」

「んー。まぁそれは三好次第だと思う。それじゃ」

「キミは夏凜を知って…? って、そういえばキミの名前はっ!?」

 

荷物を纏めて去っていく彼女に問いかける。

僕の一言に足を止めた彼女はこちらに振り向いて答えた……。

 

「私の名前は────」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

その日の自宅でのこと。というより帰宅後と言った方が正しいか。

 

 

 

「──ってなことがランニング中にあってさ。もう身体があちこち痛いったらありゃしないのなんの……ってどうかした夏凜?」

 

帰ってきて二人で朝食を食べてる最中に早朝の出来事を彼女に話す。

初めは耳を傾けてくれた彼女だが、次第に話が進むに連れて顔が強張り始めて最終的には俯いてしまった。

心なしかプルプルしているように思えるが。

 

「…ごはん美味しくなかった?」

「今日も変わらず美味しいわよ……あのさ祐樹、まさかと思うんだけどそいつの名前って」

「あー…えっと確か、楠芽吹さんって言ってたね」

「……ハァァァー」

「え? 何そのリアクション」

 

大きなため息を吐いた。これでもかってぐらい。てっきりあの時の反応から楠さんと夏凜は友達かと思ってたのだけど、違ったのだろうか?

そのことを訊ねると夏凜の表情は苦い顔をしていた。

 

「友達っていうか…んー、なんて言ったらいいのやら。ともかくそういう和気藹々とした間柄じゃないことは確かね」

「そうなると…敵?」

「敵より例えるなら好敵手…のほうがしっくりくるわねうん。てか、あいつなんでこの近辺に来てるのよ。それもまさか祐樹に目をつけるなんてどんな偶然なの?」

「僕に言われてもなー偶然だし…あ、夏凜一味とってくれる?」

「ん? ほい……」

「ありがと。ふー…出汁が効いてて美味いな。さすが夏凜が選んだ”にぼし”だわ」

「当たり前じゃない。 にぼしとサプリなら私の右に出るものはいないわ! ……あ、私にも一味ちょうだい」

「はいはい、どぞー」

 

朝食を食べ進めながら会話を続けていく。最近は僕の家に入り浸ることの多い彼女はこうして一緒に食卓を囲むことが増えていた。

出汁のきいた味噌汁を飲んだ夏凜は器をテーブルに置いて一息つく。

 

「で、祐樹はあいつと打ち合いをして負けたと」

「あれは夏凜と同等かそれ以上だな。あくまで僕の意見だけどさー。そんな人に素人に毛が生えた程度の僕じゃ相手にならんてもんよ」

「その判定は聞き捨てならないけど…私が教えている以上はこうやって目の届かないところで負けてるのは気に入らないわね」

「…対抗心メラメラーって感じ?」

「もとはといえば祐樹がやられたのがいけないんじゃない」

 

そんな無茶な、と意見したいところだがそれではいそうですかという彼女でもない。

 

「あいつはまた来るって?」

「そうだねー。しばらくは顔出すみたいよ。後は気が向いたら夏凜も来てねって言ってた」

「いかない。ねぇ祐樹、私らの面子に関わることだしあいつから一本奪ってきてちょーだい」

「んん!? ごほ…なんだい急に!」

 

思わず吹きそうになったのを堪える。

 

 

「時間がある時に私が指導してあげるからあいつ…楠から一本取ってきてちょうだいって言ったの」

「…僕にできるか?」

「正直難しいかもね。でもそうねー…『成せば大抵なんとかなる』、かしら?」

 

勇者部五箇条の一つを夏凜は口にした。

それを出されては僕も一肌脱がないとならないな、と茶碗に残っていたご飯を一気にかき込んだ。

 

「…じゃあご指導のほど、よろしくお願いしますわ夏凜先生」

「よろしい! じゃあご飯食べて一息ついてから特訓始めるわよ! 彼氏だからって手は抜かないから」

「そうこなくっちゃ!」

 

お互いに笑う。その日から僕は夏凜の指導のもと、打倒楠芽吹を目指しての特訓が始まったのだった。

あれ? なんかうまく乗せられた?

 

 

 

 

 

次の日。日課のランニングをしている最中に再び彼女と会って連絡先を交換して、また打ち合いの時は日取りを決めて執り行うという方式でいくことにした。

この方がお互いのコンディションを整えて挑めるからだ。

 

そして楠さんと連絡先を交換したことを伝える。するとその日はなぜか夏凜のご機嫌がナナメになったため特訓は地獄をみた…。

乙女心は複雑なのかもしれない。いや、僕が言うことじゃないか…。

 

数日後。僕はまたあの時と同じ砂浜に足をつけていた。

 

「じゃあ、二戦目。お願いします楠さん」

「こちらこそ……以前よりは仕上げてそうですね」

「ええ、まぁ。僕たちは負けられませんから」

「それはこちらも同じ…いきます」

 

これといった合図もなく、息の合ったその時に試合が始まる。

お互いに地を蹴り砂を巻き上げて接敵する。

 

こうしてものの数分もしないうちに決着がつくのである。

そして勝つのはもちろん──

 

 

「いつつ…。参りました」

「──まぁ当然です。ですが、数日でここまで仕上げたのは眼を見張るものがあるわ。またお願いします」

「どうも…」

 

地べたに座り込んだ僕を見下ろす楠さん。

少しは善戦するかと見込んで挑んでみたがそれ以上の力量を持ってして完封されてしまった。

二で挑んだら三で返されたような感じ。

正直目を覆いたくなるような試合内容だが、夏凜にしっかり後で報告しなければならないため恥を忍んで脳内に記憶していく。

 

その日の夜。

風呂上がりにこっちに座りなさい、と言われて座ったら髪の毛を乾かしてくれた。彼女なりのフォローなのかな?

嬉しくてニコニコしてたら背中のツボを押された。痛い。

 

 

さらに指導、訓練を重ねての三戦目。

結果は変わらず惨敗。力量差は雲を掴むかのごとくはるかに遠い。

けれど報告を受けた夏凜からは順調に差は縮まっていっているとのこと。

あまり実感がない。

 

そうは言ってくれても曲がりなりに僕も男の子なわけでして、負け続けるのは流石にへこんだ。

察してか否か分からないけど、家で座っていたところに突然頭を無言で撫でられた。ありがとうと言ったらこれまた無言でそっぽ向いた。可愛い。

 

飴と鞭の使い方がうまいな夏凜さん。

 

 

四戦目、五戦目と立て続けにやるも結果は負け。

けど初戦に比べたら自分でもわかるぐらい良くなってきていると思う。負けは負け。けれど惨敗ではない、そんな感じ。

なんとなくだけど楠さんの動きが解ってきた気がする。それで対処できるのかと言われれば話は別なのだが…。

これも指導してくれる先生が優秀なおかげなのかもな。

この日の夕飯は少し豪勢にしてみた。夏凜は喜んで食べてくれた。

もぐもぐ食べる彼女の姿を見るのは癒しになる。明日も頑張ろう。

 

 

六、七、八、九回と戦いを重ねていく。

もはやフィールドである砂浜なぞ意に介さず相手に挑める。楠さんも僕と試合をするたびに力を引き上げてくれているようだ。

正直楽しくなってきた自分がいる。

 

僕と夏凜の意地のようなこの行為に嫌な顔一つせず相手してくれる彼女に改めてお礼を言うが、気にするなと笑われた。

その表情も最初の頃に比べたらいくらか柔らかくなってきてるみたい。

でも夏凜の話になると少しむくれてしまうのはどうしたものか。

 

まぁともかく、手応えはたしかにある。いずれはもしかしたら届くかもしれない。そんな希望を抱きながら僕は今日も夏凜と一緒に鍛錬に努めた。

 

 

 

 

 

 

 

だが、それもいつまでも続くわけではない。

それはある日に唐突に訪れた。

 

「こっちに来れなくなりそう?」

「ええ。少し私の方で問題があってそっちに専念したいの。祐樹さんとの時間は楽しいものだけど、それにかまけていられない状況になりそうなんだ」

「そっか…それは仕方ないね」

「ごめんなさい」

「謝らないでよー」

 

浜辺で準備体操をしながらそんな会話をする。

申し訳なさそうに言う楠さんの姿に僕の方こそ今日まで真摯に付き合ってくれてありがとうと伝えると、困ったような、そんな表情を浮かべていた。

 

 

「──なら今日この日で僕はあなたから一本取ってみせます。受けてくれますか?」

 

木刀を持って楠さんに宣言する。一瞬目を丸くする彼女だったが目を伏せると小さく頷いてくれた。

 

『…………、』

 

お互いに無言のまま距離をとって構える。

数える程の光景だが、何十、何百と行ってきたそれに近い感覚になる。それを向こうも感じてくれると嬉しい。

 

合図はない。これもいつも通り。

いつもは向こうから仕掛けてくれるが、今回はこちらから行かせてもらう。

 

「……っ!!」

 

変わらずに平然と受け止める楠さんは、打ち込み中の表情は無心の如く変化が見られない。

見慣れてきた姿、でもそれは向こうも同じ。根っこの部分にある土台はどうにもこの短時間では覆すことが最後まで出来なかった。

だからこのままでは勝てない。奇をてらう必要があるのだが……それでも正直な所、真正面にぶつかって勝利を掴みたいと思うことは無謀なだけだろうか。

 

(…勝ちたい。この人にまっすぐ勝ちたい。 だけど…)

 

この勝負で一本とれ、と夏凜は言った。

ただそれだけ。どう勝てとかこうやって取れなんてことは言われていない。

 

「剣さばきが落ちてきてますよ。終わりですか?」

「…っ!」

 

なお止まることのない剣戟に持ち手が痺れてくる。

決めるしかない。幸いにも位置は良い場所だ。

 

決めていた流れに乗ってもらうためにワザと隙をつくる。

これは罠だとすぐに理解できるほどの隙を見せた。

 

そして、彼女はそんな見え透いた罠に乗ってくれる。ここまで付き合いでそれは理解していた。

横に一閃、それを僕は屈んで回避してその下の砂をつかんだ。

 

「……っ!」

 

片手で彼女は顔をガードする。目潰し────なんてありきたりな行為をしようと目論んでいた……と考えるだろう。

けれど僕は掴んだのは『砂』じゃない。初戦と同じやり口の再現だ。

片手で握れるサイズの流木。埋まっていたそれを手に取り楠さんの懐に振りかざす。

 

「…やらせない!」

 

しかし流石はといったところ。優先順位を上げてその木を叩き落としてみせた。

僕は手にくる衝撃で顔をしかめるが、まだ終わりじゃない。

残っていた本来の木刀で斬りにかかる。

 

楠さんは目を細めて流れる動作で受け流し、そして先ほどと同じように弾き飛ばす。

僕の両手がガラ空きになる。でもこれでいい。

 

────いきます、と目で訴えかける。

 

(…素手っ!? それにこの技量…やっぱり君は──)

 

楠さんの瞳に初めて余裕がなくなる。振り上げられた彼女の木刀は左手の甲で流されてしまい軌道を戻すことが出来ない。

 

卑怯者。という単語が頭を過ぎったが、夏凜からの指令だ。僕の全てを用いて完遂してみせよう。

 

(──負ける? 私が……祐樹さんに。また…三好に……)

 

完全にノーガード。そのはずだった。

誰が見てももう僕の有利は覆らない。そう思っていた。

 

「……ぐっ!!?」

 

一体何が起きたのか理解できなかった。身体がくの字に折れ曲がってる。

折れ曲がったためか視線が痛みの矛先に向かう。

…物の見事に木刀が僕の腹部にめり込んでいた。

 

声が出ない。肺の中の空気が全て強制的に吐き出されるような錯覚を覚え、次の瞬間には僕の身体はまるで蹴られたサッカーボールのように砂浜をバウンドしながら後方に吹き飛んでいった。

 

「……っ! ……っ?!!」

「私は…三好には負けないっ!!」

 

砂煙が巻き上がり撥ねた僕の身体が止まる。その先で既に楠さんが木刀を構えて振り下ろそうとしていた。

身体はもちろん反応どころか指先一つ動かすことができない。

 

そして木刀は振り下ろされ────

 

 

 

 

 

 

「はい、そこまで。あんたら熱くなりすぎよまったく……」

「──ぐっ!? み、よし?」

 

────ることはなかった。

僕と楠さんの間に割り込む形で第三者の人間が現れた。——三好夏凜である。

 

「なぜ、あなたが……ッ!」

「だーから。少し頭冷やしなさい楠。私は最初から居たわよずっと……無意識とはいえシステムまで使って死なせたらどうするんだっての」

 

渾身の一撃と言わんばかりの速力と威力を用いた一刀を同じ木刀で軽々と受け切った。

呆気にとられた彼女はされるがままに木刀を弾かれ、更に片手で身体をふわりと投げられ楠さんは砂浜の上に寝かされてしまった。

 

痛みはない。しかし場の空気が変わったことによって込みあがってきていた”熱”がすっと消えていったようだ。

この場を治めた夏凜は、木刀を砂浜に刺して手についた砂を払いながらやれやれといった様子で僕の下にしゃがみこんだ。

 

手をひらひらと目の前で動かし、その表情は呆れ顔だった。

 

「生きてるか~?」

「────ぉぉ」

「意識はあるわね……よっと」

 

かろうじで出せた声で反応を示すと、ホッとしたのか彼女は僕の頭を少し持ち上げて自分の膝の上に乗せた。

両頬を両手で抑えられながら強制的に視線を合わせられる。

 

一本は(、、、)獲ったわね。けど、流石にここまでやれとは誰も言ってないわよ?」

「……けほ。だって、こうでもしないと楠さんから一本取るなんてとても出来なかった」

「どアホ。あくまでも訓練、鍛錬、試合の範疇でしょうが! 怪我したら元も子もないんだから。それで私が喜ぶと思っているのあんたは?」

「……ごめんなさい」

 

結構本気で怒っている。その瞳を見てようやく行き過ぎた行動をしていたことを理解した。

だからすぐに反省して謝罪の言葉を述べる。

 

「本当に反省してる?」

「うん、してる。ごめんなさい」

「……はぁ。でもそうね、焚き付けた私にも責任はあるわよね。うん、なら今回はこれで許すわ。私の方こそごめんなさい」

「────三好、夏凜」

 

不意に背後から声を掛けられた。夏凜は振り向くことなく僕の髪の毛を梳くように撫でてくれる。心地よい。

いつの間にか起き上がっていた楠さんは一定の距離を保ったまま立ち尽くしているようだ。

 

「何よ、もう終わりだからね。試合はあんたの勝ちで勝負はこいつの勝ち(、、、、、、、、、、、、、、、、、、、)。それでおあいこよ」

「解らない。解らないよ三好。なんであなたがそんなことしてるの?」

「…………。」

 

僕が知らない二人の会話。下から覗く彼女の顔を見ながら耳を傾ける。

 

「…人は変わるのよ楠。その結果が今の私ってわけ」

「とてもじゃないが信じられない。あの頃(、、、)の三好はそんなではなかった!」

「……このつっかかりようはなんだか過去の自分を見てるようで蓋をしたい気分だわ」

「でも僕には嬉しそうに見えるけど?」

「………そうかしら?」

 

二人して薄く笑い合う。夏凜はもう一度僕の頭を撫でるとゆっくりと降ろして立ち上がった。

僕は座り込んで二人を見守る。

 

夏凜は木刀を手に取った。

 

「なら証明してあげる。いけるでしょ楠?」

「…ええ」

「ふぅ。それじゃ少しやるわ祐樹。行ってきます」

「うん、行ってらっしゃい夏凜」

 

そして夏凜は歩き出して楠さんの元に歩み出す。

楠さんもそれ以上は言葉を発さずに夏凜と対面に立つ。

 

「あなたが去った後も私は鍛え練磨し続けた」

「そうみたいね。遠くから見てたわ」

「……随分と余裕じゃない」

「正直、以前の私だったら負けてるかもしれない。でも今は負けない、絶対に」

『…………、』

 

お互いに構える。それは僕と楠さんが始まる前と同じ形になった。

夏凜はあくまで自然体を貫きとても落ち着いているように見える。

反対にその姿をその目で見る楠さんはイラつきを見せているようだ。

 

『────っ!!!!』

 

先ほど僕と行った試合が別次元に思えるほどの速度。

まるで爆発したかような推進力を用いて楠さんは夏凜に接近していく。

決着はこの一太刀で決まる、と僕は感じた。

 

「……なぜ」

「これが今の私とあんたの差ってワケ。何度挑んでも同じよ」

 

木刀が半ばで折れていた。楠さんの持つ木刀が。

宙に舞いそして落ちる。楠さんは手に持つ折れた木刀を見つめ、そしてそれを用いて再び夏凜に振るおうとする。

 

……だがそれも未遂に終わってしまう。彼女の首筋へ既に夏凜の木刀が滑り込んでいたからだ。

 

「過去の私と今のあなたが不要と言ってた『甘さ』。これを受け入れるか否かで決着は違ってたかもね」

「…どうして」

「もう、ちっとは自分の頭で考えなさい楠。そんなんじゃあんたの周りで慕ってくれる人たちすら守れなくなるわよ! あんた自身はどう思っていてもそれで背中を預ける人たちのことも考えなさい」

「…………、」

 

木刀を降ろす。もう戦意はないようだ。

一息ついた夏凜は再び僕の元に帰ってくる。

 

「戻ったわ祐樹、ただいま。立てる?」

「おかえりなさい。悪い、ちょっとまだ難しいわ」

「しゃーないわね。ほら、肩貸しなさい」

 

言いながら彼女は僕の腕をとり、肩を組む形で立ち上がった。

ぶれることなくしっかりと支えられて本当は立場逆では? なんて思うがそれを言ったら「確かにそうね」と鼻で笑われた。

 

未だ立ち尽くす楠さんはこちらと視線が合うがすぐに逸らされる。

 

「ごめん楠さん。ズルばっかりしちゃって」

「…いえ、どれも全部君の実力よ。私の方こそごめんなさい。こんなこと言うのもおかしいけど、大丈夫?」

 

その瞳は本気で心配しているようだ。

まぁほとんど自分が悪いのでそもそも謝られることはないけども。

 

僕が口を開こうとしたが、それよりも先に夏凜が口を開く。

 

「大丈夫よ。咄嗟の受け身も取れてたみたいだし、祐樹はこう見えて結構頑丈なのよ」

「そう、なんだ……」

「まあそういうわけで気にしないでね楠さん」

 

笑いかけながら答えると、僕たちはゆっくり歩き出す。

 

「────ます」

「…楠さん? おっと…っ!」

「私の責任でもあるので肩貸します」

 

少し進んだところで楠さんが肩を貸してくれた。けれど側から見たらとても情けない姿となってしまったよ。

横にいる夏凜はムッとして目で抗議しているようだが、楠さんは特に意に介さず。

 

「別に無理しなくていいわよ楠」

「無理してない。祐樹さんは私が運ぶから三好は家に帰っていいよ」

「んな!? あんたね祐樹は私の彼氏なんだから私が運ぶのが道理なの!」

「──えっ? あなたたち恋人同士なの?」

『気づいてなかったんかいっ?!!』

 

 

思わず二人でツッコミをいれてしまうが、楠さん本人はマジで困惑している様子。えぇ…。

 

「私恋愛(そっち)方面には疎くて……」

「え? えっ? じゃあ僕と夏凜のことをどういう目で見てたの?」

「てっきり三好に脅されてこんなことされてるんだなって思ってた」

「楠さん……夏凜のことなんだと思ってるの…?」

「やっぱこいつここで倒してやろうかしら」

「……むっ。受けて立つわよ、さっきのは虚を突かれただけで次は負けない」

 

夏凜の一言でまた場がひりつく。もうあんなバトル漫画みたいな展開はやめてもらいたい。あと僕を挟んでにらみ合うのも。

 

どうにか話題を逸らさなくては────!!

 

 

 

 

 

 

 

 

「お待たせしました。にぼしうどんとわかめうどんに肉ぶっかけうどんになります!」

『…………。』

 

どどんっとそれぞれの前に器が置かれる。

それらを無言で見つめる僕を含んだ三人。ほかほかと湯気が立ち上がる中で二人の視線は冷たかった。

 

「ほ、ほら熱く戦った二人は最後に同じ釜のうどんを食べるって言うじゃない? 年頃の女の子があんな木刀で殴り合うのは絵的によくないよウン」

「だからってなんでわざわざ『かめや』まで祐樹を運んで、あまつさえ楠と一緒にうどんを食べなきゃいけないのよ!」

「どうどう。落ち着いて夏凜。店内では騒がない」

「ぐぬぬ」

「いただきます」

「……あんたはあんたで何で普通に適応してるのよ」

「うどんには罪はないから」

 

何処に行ってもブレない彼女の精神は見習うべきかもしれない。

郷に入っては郷に従えとはよく言ったものだ。

 

僕も割りばしを割ってうどんを食するとしよう。

さすがに二人が食べ始めたら観念した様子で夏凜もうどんを食べ始めた。

 

 

「……どう楠さん? ここのうどん美味しいでしょ」

「はい。これは確かに祐樹さんたちが足を運んでしまうのも頷けます。美味しい」

「それは良かった! おかわり頼んでもいいからね。僕のおごりだからさ」

「……では遠慮なく。おかわり」

「はやっ!!?」

 

いつのまにか完食していた楠さんは二杯目を注文した。どこぞの部長のような見事な食べっぷりである。

 

「──祐樹あんた妙に楠に優しいわね。なに、浮気?」

「ちょっとなんでそうなるのさ夏凜! 僕はただ二人の仲を取りもとうとして──!」

「誰もそんなこと頼んでないわよ。でもそうねぇ…私の分も祐樹が持ってくれるなら話は別かもよー?」

「…あはは。それで誤解が解けて夏凜が満足してくれるなら喜ん────」

「おかわりっ!」

「ねえ!! 僕の話を最後まで聞いてよ?!」

「あ、私ももう一杯お願いします」

「二人して酷いなっ!?」

 

ああだこうだと夏凜と言い合いながらもうどんを食べる手は止めない。それは楠さんも同じでそんな自分たちの様子をじっと見つめていた。

そして何やら小さく呟く。

 

────ああ。”これ”が三好の言ってたやつかな……。

 

 

「ん? どうかした楠さん」

「いえ……なんでも」

 

なにやら納得した感じで彼女はうどんを再び食べ始めた。

なにか口にしていたようだったが、聞こえなかったのでわからない。

 

 

「──また祐樹は楠を贔屓して……こうなったら泣きっ面になるまでうどんを食べまくってやるわ! ついでにどっちが多く食べられるか勝負よ!」

「いいね。望むところよ」

「ヤメテクレー……」

 

 

僕の知らぬ間に意気投合した二人はこれでもかってほどうどんを食べました。はい。

夏凜の宣言通りに泣きっ面になりかけた僕と、満足げに店を後にする二人が出来上がったとさ。

 

 

「それじゃあ私はこれで帰るよ。祐樹さん、ごちそうさまでした」

「……気を付けてね楠さん」

「なにこれぐらいでへこんでるのよ祐樹。しゃんとしなさい!」

「ねえ三好」

 

日が沈みかけ夕日が自分たちを照らす。それぞれの影が伸び、楠さんは何かを考えるように足元から伸びる影を見つめていた。

そしてこちらを見据える。

 

「なによ」

「──なんとなくだけど少しだけ、ちょっとだけあなたの言ってたことが理解できたかもしれない。それで三好が見つけた『答え』を私も探してみようかと思う。それが言いたかった」

「……そう。なら、はい」

「──これは?」

 

ぶっきらぼうに答えると夏凜は楠さんにあるものを手渡した。

彼女は不思議そうにそれを受け取る。

 

「さっき一本叩き折っちゃったから私のをあげる。悪かったわね」

「──もうちょっと綺麗なのがいいのだけれど」

「あんた失礼すぎない!!? ちゃんと手入れしてるから問題ないわよ! 素直に受け取れー!」

「冗談よ。そんな顔もするのねあなた」

「……そういうあんたこそ」

 

夕日に照らされたせいでよく見えなかったが、二人は────っていた気がした。

 

「祐樹さんも色々とありがとう。今度はこちらにも遊びに来てください」

「うん。また連絡するよ」

「──ええ。それじゃあ」

 

そういって小さく手を振って楠さんは帰っていった。

横に居る夏凜はじっと彼女の方を見るばかりで、僕だけが手を振っていたがやがてその姿も見えなくなると小さくため息を漏らす。

 

「さて行くわよ祐樹……なによにやにやして」

「いや、なんでもないよ。行こうか」

「んー……なんか無性に身体を動かしたくなってきたわ」

「走る? 僕も付き合うよ」

「あら、ついてこれる?」

「むしろ夏凜こそついてこれるかなー? 最近は中々持久力がついてきたんだよ僕」

「言うじゃない。なら勝負して負けたら勝者の言うことをなんでも聞くでどう?」

「乗った! ──んじゃ先手必勝ッ!」

「なあっ!? このぉ!」

 

 

そんなやり取りをしながら僕たちは楠さんが去っていった方角とは逆方向に走り出した────。

 

 

 




イチャイチャ(物理)だなコレ。
合間合間に入れたからセーフ……よね。

夏凜ちゃんの話で書きかけのものがある→完成させて投稿しよう→少し中身変えてみるか→あれこれ考えていたらなぜかあの子が登場する→(;´・ω・)あれ?→イチャイチャ(?)完成!

…みたいな経緯を経て投稿しました(汗
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