Fate/Grand Order 劇場版幕間の物語   作:部屋ノ 隅

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第4章 恩讐竜の砦 その1

第4節 恩讐竜の砦 一

 

 

 

『お疲れ様でした、マスター!』

 

そうやってニコニコと晴れやかな笑顔を浮かべる彼女に、俺は「ああ、またよろしくな」という素っ気ない返事しか返せない。

理由は、自分でも分からなかった。一体何故、彼女を見ているとここまで気分が悪くなるのだろう。

 

嫉妬? 違う、そもそも俺には彼女に嫉妬する要素が無い。むしろ、ある種の哀れみを覚えるぐらいだ。

 

憎悪? 似てはいると思うけど違う。憎しみなどという難しいそれと違って、これは単純なそれに近いはずだ。

 

嫌悪? 大分近くなった。そうだ。俺は彼女の中の何かに嫌悪している、でも、正確じゃ無い。嫌うと言うより、これはある種の……。

 

『あの、マスター?』

 

『あ、あぁ……なんだよ』

 

『いえ。討つべき敵は倒しましたし、目標の素材も確保出来たのですから帰還しませんか?』

 

『あぁうん……そうだな。そうだった、悪いルーラー』

 

夢のなかで彼女のことをそう呼ぶ自分を見て、少しだけ笑みがこぼれる。

そう言えばこの頃は「ルーラー」のクラスが彼女一人しかいなかったし、そう呼んで差し支えなかったっけ。

 

俺も彼女の名前を直接言うよりは、クラス名で呼ぶ方がまだ気分が良かったから、カルデアのサーヴァントになってからはずっとクラス名で呼んでいた。

 

『むぅ……マスター』

 

『……なんだよ』

 

『人と話す時はちゃんと目を見てください! それと、気になっていたんですけどマスターは私のことだけを真名じゃなくてクラスで呼びますよね?

通常の聖杯戦争ならば兎も角、今回の人理修復ではそれは必要ないと思います。いやまぁ、本来の聖杯戦争でルーラーがマスターを得ることはあり得ないんですけど』

 

『……良いだろう、別に。何か困ることがある訳でも無いし』

 

『困る困らないの問題ではありません! 相手に対する礼儀の問題です! そもそもマスターは……』

 

夢の中の自分が相当イライラしているのが分かる。表情筋が硬いし、訳の分らない苛立ちを押さえるのに必死で、目を合わせるのもままならない。

露骨に彼女を避けようと移動して、あわやバランスを崩しそうにまでなった。

 

『マスター! 聞いていますか!?』

 

『うっせえな! そういうお前こそ、あれから一度も俺のことを名前で呼んだことがねぇじゃねぇか。裁定者(ルーラー)だからまさか俺の名前を忘れてるってこたぁねぇだろうし、だったらまずお前が俺を常に名前で呼ぶように努力しろよ!』

 

恥ずかしくなるほど子供じみた言い訳をする自分の姿が懐かしいやら情けないやらでまた笑う。

圧倒的なまでの正論を放つ大人に対して、あの時の自分の対応はガキ以下だったと思い知らされる。

 

しかし、そんな子供の反論が効いた。彼女は一瞬目を丸くして少し下を向いた後、またあの笑顔で

 

『なるほど、それもそうですね! では……香立くん! 人の名前はちゃんと呼んで下さい! コミュニケーションの基本ですよ!』

 

その言い方が、その呼び方が、あまりに自分の深い所を刺激して

 

『……分かったよ。ジャンヌ』

 

そっけない返事をするのが精一杯の自分へ

 

 

 

『はい! 私はあなたのサーヴァント。ルーラーのジャンヌ・ダルクです!』

 

 

 

 

 

満足そうな笑顔を向けてくる彼女に、原因が分からないまま、これ以上無いほどにイライラした。

 

 

 

 

 

藤丸「……」

 

マシュ『おはようございます、先輩。モニターを見ている限りではバイタルに異常は見られませんが、体調はどうですか?』

 

「なぁに、いつも通りさ。マシュこそ、この前みたいに徹夜でモニターして体調崩すんじゃねぇぞ?」

 

『こ、こちらは大丈夫ですから! つい先ほど起きたばかりですし……あ、サリエリさんは先に皆さんの元へ向かっているみたいです。どうしましょう、まだ起床予定時間までは時間がありますし、先輩がまだ眠いのなら……』

 

「……いや、起きるよ。あんなに子供がいたんだから、色々と人手不足なはずだ。何か手伝えることがあったら手伝いたい」

 

 

 

 

 

教会 正面口

 

 

 

 

 

「あら。おはようございます、藤丸様」

 

「おはよー! コウタお兄ちゃん!」

 

「おはよう。シスター、ルチア。こんな朝早くから何してんだ?」

 

「日課の薬草摘みを少々……クロニクル様の不思議な力でこの辺りの薬草の成長を促していただいたのは本当にありがたいんですが……」

 

「取っても取っても一日経つとまた新しいのが生えて来ちゃうの。一ヶ月もすれば自動的に効果が切れるからって言ってたけど……」

 

「あの馬鹿魔女……いや、今回の場合はやむを得ない、のか? 怪我人もいただろうし、いざって時に自分達がいるとは限らないしな」

 

『子供はよく喧嘩すると言いますし、擦り傷や切り傷に効く薬の元が常に手に入るのは良いんですけどね……』

 

「……この村、一ヶ月後には薬草で埋め尽くされてないだろうな……」

 

『お、恐ろしいことを言わないで下さい先輩! 流石にキルケーさんもそこまでうっかりしている方じゃない……と、思います』

 

「尻すぼみになってんぞ後輩」

 

「ねぇねぇ! お兄ちゃんも一緒に行こうよ!!」

 

「あら、ダメよルチア。フジマルさんはお疲れで、今日は朝早くからお友達の皆さんに会いに行くんだから」

 

「いや、ぐっすり寝られたおかげで大分疲れは取れたよ。何か手伝えることがあれば俺にもさせて欲しい」

 

「……そうですか。じゃあこの子の面倒を見ていただけますか? 私は朝食の準備の続きをしますので。薬草の群生地は、ルチアが知っていますから」

 

「分かった。頼めるか、ルチア」

 

「うん!」

 

『あの……ところで、サリエリさんがどこにいるか知りませんか?』

 

「サリエリさんですか? あの人なら……」

 

「ええい! 少しは落ち着けと言っている!」

 

「……?」

 

「むやみやたらと鍵盤を叩くんじゃない! 先ほども言ったが撫でるように押す感じでだな……!!」

 

「ド! ド! ソ! ソ! ラ! ラ! ソ!」

 

「ファ~ファ~ミ~ミ~レ~レ~ド~♪」

 

「クソッ、時間を誤ったか……!? こんな事なら無意味でももう少し横になっているべきだった……!」

 

「……先ほどピアノの調律をしていたら、朝が早い子達にさっそく……」

 

『えっと、多分大丈夫だと思います。サリエリさん、一見毛嫌いしているように見えますけど、子供の扱いは慣れていますから。

子供達がピアノを壊しでもしない限り、ぞんざいに扱うことはない筈です』

 

「申し訳ありません……あとでよく言い聞かせておきますので……」

 

「お兄ちゃーん! はやくー!」

 

「ああ、今行く!」

 

 

 

 

 薬草の群生地

 

 

 

 

「~♪」

 

「ふぅ……この位集まれば良いか。ルチアー! そっちはどうだ!?」

 

「沢山取れた! そろそろ戻ろうお兄ちゃん! シスターがパンを焼いてくれてるの!!」

 

「そっか、そりゃあ楽しみだな」

 

「うん! あのねあのね! シスターは凄いんだよ! おいしいパンを焼けるし! 服もとっても綺麗に洗濯できるし、いつも優しいの!

私ね、将来はシスターみたいな女の人になりたいんだぁ」

 

「……」

 

「だからね、毎日神様にお願いしてるんだ。「素敵な女性になりますから、素敵な男の人と結婚出来ますように」って!」

 

「……そうか」

 

「お兄ちゃん?」

 

「そうやって正しく自分の幸せを考えられるのなら、お前はきっと良いお嫁さんになれるよ、ルチア(頭なでなで)」

 

「わひゃっ! ……えへへ」

 

「よし! サリエリもそろそろ限界だろうし、急ぐか!」

 

「あ、待ってー!」

 

 

 

 

教会の外

 

 

 

 

「お持ちになるものは、本当にこれだけでよろしいので?」

 

「ああ。余計な荷物があっても邪魔になるだけだしな」

 

「そうですか……大したご歓迎も出来ず、かえって迷惑を掛けてしまったようで申し訳ありません」

 

『そんなことありませんよ! 旅の中でする野宿もまた良い物ですが、美味しいご飯と寝床があるならそれに越したことはありません』

 

「お兄ちゃん、もう行っちゃうの?」

 

「まだ演奏と歌聞きたいのに……」

 

「エクセレントやみんなみたいに、時間があったらまた来るさ。今度はもっと凄いぞ? エクセレントとサリエリが一緒にピアノを弾くし、俺よりもっと歌が上手いお姉さんが一緒に歌ってくれるからな」

 

「本当!?」

 

「じゃあ楽しみに待ってる!」

 

『だねぇ。それに子供達の事だって、香立くんは勿論、サリエリも満更でも無さそうだったし』

 

『あれ? そう言えばサリエリさんは? 朝食の時は確かに……』

 

「すまない。遅れたか」

 

「子供達をなだめるのに時間でもかかってたか?」

 

「はっ! 言っていろマスター。だが勘違いするなよ? 私は――」

 

「せんせー!」

 

「!?」

 

「がくふ、ありがとー! えくせれんとがくれたのはむずかしくてよく分かんなかったけど、これならわかるよ!」

 

「お、おい! 後で開けろとあれほど言っただろう! 約束の一つも守れんのか貴様!!」

 

『……(ニコニコ)』

 

『……(ニヨニヨ)』

 

「あらあら。わざわざどうもすみません……本当にありがとうございます」

 

「サリエリ……」

 

「ええい! 全員その気味の悪い笑顔をやめろ! ただ使わなくなった楽譜を奴に一枚くれてやっただけだ! 礼を言われることなどない! とっとと行くぞマスター!!」

 

「はいはい。……それじゃあ、またな」

 

「バイバーイ!」

 

「また来てねー!!」

 

 

 

村の出入り口

 

 

 

「ふぅ……休息を取ったはずなのに逆にドッと疲れが溜まったな」

 

『子供はパワフルだからねぇ。どこにそんな体力が残ってるんだ!? って言いたくなるようなスタミナを発揮する時があるし。成長のためにガンガンエネルギーが溜まって、バンバン使っているからさ』

 

『逆に言えば、その子供達を纏めて、お世話をするあのシスターは本当に凄いですね。二人の親が一人の子を育てるのさえ凄まじく大変なことだと言います』

 

『恩讐竜の物的支援があるとはいえ、よくやるよねぇ、本当』

 

「……まぁ、そうだな。……頭を切り換えよう。マシュ、砦までのルートをもう一回表示。それと、今まで戦ってきた敵のデータと、これから遭遇するであろう地点を予測してくれ」

 

『了解です! 前者はすぐに。後者も数分で完了します』

 

「ふん。とうとう恩讐竜と……あの男とご対面か。ボロボロになるまで叩きのめし、情報を一つ残らず引き出してやる」

 

『いや激突する必要はないからね!? あいてが友好的ならむやみな戦闘はしないこと! 君、ただでさえ本当は戦闘特化のサーヴァントじゃないんだから!』

 

「言っても無駄さ。俺にもよく分かるよ。本当の本当に一度スイッチが入っちまうと、誰かに止められるか、本当に自分が欲しい物を手に入れるまで止めらんねぇよな」

 

「ほう……流石だ。よく分かっているではないか我がマスター」

 

「……まぁ、な。だから、アマデウスを問答無用で殺しそうになったら、令呪使って俺が止めてやるよ」

 

「……はっ。……余計なことを」

 

 

 

 

第四節 恩讐竜の砦 二

 

 

 

 

「あー……えぇ。こっちは大丈夫。で、あいつはどう……? ああやっぱり。ホンッとうにムカつくけど、助けるしかないし、助けさせるしかないのよねぇ……はぁ……」

 

「……」

 

「はぁ? それはお互い様でしょうが。私だって本音を言えばただがむしゃらに突っ走ってやりたいけれど、あいつの命令で、私達は迂闊にも頷いちゃったのよ? ここでブチ切れて突っ走ったら全部が台無し」

 

「あの子の願いも、護りたいものも、私達が……あいつが積み上げてきたものが、全部台無しになる。ようやく、本当にようやくグランドフィナーレへ続く第一歩が踏み出せたんですもの、簡単に頓挫してやるもんですか。それよりも、あの馬鹿女はなんて?」

 

「……」

 

「……あー、はいはい。じゃ、細かい調整は任せたわ。適当に時間稼ぎはしておくから、あとはよろしく。え? どうするつもりだって? そんなの決まってるじゃない。文字通り……「演じきって」やんのよ。くっだらない意地でね」

 

 

 

 

砦近くの森

 

 

 

 

『敵性生物の存在を感知しました! 魔術機動式ゴーレムが六! 大型魔猪が一! キルケーさんによって作られた防衛機構の一種かと思われます!』

 

「あいつこの短期間で豚を魔猪にしやがった!?」

 

「強引に突破する! ついてこい、マスター!」

 

 

 

BATTLE ゴーレム 魔猪

 

 

 

「ふん、他愛もない」

 

「……なんだ、サリエリお前妙に調子が良くないか?」

 

「いや……」

 

『ありげとー! サリエリ先生!!』

 

「……別に何も。それよりもだ」

 

『ああ……とうとう見えたね。恩讐竜が潜んでいるであろう廃砦だ!』

 

『ここに皆さんが……』

 

『ああ……色んな情報を聞けるとは思うけど、前みたいに強引に襲ってこないとも限らない。油断だけはしないでくれたまえ』

 

「……RPGとかだと、今まで戦ってきた奴含めて恩讐竜全員と戦闘、最後にラスボス戦ってのがお決まりなんけど」

 

『ちょっと先輩! あまり不吉なことを……それにもしもそうなったら、こちらに居るサーヴァントがサリエリさんだけな以上、先輩が……』

 

 

 

「そうね。でも最近は「いきなりラスボスが登場」ってパターンの漫画やゲームも多いらしいじゃない」

 

 

 

『!?』

 

「お前は……!」

 

「だから……それに肖ってみたんだけど、どうかしら。ご感想は」

 

「ジャンヌ・オルタ……」

 

「違うわ。今の私は恩讐竜の首魁にて、黒き竜王の加護を得し者。神を砕き、天壌を焦がす紫炎の魔女……混埶竜魔嬢「ドルバザガルド」

真名を……「聖女ジャンヌ・ダルク」よ。我が砦へようこそ。カルデアの勇者ご一行様?」

 

 

 

 

 

第四節 恩讐竜の砦 三

 

 

 

 

 

夢を、見ていた。

 

今は丁度、この村が一番美しく彩られる季節。溢れんばかりの麦畑が山に消える夕焼けの陽に照らされて金色に輝き、それを踏みつぶさないように、子供達がキャッキャと駆け回っている。

 

気がつくと、私はかつて村で着ていた服に着替えていて、手に鎌と紐を持っていた。

 

その時点で「ああ、夢だ」と気づきはしたけれど、なんだか今日は無性に、無性に懐かしくて、そのまま鎌を使って麦を刈り取り、大体の大きさで纏めては紐で縛って束を作り続けた。

 

「ジャネットー!」

 

「おーい!」

 

遠くの方で、友達二人が手を振りながらこちらに向かってくるのが見える。

二人とも子供の時から一緒に泥んこまみれになるまで遊び続けた親友だったから、容姿が大人のそれになっていても、すぐに分かった。

 

女三人で下らないお喋りに耽りながら刈り取った麦を運び、それぞれの家へと戻ってゆく。

そうして玄関のドアを開けた時だった。自分の背丈が急に伸びて、服がみすぼらしいそれから、上等な物へと変わっていた。部屋自体は懐かしい実家のままではあったけど、家具や一部の材木が真新しい物になっている。

 

「ママー!」

 

ドン! と、いきなりお腹の辺りに強い衝撃がきて下を見ると、クリームブラウン色をした柔らかな髪とルビーのような紅い瞳をした、小さい頃の自分そっくりな女の子が、頭を私のお腹にぐりぐりと押しつけていた。

 

「ま……マ?」

 

「? どうしたの、ママ。お婆ちゃんが晩ご飯作ってくれてるから、早く食べよう!」

 

「ああ、おかえり。どうしたんだい。早くしないとご飯が冷めるよ。ほれ、早く手を洗ってきなさい」

 

「おかあさん……」

 

そう呟いた次の瞬間。私は椅子に座って、母の作った晩ご飯を食べていた。

 

「あーん」と口を開けて女の子にせがまれるから、条件反射的に自分のシチューをすくって女の子の口へ運ぶと心から幸せそうな顔をして「えへへ」と笑った。それを見たお母さんも幸せそうに笑ったから、私もつられて口元が緩んだ。

 

懐かしい……ああ、私は知らないはずなのに、こんなことはあり得ないはずなのに、そもそも私はこの女の子の事なんて欠片も知らないのに、全てが懐かしくて、優しくて

 

 

 

――だから――

 

 

 

「ただいま」

 

その声が聞こえた途端。ドクン、と私の中で何かが大きく揺れ動いた。

 

「あっ! パパだー!!」

 

その優しく穏やかな声が玄関から聞こえてきたと同時に、女の子が食事を辞め、椅子から立って駆け出してゆく。私は動こうにも何かを言おうにも体の全てが石のように固まって、全く言うことを聞いてくれない。

 

「良い子にしてたか? ママとお婆ちゃんのお手伝いはちゃんとしたかい?」

 

「うん! あのねあのね! 今日は――――」

 

「そうか。ああ、とても良い子だな」

 

玄関に続く扉が開いて、女の子を抱えた男性が入ってくる。

 

「ただいま――――」

 

見覚えのある黒い衣服を身に纏い、腰に一本の剣を携えて、女の子と同じ色の髪と瞳をした――――

 

 

 

 

 

その男性の顔だけ認識出来ないまま、そこで目が覚めた。

 

 

 

 

 

「……」

 

辺りを見渡す。そこは間違いなく、「私」が閉じ込められている牢獄塔で、辺りに漂うのは暗く、冷たい辺獄のような空気と若干の異臭。服をめくって確認すると、そこには確かに「それ」があった。

 

失笑とも苦笑いとも呼べるそれが、顔に浮かぶ。こんな時に幸せな夢を見る事が出来た自分に、じゃない。

 

ああ……それでも私は「人々の為に戦いたかった」「あの人生を辿りたかった」「例えあの最期が待っていたとしても後悔はないし、私は本当に幸せだったのに――」と、戦わない選択をしたであろう夢の自分に胃を痛めるほどに。ああ――今のが夢で、本当に良かったと、心の底で安堵を覚えた自分に。

 

「……」

 

ああ、でも。ただ一つ。本当にただ一つ。あの夢が現実であったならと感じる部分があるとすれば、それは――――

 

コツ、コツ、コツと。誰かが塔を上がってくる音が聞こえた。すぐさま牢の出入り口に眼をやると、十秒ぐらい経ってから、枢機卿になったあの男が入ってくる。

 

「おや、起きているかと思ってはいたが本当に起きているとはね」

 

「……別に、少し悪夢を見てしまっただけですから。素敵な贈り物をありがとうございます、枢機卿」

 

「……?」

 

「あの時の私」のように精神攻撃の一種でも受けたのかとカマを掛けてみたが、反応を見るに恐らく心当たりは無さそうだ。

ならば本当に自然に見た夢か、張り巡らされたこの呪術のせいか、はたまた――――この「私」のせいか。

 

「……こんな朝早くから何かご用でしょうか。まさか、あなたがこんな場所で朝の祈りを捧げる訳でもないでしょう」

 

「ふむ。その「こんな場所」で朝昼晩と欠かさず主へ……いや、悪魔へ祈りを捧げていた君が言えることかね? まぁ悪魔ならばこのような場所の方が恩恵を得られるかもしれんがね」

 

「……」

 

「君を聖なる火、にくべる日が決まったのでね。三日後だよ。それくらいは伝えておこうという私の好意さ」

 

「……?」

 

違和感を覚えた。聖なる火にくべる、が火刑のことだとして、それはこんなに早かっただろうか。私の記憶では、もう少し……だいぶ後のことだったと記憶している。

宗教裁判は何回かやったみたいだが、それだって数が少ないし、陵辱は勿論のこと、拷問すらまともに受けていない。

 

「随分と、早いのですね」

 

「なんだい、自分を魔女だと認めて改心し、命乞いをするかね? 少しくらいなら日にちが伸びるやもしれんぞ? 尤もこれは主のご意向だ。そう簡単に主が取り下げるとは思えんがね。まぁ、私がここに来るのは三日後を除いてこれが最後だ。最後の弁解や質問があれば聞こう」

 

「する気もありませんし、これは主のご意向などではありません。何度も言ったはずです。……ただ……」

 

「ただ?」

 

「……ただ、一つだけ。何度でも聞きます。あなた達は……あなたは、一体なにをするつもりなのですか「この私」を利用して、一体何をするつもりなのです」

 

そうだ。私は、それだけがずっと気になっていた。この男が態々こんな手間まで掛ける以上、ただあの主の紛い物を利用するだの、教皇の権力やなんだのとは違う、なにか別の目的がある筈だと。

 

「それこそ何度も言ったはずだがね。私はただ人々の為に醜悪な魔女を聖なる火に掛ける。それだけが目的だよ」

 

「……」

 

つまり、私を……魔女をいたぶり殺す事こそが目的……? いや、それならこの私がこの程度で済んでいる理由がない。この男が聖杯ないしそれに準ずる何かを所持していることは明らかなのだし、思いつく限りの屈辱や恥辱を与えることが出来る筈。

 

……ダメだ、やはり思いつかない。この男が自分を利用してなにかをしようとしていることは明らかなのに、それがまるで分からない。嫌な予感と焦りだけが、心に募ってゆく。

 

「では……また三日後に。魔女ジャンヌ・ダルク」

 

 

 

扉を開けて部屋を出て行く男の声が、私にはいやに遠くで聞こえたような気がした。

 

 

 

 

 

「……」

 

『……オルタさん……!』

 

「さて、こういう時は何て言うんだったかしらね。会えて嬉しい? よくぞここまで辿り着いた? それとも……」

 

「……! マスター!!」

 

「ちっ!」

 

「問答無用でヤリあった方が良いかしら? まぁ何て言おうが戦う事に変わりはないんだけどっ!」

 

「ぐうっ!」

 

『おいおい、本当に問答無用か。流石に不味いぞ。ジャンヌ・オルタ相手にサリエリだけじゃ……』

 

「ダヴィンチちゃん、戦闘礼装の第二解放を頼む! 何考えてるのかは分からないけど、あいつは本気だ。「俺が前衛に出る」サリエリは中衛に下がってサポートしてくれ!」

 

「……マスター……!」

 

『……正直、マリーさんが離脱された時から薄々感じてはいましたが……!』

 

『まぁ、仕方ないんじゃない? 万一ここでサリエリがヤラれたら本格的に「詰み」だ。何でか分からないけど、霊脈ポイントが全く見つからなくて、追加の英霊が一向にそっちに送れなかったからね……」

 

「無理はしない、やられそうなら即座に逃げる。戦闘許可が出来るのは十分間……本当に、無茶するなよ? 君なら心配要らないと思う反面、絶対の窮地ってところで――――』

 

「良いから戦闘に参加するなら早くしてくれ! こちらの膂力では限界がある!」

 

『おっと、すまない。では――――カルデアの技術、数多の英霊達によって強化に強化された戦闘服とその力、存分に発揮してくれたまえ!』

 

その言葉が紡ぎ終わるとほぼ同時、藤丸の着ているカルデア戦闘服に「何か」が入り込んだ。その「何か」は藤丸の体に、溢れんばかりの膨大な魔力をみなぎらせる。

 

次の瞬間、ジャンヌ・オルタとアントニオ・サリエリの鍔迫り合いに目にも止まらぬ速さで横入りした藤丸が、ジャンヌ・オルタの横っ腹目掛けて張り手を打った。本来は人体の急所である脇腹へ掌打だが、数メートルも吹き飛ばされた筈のジャンヌ・オルタは涼しげな表情だ。

 

「……ふぅん、何よ。戦闘服だけでも少しはやるようになったじゃない。初撃から「これ」なら期待出来そうねっ!」

 

ジャンヌ・オルタが一秒とかからず、吹き飛ばされて出来た数メートルの距離をゼロにし、手にした黒い旗を藤丸の顔目掛けて振り下ろす。旗が顔に触れる直前で身を逸らして回避した藤丸は、チャンスとばかりにその横っ腹目掛けて再度拳を当てようとするが、ジャンヌ・オルタは突き出された拳目掛けて無茶苦茶な体勢で蹴りを放つ。

 

「ぐうっ! ……!!」

 

『戦闘服、左腕部の機能五パーセントダウンしました! 先輩! 先ほどもダヴィンチちゃんが言いましたが……!!』

 

「分かってる! けどこいつは無理しないで逃げれる相手じゃない!! サリエリ! 強化魔術を頼む! どの曲を弾くかは任せた!」

 

「了解だ……! かなり激しくなるが、文句は言うなよ……!!」

 

「雑談は終った? なら……一時とはいえ、地獄の業火のお試し体験キャンペーンと行きましょうか!」

 

 

 

FATAL BATTLE VS 混埶竜魔嬢「ドルバザガルド」

 

 

 

「おらぁっ!!」

 

「はぁっ!!」

 

『せ、先輩! 少し飛ばしすぎです!! いえ、これはサリエリさんの曲の影響……?』

 

『だろうね。彼は己の中にある心の高ぶり……激情のままにピアノを弾いている……平穏ぶっていても、実は感情的で激情型な香立くんとは相性が良いだろうさ!』

 

『それは、分かるのですが……』

 

「重く! 鋭く!! 激しく!!! ってな!!」

 

『もう先輩、完全に逃げる気ありませんよね!? 近接格闘型のサーヴァントの皆さんと戦闘服を着て殴り合っている時のそれですし!』

 

『逃げる気がない、と言うよりはジャンヌ・オルタが逃がす気がない、って言う方が正しいかなぁ? 最初の方こそ離脱できないかどうか探している節があったけど、その度に妨害が入ったから諦めたって感じじゃない?」

 

「……まぁ、流石に気楽に言っていられる場合じゃなくなったかな。向こうがこちらを殺す気は無さそうとは言え、戦闘服の稼働時間が限界に近づいている……藤丸くん!』

 

「っツ……! ああ!!」

 

「あら? そろそろ限界かしら。だったら……容赦なく行くわよ」

 

『!? これは……い、威力が軽減されてはいるようですが、間違いありません! 宝具です!! 先輩! 早急に離脱を……!!』

 

「ええい! 無理だ! 私一人なら兎も角、マスターは間に合わないに決まっているだろう!! ダヴィンチ!」

 

「ダヴィンチちゃん!」

 

『分かっている! 藤丸くんの戦闘服と霊気保管庫にいるサーヴァントとのLINKを一段階強化! 宝具チェインプロテクトを解除!! 急げ!』

 

 

 

『これは憎悪によって磨かれた我が魂の咆吼――!』

 

『――よし、解除完了だ! 行けるよ!』

 

『宝具、疑似模倣再現――哀を知らない悲しき竜よ、ここに――星のように――!』

 

 

 

 

 

『奮い立てよ、我が憤怒!』

『R・哀知らぬ悲しき竜!』

 

 

 

 

 

『先輩! ほ、宝具の余波で画面が……』

 

「ぐうっ……! おい、ダヴィンチ! マスター達はどうなっている!!」

 

『ちょっと待ってくれ、今霊子の……! よし、安定した! 大丈夫、藤丸くんは無事だよ』

 

「……ぐ、うぅ……」

 

「……へぇ」

 

「ちっ! やはり押し負けるか……マスター!」

 

「……」

 

「やるじゃない。正直やり過ぎたかと思ってたけど……これなら大丈夫そうね」

 

「……どういう事だ」

 

「どういう事ってなによ」

 

「旗を収めたと言うことはもう戦意が無い物として聞くぞ……お前がカルデアに召喚された英霊なら、いい加減に事情を説明しろ。さもなくば……」

 

「さもなくば? なぁに? こいつの後ろで支援魔術式を打ちまくってただけの音楽家がなんですか?」

 

「貴様……!」

 

「……もう良い、サリエリ。俺のために怒ってくれてありがとな」

 

「……ちっ」

 

「はっ」

 

『……ジャンヌ・オルタさん。先輩も私も、あなたが何の意味もなく恩讐竜などという組織を結成したり、他の皆さんを引き連れて教会連盟と争ったりする方ではないと存じています。……焼き払われた村に孤児や子供達を集わせ、支援をしていることを含めてです』

 

「……」

 

「そろそろ教えてくれないか。お前が態々「俺を狙って戦闘を仕掛けた」ことを含めて、全部意味がある筈だ。……思い上がりかもしれないけれど「俺を戦わせるためにマリーさらった」んじゃあないかって俺は」

 

「…………ええ、そうよ?」

 

『!?』

 

「なんだと……」

 

「こいつが戦えなくちゃ困るのよ。私も、こいつも、あんた達もね。なにせ……」

 

 

 

 

 

 

「今のオルレアンじゃあ、サーヴァントは殆ど使い物にならないんだから」

 

 

 

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