萌えっ娘もんすたぁ えっくすわい 作:三上
その後、押し付けるように俺にポケモン図鑑と手紙を渡し、友人達は逸る気持ちをそのまま弾けるように冒険へと駆け出して行った。
旅というのは連れ立ってするものじゃないとは俺も思うのだけど、仲良くなった途端すぐ、別れがあまりに唐突すぎる。
西野カナばりの淡い寂寥感を覚える。
「カルム君、お母様のところに向かいましょう?」
彼等が居なくなった途端にスっと自然に手を繋ぐれでぃ。
全然いいんだけどさ。
そこはかとなく独占欲みたいなものを感じるよ。
ドレディアだった時は袖をクイクイ引っ張られていただけだった気がするけど、すべすべした白磁みたいな真っ白の手で手を握られると、こう、訴求力が全然違う。
「……誤解されないかな」
「?」
分かれる時お互いめちゃめちゃに泣きじゃくったし、母さんもれでぃの存在は勿論認知しているんだけど、こんな緑髪ロングの美人メイドさんじゃなかったからなあ。
ま、いっか。
その時考えよう、二人で。
繋いだ左手はドレディアだった時よりもずっと大きくて暖かくて。
でもチラリと盗み見る横顔はあの頃と何も変わらない。
おっとりした垂れ目で小首をかしげるれでぃにポケモンの時の何倍もあざとさを感じつつ、何でもないよって小さな頭を髪の流れに沿って撫でる。
ちょっと雑にグリグリ撫でるとくすぐったそうに頭をよじるれでぃに、昔よくこうしてたなと少しだけ懐かしさを覚えた。
「えっと、れでぃが人間になりました」
「あら~! うわっ、髪サラッサラじゃないの、肌もつやっつや、かわい~~~!」
「えぅ……あ、ありがとうございます……」
家に戻ってれでぃに会わせるついでに手紙を渡し、母さんに事情を説明する。
照れてるれでぃ五臓六腑に染み渡るかわいさだな。
見ているだけで心が豊かになる。
「それで、なんやかんやあって旅に出る運びになったよ。多分1年もしないうちに帰ると思う」
「気を付けて行ってらっしゃい。人様に迷惑だけは掛けないようにね~」
「えっ」
「おう。れでぃ、俺部屋で荷物すぐまとめてくるよ。一緒に来る?」
「えっ、あっ、はい。ではご一緒します」
案の定、れでぃがめちゃめちゃ面食らってる。
うちの母さんはああいう人なんだ。
ちょっと天然だけど思い切りが良いっていうか、竹を割ったような豪胆さがあって、小柄で大人しそうな容姿からは想像できない。
俺は母さんのああいう女性らしくないカラっとしたところを尊敬している。
「カルム君、お部屋随分綺麗にされてますね」
「まあ、引っ越してきたばかりだしね」
何気に部屋に女の子入れたの初めてかもしれない。
別にそこに拘りはないけども。
男の部屋なんて女の子からは何も面白くないだろうし。
「そんな事ありませんよ、漫画、ゲーム、雑誌……この部屋には今のカルム君をつくったものが息づいてます」
「まあ確かに、ってか考えてた事声に出てたか?……もしかして、ナチュラルに心読んだ?」
「ふふっ、何年一緒に居たと思ってるんですか。喋らなくても目を見れば大体分かりますよ」
あっ、今ドキッとしたわ。
急な不意打ちはいけない。
あれ、急だから不意打ちなんでしょ、意味同じじゃない?
れでぃに隠し事はできないな、別に今更隠すような事がある関係性でもないんだけどさ。
考えている事が顔を見るだけで明け透けだったとしても……まあれでぃならいっかと思えてしまう。
「れでぃ」
「何ですか、カルム君」
「俺、博士に選ばれたとはいえ、いきなり知らないポケモンと旅に出るなんて割と不安だったんだよ」
「でも何とかなるか、とも思っていたんでしょう?」
さっそく見透かされてら。
確かにいきなし旅に出ようとか言われて普通に不安ではあった。
パートナーが初対面から必ずしも友好的とは限らないし、旅の道中だってきっと順風満帆とはいかないだろう。
でも、だからといって行動しない理由にはならないというか。
誰とでも仲良くなれるような社交性がないなら、そんな俺とでも気が合うようなポケモンを根気強く探せばいいし。
問題が起きたなら、その時考えればいいかなと、割と楽観的に考えてはいた。
世の中、大抵の事は死力を尽くせば案外何とかなる。
「でもれでぃでよかった。れでぃとなら、どこへだって行けるよ」
「惜しいです。ニアピン、あともう少し……記述問題を落として90点、みたいな」
どうやらお嬢様のご期待に沿う回答ではなかったらしい。
意識が低い俺は記述問題なら別に妥協するけど、あいにくれでぃとは付き合いが長い。
得意科目ならせっかくだし100点を狙いたい、ここは傾向と対策よろしく答えを仰いで次の出題に備えたい所。
「れでぃじゃなきゃダメなんだ……でしょ?」
不意に顔を近付け、俺の耳元で艶やかに囁くれでぃ。
零距離で直接耳朶に響いた甘い声はいとも容易く脳髄を痺れさせ、思考能力を低下させる。
いつも穏やかな笑みを湛えているれでぃの、想像だにしなかった妖艶な表情の声色が脳裏を離れない。
気を逸らそうにも至近距離のれでぃの髪から、れでぃのミルクのような、生花のような甘い香りがする。
もう、れでぃの事しか考えられない。
「なーんて、冗談です。でも博士の選んだあの子達じゃなくて私を待っていてくれるなんて、少しは自惚れてもいいのかなって。ふふっ……カルム君?」
今の表情が嘘であったかのように、いつもの慈愛に溢れたおっとりした印象の垂れ目を細めるれでぃ。
極めて癒し系、絵に描いたような人畜無害、『お人好し』という言葉がメイド服を着て歩いているようなれでぃ。
彼女がひっそりと忍ばせていた俺特攻の付与されたナイフの切れ味は正に効果抜群、会心の一撃という他なく。
大方の人間が敏感である耳を集中的に狙った耳元ふにゃふにゃ攻撃は反則といっても過言じゃない。
確認できる被害状況は甚大、顔の火照りが収まらず、恥ずかしさとムズ痒さで全身がポカポカしてきた。
「あ、悪女め……」
全く機能しなくなってしまった言語野からやっとの思いで絞り出せた言葉では、ぽわぽわメイドさんに一矢報いるなど敵う筈もなく。
頬を朱色に染める俺に、れでぃはより一層不敵な笑みを深めていた。
迅速に野生ポケモンを処理していくれでぃ。
処理、という言葉はこの場合適切なのか。
この辺りのポケモンなど歯牙にもかけない力量で、俺と雑談しながら的確にポケモンをバッタバッタ薙ぎ払っていく。
袖のフリルの下辺りから半透明な緑色のエアリアルブレードを顕現させ、舞うように一閃。
ただの草原が豪華絢爛な舞踏会かと見紛う程に、普段のぽわぽわした様子のれでぃとはまるで別人みたいに鮮やかに踊る。
ぶっちゃけ、こんな最初の方の野生のポケモン相手にオーバーキル気味かもしれない。
俺の知ってるリーフブレードと違うもん、弾丸みたいにして発射したり爆発したりしないでしょあの技。
「うん、あらかた片付きましたよ」
「お疲れ様。改めて、本当に綺麗になったねれでぃ」
初のバトルは気付いたら終わってました、本当に。
とりあえずれでぃを労い、一旦頭を撫でておいた。
枝毛一つない、猫っ毛のサラサラな髪は触り心地が良い。
手を通した先からスーっと零れ落ちる癖のない直毛は艶とハリに溢れて、心地良い手触り。
できればずっと触っていたいくらい楽しいんだけど、緑髪からわずかに除く耳に僅かに朱が差していたのでやめた。
流石にこんな野生ポケモン出るような場所で恥ずかしいよな、ごめん。
だから手を離した瞬間の、寂しそうな表情は気のせいだと思う事にする。
「ポケモンバトルはトレーナー同士の代理戦争。れでぃはこれから、俺の半身なんだよな」
「誠心誠意、務めさせて頂きます。カルム君の名に恥じない振る舞いをご覧にいれられる様、精進しますね」
か、堅い堅い。あずきバーぐらいの硬度のコメントだよ。
そんな下からこないでくれよ。
幼馴染からのスタートなのに主従関係ガッチリ意識してくるじゃん。
呼称の希望聞かれた時、デフォルトが様呼びだった時に気付くべきだったよ、メイド服っていう奉仕用の服装も似合ってるよちくしょう。
ってかトレーナーってポケモンに指示するのが仕事なのに、足でまといは俺の方だ。
普通こういうのって一緒に少しづつ成長していくもんでしょ、なんでれでぃ最初からめっちゃ強いんだよ。
人からもらったポケモンだったら言うこと聞いてくれないぐらい、俺とのレベル差を感じたよ。
「むしろ俺がよろしくって感じだよ。最初のうちはれでぃにおんぶにだっこって感じだろうから、申し訳ないけどダメダメな幼馴染に色々教えてくれないかな」
「うふふ、全身全霊お護りします」
やっぱりさ、俺は聖人君子ではないから視界に入った全員を助けたいとは思えないけど。
俺だけのために戦ってくれる愛おしい幼馴染ぐらいは、護れるようになりたいな。
人になってまで俺に会いに来てくれたれでぃの信頼には応えたい、そう誓った初ポケモンバトルだった。
やさしい花