ハリー・ポッターと極東の隠密   作:炉端焼き

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序章

 イギリスのとある一角に、そこだけまるで中世の頃から時が止まっているかのようにも思える、城のような建物がある。

 荘厳な雰囲気を醸し出すその建物は、視認すれば非常に目を引くが、この建物が一般の人間にその存在を知られ、見られることはまずない。

 ここは、ホグワーツ魔法魔術学校。将来の偉大な魔法使いの卵達が数多く在籍する、文字どおり魔法使いの学校である。魔法使い以外の、魔法を使えない人々、通称マグルの人間達には見えないような呪文が施されており、なにも知らない者が迷い込むことはない。

 それ以外にも様々な防衛呪文が幾重にもかけられており、外部の者が無断で侵入することなどできない。魔法界でも一、二を争うほど安全な場所ということでも有名である。

 そのホグワーツの一角にある、校長室。そこには長い白髪と白髭、半月型の眼鏡をかけた老人、アルバス・ダンブルドアが一人いた。彼は自身の椅子に座り、目の前の幾つかの書類を片付けたあと、息を一つ吐いて背もたれに身を預けた。

 

「珍しいな、お前が疲れた表情を出すなど」

 

 するとどこからとも無く声が聞こえた。無論ダンブルドアの声ではない。しかしこの部屋には彼一人しかいないはずであり、しかもホグワーツの教員の声でもない。ダンブルドアは椅子から立ち上がり、周囲を警戒する。だが、彼の目には人の姿は見えず、気配すら感じない。しかし彼は周囲への警戒を解き、ため息をついてから再び椅子に座り直した。

 

「この感覚は身に覚えがある……ナガトノカミか」

「ほう、さすがにもう慣れたか、動揺の時間が減っている」

 

 すると突然、ダンブルドアの座る椅子の斜め後方に男が現れた。現れたというにはあまりにも自然に「ずっとそこにいた」かのように佇んでいる。独特の黒い服、そして黒い頭巾をかぶり、額から右頬にかけて大きな傷跡が走った老齢の男は、感心するように言葉をかけるが、言葉と裏腹に全くと言っていいほど関心などしていなかった。

 

「ここホグワーツには『姿現し』は出来ないはずなんじゃがの」

「阿呆め、俺がそんな呪文をわざわざ使うわけ無いだろう」

「言うてみただけじゃ。全く、『神出鬼没』藤林長門守の異名は未だ健在のようじゃな」

「ふん、『20世紀で最も偉大な魔法使い』アルバス・ダンブルドアに言われる筋合いは無いわ」

 

 互いに皮肉を言い合ったのち、どちらも自然と口角が上がる。二人はそれぞれに旧知の友と再会した笑顔を浮かべた。

 

「して、今宵はどうしたのかな?ナガトノカミよ。皮肉を言いに来たわけでも、世間話をしに来たわけでもなかろう」

 

 ダンブルドアは早速本題に入ろうとする。しかし長門守はもったいぶる。

 

「なに、つい最近面白い輩を拾ったのでな」

「面白い輩?まさかさらったのでは無いだろうな!?」

「たわけ!そんな事するか!」

「冗談じゃ」

 

 本題に入ろうとしていたはずのダンブルドアの方が冗談を言いはじめる。

 

「ったく、つかみどころが無い度合いで言えば貴様も人の事言えんではないか、アルバス」

「ほっほっほ、こういう性分じゃからのう」

「まあいい、ところで、例の『生き残った男の子』とやらは息災か?」

 

 今度は長門守のほうが本題に入る。このようなやり取りは二人の中ではいつも通りのやり取りのようだ。

 

「ハリー・ポッターか…今はある一家に預けてある。今のところいい子に育っている。今年でちょうど3歳になる頃じゃな」

 

 ダンブルドアの言葉に長門守は少しだけ目を見張る。しかしその目は驚きよりも好奇の目、新しいおもちゃを見つけた子供のような輝きが見えた。

 

「ほう、ならば『あいつ』も同世代という訳か」

「はて?あいつとは誰のことじゃ?」

 

 長門守の発言に怪訝な表情を浮かべる。長門守のような人物が、イギリスの魔法界の事情などに興味を持つなど今までなかったことだった。

 

「おう、それが今日の話題よ。その例の男の子と多分同い年の童を拾ったんだ。白銀に光る瞳を持つ少年だ」

「ほう?それはもしや『白銀の瞳』か?」

 

 その可能性にダンブルドアは興味を示した。

 『白銀の瞳』とは、極東の島国、日本の中で実しやかに語られる逸話の一つで、とある宿命を背負わされた者が持つ、この世で最も稀有な目のことである。この瞳は別名『災厄の銀』とも呼ばれ、この眼を持つものには、周りを含めこの世のありとあらゆる『不幸』が降り注ぐのである。災いを一点に集めてしまうその力は、運命に見放された『呪い』の象徴であった。

しかし、その逸話は現在に至っても日本国内で止まっている。その理由は、日本という国が、開国がなされてからもどこか閉鎖的であり、国内のそう言った「異端」に関することは特に隠したがる傾向にあるからだ。

 

「『運命に呪われし子』がすでに生まれておったか……しかし、またしても難儀な日本人が生まれてしまったのう」

 

 ダンブルドアは実際に優秀な魔法使いであるため、様々な面からあらゆる情報を得ることができる。しかしそんな彼でも、イギリスから遠く離れた土地のことまでは及ばない。そんな風に難しい顔をしているダンブルドアを、長門守は鼻で笑った。

 

「それも当然だろう。あの童にそのような呪いなど微塵もかかっていないのだから」

「何?どういうことじゃ?」

「童はヘテロクロミア、白銀の瞳は片方だけなのだ」

「なんと……!」

 

 ヘテロクロミア。それは両の眼がそれぞれ違う色をしたもののことを言い、巷では虹彩異色症と呼ばれている。

 

「通常、そういった呪いは必ず両眼に及ぶものだ。だが童には片目のみが白銀。間近でも観察したが、ほんの僅かな魔力を感じるだけで、呪いほど強い力はなかった。だが、奴の両親はそれに気づかなかったようだがな」

 

長門守は、少年を拾った経緯を話す。

少年の両親は、片目に現れた白銀の瞳を見て、言い伝えの呪い子なのだと確定してしまった。実際には少年には呪いなどかかっておらず、微量の魔力を有した、いわゆる魔眼に類するもので、たまたま白銀色を映して顕現しただけなのだ。だが両親はそれに気付くことはなく、さらには普段の不幸も「呪いのせいだ」と思い込み、恐怖と心労とストレスが重なり、少年が三歳になった時、とうとう彼を捨てた。

 

「三歳という、なまじ自我が芽生え始めた時期に捨てられたため、初めて会った時は両方の目を絶望に染めておった」

「そうか……そんな子が生まれていたのか……難儀な因果を背負ってしまったものだのう…」

 

 片目に呪いの証と同じ色の瞳を刻まれたその子供の将来を案じ、ダンブルドアは物憂げに息を吐く。しかし相対する長門守は、先ほどからの楽しそうな眼を変えてはいない。

 

「いや、なかなか楽しませてくれそうな童だぞ?あいつは」

「それはどういうことじゃ?」

 

 疑問に思うダンブルドアを気にするでもなく、長門守はとても楽しそうに話した。

 

「あいつは親に捨てられたという事実を認識できる自我があり、その事実に絶望していたにも関わらず、強靭なる意思があった。親が世界の全てといっても過言ではない頃にそれを失ったのに、あいつの心は死んでいなかった。絶望に呑まれ、生への執着がなくなりかけてはいたが、俺が少し発破をかけてやっただけで生きる意思を取り戻しおったわ。あいつは、自らに降りかかる謂れなき迫害を全て跳ね返す力、いや、それ以上の膂力があると直感した」

 

 ダンブルドアは驚いていた。話の中にあるその少年の事もそうだが、長門守がここまで楽しそうに他人の事を話すなど、長い付き合いの中で一度たりとも見た事がなかったのだ。彼は基本的に冷静沈着、決して喜怒哀楽が乏しい訳ではなく、人並み以上に感情を抑える術を持ち合わせており、あまり心の底を他人に見せないのだ。ましてや、特定の人物に対して多く話すことなど無いに等しい。

 そんな彼が、自分が拾ったというその少年の事を話す時、彼の目は少年のような好奇心に満ちた輝きを持ち、自分から流暢に話し出して止まらないのである。

 

「だから俺は、あいつを育てる事に決めた」

「なに!?」

 

 見た事のない友人の姿に驚いていたが、その友人は、さらなる爆弾発言をし、ダンブルドアにより大きな驚きを齎した。

 

「そ、それは本気なのかナガトノカミよ!」

「ああ勿論だ。あいつを俺の故郷に連れて行って、直々に鍛えてやろうと思うのだ。というよりも、あいつともう約束してしまったしな、今更無しにはできん」

 

 話してなお興奮の冷めやらぬ、というかむしろ話していくうちに余計に盛り上がってしまっていた長門守をみて、もはや止める事は不可能だと悟るダンブルドア。かすかに溜息をつく彼に、長門守は見向きもしない。

 

「そうだ、アルバスよ。奴が相応の年齢になった時には、ここに通わせようと思うのだ」

 

 もう何度目か分からないトンデモ発言を投下してきた長門守に、驚き疲れたダンブルドアは凪のごとく穏やかな心で対応した。

 

「ほう、日本にも魔法学校があるのに、か?」

「ほざけ、あの輩が好き勝手してる所など厄介でしかないわ。それに、ホグワーツの方が何かと面白そうだからな」

 

 長門守は楽しそうに笑みを浮かべながらそう言った。だがその笑顔は傍から見れば非常に凶悪な笑みであった。

 

「……お主のその直感は意外と当たるのは知っている。幸先不安じゃのう……」

 

 長門守の言う「面白い」とは、つまりは周りにとって十中八九厄介な出来事と言っても過言ではない。過去にも似たような事を言ったと思ったら、そう遠くない時期に、ダンブルドアと、『例のあの人』が現れるまでは「史上最悪の闇の魔法使い」と呼ばれたゲラート・グリンデルバルドとの決闘があり、その後やってきた長門守が「そんな面白そうな行事になぜ俺を呼ばなかった」といってものすごく悔しがっていたことを、ダンブルドアは思い出していた。

 

「いずれにせよ、時期が来たらこっちにも案内をよこしてくれ。それまでに鍛えてまともな状態にしといてやる。ああ、一通りの説明や案内はするから、マクゴナガル殿は寄越さなくて大丈夫だ、遠いしな」

「わかった。というより、お主の言うまともとは……いややっぱり言わんでよい」

「あ?なんだ一体……じゃあまあ、そういうことだから、頼んだぞ」

 

 そう言い残し、長門守は去った。言い終えた瞬間、既に其処にはいなかった。

 

「ああ……もし無事でいられたら、とんでもない逸材になっていそうじゃな……」

 

 長門守に鍛えられる、ということがどういう事か、片鱗のみを知るダンブルドアでは想像がつかなかった。だが、あの得体のしれない術を使いこなすような人物になる、ということだけは理解し、まだ見ぬ少年の将来を心配し、且つ期待した。その瞳にさっきまで宿っていた不安と憂いは、もう見えなかった。

 

「……それはそれとして、時々は様子を見に行こうかの」

 

続く

 




ご拝読有難うございました。


2018/09/17 日本の魔法学校に関する会話を修正いたしました。
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