ハリー・ポッターと極東の隠密   作:炉端焼き

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主人公、お買い物の時間です。


第参話

  1991年 8月1日 イギリス

 

 

  ロンドンの片隅にある、小さなパブ「漏れ鍋」。

 ダイアゴン横丁と呼ばれる、魔法界における必要なありとあらゆるものが揃っている、魔法使いの町の入り口が存在する、わりと使用者の多い店である。

 一階は文字どおり飲食店となっており、また座席の数も少なくないことから、日ごろからちらほらと客がいる。

 二階から上は宿泊施設になっており、ダイアゴン横丁への買い物客の拠点とする者も多い。俺もその一人だ。

 その漏れ鍋の一室にて、少し異様な風景が作られていた。

 就寝用のベッドの上に人影はおろか、寝具のほとんどが乗っておらず、代わりにその隣に位置する床に、無造作に寝具の塊が落っこちていた。

 いや、落ちているわけではない。その部屋の借主は、その床の寝具の中で寝ていた。

 その正体は、俺である。

 長い間日本に、それも古き良き日本家屋の布団で寝ていたこともあり、ベッドの上で寝るということに違和感があった。そのためうまく寝付けず、苦肉の策として寝具ごと床に敷いてしまった。

 イギリスで生活していく以上、ベッドで寝ることに慣れていかなければならないのはわかっているが、どうにも身体がムズムズしたのだ。ともかく、今は、無理。せめて入学式までに直せば何とかなるだろう。

 

「くぁ……ん……」

 

 大きくあくびをしながら、体を起こした。

 昨日は漏れ鍋にたどり着き、長門守とともに飯をかっこみ、ダイアゴン横町への入り方やその他最低限の事を済まし、その流れで部屋に入ったまま泥のように眠りについた。おかげで体内の気は正常まで回復したようであった。

 長門守からの課題で、魔力を感知する感覚を身につけたが、いかんせんまだ付け焼き刃程度の技術。感じ取ることに気をとられるあまり、体内の気を過分に外へ垂れ流してしまっていたようだ。

 もっと突き詰めて、極めていかなければ。一度出来たからといって、身についたわけではないし、今後の課題としては「魔力感知」と、その精度の向上というところだな。

 身支度をし、一階に降りる。カウンターにいる漏れ鍋の主人トムが気付き、声をかけられた。

 

「やあシノ君、おはよう。昨日はよく眠れたかい?」

「ご主人、おはよう。寝床の提供に感謝する」

「いいんだよ、お金も貰ってるし、そういう商売なんだから。それに、そんなにかしこまらなくてもいいんだよ」

「いや、言葉遣いに関しては、こっちだとどうしてもこういう話し方になるんだ。訛りの一種だと思って受け流してほしい」

 

 どういう訳か、俺は英語になると非常に堅苦しい言葉遣いになる。昨日気付いたことなのだが、差し当たって不都合もないし、直すのも億劫なので放置することにした。今まで使ってこなかったというのもあるし、その内に直っていくだろうとも思っている。

 

「そうかい?じゃあ、君の言葉が柔らかくなった時は、ここに慣れて来た証拠になるのか」

 

 そう笑って納得するトムを見て、俺は少し違和感を覚えた。何だか嬉しいような楽しいような、何となく浮ついた感情をしていた。

 

「主人、何か良いことでもあったか?」

「そうなんだよ聞いてくれよ!」

 

 バン!と机に叩くように手をつけて身を乗り出し、顔を近付けてきた。昨日初めて会った時よりも顔に張りがある。何が起きたのだろう。

 

「今朝方、あのお方が生きてこの店にやってきたんだよ!」

「あのお方?」

 

 トムももう年齢的にはいい大人なのだが、鼻息荒く、大きく見開かれた瞳には少年のような輝きが満ちていた。

よほど嬉しい事があったのだろう。そんなトムを見いていると俺の方も頬が緩んできそうである。

 

「ハリー・ポッターさ!」

「ハリー・ポッター…『生き残った男の子』って奴か」

 

 その名前は聞いたことがあった。過去、長門守から聞いていた名前だった。今からおよそ10年前、『闇の帝王』、『名前を言っては言えないあの人』、『例のあの人』などの異名で呼ばれる、最強最悪の闇の魔法使いヴォルデモートに狙われ、両親が死亡した中、赤ん坊の彼だけが唯一生き残り、尚且つヴォルデモートを限界まで無力化させたという、今では魔法界に名を知らぬ者はいないというほどの有名人である。

 

「そうさ!きみも知らないわけないよな!ああ、もう少し早く起きていれば会えたかもしれないのに!」

「もう少し早く?それに今朝方ってまだ…あ」

 

 興奮冷めやらぬトムをわき目に窓の外を見ると、既に太陽は中天を過ぎていた。何のことはない、どうやら午前丸々を寝て過ごしていたのである。

 

「そうか、気が付かなかった。それはそれとして、何か食べるものが欲しい。学校指定の買い物を済ませたいから軽いもので構わない」

「うえ?なんかずいぶん淡白な反応だなあ、ハリー・ポッターに遭えたかもしれないんだよ!」

「あー、そうなんだが、あいにく俺は日本に住んでいたんだ。同世代のこととはいえ、話でしか聞いていないからな、いまいちピンとこないんだ」

「あ、ああ…そうだったね、シノ君はずっと日本にいたからよくわからないのか…まあそういう事ならしょうがないか。待ってて、今サンドイッチをこさえるから」

 

 何とも切り替えの早い主人で助かった。

 食事を早々に切り上げ、漏れ鍋の裏からダイアゴン横丁に向かう。いびつに曲がりくねった道、どうして自立できているのかわからないほど歪んだ建物がびっしりと並ぶその風景は、魔法という概念からかけ離れた生活をしていた俺には、はっきり言えば「異様」だった。しかし、そもそも存在が異様とも言える魔法使いの町なのだからそう思うのも必然か、と即座に納得する。

 ちなみにすでに長門守はいない。昨日の時点で別れている。放任的な部分は相変わらずだが、一人ではどうにもならないグリンゴッツでの金庫作成の手続きや換金はすでに済んでいるし、必要な分の金は手元にある。

 

「さてと、さっさと買い物を済ませないと」

 

 懐からホグワーツからの必要なもののリストを取り出し、買うものを確認する。数教科ぶんの教科書やら、鍋やらが並んでいる。なかなかの量になりそうだ。

 

「こりゃ1日では揃いきんないかもしれないな。今日だけで揃えないといけない訳でもなし、ゆっくりいくか」

 

 ひとまず、ローブと杖を揃えることにしよう。多くの人がすれ違う通りを、何事もなくするすると抜けていく。そして「マダムマルキンの洋装店」と書かれた店にたどり着いた。

 

「いらっしゃい、坊ちゃんもローブの新調?」

「ああ、マグルというわけではないが、色々あってまだ魔法界に慣れていない。色々とそちらに任せて良いか?」

「もちろん!じっとして採寸させてくれれば、あとはこっちでやるからね」

 

 おそらく彼女が店主なのだろう。気さくな雰囲気で安心感がある。彼女のいう通り任せることにした。

 採寸が終わると「この時間だと出来上がりは夕方になるけど、受け取りはいつでも構わない」と言われた。今日中には出来ないだろうとあらかじめ予想していたのだが、それほどの時間はかからなかったみたいだ。ひとまず俺は明日受け取りに来ることを約束して店を出た。

 次は杖を選ぶことにした。今まで忍術は使ってきたが、主に自身の体を主とした術で、杖など必要なかったので、全く勝手がわからなかった。魔力自体は、自分達も持つ気力に似たものだというのは以前の魔力探知で感覚的には知っている。だがそこに杖を媒体として行使するとなると、実際に触れてみないといまいちよくわからなかった。

 くどくどと考えているうちに、目的地の「オリバンダーの店」の前まで来ていた。古めかしい建物が並ぶ町の中でも随一の古さを醸し出す店構えに驚きつつ、店内へと入る。中も同様に古めかしく、あらゆるところに埃が積もっている。店主の姿は見えない。奥にいるのだろうかと、カウンターの向こうを覗こうとすると、まさにその奥から老人が現れた。

 

「いらっしゃい」

 

 店と同じ時を生きているような雰囲気を醸し出す老人だった。しかしその佇まいに弱々しさはなく、ある種の貫禄のようなものが窺えた。

 

「自分の杖を探しに来た。今度からホグワーツの新入生になる、藤林紫乃だ」

 

 貫禄を見せつけられた俺は、ついていねいに自己紹介をしつつ、頭を下げる。

 

「ほお、極東の島国、日本の出身か。随分遠いところから来たね」

「ああ。自分の師から薦められたので、ホグワーツへの入学になった」

「なるほど。まあ、確かに珍しいかもしれないが、全くなかったわけでもない。さあ、杖腕はどちらかな?」

「杖腕?利き腕のことなら右だ」

 

 俺がそういうと、伸ばした右腕にメジャーのようなものが巻きついて来た。

 

「私の店は同じ杖は二つと無い。魔法使いが杖を選ぶのではなく、杖が魔法使いを選ぶのです」

 

 何かを計りながら、そんな風に説明された。まるで杖に意思があるみたいだな。

 

「さてまずは、これはどうじゃ。モミの木にドラゴンの髭。25センチ。強靭にしてしなやか」

 

 差し出された杖をとる。徐に振ってみると、ショーウィンドウ付近の花瓶が盛大な音とともに爆散した。

 

「ああ、いかんいかん。これはダメだ」

 

 オリバンダーは即座に杖を取り上げ、また別のものを持ってくる。

 

「それならこっちは。黒檀にヒッポグリフの尾羽…ああ、これもダメじゃ」

 

 今度は手に触れるや否や即座に取り上げてしまう。さらにブツブツとつぶやきながら杖を物色するオリバンダーは、ふとその手を止めて俺の方へ向いた。

 

「シノさん。その眼帯はどうしたのか、聞いてもよろしいか?」

 

 唐突な質問だった。やはりこの右眼には何かあるのだろうか。虚をつかれながらも答える。

 

「これか?そのままだと余計に目立って仕方ないから隠してるんだ。珍しいものだし、あまりいい評判も効かないからな」

 

 そう言って俺は眼帯を外す。現れたのは白銀に光る瞳だった。妖しげに光る眼に、オリバンダーは吸い寄せられるように見つめた。

 

「ほう……瞳が片方だけ白く……いや、これは銀色……」

 

 純粋な好奇心によってしげしげと眺めるオリバンダーだが、正直俺はあまり面白くない。かつて生みの家族に勘当された原因が、この白銀の瞳だったからである。

 

「オリバンダー翁。もういいだろうか?あまりいい思い出もないからな」

「おお、スマンスマン。しかしそれなら……もしかしたら、この子ならあれを……」

 

 またしても何かを呟きながら、オリバンダーは店の奥へと姿を消した。間も無くして戻ってくると、そこには一本の杖が握られていた。

 

「ヤドリギの木に、芯材は雷獣の尾。27センチ」

 

 その杖を手に取った瞬間、俺の中で何かが爆発した。杖に触れている手は温もりを感じ、体の内側から形容しきれない力が奔流となって流れ出る。そしてその湧き出る力は杖を通して表側へと顕現し、柔らかくも力強い光のシャワーとなった。

 その光が当たると、先ほどまで杖選びで破壊された店内が綺麗さっぱり元どおりに、いや、以前より綺麗になっていた。オリバンダーもシワに包まれた両目を見開き、驚愕の表情を浮かべていた。その瞳には、驚愕以外に、困惑、歓喜、様々な感情が渦巻いていた。

 

「素晴らしい……」

 

 しかし、その感情はみるみるうちに歓喜に塗りつぶされていった。

 

「いやはや、この杖に選ばれるとは、あなたにはとても強い運命がおありのようだ。この杖は、私の先代が手に入れてから、あまりに膨大な魔力を内包する せいで誰一人として受け入れてこなかった杖じゃ。杖の厄介度だけで言えば伝説のニワトコの杖に引けを取らんじゃろう」

「ニワトコの杖?」

「この世に存在する杖の中で最強の力を有する杖じゃ」

 

 呆然としたまま言葉を繰り返したが、話はほとんど聞けていなかった。自身の体の内側で、荒れくるいながらもどこか安定した力が渦巻いているのを容認するので手一杯だった。

 

「これは……これが魔力なのか……とんだじゃじゃ馬杖じゃないか」

 

 引き笑いをしながらも、自分の手から離れようとしないその杖を再度しっかりと握った。そして、先ほどのオリバンダーの説明も身体で納得した。上手いことやっていかなければ俺はこいつに使われてしまうかもしれない。そんな強い力が感じられた。

 

「この杖は、内包する力のせいで数多の持ち主をはじき返してしまった。その絶対的な力は、もしかしたら、いつかあなたに牙を剥くかもしれない」

「ああ、それは今実感している」

「そうでしょうとも。しかし、あなたがその杖を必要とし、その力の使い方を間違えなければ、この杖は貴方に応えてくれるでしょう。そして、貴方がこの杖に相応しくなった時、杖は貴方にとって掛け替えのない相棒となるでしょう」

 

 言われるまでもなく、こいつは俺の生涯の相棒になるだろう。そんな確信を抱いていた。

 

「ああ、お前に飲まれないよう、努力する。これからよろしく頼む」

 

 そう言うと、杖はその声に応えるかのように一度薄く光り、消えた。同時に、暴れ回る魔力も消え、静寂が訪れた。

 

 オリバンダーに杖の金額を支払い、店を後にする。さっきので体力を根こそぎ持っていかれたような感覚になったので、今日は帰って休もうと帰路につく。疲れから少しフラフラしていたら、前からくる人にぶつかってしまった。

 

「うおっ!」

「わあっ!」

 

 ぶつかった相手と共に倒れた。俺はすぐに立ち、ぶつかった人物に向けて謝罪する。

 

「すまん!ぼーっとしていた。大丈夫か?」

「いてて、うん、大丈夫、僕もよそ見していたから」

 

 ぶつかったのは少年だった。恐らくは自分と同年代。癖のある黒髪に、丸型の眼鏡。その奥には翠の瞳があった。

 しかし俺はその瞳より少し上、彼の額に目がいった。

 

「額に傷がある、が、それは今ついたわけじゃないのか」

 

 自分のせいでついた傷かと一瞬肝を冷やしたが、傷に見える経年変化で安堵した。

 

「え?君は、これを見てもなんとも思わないの?」

 

 傷に対して一過言あるのか、少年は目を見開いてこちらを見る。

 

「何と言われても、珍しい傷跡だなとしか……」

 

 そこまで言って、ふと、漏れ鍋の店主との会話を思い出し、それに乗じて、過去長門守に教わった、生き残った男の子ハリー・ポッターの事を思い出した。

 

「ああ、もしかしてそれが『生き残った証』なのか?」

 

 何の気なしに呟いた俺に対して、その少年、ハリーはさらに驚く。

 

「驚かないの?」

「なぜだ?確かに話は聞いていたが、ぶっちゃけどうでもいいと思っていたから今の今まで忘れてた」

「どうでもいい!?」

「俺は生まれてからずっと日本で過ごしてきたんだ。かつての闇の帝王だかなんだか知らねえおっさんのこと聞いても他人事でしかなかったしな」

 

 事実、俺にはその人物に対する恐怖心はなかった。というよりも又聞きの又聞きみたいにしか話を聞いていないため、ほとんど関心がなかった。だがハリーは、そんな俺の反応を見て少し残念という思いと、それより大きなうれしそうな感情を抱いていた。何となく、あからさまなヒーロー扱いには慣れていないのだろうと思った。

 

「ハリー!大丈夫か!」

 

 突然、ハリーの後ろから声がかかり、彼に大きな影がかかった。ハリーの後ろ、つまりは俺の目の前にあたるのだが、そこには身の丈3メートルに及ぶような大男が立っていた。

 

「ハグリッド!」

 

 大男の方を見て嬉しそうに声を上げるハリー。

 

「僕は大丈夫。この子とぶつかっちゃっただけだよ」

「そうか、ならよかった。しかし道も分からねえのに無闇に歩き回るもんじゃねえ。ダイアゴン横丁は人が多くて迷いやすいからな」

「うん……ごめんなさい」

 

 ハグリッドと呼ばれた大男は優しげに声をかけるが、その目は真剣だった。諌められたハリーは少し肩を落とした。ハグリッドは俺の方へ声をかけた。

 

「おう、おめえさんも大丈夫か?」

「ああ、心配には及ばない。こちらも不注意だったしな」

 

 その声色に他者を思いやる思慮が見えたので、それに応えるように返事を返した。ハグリッドはそれを聞いて少し安堵したようで、そのままハリーに何かを言った。どうやら別の場所に行かなければならないらしい。

 そういえば、お互いに自己紹介をしていないな。

 

「俺は藤林紫乃。日本人だ。お前の名前は色々なところで耳に入ってきたが、お前の口から、お前の名前を知りたい」

「僕はハリー、ハリー・ポッター。よろしくね、シノ」

「ああ、よろしく頼む、ハリー。では、学校でな」

 

 そうして俺達はわかれた。まさか本当に鉢合わせることになるとは思っていなかった。だが、自分が有名である事には戸惑っているようなあの感じ、悪いやつではなさそうだ。ホグワーツへ入っても、良き友となれそうだ。

 

続く




有り難うございます。

ここでハリーと邂逅です。


補足3:ハリーがダイアゴン横町にこのタイミングでいたかどうか、原作では明確な日付が無かった気がする(7月31日にハグリッドに連れられ、9月1日にホグワーツ特急に乗った。その間の補足の記憶が筆者には無い)ため、違うとかになっても大目に見てください。
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