愉快犯が暇潰しに幻想入り   作:苦瓜

4 / 7
三話 スキマ妖怪と黒の旅人

 深いグラデーションで描かれた紺碧で満ちる、澄みわたった空。

 そして、それを切り裂くようにして響き渡る、絶叫。

 

「うおおおおおおおおおおおおおおおお!?」

 

 青年は落ちていた。

 虚飾のしようがないくらいに、限りなく純粋な意味で落ちていた。

 

 一体、どうしてこうなったのだろうか。

 

 青年は現実逃避の意味もかねて、現在の状況に陥るまでの経緯を思い出す。

 

 幻想入りを果たしてから約半日程度森のなかをさ迷って。

 やっとこさ人を見つけたと思ったら、相手の少女にはまるで百年来の仇敵でも見るかのような目で睨まれて。

 何とか誤解を解いて人里までの道を聞き出し、自分ですら買ったことを忘れていた高級羊羮を少女に渡したと思えば、今度は地面に広がっていた裂け目に落ちて。

 気がついたら空を落下していた。

 

 ――あれ、私なにか悪いことしたっけ。

 

「心当たりがありすぎて困るな」

 

 真剣に自身の記憶を漁っては、数えるのもバカらしくなるほどの心当たりを堀当ててしまい、夜胤はそっと肩を落とす。

 

「あぁ……しばらくは貧弱な人間のままでいたかったのだが、仕方がないだろう」

 

 このまま地面まで一直線に落ちて、幻想郷の地へ無意味に赤い花を咲かせるのも忍びない。

 夜胤はバタバタと五月縄さくはためくコートの裾を押さえると、押し込めるようにして抑えていた力を小さく解放する。

 

「よっと」

 

 瞬間。空気を切るように猛烈な速度で落下していた体がフワリと浮き上がり、その場で静止した。

 

「まったく……一体どこの誰だろうな。私をこんな目に遭わせたのは」

「あら、とっくの昔に気づいていたのではなくて?」

 

 不満げに唇を尖らせて呟く夜胤の言葉に答えるは、艶やかな色を帯びる少女然とした声。

 背後から放たれたその声に夜胤が振り返ると、そこには――

 

「ご機嫌よう。夜胤」

 

 ――胡散臭げな雰囲気をまとった少女の姿が存在した。

 大きなリボンのついたナイトキャップに、紫を基調とした道士服。全体的に大人びたパーツで構成された少女の顔は美術品のように整っていて、幾つかの房に結ばれている目映い金髪と相まって、神秘的な美しさを醸し出している。

 しかし、そんな美しさも口元に当てられた扇と、手持ちぶたさにくるくると回転する日傘。そして、少女が腰かけている、両端がリボンで結ばれた裂け目――内側からギョロりと薄気味悪い眼球が覗いている――によって、酷く胡散臭げなものに変わっていた。

 

 余りにも強すぎる個性が集合した少女。その姿を見たものはきっと、生涯に渡って忘れることはあり得ないだろう。

 事実、夜胤自身この少女を目にしたのは随分と昔のことだったのにも関わらず、すんなりとその名前と能力、そして人をからかうような子供っぽい性格を思い出すことができたのだから。

 

「何だ、私をこうした下手人は八雲 紫……君だったのか」

「まあ、覚えていてくださいましたのね」

 

 夜胤の言葉に少女――八雲紫はわざとらしく驚いたような表情をとる。

 その様子に夜胤は眉を潜めるも、すぐさま顔に軽薄な笑みを張り付けて取り繕った。

 

「そうだね。雰囲気が変わりすぎていて一瞬誰だか気づかなかったが、幸いすぐに思い出すことができたさ」

「それは、嬉しいことですわ」

 

 そう言って紫は笑顔を浮かべるが、その笑顔にはまったくと言っていいほど感情が込められていない。

 

 ――これはどうやら、面倒なことになりそうだな。

 

 目の前の少女の様子から、内心このあとの展開に察しがつきつつも、夜胤はそれを表情に出さぬまま紫に語りかける。

 

「それで、こんな私に一体なにようかな?」

「別に卑下しなくてもよろしいですわ。貴方は私よりも断然強大な存在であらせられるのですから」

「…………」

 

 ねめつけるような視線と共に投げ掛けられる言葉に、夜胤は小さく口元を歪めた。

 

「……それで、一体なにようで?」

「あら、結構冷たいのね。少し悲しいわ」

 

 クスクスと、扇の向こう側で少女が笑う声が聞こえる。

 

「でもまあ、そうね。いきなり訪ねた癖に用件を言わないのは流石に失礼だったかしら」

「……私を空に放り出したことも含めるのなら、大分と言っても過言ではないと思うが?」

「そう? 私はそうは思わないから、価値観の相違と言うやつね」

 

 皮肉めいた夜胤の言葉をそよ風にすら思っていないかのように、軽々と返して見せる紫。

 夜胤は自身のペースが乱されるのを感じて、一匙の苛立ちを覚えた心を丹念に沈めながら、手早く会話を切り上げるべく、少女が用件を口にするのを待つ。

 

「あまり軽口を叩くのもなんだし、用件を言いましょうか」

 

 そんな夜胤の内心を知ってか知らずか、相も変わらず胡散臭げな雰囲気をまとったままの紫は自身がここへ来た目的を切り出した。

 

「まあ、先ず名目としては新しく幻想入りを果たした外来人の確認ね」

「……君は外来人を空から落とす趣味でもあるのか?」

「いえ? 拐うことはあるけど、落とすことはあまりないわねぇ」

 

 拐っているのか。しかも、あまりということはたまには落としているのか。

 突っ込みたくなる気持ちをグッと飲み込みながらも、夜胤は笑顔で少女に訊ねる。

 

「で、他の目的は?」

「もう一つは、私が感じた違和感の正体の確認と、そうだった場合の顔出しかしら」

「ふむ」

 

 ――そうすると、今顔を出しているこの状況からすれば、目の前の少女は私がこの場にいることで感じる違和感と、それに対する懸念事項があると言うことか。

 

 紫の言動からその真意を推察しつつ、夜胤は口を開く。

 

「まだ、他にもあるのか」

「あるわ。私がここに来た、一番の目的」

 

 それは……。

 少女はそこまで口にすると、手に持った扇を音をたてて閉じた。

 そうして露になった口元に浮かぶのは、柔らかな微笑み。だが、語られたのは。

 

「夜胤。貴方が幻想入りしていた場合は、幻想郷から貴方を追い出すことかしら」

 

 ――なるほど。これは、つまるところ。

 

「……かつて私たちが犯した罪に対する、罰ということか」

「はい。正解」

 

 可愛らしい声音で肯定された、最悪の推論。

 瞬間。相対する少女の笑顔が途端に絶対零度の冷たさを含んでいるように見えて、夜胤は口元を引き吊らせた。

 

「――見逃しては?」

「ダーメ♪」

 

 夜胤の弱々しい懇願に下される、無慈悲な言葉。

 どうやら全くもって見逃してくれる気がなさそうな紫の姿を前に、夜胤は小さく息を吐く。

 

「……幻想郷は、全てを受け入れるのではなかったのか?」

「そうですわ」

 

 ほぼ独り言のような夜胤の呟きに、紫は笑顔のまま答える。

 

「でも、幻想郷の管理人である私が見逃すかどうかは別ですけど」

「…………」

 

 一瞬トンチか何かかと思ったが、つまるところ、目の前の少女は個人的にお前は危ないと思うから管理人権限で追い出すわ。と言っているのだろうと夜胤は理解する。

 

「情緒酌量の余地は?」

「皆無」

「物々交換、または金銭での取引は?」

「未実装」

「何でもするといったら?」

「回れ右して帰りなさい」

 

 とりつく島もない。

 

「……私としても、目的があるからここに来ているわけであって。梃子でも帰るわけにはいかないのだが」

「あら、そうなの?」

 

 仕方がなしに、夜胤は少しだけ自分自身の情報を開示してみると、紫から反応があった。

 

 ……付け入る隙は、あるのだろうか。

 

「困ったわね。そうなると、無理に送り返しでもしたら後が怖いわ」

「まあ、そうだな」

 

 紫の困惑を含んだ言葉に、夜胤は首肯する。

 

「目的は、どうせ言えないのでしょう?」

「よくお分かりで」

「そうね……」

 

 すると、紫は腰を掛けていたスキマを閉じて、空中に立ち上がる。

 

「なら、勝負をしましょう」

「勝負?」

 

 紫のその言葉に、夜胤は首を傾げた。

 

「私がここに滞在できるかどうかを賭けてか?」

「そう。互いに納得する形で雌雄を決定するならば、貴方達(・ ・ ・)もきっと納得するでしょう?」

 

 紫のその言葉に、夜胤は一考する。

 私たちには目的がある。だからこそ一方的な意思でその行動を阻害されればその対象によからぬ感情を抱くモノがいてもおかしくはない。

 

 しかし、私自身が納得する形でそうなったとすれば?

 

 確かにその危険性は大きく落ちるだろう。何故ならば、それは他ならぬ私が決めたことなのだから、それに逆らうモノなどいるはずがない。

 それに、大手を振って滞在する許可がおりる可能性が出来るのだから、こちらとしても願ったり叶ったりだ。だが。

 

「勝負内容はどうする。此方が圧倒的に不利なものであれば、それは了承しかねるぞ」

 

 ――負け戦をするつもりはない。第一、私たちのなかには負けることすら嫌っているモノがいるのだから、そんな勝負などを吹っ掛けられればどうなるかは目に見えている。

 

 だからこそ、夜胤は紫の提案に賢明な答えを求めるのだが。

 しかし、その決定権を持つ当の本人である紫は、随分と緊張感のない様子のままで口を開く。

 

「『スペルカードルール』というものを知っていて?」

「……まあ、一応」

 

 紫の口にしたその名称は、『直近』では博麗神社で聞いたことのある響きだった。

 

「たしか幻想郷では最もポピュラーな決闘方式で、強いものと弱いものが対等な条件下で戦えるように制定されたごっこ遊びだったか?」

「ええ。通称『弾幕ごっこ』と呼ばれるそれは、血生臭くなりがちな戦いを気軽にできるようにルールを設けて遊びへと変えたもの。

 基本的に直接攻撃は禁止。弾幕とよばれるものによって相手を攻撃するの。ただし、あくまでもごっこ遊びだから相手を確実に落としにかかるような攻撃はダメ。相手が必ず避けられる道を用意し、かつ周りから見て美しくあるのが条件よ。

 スペルカードについては、まあ必殺技みたいなものかしら。大まかな条件は弾幕のものと同じだけど、勝負前に所持する枚数を決めておくことと発動する際には必ず宣言すること。後は所持しているスペルカードを全て攻略されたら負け」

「……大体は私が知っている内容と同じだな」

 

 しかし、と夜胤は思案する。

 

「郷に入りては郷に従え。幻想郷の決闘方式を採用するというのは、私自身も納得できる。しかし、一般的な観点からして、実際に弾幕ごっこを経験したことがないという部分は考慮しなくてもいいのか?」

「あら、大丈夫じゃない? ある程度の身体能力と思考能力があれば、後は経験と能力の差ぐらい」

「そうなのか」

「そうですわ」

 

 夜胤の言葉に、紫は当然とばかりに何度も頷いている。

 

「……でも、スペルカードがないのは問題かしら」

「……ああ」

 

 心配そうな声音で呟く紫に、夜胤は付け加えるように告げた。

 

「それについては心配ない。既に六枚ほど用意しているからな」

「……経緯を聞かせていただいても宜しくて?」

「なに、簡単なことだ」

 

 夜胤はわざとらしく肩を竦める。

 

「元々スペルカードルールについて多少聞き及んでいたからな。必要になるかもしれないと思って事前に作っておいたのだよ」

「聞き及んでいた?」

「幻想入りする前に、新鮮味をなくさない範囲にではあるが情報を収集していてね。その中にスペルカードルールについての情報が含まれていたと言うわけだ。だから、心配は無用だ」

 

 言い切るような夜胤の言葉に、紫はぴくりと眉を動かした。

 

「でも、うまく作れている保証はないと思うわ。経験の差もあるから勝率は低いでしょうし。そこは考えなくても?」

「そのくらいはどうとでもするさ」

「一応、これでも古参の一人なの。もう少し備えてみたらどうかしら」

「全身全霊で頑張るよ」

 

 紫の問い掛けに、飄々とした態度で芯のない言葉を並べる夜胤。

 それの姿を前にした紫は、静かに瞼を閉じると手に持った扇を無造作に広げて……強く音をたてるように閉じた。

 

「――罪を犯した立場で軽薄に振る舞い、その強者足る力に驕って根拠のない言葉を垂れ流す。相変わらずね、その態度。嫌いではないけど……今は少々鼻につくわ」

「……ほう?」

 

 威圧を含んだ紫の言葉を聞いて、軽薄な笑みを浮かべていた夜胤の雰囲気が変化する。

 

「どうしたと言うのかね。何か気に触るようなことでも言ってしまったか?」

「……ワザとらしい言い回し。いいわ、受け取ってあげましょう」

 

 瞬間。紫の体から、濁流のように荒々しい妖気の奔流が駆け抜ける。

 だが、夜胤は奔流をその見に受けているにも関わらず、一切動じた様子を見せない。

 

「――スペルカードは六枚。私が勝ったら、貴方は即刻幻想郷から立ち去ってもらいます」

「――いいだろう。ならば、私が勝ったらこの幻想郷で好き勝手やらせてもらおうか」

 

 当然とばかりに夜胤が発したその言葉を聞いた紫は、吊り上げていた口元をわずかばかり歪めた。

 

「言うに事欠いてその言動。ちょっとだけ甘くしてあげようかと思ったけどやめね。お灸を据えてあげる」

「君は随分と苛つきやすい気質のようだ。もう少しカルシウムをとったらどうだ?」

 

 互いに互いの姿を見据えた両者は、その心のうちをぶちまけながら、高まる戦意を牽引するような言葉の応酬を繰り広げる。

 その末に待っていたのは――

 

「――美しく残酷に、この地から往ね!!」

「――遊びは楽しむものだ、お嬢さん!!」

 

 ――その規格外な力がぶつかり合う、激しい戦いの幕開けだった。 

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。