愉快犯が暇潰しに幻想入り   作:苦瓜

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弾幕ごっこは多少の独自解釈が混ざってます


四話 大妖怪と弾幕ごっこ 前編

「――美しく残酷に、この地から往ね!!」

「――遊びは楽しむものだ、お嬢さん!!」

 

 ――両者が吼えた瞬間、戦いの火蓋は切って落とされた。

 

「受けきれるかしら? 弾幕ごっこ初心者さん」

 

 扇を広げ、口許を隠す紫の声音は、明らかな余裕に満ち溢れている。

 

「言うがいいさ。初心者相手に大口叩く古参殿」

 

 だが、対する夜胤はまるで気にした様子もない。むしろ、早くしろとでも言わんばかりに大っぴらに両手を広げたまま、笑みを浮かべた。

 その姿を見た紫は小さく眉を動かすと、わざとらく音をたてて扇を閉じる。影に隠れていた口許が露になるが、そこに浮かぶのは強者の笑みではなく、忌々しいものを前にしたかのような歪んだ笑みだ。

 

「ならば、見せてあげましょう。大妖怪の力を」

 

 言うや否や、紫が頭上に向けて高々と手を振り上げる。

 すると、まるで何もなかったはずの中空に、一瞬で膨大な数の弾幕――紫色に光るクナイ――が現れた。

 

「では、夜胤――」

 

 目の前を埋め尽くす無数の光を前に、夜胤は反応を示さない。そこにあるのは、余裕か焦りか、また別の何かか。

 紫は立ち尽くしている夜胤に、聖母のように優しげな微笑みを浮かべて、告げる。

 

「――無様に、叩き落としてさしあげますわ」

 

 腕が振り下ろされる。瞬間、静止していた弾幕が唸りをあげて夜胤へと殺到した。

 捻りのない、弾幕の波。それは、八雲紫にとって、造作もなく放てる攻撃のひとつ――所謂『通常弾幕』の一つでしかない。

 しかし、八雲紫は大妖怪。紫にとっては通常弾幕等しいものでも、並の妖怪からすれば弾幕ごっこの最後に登場する『ラストスペル』に匹敵するほどの物量を持っている規格外な攻撃。

 弾幕ごっこのルールゆえに回避できない攻撃ではないが、普通ならば、弾幕ごっこを始めたばかりの初心者には到底対処などできるはずもない代物である。だが――

 

「ふむ……美しいものだ」

 

 ――当の夜胤は、放たれた弾幕の隙間を軽々と抜けきった。

 まるで向かっていった弾幕が自分から避けていったのではないかと思うほどに悠々とした動きで弾幕を回避した夜胤は、弾幕が通りすぎていった方角に視線を向けたまま、何とも緊張感に欠けた呟きを漏らしている。

 

 ――予想はしてたけど、これは少々骨が折れそう。

 

 紫は夜胤に視線を向けたまま、手元に持っている日傘をしなやかな動作で畳み、隙間の中へと放り込んだ。

 

「……やっぱり効かないかしら? 流石に大口叩いていただけあって、その動きは伊達ではないわね」

「いや、それについてはこちらも同じだがね。お通し感覚であんなものをぶちまけられる君は、やはり妖怪としては規格外の存在だと再認識したよ」

 

 対する夜胤は、紫に対して褒め称えるような言葉を投げ掛ける。

 実際にその言葉に偽りもなく、夜胤は先に放たれた紫の通常弾幕に対し、美しさと強さを損なわせぬままあれほどの物量をぶつけられる技量に内心舌を巻いていた。

 

 ――これは、下手を打てば負けるかもしれないな。

 

 自身の保有する力と、紫の経験とを比較した上で、勝率は五分ではないかと踏んだ夜胤。紫からしても、その結論に行き着いたようで。

 

「――生憎と、後手に回って貴方に経験を積ませてあげる寛容さは持ち合わせていないの。素早く決めさせてもらうわ!!」

「――それは此方も同じと言うことを知ってもらおうか!!」

 

 互いに互いの気迫をぶつけるように叫び、紫はスキマから、夜胤はそのコートのポケットから一枚の紙片を取り出した。

 『スペルカード』――弾幕ごっこにおいて、予め当人が決めておいた技を宣言する際に用いる紙片。

 それが取り出すということは、自分がこれから大技を繰り出すと言う合図であり。

 

「結界『光と闇の網目』!!」

「狂戯『破滅への誘い』!!」

 

 この場に限っては、両者のスペルがぶつかり合うことを知らせるものでもあった。

 

「――っ!?」

 

 まず最初に変化に気づいたのは、夜胤だった。

 

 ――線?

 

 自身の周囲に無造作に引かれた、大量の直線。

 まるで糸のように細いそれは、いくらかの空間を空けたまま、動くことなく静止している。

 触れても、何ら害は無さそうな微弱な妖力しか感じないそれに、しかし、夜胤は軽々しく触れることができないでいた。

 

 一体なんだ……思考のなかを疑問符が埋め尽くそうとした、その時だった。

 

 空気が焦げるような音。刹那――

 

「う……おお!?」

 

 ――糸の張り巡らされた領域に、瞬く間に、赤と青に発光するレーザーが放たれた。

 放たれたレーザーは各々別のレーザーと交錯しあい、夜胤の周囲に蜘蛛の巣のような緻密な網目を形成する。

 

 動きが制限された。

 その事実に夜胤が気づくのと、大量の弾幕が夜胤に襲いかかるのは同時の出来事だった。

 

「っ……」

 

 上体を反らすように弾幕をやり過ごしつつも、レーザーの網に引っ掛からないよう身を捻る。

 額を掠めるように通りすぎる弾幕。夜胤はそれを見送ることもせず直ぐ様体勢を立て直した。しかし。

 

「網が消えた?」

 

 視界を戻せば、目の前に存在したレーザーは跡形もなく消失していた。

 一瞬スペルカードの効力が切れたのかと考えるも、それにしては短すぎると、その思考を蹴り飛ばす。

 スペルカードの殆どは、一定のパターンにもとずいた動きをしている場合が多い。それは、夜胤が幻想入りを果たす直前に知った、スペルカードの基本事項。つまり、そこから考えるとすると。

 

「やはりっ!!」

 

 夜胤が予想すると同時に、まるで狙ったようなタイミングで引かれる、細い糸。

 それを見た夜胤は、この 結界『光と闇の網目』というスペルカードが、決められたパターンの動作を繰り返すものだと判断する。

 

 ――糸の位置は先とは別だが、この後の動作は多分同じもののはずだ。だとすれば。

 

 夜胤は周囲を見回してから、糸が張り巡らされた空間のなかで、最も余裕のある場所へとその身を滑り込ませた。

 

 ――このスペルカードは、網が完成するまでに何れだけ周囲を把握できるかが肝だな。

 

 数秒後には、糸の張られた場所にレーザーが張り巡らされる。その数瞬間に、自身の動きに何れだけ余裕を持たせられるか。それができなければ、夜胤の動きは緻密な網によって制限され、一方的に攻撃にさらされることになるだろう。

 

 ――存外、単純な振りをして精神を削るスペルカードだなこれは。

 

 夜胤が思考すると同時に、またしても赤と青のレーザーが交錯し、複雑な網を構成する。

 そして、制限された領域のなかで、きたる弾幕の波に身構える……が。

 

「ん?」

 

 その時、何処からか飛来した血濡れに光る無数の弾幕が、緻密なレーザー群の真横から飛来しては、勢いよく食い破って通りすぎていく。

 おかげで、緻密に張られていたレーザーは見る影もなく、隙間だらけになった空間を活かして夜胤は襲い来る弾幕の波をなんなく避けきることができた。

 しかし、何故……一瞬疑いかけるも、そう言えば、先の弾幕の色は自身が気迫たっぷりで発動した弾幕の色と同じだったことを思い出す。

 

「正直、あれは試作段階で作った弾幕だから、あまり成果は期待していなかったのだが……棚からぼたもちといったところか」

「……今さっき自信満々に宣言しておいて、試作品を試すだなんて。随分と余裕があるようね?」

 

 背後から唐突に聞こえる声に振り向けば、スペルカード発動前と変わらぬ姿のままの紫がスキマに腰をかけていた。

 

「……その様子だと、私のスペルカードはなんの意味も成さなかったようだ」

「当たり前でしょう。妖精でももう少し複雑な弾幕を放つわ。何、あのお茶を水で薄めたようなスペルカードは?」

 

 紫は夜胤が 結界『光と闇の網目』の攻略に夢中になっている横で、夜胤が発動したスペルカードを受けていたのだが、それはあまりにも単純なもので、血濡れに光る紅の弾幕が疎らに放射状へと放たれる簡素なものであった。

 直線的な軌道を描くだけで低密度な弾幕。原液をわざわざ薄めたようなそれは紫にとって随分と物足りないものだった。

 結果的に自身が放ったスペルを横から食い破られることになったとはいえ、消化不良も甚だしい。 

 

「いやあ、薄めたって言うのはあながち間違いでもないが、何分、初心者なものでね。どうやらあのスペルカードは君を満足させるには至らなかったようだ」

 

 しかし、当の本人である夜胤は軽口を叩きながら、紫の目の前でわざとらしく肩を竦めている。その様子を見た紫は、何処か含みがありそうな夜胤の言葉を耳に止めつつも、呆れを滲ませた息を吐いた。

 

「まあ、いいですわ。貴方がそんな体たらくでも、私のすることは変わらないもの」

「おや、君のすることとはなんだったかな?」

「……あらいやだ。先程から何度も申してますわよ、お爺様」

 

 喜色ばんだ笑みと共に取り出されるは、一枚の紙片。

 

「私の目的は貴方を完膚なきまでに叩き潰すことよ。『無人廃線列車爆弾』」

「……少々言い回しが辛辣になってる気はするね」

 

 紫の言葉にため息をはきつつも、夜胤は懐へ右手を突っ込むと、全体を『黒く塗りつぶした』紙片を取り出した。

 

「――まあ、ここから本領発揮ってことで、せいぜい頑張るとしようではないか」

 

 そう呟く夜胤の頭上に現れるは、数メートル規模の巨大なスキマ。

 紫が腰かけているそれとは比べ物にならない程に巨大なそれは、まるで生物の口腔のようにゆっくりと広がり、向こう側からギョロりと蠢く幾数もの眼球達が覗く。

 

「…………」

 

 徐々に広がっていくそれに、嫌な予感を感じとり、少しずつ距離をとろうとするが――

 

「あら、逃がすと思って?」

 

 ――夜胤の動きを邪魔するように、紫の手によって色とりどりのクナイが放たれる。

 

「……面倒な」

 

 吐き捨てながら、夜胤は自身を取り巻くように放たれたクナイを回避しようと空中で身を翻す。

 しかし、先の実直な通常弾幕とは違い、直線的な軌道の紫色のクナイに織り混ぜるようにして放たれる複雑な動きの翆色のクナイによって、夜胤の回避行動は巧く妨害されてしまう。

 

「煩わしいっ!!」

 

 仕方なしに、右手を振るうことで赤光を放つ通常弾幕をばらまいて迎撃を試みるも、さすが経験の差というべきか、紫は夜胤が放つ弾幕の軌道を正確に読み切り、新たな弾幕を張っていく。

 

 ――地力の差が、ここで出るか!!

 

 弾幕ごっこの経験が未熟な夜胤では、複雑な軌道を描く紫の通常弾幕をすぐに読みきることができない。

 例えばこれが、弾幕ごっこで最強の名を冠する霊夢であれば、目の前の弾幕が今まで経験した弾幕の軌道を幾つか組み合わせただけのものだと看破し、最小限の動き回避して見せただろう。だが、夜胤にはそのノウハウが存在せず、弾幕を避けるには一からその軌道を読むしかない。

 確かに、夜胤からしたらそれは容易いことではあるし、現に今現在も軌道を読みきるまでもう少しというところまで来ていた。

 しかし、紫がこの弾幕を放つ目的は夜胤の撃墜ではなく、足止めであり。

 

「残念、時間切れ♪」

「――――ッ」

 

 夜胤の直上で大きく広がりきったスキマの先から覗いている、大質量をもったそれを確実に夜胤に叩き落とすための布石でしかないのだ。

 スキマから徐々に姿を現すそれを呆然と眺める夜胤の姿に笑みを深めながら、紫は可愛らしい仕草で頬に手をあて無慈悲に告げる。

 

「じゃ、潰れなさい」

 

 刹那。耳をつんざくような轟音と共に火花を散らしてスキマから解き放たれたのは、幾つかの車両を連結した、現世ではお馴染みの交通機関……列車。

 大質量を持つ金属の塊であるそれが、猛烈な加速を伴って夜胤へと射出されたのだ。

 

「…………」

 

 夜胤の姿を、黒々とした影が覆い尽くす。

 瞬間、周囲の空間を揺るがすほどの轟音が響き渡った。

 

「……今度こそ、効いたと思うけど」

 

 空中に飛行していた夜胤の姿を覆った後に、爆音をたてて地面に突き刺さった列車の姿を見て、紫は小さく呟く。

 

「まあ、効いていなかったとしても、これから効かせるのだけどね」

 

 そう呟く紫の目には、獲物を捕らえた捕食者のような鋭い光を湛えている。

 しかし、それもそのはず。何故なら、この『無人廃線列車爆弾』というスペルカード。大質量を持った列車をぶち当てるだけでも高威力ではあるのだが、物理的な衝撃では確実に妖怪を墜とせないと理解している紫によって、隙を生じぬ二段構えとなっているのだ。

 その手法とは、スペルカードの名前の通り。今放ったあの廃線列車の中に妖力由来の爆弾を大量に敷き詰めるという、至極単純なもの。

 しかし、単純であってもそれが引き起こす現象による相手へのダメージは絶大であり、ごっこ遊び故に殺傷性は押さえられているが、食らえば、弾けた妖力によって痛覚に絶叫するほどの痛みを流し込まれることとなる。

 

「あのニヤケ面が盛大に歪んでくれれば言うことないわね」

 

 紫は列車が爆散する瞬間を見逃さないように、瞬き一つせずに状況を見守る。

 しかし、紫いくら待ったところで、突き立つ列車がその身を弾けさせることはなく。

 それどころか、スキマから射出され、地面に突き刺さった直後の体勢のまま、まるで重力を無視しているかのような姿勢で、その姿を静止させていた。

 

 ――これは、明らかにおかしい。

 

 ひしひしと異常を感じる紫は、両の手を交錯させて来る変化へと備える。そして。

 

 ――ギャリ……金属の擦れる音。

 

 紫が視線を向ける先で、直立する列車のシルエットが金属の擦れる音とともに捻れていき、それは少しずつ、叩きつけるような音へと変わる。ベコリと列車の側面がたわみ、隆起した。同時。

 

 狂符『冒涜的な触腕』

 

 凛と澄んだテノールが響く。

 

「ッ!?」

 

 まるで、映像を編集したようにいつの間にか存在した、紫の真横に伸びる黒い直線。

 炎のように揺らめくそれは、妖力でも霊力でも……ましてや神力でもない別の力によって形成された、純粋な狂気の塊。

 その、身を竦ませる威圧を前に、紫は息を飲む。

 

「では、踊ってくれたまえ。レディ」

 

 刹那。轟音と共に列車の巨体がくの字に曲がったかと思えば、宙へと浮いた。そして、緩慢な動作で巨体を捻ると同時に――

 

 ――猛烈な勢いで、紫へと『飛んで』来た。

 

「きゃっ!?」

 

 咄嗟にスキマを開いて潜り込んだ紫。間一髪のところで、列車が掠めるように飛んでいく。

 列車は、くるくると玩具のように回転した後、重力にしたがって上空から地上に落ちるまえに――爆散した。

 

 爆音。目も眩む発光と共に巨体が分解され、千の欠片となって地上に降り注ぐ。

 スキマから這い出た紫はその様子を横目に眺めてから、目の前に広がる光景へと意識を向ける。

 

「触手……」

 

 相変わらず、見るものを苛つかせるような軽薄な笑みを浮かべる青年の背後。そこには、絶えず蠢いている黒々とした二本の触手の姿が存在した。

 

「スペルカードは、必ずしも弾幕であるとは限らない……という情報があってね。その理念にもと図いて、私も創意工夫を凝らしてみたよ」

「…………」

 

 物理的な肉体に依存していないであろう、揺らめく黒の塊。その、禍々しくも美しさを感じさせる『触腕』なるものを前にして、紫は身を強張らせる。

 対する夜胤は、然として緊張感を微塵も感じさせない風体で、両の手を広げ、哄笑している。

 

「まあ、これは勝負でもあり遊びでもあるのだ。そう性急に推し進めてはつまらない」

 

 裂けるような三日月形の笑みを浮かべる夜胤は何処か楽しそうな色を持った声音で、決着を急ぐ紫を諭すように悠然とした立ち振舞いで。

 

「ここからが本番だよ。精々、互いに楽しもうではないか」

 

 慄然たる魂の恐怖を持って、勝負の続行を告げる。

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