愉快犯が暇潰しに幻想入り   作:苦瓜

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五話 大妖怪と弾幕ごっこ 後編

 一閃。クルリと尖端で円を描いた触手から放たれた、深い紫のレーザー。

 直線的な軌道のそれを難なく紫はかわしてみせるが、勿論、ことはそう単純にはいかない。

 黒々とした触手が尖端を紫へと向けた瞬間、レーザーもまたその向かう先を紫へと変える。

 

「…………」

 

 だが、その程度の変化など、弾幕ごっこにおいてはよくあることだ。

 紫は経験をもとにレーザーに近すぎず離れすぎずのの位置を保ったまま、レーザーが軌道を変えるたびに、それに合わせて自身も動いていく。

 しかし。触手の攻撃はそれだけでは終わるはずもなく。

 

 大きく伸びた触手がしなり、凪ぎ払うように振るわれた。同時に、触手が振るわれた軌跡に大量の弾幕が現れる。

 

 現れた弾幕は、一方向に向かうのではなく、各々が別々の方向に突き進んでいく。

 紫は飛来する弾幕の隙間を縫うように飛行するが、それを狙うようにして、触手の先端からレーザーが放たれた。

 

「面倒ねぇ」

 

 体を反らしてレーザーを回避するも、そこを狙ってもう一方の触手からレーザーが飛んでくる。

 土手っ腹を狙うように放たれたそれを腰を捻って回避すると、その勢いを利用して体を右へと回転させ、宙返りをするように移動して体勢を整える。

 すかさず触手が紫を打ち据えようと振るわれ、半歩引いてかわす。だが、触手が振るわれた軌跡に現れた弾幕が飛来して額を掠めていった。

 

 ――予想していたよりも攻勢が激しい。

 

 紫の動きに合わせて振るわれる触腕によって、レーザーや弾幕の軌道が全て変わってしまうので、ひたすら動きが読みにくい。

 今のところ紙一重でかわし続けているが、飛び回る弾幕が増えるにしたがって、それも難しくなっていく。

 軌道を読みきって誘導すればいいのかもしれないが、足算されていく弾幕の軌道を全て読みきるには時間も足りないし少々負荷がかかる。

 

「仕様がないわ……」

 

 深く息を吸った紫は、スキマから素早く一枚の紙片を取り出すと、増えていく弾幕を叩き落とすべくスペルカードの名を宣言した。

 

「境符『色と空の境界』!!」

 

 瞬間。視界全体を白く塗りつぶすほどの無数のレーザーが、紫を中心として放射状に解き放たれる。

 一本一本は直線的で読みやすい軌道のレーザーではあるが、その物量は圧巻の一言。辺りを飛び回る弾幕を串刺しにして余りある量のレーザーは勿論、先まで執拗に紫を攻め立てていた夜胤にも襲いかかる。

 

「ふむ。中々迫力のある光景だな」

 

 しかし、夜胤は動じない。自身の背後から形成されている二本の触腕を器用に振り回して、夜胤に当たりそうなレーザーだけを掻き消していく。

 しばらくしてレーザーの雨はピタリと止んだ。が、続くようにして、今度は弧を描くように生成されていく弾幕が夜胤を狙う。

 夜胤はそれらを一方の触手のレーザーで凪ぎ払いながら、もう一方の触手で紫を撃ち落とそうとするが、二本から一本の攻撃に変わったそれを、紫は容易にかわしてみせた。

 何セットか――レーザーの雨をかわし、今度はバラけた弾幕が放たれるも触手で撃ち落としてはレーザーを返す――このやり取りが、紫のスペルカードと夜胤のスペルカードが効力を続ける間に繰り広げられるも、互いに成果をあげられぬまま、スペルカードの効力が消失させた。

 

「これは、少し不味いかしら」

 

 紫は自身が発動したスペルカードが破られたことで、形勢が不利にになったことを悟る。

 互いに所持しているスペルカードは六枚。そして、今まで紫が使用したのは 結界『光と闇の網目』『無人廃線列車爆弾』境符『色と空の境界』の三枚に対して、夜胤は狂戯『破滅への誘い』狂符『冒涜的な触腕』の二枚。

 相手側の一枚目のスペルカードが余りにも陳腐な出来だったので油断していた部分もあったのだろう。二枚目の『冒涜的な触腕』で境符を使わざるを得ない状況まで追い込まれたのは大きな失態だった。

 

「次のスペルカードで相手を追い込んで相殺を狙うか、しばらくは通常弾幕で切り抜けようかしら」

 

 紫は撃墜の線を狙いからはずして、一先ずこちらのスペルカードが全て攻略される前に、相手のスペルカードを攻略することを狙いに据える。

 

「ことがことですから……全力で勝ちにいかせてもらいますわ!!」

 

 咆哮。同時に、突き出した両腕から大量の通常弾幕が放たれる。

 

「くは……いいな、この弾幕ごっこにというものは。女子供の遊びにしては過ぎるぐらいに心が高ぶるよ」

 

 対する夜胤は、左腕をふるって『的確』に迫り繰るクナイを叩き落としながら、トレンチコートのポケットに右手を突っ込んで黒塗りの紙片を取り出した。

 

「さあ、まだまだ遊びはこれからだ!! 受けたまえ――Q&A『帽子のなかは?=外宇宙』」

 

 夜胤が宣言すると同時に、振るっていた左手で自らが被っている黒いトップハットを取り外し、その窪んだ内側を紫へと向ける。

 遠目に見えるトップハットの内側は、まるで何処までも続いているかのような深い闇が広がっている。

 だが、次の瞬間。内側から光が指したと思うと、煌々と輝く小さな球体が、緩慢な動作で帽子の中から浮き出てきた。

 紫が警戒を払うなか、それは亀の歩みで徐々に夜胤から離れていくと、しばらく進んだあとに静止。辺りを静寂が支配する。刹那。

 

「……綺麗」

 

 突然、球体がその体積を肥大化させた。

 一秒にも満たない時間で数千倍もの大きさになったそれは、全てを照らす恒星のように自身を輝かせたまま周囲に小さなアステロイドベルト――色とりどりに煌めく弾幕の帯を形成する。

 

 目の前に広がる膨大な数の弾幕は、凌ぐには随分と骨が折れそうで――それなのに、まるで宇宙の一部を切り取ったかのような光景を前に、紫は自らの心が高ぶっていくのを感じていた。

 

「……いいでしょう。貴方の望み通り、存分に踊って差し上げますわ!!」

「ああ、嬉しいな八雲紫よ!!」

 

 紫の言葉に、夜胤は心のそこから嬉しそうな笑顔で両手を広げ……打ち合わせた。

 

 同時、恒星が勢いよく燃え上がり太陽を取り巻くフレアのような光の束が周囲に拡散。共に、恒星を漂っていた幾千のアステロイドが煌めきながら解き放たれる。

 

 爆発的な弾幕の海に揉まれながら、紫は舞うように優雅な軌道で星々の海を駆け、フレアの輪を潜り抜けていく。

 

「あら、こんなものかしら? 貴方の弾幕は」

「……なに、そう焦るな」

 

 紫の問いに答えるのは、至極静かな夜胤の声。

 瞬間、再び夜胤が両の手のひらを打ち合わせた。

 

「君は、星の爆発と言うものを見たことがあるかね?」

 

 その言葉が紡がれると共に、辺り一帯を照らし尽くす光の奔流が放たれる。

 

 ――超新星(スーパーノヴァ)

 

 大質量の恒星がその一生を終える際に起こる爆発現象。

 その威力は凄まじく、星間物質の密度に揺らぎを産み出したり、約50光年の範囲内にある星に強力なガンマ線を浴びせ生命の存在しない死の星へと変えるほど。

 

 夜胤はそれを、目の前にある恒星を象った巨大な弾幕で表現したのだ。

 

 球体が、その体積を瞬間的に千分の一程度まで縮める。

 刹那、爆発的な衝撃波と共に視界を埋め尽くすほどの膨大な弾幕とレーザーが絡み合いながら拡散された。

 コマ送りにしているように光の尾を引いて世界を照らす光の集団。その、神秘的でいて暴力的な弾幕の海に、紫の姿は瞬く間に飲み込まれていった。

 

「――罔両『八雲紫の神隠し』」

「ほう?」

 

 唐突なスペルカード宣言。そして、弾幕の海が通りすぎた空間に紫の姿は影も形もなかった。

 一体、どういうことだろうか。紫の宣言したスペルカードの名からその効果を推定しつつ、周囲に警戒の糸を巡らせていると。

 

「良いものを見せてもらいましたわ。でも、私を墜とすにはまだまだね」

「――ッ」

 

 背後から響く、艶やかな声。

 その声を聞いた瞬間、夜胤は反射的に身を捻って回避行動をとった。

 

「くあっ!?」

 

 しかし、密集して放たれる弾幕を全てかわすことは出来ず、一条の光の筋によって右肩を貫かれる。

 焼きごてを直に押し付けられたような痛みに歯を食いしばって、夜胤は振り向き様に左腕で払うように弾幕の波を放つ。だが、そこに少女の姿は存在しない。

 

「どこに……」

 

 夜胤は紫が『境界を操る程度の能力』によって作り出したスキマによって移動しているのではと目算をつけながら辺りを見回すが、気配を微塵も感じない。

 

 ――厄介だな。

 

 スキマとは空間の裂け目であり、その先にはあの薄気味悪い目玉が絶えず蠢いている異空間が広がっている。

 異空間とはある種の別の位相に存在する世界であり、それを感知するには並大抵の力では達し得ないものだ。

 つまり、今現在の夜胤の姿では紫の位置を感知することは出来ず、故に、その行為は夜胤にとってこれ以上ないほどの隠蔽能力を有する……純粋に脅威足り得るものでもあった。

 

「くっ!?」

「頭上の警戒が疎かよ?」

 

 前兆なく現れた紫によって放たれたレーザーと弾幕が、花のように放射状に展開する。

 夜胤はそれを通常弾幕で撃ち落として、その隙間に身体を捩じ込み回避するも、直後に現れたもう一輪の弾幕の花によって足をうち据えられる。

 

 ――これは、凌げなさそうだ。

 

 八雲紫の能力の規格外さを改めて心に刻み込みながら、夜胤は肺に貯めていた空気を一気に放出する。そして。

 

「発狂『フェスティバル・オブ・フィアー』」

 

 懐から取り出した紙片を構え、スペルカード名宣言。

 瞬間、夜胤を中心とした約10メートル四方に、夜胤二人分の高さを持った翡翠の光柱が二十本ほど突き立てられた。

 そして、光柱が淡く発光したと思えば、瞬く間に柱同士を繋ぐようにして無数の糸が張り巡らされる。

 そうして完成したのは、不規則な軌跡で張り巡らされた糸が織り成す、美しい巨大な球状の籠。

 

「一方的に攻撃されると言うのもつまらない。だから、こちらも対抗させてもらおうか」

 

 言うや否や、まるで夜胤の意思に呼応するようにして、突き立つ柱達が動き始め、それに合わせて張り巡らされた糸も動く。よって、ここにその形を絶えず変える変幻自在の警戒網が完成した。

 移動する柱はその周囲に幾数もの魔方陣を形成し、ここを起点として湾曲するレーザーと動きが緩慢な弾幕を侍らせている。

 この弾幕は元々、攻略相手にストレスをかけつつ時間経過によって徐々にその後規模を膨らませることで、相手に糸を掻い潜らせることを強いる弾幕である。

 だが、この場に於いては徐々に空間を侵食することで紫がスキマを展開する位置を狭める、牽制と警戒の役目を果たすものともなるのだ。

 

「さて……」

 

 この籠の範囲内で、紫がスキマを開けば最後、垂れ下がる糸に手足を取られ光の柱によって一方的に攻撃を浴びせられる事となるだろう。

 だからこそ、紫が次にスキマを開くとすれば――

 

「そこだな」

 

 ――籠の外で咲いた一輪の花。そこから走るレーザーや弾幕が糸の隙間を縫って夜胤に襲いかかる。が、見え見えな軌道描くそれを夜胤は容易く避けてみせた。

 

「ここからは……耐久戦の始まりだ」

 

 徐々にその規模を拡大する籠に、その隙をつくようにして縦横無尽に放たれる紫の攻撃。

 互いに互いの数手先を読んではそれを外す凌ぎの削り合い。

 それは約数分間の間繰り広げられた後に、紫はスペルカードを攻略され、夜胤は弾幕によってスペルカードの籠を破壊されることで終わりを迎えた。

 

「まさか、ここまで決定打を与えられないとは、思わなかったわ」

「それはこちらも同じだ心境だよ」

 

 両者、既に六枚中四枚のスペルを攻略された上で、紫は全くの無傷であり、夜胤も多少手傷を負ったとはいえほぼ全快状態。むしろ、疲労に関しては元々体力が少ない紫の方が大きい。

 形勢は互角。互いに互いのその姿を見て、夜胤も紫もその口許を吊り上げる。

 

「まあ、ここまで来たなら」

「最後まで全力で」

 

「「挑ませて頂こう(ますわ)」」

 

 ――魍魎『二重黒死蝶』

 ――『化身の顕現』

 

 スペルカード名の宣言。

 その瞬間、紫から勢いよく飛び立つは、数えるのも馬鹿馬鹿しくなるほど大量の、妖力で作られた赤と青の蝶。人の頭ほどの大きさを持つそれが、赤と青の集団に別れ、各々交錯するように優雅に羽ばたいている。

 対する夜胤は、その身を囲うように浮かぶ暗黒の弾幕たちを、ゆっくりと取りまとめていく。そして、徐々に纏まりをみせる弾幕によって形作られたのは、深淵より這い出てきたのではと錯覚するほどに暗い闇によって構成された、巨大な翼と四肢をもつ異形のシルエット。

 

「私の姿の一つを形どってみたが、如何かな?」

「いい出来ではなくて? 粘土細工を作る才能でもあるんじゃないかしら。一考してみたら?」

「生憎私はしがない旅人でね。一つの場所に留まる仕事はごめん被るよ」

 

 皮肉染みた紫の言葉を軽やかに受け流し、夜胤は自身が作り出した異形に一言命じる。

 

「飛び回れ」

 

 刹那、まるで自律しているかのようなしなやかな身のこなしで、翼を大きく広げて天を駆ける弾幕の獣。

 その姿を横目に見ながら、夜胤は周囲を羽ばたく蝶の間を、コートの裾をはためかせながら飛行する。

 一方の紫もまた、自身の周囲を縦横無尽に駆ける獣から舞い落ちる羽を象った無数の弾幕の間を縫っていき、そのまま、夜胤に向かって第二陣目の朱と碧の蝶たちを舞い踊らせた。

 紫の手によって向かい来る蝶の波をひたすらに避け続けながらも、夜胤はその機会を淡々と窺う。そして、何度目かの蝶の波を乗り越えた夜胤は、不規則に飛び回っていた獣が紫の近くを通りすぎようとした瞬間に叫ぶ。

 

「――散れ!!」

 

 それは、一瞬の出来事だった。まるで生来の獣のごとく自然な動きで空を駆けていた異形の獣が、大きく翼をはためかせた。同時、巻き起こる巨大な風と共にその姿が幾千もの羽へと変わり、風によって吹き散らされる。

 

「――くぅ!?」

 

 広範囲に、それでいて無造作に散らばるその軌道を紫は読みきることが出来ず、身を捻るもその足にまとわりついた羽によってダメージを負う。

 そのダメージによって紫の蝶を放つ手が止まり、大きな隙が出来ると同時に夜胤は紫から大きく距離をとった。

 

「…………はぁ」

 

 一呼吸。高ぶった心を落ち着かせると共に、コートのポケットから一枚の紙片を取り出すと、今から発動するスペルを頭のなかで思い描いた。

 

「まさか!?」

 

 襲い来る痛みから意識を引き剥がした紫は、自身から大きく距離をとった夜胤の姿を見て、今までとは違う抜き身の気迫を感じとり、心の内で叫ぶ。

 

 ――ラストスペル!!

 

 その名前に思い至った瞬間、紫は反射的にスキマから一枚の紙片を取り出して掲げていた。

 

「――紫奥義!!」

「――秘奥」

 

 

 

 

『弾幕結界』

『黒き旅路の記憶』

 

 

 

 

 

 ◆◇◆◇◆

 

 

 辺りに静寂が舞い落ちる。

 いや、正確には静寂をもたらされたと言うのが正しいだろう。

 

「これは……結界?」

 

 紫の周囲は、夜胤が宣言した瞬間から、まるで新月の夜中にでもなったように暗く光のない世界に成り変わっていた。

 何か嫌な予感を感じた紫は、スキマを開いて位置を変えようと試みるも。

 

「スキマが開かない?」

 

 何度能力によってスキマを開こうとしても、スキマが現れるどころか、ちょっとした境界の操作すら不可能になっていた。

 

「……大人しく受けろってことかしら」

 

 暗闇のなかで、紫は警戒の糸を途切れさせぬまま、小さく息を吐く。その瞬間。

 紫の目の前に現れたのは、七色に彩られた弾幕によって構成されたトンネル。

 紫がそれを訝しげに見つめるなかで、徐々にこちらに迫ってくるそれは、その奥が見えないほどに長大だった。

 

「この中を進めってこと?」

 

 そう呟くと、まるで早くしろとでも言わんばかりに背後に出現した弾幕の壁に後押しされ、紫はゆっくりとした速度でトンネルの内側へと入っていく。

 

「中々凝った造りね」

 

 緩やかなグラデーションが作り出す鮮やかなコントラストに感嘆の言葉を口にしつつ、紫はノロノロとした速度でトンネルの壁に触れないように飛行する。

 しかし、警戒虚しく一向に攻撃の前兆がないまま、紫が美しい白色に染まっているポイントまで来たところで、変化が起きた。

 紫の周囲を取り囲んでいたトンネルの壁が変形し、レーザーで構築された格子状のものとなり、外側の景色が見渡せるようになったのだ。

 一体何事かと思い、紫は目を細めてその格子へと近づくが――

 

「ふふ……」

 

 ――格子の外に広がっている光景を見て、思わず笑みをこぼしてしまう。

 何故なら、紫の視線の先には、まるで本当に自身がそれを見ているかのように錯覚するほど精巧な、弾幕によって創られた草原が広がっていたからだ。

 沈みゆく夕日に見立てているであろう真っ赤な色の巨大な球が奥に存在し、光がなくて暗いばかりだった結界の内側は、その光に照らされて鮮やかな茜色に染まっている。

 そして、糸状に練ってある金色の弾幕が、まるで風にそよぐ稲穂のようにゆらゆらと揺れ、その上を、蜻蛉の形をした弾幕が忙しく飛行している。

 一体どういう意図で作り上げたのかは分からないが、それでも、目の前に広がる光景は圧巻の一言だった。

 

「あら」

 

 気がつくと、格子の隙間を通ってトンネルに入り込んだ蜻蛉型の弾幕が紫の側を取り巻くように飛んでいる。

 少しずつ数を増やしていくそれは、やがて先に続いているトンネルを塞ぐほどに巨大な塊となり――紫に向かって殺到した。

 

「楽しいだけではないってこと?」

 

 紫はその口元に柔らかな笑みを浮かべると、複雑に絡み合いながら襲いくる蜻蛉型弾幕に向けて幾つかの弾幕をぶつけた。弾幕によって蠢いている蜻蛉型弾幕を局所的に弾けさせ、無理やり道をこじ開けたのだ。

 コンマ数秒の間だけ出現したそれに紫は躊躇なく身を捩じ込むと、周囲に蠢く蜻蛉に押し潰される前に塊のなかを突っ切った。

 

「さて、堪能させてもらいましょうか」

 

 無意識に声が弾み、思わず口元を抑える。

 

 ――ダメよ。遊びとはいえ、半ば真剣勝負なのだから。

 

 高ぶった感情を諌めるよう心のなかで自分自身に言い含めて、紫はトンネルのなかを進んでいく。

 

 ――そのトンネルは、驚きに満ちていた。

 

 紫が少し進む度に、最初の時と同じようにトンネルの壁が格子状に変化し、その動作は特に変わりのないものだったのだが、その先に広がる景色は一つ一つがまるで見違えていた。

 

 ある時は、天を突くような山があった。膨大な量の弾幕で構成された山肌には、多種多様な植物を象ったものがところ狭しと立ち並び、その存在を主張していた。さわさわと揺らめく木々を眺めていると、山肌を掠めるように漂う雲形の弾幕群が飛んできたので、雲の間を縫うように飛行することで回避。そのまま先へ進むことにした。

 

 またある時は、灼熱の砂漠があった。目渡す限りに広がる砂の世界はとても雄大で、吹き付ける風によって舞い上がった弾幕の波を見たときは思わず見いってしまったほどだ。直後、風向きの変化によって弾幕の波がこちらに向きを変えたので、弾幕で迎撃することで何とか切り抜けた。

 

 次に存在したのは、海だった。透き通った海面に見立てた弾幕の波が足元まで押し掛けていて、海中では魚型の弾幕が泳いでいた。しばらくの間眺めていると、弾幕によってつくられた鯨が格子を破って突っ込んできたので、慌てて立ち去った。

 

 ――そのトンネルを歩いている間は、まるで旅でしているかのような気分になったのを覚えている。

 あるときは溶岩流が流れた活火山の麓。あるときは見上げるほどの大木が立ち並ぶ森。あるときはゴシック調の建築物が立ち並ぶ街。

 

 そこにあったのは何れも、遊び心に溢れた弾幕によって創られた世界。

 

 もちろん、スペルカードの一つなだけはあり、ことあるごとに指向を凝らした――地味に難易度の高い――弾幕の襲撃に会ったが、それすらも相手を楽しませるような作り込みが施されていた。

 おかげで、今の今まで紫が抱えていた夜胤に対する黒い感情は、無くなった訳ではないにしろ、見事なまでにその勢いを失ってしまっていた。

 

「光?」

 

 トンネルを彩るコントラストが暗くなり、限りなく黒に近い色へと変わった頃。紫はトンネルの奥に、光がさしていることに気づく。

 もしやと思いその場所まで飛行すると、そこには今まで見てきた弾幕で構成されたものとは違った、純粋な自然色が見えた。

 紫は出口が見えたことで、警戒心を最大限まで高めつつも、ゆっくりと目的の位置まで進んでいく。

 そして、トンネルは壁が完全に黒に染まった所で途切れ、紫はそのまま勢いをつけて外へと飛び出した。

 

「あ……」

 

 息が詰まる。

 紫が飛び出した先は、少々高度のある上空で、先まで夜胤と弾幕の応酬を繰り広げていた場所とそう離れてはいない場所だ。そこには、別段罠が仕掛けられている訳でもなく、いつも通りの幻想郷の景色が広がっているだけだ。

 だが、それだけである筈なのに、何故か胸に詰まるものがあった。

 

「やっぱり、幻想郷(ここ)が一番美しいわ」

 

 何だか、心の中に透くような気分を味わいながら、紫は対戦相手である夜胤の姿を探す。

 

「やあ、どうだったかな。私のちょっとした遊び心は」

 

 紫の背後から声が聞こえる。

 振り向けば、衣服のあちこちに焦げたような後を残しつつも、特段大きなダメージを負った様子のない夜胤がいた。

 その姿を認めた紫は、口元を扇で隠しながら目を細める。

 

「……貴方らしいとだけは。あれが貴方が歩んできた『旅路』の記憶?」

 

 紫の言葉に、夜胤は肩を竦めて答えた。

 

「まあ、間違ってはないな。あんな月並みに綺麗な景色ばかり見ていたわけではないが」

「貴方の性格から考えたらそうでしょうね」

 

 紫は広げた扇を音をたてて閉じると、スキマから何時もさしている日傘を取り出して、勢いよく開く。

 

「それで、私のスペルを貴方は攻略できたのかしら」

「見たらわかるだろう」

 

 紫の言葉をきいた夜胤は、苦虫を噛み潰したように顔を歪めて、両手を広げてみせる。

 

「掠めた弾幕のおかげで一張羅が台無しだ。どう責任を取ってくれる」

「……弾幕ごっこをするというのに、お気に入りの服を着ている貴方が悪いと思いますわ」

「それはそうだな」

 

 素直に納得してしまった。

 紫は相変わらず軽薄な調子の夜胤に嘆息。乱されてしまった場の空気を誤魔化すように、手に持った日傘をくるりと一回転させた。

 

「何だか気が抜けてしまったけど……まあ、貴方も私の『弾幕結界』を攻略したようですし、私も貴方の最終スペルを攻略したのだから、この勝負は引き分けね」

「ふむ……両者が同時に全てのスペルカードを攻略された場合は引き分け扱いになるのか」

「弾幕ごっこ初心者相手に引き分けたと言うのは、甚だ不本意ですけど」

「くはははは。ざまあみろ」

「……スキマに叩き落として差し上げようかしら」

 

 煽るような言動をする夜胤を睨み付けながら、紫はビシリと手に持った扇で夜胤を指して告げる。

 

「とにかく、引き分けたのだから、勝負前に話していた条件について互いに折り合いをつけましょう」

「折り合いか。とは言っても、私が提示する条件は幻想郷に滞在する許可をもらうことであって、大も小もないのだが」

 

 夜胤は紫の言葉に自身の意見を伝える。

 それを聞いた紫は、唸り声を上げて悩ましげに顔を俯かせた……が、数瞬の間だけ挟んで直ぐに顔をあげる。そこに浮かぶ表情は、何処か複雑そうな感情を滲ませるものだった。

 

 ――結局、こうしてしまうのね。私は。

 

「……なら、こうしましょう。私は貴方に、幻想郷に滞在する許可をあげるわ」

「本当か?」

「但し!!」

 

 夜胤の言葉を遮るように紫が言葉を挟む。

 

「貴方は幻想郷にいる間、貴方の意思が介在する範囲で幻想郷に、またはそこに住まうものたちに大きな被害を与えるような行為を禁じます。これを承知した上でなら、幻想郷に滞在することを許してあげる」

「へぇ……」

 

 その言葉を聞いた瞬間、夜胤の声音に冷たいものが混ざる。気まぐれな気質をたたえた瞳に剣呑な光が宿ったかと思えば、強烈な威圧感が紫を叩きつけた。

 

「この私にその条件を突きつけることが、どう言うことか分かっているのか?」

「その条件を突きつけられる側の癖に、ずいぶんと偉そうねぇ」

 

 しかし、その威圧を前にしても紫が動じることはなく、右手に持った扇を仰ぎながら余裕すら滲ませる微笑みを浮かべていた。

 

「もちろん、貴方にこの条件を科す意味は理解しています。けれど、これを飲まなければ私はどんな手を使ってでも貴方を幻想郷から追い出すつもりでいるわ。確かに、貴方が本気になれば私など路傍に転がる石ころにすらならないのでしょうけど、私を滅ぼせば幻想郷は滅ぶ。だから貴方に私は殺せない。だけど、私は命あるかぎり貴方をここから追い出そうと試みる。貴方だって、幻想郷にいる間ずっと羽虫につきまとわれるのは嫌でしょう? ならば、条件を飲んだ方が賢い判断だと、私は思うけど」

「…………はは」

 

 捲し立てるような紫の言葉の羅列に、夜胤は小さく笑みを漏らすと、首を左右に振ってから両手を上げる。

 

「ぐうの音もでんよ。降参だ。君の提示した条件を飲む代わりに、どうか私をこの美しい場所に置いてくれないか」

「ふふ……仕様がないわね」

 

 その様子を見た紫は小さく口元を綻ばせると、右手に持っていた扇をスキマへと放り込み、夜胤に向けて差し出した。

 

「わかったわ。貴方が幻想郷へ滞在することを許可しましょう」

「……感謝する」

 

 紫の言葉に夜胤は頭を下げると、差し出された右手を軽く握り込んだ。

 

「幻想郷は全てを受け入れる。それはとても残酷なことですわ。だからこそ、悪意を持って仇なさない限り、幻想郷は貴方を受け入れる」

 

 紫は握り込んだ夜胤の手を離すと、日傘を持ったままの左腕と右腕を大きく広げ、眩しいくらいに満面の笑顔を浮かべた。

 

「幻想郷は、貴方を心のそこから歓迎します。夜胤……いえ――」

 

 

 

 

 

「――異形なる神々の化身『Nyarlathotep(ナイアルラトホテップ)』」

 




クトゥルフ神話のアイドル登場。なお原作(ラヴクラフト作)では洒落にならない存在のもよう。
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