いつまでも、どこまでも(惣主)   作:ミカヅキ&千早

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第3話「色恋沙汰」(千早)

 

お腹いっぱいに鍋を平らげて、昔のように皆で雑魚寝をして夜が明けた。

高校生の頃の真などはどんなに遅くても家に帰っていたが、今は姉が信頼してくれているということもあり、連絡すれば泊まりもOKのようだ。

春は少し悩んだが、双葉がまだまだこれからだろ、とトランプを取りだしてきたので帰れなくなってしまった。

男性陣は屋根裏に、女性陣は惣治郎の好意でルブランに。

夜が明ける直前までいろいろな話をし、騒いだ皆はぐっすりと寝ていた。

 

その静寂を破ったのはまだ開店前で鍵がかかった扉だった。

「あの、すみません」

コンコン、と控えめなノックと共にドアの外から声がかかる。

始めに気が付いたのは春だった。

だが勝手に扉を開くことは出来ず主人である惣治郎もいなかったので、一階から二階の蓮に声をかける。

お客様がいらしたようなんだけど、と。

だが寝起きがあまりよろしくない蓮から反応はない。

どうしようと思っているとモルガナがあくびをしながら顔を覗かせた。

「どうかしたのか?ハル」

あ、良かった、と春が両腕を広げる。

すると慣れた様子でモルガナが春の腕の中に飛び込んだ。

モルガナは蓮について行ってたいたため、蓮と同じく春たちに会うのは久しぶりだ。

だが昔の絆は固いもので半ば条件反射のように腕の中に収まっている。

「誰か来たみたいなの、一緒に出てくれる?」

「おー、ハルに何かするようならワガハイがとっちめてやるから安心しろな」

顎先を撫でられてにゃっふーと喜ぶモルガナの様子に春の緊張が和らいだ。

その間にもすみません、とノックと声は続いている。

「はい、どちら様でしょうか」

旧式の鍵をカチンと回して扉を開いた。

するとそこには少し童顔ながらも精悍な顔つきの青年が立っている。

春たちと同じくらいの年代だろうか。

開店前の純喫茶から可愛らしい美少女が出てきたことに少なからず驚いて言葉を失っていた。

だがすぐに立ち直って、頬を赤らめながら一礼する。

「僕、天田って言います。あ、こっちはコロマルって言って、犬なんですけど、きちんと躾されているので」

「にゃっふ!!」

ハッハッ、と舌を出してお座りをしている犬にモルガナが逃げるように春の胸ので騒いだ。

そのせいでぽよぽよと豊満な肉が揺れて天田の頬がさらに赤くなる。

「すみません、猫がいるとは思ってもいなくて……」

「モナちゃん、大丈夫だよ。ちゃんとお座りしてるえらい子だから」

ぽんぽん、と背を擦られてモルガナは春に寄り添い警戒しながらも落ち着きを取り戻した。

そして改めて天田を見やる。

「それで、どうしたんですか?」

「あの、彼のこと、知っていますか?」

天田に促されて彼の肩に担がれた人間がいたことにようやく春が気が付いた。

天然の春らしさが出ているが、天田の顔に集中していて肩にまで意識が向かなかったのだ。

同じくモルガナも犬の匂いに鼻をやられてもう一人の匂いに気が付かなかった。

そして二人はほぼ同時に、驚いた声を上げた。

「喜多川くん!?」

「ユースケ!!」

天田に担がれた祐介は意識がないのかぐったりしている。

叫び声に驚いたのと、その名前に反応した仲間が続々と起きだして入口に集まってきた。

 

コロマルの散歩道で祐介を拾ったという天田に蓮がコーヒーを差し出す。

学生証などは持っていなかったが、ルブランのマッチが少ない荷物の中にあったというのだ。

すぐに双葉が惣治郎を家まで迎えに行った。

その間に真が寝かせた祐介の看病をする。

竜司はカレーは食べられないかもしれないから、とスーパーまで身体に良さそうなものを買いに行き、天田は彼らの連携に感嘆した。

「みなさん、仲がいいんですね。まるで相手の気持ちがとてもよく分かっているようだ」

「いろいろあったから……彼もそうよ」

苦笑を浮かべた真が祐介の青白い顔にそっと温めたタオルを乗せる。

そこへ真の分と自分の分、春の分のコーヒーを淹れて蓮がボックス席へ移動してきた。

一年前に流行ったキャラクターもののマグカップは言わなくても彼らの絆が伝わるようで天田の頬が緩む。

「人がいて良かったです。病院に行こうか悩んだんですけど、こっちのほうが近かったので」

ふぅ、と湯気を吹く天田にもう一度蓮が有難うと礼を告げた。

どうやら天田にも祐介が行き倒れていた理由は分からないらしい。

そこにようやく惣治郎が現れた。

双葉の姿はない。

自宅で待機していろとでも言われたのだろうか。

ほぼ同時期に竜司が買い物を終えて戻ってくると、惣治郎は蓮以外の人間は帰るよう促した。

たくさんの人数がいても困るという惣治郎の言葉だが、真は大学があったり、春は会社の用事があったり、竜司もラーメン屋の仕込みがあるという予定を把握しているからこその気遣いだ。

そんな惣治郎に蓮の口角が僅かに上がった。

それを間近で見ていた真の眉根が寄る。

「……ねぇ、蓮」

「ごめん」

真が何かを告げる前に、蓮は二人にしか聞こえない声でそう返した。

そして真の顔を振り返ると、心の底からすまなそうにもう一度、ごめん、と呟く。

真もそれ以上は言わなかった。

 

天田に手伝って貰って祐介を屋根裏のベッドに運び込むと、店内は天田、惣治郎、蓮だけになる。

先程までの喧騒が嘘の様だった。

そして改めて天田に礼を告げる。

「本当に助かりました。アイツは天涯孤独で、ちょっと変わっていて、なかなか頼れる人もいないから」

「ああ、そんな。ほんと、見つけたのはコロマルだし、僕は運んだだけなので」

照れたように後頭部を擦る天田に惣治郎が謝礼に、と茶封筒を差し出した。

だが天田はそれを断り、コーヒー美味しかったですと笑って席を立つ。

「早く目を覚ますといいんですけど。それじゃあ、何かあったらいつでも相談して下さい。これ、僕の電話番号なんで」

メモ帳にさらさらと数字を書き込むと蓮に渡して天田はコロマルと出て行ってしまった。

その背を見送って蓮はコーヒーカップを集め洗い場に持っていく。

「……そうしてると昔のバイト時代に戻ったみてぇだな」

エプロンいるか?と笑う惣治郎の表情に、蓮はぴくりと指先を震わせた。

 

 

 

 

(つづく)

 

 


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