いつまでも、どこまでも(惣主)   作:ミカヅキ&千早

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第5話「肌寒い屋根裏で」(千早)

 

カチ、コチ、と。

規則正しい時計の音を聞きながら、蓮は不安げな表情を隠せずにいた。

祐介はかなり衰弱していた。

その体でいったいどこへ行くつもりだろうか。

ルブランには彼の大事な、彼の母が描いたサユリが飾られている。

もしも暁や双葉、ルブランに不満があるのならばサユリも持っていくはずだ。

だが絵がそのまま飾られていた。

単純に変人の癖が出ただけなのか。

いや、そんなことはないと蓮の勘が告げている。

だがちょくちょく顔を出していたとはいえ、ルブランに戻ってきたのがつい先日の蓮には彼の行動の理由すら掴めない。

それに青いショルダーバッグを掲げた少女、彼女の存在も心に引っかかった。

「……おい、いつまでそうしてるつもりだ」

開いたままの窓を見詰め立ち尽くしている蓮に惣治郎が声をかける。

店仕舞いだと言っていたからか、エプロンは外し外出用の帽子を被っていた。

その姿は蓮には追いつけないほど大人に見えて、冷えていた指先に温もりが戻るようにも感じられた。

「春先ったってまだ寒いんだぞ」

「そうですけど、きっと祐介も寒い思いをしてるんじゃないかって思うと……俺、どうしたらいいのか」

順風満帆な学生生活が送れるとおもっていたのに、実際は戻ってきた矢先にこんな状態だ。

毎日のように一緒にいた仲間はバラバラで。

途中になっていたコーヒーの修行もまるでできやしない。

これが大人になっていくということなのだろうか。

自分の時間が持てず、日々の忙しさに流されていく。

そうしているといつか自分もあの時の大人たちのように、力のない子供を食い荒らすようになるのだろうか。

蓮はそうなるのが怖くて足が竦んだ気がした。

「……ったく、窓くらい閉めろ」

惣治郎は手にしていた布を蓮に押し付けると面倒そうに開かれた窓を閉めに行く。

頬を冷やしていた風が止まった。

止めたのは惣治郎だ。

たったそれだけのことなのに、蓮は涙が出そうになった。

「すみません、俺、また迷惑かけて」

「構わねぇよ。とっくの昔に覚悟は決めてて、双葉もそうだがお前も大事な家族だ」

「……大事な、家族」

嬉しさと、そして切なさが混じる言葉に、蓮は思わず俯いてしまう。

すると惣治郎から渡された布が目に入った。

モスグリーンのそれは少し汚れていて見覚えがある。

「あ、これ……」

蓮は落とした視線をすぐさま戻し、惣治郎を見やった。

「エプロン、必要なんだろ?俺にはわからんが、お前、何度もエプロン、エプロンって言ってたからな」

再び指先に熱が灯るように。

蓮の身体が脈動する。

「あんなにたくさんいろんなことがあったのに、俺の言葉に気付いていてくれたんだ」

わけのわからないことばかりで、事態はひとつも好転していないというのに、蓮の頬が緩んでしまう。

この地を一度離れることになったあの日に封印した想いが、懐かしい場所で再び巡りだした。

けれど今はそれを言える状態ではない。

蓮はエプロンをぎゅうっと握り締めると、近づいてきたモルガナに頷きを見せた。

「今日は遅いのでちゃんと寝ます。明日、祐介を探しながら……突然現れた少女を探そうかと」

「そうか。好きにしろ……ただ、手に負えないなら俺でも誰でもいいから頼れよ」

「はい……あ、そうだ、武見医院にも顔を出しておかないと」

語尾が濁るように薄くなった言葉に、今度は惣治郎の眉根が上がる。

武見と何か関係があったのか、なんて詮索するつもりはないが、惣治郎は帽子を被り直して一息ついた。

「……お前、双葉に手なんて出してねぇよな?」

何度目だろうか。

その言葉に蓮はあはは、と笑い声を上げて首を横へ振った。

「出してませんよ」

そして強張っていた表情がちょうど解れたのか、笑みを浮かべた蓮がおやすみなさいと告げる。

ああ、おやすみ、と返して、惣治郎はルブランを後にした。

「……レン、ワガハイが言うことじゃないが、何でもかんでも背負うのはやめておけよ」

「モルガナ?」

「ユースケは別にいいけどよ、突然現れてサユリを見てった女、アイツ、昔お前から時々感じた別世界の匂いがした」

蒼い双眸が瞬きもせずに蓮の顔を見詰める。

別世界の匂い、イセカイでないとしたら、ベルベッドルームだろうか。

ならばラヴェンツァに何か聞けばヒントが得られるだろうか。

自分の周りで何かが起こっていることは分かる。

だがそれが何なのか、蓮はまだ正体を捕え切れてはいない。

「……ありがとう、モルガナ。まずは祐介に話を聞けたらいいんだけど。じゃがりこで罠でも作ってみるか?」

「さすがにそこまでじゃがりこ信者じゃねーだろ」

蓮の軽口に少し安心したのかモルガナが微笑んだ。

昔と変わらないスウェットに身を包んで、蓮は身体を休めるために布団に入り込む。

寝不足の頭では正解を導き出せないかもしれない。

それが致命傷になり得ることを蓮は身に染みて知っていた。

「おやすみ、モルガナ」

布団の上で丸くなるモルガナが小さくおやすみ、と答えてくる。

明日には全て片づけなければ。

そんな気がして、蓮はもう一度だけ深い呼吸を吐き出した。

 

 

(つづく)

 

 

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