離塔にある自らの研究室に辿り着いた、マリウスは自分の手足である下僕たちに命令しながら、研究資料を隠すべく次々と資料を急いで用意した箱の中へと詰めていく。
詰め方はやや大雑把で次に取り出す際に大いに煩わしく面倒なこと極まりないがだからといって小ぎれいにしまい込むような時間はない。
マリウスはEXEの実力がどれほどなのか、詳細までは分からない。それでも強化した吸血鬼が混じった兵士らを容易く一掃した点から決して遅いという事はなく、楽観視することはできないと理解していた。
また、警告を聴く限り、EXEが無力化をしようとしているのではなく、投降又は無抵抗を示さない限りは容赦なく殺しに来ていることから下手な時間稼ぎも難しいと判断していた。
事実、無駄な時間稼ぎにEXEも付き合うつもりはなく、下手にそうしようものならばそれを抵抗とみなして殺す可能性の方が高い。
「奴らが求めているのは、我々がテロリストに加担している、何らかの取引をしているという情報……いや、違う。証拠はあるだのと、言っていた……なら……いや、証拠があってもこちら側にそれがなければ……少なくとも父上や兄上らが殺されることとなっても私やアレはとやかくはならんはずだ。例え、カーミラ派がやってきても一族郎党皆殺しはないだろう……ならば、まだ私の研究は続けられる、ここさえ、乗り越えれば……!!」
吸血鬼らしい人外じみた、まるで人形のような顔立ちを歪ませながら頬を掻き毟り、もたついている下僕を睨みつけ声を荒げる。
「何をのそのそやっている!はやくしろ!!」
声は荒げども手は出さないのは決して彼が優しいのではなく、こんな状況でそんなことをすれば時間が余計にかかることをわかっているからだ。
「ふぅ……」
落ち着こうとマリウスは息を吐いてから、一度研究室から出て────
「マ、マリウス様!?」
「一体なんです────」
空中渡り廊下、本城側からやってきた自身の手のものである叫びに苛立ちながらも問い返そうとそちらを見れば、瞬間それはそこにいた。
装甲部から微かに排熱し、カメラアイに該当する部分が外側からは一切窺えないフルフェイス、その手には赤熱した手斧が握られ、もう片方の手には糸束、いや毛髪が握られておりその先には吸血鬼の頭であろうものが床に引きずられていた。
返り血であったろう、排熱により乾燥しひび割れボロボロと落ちるその赤黒はさながら、都市伝説か何かから飛び出してきた殺人鬼かなにかのようで、それを見たマリウスの口から出てきた第一声は
「や、やめてくれ!?わ、私はし、知らないんだ。と、投降する!?」
命乞いだった。
それも当然のことだろう。マリウスにとって最も優先すべきことは自身の研究だ。目の前の存在からは血の匂いは感じず、人形であることは理解できた。
人形如きに命乞いをするなど、例えその場しのぎのものであったとしても認めることはできないがそれでも、なんとか自分の研究を守れるのならば絶対にあとで壊すことを決めて、割り切る。
マリウスは吸血鬼らしいが同時に妥協が出来た。
こうして無抵抗、投降の意思さえだせば何も問題ないと考えて────
「ぎぇっ」
「は?」
瞬間、自分の近くにいた兵士の頭に何かが刺さった。視線を動かせば、それは手斧だ。先ほどまで人形が握っていた赤熱した手斧。
それが兵士の頭に深々と突き刺さり、傷口から血が沸騰したのか蒸気が上がり、肉が焼けるような臭いに思わずマリウスは腕で鼻を隠す。
いったいなぜ、という視線を人形へと向ければ、自分目掛けて何か丸いモノが飛んでくるのが見えた。
マリウスは思わず、腕を振るいその飛んできた何かを弾く。それは意外に重く、腕に鈍い音が響きそれに苦し気に表情を歪ませ、弾かれ壁にぶつかったものを一瞥すればそれは首だけの吸血鬼。
つまりは人形が掴んでいた首であると理解し、よりいっそう疑問ばかり募り、もう一度人形を見る。
「………目標捕捉。コレヨリ焼却ヲ開始、スル」
そんな肉声とも機械音声ともとれる声を発しながら、脚部装甲から蒸気を吹かし、人形───
本城と離塔を繋ぐ空中渡り廊下にて────
そこは熱が迸っていた。
そのたびに怪物の叫び声と殴りつけた際に生じた焼き跡から熱が生じていく。
どこかワニのようにも見える犬に似た巨大な四足獣はその大顎を広げ、目の前の人形を喰いちぎらんと迫るが、赤化にとってはあまりに遅い。
「破壊スル」
熱を伴う一撃を鼻っぱしへと叩き込み、吹き飛ばす。
存外頑丈なのだろう、壁に激突しても壁は崩れなかったために戦いは終わらない。
その戦闘を横目にいつの間にかに渡り廊下へと辿り着いていた死銃が渡り廊下を進んでいき離塔へと侵入した。
それをキメラが止めることは出来ず、数人の
「これより、人工器個別名称:
「─────ッ!!!!」
瞬間、機械音声を響かせながら、赤化はその場から突貫し額に突進してくるキメラを迎え撃つ。
キメラの噛みつきをギリギリまで引き付け、後方へと回避してからそのまま閉じた顎下へと潜り込み、殴り上げる。
閉じた顎から悲鳴が零れるがキメラはその太ましい四肢で床を踏み掴み、上がった巨体を無理やりに降ろしてそのまま赤化を潰さんとする。
抜け出すにはタイミングが遅い。
故に赤化はその場に両足を踏みしめ両腕でキメラを殴りつける。問題なく押し切れる
「ッ、術式反応!?キメラになっても可能なのか!?」
計器の示す反応に観測していた第三世代が驚きを露わにし、その言葉が合図かのようにキメラ自身に重力が発生した。
どうやら、確実に赤化を潰しにかかるようで───
「特記機能解放───承認完了:人工神器『
だが、無意味だ。
床石が溶解する。赤化を中心に熱波が生じキメラがその熱で炎上していく。
離れているはずの第三世代らの方にまで熱は届き、その熱量が予想外だったのか第三世代らは急いで計器を持って彼らから距離をとり始める。
「計器を優先しろ!」
「データだ!データさえあればどうとでもなる!」
「いったい、誰が
「声帯よりも体を動かせ!!」
高エネルギーに悲鳴をあげる計器を抱えながらそう、口々に言い合う第三世代。そんな彼らのことなど一切気に掛けることはなく、赤化はキメラの身体を炭化させ、まるで炭カスを踏み砕くかのように容易く殴り砕いてキメラの上に現れた。
「…………実験、終了」
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《御託は良い、全部明け渡せ》
「ぐぎぃっ!?」
研究室へと足を踏み入れマリウスと顔を合わせた死銃はそんなセリフと共に一切の躊躇なく手にしたFive-seveNの引鉄を引きマリウスの右膝を撃ち抜いた。
ただの銃弾であれば、吸血鬼にはそこまでの意味はないが当たり前のように死銃ったいの武装は吸血鬼や悪魔といった魔性に対して効果の高いモノばかりであり、とりわけ今回放った銃弾は疑似的な祝福を施した特殊水銀弾であり、体内に残留し毒素を垂れ流しながら再生を妨げるような性質を遺憾なく発揮させ、マリウスを苦しめていた。
「はぁはぁ……!?」
《もう一度言う。すべて渡せ》
既に周囲の下僕らは暗殺特化の第三世代が反応される前に首や鎖骨、脊髄に骨盤、といった骨を砕いてから特殊ワイヤーで玉のように縛り上げ、研究室の端に放り投げ万が一再生して下手な動きを見せれば即座にその手に持ったアサルトライフルで何度でも殺せるように整えていた。
その為、下僕は使えないと知ったマリウスは口を開いた。
「な、なぜだ!?抵抗もしてない!私は投降するといっただろう!?」
《知らん聞いてない》
「は!?」
何を言っているんだ、こいつは!?
そんなことを言っているかのような表情を見せるが、すぐにそれも苦痛に歪む。
何故なら、今度は左膝を撃ち込んだからだ。
「あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛!!??」
絶叫するマリウスはその場に蹲り、死銃はそんなマリウスを見下ろした。
吸血鬼戦ももうすぐ終わりですね