始まりの鈴音
時は戦国、地は乱世。
畿内では応仁の乱以降権威を急降下爆撃のように失墜させた足利幕府とその陪臣の三好・松永が争い都を荒廃させる。
東では、越後守護と関東管領を殺し下克上をした長尾為景が戦につぐ戦を仕掛け関東はバラけ、関東制覇を目指す北条家が荒らし回る。
西では、大内氏が家臣の陶晴賢に謀反を起こされ死亡し、乗じた毛利元就が厳島の戦いで勝つというどんでん返しを見せ、比較的穏便に喰って喰われて起きていた。
そんな戦乱が続く戦国でも暫くすると小さい大名小名が合併しあい、次第に大きな大名へと集まって行き戦乱の終わりも見え始めた頃の話。
信長、秀吉、家康という天下人たちに仕えた一人の天才軍師がおりました。
しかし、その天才軍師は武将ではありながらも男ではありませんでした。
これは後に秀吉が奴に百万石与えればたちどころに天下を取ると言わせた姫のお話でございます。
天文15年(西暦1546年 以降数字のみ)の十一月二十九日、今の兵庫県である播磨の姫路にてその姫、小寺 吉が産まれた。
「あぁ、職高様・・・産まれましたッ!元気な女の子ですよ!」
そう汗ばんだ髪や服を気にせず、産まれたばかりの子を意気揚々と夫に見せつける。
「でかしたぞ、いわ!待ちに待った子じゃ!丈夫に育てよ吉!」
その渡された子供を抱き上げ、その場で踊り出しそうな勢いの職高を見上げるいわ。
まさに理想の夫婦像だと言えた。
「でも、この子は女の子ですし跡継ぎには、ゴッホッ!ゴホッ!」
はにかみながら、そう言い出すいわの声をいわ自身の咳がかきけす。
「よいのじゃ、いわ。今はお主が休む時じゃ、その体で二人目の子を孕めば死ぬぞ」
そう言って職高は自らが吉と名付けた少女を乳母に渡した。
小寺 吉は、父は小寺 政職の筆頭家老である小寺 職高で、母は明石城主、明石 正風の娘の いわ というれっきとした武家の子供として生まれた。
父の職高は、遠く宇田源氏の血を引いていたが、この乱世のためにいつの間にか落ちぶれて行き姫路に流れ着いた頃には、丸っこい顔と大きな目という外見とその柔らかな物腰で人を説き伏せる才能を使って目薬売りをするまでになっていた。
しかし、今の主君である小寺 政職が職高の財と才能に目をつけ、小寺姓を与え筆頭家老にまで取り立てたのだった。
吉姫は母のいわに似ていて、ほっそりとした白い陶磁器のような肌や、切れ目がそっくりだった。
いわと吉が似ていないのは病弱かどうかくらいじゃと後に職高は笑ってそう言っていた。
吉が物心ついても父はよく主君の元へ行っていて居ないことが多かった。
それでも休みには釣りや自分の功績をよく聞かせてくれた。
父との触れ合いで吉は自分の中に、人と話すのが好きで、物怖じせず、快活にはしゃぐ自分が形作られるのを感じていた。
「父上っ!今日はどこへ行きましょうか?」
元気にとたとたこちらへかけてくる吉を掬い上げ、肩車をすると吉はきゃっきゃっと喜ぶ。
「それじゃあ今日は釣りでも行くかの?」
そう調子を上げて肩車する娘を伺う。
「いいね釣り!行きましょ父上っ!」
家臣に道具を任せ、それでは行くかと城を出て城下の川へ向かう。
しかし、吉は父だけでなく母からも自分を形成する物を貰っていた。
母のいわは和歌が好きで、古今和歌集や万葉集をよく口ずさんでいた。
そんな文化的な母はよく吉にも和歌を教えてくれた。
「いいですか吉?今日教えるのは古今和歌集の詩ですよ?」
『秋きぬと
目にはさやかに見えぬとも
風の音にぞ
おどろかれぬる』(藤原 敏行の作品)
つらつらと鈴のようないわの声で部屋は和歌の情景に満たされる。
それは、ハッと気づけば消える幻なれど、何故か吉はこの世界にいたいという欲求にもかられた。
「母上ぇ、昔の人は秋風にも驚かれるのですか?」
吉は素直に疑問を訊ねる。
それにいわが教師のように教えを諭すのが最早定番となっていた。
「ふふふっ♪吉は面白い捉え方をするのね? この詩は・・・そうね見た方が早いわ、吉外を見て?」
そう言われ少し暗いいわの部屋から庭を眺める。
「いい吉?これまではずーっと暑い日が続いたわね?」
青々と茂る庭木を一緒に眺めながら、いわは講義を続ける。
「でも、いつの間にか涼しい秋の風が吹き始めてるでしょう?」
満面の笑みを携えパッとこちらを振り向く母からの質問に吉は大きく頷く。
「この詩はそんなふうに、ハッキリとは目に見えないのにさやさやと吹く風の音で季節の変わり目だと感じた心を細やかに詠った詩なのよ?」
すっと宙に出したいわの手にはらりと紅く染まりかけた葉っぱが降り立つ。
「母上っ!もっと色んなこと教えて!」
ずいっと母に迫る子供は知的探求心の塊だった。
それから幾年か過ぎ、吉が育ってもう七つ八つになる頃。
吉は円満という浄土宗の僧侶が寺で開く私塾に参加していた。
吉は、父に似た活発な自分を表とし、暗く、動こうとしない自分を裏として心に閉じ込めた。
また、吉は姫路城下にある百軒長屋という場所にも入り浸っていた。
そこは各地を渡り歩いた旅人や修験者などや、町人たちがすまう場所だった。
そこで吉は、各地の話をせがみ、彼らの話しにじっと耳を傾けた。
日の本の暮らしを姫路にいながら知り、どんな土地かを想像してどんどん理解していった。
特に吉が好んだのが戦の話だった。
川中島や河越夜戦に朝倉 宗摘の九頭竜川の戦いなど、数々の戦の話を聞いていくうちに吉は思った。
もしかしたら戦は勝つ方は勝つべくして勝ち、負ける方も負けるべくして負けたのでは?と。
そして、幾つもの戦の話を聞いていくたびにその疑問は確信へと徐々に移って行く。
気づけば吉は話を聞きながら自分で戦略をたてていた。
そのうち吉は孫子などの軍学書を読むようになっていった。
あるとき吉の知識が役に立つ時が来た。
場所は円満の私塾の生徒の一人だった。
「若姫さま若姫さま。少し助言をお願いします」
話しかけられた方向を見るとそこには自分より少し小さい少年がいた。
「どうしたの善助?算術が分からないの?それとも漢字?」
姫路城の領内にある栗山村一番のわんぱく小僧の善助はよく自分を慕ってくれるので張り切って教えようと算盤を出す。
「いえ若姫さま石合戦のことで・・・」
張り切って教えようと悪いですがと言外に伝えるように少し頭を下げ話し始める善助。
「実はここ最近となり村の奴らと石合戦をやるといつも負けてしまうんです・・・人数や体格は同じなんですけどこっちの村の子らはとなり村の奴らの勢いを怖がって直ぐに総崩れになるんです」
下がった頭からでも分かるような悔しさを蓄えた声に、私はここが私の戦場と心に決めた。
「じゃあ善助はどんな場所でどんな陣形を組んでるの?」
どこが良くてどこが悪く、何処ならばほうっておいていいかの条件を組み立てるために情報をえる。
「えっと、いつも負けているので直ぐに逃走できる広い原っぱや広場でひとかたまりになっています」
たどたどしい善助の説明でも、自分の頭のなかに地面が生まれ、草が生え、石合戦をする子供が形成される。
凄い、頭が思いっきり動かせていると実感できる!
そう思いながらどんどん陣形と地形を変えて最善の人と場所を探す。
「わかったわ善助。大川を背にして一人ずつ横にならんで人をしいてみて?」
閉じていた目をパッと開き、善助に策を与える。
「大川を背にしてですか?でも彼処は足場も悪いし、川は深く流れも早いので最悪溺れ死にますよ?」
助言を自分で検討し、理解してデメリットを上げる善助はとても良い子だと改めて実感する。
「だからこそよ!この陣は背水の陣と言って兵法書にも載ってる有名なものよ、善助私を信じて?」
自信を持って堂々として告げた策を善助は信じ、使うこととした。
数日後善助がニコニコと満面の笑みで吉の元へやって来た。
「若姫さまの策は効果覿面でした!後ろが大川であとに引けないと頑張ったお陰かもしれません」
やっぱり!石合戦でも普通の戦でも勝つのは勝つべくして勝つのね・・・!
今まで心中に燻っていた考えはここにて完全に結論へ結び付いた。
「あとこれは助言のお礼です!」
そう言って善助は両手一杯の瓜を差し出す。
「いいわよお礼なんて。その瓜は生徒全員で食べましょ?」
善助はそうですね!と言って円満先生を探しにいってしまった。
戦は勝つべくして勝ち、負けるべくして負けるのが心理ね・・・・
そう思いながら瓜をどう食べるかを考え始めた。