つい先日はれて16となり、ついに私、小寺 吉は義理の祖父である小寺 政職の近習となった。
まだ元服はしていないけど、16にまでなったのだからもうすぐ元服式もあるだろう。
近習の就任が評定で発表された後、私は近習就任のお礼を言おうと別室にて政職様と二人になった。
そして私が一通りのお礼を申し上げると、政職様は自分の赤鼻をなでながら言った。
「吉よ・・・」
「何でございましょうか?」
「知ってはおろうが、この小寺家は、畏れ多くも室町幕府のころから続く名門の家である。 そして・・・そなたたち黒田一族は、播磨に流れた後目薬売りから富を築き上げた一族じゃ」
淡々と政職様は続けていく。
「儂はそんな黒田一族を気に入り、その力を買い、そなたの父の職高を筆頭家老にまで取り立て、姫路城まで預けた。 儂はおぬしら黒田一族を買っておるのじゃ、その信用裏切るでないぞ?」
「はい・・・」
ただ私はそううなずいた。
だが政職様の話を聞いていて、私はなんとなくわかってしまった・・・父上が未来と考える先に小寺家が感じられなかった理由を・・・
さらに、私の直観にさらに追い打ちをかける発言を聞く。
「儂はな、いまだかつて誰にも頭を下げることなく生きてきた・・・そんな儂を職高はよく支えてくれた・・・他の領主との小競り合いも、話し合いも職高に任せればすべてが円満となり、奇麗に収まる。 軍事も兵の訓練は姫路城の訓練を参考にしておる。・・・まだ16である、そなたには荷が重そうじゃが職高のような働きを期待しておるぞ」
「承りました・・・」
私はなんだかこの小寺家は政職様で終わり、続くこともないのではと思った。
「ではこの小寺 吉、誠心誠意を持って政職様をお支えいたします」
そういって私が改めて頭を上げると主君はこういった。
「よいぞよいぞ、儂に従順で忠実ならばそれで良いのじゃ」
この挨拶で私は、この方が主君でいいのか?この小寺家が天下に号令できるのか?と疑問を持ってしまった。
自分の武力や知恵を誇るでも、家臣団の和を説くのでもなく、領国の豊かさを言って聞かせるのでもなく、ただ失墜したのをかろうじて保つ前の足利幕府の頃から続くという空っぽな名門の誇りの自慢。
そしてたった一人の宰相に国の本質を預けきってしまう、よく言えば信用していると言ってもいいかもしれないがそれはただの買いかぶりや、裏の顔が見えていないだけのことではないのか。
他の領主とのいざこざを解消すると言って本当は、この国を攻める算段を立てているのではないか?
軍事訓練もそのように訓練を参考にしていればその兵隊の対応策を知られるのではないのか?
もしも、を考えればきりがないと思えるだろう。
たしかにトップ一人に権力が集中しすぎるのも悪いだろう・・・しかし、宰相に何でも丸投げしていれば、権力が集中したトップが主君から筆頭家老に委譲されているのと変わらないだろう。
宰相の陶 晴賢すえ はるかたに軍事を任せた大内氏は滅んだのだから・・・
今はきっとこんな国でも回っていけるのだろう・・・
しかし、それはいつまで保つたもつかもわからないかりそめの上にたっているのがわかる。
百軒長屋にいた旅人に聞いた他の国の話では、諏訪の守護者として君臨した諏訪頼重すわ よりしげは甲斐という小さな山国の守護大名に過ぎなかった武田家に喰われ、「足利将軍家が絶えれば吉良きらが継ぎ、吉良が絶えれば今川が継ぐ」と言われた吉良家は今川に潰され、その今川氏も織田家に返り討ちに遭った。
衰退した権力にあぐらをかいていた名門はもちろん、さらに上を目指していたり、強大な力を所有した名門ですら、このようになっているのだ・・・
近くの毛利氏だって元はただの地方豪族だった・・・・しかし、大内氏や尼子氏の領地を手に入れ自らの国土を広げていった。
だが、この小寺家には父上を筆頭家老にしてもらった恩もある。
恩を仇で返せば、それは武士ではなく、まして仁徳にもとる行為は人を鬼たらしめるだろう・・・
ならば、この小寺家の命運を絶やさぬように動き、働くべきなのだろう。
父上のように、主君を交渉の場に連れ出すことのないほどの手腕を発揮していけねばならないのだろう・・・
翌年の永禄八年 私は17歳になるとともに元服し、小寺 孝高よしたかをなのるようになった。
そして元服祝いの席で父上が私に一つの名をくれた。
「吉・・・いや孝高よ。 おぬしに新しい名を授ける・・・心して聞け」
それまで、わいわいがやがやと賑やかだった場がぴたりとその喧噪が止まる。
「はい父上」
父上は私のうなずきを見て、懐から一枚の紙を取り出した。
「小寺 孝高 そなたの新しい大いにめでたきこと、しかし、それは男の世界・・・じゃから姫としても新しい名を用意した」
開かれる一枚の紙には一つの文字が大きく書かれていた。
「『官』じゃ・・・もしこの合戦ばかりの世に飽きが来れば放りだしてしまってかまわぬ。その時に姫として使う名前じゃ・・・」
父の慈悲の愛に心を揺さぶられながらも、私の心は反面少し曇る。
それはいつでも逃げ道があるということではないかと。
昔善助に教えた策、『背水の陣』それはどんな策であったか・・・・この策は自ら逃げ道をふさいで死ぬ気で戦うという物ではなかったか?
ならば自ら逃げ道を作るこの名前はどうなのかと
「・・・父上、お心遣いには感謝いたします。しかし、それは言うなれば背水の陣を崩壊させる物になるやもしれません・・・・」
父上は続きを促すように何も言わず、周りの人たちは固唾をのんでみている。
「ですので、私はこの姫としての名前『官』を武将のように『官兵衛』としましょう」
私の返答に数秒父上は目をつむり、またゆっくりと開いた。
「それは、姫か武士でなく、姫であり武士である・・・なんと言えばいいか・・・そうじゃな姫武将とでも言うべきか。 おぬしはそれになるというのだな?」
父上は背筋に寒気が走るような覇気を感じさせるほどの威圧を放つ。
「はい、そうでございます。 ですから『官』という名前はいりませぬ」
そう言って平伏するのが今の私の精一杯のことだった。
しかし、下げていた頭を上げれば、そこにいるのはいつもの朗らかとしてる父上だった。
「・・・官兵衛よく言った」
やはり父上は私を試していたのかと実感する。
「・・・おぬしはやはり賢い子だ。 もし姫としての名をそのまま受けたまっていれば、父はおぬしを姫として育てていたはずだ・・・・戦場いくさばなんてとんでもないとな・・・・」
そこで父上は遠い目をする。
きっと母上のことを思っているのだろう・・・
私の元服を祝う、宴会の席は少しぎくしゃくとしながらも、夜が更けるまで続いたらしい。
なぜらしいなのかはよく覚えておらず人から聞いたためだ。
その話を聞いた相手、父上は笑いながら「まさか、官兵衛はあそこまで酒乱の気があるとはなぁ・・・まぁ、できるだけ酒と関わりを持つのはやめた方が良いかもしれぬなぁ・・・」
・・・そしてとても宴会の次の日は頭が痛かった。
元服し数日後・・・まぁ、元服いたからといって一気に生活が変わるわけではないので、普段の鍛錬や勉学を続けつつ、近習として政職様の身の回りの世話をする程度の日々を過ごしていた。
そして軍師の仕事の一つである占いの練習をするため、星を読んでいると後ろから声がかけられる。
「官兵衛よ・・・ほう、ようやっておるな」
振り返ればそこにいるのは、父上だった。
「・・・どうされたのでしょうか父上?」
星読みの本をいったん閉じ、父上の方にちゃんと向く。
「なぁに、ただの知らせだ」
「と、いいますと?」
にこにことしている父上にいぶかしみながら、その知らせに耳を傾ける。
「近くの土豪と戦になりそうじゃという知らせじゃ」
その言葉についに初陣と勇む心と、落ち着いて策を練ろうとする二つの感情が働く。
「この小寺 官兵衛 孝高初陣を華々しく決めて見せましょう!」
しかし、その心はどちらも戦に赴くことを前提とした、戦う覚悟のある感情だった。
父上は私の決意の言葉を聞き、肯定するようにうなずいた。