『初陣』なんと素敵な言葉でしょうか?
普段の勉強で培った、「いかにして勝つか」というものを見せてやりましょう!
そう最初に私は思っていたのですが…
現実はそうもいかないのでした。
「これが…戦場…ですか…」
駆け巡る怒号に人の悲鳴…想像はしていましたが、これほどだったとは…
策を事前に伝えていたおかげで、今は呆然としていてもいいとはいえ、これでは締まらないなと自分を励ます。
【何のために武士となった?】
【ここで終わっていいのか?】
そう自分に問い、奮い立たせる。
「こんな程度で震えてちゃいけない!」
そう思ってもしもの時の策を考えようとしていた時、父上が話しかけてくる。
「官兵衛そろそろ手柄をたてに行くぞ」
「えっ? あっ! はっ、はい!」
そこで私は自分が策に夢中で手柄を忘れていることに気づいた。
そして急いで傍らに置いてあった槍を手に取り、戦場でのまた違った雰囲気を見せる父上についていく。
陣幕から一歩外に出れば、より戦場を生々しく経験できた。
陣幕に阻まれて見れなかった死体や俸禄を欲し、ただ人を切り続ける武者、自分の土地を守ろうと奮戦する足軽。
やはり、戦の場いくさのばと平穏な日常は交わってはいけない世界だと痛感した。
人が獣のようになる異界のようだと思った。
そんな世界を、父上と二人で進む。
途中で幾人もの兵士が向かってくるが、それを切り捨てる…
その感触はとてつもなく嫌なものだった。
硬い鎧の感触を突き通し、柔らかい肉の感触を切る…それに人の絶叫が耳に届くのだ。
まっとうな人間ではできない所業なはずだった。
しかし、ここでは人が、そんな所業をできるようになる。
それが、私がこの戦場を異界と評したくなる理由の一つだった。
それに一部の兵士は人を殺すのを嬉々とやっていた…
戦は人を変えてしまうとは聞いたが、ここまで変えてしまうのだろうか?
そして戦場を回りいくつか首印くびじるしを手に入れ、陣へと帰還した。
帰還からしばらくすると相手の軍の使者がやってきて自軍の負けを認め、撤退していった。
またそれがしばらくして、それが味方側中に伝わると、戦場の空気は殺気にまみれた泥沼のようなじっとりとした空気から一転し乾いた明るい喜びの空気となった。
あちこちで勝鬨かちどきを上げる声が高らかと響く。
悲鳴はもう聞こえず、ただ怒号が増した。
「俺は生き残った」 「あいつが死んでしまった」 「これで生きていける」等々の様々な思いが上がるが、しかしその声は、始まりより勢いがないように感じられた。
「我々の勝利ですね父上」
「そうじゃな…官兵衛おぬしの策、見事であったぞ」
そう言って父上は褒めるが、その次に顔をしかめ言う。
「城に帰ったら儂の部屋に来るのじゃぞ」
「…承知しました」
父上の顔は何かの覚悟を決めた顔だった。
城へ帰りつけば私は甲冑を外し、戦場の残り香を燻らせる血にまみれた服を着替え、父上の待つ部屋へ向かう。
「父上、官兵衛です」
「入れ」
短い言葉は重く思えた。
部屋に入れば、そこには父上と父上の座っている目の前に敷かれた座布団があるだけだった。
「して話とは何でしょうか?」
そう問うと父上は「まぁ、座れ」と促す。
私が座布団に座ると、父上は一つ深呼吸をして話始めた。
「官兵衛、おぬしは姫としての道をやめる選択の道を進もうとしておる…引き返せるのはここまでじゃ、これは最後の確認じゃ」
静かに重く父上のその言葉は私にのしかかる。
「初陣だけならばまだ戦を知らぬ姫の戯れ言だったですむ。 じゃからまだ引き返すことはできる…それを踏まえての最後の確認じゃ」
「・・・私は、」
しかし、父上は私の答えを遮りもう一つの質問を投げかける。
「今日の戦をどう感じた? 楽しかったか?それとも怖かったかのう? 戦は簡単ではない、おぬしも見たろう人として鬼のように血を求めていたものを」
「今日の戦…」
「そうじゃ、どうであったのじゃ?」
今日の戦…それはそれは思うことがいっぱいあるものだった。
自分のふがいなさも感じた、自分の未熟さも知った、そして人の考えの変わり方と死を改めて知った。
それを伝えるとすれば…
「今日の戦でしたら、私は多くを感じました」
「…それでどうなのじゃ?」
「自分の不甲斐無さと未熟さ、そして戦場という一つの異界を感じました」
私の返答に、父上は娘の成長へのうれしさ半分、私の言ったことへの関心半分といった風な表情をする。
「一つの異界とはなんじゃ?」
そして、父上の当然の聞き返しがくる。
「それは、戦場に充満する空気…でしょうか? いえ、この場合は理ことわりでしょうか」
あの時感じたことをすべて言ってみせる気で話せ!と自分を内側から奮い立たせる。
「『ここなら人が殺せる・・・・・・・・・』や『ここでは何をやっても許される・・・・・・・・・・・・・・』そんな獣のような考えが共通の理としてのさばっていました」
「私は正直、あんな空気は気に入りませんし、できるなら近寄りたくない。 しかし、それでも姫としての生活よりも武士となるほうを選びたいです」
父上はそれでも武士がやりたいという私の言葉にわずかながら目を開かせる。
「そんな獣ような理がのさばっているのにか?」
「だからこそです父上!」
つい熱くなり私は大きな声を出す。
「私が天下人の軍師となり、もうそんな異界が! 獣のような共通の理が! この現実に出てくることのないようにしたいのです!」
そう父上に言う。
「…ならば、引き返さないのじゃな?」
父上は深い深呼吸をしてそう聞く
「もちろんです」
その問いに私は即答する。
私の道はもう天下人の軍師の道へと進んでいる。
この道は、戻ってはいけない道…きっと戻ればあの引きこもる生活にまで戻ってしまうだろう。
でもこの道は前に進むか戻るかの二択なものじゃない、立ち止まってもいいし過去も振り返れる…少しなら寄り道もいいだろう。
ただし戻らない…進めば確実に泰平の世が待ってるはずだから。
「そうか…」
父上はそう言って目を閉じる。
そしてしばらくの間、静寂の時間が過ぎる。
「官兵衛、ひとつよいか?」
父上が目を開けそういう。
「何なりと」
私はそう答える。
「さきほどのおぬしの願い…いや、野望は人と共有してこそ夢たり得るものじゃ、それを忘れるでないぞ?」
そう父上は諭してくれる。
「野望ですか?」
私はそう聞き返す。
「そうじゃ、軍師は己の目を曇らせぬため私利私欲では策を用いてはいけないといわれておる」
「……」
「おぬしがどんな内容であろうと野望を持つなら、よく注意するのじゃぞ? 先入観がないか、なにか間違えてはいないかと」
「はい…」
野望は策を見極める目を曇らせる…
いつか私もそんな失敗をしてしまうことがあるのだろうか?
どこかで見極める目を曇らして天下人を失う…そのような失敗は許されない。
だからより注意するべきと私は感じた。
そして父上と一通り話すべきことを話した後、私は自分の部屋に帰り着いた。
戦場で感じたこと、そして先ほどの父上との話で分かった問題点を見極め、自らの未熟さと不甲斐無さ、愚かさを知り、恥じる。
戦場で出した策の中には、これで良いと思った策だとしても、危うく失敗しかけたものがあった。
それは軍師として直すべきところだ。
策が失敗するのは実行するのが人であるため仕方ないとしても、策自体が間違うのは絶対にあってはいけない。
さらに私には家臣団がいない…
しかし初陣したての、それも男でもない私に仕官話はやってこない。
だから自分で探すしかないようですね……
その後も自己分析し問題点に改善点を当てはめていく作業が続いた。
自らを省みることは、多くの発見につながった。