遅くなりましたが、今日からまた更新を再開していきたいと思います。一章のプロットは、数カ月を経て煮詰まりに煮詰まっているので、詰まることはないと思います。多分。
「鈴井さん……のことなんだけど」
二島は、勘違いしているらしい私の認識を正す為に強調して言った。
「鈴井?」
鈴井って、鈴井志帆のことか?
高巻が絡んだ、鴨志田が引き起こした事件を聞いていたはずなのに、どうしてここで鈴井の話が出てくるんだろう。
思い切って、高巻についての話を聞きたいと打ち明けてみるか……いやしかし、直接的ではないかもしれないけど、何か有益な情報が得られるかもしれない。ここは一つ、受け流しておこうか……。
「鈴井……ああ、志帆の苗字な」同学年の苗字をド忘れした風を装って、私は言う。「それで?」
「俺、鴨志田に体育教官室に呼ばれてさ。部屋の前でノックしたら、怒号が飛んできて。『来られないのか、高巻』、とか、『だったら俺にも考えがあるぞ』とか、言ってて……い、いや、別に盗み聞きしたかった訳じゃないよ!? でもさ、入りづらい雰囲気で……」
「ふむ」私は頷いた。「じゃあ、体育教官室に呼び出されて、怒鳴られていたのが、高巻だったんだな?」
「いや、違くて」
「はい?」
「入ったら、誰も体育教官室にいなかったんだ……鴨志田先生を除いて」
「はぁ? ……ああ、電話か」私は納得した。「紛らわしい事をいうな」
「あ、ごめん」すんなり二島は謝る。「……その後に、鈴井をここに呼んでくるよう、鴨志田先生に命令されたんだ」
「……」
「……それで……その……翌日に、鈴井は」
「なるほど、分かった」
飛び降りた。
とすると、二島からしたら、鈴井の飛び降りが、その前日に鴨志田に呼び出されていたことと、何か関係があると疑わずにはいられなかっただろう。そのことを私が問うまで口外しなかったのは、二島がただ臆病だっただけか。それとも、鴨志田の持つカリスマ性がそうさせたのか。
とにかく。
鈴井が先日屋上から飛び降りた理由は分かった。この情報が使えるかどうかは……今のところ分からない。
それと。
「その時、鴨志田は高巻に電話していたのは確かか?」
「うん……そうだね。高巻って、名指しだったから」
「ふむ」
では、生前の高巻も、鈴井の投身事件の裏側を知っていることになる。
それを知っていた上で、包帯に巻かれた痛々しい鈴井を見れば、高巻はどう思うだろう。怒るに違いない。怒って……そうだな、復讐くらい考えてもオカしくはない。
その復讐を、雨宮に代行してもらった。そちらの方が動機としてはあり得るか。
でも、高巻が飛び降りた動機は、モルガナが『鴨志田に手を下すことに失敗し、彼との関係を断ち切れないことにショックを抱いたから』と推論していたが、そちらの方はまだハッキリとしていない。
私は真相に近づけているか。それともただ足踏みしているだけか。分からない。でも、手札が増えたことは確かだ。
「サンキュー、ありがと二島。助かった」
「そ、そう……それは、良かったね」
「ああ」私は頷いた。「じゃあ」
「う、うん……あ、ええっと」
「何だ?」私は振り向いた。「……ああ、別に鴨志田にはチクったりしねぇよ」
「分かった……い、いやいや、そうじゃなくて! それもあるけど!」
「なんだよ」
「俺……二島じゃなくて、三島なんだけど」
……え?
そうなの?
「んだよ、早く言えよな」
「あ、あはは……ごめん」
「ああ」私は頷いた「じゃあな、四島」
「飛ばさないでよ!?」
三島が律義に突っ込んでくれたことを確認してから、私は教室を出た。
教室棟を真っ二つに分断する通路まで来た私は階段を上る。
一歩一歩足をあげる度に、靴が重くなっていくようだった。屋上。今の私にとっては、そこそこのトラウマになっている……かもしれない。
でも、勇気が出なくて、いつまでも地団駄を踏む訳にもいかない。私は気休めにメロンパンのことを考えながら、思い切り足を動かした。
そして最後の踊り場に到着する。もちろん屋上の扉は、教師の手によって堅く閉ざされている。今のところ屋上に用はない。現場検証のような真似事は、私には向いていないと思うから。今回の目的地は、その扉にもたれ掛かりながら、昼休憩が終わるまでたむろしている、金髪の男子高校生。
「なぁ」私は言った。「聞きたいことがあるんだけど」
「……出し抜けになんだよ、てめぇ」
敵対心丸出しの目で睨まれる。怖くはない。怖くはないが、中々に迫力があった。
まるで、本当に私を心から憎んでいるような。
どこかバックグラウンドを感じさせる、刃物のような鋭い目つきだった。
「名前を先に名乗る必要があるか?」
「……里中忍、だろ」
「知ってるか」それは僥倖だ。「なら話は早い。お前……坂本竜司に、聞きたいことがある」
「てめぇに話すことなんてねぇよ」
まだ何も聞いていないのに、拒否られてしまった。
まずいな。
に……三島の件で今回も余裕だと高を括っていたので、拒絶されてしまうのは予想外だった。
だから、早いこと核心に触れることにした。
「高巻の件なんだが」
「……っ!?」
名前を告げると、明らかに坂本の表情が変わった。
まず驚き。そして、疑念と怒りがない交ぜになったような、眉間に皺を寄せた表情。
「な、なんでお前が……その名前を知ってん、だよ」
「まあ、色々あってな」私は言った。「私は今、高巻を殺した犯人を捜してるんだ」
「自殺……だろ。何言ってんだよ」坂本は言った。「あいつは、自分で死んだんだよ」
「そうかもしれない。でも、私は違うと思ってる」
「証拠があるってのか?」
「ないからお前に聞いてんだろうが。お前は私と喋る気があるのか。ないのか。ズケズケと詮索してないで、サッサと決めろ」
しまった。
ジレったくて、急かすようなことを言ってしまった。
案の定、坂本は眉を更に上げて、私から目を逸らした。
また出直そうか。休憩時間もあまりないことから、サッサとここからトンズラする算段を立てていたところ、先に口を開いたのは坂本だった。
「……何にも知らねぇんだよ、俺は。確かに中学の時は一緒だったけどよぉ……高校で男作って……しかもあの鴨志田だぜ? 距離離れちまって。いつかあいつも目ぇ覚めるだろって、タイミングをずっと待ってたら……まさか、死んじまうなんて思わねぇだろ? 俺に……何ができたって、言うんだよ、クソが」
言ったのは有益な情報でも何でもなく、ただの自慰行為から生まれたアレだった。
でも……その姿が、前の自分と重なって見えて。
「……」
何も言えなかった。思い浮かんだとしても、私に言う資格なんてあるはずもなかった。
坂本が立ち直れる日は来るのか。
益体もなく、そんなことを考えた。
昼休みの終了を知らせる予鈴が鳴る。坂本はおでこを扉に当てて、右手の握り拳を一度、軽く扉にぶつけた。
私は黙ってその場を去った。
何だろう。
私は高巻が飛び降りた理由について考えていた。
それ以前のあらましは大体想像することができた。
鈴井は鴨志田の行動が原因となって、屋上から飛び降りた。
高巻はその事件をきっかけに、心の中に復讐の炎を宿した。
そして高巻は雨宮に復讐の代行を頼んだ。
しかし、鴨志田は命拾いをした。結果的に雨宮を介した高巻の復讐劇は失敗に終わった。
それからの話が見えない。
「なぁ、シノブ」
「なんだ?」
「狭い」
「ちょっとくらい我慢しろ」
下から放たれる小言をやり過ごしてから。
「なぁ、モルガナ」
「なんだ?」
放課後の道中で、私は鞄の中で丸くなっているモルガナに声を掛けた。
「自殺って、どんな時にするもんなんだ?」
「したことないから分からん」
「まあ」私は頷いた。「そうだな」
「でも。喜んだり、楽しい気分で飛び降りる人は、いないと思うぜ」
「うん」
「何かに絶望したり、行き詰ってたんじゃねぇか……? 知らんけど」
「急に関西人になるなよ」私は言った。「アンドノの話なんだぞ?」
では、高巻は何に絶望していたのか。
考える。
しかし、歩きながら突然ポンッとアイデアが沸いて出てくるはずもなく、気づいた時には目的地に到着していた。
病院。詳細に言えば、高巻とアイツが入院している総合病院。
エントランスにいる人に一言二言事務的な言葉を交わしてから、エレベーターで目的の階まで上がる。一瞬の浮遊感をやり過ごして、点滴を吊り下げた杖(?)を持った人と入れ違いになりながら、私は廊下に出た。
302号室に掛かれた名札の中に、『鈴井』の文字があることを確認してから、中に入る。窓際に設置されたベッドの上で座りながら、鈴井志帆は窓から見える無機質な景色を眺めていた。
「鈴井」
と声を掛け、反射的にこちらを向いた鈴井を見て、私は『しまった』と思った。
ある種の直感めいたものが私の脳を駆け巡った。
先日訪れた時の鈴井の表情との差異は、言葉では表せないくらいの微々たるものなはずなのに。
私は『知ってしまったのか』と思った。
跳ねた感情を表に出さないよう心掛けながら、私は鈴井の前方斜めに置かれていた丸椅子に座る。
先に話を切り出したのは鈴井だった。
「ありがとう。……また、来てくれて」
「ああ、いや。別にこれくらい……あ、これ」
私は、モルガナと一緒に、鞄に入れていた紙袋を取り出した。
「よかったら、取っておいてくれ」
「……? 何、かな」
「メロンパン」私は言った。「銀坐線の。行ったらたまたま置いてあったから、買ってきた」
「ありがとう……これ、限定の、だよね」
「ああ、まあな」
鈴井は微かにはにかんだ。無理やり作ったことを隠しきれていない、痛々しい微笑は、数秒後に元に戻る。
このまま、なあなあで終わらせることは難しそうか。仕方なく、私は口を開く。
「……知ったのか」
要領を得ない私の質問に対して、しかし鈴井はゆっくり頷いた。
「……うん、たまたま。スマホでね。ニュースが目に入って、それで」
「ああ」
私は頷いた。何が『ああ』なのか、自分でもわからなかった。
「それまで……全然知らなくて」
「うん」
「昨日……教えてくれたって、よかったのに」
「……それは」私は頭を下げた。「悪かった」
いじわるだとは思うが、言われてしまうと、私は謝ることしかできない。
「ううん。嘘、嘘、ごめん」鈴井は破顔した。「八つ当たりだよね、今の。ごめんね」
「いや……」
「里中さんのせいじゃないんだから」
「……」
幸い、私の表情の変化に気づかなかった鈴井は、目のやり場に困ったのか、取り立てるほどのものが映っていないはずの窓を見ていた。
「悲しいのか、悲しくないのか、よくわからなくて。……本当は悲しいに決まってるはずなのにね。でも、体が……心が、頭の中に追い付いてなくて……分からないの」
「……」
「それよりも、もっと……どうして私に相談してくれなかったんだろう、とか、お見舞いに来てくれなかったのは、嫌われた訳じゃなかったんだ、とか、怒りとか、安堵とか、それ以外の気持ちで」
「分かる」
「分かる?」
「分からないよな。そういうの」
「……うん」鈴井は頷いてくれた。
「急に言われても、何だよって思うし、残された方は、何をしていいか分からない」
初めは。
モルガナはそんな私に、女子トイレで手を差し伸べてくれた。
だから今の私はこうやって、一つの目的に向かって、走り続けている。
「……本当に、そうだよね」鈴井は言った。「だからね……今は、今まで通り過ごそうかなって、考えてるの」
「そうか」
それも、一つの手だろう。
何もしないことに比べたら、幾分かはマシだ。
だと思っていたのに。
鈴井は、信じられないことを口にした。
「怪我を治して、治ったら秀尽に通って、また、バレー部に戻って、それで」
「ちょっと待て」たまらず私は話の腰を折った。「バレー部、だって?」
「え……うん。そうだけど……どうしたの?」
「あ、いや……だって、え?」
鈴井は、部活動をきっかけにして飛び降りたんじゃないのか?
なのにどうして、戻ろうと考えているのだろう。
鴨志田はまだ生きている。鈴井よりかは入院の期間が長くなりそうだが、数か月もしない内に戻って来るはずだ。そしてまた、バレー部の顧問になることは目に見えている。
「鈴井は、いいのかよ、それで」
でも、明け透けにそのことに触れることは、今の鈴井の状態を考えれば悪手だと思える。
だから、微妙な言い回しになってしまった。
「私……バレーボールしか、取り柄ないから」
私はその言葉に、肯定も否定もできない。
「杏も、それを望んでるんだと思うんだ……私が早くバレー部に復帰して、それで……レギュラーになることを」
「そんなこと」
ない。
少なくとも、私が知り得る限りの杏が、そんなことを考えるはずはない。
むしろ、辞めて欲しいと思っていたはずだ。
でも、私は高巻じゃないから、断定することはできない。
「……分からないだろ」
「そうだね」鈴井は頷いた。「でも、それを知る手立てはない……でしょ?」
杏のイ志を。
その通りだった。だから、想像するしかない。
鈴井は杏の気持ちを想像して、そう結論付けた。ならば私は、鈴井が選んだ手に『待った』をかける資格はない。
雲行きはどんどんと悪くなるばかりだった。窓の外では灰色の雲がゴロゴロ鳴いている。
戦局は途方もなく悪い。もしかしたら、今の私は既に詰んでいるのかもしれない。首に鋭利な鎌が当てられていることが分かっている中で、地道にあがいてもがくことはとても辛くて苦しい。それが、その行為が、杏への贖罪となっているのだとしたら、行動の意味を見つけられた気がして、いくらか気分が晴れた気になる。それでも私の進んでいる道は正解であって欲しい、と願うのは単純な我が儘である。けれど、願わずにはいられない。私は機械ではないから。
私が鈴井から聞ける質問はなかった。そもそも、鈴井が杏の死を知っていることが分かっていたら来ていなかった。もう私が情報を得ることができる村人はいない。
だから、強引な答え合わせといこうか。
また来る、と言って、私は席を立った。アイツの部屋は一つ上だと聞いている。珍しい苗字だから間違えることはないだろう。
『里中さんのせいじゃないんだから』
刺さった棘が実態化したような錯覚に囚われて、胸の辺りを抑えてみる。案の定、そこには何もない。
「結構、着痩せするタイプだよな、シノブ」
「うるせえよ」
胸に視線を感じながら、私は鞄を、麺をザルで湯切りする要領でストンと落とした。
シリアスな展開が続くので、モルガナでバランスを取るしかない。