ネコ拾ったら、自称未来人から電話が来た   作:菓子子

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お待たせしております。
遅くなりましたが、今日からまた更新を再開していきたいと思います。一章のプロットは、数カ月を経て煮詰まりに煮詰まっているので、詰まることはないと思います。多分。


十四話『それぞれの思惑』

「鈴井さん……のことなんだけど」

 

 二島は、勘違いしているらしい私の認識を正す為に強調して言った。

 

「鈴井?」

 

 鈴井って、鈴井志帆のことか?

 高巻が絡んだ、鴨志田が引き起こした事件を聞いていたはずなのに、どうしてここで鈴井の話が出てくるんだろう。

 思い切って、高巻についての話を聞きたいと打ち明けてみるか……いやしかし、直接的ではないかもしれないけど、何か有益な情報が得られるかもしれない。ここは一つ、受け流しておこうか……。

 

「鈴井……ああ、志帆の苗字な」同学年の苗字をド忘れした風を装って、私は言う。「それで?」

「俺、鴨志田に体育教官室に呼ばれてさ。部屋の前でノックしたら、怒号が飛んできて。『来られないのか、高巻』、とか、『だったら俺にも考えがあるぞ』とか、言ってて……い、いや、別に盗み聞きしたかった訳じゃないよ!? でもさ、入りづらい雰囲気で……」

「ふむ」私は頷いた。「じゃあ、体育教官室に呼び出されて、怒鳴られていたのが、高巻だったんだな?」

「いや、違くて」

「はい?」

「入ったら、誰も体育教官室にいなかったんだ……鴨志田先生を除いて」

「はぁ? ……ああ、電話か」私は納得した。「紛らわしい事をいうな」

「あ、ごめん」すんなり二島は謝る。「……その後に、鈴井をここに呼んでくるよう、鴨志田先生に命令されたんだ」

「……」

「……それで……その……翌日に、鈴井は」

「なるほど、分かった」

 

 飛び降りた。

 とすると、二島からしたら、鈴井の飛び降りが、その前日に鴨志田に呼び出されていたことと、何か関係があると疑わずにはいられなかっただろう。そのことを私が問うまで口外しなかったのは、二島がただ臆病だっただけか。それとも、鴨志田の持つカリスマ性がそうさせたのか。

 とにかく。

 鈴井が先日屋上から飛び降りた理由は分かった。この情報が使えるかどうかは……今のところ分からない。

 それと。

 

「その時、鴨志田は高巻に電話していたのは確かか?」

「うん……そうだね。高巻って、名指しだったから」

「ふむ」

 

 では、生前の高巻も、鈴井の投身事件の裏側を知っていることになる。

 それを知っていた上で、包帯に巻かれた痛々しい鈴井を見れば、高巻はどう思うだろう。怒るに違いない。怒って……そうだな、復讐くらい考えてもオカしくはない。

 その復讐を、雨宮に代行してもらった。そちらの方が動機としてはあり得るか。

 でも、高巻が飛び降りた動機は、モルガナが『鴨志田に手を下すことに失敗し、彼との関係を断ち切れないことにショックを抱いたから』と推論していたが、そちらの方はまだハッキリとしていない。

 私は真相に近づけているか。それともただ足踏みしているだけか。分からない。でも、手札が増えたことは確かだ。

 

「サンキュー、ありがと二島。助かった」

「そ、そう……それは、良かったね」

「ああ」私は頷いた。「じゃあ」

「う、うん……あ、ええっと」

「何だ?」私は振り向いた。「……ああ、別に鴨志田にはチクったりしねぇよ」

「分かった……い、いやいや、そうじゃなくて! それもあるけど!」

「なんだよ」

「俺……二島じゃなくて、三島なんだけど」

 

 ……え?

 そうなの?

 

「んだよ、早く言えよな」

「あ、あはは……ごめん」

「ああ」私は頷いた「じゃあな、四島」

「飛ばさないでよ!?」

 

 三島が律義に突っ込んでくれたことを確認してから、私は教室を出た。

 

 

 教室棟を真っ二つに分断する通路まで来た私は階段を上る。

 一歩一歩足をあげる度に、靴が重くなっていくようだった。屋上。今の私にとっては、そこそこのトラウマになっている……かもしれない。

 でも、勇気が出なくて、いつまでも地団駄を踏む訳にもいかない。私は気休めにメロンパンのことを考えながら、思い切り足を動かした。

 そして最後の踊り場に到着する。もちろん屋上の扉は、教師の手によって堅く閉ざされている。今のところ屋上に用はない。現場検証のような真似事は、私には向いていないと思うから。今回の目的地は、その扉にもたれ掛かりながら、昼休憩が終わるまでたむろしている、金髪の男子高校生。

 

「なぁ」私は言った。「聞きたいことがあるんだけど」

「……出し抜けになんだよ、てめぇ」

 

 敵対心丸出しの目で睨まれる。怖くはない。怖くはないが、中々に迫力があった。

 まるで、本当に私を心から憎んでいるような。

 どこかバックグラウンドを感じさせる、刃物のような鋭い目つきだった。

 

「名前を先に名乗る必要があるか?」

「……里中忍、だろ」

「知ってるか」それは僥倖だ。「なら話は早い。お前……坂本竜司に、聞きたいことがある」

「てめぇに話すことなんてねぇよ」

 

 まだ何も聞いていないのに、拒否られてしまった。

 まずいな。

 に……三島の件で今回も余裕だと高を括っていたので、拒絶されてしまうのは予想外だった。

 だから、早いこと核心に触れることにした。

 

「高巻の件なんだが」

「……っ!?」

 

 名前を告げると、明らかに坂本の表情が変わった。

 まず驚き。そして、疑念と怒りがない交ぜになったような、眉間に皺を寄せた表情。

 

「な、なんでお前が……その名前を知ってん、だよ」

「まあ、色々あってな」私は言った。「私は今、高巻を殺した犯人を捜してるんだ」

「自殺……だろ。何言ってんだよ」坂本は言った。「あいつは、自分で死んだんだよ」

「そうかもしれない。でも、私は違うと思ってる」

「証拠があるってのか?」

「ないからお前に聞いてんだろうが。お前は私と喋る気があるのか。ないのか。ズケズケと詮索してないで、サッサと決めろ」

 

 しまった。

 ジレったくて、急かすようなことを言ってしまった。

 案の定、坂本は眉を更に上げて、私から目を逸らした。

 また出直そうか。休憩時間もあまりないことから、サッサとここからトンズラする算段を立てていたところ、先に口を開いたのは坂本だった。

 

「……何にも知らねぇんだよ、俺は。確かに中学の時は一緒だったけどよぉ……高校で男作って……しかもあの鴨志田だぜ? 距離離れちまって。いつかあいつも目ぇ覚めるだろって、タイミングをずっと待ってたら……まさか、死んじまうなんて思わねぇだろ? 俺に……何ができたって、言うんだよ、クソが」

 

 言ったのは有益な情報でも何でもなく、ただの自慰行為から生まれたアレだった。

 でも……その姿が、前の自分と重なって見えて。

 

「……」

 

 何も言えなかった。思い浮かんだとしても、私に言う資格なんてあるはずもなかった。

 坂本が立ち直れる日は来るのか。

 益体もなく、そんなことを考えた。

 昼休みの終了を知らせる予鈴が鳴る。坂本はおでこを扉に当てて、右手の握り拳を一度、軽く扉にぶつけた。

 私は黙ってその場を去った。

 

 

 

 何だろう。

 私は高巻が飛び降りた理由について考えていた。

 それ以前のあらましは大体想像することができた。

 鈴井は鴨志田の行動が原因となって、屋上から飛び降りた。

 高巻はその事件をきっかけに、心の中に復讐の炎を宿した。

 そして高巻は雨宮に復讐の代行を頼んだ。

 しかし、鴨志田は命拾いをした。結果的に雨宮を介した高巻の復讐劇は失敗に終わった。

 それからの話が見えない。

 

「なぁ、シノブ」

「なんだ?」

「狭い」

「ちょっとくらい我慢しろ」

 

 下から放たれる小言をやり過ごしてから。

 

「なぁ、モルガナ」

「なんだ?」

 

 放課後の道中で、私は鞄の中で丸くなっているモルガナに声を掛けた。

 

「自殺って、どんな時にするもんなんだ?」

「したことないから分からん」

「まあ」私は頷いた。「そうだな」

「でも。喜んだり、楽しい気分で飛び降りる人は、いないと思うぜ」

「うん」

「何かに絶望したり、行き詰ってたんじゃねぇか……? 知らんけど」

「急に関西人になるなよ」私は言った。「アンドノの話なんだぞ?」

 

 では、高巻は何に絶望していたのか。

 考える。

 しかし、歩きながら突然ポンッとアイデアが沸いて出てくるはずもなく、気づいた時には目的地に到着していた。

 病院。詳細に言えば、高巻とアイツが入院している総合病院。

 エントランスにいる人に一言二言事務的な言葉を交わしてから、エレベーターで目的の階まで上がる。一瞬の浮遊感をやり過ごして、点滴を吊り下げた杖(?)を持った人と入れ違いになりながら、私は廊下に出た。

 302号室に掛かれた名札の中に、『鈴井』の文字があることを確認してから、中に入る。窓際に設置されたベッドの上で座りながら、鈴井志帆は窓から見える無機質な景色を眺めていた。

 

「鈴井」

 

 と声を掛け、反射的にこちらを向いた鈴井を見て、私は『しまった』と思った。

 ある種の直感めいたものが私の脳を駆け巡った。

 先日訪れた時の鈴井の表情との差異は、言葉では表せないくらいの微々たるものなはずなのに。

 私は『知ってしまったのか』と思った。

 跳ねた感情を表に出さないよう心掛けながら、私は鈴井の前方斜めに置かれていた丸椅子に座る。

 先に話を切り出したのは鈴井だった。

 

「ありがとう。……また、来てくれて」

「ああ、いや。別にこれくらい……あ、これ」

 

私は、モルガナと一緒に、鞄に入れていた紙袋を取り出した。

 

「よかったら、取っておいてくれ」

「……? 何、かな」

「メロンパン」私は言った。「銀坐線の。行ったらたまたま置いてあったから、買ってきた」

「ありがとう……これ、限定の、だよね」

「ああ、まあな」

 

 鈴井は微かにはにかんだ。無理やり作ったことを隠しきれていない、痛々しい微笑は、数秒後に元に戻る。

 このまま、なあなあで終わらせることは難しそうか。仕方なく、私は口を開く。

 

「……知ったのか」

 

 要領を得ない私の質問に対して、しかし鈴井はゆっくり頷いた。

 

「……うん、たまたま。スマホでね。ニュースが目に入って、それで」

「ああ」

 

 私は頷いた。何が『ああ』なのか、自分でもわからなかった。

 

「それまで……全然知らなくて」

「うん」

「昨日……教えてくれたって、よかったのに」

「……それは」私は頭を下げた。「悪かった」

 

 いじわるだとは思うが、言われてしまうと、私は謝ることしかできない。

 

「ううん。嘘、嘘、ごめん」鈴井は破顔した。「八つ当たりだよね、今の。ごめんね」

「いや……」

「里中さんのせいじゃないんだから」

「……」

 

 幸い、私の表情の変化に気づかなかった鈴井は、目のやり場に困ったのか、取り立てるほどのものが映っていないはずの窓を見ていた。

 

「悲しいのか、悲しくないのか、よくわからなくて。……本当は悲しいに決まってるはずなのにね。でも、体が……心が、頭の中に追い付いてなくて……分からないの」

「……」

「それよりも、もっと……どうして私に相談してくれなかったんだろう、とか、お見舞いに来てくれなかったのは、嫌われた訳じゃなかったんだ、とか、怒りとか、安堵とか、それ以外の気持ちで」

「分かる」

「分かる?」

「分からないよな。そういうの」

「……うん」鈴井は頷いてくれた。

「急に言われても、何だよって思うし、残された方は、何をしていいか分からない」

 

 初めは。

 モルガナはそんな私に、女子トイレで手を差し伸べてくれた。

 だから今の私はこうやって、一つの目的に向かって、走り続けている。

 

「……本当に、そうだよね」鈴井は言った。「だからね……今は、今まで通り過ごそうかなって、考えてるの」

「そうか」

 

 それも、一つの手だろう。

 何もしないことに比べたら、幾分かはマシだ。

 だと思っていたのに。

 鈴井は、信じられないことを口にした。

 

「怪我を治して、治ったら秀尽に通って、また、バレー部に戻って、それで」

「ちょっと待て」たまらず私は話の腰を折った。「バレー部、だって?」

「え……うん。そうだけど……どうしたの?」

「あ、いや……だって、え?」

 

 鈴井は、部活動をきっかけにして飛び降りたんじゃないのか?

 なのにどうして、戻ろうと考えているのだろう。

 鴨志田はまだ生きている。鈴井よりかは入院の期間が長くなりそうだが、数か月もしない内に戻って来るはずだ。そしてまた、バレー部の顧問になることは目に見えている。

 

「鈴井は、いいのかよ、それで」

 

 でも、明け透けにそのことに触れることは、今の鈴井の状態を考えれば悪手だと思える。

 だから、微妙な言い回しになってしまった。

 

「私……バレーボールしか、取り柄ないから」

 

 私はその言葉に、肯定も否定もできない。

 

「杏も、それを望んでるんだと思うんだ……私が早くバレー部に復帰して、それで……レギュラーになることを」

「そんなこと」

 

 ない。

 少なくとも、私が知り得る限りの杏が、そんなことを考えるはずはない。

 むしろ、辞めて欲しいと思っていたはずだ。

 でも、私は高巻じゃないから、断定することはできない。

 

「……分からないだろ」

「そうだね」鈴井は頷いた。「でも、それを知る手立てはない……でしょ?」

 

 杏のイ志を。

 その通りだった。だから、想像するしかない。

 鈴井は杏の気持ちを想像して、そう結論付けた。ならば私は、鈴井が選んだ手に『待った』をかける資格はない。

 雲行きはどんどんと悪くなるばかりだった。窓の外では灰色の雲がゴロゴロ鳴いている。

 戦局は途方もなく悪い。もしかしたら、今の私は既に詰んでいるのかもしれない。首に鋭利な鎌が当てられていることが分かっている中で、地道にあがいてもがくことはとても辛くて苦しい。それが、その行為が、杏への贖罪となっているのだとしたら、行動の意味を見つけられた気がして、いくらか気分が晴れた気になる。それでも私の進んでいる道は正解であって欲しい、と願うのは単純な我が儘である。けれど、願わずにはいられない。私は機械ではないから。

 私が鈴井から聞ける質問はなかった。そもそも、鈴井が杏の死を知っていることが分かっていたら来ていなかった。もう私が情報を得ることができる村人はいない。

 だから、強引な答え合わせといこうか。

 また来る、と言って、私は席を立った。アイツの部屋は一つ上だと聞いている。珍しい苗字だから間違えることはないだろう。

 

『里中さんのせいじゃないんだから』

 

 刺さった棘が実態化したような錯覚に囚われて、胸の辺りを抑えてみる。案の定、そこには何もない。

 

「結構、着痩せするタイプだよな、シノブ」

「うるせえよ」

 

 胸に視線を感じながら、私は鞄を、麺をザルで湯切りする要領でストンと落とした。

 




シリアスな展開が続くので、モルガナでバランスを取るしかない。
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