ネコ拾ったら、自称未来人から電話が来た   作:菓子子

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二話『アマミヤ君』

「……ん………」

 

 スマホのアラーム音で目が覚める。

 眠い。休みたい。二度寝したい。

 でも、遅刻や欠席を繰り返していると高校を卒業することはできない。

 あんな所にもう一年過ごすのはかなり地獄だ。だから私は起きないといけない。

 仰向けのまま、両手を上に突き上げて伸びをする。段々と全身の感覚が脳内に伝わってくる。

 

「ん……?」

 

 下腹部に違和感があった。突き上げた手を前方に降ろして、その違和感の正体を突き止める。

 この感触……モルガナだ。

 昨日からここで居候をしている喋る猫。

 喋る猫なら、押し入れに布団をしいて寝させてやりたかったが、残念ながらこの部屋には押し入れも予備の布団もない。

 

「んあ……?」

 

 ひとしきり猫の柔らかい肉球を堪能していると、起きたのかモルガナは呆けた声をあげた。

 

「あ……ああ、シノブか。今日はよく眠れたぜ」

「ネコの睡眠事情は……ああ、別に聞いてない」

 

 寝起きの癖によく舌が回るな。かなり朝に強い体質のようだ。

 腹で丸まっていたことについては言及しないで、モルガナは私の身体から降りる。

 私もようやく頭が冴えてくる。立ち上がり、歯磨きを開始する。

 

「朝飯、食べないのか?」

「ああ」私は頷いた。「飯代が……ああ、もったいないからな」

 

 こちらの舌はまだ回っていない。しかし舌を噛んでいないので、疲れはキチンと取れていることが分かる。

 口の中をすすいだ後、鏡台に立ってそばに掛けてあるハンガーを手に取る。もちろん秀尽学園の制服だ。

 私はこの制服を割と気に入っている。ブレザーのボタンが赤色のところとかは、かなり芸術点が高い……と思っているんだけど。

 それでも物足りないと思っている人は割と多いらしい。

 例えば……例えば、そう。

 

「金髪ツインテールで、モデル体型かつハーフの美女のあいつ、とか」

「金髪ツインテールで、モデル体型かつハーフの美女がどうしたって?」

 

 おおう、無意識に声に出していたようだ。

 そしてモルガナのレスポンスも異常に早い。本当に寝起きか?

 

「制服の服装にアレンジメントを加えて登校してるんだよ、彼女」

「制服なのにか?」

「ああ、うん」

「なぜだ?」

「ああ、うん、どうだろ」と私は言って、ちょっと考える。「周りに合わせるのが嫌なんだろ。無個性だ個性だって、ほら、よくあることだし」

 

 考えてもあまり分からなかったので、適当な一般論を言ってみる。

 

「ふうん」曖昧な返答だった。「シノブもそういうの、苦手そうだけどな」

「何が」

「周りに合わせることだ」

「……かもな」

「でも制服はちゃんと着るつもりなのか」

「え、普通嫌だろ。目立つし」

 

 詳細は覚えていないけれど、彼女の赤いタイツがやけに目に焼き付いている。

 赤だけに。

 ……まだちゃんと目が覚めていないのかもしれない。

 

「……シノブのその一貫してないとこ、ワガハイは嫌いじゃないぜ」

「何だよそれ。きも。……って、」

 

 目を離していると、モルガナがどこかに消えていた。

 ……。

 いた。

 いやー、モルガナはかくれんぼが上手いな。自身の体毛を利用して、保護色で隠れるとは。恐れ入った。

 じゃなくて。

 

「どうして私の学校鞄に入ってる」

「ワガハイもシュージンに行きたい」

「ネコはネコらしく家にいとけよ……」

 

 どうしてそうなる。面倒だなぁ……それに、言っても聞かないんだろうなぁ。

 今更のことながら、あの日モルガナと会ってしまったことに対する後悔を更に深めてしまった。

 

 

 

 

 

 

 

 昨日の寝るまでの間、そして学校で鴨志田の嫌味を吐かれる前に、モルガナから『認知世界』についての大体の説明を受けた。

 欲望が歪んでいたり、よくないことを企んでいる人は、認知世界に自身の住処である『パレス』を持っている。

 パレスの最奥地には『オタカラ』が眠っていて、それに引き寄せられるように、多くのモンスター『シャドウ』が住み着いている。

 そのシャドウに対して、自身の奥深くに眠っている人格である『ペルソナ』を覚醒させることで、対抗する手段を得ることができる。

 パレスに住む主をとっちめると、現実世界の悪者は改心されて善良な人になる。逆にその主を殺してしまえば、その悪者は廃人になる。

 『メメントス』は人々の意識の集合体であり、少し汚れた欲望を持っている人や小悪党のシャドウがうろついている、とのことらしい。

 

「……」

 

 またいらぬ知識を増やしてしまった。

 悪者? 改心?

 『悪い人がいると許しておけない』と考える高校生が、今時いるとでも、本当にモルガナは思っているのだろうか。

 悪いことを企む輩はこの世にごまんといる。

 それは、SNS等で色々と可視化されてしまった世の中では、分かり切っていることだ。

 性悪説とか、性善説についてはよく知らないけれど。

 東京に人が溢れかえっている限り、しょうもないことを考える阿呆がこの世に生み出されてしまう現状は変えられない。

 変えられないから、無視を決め込むしかない。

 せめて私の精神衛生が悪くならないように、見ざる言わざる聞かざる、だ。

 人と関わるのが嫌いな私の性のルーツは、ここにあるのかもしれない、と一人脳内で思った。

 

「……どうだ? 後から見た教室の景色は」

 

 私は小声でモルガナに話しかける。クラスメイトは私に関心を抱いていないと思うから、一人言を呟いていても誰にも気づかれない、と思う。

 それに……最近の話題は、専ら噂の転校生だ。

 

「ああ、いい眺めだな」

 

 本当かよ。

 

「それにしても……なんだ? 随分教室の中が騒がしいぜ。いつもこうなのか、シノブ?」

「いや」と私は言った。「最近転入してきた転校生のことだろう。それで持ち切りだ」

「名前は?」

「知らん」

「だろうな」

「……」

 

 そろそろ私の性格が見破られてきたか。

 気を取り直して、目の前にいる転校生をチラと見る。

 なんでも、著名な政治家に暴力を働いたとかなんとか。

 そして在学していた高校に見放され、泣く泣くこの秀尽学園にやって来たんだとか。

 どうして暴力を振るったのか。今は何も動きを見せていないが、どれほどヤバい奴なのか。根も葉もない噂が更に噂を呼んで、最終的には人殺しだという噂がまことしやかに囁かれている。

 というのは半分本当で、半分嘘だ。

 

「……」

 

 彼の話題があがるのは、ほとんど女子達だけの間だ。

 転校生。キッチリセットした髪と大きな眼鏡にガードされて、彼の表情を窺うことができない。

 牛丸や宇佐美の、無理難題な質問にも難なく答えて見せる頭の良さ。

 人を寄せ付けないアウトローな雰囲気。陳腐な表現だけど、孤高の狼のような気高さがある。

 そして何より、彼はぐうの音も出ないほどのイケメンだった。

 

「ね、ねぇ。私話しかけてみよっかな」

「やめときなって。そしたら、色んな女子全員から目の敵にされるよ」

「私、廊下歩いてた時……目、合っちゃったかも」

「マジ!? ヤダ、本当?」

 

 教室の隅っこの方で、女子生徒が盛り上がっている。

 男子生徒の方も、彼との距離を計りかねているのか、どことなく緊張感が漂っている。

 見ていてイライラする光景だった。

 

「すげぇな……」

「そうだな。少女漫画に出てくるヒーローみたいだからな。いかにもアウトロー気取ってて、頭も良くて、寡黙で、イケメンで、一匹狼で」

「……はぁ」

「なんだよ、猫」

「猫じゃねぇ、モルガナだ。……別に、嫌ってやる理由はないと思うけどな」

「嫌う、だ? 誰が、誰をだよ」

「シノブが、転校生に」

「別に嫌ってねぇよ」と私は言った。「いつ私が嫌いだなんて言った」

「イケメンなのは彼の責任じゃないし、彼の親にある。頭がいいのは単純に彼の努力の結果だ。僻むのは結構なことだが、それじゃいつまでたっても前に進めないぜ」

「ああ、そうかよ」と私は言った。「私はどうせブサいし、頭も悪いし、ついでに強キャラを僻み続けるただのモブだよ」

「あ、ああ、いや、別にそこまでは言ってないだろ」

「じゃあ、どこまで言ったんだ?」

「……スマン。ワガハイが悪かった」

「うん」

 

 猫相手にいじけてしまった。

 軽率にまた自分が嫌いになる。

 

「……あ、えっと、肉球、また揉んでいいから」

「……ん」

 

 更には気を遣われてしまった。

 ……というか朝のこと、覚えていたのか。

 

「はーい、静かにー」

 

 教室の扉が開かれる音と共に、川上の間延びした声が耳に届く。

 

「アイツは?」

「私の担任」

 

 そして、一時間目の『国語』の授業を担当している人。今日も化粧で誤魔化しきれていない眠そうな目を擦りながら、つつがなくホームルームを進めている。

 眠そうだということは、夜遅くまで起きて何かをしているということだ。

 教師の残業か……あ、いや、そういえばこの前、定時に帰りすぎていると、川上が蝶野に窘められているのを見たことがある。

 じゃあ……何してるんだ?

 まあいいや。関わると余計なことになりそうだ。

 私は自分の腕を持ち上げて、机の上に置いた。

 そして、ちょうど骨が当たらない腕の部分に顔をうずめる。

 

「寝るのか?」

「見ての通り」

「起こされないのか?」

「起こされないよ」

 

 教師は大雑把に言えば二つの種類に分けられる。寝ている生徒を起こす教師と、寝ている生徒を起こさない教師だ。

 ……いや、それはあまりにも直接的すぎるか。

 それっぽく言うならば、やる気のない生徒を正す教師と、放置する教師、だな。

 川上は完全に後者の方に属している。あとは歴史の乾と、ウサミンこと数学の宇佐美。

 一方で前者は英語の蝶野と、チョーク投げ担当の牛丸。

 中二病の蛭田は、なんか『あぁ……なんということだ』とか言って嘆きだすので論外。

 

 今日も今日とて退屈な学校生活が始まる。

 寝てようが起きていようが退屈であるのなら、せめてその時間を短くしたいと考えるのは当然だ。

 だから私は寝る。

 と、頼まれてもいないのに私は勝手に理屈をつけて、机に突っ伏す。

 目を閉じると、自然と聴覚が研ぎ澄まされる、ような感覚になる。

 川上が喋っているけど、まだ女子生徒の熱は収まっていないようだ。

 時折耳に入って来る、『アマミヤクン』という単語。

 どうやら彼は、雨宮という苗字を持っているらしい。

 ……それにしても。

 

「本当に」

 

 切り替えの早い連中だ。

 

 ――先週、屋上から人が飛び降りたばかりだと言うのに。

 

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