ネコ拾ったら、自称未来人から電話が来た   作:菓子子

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三話『着信アリ』

「……ぇ」

 

 声がした。

 それ以上の何かを考えられるほど、まだ私の頭は覚醒していない。

 

「ねぇ」

 

 今度はより多くの情報を得ることができた。

 誰かが私を起こしている。

 女の声。

 若い。つまり先生ではなく、女子生徒の声。

 寝ぼけている私の気を窺うような繊細さは感じられない。

 気の強そうな女だ。

 私は顔を上げた。

 

「ねぇ、起きなよ」

「……ん?」

「もう皆、着替えて体育館のとこ行ったんだけど。……また鴨志田に、余計なこと、言われるよ」

「ああ」

 

 思い出した。

 名前。

 金髪ツインテールで、モデル体型かつハーフの美女、の名前。

 

「……高巻、杏」

「はぁ、ようやく私の名前、憶えてくれたんだ」

 

 高巻は力なく肩を落とした。愛想を振るような笑みはない。

 

「何か用」

「何か用……って、だから、起こしてあげてんの」

「なんで」

「体育が……ってかヤバッ! もう始まるじゃん……」

 

 高巻がスマホを見てゲンナリしている。十分休憩も終わる時間なのだろう。

 しかしまだ、私の質問に高巻は答えてくれていない。

 

「だから、なんで」

「……はい?」

「なんでわざわざ、ほとんど面識のない私を起こそうとする?」

 

 それも毎回、だ。

 高巻杏は、体育の授業の度に寝ている私に声を掛ける。

 一年の時もクラスが一緒だったのに、一度だって話し掛けられたことのなかった彼女が。

 『あの事件』を境にして。

 クラスで孤立している私に声を掛けるようになった。

 

「そっ、それ……は……」

「……」

 

 明らかに高巻杏の目が泳いでいる。水色の瞳がぐるりと弧を描く。

 

「部活の先輩! ……に、気になる人がいてさ」

「私、帰宅部だけど」

「……っ。べっ、別に、アンタのお金が目当てとかじゃないし!」

「お金が目当てだったんだ!?」

 

 ええ!?

 下宿暮らしで、それこそ貧窮に喘いでいる私から。

 更にお金を巻き上げようって言うのか。

 お、恐ろしい女だ……。

 

「いや、申し訳ないけど私、一文無しだよ。……なんなら、ジャンプしてみようか?」

「ジャ……ジャンプ? 待って、何の話?」

「……いや、なんでもない」

 

 冗談が通じなかった。

 カツアゲをする時に、相手にジャンプさせる文化はやはり廃れ気味にあるらしい。

 ともかく。

 お金目当てじゃないのなら(当たり前だけど)、どうして彼女が私に話し掛けるのか。

 別に仲良しこよしになろうってつもりでもないだろう。

 高巻杏も、どちらかと言えば人を遠ざけるタイプの人だから。

 それでも私にほぼ毎日、人のいない時を狙って話し掛けてくる理由。

 答えは一つしかない、と思う。

 

 

「私は、彼女の代わりにはなれないよ」

 

 

 高巻杏の顔が一瞬、表情をなくした。

 カマを掛けてみたら大正解だった。

 あと、高巻杏は演技をすることが下手な人種であるらしい。

 顔に出ている。

 でも、そうか。……合っているのか。

 なら私は、とてもひどいことを高巻杏に言っていることになる。

 

「先週の……金曜日だっけ? バレー部で、屋上から」

 

 ええと……4/15か。飛び降りた人の名前は、案の定憶えていない。

 ともかく、先週の金曜日に、飛び降り自殺を図った生徒がいた。

 原因は分かっていない。少なくとも、校長の言い分は『我が校にイジメはない』だそうだ。

 実際のところ、イジメというより、部活関係の線が濃厚らしい。

 なんでも、バレーのレギュラーになれなくて、精神的に不安定になった……んだとか。

 

「彼女が、高巻の友達だったことは最近知った」

 

 高巻杏にとって、この高校唯一の友達がいなくなった。

 当然、彼女は正真正銘に秀尽学園から孤立することになる。

 彼女はそれを良しとはしなかった。

 だから、誰でもいいから話相手を求めた。

 そういうシナリオじゃないのか?

 

「彼女が秀尽にいないから寂しい、というのは分かる。でも、わざわざ私に話し掛けなくたっていいだろ」

 

 この学園にも、他の学校の例に漏れず『カースト制度』なるものが絶対的なルールとして敷かれている。

 そのカーストの中にも、まとまったグループが形成されているから。

 別のグループに属している生徒が、あるグループにいる生徒に話しかけることは普通ない。

 だから、どのグループにも入っていない私に話し掛けることが、一番ダメージの被害が少ない。

 それは分かる。

 でも。

 

「落っこちた彼女。……確か、打ち所が意外と悪くなくて、今はもうリハビリ療養中だそうじゃないか。もうお見舞いにはいったんだろう? その内戻って来るさ。だから、無理に寂しさを埋めようと努力するのは焦りすぎだと思うん、だけど」

 

「……そんなんじゃ、ない」

 

 高巻杏は小さく呟いた。心なしか、肩が震えている気がする。

 

「……なんだっていいけどさ。まあ、私には近寄らない方が――」

「そんなんじゃない、って言ってるでしょ! 又聞きの情報だけで、勝手に私を判断しないで!」

「……っ」

 

 驚いた。

 高巻杏が怒っている。

 いつも不機嫌そうな面を下げている印象はあったが、その端正な顔で睨まれるとなかなかどうして、迫力がある。

 ひょっとすると、隣の教室にも聞こえて……いや。今はそんなこと、気にするべきじゃないか。

 相手を怒らせてしまった。じゃあ私は、どうすればいい?

 

「ごめん」

 

 だからもう、放っておいてくれ。と。

 私は私なりの意志を、高巻杏に伝えたはずだった。

 しかし。

 

「別に、いい。……私、先行ってるから」

 

 だから、アンタもその内来てよね。と。

 高巻杏の意志が聞こえた気がした。

 バタン、と乱暴に扉が閉められる。その後、バタバタと乱暴な足音が聞こえてくる。

 私一人、教室に取り残される。

 誰もいなくなった教室に、机に寄りかかり、ひっそりと佇む私。

 ふ……。

 

「何だあの美女!?」

「うわぁ!?」

 

 私は大きくのけ反った。その拍子に手が滑り、私の身体は崩れ落ち、尻もちをついた。

 いやもう一人……一匹いたわ。

 無意味に格好つけていたところに思いっきり水を差されてしまった。

 野郎。

 私は思いっきりモルガナを睨みつける。

 

「なぁ、なあなあ、どうしてもっと早く教えてくれなかったんだよー、このこの!」

 

 イケメン男性との熱愛が発覚し、それに気づいたOL仲間が頬を染めて絡んできた時並みのウザさを発揮しながら、モルガナは肉球で私の足を突いてくる。ウザい。

 

「な、名前は? 名前はなんて言うんだ?」

「あ? さっき言っただろ、私が。高巻杏だよ、高巻杏」

「杏……杏、かー。いい名前だなー。杏……杏殿。そうだ、杏殿と呼ぼう、そうしよう」

 

 構ってられない。

 飼い主を差し置いて何故高巻がそう呼ばれるのか、とか疑問に思わない。

 私は一匹浮かれ気分のモルガナを無視して、倒れた机を立て直す。

 

「今度はいつ杏殿と話すんだ?」

「おい猫、さっきの話ちゃんと聞いてたか。未来永劫、私は高巻と話すつもりはない」

「そ……そんな……シノブ……」

 

 愕然とした表情を浮かべるモルガナ。

 私は椅子に座りなおして、今はどんな行動に出るべきかを考える。

 潔く高巻の言うことに従って、体育館に顔を出すか。

 またこのまま寝たふりを決め込むか。

 それとも体調が悪いと川上に告げて、そのまま帰ってやるか。

 悩ましい。

 

「にしても、あれだよな」

「どれだよな?」

「物好きな人もいるものだなって、思った」

「全くだ」と私は言った。「次に飼うなら、家で静かに過ごしてくれて、余計なことは言わない、血統書付きの、一日の疲れを癒してくれる猫を飼おう」

「……ああ、そうかよ」とモルガナは言った、「ワガハイはどうせ飼い主に付いて来る面倒な奴で、減らず口を叩くし、ついでに出処不明で疲れを溜まらせる猫だよな」

「あ、えっと、いや、別にそこまでは言ってない」

「じゃあ、シノブはどこまで言ったつもりだったんだ?」

「……私が悪かった。ごめん」

「うん」

 

 ずん、と。

 信じられないくらい、空気が重くなる。

 

「……ワガハイもさっきの、本当に悪かったって、思ってる」

「うん」

 

 ちょっと軽くなった。

 そして何故か、猫と仲直りをしていた。

 雨降って地固まる。

 それはまるで、熱血系の漫画によくある、主人公とライバルの展開さながらだ。

 ……なんだこれ。

 

「……やっぱり帰ろう。なんか、今日はどっと疲れた」

「え? まだ放課後じゃないぞ?」

「早退扱いで帰れる。……なに、私のような常習犯は変に怪しまれる心配がない。顔パスだ、顔パス」

「いやなVIP待遇だな、それ……」

 

 私はテキパキと片づけて鞄を持つ。

そのまましゃがみ込むと、モルガナが鞄に入ってくる。

 スマホはポケットに……ない。あれ?

 あ。

 机の上にあった。私はそれを取ろうと手を伸ばすと、

 

 スマホが小さく震えた。

 何の通知だ?

 いや、ずっと鳴り続けているから、ジャンカラの割引情報じゃないことは確かだ。

 

「……着信?」

 

 私のスマホに着信が入っている。

 とんでもないことだ。

 電話帳に、母親父親と、そして親戚のお姉さんしか登録されていない私のスマホに着信が入っている。

 可能性としては、その親戚の人の場合が考えられるけど。

 あの人は、マメに電話をくれるような人じゃないし。

 ……おそるおそる、振動し続けるスマホを手に取った。

 

「非通知、か」

 

 無視すればいいだけ……だよな?

 でも。

 何故か。

 この電話には出ないといけない。

 そんな気がした。

 教室には私とモルガナだけ。

 誰かに咎められることはないだろう。

 非通知だから、折り返し電話を掛けることはできない、と思う。

 じゃあ、私は。

 

「……もしもし」

 

 通話ボタンを押した。

 

「私だ」

 

 ……。

 …………。

 誰だ。

 




音楽流しながら書いてみたいけど、誤字がえらいことになるから書けない。
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