ネコ拾ったら、自称未来人から電話が来た   作:菓子子

4 / 17
一章
四話『自称未来人』


「一色双葉、さん?」

『いかにも』

 

 聞いたこともない名前だったし、聞いたことがない声だった。

 

「ええと」

 

 それでも何か言わないと。

 私はサトナカシノブです?

 聞いたことがない名前だな?

 お掛けになった電話は、現在電波の届かない……いや、それは違うか。

 久しぶりの電話だから変に緊張している自分がいた。

 ええと、ええと……。

 

「多分、間違い電話だと思います」

『この私が、間違える訳ない。里中忍、君のスマホに電話を掛けている』

「……」

 

 ……やっぱり誰だ。

 しかしどれだけ頭を回しても、この尊大な喋り方に聞き覚えはない。

 

「なんだ?」

 

 私が電話に出ていることを不思議がったのか、モルガナは私の鞄から顔を出した。

 ええい、今はお呼びでない。

 私は爪を尖らせて抵抗するモルガナを鞄に押し込んで、右耳から聞こえてくる音に集中する。

 

 彼女は先に自分の名前を名乗っている。

 彼女は私の名前を知っている。

 以上のことから、そこまで警戒する必要はない……と思う。知らない間に、私の個人情報がネットに出回っていたのなら、話は別だけど。

 

「ええと、はい、私が里中ですが、一色さん……は、何の用で、ええっと、しょうか」

 

 堅苦しい敬語なんてろくに使ったことがないから、どうしても詰まる。

 

『ん? 別に面倒なら敬語じゃなくてもいいぞ? 私の事も、気兼ねなく双葉さんと呼んでくれていい』

「わかった。そうする。双葉」

『……あれ? もしかして私、今呼び捨てされた?』

「嘘です。敬体くらいなら使えますよ、双葉さん」

 

 それでも取ってつけたような感は否めないけど。

 まあ、そこはご容赦願いたい。

 

『……まあいい』

 

 はぁ、と一つ双葉さんはあからさまに溜息をついた。

 どうやら、もう本題を切り出すようだ。

 

『助けて欲しい人がいる。君の手を貸して欲しい』

「……は? いや、いきなり何の――」

 

『保護者から虐待を受けている。年は君の一つ下。今すぐ死んでしまいたいと思っているし、誰かの助けを求めてもいる。今日の夕ご飯もきっと、ない。伯父の振るう暴力に、毎日毎日、怯えている』

 

 ……。

 穏やかじゃない。

 でも。

 

「いきなり訳の分からん話を、するな」

 

 と私は言った。

 今彼女が言っていることは、本当の話か。

 それとも、私と電話する前に考えた、練りに練られた設定か。

 圧倒的に、後者の可能性の方が大きいだろう。

 

「虐待? 暴力? 怖い言葉並べてさえいれば、直ぐに金を振り込んでくれると思ったら大間違いだ。他を当たってくれ」

 

 今どき変な振り込め詐欺もあったもんだ。

 いや、詐欺がかなり世間に認知され始めた今だから、だろうか?

 振り込め詐欺の手口は、今やとても複雑になって、私のような年齢の人でも騙されることがあると聞く。

 これは、その手口の一つなのだろうか。

 分からない。

 だから私は、『逃げる』を選択しなければならない。

 じゃな。

 と言って、私が強引に電話を切ろうとすると、

 

『……頼む』

 

 悲壮な懇願が、耳にこびりついた。

 それは先の不遜な語り口からは似ても似つかない、か弱い声だった。

 そのギャップが、私に『彼女は嘘を吐いていないんじゃないか』というあり得ない疑問を与えた。

 

「……でも、」

「人助けか?」

 

 いつしかモルガナはまた鞄から顔を覗かせている。

 間の悪い猫だ。

 

「お前には関係ない」

「関係あるだろ。ワガハイは忍に仕方なーく飼われてる身だ。だから飼い主のスケジュールくらい、把握しておく必要がある」

 

 飼い猫のくせに上から目線すぎる言い分だった。

 でも、モルガナが伝えたいことは、なんとなく分かる。

 モルガナは、人よりかは精度の良い耳で、この会話を聞いていたのかもしれない。

 

 勘だった。

 『彼女が本当のことを言っている』という勘。

 それ以上でもそれ以下でもない。

 だから信憑性はない。

 でも、モルガナの第六感と一致しているのだとしたら、それなりに信じてみたくもなる。

 後は、自分がどれほどやる気があるかという話だ。

 

「……」

 

 面倒くさい。ダルい。さっさと家に帰ってゲームしたい。

 モルガナの事。高巻杏の事。電話の向こうの彼女の事。

 その全てを投げ出してしまいたい。

 私の人格の一つが、そう叫んでいる。

 

「分かった」

 

 でも。

 ……でも。

 そう、例えばこの電話を今すぐ切ってしまえば。

 電話の主が私の名前を知っている理由を聞きそびれることになる。

 私の個人情報が流出しているルートを聞き出すことができなくなる。

 それはよくない。情報化社会を生きる中で、ネットの海に揺蕩っている自分のプライバシーの位置くらいは知っておかないといけない。

 自分のため。

 あくまで自分のためだ。

 

「付き合ってやる」

 

 もう一度モルガナを押し込む代わりに、ありったけの負の感情を自分の中に押しとどめて。

 私は言い切った。

 

 

 

 

『いやー、やっぱ信じてくれるって思ってた。マジで。これはあれだな、もしかして私の人徳ってやつか!?』

「そうですね」

 

 キレそう。

 指定された場所へと着くまでに、私は延々と謎の女の話相手に付き合わされている。

 私がお願いを承諾した途端、ずっとこのテンションが続いていた。

 嬉しがりすぎだろ。

 

『まさか、本当ーに受けてくれるとは思わなかったぞ、サトナカくん。今回は特別例外だが、知らない人と相手する時は、もっと警戒した方がいいと思うぞ?』

「あは、ははは」

 

 乾いた笑いが出た。

 その笑いを聞いて、何故かモルガナが「ヒッ」と、怯えた声を出している。

 やっぱりキレそう。

 でも大声は出さない。それも大勢の人がいる電車の中で。

 それくらいの分別は私にだってある。

 更に相手は年上だ。

 いずれ進出する社会に馴染む為、ここは一つ忍耐力というものを付けようじゃないか。

 しかし話がずっとアレなのも少々疲れてくる。

 私が何か、話題を振ってみようか……。

 

「あの」

『なんだ?』

「双葉さんって、未来人なんですよね?」

『そうだが』

「じゃあ何か、証拠みたいなものってありますか。自分の声が未来から発信してるものだって、証明できるような」

『なるほど』と双葉さんは言った。『今日は、20XX年、4月19日で合っているか』

「……? はい、そうですけど」

『……ああ、』少しの間で、私が戸惑ったのを察したのか、一色双葉は言った。『五年後のネタバレしても、確かめようがないだろう』

「なるほど」

 

 だから、直近の未来のネタバレをしてくれるのか。

 ということは、私に質問をされてから日付を聞くまでの間に、それなりの長い論理的思考がなされていたことになる。

 しかし、私はそこまで考えが至らなかった。というか、至るまでに与えられた時間がめちゃくちゃに少なかった。

 ……つまり。

 一色双葉は、私より遥かに思考速度が大きい。

 

『時に、サトナカくん』

「はぁ……あ、はい。なんです?」

『君はアニメを観るか』

「はぁ」と私は言った。「それなりに、見てますけど」

『「おさてん」は?』

「あ、それ。今やってるやつですよね」

 

 正式名称は、『最強の幼馴染と行く、異世界転生物語』。

 幼馴染と主人公が転生をして、様々な魔法を使いこなす最強の使い魔となった幼馴染。

 そんな彼女を使役して悪者達を一掃していくという、なんとも痛快なお話だ。

 幼馴染、最強、転生。この三つのジャンルを軸に物語にしていることから、皆から『おさてん』と呼ばれ、親しまれている。

 が、その一方で主人公が色んな女に手を出していたり、プロットが甘かったり、何かとご都合主義的な展開が多かったりで、一般的な人からは敬遠されてしまうことが多い。

 それでもラノベが原作である『おさてん』が無事アニメ化に至った理由として。

どんな時でも主人公に対して献身的な幼馴染、兼ヒロインが高く評価されているからだ。

 

『ラノベがアニメ化される絶対条件は、凝ったシナリオや個性的な主人公ではない。可愛いヒロインがいるかどうかだ』

 

 と、『おさてん』の作者はTwitterでそう述べていた。

 プチ炎上していた。

 

『お、おお。おさてんリアタイ勢か、強いな……』

「強い?」

『なんでもない。……4月19日だから、今日が二話の配信日だな』

「だと思います」

『次話で、幼馴染が死ぬ』

「……え?」

『アニメオリジナル展開だ』

「ええ!?」

 

 私は大声を出していた。

 近くに座っていた乗客の何人かが、奇妙な目で私を見ている。

 

「え、いや、そっ、な、えぇ!?」

『幼馴染、最強、転生。三つの重要なピースの内、二つを序盤で失ってしまった『おさてん』は、それから逆に世間の注目を浴び続けることになる。円盤は勿論売れず。そして製作費を賄えなくなった会社による作画崩壊は、回を追うごとにひどくなっていく。そして最終回が遂に、『アニメ史に残る愚行』として――』

「やめろ。分かった。もうやめてください」

『分かった。やめよう』

「……それ、作り話じゃない……ですよね?」

『残念ながら、本当にあった話だ』

 

 本当にあった、未来の話。

 ああ。

 マジかよ、ちょっと期待していたのに。

 ……。

 ……あれ?

 

 

「待てよ?」

『ダメだ。無闇に過去を変えてはならない』

「……」

 

 『なんとかすれば、今から二話の放送を食い止められるんじゃ?』という私の言葉は遮られた。

 完全に読まれている。

 絶対に頭いいな、この人……。

 さっきからあまりにも先回りされているので、何か言い返したくなる。

 

「でも双葉さんも、私を使って過去を改変しようとしてますけど」

『ああ』

「それはいいんですか」

『いい。全く問題ない』

「……そうですか」

 

 そこまで言い切られると、なぜだか全く問題がなさそうな気がしてくる。

 

『……変えないと、いけないんだ』

「え?」

「おい、着いたぞ、シノブ」

「え……あ、」

 

 一色双葉の呟きを聞き返そうとしたが、モルガナに呼び止められる。

 扉が開いていた。電光掲示板には『四軒茶屋』の文字。

 降りないと。

 その意味深な発言を問いただすことはできないまま、私は電車を出た。

 

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。