ネコ拾ったら、自称未来人から電話が来た   作:菓子子

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女主人公が嫌いな人もいるからちったぁ気を遣えと、最近双葉からそのような注意を受けました。


六話『大罪人』

 私は双葉を連れて、近くにある銭湯「富士の湯」へ向かった。

 双葉の服はすでにコインランドリーの中だ。見張りはモルガナに任せてある。

 時間が時間だから、私と双葉の貸し切り状態になっていた。これなら安心して、双葉から事情を聞くことができる。

 

「ひ、広いな……」

 

 伯父の家のそれと見比べているのか、双葉は銭湯の浴槽を見て目を輝かせている。

 今にもダイブしてしまいそうな勢いだ。

 

「もう浸かっていい?」

「まだだ。まずは先に体を洗え」

「えー、なんで?」

「なんでって……マナーだから?」

 

 嫌がる双葉の手を引っ張って、隣に座らせる。流石に体の洗い方は心得ているのか、渋々シャンプーボトルを手に取った。

 にしても、洗いにくそうだな。

 色んな意味で凹凸のない体は、私より一回り小さい。よく言えばスレンダー、悪く言えば幼児体系に毛が生えた程度だ。

 しかし問題はその長い黒髪。ろくにお手入れなどされていないはずだから、どうしたって髪に手が引っかかってしまう。

 

「全然、泡立たねー!」

 

 私と双葉、隣に並んで身体を洗う。

 短髪の私は、髪を洗うのはそこまで苦じゃない。

 しかし、腰の辺りまである長い髪を持った双葉の髪は、随分と洗いづらそうだった。

 髪が全然泡立たないことに業を煮やしたのか、双葉はシャンプーを怒涛の4プッシュ。

 いくら銭湯だからとはいえ、ちょっともったいないな。

 

「双葉、ちょっとこっち来い」

「何!?」

「なんで怒ってんだよ」

「怒ってない!」と双葉は言った。「……それで? 何」

「私が洗ってやる」

 

 こう見えても、中学生の頃は長髪だった口だ。それなりに心得はある。

 双葉は椅子ごとこっちにスライドしてきた。そのままぶつかってしまいそうになったが、後ろにのけぞってそれを回避する。

 私は両手を回して、シャンプーの入ったボトルに手をかけた。

 半プッシュ。

 

「少なくね?」

「まあ見とけって」

 

 シャンプーを手のひらに伸ばした後、額の周りにある髪を優しく掴んだ。

 そして、そこだけを部分的に揉みながら、余った泡を後ろに流していく。

 

「なるほど……まずは局所的に泡立てるのか」

「そういうこと」

 

 手にシャンプーの感覚がなくなったら、もう一度ワンプッシュ。

 お次は頭頂部当たりを攻める。

 例によって手のひらを擦りあわせて、全体的に撫でまわしていく。

 後ろに流していた泡で既に馴染んだ状態にあるから、ワンプッシュだけでちゃんと泡立つという寸法だ。

 そして最後に、適量シャンプーを手に付けて後ろ髪を洗えばフィニッシュ。

 シャワーを掛ける。

 

「うおぉ……すげぇ……」

 

 いくらかツヤツヤになった自分の髪を撫でながら、双葉は感嘆の声を上げている。

 ただ洗っただけなのに。

 でも、悪い気はしない。

 

「だろ」

「忍、お前美容師になれるな」

「そこまでか」

 

私は笑った。

 ちゃんとリンスも付けろよ、と私は言い残して先にお湯に浸かる。

 双葉より髪が短かったからな。

 時短テクニックだ。

 

「あー……」

 

 なんとなく声を出してみる。

 その声はすぐしゃがれたものになった。

 どうやら、かなり疲れがきているらしい。

 なんかもう色々あったからな。

 モルガナを拾って。

 高巻杏と口論になって。

 自称未来人から電話が来て。

 一色双葉と出会って。

 

「ふぅ……」

 

 当面の問題は、一色双葉の処遇をどうするかだが。

 保護者に黙って持ってきてしまった訳だし。

 まあ、そこは双葉さんに全部お任せすることにしよう。

 今は、この数分間だけは何も考えないで湯に癒されよう。

 私はそう心に決めた。

 ……。

 …………。

 ………………ぐぅ。

 

「忍?」

「……」

「……返事がない。ただの屍のようだ」

「……ぁ、生きてるよ」

 

 ちょっと危なかったけど。

 

「ちゃんとリンス付けたか」

「うん」

「身体もキチンと洗ったか」

「バッチリ」

「なら、よし」

「うん」

 

 しばらくの間、私たちは何も言わずに浴槽の中で体を温めた。

 双葉が私とモルガナの視界から消えた時、きっと双葉は一色から何かを聞かされているはずだ。まさか、あれだけ『覚醒した』とか言っておいて、何もないことはないだろう。

 だから待つ。言わないならそれでもいいし、ここで双葉と別れたところで、自称未来人とやらも私たちを責めはしないだろう。

 

「ねぇ……忍」

「なんだ?」

「ちょっと、話がある」

「ああ」

 

 双葉の声が思ったより低くて、私は身構える。

 茶化す空気でもなさそうだ。

 

「その前に、もう一つ聞きたいことがあるんだけ、ど」

「言ってみろ」

「あの電話……未来の私、なんだけど。忍、あれ、信じてる?」

「あれって、どういうことだよ」

「あれが、本当に、未来からの電話なのか」

「……」

 

 正直に言えば、まだ確信は持てていない。

 でも、状況証拠が流石に多すぎる。『本当にそうなのかもしれない』と、信じてしまっている自分もいた。

 だから迷っている。

 ……と、言っていられる場合じゃ、ないのだろう。

 

「ああ、信じてるよ」

 

 私は言い切った。

 

「……ホントに?」

 

 あまりにも私の返答が軽すぎたのか、双葉は困惑しているようだ。

 質問したのは自分のくせに。

 でも、一応、理由はある。

 

「ホントだ。信じることにした。ちゃんと一色双葉が嘘を吐いている可能性も考えてみたんだけど。でもそれじゃあ、あまりにも分からないことが多すぎる。でも、もし一色双葉が嘘を吐いていなかったとしたら、ほとんど全て説明が付くんだ。それはとても良いことだ。だから私は、信じることにした」

「ふぅん……」

 

 私が喋っている間、双葉はずっと私の目を見ていた。まさか、目を見ただけで嘘を見抜ける特技を持っているはずはないだろう。しかし双葉は、うん、と大きく頷いた。

 

「ん、わかった」

「そうか」

「あと、忍って意外と面倒くさがりだってことも」

「な、なぜそれを」

 

 私がおどけると双葉は、んへへ、とぎこちなく笑った。

 

「ん、よし……じゃあ、話す。聞いてくれるか?」

「ああ」

 

 湯もそこまで熱い方じゃないし。

 

「今から話すのは、私が経験した過去と、これから経験することになる未来のことだ。まず、過去から話したいって、思う」

 

 双葉は語る。

 

「私は小さい頃、お母さんを亡くした。お母さんは未亡人だったから、伯父さんの家に預けられることになった。で、色々あって、私はお母さんが死んだのを、全部自分のせいにしたの。だから、ずっとあの部屋に籠ってた。伯父さんからどんなひどいことをされても、それが当然だと思うようになった。助けも呼んじゃいけないって、ずっと思ってた」

 

 双葉は語る。

 

「でも、頼んでないのに助けが来た。それが里中忍……君、だった。私は未来にいる私に、過去のことを教えてもらった。お母さんが死んだのは、私のせいじゃないのを知ったんだ。私は周りの大人と、自分に腹が立った。気づいたら、体に力がミナギッてた。未来の私に聞いたら、それは、ペルソナ……って能力だって言ってた。あ、いや、これは今関係ないんだった……」

 

 双葉は語る。

 

「それでね、こっからは未来の私の記憶の話な! えと……忍と一緒に銭湯に行った私は、そこで忍に()()()()を説得するの。でも、ダメだった。忍は全然、私の話に取り合ってくれなかった。私たちは結局、富士の湯で別れてそれっきり。その後何年も一人で頑張ったけど、やっぱり、『終焉』は訪れてしまった」

「ちょっと待て」私は双葉の口を止めた。

「なに?」

「説得って、それ、何の話だ?」

「それは……今から、する」双葉は意味深に言った。「説得、する」

「私を?」

「う、うん」

「それで、双葉が説得をして、私が双葉のお願いを断ることも、未来の一色は知っていたのか?」

「うん、そうだけど」

「……おかしくないか? だって、私に電話を掛けてきたのは、まだ私の声すら知らなかった『一色双葉』だぞ? なのにどうして、彼女にとってはありえなかったはずの過去を、一色双葉が知っていたんだ」

「あ、それ、気づいちゃう?」

 

 双葉はバツが悪そうな顔をした。

 

「一から十まで話したら……多分、湯が冷める。だから、簡単に説明するな? 電話で繋がってる未来の自分は、あくまで今の自分が成長した、私、なの」

「どういうこと?」

「私は今、忍の声も覚えてるし、忍が鞄の中で飼ってる猫の名前がモルガナってことも知ってる。だから、異世界の中で私に過去と未来を教えてくれた自分も、里中忍って名前を憶えてたし、モルガナの名前も忘れてなかった」

「じゃ、じゃあ」私は言った。「初めに、私に電話を掛けてきた『一色双葉』はどこに行ったんだ?」

「まるっきり、別人だ」

「別人って……え、」

「あ、こう言ったら、分かりやすいかも」私の疑問を遮って、双葉は言った。「忍が部屋に入ってきた時、世界が分岐した。『忍に助けられなかった双葉のいる世界』と、『忍に助けられた双葉のいる世界』の、二つの平行世界ができた。初めに忍が話した未来人は、前者の世界の未来の私。異世界で色んなことを教えてくれた一色双葉は、後者の世界で暮らしてた私」

「え、ええっと……」

 

 別人?

 私が一色葉司宅を訪れた時、一色双葉は入れ替わっていた?

 でも、そんな素振りはなかったような――、

 

「あ」

 

『あと、気になったことがある』

『なんだ?』

『今さっき、一色双葉に「タメ口でいい」って言われたんだが』

『言われてたな。それが?』

『なんかちょっと、急すぎる気がしてな』

『……あー。それは、あれだろ』とモルガナは言った。『さっきの会話が聞こえてたんだろ。それで、ちょっと、一色双葉の胸がジーンってきたんだと思うぜ』

『……どうだか』

 

 確かに、あのマンションで一色双葉と話した時、あまりよそよそしさを感じることはなかった。

 あの時、既に彼女は『忍に助けられた双葉のいる世界』に生きる、一色双葉だった。

 そういうことなのだろうか。

 

「んで、次に私はまた世界を分岐させないと、いけない。『里中忍を説得できなかった私のいる世界』と、『里中忍を説得できた私のいる世界』に、だ」

 

 ま、主観の上でしかないんだけどなー。と、双葉はよく分からないことを言った。

 

「あ、別にそんなに深く考える必要は全くない。こっちの話だ。忍がどんな未来を選んだとしても、忍は忍だ。世界が変わっても、忍が変わることはない。それは未来を変える人だけに与えられてる特権だからなー」

 

 深く考える必要はないから、深く考えるな。

 双葉も難しいことを言う。白い熊を思い浮かべるなと言われても、頭の中で白い熊を想像してしまうようなものだ。

 まあいい。凡人が考えても分からないものはしょうがない。

 でも一つ、確認したいことがあった。

 『忍に助けられなかった双葉のいる世界』の一色双葉は、ただ一色葉司宅にいる過去の双葉を助けてほしいと私に電話を掛けてきた。

 過去で苦しんでいる自分をただ助けたい。それだけのことだと思っていた。

 でも、双葉はまた何か動きを見せようとしている。『忍に助けられた双葉のいる世界』の一色双葉が、新たな命令を双葉に科している。

 『一色双葉』の本当の目的は……一体、何なんだ?

 

「じゃあ、お前……達の目的は、虐待されてた双葉を助けることじゃなかったってことか」

「そゆこと! 最終目的は、そっちじゃない。あくまでも通過点だ」双葉は満足そうに頷いた。

「じゃあ、その、最終目的ってのは何なんだよ」

「『終焉』を食い止める」

 

 と。

 双葉はキッパリと言った。

 そうだ。未来のことを話しているときに、双葉はそんなことを言っていた。

 終焉。

 あまり、響きのいい言葉じゃない。

 

「忍」

 

 双葉は私を見た。

 

「私と一緒に、パレスを攻略して欲す、い」

 

 ……。

 噛んだ。

 

「パレス?」

 

 悪人が認知世界に持っている自身の住処、だっけ?

 パレスを攻略することは、つまり、悪人が善人になることだとモルガナは言っていたけど……。

 その悪人を成敗して、そして、『終焉』とやらを食い止める。

 

「名前は?」

 

 私は聞いた。

 

「雨宮、蓮」

 

 双葉は答えた。

 

「この世界をめちゃくちゃにする、大罪人だ」

 




時間軸や世界線等の解釈は、『Steins;Gate』や『物語シリーズ』を参考にしています。
未来の電話云々はオリジナルです。多分。
それなりに考えた方なんですが、何か辻褄の合わない部分などがあれば申し訳ないです。
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