ネコ拾ったら、自称未来人から電話が来た   作:菓子子

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七話『ルブラン』

「雨宮、蓮?」

 

 なんだ?

 そんな名前を、つい最近どこかで聞いたような気がする。

 思い出そうとしたけど、双葉に聞いた方が恐らく早いことに気づいた。

 

「なぁ、その雨宮ってのは、一体どんな奴なんだよ」

「……んー、えっと、ねぇ……」

「おい、じらすなって」

 

 私は双葉を見る。

 双葉は呆然と、壁に描かれた富士山の絵を見つめていた。

 私の質問に答える気配はない。

 

 

「……もしかして、お前、」

 

 あれだけ説明すると言ったのに。

 あれほど張り切っていたのに。

 『里中忍を説得できた私のいる世界』だとか、大層なことを抜かしていたのに。

 

「のぼせてる……?」

 

 双葉の頬は、青森県産の林檎くらい赤く染まっていた。

 

 

 

 

「やっぱり、風呂上がりにはコーヒー牛乳だよなー! カフェインも摂取できるし、一石二鳥だし!」

 

カンカンに火照った双葉を、扇風機やら団扇やらで冷やすこと、およそ十分。

 私が一人でやった努力も露知らず、双葉は瓶に入ったコーヒー牛乳に舌鼓を打っている。

 服装はそのままだ。ちっこい体だとは言っても、それなりにくびれはあるらしい。多少結び目が緩くなっていても、なんとかタオルは持ちこたえている。

 そうだな、と私は適当に返して牛乳を煽る。瓶で飲む牛乳と、コップで飲む牛乳はどうしてこれほどまでに味が違うのだろう。

 ただの気のせいか。それとも風呂上りだからか。

 分からない。

 

「ちなみに……なんだけど」

「うん?」私は双葉を見た。

「忍はどんなペルソナ、持ってる?」

 

 ペルソナ?

 私が?

 

「持ってないけど?」

「えっ?」

「え?」

 

 一体何に衝撃を受けたのか、双葉の手から牛乳瓶が滑り落ちる。幸い、中身は全て双葉の腹の中に収まっていたようで、ガツ、という固い音が鳴っただけで済んだ。

 

「忍、ペルソナ、持ってないの?」

「ああ」

「何で?」

「何で、って言われてもな」私は頭を掻いた。「皆ペルソナ持ってて当然みたいな言い方をするな」

 

 ペルソナは、現状に抗う意思を持つ人にのみ与えられる力だと、モルガナは言った。

 しかし、私は今を受け入れてしまっている。双葉のような生き方は、まるで流れの変わらない川を、逆に泳いでいくようなものだ。それはとても疲れることだし、面倒くさい。

 テストで悪い点を取れば「頭が悪いから仕方がない」と諦めたり。

 仕事で失敗をすれば、お酒を飲んでごまかしたり。

 誰もがペルソナを持っているとは限らないのだ。

 

「じゃ、じゃあ、なんで……私を助けたの?」

「……」

 

 それは。

 双葉を助けたことと、双葉に協力をすることは別件だから、なんて。

 悲しそうな目を向ける双葉に、突き放すようなことを言う気にはなれなかった。

 だから私は、手駒を取り出して、その場を誤魔化すことにした。

 

「私はペルソナを持ってない。……が、モルガナは持ってるようだぞ」

「もるがな……? モルガナって、あのにゃんこのことか?」

「ああ」

「あのニャアニャアうるさい?」

「あのニャアニャアうるさい奴だ」

「にゃんこなのに?」

「しかも、喋れるというオマケ付きだ」

「まじか! おトクすぎる……」

 

 愛玩動物の代表である猫が、口悪く喋り掛けてくることは、果たしてお得なのかどうかは一考の余地がありそうだが。

 とにかく、双葉は私の事を信じて……、

 

「……って! そんなの信じる訳ないじゃん!」

 

 ……くれてはいなかった。

 まあ、そうなるよな。

 でも、ここで引き下がれない。

 

「じゃあ、逆に聞くが、どうして未来の双葉は、私に連絡を入れたと思う? ペルソナを持っていない、私に」

 

 そして、ペルソナを持つ気のない私に、だ。

 仮に私が双葉に協力したとする。でも、限度がある。少なくとも、私がパレスに行っても足手まといになることは目に見えている。

 とすると、一色双葉は私に興味がなかったのではないのだろうか? あくまで一色双葉は、私が一時的に飼っている『モルガナ』というカードが欲しかったのではないだろうか。

 だから強引に私と接点を持とうとした。

 私という戦力が欲しかったんじゃない。

 モルガナというペルソナ使いを必要としていた。

 だから異世界ナビを私のスマホに寄越し、モルガナと引き合わせた。

 私がメメントスに行けたのはまぐれだし、モルガナを道端で拾ったのも気の迷いだ。

 でもそれらは全部、『一色双葉』にとっては過去の事象でしかない。

 全てが収束しているのだ。

 『一色双葉』からの電話は、まだ掛かってこない。

 それでも全部、繋がっているような気がした。

 

 

「でも……でもさ、モルガナって忍の飼い猫なんでしょ?」

「あいつは所詮居候の身だ。元々、数日経ったら追い出すつもりだった」

「う……んん」

 

 双葉は顔をしかめる。

 視線は、モルガナが待っているはずの方に向けられていた。あいつはちゃんと力になってくれるのか。私にも分からない。

 疑うような目で遠くを見る双葉が、私に向き直る。

 

「……ん。とりあえず、この件は保留な」

 

 といった次の瞬間。

 双葉の腹の虫が鳴った。

 のぼせたり飲んだり食べたり、忙しい奴だな。

 私は、近くにある飲食店を思い出す。

 ここじゃ……やっぱりあそこか。

 あのマスター、まだちゃんと店を崩さすにやっているのだろうか。

 

「あ……えへっへ」

 

 双葉は不器用な笑顔を顔に張り付けている。

 感情の起伏はあるけど、感情表現と表情筋がそれについていけていないといった感じだな。

 まあいい。私も言えたものじゃないことは自覚している。

 

「私も腹が減ってきた。奢るよ。別にどこでもいいだろ?」

「あー……えっと、実は一個、寄りたいところがある」

「なんだよ」

「ルブラン」

「……え?」

「ルブラン。そこに行けば、なんとかなるって、私が言ってた。あ、未来の」

 

 ルブラン。

 懐かしい響きに、色んなことを思い起こされた。

 

「さいですか」

「……私も、そう思うし」

「?」

 

 一段階声を低くした双葉が気になって、双葉を見ようとする。

 でも、大きく垂れた前髪が邪魔になって、表情をよく見ることはできなかった。

 まあいいか。いずれ分かるだろう。

 私は瓶に残った牛乳を一気に飲み干して席を立った。

 

 

 

 

「入るぞ」

「あぁ?」

 

 ルブランは相変わらず閑古鳥が鳴いていた。

 カウンター手前の黒電話を目にすると、一瞬遅れてコーヒーのいい匂いがやってくる。ああ、こんな感じだった、気がする。訳もなく、昔のことが思い出された気持ちになる。

 左手のテーブル席か、右手のカウンター席のどちらに座ろうか悩む。まあ、あまり声を大にして言えるようなことじゃなから、テーブル席にしておこう。そう私は決めて、真ん中の椅子に双葉を誘導した。

 

「……ってなんだよ、里中か。全然面見せねぇなと思ったら、こうやってふらっとやって来る」

「この辺りに腰を落ち着けて話せる場所がなくてな。ここ、借りさせてもらうよ。どうぞ、お構いなく」

「お構いなくってお前、ここは俺の家じゃねぇ。店だ。何か注文するくらいの気概を、」

 

 見せろ、と言おうとした(と思う)マスターの口が止まる。視線は、私の背後で縮こまっている双葉に向けられている。

 

「連れか?」

「見りゃ分かるだろ」

「へぇ……お前さんが、連れ、ねぇ」マスターは目を細めて私を見た。「珍しいじゃねえか」

「ああ、うん、まあな」

 

 私は言葉を濁した。ここに誰かを連れて来た記憶は、私の中にも、そしてマスターの中にも恐らくない。

 小さい頃、四茶に住んでいたことがあった。だから、時々ここに来ることがあった。

 といった、短い二言で括れる話ではない。

 積もる話もある。けれど双葉を前にして、思い出話に花を咲かせることはやっぱり違うとも思う。マスターもきっと私に聞いてこないのも分かっている。

 だから私は、対面に座った双葉に言った。

 

「ここ、他もそこそこだけど、カレーだけはやけに旨いんだ。前も普通に美味しかったんだが、ある日人が変わったみたいに味が激変してな。あれ以来、何かヤバい物をカレーに入れたって私は思ってる」

「……! じゃ、じゃあ……私も、それ、で」

「……あ、ああ」

 

 私は曖昧に頷いた。

 やっぱり、銭湯を出る前から双葉の様子がおかしい。

 まだ、のぼせた時の後遺症みたいなものが残っていたりするのだろうか?

 まさか、マスターに人見知りしているはずはないと思うけど。……いや、それなりにありそうだな。

 

「おい、大丈夫かよ」

 

 私は小声で聞いた。

 

「う、うん」

「ポカリ、まだ鞄に残ってるけど、」

「いや、いい」双葉はピンと張りつめた声で言った。「私も、カレーで」

「ワガハイも食べたい」

「おお」

 

 モルガナ。

 いや、忘れてなかった。本当に。

 

「じゃあ、ええと」私はカウンターの向こうで立っているマスターに言った。「ルブランカレー二つ。あと、小皿も一つくれ」

「あいよ。コーヒーはいらねぇのか」

「……あー。じゃあ、いつもの」

「いつもの? お前が余りにも来ねぇから、忘れちまったよ」

「……そうか。まあ、その年になったら、物忘れもひどくなるのかもしれないな」

「嘘に決まってるだろ。いつものブレンドな」

 

 マスターは適当に手を振って、奥のキッチンへと消えていった。

 私は多分、マスターに口で勝てる機会はない。

 それでも、つい生意気な口をきいてしまうのはどうしてなんだろう。

 分からない。

 それより双葉が心配だ。さっきよりか表情はマシになっている。でも、まだ少しだけ緊張の色が浮かんでいた。

 

「なんなんだよ、さっきから」

「なんでも、ない。それより『終焉』のこと、話す。銭湯で話しそびれた、から」

「ああ」と私は言った。「そうだったな」

 

 私は頭を切り替える。

 双葉のアホ毛がふわりと一回なびいた。

 

「パレスの主を倒すと、現実世界にいるソイツが改心することは知ってるか?」

「ああ、うん」

「じゃあ、パレスの主を殺すとどうなる?」

「ええと」私はモルガナが言っていたことを思い出した。「廃人化するん、だっけ」

「そう、そうだ」双葉は頷いた。「彼は、それを利用するの」

 

 双葉は言った。

 

「利用、って?」

「そのままの意味。皆、認知世界のことなんて知らない。だから、認知世界でどんな行動に出ても、足がつかない」

「え、それって」私は聞いた。「じゃあ、誰かが認知世界を利用して、現実世界にいる誰かを廃人化させるってことか?」

「そゆこと、そゆこと」

 

 双葉はあっさりと頷いた。

 アシがつかない。

 つまり、認知世界を使えば、完全犯罪を成し遂げられるということだ。

 少なくとも、現実世界においては。

 

「一週間もしない内に、一人目の被害者が現れる。一か月後にはもう一人。どちらも、あり得ないような死に方だった、らしい」

「……そりゃ、ひどいな」

「その時は、どっちも自殺で処理されるの。……証拠がないからな。でも、その事件には、二つの共通点があった」

「共通点?」

「死んだ傍にはどっちも、『予告状』が置かれてるらしい。オタカラは頂戴した。そう書かれてるんだ……って、私は言ってた」

 

 双葉は言った。

 

「オタカラって、あれか。パレスを攻略したら手に入るっていう、」

「どうだろ。オタカラを盗むのだとしたら、パレスの主を殺す必要はない。だって、無力化させるだけでいいから」

 

 オタカラって、多分、その人の命だと思う。

 双葉は、苦々しい顔で呟いた。

 

「……マジかよ。それは、何ていうか、ひどい話だな」

「でも、世間はそうは思ってない、みたいなの」

「え?」

「もう一つの共通点がそれ。一人目と二人目、どっちも、文句の付けようがない悪人だった。皆は怯えるどこか、逆にソイツを応援し出すんだ」

「……」

「『悪い奴らを退治してくれる、人の命を盗む怪盗』がいるって。『悪を打ち倒す正義が現れる』って。そんな噂が一気に浸透し始める」

「……なるほどな」

 

 悪は倒されるべきだし、いくら叩こうが構わない。

 何故なら彼らは悪で、少なくとも私の方が善人だから。

 勧善懲悪の風潮は、今に始まったことじゃない。

 でも、だからこそ、双葉の言っている『未来予知』は、あながち信じられないものじゃないとは思った。

 

「で、次にやっつけられるべき悪人が、『怪盗お願いチャンネル』っていう非公式サイトのランキングに載り始める。そしてランクの高い人から片っ端に、黒い噂のある有名人が断罪されてく。しまいには恨みを持ってる人、クラスで気に食わない人、電車の中で肩がぶつかった人……次々に、廃人化されてくんだ」

「それが、『終焉』か」

「うん」

「で、その怪盗の名前が、雨宮蓮で?」

「うん」

「雨宮蓮は、パレスを持っていると」

「うん」

 

 謎の怪盗によって、悪人が消され、善人がはびこるようになった世界。

 そんな世界を、一色双葉は『終焉』と呼んだ。

 皮肉が効きすぎている、おとぎ話のように思えた。

 そして、双葉はそんな世界をおとぎ話で終わらせるために動いている。

 なんて遠大で果てしない計画だろう。

 モルガナはこの話を聞いて何を思っているのだろうか。

 分からない。

 

「分かったよ。分かった」私は目を瞑り、両手をあげた。「ご説明ありがとう。でも、私が切れるカードは一つだけだ」

 

 私は鞄の中からモルガナを取り出した。

 

「コイツをお前に預ける。預けて、モルガナがお前の力になる。それでいいだろ? モルガナ。お前、別に行く当てはないんだろ」

「そ、そうだけどよ……。でも、少し放ってはおけないな。双葉のことも、怪盗のことも」

「よし。決まりだな、じゃあ、」

「放ってはおけないな、って、ワガハイは言ったんだ」

 

 モルガナは、強い口調で私に言った。

 『お前もそうなんじゃないのか?』

 モルガナは目で、私に語っていた。

 

「……任せたよ。お前に」

「……分かった」

 

 逸らした私の視線で、ある程度は察してくれたようだ。視界の端で、モルガナが小さく首を縦に振ったのが見えた。

 私は双葉の力になれないから。

 そしてもう一つ。私は双葉が予言する世界の在り方を、全否定できないでいた。

 悪人が、死をもって断罪されることは、悪いことなのだろうか?

 完璧に間違っていることなのか?

 分からない。分からないから、行動に移せない。

 

「……今、ネコ、何て言ったの?」

「双葉に一生ついていくって言ったぞ」

「そこまでは言ってねえよ」

「え……。いや、一生はちょっと……キツイ……かな」

「何か勝手にフラれてるし!」

 

 そのやり取りに私は噴き出してしまう。続いて双葉は例によって変な笑顔を浮かべ、仕方がなさそうにモルガナも笑った。朗らかだとはとても言えない、ぎこちない感情の伝播だった。

 

「……お、」

 

 にわかにカレーの匂いが濃くなったな、と思うや否や、マスターが両手に重そうなお皿を持ちながらこちらにやって来る。

 マスターが目の前に来たあたりで、双葉はまた顔を伏せた。人見知りにもほどがあるだろう。

 と、私は思っていた。

 

「はいよ。取り皿は後でな」

「ああ、うん」

「……」

「……で、嬢ちゃんは何か、飲み物でもいるかい?」

 

 そうマスターが言い終えたのと、ほぼ同時に。

 双葉は顔をあげた。

 その時の表情は、ひどく大人びているように私には思えた。

 

 

「久しぶりだな。……そうじろう」

 

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