彼女に振られた結果、陰キャなカワイイ女の子になつかれました。@リメイク   作:墨川 六月

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一から書き直して、小説家になろう様へ投稿している方のストーリーにリメイクをさせて頂きました。

変更点としては、

・タイトルの変更

・登場人物の名前の変更

・ストーリーの大幅変更

の二つです。

前話まで書いていたストーリーは残して置くつもりですが、事前報告なく削除する場合があるかもしれません。
作者の勝手な自己判断でこの様な事をしてしまい、申し訳ありません。今後とも、この作品をよろしくお願いします。

では、新しいストーリー第一話、どうぞ!

1万1000文字…第一話は二話分の文量です!


番外編
第一話 陰キャとの出会い


 夕暮で綺麗に赤く染まる教室。

 その場にいるのは俺と一人の女の子だけ。微かに聞こえるブラスバンド部の演奏に演劇部の声出し、アカペラ部の美しい音色。

 窓の隙間から侵入するそよ風は白いレースのカーテンを揺らし、斜めに照らされる夕陽は俺達を包んだ。

 

 この俺《櫻葉栄太郎(さくらばえいたろう)》は県内ではそれなりに名の通る進学校に通っている何の変哲もない高校一年生。

 

 まぁ、彼女はいる。

 

 ん?聞こえなかったかな?

 

 彼女はいる!

 

 それこそが今俺の目の前で何かを言いずらそうにモジモジしている女子生徒。茶色のボブカットの前髪は眉上でしっかりと切り揃えられており、女にしても低い背丈はリスのような小動物を連想させる。可愛らしくも、どこか頬を赤らめているのがわかった。

 

 こんな可愛い子と付き合えるなんて、俺は既に勝ち組の領域に達しているのかもしれない。

 すまねぇな、童貞連合の諸君。

 もう俺とお前らでは全てが違う。一生一人で自分を慰めておけばいいのだ。

 

 そして彼女は放課後の雰囲気を色濃く残したこの教室で、口を開いた。

 

「私達、別れよ?他に好きな人出来ちゃった。」

「…は?」

 

 甘い春休みを目前とした三月六日。

 

 櫻葉栄太郎は彼女である《綾小路由奈(あやのこうじゆな)》に振られたのだった。

 

 

 

 

 

 

 ****

 

 

 

 

 

 

 

 

 全く…酷い夢を見たもんだ。

 うつ伏せで寝ると悪夢を見るとはよく聞く話だけど、どうやらこれは本当らしい。

 俺は目覚まし時計と共にベットから身を起こした。

 

 

 俺ほどの何の変哲もない一般人はこの世界に居ないのではないかと、俺は自負している。

 

 両親はなかなか家に帰っては来ないが毎月振り込まれるお金で俺達を養ってくれるし、コロンブスの生まれ変わりを自称するクソ兄貴は大学を卒業するや否や自分で貯めた金で世界中を飛び回る冒険家になりやがった。

 

 今はマイラブリーヤングシスターと二人暮しだ。シスコン?ざけんな。俺はシスコンじゃねぇただ妹が好きなだけさ。

 

 確かに一般的な家庭から見れば少しだけ異質かもしれないが、別に俺の一家は足が臭い父親がいたり、三段腹の母親がいたり、下ネタを連呼するジャガイモ頭の五歳児がいる訳では無いのだ。

 

 俺にとってこれは普通で、これが日常だ。

 

 受験だって大変だったけど、それだって生きている内に誰しもが体験するようなことで、中学時代にもこれといった苦労をする事は無かった。

 約二年後、《大ノ宮(おおのみや)高校》を卒業する際にもそれは変わることは無いだろう。

 

 だからこそ、俺の事を好きだと言ってくれた女子生徒がいた時に、俺は舞い上がった。

 

 そりゃあ友達の前では『は?別に彼女とか欲しくないし。高校生カップルがゴールする確率知ってっか?

十人に一人いないんだぜ?』と見栄を張った。

 その時に『お前そういうの調べるんだ』という中々核心をつくツッコミを貰ったのも記憶に新しい。

 

 最近『高校生で彼女を作ったとしても』という完全に負け組思想を抱くようになっていたので、いつの間にか俺の検索履歴には【高校生 カップル 結婚 確率】というワードが残っていた。

 ゴミ箱ボタンを押して無感情でそれを無かった事にする。

 

 そもそも高校生で結婚を意識して付き合う連中自体が少ないのは確かだろう。大半は『恋人持ちの俺、私』に自惚れしているだけなのだ。滑稽だな滑稽。

 

 高校生で恋人持ちの人、ゴメンな。お前らが結婚出来る確率は一割以下なんだよ!!(負け犬の遠吠え)

 

 二階の自室からリビングに向かうと、既にテーブルの上に朝食が並べられていた。俺は台所と向き合う少女に話しかけた。

 

「おはよう。いい朝だな、妹よ。」

「ご機嫌麗しゅう。いい朝だね、兄よ。」

「お兄ちゃんと呼びなさい。それかお兄たま。」

「やだ。」

 

 といういつもの下らないやり取りを繰り広げ、俺はテーブルに座った。ふふふ、照れ隠しが上手くなったのう我が妹よ。え?本音?まさか…。

 

 トーストの上にはベーコンエッグが乗っており、その他にも野菜の盛り合わせとコーヒー、そしてデザートのヨーグルトが置かれていた。

 コーヒーを啜り、ベーコンエッグを眺める。朝は食欲がわかんのだ。

 

「ねぇ、お兄ちゃん。」

「なんだい。」

「元気ないね。」

「朝はな。」

「春休み前から、いつも。」

「…。」

 

 我が妹、《櫻葉楓(さくらばかえで)》。俺と同じ船戸森高校に通う高校一年生。未だにパジャマで髪はボサボサだが、いつもは梳かした髪をポニーテールで縛っており小学生時代は大人びている顔と言われていた。しかしこいつは小学生時代の顔のまま身長だけが成長し、未だに小学生と言っても通るレベルで背丈が低い童顔へと変わってしまった。

 

 楓はハムスターのようにトーストを口に頬張ったまま言った。

 

「彼女さんの事は忘れなよ。あんな可愛い人、お兄ちゃんには高嶺の花だったんだよ。釣り合わない釣り合わない。」

 

 コイツは朝っぱらから実の兄に辛辣な言葉をかましてくるのね…。

 『やっぱりお兄ちゃんのお嫁さんは私じゃなきゃダメなんだよ!ぷんぷん。』くらいあってもいいと思う。…本気で思ってないぞ?勿論ネタだよ?

 

「なんだよその言い方。お前の将来の姉になるかもしれない子だったんだぞ?」

「うわー、結婚まで考えたんだー。キモすぎわろたー。そりゃ振られるわー。」

「ぶっ飛ばすぞてめぇ。」

 

 分かってんだよ…んな事くらい。綾小路と俺とじゃ、やっぱり生きてる世界が違った。半年付き合えただけでも大したもんさ。

 俺はトーストを頬張りながら口を開く。

 

「恋は運命なんて言うが、何が好きかなんてのは後天的に覚えていくものなのさ。そんなものが先天的、ロマンチックに言えば運命論で決められてるとしたら、世の中は不公平だ。綾小路は後天的に俺を嫌ったってことだろ。別に引きずってるとかじゃない。」

「お兄ちゃんって時々変なこと言うよね。そういう屁理屈ならべるところ、私は嫌いじゃないよ。」

 

 俺はいつの間にか手が進んでいたトーストの最後の一口を口に放り込んだ。

 コーヒーでそれを流し込み、テーブルの下に置いてあったリュックサックを掴む。

 

「んじゃ、洗い物頼む。行ってくるわ。」

「はいはい。いってらっしゃい。…ん?やっぱりお兄ちゃん未練タラタラじゃん。」

「なにが?」

 

 楓が渡してきた俺のスマホの待ち受け画面は、綾小路由とのツーショット写真だった。俺の顔はアホみたいに頬が緩んでおり、そして…幸せそうな顔をしていた。

 

 だっせぇな…俺。

 

 

 

 

 ****

 

 

 

 

 

 俺の通う大ノ宮高校は県内では進学校に属しているが、部活動が盛んな訳でもないし、特に有名大や難関大に合格したという実績が多い訳では無い。

 偏差値だけで見られた進学校(笑)と言ったとこか。

 

 家から徒歩二十分。住宅街を抜け、丘の上にあるのが大ノ宮高校だ。

 

 二年A組。我がクラス。

 気が重い。学校は嫌いだが、友好関係は悪くは無い。友達だってそこそこいるし、不良に目をつけられている訳でもない。しかし…

 

「あっ、栄太郎君!おはよー!」

 

 俺のクラスにはこの女の子、綾小路由奈がいるのだ。

 教室の前に突っ立っていた俺に、綾小路は話しかけてきた。

 なんの躊躇いもなく、なんの悪びれもなく、まるで最初から何も無かったかのように…。

 

「…うん。」

「ちょっとどうしたの栄太郎君!二年生になってから暗いよー!」

 

 誰のせいだよ、誰の。…にしても。

 

 やっぱ可愛いよなぁ。顔はめっいゃ小さいし、髪はフワフワしてるし…それに…。俺は馬鹿みたいに短いスカートに視線を下ろした。

 色白でめっちゃ足細いし。

 なんで俺にこんな笑顔で話しかけてくんのかな。

 

「ごめん、ちょっとクラス入りたいから。」

「あ、あぁ。悪い。」

 

 綾小路は俺がドアの前からどくと、笑顔で頷いて教室入って言った。

 クラス内からは『由奈おはよー!』という声と、『おはよー!』という綾小路の元気な返事が聞こえてきた。

 

 やっぱクラスでもカーストトップの連中とつるんでいる子は違うな。俺なら絶対クラスであんな大声絶対出せねぇよ。

 

 ふと俺の背後に人の気配を感じた。俺と同じくらいの背丈で、そいつは両手をメガホンのように口元に置き口を開いた。

 

「生徒指導部さ〜ん!朝から元カノの身体を舐め回すように見る不純な男子生徒がここにいま〜す!」

 

 俺をコケにするような声と共に俺は振り返える。

 

「お前…。」

 

 俺の事を変態扱いした男は中学時代からの友人であり、“一応”最もこの学校で俺が信用を置いている相手、《市山拓(いちやまたく)》。

 爽やかな短髪に、中性的で穏やかな顔立ちは、一部女子から絶大な人気を誇っているが騙されてはいけない。それはフェイクだ。

 下ネタは所構わず言うし、シリアスな場面では空気読めねーし、男友達としてはかなり面白い奴だけど、中身を知っている女子から見れば色々と残念な男だ。

 

 拓は俺の肩に手を回した。

 

「だから言ったろ相棒。お前に由奈ちゃんは似合わねーんだよ。お前はゴキブリと蝶々が一緒にいるところを見てどう思う?」

「俺はゴキブリ扱いかよ!」

「いやでも分かるぜ。由奈ちゃん可愛いもんな。お前が付き合えただけ奇跡だよ奇跡。色白いし足細いし、胸は…まぁ無いが、ベッドの上だとどうだった?…あぁ、お前はヤれずに別れたんだったか。」

「ブチ殺すぞ。」

 

 ったく、どこまでも無礼な奴だ。人の元カノを…お前が舐め回すように見てんじゃねぇか。

 

「あの…!!」

「「あん?」」

「あの…入りたいんですけど…。」

 

 振り向くと、セミロングの黒髪の少女が両手でリュックサックの紐を握りながら立っていた。顔は伏せているので見えない。

 

「あぁ!わりぃね!!」

「ひっ!いえ…大丈夫です。」

 

 未だにドアの前に突っ立っていた俺達に話しかけてきた少女は、俯いた猫背のまま俺達の横を通り過ぎた。えっと…名前は…。

 

 そんな事を考えていると、拓が口を挟む。

 

 

「ああいう大人しめもいいよな。無知な私がイケない事を知ってしまって。みたいな…」

「突然失礼極まりないぞお前。てか大きな声出すなよ、春咲(はるさき)さん、ビビってたろ。」

 

 そうだ。《春咲日向(はるさきひなた)》。あんまり関わったことないから忘れてた。てか俺は今席隣だし。

 

「春咲さんっていうのか…ほう。」

「知らなかったのか?」

「あぁ。“日陰姫(ひかげひめ)”って誰かが呼んでたのは知ってたんだけどな。」

 

 ふーん。日陰姫、ねぇ…。拓は続けて言った。

 

「あんまりそういうアダ名は好きじゃねぇ。」

 

 同感だ。

 《姫》はまだしも、《日陰》なんて名詞は明らかに悪意のあるアダ名だ。

 俺らと春咲さんが同じ人種の人間だからかもしれないが、ああいう人間は人に強く言えない。アダ名で呼んでるヤツらに悪意があるのかは知らないが、呼ばれている方はいい気持ちでは無いに決まってる。

 

 俺は教室の一番後ろ、窓際の席辺りに集まるグループを見つめた。

 グループ構成は四人。男子二人に女子二人。その内の一人に綾小路がいる。

 

 綾小路はグループの男子の一人。船戸森高校二年スクールカーストトップの《十文字昴(じゅうもんじすばる)》と話していた。

 楽しそうに喋ってんな…俺と居る時はあんな顔してなかったろ。

 

 綾小路は…俺となんの為に付き合ってたんだろ…。

 

「はぁ…」 

「エータロー。」

「んだよ。」

「もう一度言う。いい加減目ェ覚ませ。お前と由奈ちゃんは別れたんだよ。いつまでも元カノを眺めて溜息を零すのはやめろ。」

 

 

 ────分かってるよそんなこと…。

 

 

 けど、あの子と居る時は…これまでに無いくらい幸せだったんだ…。

 

 

 

 

 ****

 

 

 

 

 俺は廊下側の一番後ろの自分の席に座ると、隣で春咲さんがセッセとリュックサックから教科書を取り出していた。

 

 毎日教科書持ち帰ってんのか…偉いな。

 そう言えばさっきは顔を伏せていて忘れていたが、春咲さんは小さな顔に見合わない大きな丸眼鏡を付けているのだ。眼鏡の光が反射していて、眼鏡のなかの瞳は見えなかった。

 

 ん?なんかオロオロしてるぞ。メガネケースを弄ってんのか?

 

 あっ、リュックサックの中を探し始めた。口が出来上がったばかりのスライムみたいになってるよ。『あわあわあわあわ』って言ってるよ。

 何を探してんだろ、机に置いたメガネケースにメガネ拭きは入ってるし…まさか…。

 

「ねぇ、春咲さん。」

「はい!!…あの、なんでしょう。」

 

 春咲さんはビクッと体を震わせた。俺に対して警戒するように一歩下がりながら口を開く。まぁ話したことの無い異性に話しかけられれば当然の反応であるが、少し敏感すぎやしない?流石にそんなに引かれると俺の心も痛いんだけど…。

 

「あの、違ったら悪いんだけど、眼鏡なら掛けてるよ?」

「ほえ?…あっ…!」

 

 春咲さんは自分の顔を触って確かめる。すると、茹でられたカニのように一気に顔が真っ赤になるのが目に見えた。いやぁ…天然!

 黙って俯き、俺に何度もペコペコと頭を下げた。

 

「櫻葉くん、ごめんなさいごめんなさい!」

「あ、いや、謝らなくても大丈夫だから。」

 

「ねぇ、日陰姫ぇ!!」

 

 突然どこからか発せさられた大きな声に、春咲さんの体が更に震える。なんだ?

 声のした方向を見ると、春咲さんに近寄ってくるのは二人の女子生徒。名前は知らない。痩せてる方と残念な方に分けよう。

 

 てか大きな声出すなよ。春咲さんビビってんだろ。

 

 痩せてる方が声のトーン落とさず話を続ける。

 

「うちらちょっと喉乾いちゃってさー、自販機でいちご牛乳買ってきてくんない?」

 

 …春咲さんをパシろうとしてるのか?

 

 春咲さんはオロオロしながら、恐る恐る震えた声で返す。

 

「いや、でも、もうそろそろ登校のチャイム鳴るし…。」

 

 残念な方が『ちっ』と舌打ちをした所で、先程の痩せてる方の声より1.5倍大きい声で、残念な方が春咲さんを威嚇した。

 

「いいじゃん別に一回くらい遅刻になったってさぁ!!だったらもっと早く登校すればいいのに!」

「ほんとそれ。日陰姫、頼むわ。“うちら友達”でしょ?」

 

 なんだこいつら…友達?パシるのが友達かっての…。

 

「…っ!!…そうだね…じゃぁお金を…「立て替えといてよ。」

「…うん。」

 

 そう言い残したあとに、女子生徒二人は不機嫌そうに踵を返してどこかに歩いていった。

 

 春咲さんはリュックサックから可愛らしい猫が刺繍された小銭財布を取り出すと、教室のドアに向かって歩き出す。

 …おいおいマジかよ。

 

「ちょっ…春咲さん!」

「?」

「いちご牛乳…買いに行くの?」

「うん…櫻葉くんも…いるんですか?」

「ち、違う!そうじゃなくて!!そんなの行く必要ないでしょ!?」

「…っ!…あります…。だってあの二人は友達ですから。」

「パシリにされて、金を出させられんのが友達なもんか。利用されてるだけってのに気づいた方がいい。」

「…違います。これが友達なんです。友達には尽くさなきゃいけないんです。」

 

 マジでこのバカ女…っ!!何考えてんだよ…友達には尽くす。それは間違ってない。でも、春咲さんのやり方は違う。

 

 なら…

 

「…いくらだ?」

「え…?」

「いちご牛乳、いくらだ?」

「えっと…九十円、です。」

 

 安。

 

 俺は振り返り、少し離れた席の拓に声を大にして話しかけた。

 

「拓!いちご牛乳飲まねぇ?」

 

 拓は少し驚いた表情でこちらを見た。先程春咲さんにいちご牛乳を注文した女子生徒二人も、綾小路達がいるクラスのトップグループも、俺の方を向いた。

 

 拓は一度困惑した様子を見せたが、直ぐにニヤッと笑い、俺にスキップをしながら歩み寄る。

 

「いいねぇ、いちご牛乳。おれも丁度飲みたいと思ってたところなんだよ。」

 

 そして俺の肩に手を回し、『なんか面白いそうなことが起きてんな。しょうがねぇ、乗ってやるよ。』と呟いた。

 流石は我が悪友。この借りはちゃんと返すからな。

 

「え?え?」

 

 春咲さんは状況が理解出来ないようで、俺と拓を交互に見る。俺は春咲さんに視線をずらした。

 

「春咲さんもどう?いちご牛乳。行くんなら、一緒に買いに行かね?」

 

 と俺。

 

「春咲さん何気におれと話すの初めてじゃね?」

 

 と拓。

 

 春咲さんは再び俺と拓を交互に見つめ黙って頷き、顔を伏せた。

 鼻水を啜るような音が聞こえて、肩が震えていたのは、気のせいということにしておこう。

 

 俺達童貞は、女の涙の対処法を知らないのだ。

 

 

 

 ****

 

 

 

 当たり前のことながら、俺達三人はいちご牛乳買いに行っている間にチャイムが鳴ったので遅刻扱い。

 春咲さんがパシリにされている分のいちご牛乳は、俺達三人で割り勘した。

 

 別に春咲さんが付いてこなくても良かったのだけれど、俺達だけで行ってしまったら春咲さんは女子生徒二人の言う事を放棄した事になる。

 最初の俺の説得も無駄だったことから、春咲さんはかなりあの二人に苦手意識を持っているのは間違いない。仮に俺達だけで行ってしまえば、春咲さんが俺達に媚びを売ったと糾弾されるだろう。

 だからこそ一緒に行くという手段を取った。

 三人で行けば遅刻したとしても罪悪感はそれなりに薄れるだろうしな。

 

 なにより、朝のホームルームをしている担任の目の前で、俺と拓が春咲さんをパシリにした女子生二人に渡した時の奴らの反応…!

 担任に春咲さんや俺達をパシリをした事がバレないか不安そうな顔は傑作だったぜ。

 

 しかし、いちご牛乳ってのはあんまり美味いもんじゃねぇな。

 俺と春咲さんはチュウチュウといちご牛乳を飲み始めた。

 

 

 なにしてんだろ、俺。

 

 冷静になって考えてみれば、高校二年の六月。春咲さんがパシられてる事はもっと早く気づけたはずだ。なのに俺は今日の今日まで彼女がパシリにされている事を知らなかった。いや、無意識に見て見ぬ振りをしていたのかもしれない。

 

 俺はなに突然良い奴気どってんだよ…。

 

 

 

 

 昼休み。俺の席で拓は弁当箱を広げた。

 俺は楓の作った卵焼きを口に放り込む。ほのかに甘くて口当たりの良い柔らかさ…ううむ、また腕を上げたな。流石は我が妹。

 

「なぁエータロー。」

「んだよ。卵焼きはやらんぞ。ちなみにミニトマトもだ。添えるだけだとしてもこれには楓の愛情が…」

「ちげぇよ。突然どうしたんだって聞こうと思ったんだよ。」

「はぁ?」

「春咲さん。別に今日特別パシられてた訳じゃないでしょ。面倒な事は見て見ぬ振りをするのが、俺達だろ?」

「お前も協力してくれたじゃねぇか。」

「お前がやるって言うからな。断る理由がない。」

 

 拓はウィンナーを口に入れた。俺はほうれん草のおひたしを口に放り込み、シャキシャキという音と共に口を開く。

 

「普通に春咲さんをパシリにする奴らにムカついた。それだけだ。」

「惚れたか?」

 

 拓の小馬鹿にするような声。俺は鼻で笑った。

 

「バカ言うな。…ところで、当の春咲さんはどこいるんだろうな?」

「ん?」

「いや、席は隣だけどさ、春咲さん昼休みになるといつも居ないじゃん。どこで飯食ってんだろって。」

「ははぁ〜ん。」

「なんだよ。」

 

 こいつさっきからあらぬ勘違いをしてねぇか。さっきのさっきで関わった相手に少しくらい興味を持ったって不思議じゃないだろう。

 

「まぁ、由奈ちゃんとは全くと言っていいほど真逆のタイプだけどな。」

「はぁ…。」

「いや、悪かったって。そうだ、飯食ったら春咲さん捜索隊でもやるか?」

「ストーカーかよ…。」

「探すだけだって。クラスの地味目の女の子が無人の教室で実は…みたいな展開があるかもしれねぇだろ?」

 

 想像力豊かで十分よろしい。『よしきた』と弁当箱をまとめ始めた拓は、コンマ一秒で『あっ!』と声を出した。

 

「どうした?」

「昼休み委員会の集まりがあるんだ!!わりぃ、お前一人で行ってくれ!」

「お前が行かないならやんねぇよ。」

「行けよ。どうせ暇だろ?」

「どうせってなんだ、どうせって…。」

「いいから、いいから!!ほら途中まで一緒に行こうぜ!」

 

 俺は拓に背中を押され、教室から廊下へ足を踏み出した。廊下は教室より気温が高く、とてもじゃないが長居はしたくない。

 まぁどうせ教室に戻っても拓が居ないんじゃしょうがないしな。

 

 拓を会議室まで見送ると、俺は足を進ませた。

 

 

 大ノ宮高校は基本的に屋上が開放されており、昼休みや放課後には自由に入ることが出来る。…が、屋上が開いているとなればやはり人は集まるものだ。

 基本的に屋上はやかましく、アニメや漫画のように屋上で昼寝など出来ようにない。

 

 屋上に到着したが、やはりただ騒がしいだけで辺りを見渡しても春咲さんの姿は無かった。

 そもそも春咲さんは大人しい子だし、こんな所で食べないか。

 

 俺が目を向けた先にあったのは、屋上の端にささやかに備え付けられている用具倉庫だった。

 俺は何となく用具倉庫の後ろに回り、大きくスペースになっている場所に目を向けた。

 

「あ。」

「…櫻葉…くん?」

 

 いた。

 用具倉庫の後ろ、制服のセーラー服の春咲さんは、正座した太ももの上に弁当箱を開いていた。

 肩ほどまで伸びる真っ黒な綺麗な髪は、顔を隠しているのか目にかかる程長く、特徴的な丸眼鏡の中に突如として現れた俺に驚く春咲さんの瞳が見えた。

 

「お、おっす。」

「おっす…です。えと…どうしたんですか?」

「あぁ…いや、えと…」

 

 な、なんて答えればいいんだ?『君を探してたんだ!』露骨すぎる。それに理由もなく人を探す理由もない。ストーカーだと間違えられるに決まってる。

 

「えーと、いつも昼休みに教室にいないから、どこで食ってんのかなーって。」

「なるほどです…んしょ…。」

 

 春咲さんはお尻を動かし、俺の座るスペースを空けてくれた。長居をするつもりは無かったが、取り敢えず春咲さんの隣に腰をかける。

 春咲さんは空を見上げた。俺も少し遅れて空を眺めるが、特に鳥や飛行機が飛んでいる訳ではなかった。何見てんだ?

 

 取り敢えずなんか話しかけてみるか…

 

「さっきは大丈夫だったか?」

「はい。」

「いつもあんな感じなのか?」

「はい。」

「困って…ないか?」

「はい。」

「春咲さん恋人は?」

「いません。いたこともありません。ごめんなさい。付き合えません。」

「なんも言ってねぇけど!!?」

 

 何故か振られてしまったが、ちゃんと聞いてくれているようだった。

 返答が全部同じ肯定だったからワンチャン無視されてんのかと思った。

 

 やめてよ。陰キャは自意識過剰な生き物なんだよ。『あれ?俺嫌われてる?』って簡単に思っちゃう生き物なんだよ。

 

 女の子のトリセツを歌った曲があった気がしたけど、これは陰キャのトリセツも誰か歌ってくれねぇかな?

 

 ……誰が聞くねん、そんな根暗歌。

 

 拓がいるならここで話題が続くのだろうけど、生憎二人きりだと俺には話す話題はない。俺はコミュ障なのだ。女子と二人きりで話せる内容など知らん。

 

 …綾小路と付き合ってた頃は、どんな話をしてたっけ?

 

「櫻葉くん。」

「ん?どうした?」

「さっきはありがとうございます。嬉しかった…です。」

「お礼は何度も聞いたよ。もういいって」

「そうでした。ごめんなさい。」

「いや謝らなくても…。」

「そうですね…ごめんなさい。」

「いやあの…謝られるとこっちが申し訳なるって言うか…。」

「ごめんな…むにゅ。」

 

 また謝りそうだったので俺は春咲さんの柔らかいほっぺたを両手で挟んだ。

 

 おぉ…めっちゃほっぺた柔けぇ。

 

 『しゃくらばくん!』という唸り声が聞こえる。

 

「だから謝るなって。いいか?これが終わっても謝るなよ!?」

 

 『ん〜、ん〜!』という声だけが聞こえる。何を言ってるかは全然わかんない。

 

 離してやろうとも思ったが、春咲さんのほっぺたの柔らかさに感動した俺は、横や縦に春咲さんのほっぺたを引っ張る。ブルドッグっていう遊び昔あったよね…。

 『んんんんんんん!!んんんんんんんん〜!!』という声。春咲さんが何を言いたいか大体分かってきた。多分今のは『櫻葉くん、離してください〜!!』だ。

 

 可愛らしいタコのような顔を見ていると、春咲さんが泣きだしそうになっていたので俺はすぐに離した。

 

「ひどいです…。」

「悪かったって。」

 

 しばらくの沈黙。春咲さんは生姜焼きを口に放り込むと、弁当箱をまとめ始めた。俺は口を開く。

 

「いつも一人で食ってんのか?」

「はい。」

「友達はいるんじゃなかったのか?」

「迷惑をかける訳にはいきませんから。」

 

 迷惑をかけるのが友達だろ。

 

 俺はなんで…春咲さんにこんなにこだわってんだ…。

 今までは別にこの子の事なんて気にしたことなかった。いつも黙って勉強してて、休み時間には本を読んでて、昼休みには居なくなって屋上の用具倉庫の裏で昼飯を食ってる。

 

 言ってしまえばただのボッチだ。俺が気にかけるような存在じゃあない。

 

「なぁ、少しめんどくさい話していいか?」

「え…えと、どうぞ。」

 

 遠慮気味にいう春咲さんを横目に、俺は口を動かし始める。

 

 あれ?

 

「俺さ、一年の春休み前に彼女に振られたんだよ。知ってるだろ?今同じクラスの綾小路由奈。…あの子と付き合ってた。けど振られた、結構あっさりしててさ…『他に好きな人が出来ちゃった』だってさ…。」

 

 おい、何話してんだ俺。春咲さんに話す内容じゃねえだろ。

 

「結構ショックだったよ…。初めてできた恋人に振られるって…。本気で好きだった…本気で幸せにしようと思った…本気で、あの子の理想になろうとしてた。」

 

 おいやめろ。話すな。

 

「けど…綾小路の理想は俺じゃあなかった。…あの子の理想は俺の知らない所で出来ていて、俺は理想にはなれなかった。」

 

 自嘲気味に空を見上げ、春咲さんが見ていた空に視線をずらす。

 雲はひとつも見当たらず、俺はお天道様に自分の情けない顔を見せつけていた。

 口だけが勝手に動き続ける。

 

「だっせえよなぁ!春休み前だぜ?もう三ヶ月近く経つのに、あの子と付き合ってた時間を忘れられない。写真も、思い出の品も、何も消せない…!!」

 

 何故か涙が溢れてきた。泣くな櫻葉栄太郎。女の子の前だぞ…拓にも、楓にも涙なんて見せなかったろ。泣くな、泣くな、泣くな。

 

「もう綾小路が俺に笑いかけて来ないって思うと…胸が痛くて…っ!…今でも好きなんだ…。情けねぇなぁ…未練ありまくりじゃねぇか。強がって、無理して笑って…ほんと、馬鹿だよな…俺って…。くだらねぇよな。…うっ…うぅ…。」

 

 自分の前髪を勢いよく掴んで、俺は顔を伏せた。春咲さんに涙を見られたくなかった。

 春咲さんは何も言わなかった。呆れているのかもしれない。顔を伏せている俺を嘲笑っているのかもしれない。

 

 

 

 ────春咲さんの、声が聞こえた。

 

 

 

「私は、凄いと思います。」

「…え?」

「大切だからこそ忘れられないんだと思います。ほんとに好きだったから忘れられないんだと思います。思い出が大事だから、忘れられないんだと思います。そんなに人を想える櫻葉くんは、ホントに素敵だと思います。」

 

 見ると、春咲さんは躊躇いながらも俺の肩に手を置いてくれた。その手は制服越しでもとても暖かくて、柔らかくて、優しさを感じた。

 春咲さんは淡々と続ける。

 

「そういう気持ちって、とっても大切だと思います。私は、そんな櫻葉くんを尊敬します。とっても…だから…」

 

 

「くっ…うぅ…ああ…ぐずっ…うぅ…!!」

 

 

 大粒の涙が、幾つも俺の目からこぼれ落ちた。

 何度袖で拭っても涙は止まらず、俺の瞳から溢れてくる。

 

 

「だから、涙を拭いてください。そして、ずっと笑っていてください。」

 

 

 いつまで泣いていたかは分からない。

 

 ただ、春咲さんが俺が泣き止むまで、俺の肩に手を置いていてくれた事は覚えている。

 

 

 

 

 

 ****

 

 

 

 

 

 キーンコーンカーンコーン

 

 

「予鈴ですね。大丈夫ですか?櫻葉くん。」

「あ、あぁ。ありがとう。もう大丈夫。」

「よかったです。」

 

 れ、冷静になってみとすげー恥ずかしい。ほぼ初対面(?)の女の子の前で大泣きとか、しかもそれが彼女に振られた話ってどんなだよ。

 

「櫻葉くん、立てますか?」

 

 春咲さんは俺に手を差し出してくれた。

 

「あぁ、ありがとう。うわ!!」

「きゃっ!!」

 

 俺が春咲さんの手を掴むと、春咲さんはそのまま俺の方に倒れ込んで来た。春咲さん!!力なさすぎ!!

 

 そして…春咲さんは、俺に覆いかぶさるように倒れ込む。

 

 ここここここ、これは世にいう床ドンと言うやつではないのか…!?

 って…。まじ?

 

 俺の横に落ちていたのは、春咲さんが掛けていた大きな丸眼鏡。

 

 そして俺は、俺に覆いかぶさる女の子の顔に視線をずらす。

 

 眼鏡の度のせいで小さく見えていたのか、綾小路に負けず劣らずの大きな瞳。

 長いまつ毛に近くでよく見ると分かるきめ細やかな肌に、引き締まった口元。

 長い前髪で隠されていた顔は、俺に覆いかぶさることで前に垂れ下がり、その顔を俺にあらわにしていた。

 

 “美少女”と言えるであろう春咲日向の顔が、互いの吐息がかかる程まで近くにあった。

 

「ごめん…なさい。櫻葉くん。」

 

「いや…こちらこそ…。」

 

 

 これはただの物語。

 

 

 彼女に振られた少年、櫻葉栄太郎と

 

 人と関わる事を恐れる少女、春咲日向が

 

 

 互いの傷を見せ合い、互いの心の溝を埋め合い

 

 

 互いを特別な存在と想いあうまでの…

 

 

 ただの物語だ。

 

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