彼女に振られた結果、陰キャなカワイイ女の子になつかれました。@リメイク   作:墨川 六月

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第十一話 陰キャと元カノとお祭りと

 甘い綿菓子やかき氷の香りと、焼きそばやたこ焼きの香りが入り混じる。片方だけならいい香りなのだが、これが両方混ざると嫌な匂いになるのはどうにかならんものか。

 提灯が頭上に張られた糸にぶら下げられ、時折見つけるスピーカーからは太鼓の音。

 視界に入るのは手を繋ぐカップル、人並みを駆け抜ける小学生、子連れの家族に、いかにも柄が悪そうな不良集団。そん様々な人間が、《大ノ宮神社》の夏祭りに訪れていた。

 百段階段と俺と拓が勝手に呼んでいる大ノ宮神社の階段下に、赤い甚平を羽織った俺は立っていた。

 

 八月五日。十七時五十分。

 

「少し早く着きすぎたか……?」

 

 そんなことを呟いた。

 てか早く誰か来いよ。俺がすっげー楽しみにしてたみたいじゃん。……まぁ実際楽しみだったんだけどさぁ。

 拓でも菜月でもいいから早く来いよ。

 

「エータロー」

 

 不意に呼ばれた方向へ視線を向けると、こちらに手を振りながら歩いてくる拓と菜月の姿があった。俺も手を挙げて軽く挨拶を交わす。

 拓は深緑色の甚平を羽織っており、その後ろにいる菜月は桜の花びらがプリントされた浴衣を羽織っている。赤黒い髪は頭上で纏められており、簪が刺されていた。

 

「早いじゃねぇかエータロー。遅刻常習犯のお前が」

「お前にだけは言われたくねぇ……。てか菜月、お前の浴衣姿なんかカッケーな」

「櫻葉……お前も拓と同じ感想か?浴衣着てる女子に向けてカッケーは慎め。そんなんだからいつまで経っても童貞なんだよお前ら。ひなったんにそんな事言ったらわたしが許さん」

「「あっ、そこは大丈夫。菜月(陣子)にしかそんな事言わねぇから」」

「よぉし、お前らそこに並べ。交互に殴っていくから」

「み、みなさん。お待たせしました」

 

 菜月が浴衣の袖をまくった所で、俺達三人は名を呼ばれた。

 見ると、そこに立っていたのは一人の女の子。

 いつもの特徴的な大きな丸眼鏡は外されており、顔を隠すために垂れ下げられていた前髪は髪留めで分けられている。

 シンプルに後頭部で纏めあげられた漆のように黒い髪、白をベースとした生地に青と紫のアサガオがプリントされていた。色白の頬をささやかに桜色に染め、照れくさそうに軽く俯いている。

 眼鏡を外した顔を見るのは初めてではない。しかし、遺憾だ。誠に遺憾ながら、俺はその少女に思わず見惚れてしまった。

 

「か、可愛いぃぃぃぃい!!!ひなったん可愛いよぉぉぉぉぉぉお!!!」

「な、菜月さん!?」

 

 最初に口を開いた菜月は、浴衣をきた春咲さんを両手でホールドした。頬をスリスリ、頭を撫で撫で、ありとあらゆる愛情表現を菜月は春咲さんに送る。

 春咲さんは迷惑そうにしながらも、嬉しそうにニコッと笑っていた。

 

「エータローよ」

 

 拓が顎に手を置きながら言った。なにやら真剣な顔付きで言い出すので、俺も少しだけ神妙な声で答える。

 

「なんだ拓」

「浴衣の百合営業って……普段の五割増でいいな」

 

 無視した。

 

 菜月に抱きつかれている春咲さんと不意に目が合った。

 眼鏡を外した姿、そして浴衣姿には見慣れていないので、思わずドキッとしてしまうが、こんなものは想定済みよ。

 実は数日前から鏡に向かって春咲さんの浴衣姿を褒める言葉を練習していたのだ。予想していたパターンは50。総練習回数は500。

 全裸で風呂の鏡に迫真の練習していた姿を楓に動画を取られ、兄貴や両親にその動画を送られてしまったが……。ふふ……今思い出しただけでも涙がちょちょ切れそうだぜ。今までに全裸姿で妹に『動画を消してください!!』と泣き付いた男は居ただろうか。

 

 しかしまぁ、練習は決して裏切らない。今日(こんにち)にて浴衣姿の女子を褒める言葉については俺が最強。中距離万能型(ミドルレンジオールラウンダー)だから。最近連載再開したあれだから。

 俺は平常心を保ちながら、春咲さんに歩み寄る。

 そして、菜月の腕から緊急脱出(ベイルアウト)した春咲さんに、言ったものだ。

 

「か、可愛いな。その浴衣……」

 

 ぬわぁぁぁぁぁ!!練習してたのと全然違うじゃん!!なんなの俺!?本番に弱いタイプなの!?

 しかし、春咲さんはそんな俺の言葉に一度大きく目を見開き、持っていた臙脂色の巾着袋で顔を半分隠しながら言った。

 

「あ、ありがとうございます……櫻葉くん。取っても、あの、嬉しいです。えへへ」

 

 嬉しそうに言う春咲さんを視線から外し、俺は顔を両手で覆った。

 

「拓ぅ……どうやら春咲さんは近距離万能型(クロスレンジオールラウンダー)だったらしい……ありゃ近づいたら破壊力やべぇぜ」

「うん。何言ってんだお前。ワート〇?……んな事より、早く行こうぜ。花火までまだ時間はあるが、俺は腹がペコペコだ」

 

 そう言って、俺達は大ノ宮神社の百段階段を登り始めた。

 

 

 ****

 

 

「私、夏祭りって久しぶりなんです」

 

 拓と菜月が射的で盛り上がっているのを後ろから見ていた俺に、隣にいる春咲さんが言った。

 先程はあまりの混雑さに、はぐれないようにと俺達四人は互いの袖を掴んでいたが、春咲さんは未だに俺の甚平の袖を握っている。意識的にか無意識にか分からないが、彼女は学校でも俺の服を握っている事が多い。

 拓は『懐かれてる』と言っているが、そんな動物みたいな言い方どうなんだ?

 

「俺は中学時代も拓と菜月と行ってるぜ。ここの神社は初めてだけど。いつ以来なんだ?」

「えっと……そうですね。中学二年生ぶりくらいです」

「なんだ、結構最近じゃん。誰と行ったの?」

 

 春咲さんはコクコクと頷いて、遠慮気味に答えた。

 

「はい。十文字くんと……」

「へぇ、十文字……。十文字ぃ!!?」

「あ、いや!違います!十文字くんも居ましたけど、他にも二人居ました!」

「あ、あぁ!なんだ」

 

 なんだ、十文字と二人で行ったのかと思った。よかったぁ、思わず自殺しちゃう所だったよ。それにしても

 

「十文字と仲良かったんだな」

「……まあ、良かったと言えば良かったです。今は全くですけど……」

「他の二人とは連絡とってんのか?」

 

 俺は何気なく聞いてしまった質問の失態に、春咲さんの顔を見て気づいた。

 

「……いえ。もう皆さんとは、《ともだち》じゃないですから」

 

 ゆっくりと、春咲さんの顔に影が作られていくのが見えた。

 ふと、前に春咲が言った言葉を思い出す。『私は、結局いいように利用されてるだけなんです』

 春咲さんは未だに俯いていたが、少しだけ穏やかな声で言った。

 

「でも私。今が楽しいんです」

「ん?」

 

 春咲さんは俺を見上げるように視線をずらした。袖を掴む力が強くなる。

 

「今私の隣には、櫻葉くん達が居てくれますから……それだけで十分なんです」

 

 春咲さんは一度目を伏せ、再び俺を見る。

 その目つきは先程の穏やかなものとは違い、どこか不安を孕んだような色をしていた。

 

「櫻葉くんは……」

「俺は?」

「……なんでもないです」

 

 俺は春咲さんから視線を外した。辺りを見渡す。

 

「……綿菓子食いたいって言ってたよな?」

「え?あぁ、はい」

 

 俺はニヤッと笑い、言った。

 

「後で四人で買いに行こうぜ。変な思い出忘れるくらい、今日はバカ騒ぎしようじゃないか!」

「……はい!!」

 

 言っていると、いつの間にか射的から戻ってきた拓と菜月が肩を組んできた。

 

「エータロォォォ!!PS5狙ったのにとれねぇよぉぉぉ!!」

「取れるわけねぇだろンなもん!!現実見ろ!」

「ひなったん、拓ぅ、櫻葉ぁ!次はテキ屋のくじ全部買って当たりがちゃんと入ってるか確かめに行こう!」

「「「どこの大物配信者(ですか)!!?」」」

「ほら!行くぞ陣子!!エータロー!!春咲さん!!祭りに来たからには屋台は食う!!全部食う!!」

「お、おい拓、引っ張んな!は、春咲さんも早く来いよ!」

「……え、あ!は、はい!!」

 

 菜月が拓の手を引き、拓が俺の手を引き、俺は春咲さんの手をがっしりと掴み、俺達は人波に紛れて行った。

 

 

 ****

 

 

 屋台で買った綿菓子をモソモソと食べながら、隣に座る食べ過ぎでダウンした拓を横目に見ていた。馬鹿だなぁ本当に。

 俺達四人は石垣に腰をかけて、一休みをしていた。隣に座る春咲さんが上目遣いで聞いてくる。

 

「そ、そういえば櫻葉くん。今日は楓ちゃんは……」

「楓?あぁ、アイツも友達と行くって言ってたな。もしかしたら会うかもしれないけど、そしたら適当に相手してやってくれよ。アイツこの前会って以来すっかり春咲さん気に入っちゃってさ」

「う、ううん。私も最初は少しびっくりしましたけど、別に嫌じゃないですから……ふへへ」

「それ、楓の前で言うなよ?さらに遠慮なく近寄ってくるぞ」

「気を付けます……」

 

 少しだけ微妙な表情になった春咲さんが可愛らしく、俺は思わず大笑いしてしまった。春咲さんは頬を軽く染め、『なんで笑うんですか?』と抗議してくる。

 やはり春咲さんは出会った当初より、コロコロと表情が変わるようになった気がする。

 俺は綿菓子を丸めて口に放り込む。

 

「菜月、花火まであとどれくらいだ?」

「んー。あと三十分くらいだな。そろそろ場所取りに行かないとまずいぞ」

「んじゃ、そろそろ行くか。ほら立てよ拓」

「うぅ……エータロー俺はもう無理みたいだぜ……」

「くだらねぇ事言ってないで早くしろ」

 

 俺は満腹で倒れる拓の腕を引っ張ると、トントンと肩が叩かれる。

 叩かれた方向に首を振り向けると、プニっと俺の頬を何者かの指がつついた。

 

「あっ!引っかかった、引っかかった!」

 

 俺の後ろに居たのは春咲さんのはず。しかし、聞こえてきた声は春咲さんのものではなかった。春咲さんは俺の頬をつついた少女を呆然と眺め、俺の前にいる拓と菜月もその少女に驚いた様子を見せる。

 楽しそうに俺の頬をつつく少女の声を、俺は知っていた。

 

「綾小路……」

「やっほー!栄太郎くん!」

 

 浴衣を着た元カノ綾小路由奈は、振り向いた俺に向かって、満面の笑みで手を振った。


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