彼女に振られた結果、陰キャなカワイイ女の子になつかれました。@リメイク   作:墨川 六月

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第十三話 栄太郎の特別

 1年前。2017年9月20日。

 

 

『櫻葉くん、好きです……!!私の恋人になってくれませんか?』

 

 夕暮れの教室。窓の隙間から流れ込む涼しい風が、秋を運んできてくれていることが分かった。

 目の前にいる女の子、綾小路由奈は頬を桜色に染め、不安の色を帯びた潤んだ瞳を俺に向けながら、そう言ってくれた。

 

 綾小路との接点といえば、同じ図書委員に所属していて、当番の日は二人で軽い世間話をする程度の間柄だった。

 綾小路はクラスでもよく目立つ女の子で、俺を含む冴えない奴らとは別世界の住人だと思っていた。

 けれど、綾小路はそんな俺にも優しくしてくれて、声を掛けてくれて、俺の話を聞いてよく笑ってくれて……

 

 そんな綾小路に、俺も自然と心を惹かれていた。

 

『綾小路さんは……俺でいいのか?』

 

 言うと、綾小路は穏やかに微笑んだ。

 

 

 ────『うん!私は、櫻葉くんが好きなの』

 

 

 そんな綾小路の笑顔を見て、俺は自分の顔が熱くなるのを感じた。

 

 好きな子と両想いだった。好きな子に告白された。

 

 こんなに嬉しいことはあるだろうか。この告白を受ければ、俺の隣に綾小路が居てくれる。

 

 あの小さな手を握ることが出来る。緊張で震えた体を、抱き締めることが出来る。

 

 

 ────だから、俺は……!!

 

 

 

 

 

 

 ****

 

 

 

 

 

 

 

『綾小路さんと櫻葉くん、付き合ってるらしいよ』

『えーまじー?釣り合わなすぎー』

『あのクソ陰キャのどこが良かったんだろうねー』

『綾小路さん男の趣味悪過ぎて笑えるわ』

『つか櫻葉マジ調子乗んなって感じ。普通にうぜぇわ、あいつ』

『どうにかして綾小路さんからアイツ離せねーかな?イジメっか?』

『……あ、悪い聞こえてたか櫻葉。お前いらねーから帰っていいよ』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『栄太郎くん、無視しよ』

『……由奈』

『ん?どうしたの、栄太郎くん?』

『俺……調子乗ってるかな?……はは……ごめん』

 

 

 

 

 

 

 

 

『栄太郎くん?』

 

 

 

 

 

 

 

『ねぇ栄太郎くん!今日一緒に帰らない?』

 

 

 

 

 

 

 

 

『そっか、市山くん達と遊ぶんだ』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ────栄太郎くんは、気付いてくれるかな?

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ────私が、大変な目に遭ってるの、気付いてくれる?

 

 

 

 

 

 

 

 

 ────私は、栄太郎の事が好きだよ。誰になんと言われようと、栄太郎くんが大好き。

 

 

 

 

 

 

 

 ────栄太郎くんの笑ってる顔が好き。

 ────栄太郎くんの照れてる顔も好き。

 ────栄太郎くんの匂いが好き。

 ────デートの時に無理していい格好見せようとするところも好き。

 ────私が落ち込んでると、頭を撫でてくれるのも好き。

 ────私に色んな話をしてくれるのも好き。

 ────釣り合わないって言われてもいい、私は別れるつもりなんてないから。

 

 

 ────いつまでも、栄太郎くんの特別でいたいから。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 『私達、別れよ?他に好きな人出来ちゃった!』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 『春咲さん!』

 

 

 

 

 

 

 え?

 

 

 

 

 

 

 『あははは!春咲さん、なんだよそれ!』

 『や、辞めてください!櫻葉くん!……ふへへ』

 『なんだなんだ、エータローに言われて随分嬉しそうじゃねぇか春咲さん!』

 『おい櫻葉、拓!ひなったんにダル絡みすな!』

 

 

 

 

 

 

 『エータロー!』

 

 

 

 

 

 『櫻葉!』

 

 

 

 

 

 『櫻葉くん!』

 

 

 

 

 

 

 ────ねぇ栄太郎くん。私達、別れたんだよ?

 

 

 

 

 

 『春咲さん』

 

 

 

 

 やだ。

 

 

 

 

 『春咲さん!』

 

 

 

 

 違う。私の名前は?

 

 

 

 

 なんで、どうして……

 

 

 

 

 ────なんでそんなに、幸せそうな顔をしてるの?

 

 

 

 

 

 

 ****

 

 

 

 

 

 

「綾小路?」

「え!?」

「……どうした?」

「あ、いや、ううん。なんでもないの」

 

 綾小路と祭りを回ること、五分程度の時間が経過した。

 その間は特に屋台による事もなく、俺達はたわいのない言葉遊びをしていた。議題と言えば、実にくだらないものではある。

 図書委員の頃は、図書室に置いてあった黒魔術の使用方法をみたいなのを二人で試していた。今考えれば馬鹿な事をやっていたとは思うが、あの時は綾小路と何かを一緒に出来るだけで楽しかった。

 

「綾小路、なんか食ったか?」

「んーん。実はさっき来たばっか」

「そうか」

 

 俺は俺は身を翻して、ビニールのれんが掛けられた屋台に足を運ぶ。人差し指を立てた。

 

「綿菓子一つください」

「あいよ!おっ、兄ちゃん可愛い彼女連れてるね〜、よっしゃ、でかいの作ってやったから、二人で仲良く食べな」

「あはは……どーも」

 

 彼女だったら嬉しいんですけどね、はい。

 

「はい」

「……?」

「あれ?甘いもの好きじゃなかったっけ?」

「え、あぁいや。うん、好きだよ。覚えててくれたんだね」

「まぁ人の好き嫌いくらい覚えてるさ。クソ兄貴のは知らねーけどな」

「そう言えば栄太郎くんってお兄さん居たんだよね。なんでそこでお兄さんが出てくるの?」

「俺アイツ嫌いだし」

「あはは、なにそれ。お兄さん可哀想じゃん」

「可愛い弟と妹を残して世界中飛び回ってる奴だからなぁ。これくらい言わないと」

「可愛い妹って、やっぱ栄太郎くんシスコンなんだね」

「俺はシスコンじゃねぇ。ただ妹が好きなだけさ」

「うわそのドラマ懐かし」

 

 あれ?なんか普通に会話できてる気がする。こんなの別れてから初めてだ。

 綾小路も先程の様な淀んだ瞳を作っておらず、楽しそうに微笑みながら俺の渡した綿菓子を口に頬張っていた。

 

「栄太郎くんも食べなよ!おじさん二人で食えって言ってたし」

「あぁでも俺はさっき食ったから」

「だめ。栄太郎くんも食べるの。はい!」

 

 綾小路はグイッと俺の目の前に巨大な綿菓子を押し付けてきた。

 仕方ない……俺は目の前にある綿菓子に被り付き、綿菓子を口の中で溶けさせる。

 うん。綿菓子は甘くて、口の中で薄く溶けた。

 

「ふふ……栄太郎くん口の周りに綿菓子ついてるよー」

「え?マジ!?」

 

 咄嗟に口の周りをゴシゴシと拭う。きゃー恥ずかしー。

 

「……ねね、栄太郎くん。こっち来て」

「お、うわ!」

 

 綾小路が俺の腕を引っ張る。屋台が並ぶ通りを外れ、大ノ宮神社を囲う森の中に、俺達は駆け込む。

 直径5m程の開けた場所に出ると、その空間の真ん中には樹齢が何年もあるであろう巨木がそびえ立っていた。俺達はその前に立つ。

 

「おい、こっち暗いから危ねーって」

「大丈夫、大丈夫。少し歩けば人のいるとこに出られるからさ」

 

 俺達はそれぞれ仁王立ちになり、互いに向き合う。

 微かに聞こえてくる祭りの騒音や、穏やかに照らされる月光が、俺達を包んだ。綾小路は『ふふ』と笑う。

 

「最近どう?春咲さんとは」

「どうもなにも、普通だけど……」

「ふぅん。仲良いよね、春咲さんと栄太郎くん。互いに互いを庇いあっちゃったりしてさ……私の代わりは務まってる?」

「代わり……?」

「そう、代わり。だってそうでしょ?……春咲さんが今いる場所は、元々私のいた場所だった。栄太郎くんの隣で笑って、ふざけあって、栄太郎くんはその子の頭をよく撫でる」

 

 なにが言いたいんだ……?なんでそこまで春咲さんに深く関わろうとする……。

 

 春咲さんがいる場所は……元々綾小路のいた場所……か。

 

 あながち、それは間違っちゃいなかった。

 

 性格も、格好も全く真逆の二人だけど、二人にはなにか通ずるものがあるのかもしれない。

 でも……!

 

「違うよ」

「……っ!?」

「綾小路の埋め合わせ、そんな気持ちで俺は春咲さんと一緒にいる訳じゃない」

 

 

春咲さんは君じゃない(、、、、、、、、、、)。自分の代わり、そんな言葉は取り消してくれ。拓とも、菜月とも、楓とも、四ノ宮や大槻さんとも違う、あの子も、俺の中にある特別なんだ」

 

 

「特別……」

 

 綾小路の虚ろな声が、俺の耳に響いた。

 握り拳を作る両手が汗で濡れ、俺は思わず唾を飲み込む。

 夏の生暖かい風が吹き、その風が俺達の髪を揺らした。綾小路は目の焦点を俺からずらし、どこか一点を見つめるように俯く。

 そして、ゆっくりと俺に向かって足を進ませた。

 

「特別……特別……ね。分かったよ、栄太郎くん。私と春咲さんは全く別。でも、春咲さんが私じゃないなら、私は春咲さんじゃない。そうだよね?」

「……?あぁ」

「ならさ、私の居場所はあるのかな?」

 

 綾小路は一呼吸置く。

 

「市山くんとも、菜月さんとも、楓ちゃんとも、四ノ宮くんとも、大槻さんとも、春咲さんとも違う。栄太郎くんの中にある、私だけの居場所はある?」

「そんなこと聞いてどうするんだ?」

「どうもしないよ。でもね、誰かの特別になれるって、とっても素敵な事だと思うの。それだけその人が、自分の事を想ってくれている。そう思わない?」

 

 綾小路は俺の目の前で足を止めた。綾小路の伸びた右手は、甚平越しに俺の胸に触れる。

 自分でも、心臓が重く鳴り響いているのが分かった。触れている綾小路は、俺自身より俺の鼓動を感じているだろう。

 そして、言ったのだ。

 

 

「櫻葉栄太郎の心の中に、綾小路由奈はまだいる?」

 

 

「私は、今日それが聞きたかったの」

 

 

 

 

 

 

 ****

 

 

 

 

 

「分からんな」

「えっと……何がですか?」

 

 私、市山くん、菜月さんは十文字くん達に連れられて議員専用の花火の観覧席に座っていました。スペースも悠々と取られていて、何だか他の方達に申し訳ない気分です。

 そんな中、市山くんがそう呟きました。

 

「由奈ちゃんの行動だよ。よく分かんねぇ……。アイツらが付き合ってた時こそ、俺や陣子はそこまで由奈ちゃんと仲良くしてたってわけじゃないんだよ。エータローも俺達と居る時は惚気話の一つもしなかったしな。まぁ別にそれは普遍的なことだ。恋人との惚気話を友達に話したり、人前で必要以上にイチャイチャするカップルほど見苦しいもんもない。由奈ちゃんもエータローが俺達と居る時は、特に何かして来たわけじゃないんだ」

 

 市山くんは一度唇舐めて、腕を組みながら続けました。

 

「だから、今の由奈ちゃんのエータローに対する執着はちょっとおかしい。元々何考えてるか分かんねぇ不思議ちゃんだったけど、なんの意味も無しに振った彼氏にあそこまでするなんてさ」

 

 私は、一週間前に真宮さんと会った時の会話を思い出しました。

 

 『由奈がおかしくなったのは去年の十二月頃だよ。櫻葉と喧嘩したわけでも無さそうだし』

 

「あの、去年の十二月……櫻葉くんにおかしな事とかありました?」

「十二月?う〜ん。聞いてねぇなぁ。なんか知ってんのか、春咲さん」

「あ、いえ……特に意味は無いんですが……」

 

 花火の時間まで、あと十分を切りました。

 

 櫻葉くん……早く来てください。

 

 

 

 

 ****

 

 

 

 

 俺の中の……綾小路の居場所?

 

 綾小路は俺の心臓部に手を当て、軽く俯いている。暗さもあってか、ここからでは表情が見えない。

 

 俺は、直ぐには答えられなかった。

 

 綾小路に振られてから半年の時が流れようとしている。未だに綾小路の事を忘れられなくて、綾小路との思い出の品も、写真もなにも消せずにいた。

 それは何故だ?簡単なことだ。綾小路は、俺にとって《特別》だったからだ。

 

 嫌われたくなくて、無かったことにしたくなくて、そんな自分の滑稽さを感じながら、俺はずっと綾小路の事を想っていた。

 俺が心に、綾小路の居場所を作ってたんじゃない。綾小路の心の中に、俺は居たかった。

 

 なら、そう答えるべきなのか?綾小路の居場所は、俺の中に無い。そう答えて、この下らない未練に決着を着けるべきなのか?

 そうすれば、もう苦しむ理由も無い。涙を流す理由もない。

 

 けれど、俺の口は動かなかった。そんな事を吐き出してしまえば、綾小路と二度と言葉を交わすことが出来なくなる。俺に笑いかけて来なくなる……。

 

 もしそうなったら……俺は……俺は……

 

「焦らないで、栄太郎くん」

「……っ!!」

 

 俯いたままの綾小路が、そっと呟いた。心臓部に触れる右手の力を少しだけ強めて、左手も俺の胸板に置く。

 ほとんど密着した状態で、綾小路は言う。

 

「聞こえるよ。栄太郎くんの心臓の音……ずっと高鳴ってる。緊張してるのかな?焦らないでいいよ……栄太郎くん。私は、ずっとここに居てあげる。栄太郎くんの本当の気持ちを、私に話して?」

「はぁ……はぁ……」

「こんな時くらい忘れなよ。皆のこと。市山くんも、菜月さんも、春咲さんも今は関係ない。栄太郎くんと、君の事を誰よりも理解してる私だけの、二人だけの時間」

「俺の……中に……」

 

 右手で前髪を掴み、左手で綾小路が引き剥がそうとするが、彼女は俺から離れようとしない。

 

 ……。

 

「……かもしれない」

「え?」

「あるのかもしれない。でも、それをハッキリ答える事が、俺には出来ない」

 

 綾小路の顔が、ムッと不機嫌になる。

 

「なにそれ」

「俺はまだ……多分君のことが好きだ」

「うん、知ってる」

「はは……そうか……。けどさ、それってどうなのかな?振られた情けない元カレが、いつまでも手の届かない場所にいる元カノ想って、馬鹿みたいに一人で苦しんで、足掻いて、マジでウザいと思うし、キモイとも思う」

「そうかな、未練があるのって、別に変な事じゃないと思うよ。それだけその人が好きだったっていう証。形はなくても、心にはある」

「ほんと……分からないんだ」

「うん、だから待つ……「違う」

 

 綾小路の声に被さるように、俺は声を上げた。普段は人の話を遮ることは無いけど、俺は綾小路の勘違いを解かなければならなかった。

 俺が分からないと答えたのは、綾小路の居場所だけでは無い。

 俺は震えた声で、綾小路と目を合わせながら答えた。

 

「君の考えてる事が、俺には分からないんだ」

「……え?」

「どんなに考えても分からない。どれだけ理解しようとしても分からない。俺に未練でもあるの?違うだろ?なのになんで不用意に関わってくるんだよ!なんで思わせぶりな態度を取るんだよ!人の心を弄んで、そんなに楽しいか!!?」

「ちが、私は……!!」

 

 綾小路は俺の胸板から手を離し、一歩ずつ後ずさりする。俺は俯いたまま、声のトーンを徐々に上げていく。

 あぁ、言いたくない。

 

「色んなやつに言われてきたよな。俺と綾小路じゃ釣り合わないって。君もそう思ってたんじゃないのか!?そんな俺を嘲笑ってたのか!?なぁ、逆に教えてくれよ!!」

 

 俺は勢いよく顔を上げて、綾小路の瞳を捉える。

 

 

 おい……これ以上言うな!

 

 

「君は、ホントに俺の事が好きだったのか!?」

 

 

「はぁ……はぁ……はぁ……」

 

 ようやく冷静さを取り戻した俺は、殆ど呼吸もせずに喋り続けていた息を整える。

 そして、再び綾小路を見る。……は?

 

 俺の事を朧気に見つめる綾小路の瞳は、透明の液体に覆われていた。

 それが瞳から零れ落ち、頬を伝って流れる。

 綾小路は別れてから初めて、俺の前で感情を形に表した。その感情を声に混じえて、言った。

 

「なに……言ってるの?」

 

 そして、叫ぶように……

 

 

「好きに決まってんじゃん!!」

 

 

 しばしの沈黙。綾小路はおもむろに言った。

 

「そろそろ花火の時間だよ。戻ろう、栄太郎くん」

「……あぁ」

 

 綾小路は踵を返して、元来た道を歩いていく。

 俺はその背中を見つめ、立ち尽くすことしか出来なかった。

 左腕に付けられた腕時計に目をやると、花火の時間まで、あと三分を切っていた。


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