彼女に振られた結果、陰キャなカワイイ女の子になつかれました。@リメイク   作:墨川 六月

15 / 22
第十五話 激辛大盛り味噌ラーメン

 夏祭りから二日の時が流れた。

 

 クーラーの効いたリビング、短パンと簡単なTシャツを羽織り、漫画本を開いていた。昨日本屋でいい代物が手に入ったのだ。

 楓は友達の家に遊びに行っており、今家に居るのは俺一人。この有意義な時間を存分に楽しもうではないか。まだ夏祭りの疲れが抜けきれん。体力的には平気だが、精神的な疲れが残っている。

 

 昼時になったので、俺は適当に何かを作ろうと冷蔵庫の戸を開けた。

 

「なんもねぇ」

 

 振り返り、テレビの横にある庭に出る窓を見ると、夏の日差しが部屋に侵入している。こんな中外に出たくないというのが本音だが、逆に言えばこの暑さの状態で何も胃に入れないというのも危険だ。

 仕方がない。外で適当に何かを買ってくるとしよう。

 

 む……。

 

 自宅の固定電話が鳴り響いた。固定電話が鳴るということは大方予備校や保険の紹介だろう。少なくとも俺個人に対するものでは無い。

 無視してもいいのだが、冒険家の兄貴や、仕事でなかなか家に帰ってこない両親の急病等の電話ではないかと少し不安になる。実に慈悲深い俺らしい考えだ。

 俺は大きくため息をつき。受話器を取った。

 

「はい。櫻葉です」

『もしも……なんだ、エータローか』

「かけてきた側が『なんだ』、か。随分なご挨拶だな。拓か?なんで家に直接掛けてくんだよ、携帯にしろ携帯に」

『してもでねぇからこっちに掛けたんだよ』

 

 そういえば、携帯は自室に置いたままだった。

 

『いやぁエータローが出てよかったぜ。楓ちゃんならまだしも、お前の兄貴や両親が出たらどうしようかと思った』

「お前知ってて言ってんのか?兄貴も母さんも父さんも帰ってきてねぇよ」

『マジで?そろそろお盆じゃん。家族揃ってとかねぇの?』

「お盆……。あぁ、特に聞かないな」

『……なんか悪いな』

「やめろ、気色悪い。それで、なんの用だよ」

『あぁ、お前昼飯食った?』

「これから買いに行こうと思ってたところだけど」

『丁度いいや。俺も今からだ。付き合え。《オレンジ》の近くの《王蘭》に集合な』

 

 《王蘭》、大ノ宮高校の近くに位置するラーメン屋だ。何度か拓と菜月と食ったことがあるが、二年生になってからは一度も行ってなかったな。

 しかし、真夏の真昼間から男二人でラーメンとは、青春とはかけ離れた絵図だ。一昨日まで女の子二人と夏祭りに行っていたのが嘘のようではないか。

 だが拓と二人で時折休日に昼飯というのは、中学時代からの恒例行事のようなものだ。断る義理もないし、男二人だから話せる内容というのもある。俺はニヤリと笑い、答えた。

 

「おーけー、今からだよな」

『おう。俺はもう店の前いるから、早く来てくれよ』

「りょーかい。十五分で行く」

 

 受話器を戻し、俺は部屋着から着替える為に自室へと向かった。

 ほとんどを洗濯に出してしまっていることに気づき、仕方が無いので学校の制服に着替える。ズボンの裾を折り曲げ七分丈にし、半袖のワイシャツを羽織る。

 家を出て自前のマウンテンバイクに跨り、ミンミンゼミとアブラゼミの合唱に耳を貸しながら、俺は《王蘭》へとハンドルを切った。

 

 

 

 ****

 

 

 

 《王蘭》に着くと、既に拓が腕を組みながら店の前に立っていた。

 俺が来たことに気づき、軽く右手をあげる。俺もそれに応じた。

 自転車を降り、拓に近寄る。

 

「よう」

「来たかエータロー。早速食おうぜ、俺はもう腹がペコペコでさ」

 

 拓が《王蘭》の戸を押すと、『らっしゃい!!』という掛け声が厨房から鳴り響く。拓はメニューを見る前に、言ったのだ。

 

「おっちゃん!激辛大盛り味噌ラーメン二つ!」

「激辛大盛り味噌ラーメン二つ!」

 

 拓のの声を復唱し、厨房の男は調理に取り掛かった。

 

「おい!激辛大盛りってマジで言ってんのか!?この暑い日に!?」

「んだよ、エータロー。俺は今日これが食べたくてお前を誘ったんだ。食え食え」

「えぇ……あぁ、分かったよ。食うさ、食うよ。食えばいいんだろ」

 

 俺と拓は向き合うように二人がけの席に腰をかけた。店主が水を出してくれたので、俺達は一気に飲み干す。乾いた喉が潤され、俺は息を漏らしながら背もたれに寄りかかった。

 ……ん?

 

「なんだよ」

 

 拓が俺をジッと見つめていた。生憎、俺は男に見つめられる趣味はないのだが……だがまぁ、モテる方法について論文を書くまである程モテたがっている俺の目の前にいる市山拓という男も、男を見つめる趣味など毛頭ないはずだ。

 拓はニヤッと笑った。

 

「さてと、ほら、話してみろよ」

「え?」

「一昨日の夏祭り。由奈ちゃんと何話したんだ?」

「……別にお前に喋る義理は無いだろ」

「いや、話せ。何があったのかは知らないけど、由奈ちゃんと話した直後よりは気分は良さそうじゃねぇか。だがまぁ、お前は一人で抱え込む癖があるからな。由奈ちゃんと別れた時もそうだ……お前、俺が『別れたのか?』って聞くまで陣子にも楓ちゃんにも話してなかったろ?お前達が別れたのはもっと前から勘づいてたけどな。だから今回は、早めに聞くことにした」

 

 拓はビシッと親指で自分を指さした。

 そして、時折見せる不敵な笑みを浮かべる。

 

「話せよ。俺は俺自身がお前の一番の相談役だって自負してるからな、相棒」

 

 そんな事を聞いて、俺も思わずニヤリとしてしまう。

 再び注がれた水を半分まで飲み干し、俺は両手をテーブルの上に置き、身を乗り出した。

 

「じゃあ最初から話す。お前も一緒に考えてくれ、拓」

「あぁ!」

 

 

 

 ****

 

 

 

 俺は拓に、一昨日の綾小路との一件を話した。

 綾小路の様子が少しおかしかったこと、綾小路が俺の中の居場所を求めてきたこと、そして……多分綾小路は、まだ俺の事が好きなのかもしれないという事。

 全て話し終えるが、激辛大盛り味噌ラーメンは未だにやって来ない。まぁ大盛りだ。それなりに麺を茹でるのに時間がかかるのだろう。

 拓も俺の話を聞いた直後に、『ふぅむ』と唸りながら背もたれに体を預けた。そして……

 

「分からんな」

「同意だ。綾小路はなにがしたいのか、なんで別れ話を切り出したのか……」

「十二月……」

 

 ボソリと、拓が言った。

 

「なんだ?」

「お前が由奈ちゃんとどっか行ってる時、春咲さんが俺に聞いてきたんだよ。『十二月に櫻葉くんにおかしな事はありましたか?』って」

「日向が……?」

「あん?日向?」

 

 やべ。めんどくさい事になりそう。

 拓が悩み顔から一気に悪い顔に変わる。この時の拓は、最も生き生きしている。

 

「おい、エータロー。お前春咲さんのこといつ日向って呼ぶようになったんだよ。俺と陣子と別れる前は『春咲さん』呼びだったろ?」

「あぁ……いや……」

「あっれれ〜?エータローくん、お兄さんに隠し事があるのかなぁ〜?俺達と別れたあと春咲さんとなにをしたのかな〜!!?ちゃんとゴムは付けたのかな〜!!?」

「おい!!最後のおかしいぞ!!」

「え、ちげぇの?つまんな」

「ちげぇよ!おっかねぇこと言うな!向こうがエータローくんって呼んできたからな。まぁ別に変な事じゃないだろ。お前だって菜月のこと陣子って呼んでるし」

「俺たちゃ幼なじみだからな。最初っから互いの事を名前呼びだったんだよ。……いやぁそれにしても、春咲さんがねぇ……!くぅぅ!アオハルしてんなぁ、お前ら!!式はいつだ?なぁ、式はいつだ?」

「おう、兄ちゃん!結婚すんのかい」

「そうなんすよ!こいつ……くぅぅぅ!!」

「しませんよ!!なんで店主さんも入ってくるんすか!!?……それより、十二月がなんだって?」

 

 ギャーギャーワーワー!!という形容が正しい会話から、話を正しい道に戻すと、拓は再び腕を組んだ。

 

「だから、去年の十二月にお前に何かあったのかって聞かれたんだよ。で?実際なんかあったの?」

「十二月……。う〜ん。俺自身は特に無いとは思う」

「じゃあ由奈ちゃんには?」

「綾小路に?そうだな……特に変わったことは無かったと……思う」

 

 それを聞いた途端に、拓はあからさまなため息をついた。

 

「な、なんだよ」

「エータロー、別にお前を責めるつもりはないが、そりゃまじーって。春咲さんがどこで十二月の情報を仕入れたのか知らねーけどさ、これが本当で、お前自身に心当たりがねーってんなら、由奈ちゃんに何かがあったってのは確かだ」

 

 拓は水を口に含む。唇を湿らせる程度だ。

 

「なにか悩んでたんじゃねーの?彼女の変化や異変に気づかないってのは、彼氏としてどうなんだよ」

「……悪い」

「だから責めてねーって。過ぎたことだ。それに、俺に謝られても困る」

 

 俺は頭を抱えた。比喩ではない。本当に頭を抱えたのだ。

 綾小路の悩みに乗ってやれなかった。信頼されてなかったのかもしれない。俺では頼りにならないと思われてたのかもしれない。

 俺は言った。

 

「十二月じゃないけど……もし綾小路が悩んでたって言うなら、もしかしたら『あれ』とかが原因かもしれない」

 

 拓は『あれ』で察してくれたようだった。

 

「《天秤事件》か?」

「あぁ」

 

 《天秤事件》、別に事件では無いのだが、俺と拓はそう呼んでいる。

 

 去年の十一月の事だ。

 俺と綾小路が付き合ってる事は意外にも早くクラス中に広まった。俺と綾小路は信頼出来る人間以外に話したつもりは無かったのだが、学生のネットワークというのは恐ろしいものだな。

 

 俺と綾小路という異色のカップル。初めてこの組み合わせを聞いた人間は、必ず口を揃えて言うのだ、『釣り合わない』と。

 それは別に分かっていた。俺だって自分と綾小路が釣り合ってるなんて微塵も思わなかったし、『釣り合わない』なんて言われても痛くも痒くも無かった。……のは俺だけだった。

 

 綾小路は俺が馬鹿にされるのが許せなかったらしい。綾小路と付き合っている俺の事を良く思わない連中に、俺は何度か影で悪口を言われたことがある。

 そいつらに激怒したのが、綾小路だった。

 

 綾小路はそいつらの前で言ったのだ。『栄太郎くんの悪口はやめて』、そして、その中の女子一人が綾小路前に立ちはだかり、言った。

 『そんな事言わないでウチらと遊ぼうよ。なにも言い返してこない根暗男なんてほっといてさ』と。

 そして綾小路は、その女子生徒の顔を平手打ちしたのだ。

 そこからは御察しの通りだ。女同士の殴り合い。思い出だしただけで修羅の世界だ。

 俺と拓、菜月は綾小路を止め、綾小路とその女子生徒は三日の停学処分を食らった。

 俺と綾小路の釣り合わなさから始まった事。だから《天秤事件》。

 

「直接的な関わりはなくても、関係ないとは言いきれないよな。実際事件の後も、お前への悪口が無くなったわけじゃ無いし。……お前への悪口、俺らも頭にきてたんだぜ?」

「気にすんな。最後の方は殆ど慣れてた」

 

 拓は微妙な顔になる。その心は『慣れるまで我慢すんな』だ。

 そう思ってくれるのは嬉しいが、俺だって面倒事を起こしたくなかったんだ。

 

「まぁ、分からんものは分からねぇよなぁ。お前に心当たりがねーんじゃ、仕方ない」

「春咲さ……日向が十二月のことを誰から聞いたとか言ってたか?」

 

 日向という呼び方、なかなか慣れん。

 

「いんや聞いてない。今から聞くか?」

 

 俺と拓は同時にスマホを取り出すが、同時にしまった。日向に心配をかける訳にはいかない。日向には俺達を頼れとは言ったが、この件に関しては日向を巻き込みたくない。

 なるべく事を穏便に済ませなくては。

 

「それで、お前どうするつもりだ?」

「なにが?」

「……由奈ちゃんがお前に別れ話を切り出した理由を知って、どうするんだってこと。それを本人に提示して、『もう大丈夫だよ、復縁しよう』とでも言うつもりか?」

「そんな虫のいいことするわけないだろ」

「じゃあもう未練はねーの?別れ話を切り出した理由を知りたいのはただの興味で、もう由奈ちゃん自身には興味ないのか?」

「……」

 

 

 ────『櫻葉栄太郎の中に、綾小路由奈はまだいるのかな?』

 

 ────『好きにきまってんじゃん!!』

 

 ────『櫻葉くんは、ずっと私の隣にいてくれますか?』

 

 ────『バイバイ……!エータローくん……』

 

 

 俺は背もたれに体を預けて、天井を大きく仰いだ。なんで日向が出てくんだろ。

 そして、呟くように言う。

 

「分かんねぇ」

 

「あいよ!激辛大盛り味噌ラーメン二つ!」

 

 店主さんが白い丼を二つ置く。なんだ……これは……。

 野菜が山のように積まれ、スープは表面張力で器の中に位置している。野菜の中に箸を突っ込むと、スープが零れ始めた。

 これ食ったら夕飯食えなくなるんじゃないか?

 

「よしっ!じゃあ食うぞエータロー!とことん食うぞ!もうこの話は終わりだ終わり!!俺は今日これが食いたくて来たんだからな!」

「俺の相談を受けに来てくれたんじゃねぇの!?」

「それは第三の目的!!」

「は?第二はなんだよ」

 

 拓はニヤリと笑う。

 

「落ち込んでると思ってたおめーと、馬鹿な話しながらラーメン食いたかったんだよ」

 

 『ま、そこまで落ち込んでる訳じゃなさそうだけどな、春咲さんに先越されたわ!』と付け加えた。

 ……はは。

 

「……さんきゅー」

「やめろ。気色悪い……ほら、冷める前に食うぞ食うぞ!!箸を持て、お冷を用意しろ、辛さに耐えろ!」

「分かった、分かってるよ!俺も食うからお前も早く食えよ!」

「そうだな、よっしゃ!!いただきますっ!!」

 

 そして俺も、手を合わせた。

 

「いただきますっ!」

 

 さてと、拓イチオシの激辛大盛り味噌ラーメンの味はいかに……

 

 

 

「「からっ!!!!!」」

 

 

 

 ****

 

 

 

「うぅ、胃が痛てぇ……」

 

 こいつ夏祭りの時も腹下してなかったか?すげぇ既視感あるんだけど……。

 俺達は商店街に訪れていた。俺は自転車を引き、拓は歩きだ。

 どうやら激辛大盛り味噌ラーメンを二つ注文すると、商店街でやってる抽選器、いわゆるガラガラが引ける券が貰えるらしい。

 まだ日が沈むには早すぎるので、俺と拓は貰った一枚の券をにぎりしめ、商店街までやってきた。

 

「お、やってるな」

「やめとけよエータロー。どうせ当たんねーって」

「せっかく貰ったんだ。引くだけ引くさ……えーっと一等は?……二人一組のハワイ旅行か。定番だな」

「当たったら一緒行こうぜエータロー」

「おう」

 

 当たるわけねーって言ってたのはどこのどいつだよ。俺は係の人に券を渡した。

 

「すみません。一回お願いします」

「はーい!では、どうぞ!」

「エータロー気合い入れてけよ!」

「あぁ」

 

 俺はガラガラのレバーを掴み、グルりと大きく回す。そして……

 

 カラン……カラン……

 

 拓が言った。

 

「なんだよ白かよぉぉぉぉぉぉ!!つっかえねーなぁエータロー!!」

「……マジ?」

「エータロー?」

 

 違う。拓は俺より少し離れたところから見ているから、光の反射で白に見えるだけなんだ。これは……!!

 係の女の人は、大きくハンドベルを揺らし、叫んだ。

 

「銀!!銀が出ました!!おめでとーございまーす!!二等はなんと……」

 

 

「四人一組、二泊三日の草津温泉の旅で〜す!!!」

 

 

 俺と拓は、どちらともなく顔を見合わせる。そして……

 

 

「「えぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇえ!!!?」」


▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。