彼女に振られた結果、陰キャなカワイイ女の子になつかれました。@リメイク   作:墨川 六月

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第十七話 陰キャと草津

 『天は人に二物を与えず』、『天は人の上に人を造らず、人の下に人を造らず』とはよく言ったものだが、十文字の様な文武両道な人間見ていると、どうしても溜息を零してしまうのは、致し方ないことではある。

 天は二物どころか、三物、四物と人に何かを与えており、下や上どころか、ブラジルから大気圏まで人を造っている訳だ。

 俺や、中学時代からの友である市山拓という小市民にも、もしかしたら神から与えられた才能があるのかもしれない。だがそれは決して十文字の様に、万人に認められ、誇れるような才能であるとも限らない訳だ。自分には足り得ないものを望むというのは、悲しいものだな。

 

「どうだろう?」

 

 楓はそんな俺の弁に、『処置なし』とでも言いたげな表情を作り、首をすくめた。

 

「何でもかんでも才能才能って決めつけるのはよくないと思うな。そりゃあ成功した人達や、その……十文字さん?にも色んな才能はあるんだろうけど、人の力を才能って一言で片付けちゃうのは、失礼だよ。それに、一般人から見ればフェアじゃない」

 

 八月十二日。朝六時。櫻葉家玄関。

 草津温泉当日の朝、俺の家に寄ると言っていた日向達を待ちながら、俺はそんな話を楓にした。今日から三日間、俺が草津に行っている間、楓の友達もこの櫻葉家に泊まりに来るらしい。

 楓の友人の名は北条歩美(ほうじょうあゆみ)といって、楓の小学生時代からの友人だ。俺も何度か言葉を交わした事がある。決して悪い子ではないのだが、やはり楓の友人とだけあり、一癖や二癖どころでは済まない性格をしているのだ。端的に言えば……かなりのコミュ障。

 そういう意味でいえば、北条歩美は日向とどことなく似ているのかもしれない。

 

「てか、十文字さんって誰?」

 

 楓はポニーテールの毛先を弄りながら、俺の話など毛頭興味無いと言いたげな顔をちっとも崩さず、聞いてきた。

 そうか。コイツは知らんのか。十文字は……。友達……なのか?

 うぅむ。少なくとも唯のクラスメートでは無い。多分そこら辺の奴等よりかは十文字との仲はいいと思うし、かと言って友達と胸を張れるほど奴と関わったことも無いのは確かだ。

 

「まぁ……なんだろうな。俺はアイツの事を友達だとは胸を張っては言えないが、アイツの方は多分そう思ってる。みんな仲良し。みんな友達ってな。お前のクラスにもいるだろ?中心人物で、誰とも分け隔てなく接する奴。誰から見ても理想の人物さ。運動神経抜群で頭もいい、それにイケメンときた。まぁ別に嫌いじゃねぇけどな。良い奴さ、アイツは」

「あー……いるいる。私そういう人苦手なんだよね〜」

 

 ふぅむ。どうやらコイツは菜月と同じ意見のようだ。誰とでも分け隔てなく接する奴は信じられない……か。ひねくれてるが、それは人間の真理だろう。そういう奴がいつも人生で損をする。

 

「日向と中学時代からの知り合いらしい」

「ほぇ〜」

 

 訳アリの関係らしいけどな、と心の中で付け加えた。

 それにしても、日向の名前を出したというの随分と興味なさげじゃないか。俺はコイツの無関心さに少し驚いた。

 横目で見ていると、楓はそっと呟く。

 

「ねぇ、お兄ちゃん」

「あん?」

「ゆー兄とかパパ、ママから連絡あった?」

 

 あぁ……なるほど。そうか、俺が帰ってくる頃には、世間ではお盆か……。

 

「ないな……俺に言ってたらお前にも言ってんだろ。父さん達は……東京だっけ?馬鹿兄貴は……知らねぇなぁ。いつも訳わかんない所いるし、連絡をよこしてくるのも月イチ程度だしな。この前居たのは……アフリカの方だったか?またエスニックな土産買ってくるぜ。あの馬鹿」

「うん……そうだね……」

「……寂しいか?」

「うん……」

 

 ……。

 

 ピーンポーン!

 

 チャイムが鳴り、俺と楓は咄嗟に玄関ドアへと視線をずらした。

 

「拓達か?歩美ちゃんかな?……はい?」

 

 玄関前でそう呼ぶと、返事は帰ってこない。あっ、決定だ。

 そしてようやく、か細い声が帰ってきた。

 

「お、お、おおおおおおおおはようございます……!!そ、その声はお兄さんですか?か、かか楓ちゃんは?」

「歩美ちゃん!やっほー!」

 

 楓そう言ってドアを開けると、そこに立っていたの女の子。

 高一だとしても背が低いと思われる楓より低い背丈。半袖の青いパーカーに、短パン。ボブカットは襟やしでしっかり切りそろえられており、俺と目を合わせようとしてくれない。俺はこの子に嫌われているのか……?

 

「お、おはよう楓ちゃん。お、お兄さんも……お、おはおは……おははは……!!」

「お、落ち着けよ歩美ちゃん……」

「エータロー!」

 

 玄関前で歩美ちゃんと話していると、住宅街の向こうから拓、菜月、日向の三人が見えた。俺は右手を軽く上げる。隣で歩美ちゃんが、『しししししし、知らない人がいっぱい!!』と目をグルグルさせているが……。

 三人はそれぞれキャリーケースを引き、各々にリュックサックやショルダーバッグを背負っている。俺も赤色のキャリーケースを転がし、家の門を出る。

 

「おはよう。エータロー」

「よう」

 

 俺と拓が挨拶を交わすと、それに習うように日向や菜月とも挨拶を交わす。

 拓は短パン、白いインナーの上に爽やかな水色の半袖ワイシャツ。菜月はこの前ショッピングモールで買った紺と白のキャミソールワンピース。日向はノースリーブのブラウスに涼し気な黒いロングスカート、そしてショッピングモールで購入した桜のヘアピンで前髪を分けていた。

 

「日向先輩、拓くん、陣子先輩。おはようございます!……日向先輩!早速ハグしていいですか!!?」

「だ、ダメです!!」

「えー!じゃあ陣子先輩でいいやー、おはようのハグしてくださぁい」

「陣子先輩でいいやってなんだ楓ちゃん!!?あんたら兄妹基本わたしに当たり強いな!!」

「俺がしてやろう楓。さぁこい!」

「お兄ちゃんまじキモイ」

 

 楓そう言っては拓を視線に捉えると、ニヤリと笑った。

 

「あ!拓くんでもいいですよ、おはようのハグ!」

「いや、遠慮しとくよ……」

「あれー?なんで遠慮するんですかー?おっかしいなあ!?」

「ははは……」

 

 楓がグイグイと拓に迫り、拓はそっぽを向きながら楓を制す。日向はそんな二人のやり取りを見て、首をかしげた。

 

「なんか、市山くん凄くぎこちないですね……いつもの感じじゃないです」

 

 ほぉう。そういうのに気づくのか日向は。

 俺は言った。

 

「あぁ。楓は一度拓に告白して振られてるんだ」

「へぇ……。え!!?そ、そうなんですか!?……そ、それって言っていいものなんです?」

「いいんじゃないか。拓も楓も気にしてないし。今もぎごちないけど仲はいい」

「そう……なんですか。でも不思議ですね。市山くんは普段あんなに……その、女の子からモテたがってるのに、楓ちゃんの告白を……」

「まぁ別におかしなことじゃないさ」

 

 俺が言うと、日向はハッとした顔をした。

 

「そ、そうですよね……。エータローくんの妹さんですし……」

「あはは!違う違う。拓は仲良い友達の妹だからって、人の好意を踏みにじる奴じゃねぇよ。俺だって、楓が誰と付き合おうが楓の勝手だって思ってる。彼氏を連れて来たらその場でケチョンケチョンにするがな」

「あはは……。そ、それじゃあどうして……」

「んー。そりゃあ……」

 

 俺は楓と拓のやり取りを見る菜月を一瞥した。

 

「モテたい人からモテないからだろうなぁ」

「……?」

 

 首を傾げる日向を、俺は気付かない振りをした。

 菜月が俺の肩を叩く。

 

「んだよ」

「あの子誰だ?」

「あぁ……」

 

 菜月の指の先には、楓の後ろにちょこんと隠れる歩美ちゃんの姿があった。両手を胸の前まで持ってきて、『ただいま私は困惑しています』と体で訴えているようにも見える。

 俺は苦笑いで答えた。

 

「北条歩美。楓の友達さ。俺達が旅行に行ってる間、うちに泊まるらしい」

 

 言ってやると、歩美ちゃんがこちらに気づく。自分を見つめてくる菜月の姿に驚いたのか、『はぅあ!!』と体をビクつかせた。

 しかし彼女にも礼節はあるようだ。こちらにててて、と近寄り、頭を下げる。

 

「ほ、ほほほ北条歩美です……。え、えええと……よよよろしくお願いします……!!」

 

 ペコペコ頭を下げる歩美ちゃんを見て、日向も言った。

 

「あぁ!ご、御丁寧にありがとうございます……!!わ、私は、はは春咲日向です!よろしくお願いします……!」

「い、いえこちらこそ!!すみませんすみません!!」

「あぁ!!謝らないでください……!すみませんすみません!」

 

 似てるなぁ。この二人……。

 

「お、おいエータロー……。そろそろ行こうぜ……」

 

 抱きつこうする楓を抑えながら拓が言うので、俺は軽く頷いた。日向と菜月にも確認を取るように一瞥すると、二人も頷く。

 俺は楓に向き直った。

 

「じゃあ行ってくるよ。楓。三日間よろしくな」

「はいはい。お土産楽しみにしてるよ、お兄ちゃん」

「え?あ、あの……お兄さん達はどこか遊びに行くんですか?」

「ん?聞いてなかったのか?こいつらと草津温泉に行くんだ。歩美ちゃんも、楓のこと頼んだぜ」

「え、えぇ!!?……か、楓ちゃん!」

 

 歩美ちゃんは楓の方を見た。楓は苦笑いになりながら答える。

 

「ごめんごめん歩美ちゃん。本当は今日もお兄ちゃんは家にいるはずだったんだけどね」

「……せ、折角お兄さんとも遊べると思ったのに……」

 

 楓は歩美ちゃんの肩に手を回した。

 

「いーじゃんいーじゃん!歩美ちゃん、ガールズトークに花を咲かせようぜ!」

「む〜」

 

 歩美ちゃんは俺とも遊びたかったのか……。てっきり昔から嫌われているのかと思っていたが……。

 仕方ない。今度埋め合わせでもしてやろう。

 

「じゃあ行こうぜ。拓、菜月、日向」

 

 俺達は二人に挨拶をすると、大ノ宮駅に足を進ませた。

 

「あの……エータローくん」

「ん?」

「歩美ちゃん……可愛いと思いますか?」

 

 なんでそんなことを聞くんだ?

 

「可愛いとは思うけど、それがどうしたの?」

「そう……ですか。……へぇ」

「あの……日向さん?」

「……エータローくんなんて知りません」

「えぇ!?ちょ……な、なんで!!?」

 

 菜月に背中をどつかれ、俺達の草津旅行は幕を開けた。


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