彼女に振られた結果、陰キャなカワイイ女の子になつかれました。@リメイク 作:墨川 六月
風を切る音と共に、俺は朝の住宅街に自転車を走らせた。
やっべぇ。これ急がない遅刻だぞ…。
楓の野郎…今日朝早く出るなら昨日のうちに言ってくれよ!
なんでテーブルの上の置き手紙に『今日早いから早く起きてね!!』って書いてんだよ、誰に向けて書いたものなの!?それ書いた時俺寝てたろ!?
でも可愛いから許しちゃう!あぁ神よ…慈悲深い我を許し給え。
「エータロー!」
聞き慣れた声の方向に視線を送ると、数十メートル先の住宅街の十字路にスクールバッグを背負った拓が手を振ってる姿が見えた。もう六月で衣替えの季節に入っており、拓は学ランを羽織っておらず長袖シャツをまくっていた。ちなみに俺もそれと同じ格好である。
俺は拓の前まで移動すると自転車を止めて、あからさまに大きな溜息をついた。
「拓がいるってことは…遅刻か…はぁ。」
「まだ確定じゃねぇよ!そういう言い方やめろ!…てか、後ろ乗せろ!!そして走れ!」
「バカ言うな!二人乗りしたらスピード出ねぇだろ!てめぇが遅刻しろ変態大魔王!!」
「はーはっはっはっ!!!ならエータロー、てめぇからこのチャリを奪っておれが遅刻を免れる!!」
「お前もう数え切れないくらい遅刻してんだから大丈夫だろ!!」
「数え切れない?ふっ、笑わせてくれる!!まだ二十四回目だ!!」
「数えてんの!?遅刻の回数数えてんの!?」
朝っぱらから喉を酷使しながら今世紀最もくだらないであろう言い争いを拓としていると、俺達の少し後ろから一つの足音が聞こえてきた。
その足音は俺と拓に確実に迫り、俺達と足音の主との距離は五メートルを切った。
しかし俺達は気付かない。忍び寄る大悪魔の足音に…。
その足音の主は俺達の真後ろで立ち止まり、俺の可愛いケツに向かって…。
「チャリよこせ!!魔法使い予備軍共ォ!!」
「痛ぁい!」
容赦のない蹴りを入れた。
俺は蹴られた勢いで拓と衝突。絡み合った俺達はその場に力なく倒れ込む。
俺達は倒れ込んだまま、俺に蹴りを入れた人物を睨みつける。
茶髪を黒染めした結果出来た、血のように赤黒いウェーブのかかったロングヘア。学校指定の夏のセーラー服にのリボンは外されており、胸元がポッカリと見える。
無数のキーホルダーが付いたスクールバッグを肩にかけて、短いスカートにやたらでかい胸、そしてムカつく程整った顔をニヤつかせた女子生徒。
男勝りの言葉遣いにでかい態度、こいつは…。
俺は口を開く。
「てめぇ、《
我らがクラス二年A組の問題児であり、俺と拓の中学時代からの同級生、《
菜月はニヤケ顔で、ハスキーボイスの口を開いた。
「おはよう、櫻葉、拓ぅ!この自転車あたしが使うからよろしく〜!あっ、自転車の鍵は学校で返すから〜!」
言いながら菜月は俺の自転車を白昼堂々とパクり、俺達に反論の余地も与えず学校に向かって自転車を走らせた。
俺と拓は菜月の背中を眺め、そして…
「俺の自転車ァァァァ!!」
拓の涙混じりの叫び声。
「俺のだよ!!」
櫻葉栄太郎。市山拓。本日も仲良く元気よく、遅刻。
****
「「はぁァァ!!」」
遅刻をした朝のホームルーム後、俺は自分の顔を机の上に置いていたリュックサックに倒した。
俺の前の席に座っている拓も、同じような溜息をつく。
今日は自転車に乗っていれば防げたはずの遅刻だった…。畜生あのビッチ絶対上履き隠してやる。寝てる時にマッキーペンでホクロひとつ増やしてやる…。
「あの、櫻葉くん、市山くん。おはよう…です。」
春咲さんの声が俺の耳に届いた。俺は視線を隣の席に向ける。
いつもの目にかかる程長い前髪を鬱陶しそうに弄りながら、小さな顔に見合わない大きな丸眼鏡を直している春咲さんの姿があった。
俺は片手を上げて挨拶を返す。
「おう。おはよう。」
「遅刻してました。」
「こいつのチャリがパクられたからなぁ。」
拓が俺を指さすと、春咲さんは少し驚いた表情を見せた。焦った口調で話を進める。
「え?そ、それって大丈夫なんですか?警察に。」
やべ。なんか勘違いしてるっぽい。拓もそれに気づいたのか、直ぐに訂正する。
「あぁいや、多分そろそろあのクソビッチが鍵を返しに…」「誰がクソビッチだ。腐れ童貞」
突如と現れた菜月に後ろから後頭部を殴られた拓は、産まれたての赤ん坊のように首が大きく揺れ、机の上に頭を力なく落とした。
「拓ぅう!!」
「うるさいな、朝っぱらから。ほら、鍵返しに来たよ。」
菜月は親指と人差し指で俺の自転車の鍵をプラプラ揺らしながら俺に渡してきた。俺は鍵をひったくるように取り返し、言う。
「てめぇのせいで俺達は遅刻したんだからな。なんか奢れ。」
「やだよ。そんなお金ないし。いーじゃん、中学時代からの付き合いのよしみとしてさ!!」
深見は八重歯を出してニヤッと笑う。普通に見れば美人なんだけどなぁ…。拓も普通に見ればイケメンだし…。そういや春咲さんも眼鏡外せば美人だし…。
…あれ?なんか俺…ハブ?
いやいや、待て待て。もしかしたら俺だって?ほら、あれだよ。前髪を上げたらカッコイイみたいな奴?
…。
「誰がブサイクだこの野郎!!」
「突然どうした!?何も言ってなくね!?」
…おや?
俺は自分のシャツが掴まれるような感じがした。振り向くと、いつの間にか席に座っている俺の後ろに春咲さんが隠れるように居たのだ。春咲さんは菜月を警戒するようにじっと見つめ、菜月と目が合うとビクッと体を揺らし俺のシャツを握る力をギュッと強くした。
俺は視線を春咲さんにずらして言う。
「春咲さん。大丈夫だよ。こいつは危なっかしいけど悪い奴じゃあない。十文字グループとはちげーよ。」
十文字グループも別に悪い奴らじゃねぇけどな。
けれど十文字グループを春咲さんが苦手にしてるのは知ってる。
そして目の前にいる菜月も十文字グループは嫌いらしい。見た目だけなら同じ人種だけどな…本人曰く、『見た目は百歩譲っても、あたしとあいつらじゃ根本は違う。』だそうだ。
以前に何故そこまで十文字達を毛嫌いするのか聞いた所、『十文字みたいな誰にでも人当たりが良い奴は信用出来ない。本当に心を開いている奴がいる人間は、あんな芸当は出来ない。』と言っていた。
菜月は俺の後ろに隠れ、おでこを俺の背中に置く春咲さんに視線を向けながら、笑いながら言った。
「おいおい櫻葉。お前浮気か?」
「いや陣子。こいつ別れたの知らねぇの?」
「え!?まじ!?ウケるんですけど!!ぷーくすくすくす!!」
いつも間にか復活していた拓が菜月にその事を報告した後に、菜月は小馬鹿にするように俺を見ながら笑った。こいつら…!!
拓と菜月は互いを名前で呼ぶ。俺は違うが拓と菜月は幼稚園時代からの付き合いらしい。
家同士の仲もよく、俺が菜月と中学時代に知り合ったのも拓経由だ。
って言うか…。
「てめぇ拓。人の別れ話を簡単にホイホイ喋んじゃねぇよ。」
「いいじゃねぇか!過去は水に流そうぜ!!」
拓は俺の肩をポンポン叩く。俺は鬱陶しそうにそれを払った。
「お前が流してんのは水にじゃなくて、人にだよ!」
「ま、あたしはいい判断だと思うぞ。」
「いい判断つーか、こいつが振られたんだけどな。」
俺は拓の肩を一発殴った。余計なことは言わなくていい。
菜月は腰に手を当てながら横目で少し離れた場所で雑談をする十文字グループに目をやる。
俺達三人もそれに釣られて、十文字グループの中にいる綾小路を見た。
「綾小路由奈。あいつなんか信用出来ないというか、あんまり良い目で見れないって言うか…。」
「なんでみんなそう言うかな。俺は付き合ってる時は楽しかったけど…。」
俺は綾小路から視線をずらした。そっと伏し目になり、スマホの待ち受け画面の綾小路とのツーショットを見る。
はぁ…俺の何がいけなかったんだろうなぁ…。
「あの、櫻葉くん…。」
クイクイと俺の袖が引っ張られる。俺は春咲さんに顔を向けた。
春咲さんは少しだけ焦っているようだった。
「どした?春咲さん。」
「あの…そろそろ一時間目が始まります。」
「一時間目ってなんだっけ?」
「美術です。」
美術です。その言葉を聞いた途端に、春咲さん以外の俺達三人の顔が一気に青ざめる。
見ると、先程までいた十文字グループの姿どころか、教室に残っているのは俺達四人のみ。
全員が既に美術室に移動しており…そして…。
キーンコーンカーンコーン!
「はしれぇぇぇ!!」
俺は咄嗟に春咲さんの手を掴んで拓と菜月と共に走るが、時は既に遅く、俺達は一時間目も見事遅刻になった。
はは…ハットトリック達成…。
****
見事一時限目の美術の授業に遅刻をした俺達は、担当教師からの注意を受けたあと、席に座った。
今日の美術の時間の学習は、クロッキー帳に被写体になる生徒を描く授業だった。
基本的に名前順で美術のある日には該当する生徒が机の上に置かれた椅子に座ってモデルとなる。そういや、今日のモデルは…。
俺は恐る恐る隣を見る。
ガタガタガタガタガタ!!!
春咲さァァァん!!たけし!あの超有名フリーホラーゲームのたけしみたいになってるよ!!
「春咲さん。その調子で『お、おい。もう帰ろうぜ』って言って貰える?」
拓がふざけた事を言うので背中を蹴り飛ばした。
「なんだか寒いわ。」
その隣で菜月が言った。なんで再現してんだよ…。
「では、今日は春咲さん。上履き脱いで机の上に上がってくれる?」
「…っ!!…はい。」
先生の合図を受けた春咲はゆっくりと机の上に上がった。クラス中から注目されるなか、春咲さんはオドオドしながら机の上に配置されている椅子に座る。
「早く座れよ、日陰姫。」
…。
春咲さんを小馬鹿にするような声が聞こえたので不意に辺りを確認したが、誰が言っているかは確認できなかった。
いや、確認出来なくて良かったかもしれない。もし言った人間が分かったんなら、突っかかってたかもしれない。面倒事はゴメンだ。
俺喧嘩弱いし。仮に俺の右斜め前に座っているか厳つい体型の男子生徒に俺が喧嘩を売ったものなら、『すすすすすずびばぜんでした。』、と床を舐めながら土下座するまである。いやほんとに。
その後のスケッチは順調に進んだ…と思われた。
美術の先生の一言で、クラスの空気が一気に変わる。
くそ…マジかよ。
「皆さんごめんなさいね。私ちょっと職員室に行ってくるから、あと十分スケッチをお願いね!」
「うぃーっす!」
十文字グループの一人、井出がスケッチの筆を進めながら答えた。しかし、警戒するのはこのクラスの筆頭の十文字グループのメンバーではない。
十文字グループの中心人物十文字は人を貶めるような真似はしないし、それにくっついて行動してる奴らなら恐るに足らん。
やべぇのは…、十文字グループのように堂々と振る舞えないもっと陰湿な奴らだ。
「ちょっと日陰姫!動かないでくれる〜?」
一昨日春咲さんをパシリに使った、女子生徒二人組の一人だ。そしてその二人に加えて今回は三人追加。ちなみに今春咲さんは全くと言っていいほど動いていない。
クソ、変な言いがかり付けやがって。
こいつらも十文字グループ程ではないがかなりのスクールカースト上位陣。つまり…アイツらに口出しするのは誰であろうと難しい。
平和な学校生活のために、そして自分のために。
春咲さんは文句の声を聞くと、ビクッと体を震わせ恐る恐る答える。
「ほえ…え、えと…ごめんなさい。」
春咲さんは少し困惑した様子で同じ姿勢を取った。姿勢と言っても、ただ座っているだけだが…。
アイツら…変にいちゃもん付けやがって。
「あぁ〜あ!興ざめだわ!!」
五人のうちのショートカットの女が言った。こちらも一昨日俺と拓に買ってきたいちご牛乳を渡されたコンビの片割れだ。
スケッチブックを投げ出し、ヘラヘラ笑いながら春咲さんの方に視線をずらした。
スケッチブックが音を立てて床に落ち、その音に春咲さんは身体を震わせた。
クラスの連中がザワつく。
「日陰姫が動いちゃったせいでさ、スケッチ全部台無しなんだけど?」
「え…なんで…。」
「いや、なんでじゃないでしょ!あんたさぁ、被写体が動いちゃいけない事くらいわかんでしょ!?いっつもそこら辺の苔が生えた地蔵みたいに動かない癖に、こんくらいのことも出来ないのかなぁ!!」
「いや…私…動いてない…です。」
未だに机の上の椅子に座っている春咲さんは胸元に手を当て、困惑気味に口を開いた。
震えた声は、今にも泣き出してしまいそうな程弱々しい。
横を見ると。拓と菜月も歯切れの悪い顔をしていた。
「いやいや、動いてたよ?ねぇ!?」
後ろの取り巻き達に相槌の弁を求める。取り巻きの四人は「動いてたよね?」、「うんうん」という声を出す。
なんだアイツら…イエスマンならもっとハッキリと口を動かせよ。
心の中でしか口出しが出来ない俺は、やはり小物なのだろう。自分の存在意義なんてものは心得ている。
『櫻葉?あぁ、そんな奴いたな。』 その程度に思われる様な学校生活を意識してきた。
学校なんてのはクソッタレな社会の縮図だ。力のない者が口を出したところで、何も出来やしない。
俺のような人間は、例えこんな状況だとしても、黙っていればいいだけなのだ。今までだって、そうして来た…。
けどさ、やっぱり悔しいんだよ。
目の前で泣きそうになってる女の子がいるのに、それを数人で寄ってたかっていじり倒して。
それが終わればまるで最初から何も無かった様に振る舞うのは…胃がキリキリして堪らないんだ。
小、中学の時もそうだった。
今の春咲さんみたいな子に声を掛けようにも、俺はそれが出来なかった。
笑って見ていた立場の分際で、どんな言葉もそれは偽善になる。
その度に後悔をしていた。たった一回…たった一回だけでも、自己満な偽善な気持ちだったとしても、いじめられている子を助けていれば良かった、と。
────そんなクソみたいな後悔は、もうしたくなんだ。
「謝れよ。日陰姫。」
「え…。どういう…。」
スケッチブックを投げ出した女子生徒が、机の上の椅子に座る春咲さんを見上げながら言った。
酷く歪んだ顔だった。春咲さんを陥れようとするその顔は、とても見ていて気持ちのいいものでは無い。
「土下座だよ!土下座してここで謝れよ!!あんたが動いたせいで描けなくなったクラスメイトの前で、謝りなさいよ!!」
「そうだよ、謝りなよ!」
「みんな迷惑してるんだよ?」
再びクラスがざわついた。隣にいる拓が俺に耳打ちをしてくる。
「おいエータロー、やばくねぇか?」
「…。」
「エータロー?」
「…っ」
声にならない声を漏らした春咲さんはさらに顔を俯かせる。机の上の椅子から立ち上がり、膝を机に付けた。
その場で少し春咲さんから躊躇いが見え、膝を付けた状態で制動。
そして、春咲さんが自分に従う姿をみて拍車がかかった女子生徒が、声を荒らげた。
「早くしろよ!!このクソ陰キャが!!」
あぁ…うぜぇ。耳障りだ。
────「人間相手にマウント取れて楽しいか?チンパンジーさん。」
「……は?」
春咲さんをいじめていた女子生徒の素っ頓狂な声が、俺の耳に響いた。
見ると、クラス全員の視線が向いていたのは春咲さんではなく、俺の方向だった。
拓も、菜月も、十文字グループも、春咲さんも、俺の方を向いている。
「さ、櫻葉くん?」
俺は俺の名前を呟いた春咲さんの方を見て、ニヤッと笑う。
多分、悪い顔だ。
「てめぇ…櫻葉…!!」
「春咲さん、無視しろよ。少しでも動いたら書けなくなって『キーキー』喚く猿共に気ぃ使う必要はねぇよ。…あぁもしかしたら猿の方が利口かもな?」
クラス中の空気が凍り付いたところで、俺は今無意識に出た言葉の失態に気づく。
…。
グッバイ。俺の平穏な高校生活。
でもまぁ、後悔するのはあの女子生徒を言い負かしてからにするか。