彼女に振られた結果、陰キャなカワイイ女の子になつかれました。@リメイク   作:墨川 六月
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第五話 言葉の強さ

「櫻葉、話がある。」

 

 大ノ宮高校二学年、スクールカースト第一位《十文字昴》は俺をそう言って呼び止めた。

 俺の前を歩いていた拓と菜月は十文字が俺を呼び止めたことに気付かず先を歩いていってしまった。

 おいお前ら、俺がいないことに気付けよ…そんなに俺って影薄い?

 

 俺は十文字の方へ首だけを向ける。

 

「なに?少しだけならいいけど。」

「助かる…そうだな…、屋上に行こうか。」

 

 俺は黙って頷いた。

 

 

 

 ****

 

 

 

 流石に二時間目と三時間目の間のだけあって、屋上に生徒は一人もいなかった。

 無人の屋上に風が吹き荒れ、俺と十文字の髪が大きく揺れた。不意に春咲さんが昼飯を食べている用具入れの方を眺めるが、用具入れの後ろに出来ている空間は見えなかった。どこからも死角になっているというのは本当らしい。

 俺は柵に肘をかけた。

 

「で?話って?」

 

 十文字は『はぁ』と溜息をついた。

 おいおい、スクールカースト一位様がこんな底辺の前で溜息なんてつくなよ。溜息をつきたいのはこっちだぜ。

 

「やりすぎだ。」

「…?小村との口喧嘩のことか?」

「あぁ、確かに火種を蒔いたのは小村さん達だ。でも、君の最初の一言で小村さん達をよく思ってない生徒達に拍車がかかった。結果的に彼女は泣いていたろ。」

「知るかよ。十文字も分かってんじゃねぇか。先に吹っかけてきたのは向こうだ。こういう言葉知らない?『撃っていいのは撃たれる覚悟のあるヤツだけだ。』だったら俺はこう言うね、『泣かしていいのは泣かされる覚悟があるヤツだけだ。』結果的に泣いたとしても自業自得って奴だよ。」

 

 自分でも不思議に思う程口が軽快に動いた。

 十文字は軽口をヘラヘラと叩いていた俺を軽く睨んだ。俺の陰キャセンサーが働き、十文字から視線をずらす。

 こえ〜。てか自分で言っといて陰キャセンサーってなんだよ。要らないんだけどそんな不名誉なセンサー。

 

 十文字は俺を睨んだまま、ゆっくりと口を開いた。

 

「実際に被害を受けていたのは君じゃないだろ。」

「ん?」

「実際に小村さん達の標的になってたのは春咲さんだ。君じゃない。」

「だから見て見ぬふりしてろって言うのかよ…、バカ言ってんじゃぇ。そんなの出来るわけ…」

「今まではしてたろ」

 

 俺の言葉に被さるように、十文字は声を発した。

 そしてその言葉を聞いた途端に俺は大きく目を見開いた。

 十文字は俺と向き合っていたが、足を動かし俺の隣で俺と同じように屋上の柵に肘をかけた。空を見上げながら言う。

 

「今までは君は、春咲さんを助けはしなかった。それどころか、君は春咲さんがあんな状態になっている事すら知らなかったんじゃないのか?」

 

 十文字は一度唇を舐め、言葉を続ける。俺はそれを黙って聞くことしか出来ない。

 

「いつも隣の席にいながら、君や市山くん、菜月さんは彼女に手を差し伸べようとはしなかった。いつもヘラヘラ笑って、自分の事以外見ていない…。そんな自己中な人間じゃなかったのか?君達は。」

「…っ!」

 

 何かを言い返そうとしたが、言葉が出なかった。

 いや、もしかしたら何かを言おうとしたのかもしれないが、そんな事は無駄だと悟ったのだ

 十文字の言うことは全て真実を示唆していた。

 

 俺は見て見ぬふり所か、春咲さんが困っている事すら最近まで知らなかった。

 目の前の事だけ見て、ヘラヘラ笑って、一番近くにいたはずの俺は、春咲さんに手を伸ばさなかった。でも…

 

「櫻葉。君のやってる事が悪い事とは言わない。けど、僕は君が突然、なぜ春咲さんを庇おうと思ったのかがわからない。それは傍から見れば偽善だ。」

 

 でも…昨日春咲さんが腹を割って話してくれた時に、俺がなんで春咲さんを助けたのかっていう答えは出たじゃねぇか。

 たったらもう、悩む必要なんてない。俺は口を開く。

 

「寂しかったんだ。」

「なに?」

「お前も知ってんだろ…綾小路に振られて…俺、普通に落ち込んでた。綾小路と付き合ってた毎日を忘れられなくてさ…笑えるだろ?未練なんてありまくりなんだよ。けどそれで、俺は春咲さんに気付けたんだと思う。」

 

 俺は十文字の目を見据える。

 

 多分次は、俺が十文字を睨んでいる。十文字の大きな瞳に、堂々と立つ俺の姿が写った。

 

 

「俺達は兎なんだよ。誰かに寄り添わなきゃ生きていけない。ダサくて、弱虫な兎だ。けどな、そんなクソッタレな兎同士だからこそ、俺達(俺と春咲さん)は互いの存在に気付けたんだ。自分の傷見せあって、舐め合って、自分と相手の心の溝を埋めていくんだ。自己中?偽善?はは、上等!俺が助けたいと思うから助けるんだ。“俺が春咲さんと一緒に居たいと思うから助けるんだ。”」

 

 

 十文字は驚いた表情でも俺を見つめていた。目を大きく見開き、口をポカンと開け、そして…

 

「ぷっ…あっはっはっはっはっ!!」

 

 …大笑いしやがった。

 

「な、なんだよ。面白いことなんて言ってないぜ?」

「い、いやごめん。くく…君にそこまでの覚悟があったなんて、知らなかった。」

「なっ…!んだよ…恥ずかしい事言ったのに大笑いしやがって…。」

「『俺が春咲さんと一緒に居たいから助ける』…ね。うん、実にいいよ。君らしい実に自己中な言葉だ。でもそれ、捉え方によっては告白にも見えるけどな。」

「こく…っ!!そんなつもりはねぇよ!!」

 

 あぁ。調子狂うな…なんだこいつホントに。

 しかもこいつ軽く俺の事ディスったよね?自己中な言葉だって言ったよね?

 …。でもこいつの言葉自体に、嫌味とかそういう感情は含まれてなかった。

 なんかよく分かんないけど、俺を試したっつーか、なんというか…。わからん。

 

 十文字はやっと笑いが収まったようで、いつもの爽やかな笑顔を俺に見せた。

 

「君は凄いな。」

「ん…どういう事?」

「…いや、なんでもない。次の授業が始まる。教室に戻ろう。」

 

 十文字はクルリと後ろを振り向き、屋上の出口に向かって歩き出した。俺はその背中を見つめ、十文字が校舎に入るドアのドアノブに手を掛けたところで、話しかける。

 

「お前…春咲さんのなんだ?」

 

 十文字はこちらに顔を向けず、ピタリと止まった。

 屋上の上を飛び回る鳩を悲しそうに眺め、大きく溜息をついた。

 

「ただの中学からの同級生さ…。クソッタレで、自己中で、彼女から伸ばされた手を拒絶した…ただの知り合いだ。」

「拒絶した?」

 

 十文字は再び俺の方に振り向き、悲しげな顔と声で言った。

 

「もしかしたら…」

 

 一度躊躇い、続ける。

 

「もしかしたら…今の君の居場所は…。春咲さんの隣は…、僕だったかもしれない。」

 

 十文字の言っている事を、俺は理解出来なかった。

 

 

 ****

 

 

 俺は自分が物覚えのいい方だとは思わない。

 

 例えば街中で俺の名を呼ぶ人間がいたとしても、大半の場合はそいつの名前と顔も忘れてしまっている。

 しかし勘違いして欲しくはない。俺は決して冷徹な訳では無いし、特別仲が良かった程度の連中なら名前を思い出せる。

 

 しかしクラスで特別仲の良い連中というのも、それこそ限られてくる。特別仲が良いと言えば気兼ねなく話しかけることができ、気兼ねなく笑い合い、気兼ねなく共に悪ふざけが出来きるような人間関係の事を指しているとするのなら

 

「おい、エータロー。何そんな所で突っ立ってんだよ。」

 

 拓。

 

「早く座れよ櫻葉。」

 

 菜月。

 

「櫻葉くんは…お昼、食べないんですか?」

 

 春咲さん。

 

 俺はこの三人がクラスで最も仲が良く。信頼を置ける相手だと言えるであろう。

 

 美術の授業の一件から三週間の時が流れた。

 高校二年の七月の初旬。初夏の気配がジリジリと訪れ、聞こえてくるセミの鳴き声が騒がしい。

 昼休み。屋上の用具入れの後ろ。

 最初は俺と春咲さん。それに加え拓。そして日数の経った今では菜月までもがこの場所に集まっていた。

 

 十文字と話した内容は、特に誰にも言ってない。

 聞かれなかったってのもあるし、話すことも特にない。ただ、十文字と春咲さんが中学からの同級生だって事はかなり驚いた。

 『伸ばされた手を拒絶した』…か。

 

「櫻葉くん?」

 

 春咲さんが首を傾げながらこちらを見てきたので、俺はニヤリと笑って返した。

 

「いやいや、なんでもねぇよ。食おうぜ。」

「あの、櫻葉くん。」

 

 俺が弁当を広げると同時に、春咲さんは申し訳なさそうな声で言った。

 

「どうした?」

「市山くんも菜月さんも…この前はありがとうございました!」

 

 ペコりと春咲さんは頭を下げた。そして頭を上げると同時に、ズレた丸眼鏡を治す。

 この前…?あぁ小村との一件か。

 

「私は…、結局なにも小村さん達に言い返せなくて…櫻葉くん達が助けてくれなかったら、私は…。」

「いいっていいって春咲さん。どうせエータローや俺は小村達に前から嫌われてたんだしさ!それにお礼言うの何回目?もう三週間も経ってんだぜ。」

 

 拓が笑いながら言った。

 ちょっと待て。今聞き捨てならないことを聞いたぞ。え?俺小村達から嫌われてたの?なに初耳。

 

「ひなったんは可愛いなぁ。あたしはそんな謙虚なひなったんが好きだから許しちゃう!!」

 

 菜月が春咲さんに抱きついた。

 

 正直、春咲さんと菜月が仲良くなっているのは驚いた。

 菜月は見た目だけなら春咲さんが苦手とする十文字グループと同じ部類だ。菜月はいつもツンケンしているが、もしかしたら社交性が高いのかもしれない。

 

 それとこんな所で百合営業をするな。健全な男子高校生が二人もいるんだぞ。

 春咲さんは照れくさそうに笑っていた。そして、俺の方を見つめる。

 

「櫻葉くんも、ありがとうございま…むにゅ!!」

 

 俺は初めて屋上で春咲さんと話した時と同様に、春咲さんの両頬を両手で挟んで、話すのを辞めさせた。

 ぷにゅっとタコのような口になった春咲さんは、声を上げる。

 

「んんんんん!!んんんんんんん!!!」

「もうそれ以上言うなよ。春咲さん。」

「ん?」

「俺達は春咲さんを助けたくて助けたんだ。別に春咲さんの為じゃない。それに、そんなにお礼や謝ってばっかだと、その言葉が安くなる。」

 

 

「『言葉は見えない凶器』って聞いたことあるだろ?例に挙げたのは悪い意味だけど、言葉ってのはそれだけ力強いものなんだ。だからそんな簡単にお礼を言うな、謝るな。本当に嬉しかった時に、『ありがとう』っていえ。本当に申し訳なくなった時に、『ごめんなさい』っていえ。言葉はただ会話をするだけのツールじゃない。自分の気持ちを、想いを乗せることの出来る代物なんだ。」

「だから軽々しい気持ちを、言葉に乗せるな。俺達は君からお礼を言われるために助けたんじゃない。たった一回、自分のその時の気持ちをぜんっっぶ乗っけて、その気持ちを相手に伝えろ。それでも…」

 

 綾小路に振られた時の、嫌な記憶がフラッシュバックする。

 

 

 

『私達、別れよ?他に好きな人できちゃった、』

 

 

 

「…っ!!それでも、どうしても受け止めきれない奴だっている。…そしたら、俺達のところへ来い!」

 

 

 

『そんな櫻葉くんを、私は尊敬します。』

 

『大切だからこそ忘れられないんだと思います。ほんとに好きだったから忘れられないんだと思います。思い出が大事だから、忘れられないんだと思います。』

 

『そういう気持ちって、とっても大切だと思います。』

 

 

「君が俺にしてくれたみたいに、春咲さんの隣に俺が居てやるから。」

 

 

 春咲さんは大きく目を見開いた。俺は春咲さんの頬から手を離し、春咲さんを見つめる。

 そして、春咲さんは眼鏡を外した。セーラー服の袖で顔をゴシゴシ拭って、笑みを浮かべた。

 

「はい…!“ありがとうございます”、櫻葉くん。」

 

 春咲さんの今の言葉には、本当の彼女の気持ちが乗っていた。

 

 

 

 

 ****

 

 

 

 

 

「腹減った!」

「うるせぇなぁ。自分の肉でも食ってろ。」

「ぶふぉ!! 」

「お前ら殺すぞ。」

 

 帰り道。俺と拓と菜月と春咲さんは帰路を共にしていた。

 菜月がさっきから『腹減った』、『腹減った』とうるさいので、一番身近な肉を紹介したところ何故か殺害予告をされてしまった。結果俺達は学校近くのファミレスへ向かっている。

 期末テストも近くなり、俺達は最近図書室で勉強を教え合っていた。まぁ教え合っていたと言っても、ほんとんど春咲さんゲーだったけどな。

 なんだよ三角関数って、公式多すぎだろ。覚えきれねぇよ。

 

 

 てか、考えてみれば殆ど談笑してて勉強してねぇんだよな。友達との勉強会は絶対お遊び大会になるんだよなぁ。やっぱやるもんじゃねぇな。

 

「ごめんな、春咲さん。テスト勉強の邪魔して。」

「う、ううん。私も…その、楽しかったですから…。」

「そっか…ありがとな、春咲さん。」

「あっ…!…えへへ。ありがとうございます。」

 

 無意識に春咲さんの頭を撫でると、春咲さんの顔が今日の弁当に入っていたトマトの様に赤くなっていった。嬉しそうに微笑みながら、恥ずかしそうに顔を俯けた。

 あぁ、いや。別にそういうつもりで撫でた訳じゃ…。

 

 何となく気まづくなり、視線を前を歩く拓と菜月に向ける。

 二人は今世紀最大のゲス顔をこちらに向けており、俺は思わず叫んだ。

 

「んだよ!!」

 

 拓が口を開く。

 

「いやもう青春。もうお前らが見えない。見えても目に悪い。直視するやばさは双眼鏡で太陽覗くまである。マブシー!!」

 

 何訳の分からないことを。

 菜月が腕を俺の肩に回してくる。

 

「なぁ櫻葉。わたしはそろそろだと思うぞ?綾小路由奈のことなんて忘れろ!!忘れろ!!」

「忘れられたら苦労しねぇよ。はぁ…。」

「なんかごめん。」

 

 菜月が本気で心配するような目で見てくる。おいやめろその目。

 

「お前が落ち込んでるっていうの完全に忘れてたわ。……なに?まだ未練でもあんの?」

 

「あるよあるよありまくりだよ。綾小路の事は……多分まだ好きなんだ。」

 

 はぁ。だっせ。

 三ヶ月も前に別れた彼女の事を想ってる元カレとか、重すぎだろ。

 しかもそれをこいつらに聞かれるなんてよ…。

 

 気付くと既にファミレスの前に俺達は来ており、中に入る。

 店員に四人席まで案内され、俺達はそこに腰をかけた。不意に隣の四人席から声が掛けられる、

 

「あれ?栄太郎君?」

 

 は?おいおいマジかよ…。俺は隣の四人席の連中を確認する。

 

 同じ大ノ宮高校の生徒とは思えない着崩した制服を着ており、既に運ばれてきた食事をつついている生徒達。

 

「うわー。」

 

 菜月。

 

「修羅場…!!」

 

 拓。

 

「…!」

 

 震えながら俺の袖をギュッと掴む春咲さん。

 

 菜月と拓の声も乏しく、俺は彼らを見つめた。

 

 井出洋介、真宮愛華、十文字昴…そして、綾小路由奈。

 

 二年A組スクールカースト最上位グループ。十文字グループが隣の席に腰を掛けていたのだ。

 

 ゴクリ。唾を飲む音が、俺の耳に響いた。








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