『夏の思い出を作りに、鳥白島に来ませんか』
連絡船の船内に貼ってあるポスターが目に留まる。
今年の夏、鳥白島が掲げたキャッチフレーズらしい。
そういえば、パンフレットにも同じ文句が書かれていた気がする。
正直、ありふれたキャッチフレーズだな、と思う。
これだと、都会の人間はあまり魅かれないかもしれない。
……一度来てもらえば、島の魅力が分かると思うんだけどな。
「ふぅ……」
ポスターから目を離して、壁に据え付けられた時計を見る。島に着くまで、もう少し時間がかかりそうだ。
俺は柵にもたれながら、しろはと出会った時のことを思い出す。
『チャーハン美味しかった』
『やっぱり作り方、教えて』
この会話を皮切りに、付き合いをお願いしたのが去年の夏休み。しかも最終日。地元行きの船から飛び降りた直後。
もちろん、しろはも相当混乱していた。
そんな中、頼み込んで連絡先だけ教えてもらって。
地元でやらかしたことの決着をつけて、ようやく島に戻ってこれたのが、秋の終わり近く。
それからはバイトで旅費を貯めて、休みの度にしろはに会いに行った。
彼女と初めて出会った食堂に通い詰めたり、一緒に釣りをしたり。
自分でも不思議なくらい、必死だった。
親友のしろはをシティーボーイから守ると言う蒼と、壮絶な言い争いもしたし、最初は島の皆にも警戒されていた。
でも、しろはと仲良くなるにしたがって、受け入れられていった。
やがて季節は進み、冬。
年末年始もこの島で過ごし、初めて餅つきをやらせてもらった。
すっかり打ち解けた良一たちに、寒中水泳だとかで海に投げ込まれたりした。
春。桜が咲く頃、しろはに告白した。
しろはは即OKしてくれたけど、しろはのじーさんが認めてくれず。海で水中相撲で勝負する羽目になった。
その勝負に勝ったことで、俺としろはは島公認のカップルになってしまった。
そして、今に至る……。
「おかーさん、あのおにーちゃん、なんでニヤニヤしてるの?」
「こら、見ちゃいけません!」
……どうやら喜びの感情が顔に出てしまったみたいだ。
……だってしょうがないだろ! 待ちに待った夏休み! 久しぶりの長期滞在! 楽しみでないはずがない!
『まもなく鳥白島。鳥白町漁港に到着いたします』
……思わず踊り出しそうになったその時、島への到着を知らせるアナウンスが流れた。俺は冷静になって、下船の準備をする。
※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※
タラップを渡ると、すぐに強烈な夏の日差しと盛大な蝉の鳴き声が出迎えてくれる。
他の観光客たちはスーツケースやら荷物を持って、思い思いの方向に散らばっていく。
「ちーっす、羽依里」
「そろそろ来る頃だと思っていたぞ」
その観光客たちから少し離れて歩いていると、前から見知った二人が歩いてきた。
「まさか迎えに来てくれたのか? 時間とか、鏡子さんにしか伝えてなかったはずだけど」
「朝から港で待ってた。暇だしなっ」
「マジか」
爽やかな笑顔を向けてくる半裸の男が、三谷良一。すぐ裸になりたがるのが玉に瑕だが、良い奴だ。
「そうだ鷹原、荷物を持ってやろう。良い特訓になりそうだ」
そう言って荷物を持ってくれた眼鏡男子が加納天善。いわゆる卓球馬鹿だ。良い奴だけど。
「羽依里。今度は長く滞在するんだろ?」
「ああ。待ちに待った夏休みだ。八月末まで、たっぷり楽しませてもらうよ」
「ほう。フルセットマッチか」
天善は相変わらずの卓球例えだ。
「また一緒に裸祭りやろーぜ、羽依里!」
「いや、やらないから」
笑顔で親指を立てて来るが、そんなことをやるつもりはない。
「……どーせ、羽依里は夏休みの間、ずっとしろはとイチャラブすんだろ!? 手とか繋いで、島中を練り歩くんだろ!?」
「いや、まだそこまでの度胸は……だって男子校だし」
「鷹原、もうその男子校ネタは使わなくていいんじゃないか?」
「そーだそーだ! 連休の度にしろはとイチャラブしていたくせにー! ずっと見てたんだぞー!」
「ご、誤解を招くようなことを大声で言うなっ! まだそこまでやってない!」
「島公認の混合ダブルスだろう。今更何を恥ずかしがる必要がある」
こんな風に駄弁りながら歩けば、この暑さも多少紛れる……はずもなく、男三人横並び。暑苦しいことこの上ない。
結局、俺は加藤家に着くまで、ずっといじられ続けたのだった……。
※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※
「ありがとう。ここでいいよ」
加藤家の前に到着した所で、天善から荷物を受け取る。
「……二人はこれからどうするんだ?」
「駄菓子屋だな。こうも暑いと、アイスでも食わねーと裸になっちまいそうだ」
「やめといた方がいいぞ。ここで裸になったら、またのみきに狙撃される」
「うっ……あの氷水は、もう勘弁してほしいぜ」
「鷹原も落ち着いたら駄菓子屋に来るといい。蒼たちも会いたがっていたぞ」
「ああ、後で行くよ」
「それじゃーな」
二人は軽く手を挙げて、去っていった。
なんとなく腕時計を見ると、午後二時前。始発の時間から考えると、あの二人は炎天下の港で五時間近く待っていてくれたことになる。
「今度、何かでお礼しないとな」
そう考えながら、今日からまたお世話になる加藤家の呼び鈴を鳴らす。
……しかし、中からの反応がない。
「あれ?」
もう一度呼び鈴を鳴らす。誰かが出てくる様子はない。
「ごめんくださーい!」
例によって鍵はかかっていないので、玄関口を少しだけ開けて中に呼びかけるが……結果は変わらず。
「鏡子さん、出かけてるのか……?」
ちなみに、鏡子さんは俺のおふくろの妹。つまりは叔母にあたる人で、去年の夏からこの家の管理をしている。
春先には住民票をこの島に移したらしい。苗字が加藤じゃないから結婚はしてるはずなんだけど、そういう身の回りの話も一切聞かない。なんというかミステリアスな人だ。
「今日の昼の便で着きますって、連絡はしたはずだけど」
忙しい人だから、急な寄合でも入ったのかもしれない。
……少し悩んで、上がらせてもらうことにする。加藤家が無人になることはよくあることだし、ちょくちょく滞在する加藤家は、勝手知ったる他人の家だ。
「お邪魔します」
居間に足を踏み入れると、ふすまも開け放たれていて、気持ちの良い風が通り過ぎていく。騒がしく聞こえていた蝉の声も、心なしか遠くに感じる。
その居間を抜けて、すっかり自分の部屋になっている客間に荷物を置き、一息つく。
俺がいない間も鏡子さんが定期的に掃除してくれているのか、ほとんど汚れていない。
「夏休みの間は、できるだけ家事手伝わないとな……」
先日電話をした時も、夏休みの長期滞在を快く了承してくれたし、鏡子さんにはお世話になりっぱなしだ……食生活は、まぁアレだけど。
その後、二十分程待ってみたが、鏡子さんが戻ってくる気配はない。
「俺も駄菓子屋に出かけるか……」
俺は財布だけを持って加藤家を後にする。
※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※
加藤家から出てしばらく歩くと、駄菓子屋が見えてくる。
駄菓子屋と言っても看板もなく、ガラス戸は開け放たれている。
「お、来たな」
「随分早かったな。ふっ! ふっ!」
先程家の前で別れた二人と、店の軒先で再会する。
「鏡子さん、出かけてるみたいでさ」
「忙しい人みたいだからな。ふっ! ふっ!」
「夕方には戻るんじゃないか」
良一は宣言通り、ベンチに座ってアイスを食っている。その足元を見てみると、青色の生物が鎮座していた。
「ようイナリ、久しぶりだな」
「ポン!」
こう見えて、こいつは野生のキツネらしい。鳴き声は全く別の生き物のそれだが。
「ふっ! ふっ! ふっ!」
ちなみに天善は良一から少し離れた場所で、ラケットを持って素振りをしている。ぶっちゃけ暑苦しくて、近づきたくない……。
「蒼―、羽依里が来たぞー」
「あ、いらっしゃーい」
良一が店の奥に呼びかけると、澄んだ声が返ってきた。
「蒼、久しぶりだな」
「この前の連休にも帰ってきてたんだし、久しぶりってもんでもないんじゃない」
そう言いながら、太陽に負けない笑顔で迎えてくれたのは空門蒼。この駄菓子屋でバイトしてる女の子で、しろはの親友だ。
「蒼、かき氷もらえるか?」
「いいわよ。何味?」
「ブルーハワイ」
「全部同じ味だけどね」
「だよな」
「はい、百万円よ」
すっかり聞き慣れたお約束のネタを適当に流しながら、百円玉を手渡す。
「99万9900円足りないわよ」
「足りない分は良一につけといて」
「りょーかい」
「マジかよ!」
「じゃあ、少し待っててね」
しゃこしゃこ、と手動のかき氷器で氷を削る音が聞こえ始める。俺はベンチに腰かけ、目をつぶってその音に聞き入る。
「おまたせー」
しばらくして、蒼がブルーハワイのかき氷を持って戻ってきた。というか、ブルーハワイなのにやけに白い。
「蒼、練乳かかってるけど?」
「サービスよ」
「まぁ、うまいからいいけど」
最近はこの練乳ブルーハワイにも慣れてきた。
しゃくしゃく、とストロースプーンでかき氷をいただく。冷たい氷で体の内側から涼しくなる。これが百円。最高だ。
「……羽依里さん、来てたんですか」
夢中になってかき氷を食べていると、頭上からの声に顔を上げる。
すると目の前に麦わら帽子を被った藍が立っていた。
その長い髪と、身に纏った淡い青色のワンピースが風でふわりと揺れている。
「夏休みですし、しばらく滞在する感じですか?」
「ああ、夏休みが終わるまでいるつもり」
「そうですか。きっと蒼ちゃんも喜んでいることでしょう」
見れば見るほど蒼と同じ顔だ。
藍は蒼の双子の姉で、妹の蒼がバイトの日にはこうやって様子を見に来る。
「藍はいつもの日課?」
「はい。蒼ちゃんの仕事ぶりを見に来ました」
藍はそのまま店の奥に向かうと、座敷に座って蒼が仕事する様子を眺める。
「藍、そんなに見つめられると仕事やりづらいんだけど」
「大丈夫。蒼ちゃんは今日も可愛いから」
「理由になってないし……」
藍は少し……いや、かなりのシスコンだ。純粋に蒼が世界で一番可愛いと思っている。
藍にとって、序列は蒼が一番上。次が女子。男連中は一番下で、幼馴染のはずの天善や良一ですら平気で名前を間違えられるレベルだ。
たぶん蒼と親しいって理由だけで、イナリの方があの二人より序列が上だろう。
「いいよなー。羽依里は藍に名前覚えられてて」
「少なくとも二人よりかは序列が上ってことだもんな」
「理不尽な話だぜ……全員タメのはずなのにな」
「天善ちゃん、パビコ取って」
「だから俺は良一だっ!」
そう言いながらもアイスケースからパビコを取り出して藍に手渡す。
そんなやりとりを見ながら、俺は残りのかき氷に取り掛かる。
「そういえば羽依里、しろはとはもう会ったの?」
店の奥からベイビースターの箱を持ってきながら、蒼が聞いてくる。
「いや、俺もさっき島についたばかりでさ。もしかしたらここに居るかとも思ったんだけど」
「午前中にスイカバー買いに来てたけど……今の時間は食堂じゃない?」
「食堂か」
「もしかして、彼女にも会わずに駄菓子屋でうつつを抜かしていたんですか。羽依里さん、最低ですね」
藍はバビコを二つに割ると、ひとつを蒼に手渡す。
「もしかして、しろはに連絡してないの?」
「あー……実は、しろはを驚かそうと思って、連絡してないんだ」
「へー。黙ってるわけねー。サプライズってやつねー。さすが彼氏さんは優しいわねー」
なんだろう。蒼の笑顔が怖い。
「えーと、食堂行ってみるよ。かき氷、ごちそうさま」
俺は仲間達からの無言の圧力に耐えかね、残りのかき氷をできるだけ早く食べきって、駄菓子屋から立ち去る。
※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※
「うう……かき氷、急いで食べたから頭に響く……」
「なんて言うんだっけこれ。ソフトクリーム頭痛だっけ……?」
俺は駄菓子屋の皆と別れ、食堂へ向かっている。
目的地の食堂は島の反対側。かなりの距離を歩かないといけない。
かき氷のせいで発生した頭痛に耐えながら、少し歩くと……。
「……羽依里」
……背後から声をかけられる。聞き覚えのない声だ。
「え?」
振り返ると、やっぱり見覚えのない少女がいた。
整った顔立ちに、すらっと伸びた黒髪。清楚なお嬢様みたいな印象だ。
それ以上に目を引くのが、彼女が座っているスーツケース。ひたすらに大きい。
「えーっと……どこかで会ったっけ?」
「ううん。初対面」
そうだよな。島の人間はほとんど覚えてしまった。でも、目の前の少女には見覚えがない。
「でも、俺の名前……」
「駄菓子屋さんで、そう呼ばれていたから」
「ああ……」
通りすがりにでも見られていたのか。
「でも、いきなり名前で呼ばれるのはその、心臓に悪い」
少女はニコニコとこちらを見ている。全く悪びれる様子はない。
「……観光か?」
「そんなところ」
……スーツケース持ってるんだから、当たり前か。何を聞いてるんだ俺は。
「ねぇねぇ、ひとつお願いしていい?」
「え? なに?」
「このスーツケース押すの、手伝ってくれないかな?」
ぽんぽん、と自分が乗ってるスーツケースを叩く。ずいぶん図々しいお願いだと思ったが、確かに女の子が一人で持つには大きすぎる。
「えっと、どこまで?」
「港のほうなんだけど」
食堂も港の近くだ。通り道だし良いか。
「まぁ、暇だしいいよ」
「ありがとう」
「……久島鴎」
「え?」
「私の名前。こっちだけ知ってるのも変だし」
「鴎……」
あの鳥のカモメと同じだろうか。変わった名前だ。
「それじゃ、動かすからどいてくれるかな」
「私ごとお願い」
「なに??」
「私、こう見えて軽いから」
そういう問題じゃないと思う。
「疲れちゃって」
えへへ、といった感じに頭を掻いている。
「いや、危ないぞ?」
「大丈夫。バランス感覚には自信あるから」
スーツケースの上で両手を広げて、手足をバタバタさせる。安心させてるつもりだろうか。
まぁ、港までそこまで急な坂はないし、本人が大丈夫って言ってるんだからいいか……。
「それじゃ、しゅっぱーつ!」
鴎の号令を受けて、俺はスーツケースを押し始める。
※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※
がらがらとスーツケースを押しながら、港までやってきた。スタート地点に戻ってきた感じだが、まぁいいか。
「あ、ここでいいよ」
ぴょん、とスーツケースから降りる。
「もういいのか?」
「うん。ありがとね」
「ああ」
「それじゃ、ばい」
笑顔で手を振った後、スーツケースを引きながら去っていった。
もう本土への最終便は終わってるはずだ。近くにしなびたホテルがあったし、そこに滞在してるのかな。
それにしても……なんというか、ものすごいなれなれしさだった。こっちもつられてしまうほどに……。
「鴎……か」
あいつもこの島に滞在するんなら、賑やかになりそうだ。
「羽依里」
余韻に浸っていると、背後からまた声をかけられた。今度は先程の鴎の声と違って、図太く高圧的な声だ。
振り向くと、そこには熊を人間にしたような立派な体格の男性が仁王立ちしていた。しろはのじーさんだ。
「島に来るなら、連絡をしろ」
「鏡子さんには連絡をしたんですが」
「今年の夏こそ、お前を島の水球部に紹介してやろうと思っていたんだ」
「だから、それは春からずっと断ってるじゃないですか」
「わしは諦めんぞ」
水泳は得意だが、もう運動部に入るつもりはない。
「そうだ、食堂には行ったのか」
「これから行くところです」
「なら、これをしろはに届けてやってくれ」
しろはのじーさんから、白いビニール袋を受け取る。
「なんです?」
「夕方に戻ってきた漁師仲間からもらった魚だ。食堂で使えるだろう」
「ありがとうございます。しろはも喜びますよ」
「そうか」
心なしか、しろはのじーさんは満足そうに去っていった。時々袋の中で何かが動いてるし、まだ新鮮なんだろう。
「さて、色々あったけど、ようやく食堂だ」
俺と出会った時から、彼女は一人でその食堂を切り盛りしていた。
亡くなった両親が経営していた店を引き継いだらしい。今はまだ学業優先で、夕食の時間帯だけの営業。お酒の取り扱いもしていないが、常連客もそれなりにいるみたいだ。
「しかし表の看板、まだ慣れないな」
ビニール袋を片手に港から少し歩くと、墨文字ででっかく『しろは食堂』と書かれた看板が見えてきた。
正直、この店にはでかすぎる。しろはのじーさんが魂込めて書いてくれたらしく、しろはも扱いに困っていたけど。
入口の扉に手をかけ、一呼吸置く。
しろは、驚くだろうな。心の中でニヤニヤしながら扉を開ける。
「いらっしゃい」
「よう、久しぶり!」
「うん、久しぶり」
挨拶を済ませて、適当な席に座る。俺以外に客はいないようだ。
「……あれ?」
……至って普通の反応だった。せっかく内緒で島に帰ってきたっていうのに。
「しろは、驚かないのか?」
「……」
「……しろは?」
「……遅い」
「え?」
「来るのが遅い」
「……羽依里が島にいるの、知ってた」
「え、マジで?」
「うん。今日から来てるって、島中で噂になってた」
「噂……一体誰が?」
「木戸のおばーちゃん。駄菓子屋で、空門さんとこの双子ちゃんや男の子たちと仲良くお話してたよって」
「おばーちゃん!?」
まさか、見られてた!?
木戸のおばーちゃんの顔も知ってるはずなのに、全く気付かなかった。
それにしても、まだ島に着いて三時間くらいしか経ってないのに、ここまで広がるものなのか!?
「島の情報網を侮らないほうがいいよ」
「……来るなら、真っ先に会いに来てほしかった」
「先に蒼たちに会うなんて……」
「あー、あれは不可抗力というか……その……」
凄い顔で睨まれてる。あの、怖いです。しろはさん。
「えーっと、色々あって遅くなった。ごめん」
「反省してる?」
「反省してます」
「……なら、許してあげる」
ふっと空気が緩んだ気がした。
「しろは。待ちに待った夏休みだし、その……楽しい事、たくさんしような」
「……うん」
ようやく笑ってくれた。一安心だ。
「まずはデートしなきゃ。そのうち花火もしたいし、海水浴も……」
「そ、その辺はまたゆっくり考えよう!」
「そ、それもそうだな」
これから毎日しろはに会えるだろうし、急ぐ必要なんてない。
「……ところで、それ何?」
しろはがカウンター越しに、俺の持っているビニール袋を指差す。
「ああこれ。さっき、港でしろはのじーさんからもらったんだ。魚だと思うけど」
まだ時々動いているビニール袋をしろはに手渡す。
「わあ、おいしそう」
「食堂で使ってくれってさ」
「……羽依里。せっかくだし、晩ごはん食べてく?」
「え?」
壁にかけられた時計を見ると、午後五時を過ぎていた。帰っても家にあるのはインスタント食品だろうし、折角だから食べて帰ろう。
「おじーちゃんの魚、さっそく使わせてもらうよ」
……数分後、俺の目の前には見事な生け作り定食が用意された。
ご飯に味噌汁。ひじきの煮物にわかめの酢の物。メインの活け造りはアジと鯛、イカの刺身の盛り合わせ。イカに至っては、まだ動いてる。
「おお、すごいな」
そんな中でひとつ、見たことのない刺身がある。
「なんだこれ?」
「トビウオ」
「トビウオって、あの空飛ぶ?」
「そう。内臓が少ないから鮮度が下がりにくくて、お刺身に向いてる。美味しいよ」
「それじゃ、さっそく。いただきます」
「どうぞ。めしあがれ」
一番にトビウオの刺身を口に運ぶ。コリコリしてて美味い。
続いてご飯。これも炊きたてでふっくらとしてうまい。
「……どう?」
「……彼女の手料理がまずいわけない」
「そ、そういうことは思ってても口に出さないでほしい……はずかしいから」
真っ赤になって顔を背ける。ああ、可愛い。
そんな光景をほほえましく感じながら、味噌汁をすする。
「おお、味噌汁も美味しい」
「トビウオをメインに使った魚介の出汁だし。最高だし」
「え、今のダジャレ?」
「ち、違うし!」
また顔を赤くする。可愛すぎる……。
……そんなこんなで、食後。
「ふう。うまかった」
「お粗末さまでした」
「いくら?」
「今日は私のおごり」
「え? いいのか?」
「再会のお祝い。次からはちゃんと貰うから」
「わかった。ありがとうな」
「うん」
「そろそろ戻らないと、鏡子さんが心配するよ?」
「……そ、そうだな。初日から遅くなるのはやばい」
席を立って、出口へ向かう。
「宿題、きちんとやらなきゃダメだよ?」
「え?」
「夏休みだからって、遊びほうけてちゃダメだよ?」
「あ、ああ。わかってるよ」
まるで母親のようなことを言う……めっちゃ嬉しいけど。
「ごちそうさま。それじゃ、またな」
「うん」
しろは食堂を出ると、日はほとんど沈んでしまっていた。楽しくてつい、長居してしまったみたいだ。
急ぎ足で加藤家にたどり着くと、明かりがついていた。さすがに鏡子さん、帰ってるよな……。
「……ただいま戻りました」
「あ、羽依里君。おかえりなさい」
「ごめんね。お昼の船で来るって聞いてたから、迎えに行こうとは思ってたんだけど」
「こっちこそ、来て早々遅くなってしまってすいません」
「いいよいいよ。私もさっき帰ってきたところなの。急な寄合が入っちゃってね」
「羽依里君の部屋覗いたら荷物はあったから、しろはちゃんの所に出かけてるんだろうなー、くらいに思ってたけど」
「あー、大体あってます」
「なら、もう晩御飯は食べてきた?」
「はい、食堂で食べてきました」
「うんうん。彼女の手料理、堪能してきたのね」
「そ、そういう言い方やめてください……」
しろはと島公認のカップルになって以後、こういうことは日常茶飯事だが……未だ慣れない。
「えっと……鏡子さん、改めてお世話になります」
「気にしなくていいよ。楽しい夏休みを過ごしてね」
「ありがとうございます」
「長旅で疲れたでしょう。お風呂沸いてるから、入っちゃって」
「何から何まで、ありがとうございます」
お言葉に甘えて入浴を済ませ、自室に戻ると……既に布団が敷いてあった。申し訳ない……。
持ってきた荷物を箪笥にしまい、布団に入る。
長旅の疲れもあって、すぐに俺は眠りに落ちていった。
第一話・あとがき
皆様初めまして、トミー@サマポケと申します。
遥か昔にkey作品のバトル小説を書いていたことがあるのですが、サマポケの完全クリアを機に再び書き始めました。
今回はPocketルートクリア後から1年後のストーリーと言うことで、しろはが羽依里君の彼女という設定になります。
しかし、夏休みの続きのようなイメージで書きましたので、他の仲間達も続々絡んできます。なかなか羽依里君はしろはと二人っきりになれません。
そして改変後の世界なので、一部設定が本編のキャラルートと異なっています。
(藍が起きているので七影蝶を探す必要がなく、蒼が昼寝をしない、れいだーん等一部ネタが使えない等)
また、鴎は夏にしか来ないという設定は変わってませんので、微妙に他の皆と距離感があったりします。(鴎の性格上、すぐに仲良くなりそうですが)
時々、サマポケ以外の作品の鍵作品ネタも紛れ込ませています。これは毎回、あとがきでネタばらしをしていく予定です。
サマポケ原作の雰囲気を壊さないように書いて行きますので、よろしくお願いします。
一言感想など頂けましたら、泣いて喜びます。