Summer Pockets #2   作:トミー@サマポケ

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第十話 8月3日

 

 

 

 

「鷹原さーん! 朝ですよー!」

 

 夏海ちゃんに起こされて、今日も一日が始まる。

 

 

「おはようございます」

 

「おはよう、夏海ちゃん」

 

 身支度を済ませて居間に行く。今日も鏡子さんの姿はない。

 

「鏡子さん、今朝もいないんだね」

 

「ものすごく早い時間に起きて、出かけていったみたいです。朝の5時くらいだったかもしれません」

 

「まるで漁師さんみたいな生活だね……」

 

 それから日課のラジオ体操に向かう。今日も暑くなりそうだった。

 

 

 

 

 蝉の声に背中を押されるように歩き、神社に着くと、いつものメンバーに加えて鴎がいた。

 

「おはよう、羽依里!」

 

「おはよう、鴎」

 

「鴎さん、おはようございます!」

 

 なんだろう。今日の鴎はやる気に満ち溢れている。

 

「今日は満を持しての参加だよ!」

 

 そういう鴎の手にはラジオ体操のスタンプカード。

 

「あれ? 初日以外はもらえないんじゃなかったっけ」

 

「昨日、役所から許可が下りた。特例だそうだ」

 

 のみきが説明してくれた。え、スタンプカードって役所の許可制なのか?

 

「もしかして、昨日役所に行ってたのって」

 

「あ、これのためだけじゃないよ? きちんと別の用事もあったんだから!」

 

 鴎がそう言うなら、信じることにしよう。

 

 

「お前ら―! 準備はいいか―! 今日もラジオ体操を始めるぞー!」

 

 その時、ラジオ体操大好きさんがやってきて、今日のラジオ体操が始まる。

 

 

 

「第一の体操! 耳介筋の鍛錬!」

 

「ピクピク、ピクピク」

 

 俺や夏海ちゃんも、だいぶ耳が動くようになった。

 

「羽依里、みてみて!」

 

 鴎の耳がピクピクと動いている。

 

「練習したの!」

 

「そ、そうか……頑張ったんだな」

 

「うん!」

 

 

「第四の体操! 三半規管の鍛錬! ぐるぐるぐる~~!」

 

「ぐるぐるぐる~!」

 

 うう、気持ち悪い……。

 

 この体操だけは未だに慣れない。慣れるものなのかわからないけど。

 

 

 

「さあ、スタンプはこっちだぞー」

 

 ラジオ体操終了後、今日のスタンプとログボを受け取る。

 

「おお、これがログボ」

 

 晴れてスタンプカードをゲットしていた鴎も、初のログボをゲットしていた。

 

 今日のログボは二種類。小玉スイカと緑茶だった。

 

 鴎は帰ってから食べると言いながら、嬉しそうに帰っていった。

 

 そして俺達もログボを持って帰路につく。

 

 

 

 

 ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※

 

 

 

 

 帰宅後、夏海ちゃんは朝食の準備に取り掛かってくれ、俺はその間にゴミ出しを済ませておいた。

 

「むーぎーぎー」

 

「どうしたの、紬みたいな声出して」

 

 ゴミ出しから戻ると、夏海ちゃんが台所で唸っていた。

 

「ログボで毎日朝ごはん! をモットーにここまでやってきたのですが……」

 

 え、そんなモットーあったんだ。

 

「これ、どうしましょう……」

 

 そう言いながら、今日のログボを手にしている。

 

「スイカだね」

 

「さすがにこれはチャーハンにはできません……」

 

「そりゃそうだろうけど……」

 

「ミキサーにかけてから、片栗粉で固めてみましょーか……あんかけチャーハンみたいになるかもしれません。いやむしろ、種を炒って具材として使いましょうか……むぎぎぎぎ」

 

 どうしよう。夏海ちゃんが悩みすぎて紬と化している。

 

「こっちのお茶を使ってみましょうか。緑茶ーハンって語呂良いですし、健康に良さそうじゃないですか?」

 

「りょくちゃーはん……」

 

 語呂は良いけど、味は良くなさそうだ。

 

「極論を言ってしまえば、お茶漬けと同じだと思いません?」

 

「いや、違うと思うけど……」

 

 現実問題、スイカでも緑茶でもチャーハンは作れない。

 

「ねぇ夏海ちゃん、たまには洋食が食べたいんだけど」

 

 緑茶を戸棚へ、スイカを冷蔵庫へとしまいながら、夏海ちゃんに提案する。

 

「洋食ですかー……」

 

 夏海ちゃんがため息交じりに、俺と並んで冷蔵庫を覗き込む。

 

「あ、これなんか使えそうじゃない?」

 

 立派なベーコンがあった。真空パックに入ってるし、お中元の品かな。

 

 そして、ドアポケットにも卵がいくつか入っていた。

 

「この卵、まだ大丈夫だよね?」

 

「はい、チャーハンに卵は必須食材ですから! 補充してもらってます!」

 

「これ使えば作れるんじゃないかな」

 

「チャーハンですか?」

 

「いや、だから洋食の……そうだ。ベーコンエッグとかどうかな」

 

「ベーコンエッグとか、そんなオシャレなものが食べたいんですか?」

 

「うん、食べたい」

 

「……わかりました。作ってみますよ」

 

 夏海ちゃんがエプロンをつけて、卵とベーコンを持ってシンク台へ向かう。

 

 特に手伝えることもなさそうだったので、居間に戻って完成を待つ。

 

 しばらくすると、ベーコンを焼く良い匂いが漂ってきた。

 

「って、わわわーーー!?」

 

 ……突然、夏海ちゃんの叫び声が聞こえた。

 

 同時に、どこかで聞いたことあるような騒音が混ざった気がする。

 

「夏海ちゃん、どうしたの?」

 

 俺は台所へ向かう。

 

「あ、鷹原さん! 換気扇からセミが入ってきたんです!」

 

「え、セミ?」

 

 見ると、一匹のセミが夏海ちゃんの頭上をみんみん鳴きながら飛び回っていた。

 

「鷹原さん、なんとかしてください!」

 

 え、なんとかしてって言われても。

 

「手でバシッと、捕まえちゃってください!」

 

 ごめん、そんなの無理。

 

「そうだ、ちょっと待ってて」

 

 俺はいったん外に出て、先日の昆虫採集大会の時に使った虫取り網を取りに向かう。

 

 

 丁度台所の裏手を通った時、家の中から夏海ちゃんの声が聞こえた。

 

「あああ、鷹原さんのベーコンエッグが!」

 

 え、俺のベーコンエッグがどうしたの? 続きを言って、夏海ちゃん。

 

「あー……うん。見なかったことにしよう」

 

「えええ」

 

 俺は一抹の不安を感じながら、虫取り網を持って急いで台所へ戻る。

 

「早く、早くお願いします!」

 

 あれ、夏海ちゃん……今、身体でガスコンロの方を隠した?

 

 ……いや、今はそれよりセミをなんとかしないと。

 

「えい!」

 

 素早く虫取り網を一振り。一発でセミを捕まえた。

 

「ありがとうございます。助かりました」

 

 

 それを外に持って行き、網の口を開いてセミを大空へ解き放つ。セミはどこぞへと飛び去っていった……。

 

「もう入ってこないでくれよ……」

 

 虫取り網を元の場所に片づけて、居間に戻って一息つく。

 

「……良く火を通せば大丈夫ですよね」

 

「え? 夏海ちゃん、何か言った?」

 

「い、いえいえ! なんでもないです!」

 

 台所から声が聞こえた気がしたけど、よく聞き取れなかった。

 

「お待たせしましたー」

 

 それから少しして、夏海ちゃんが完成した朝食を持って来てくれる。

 

「おお、美味しそうだね」

 

 ごはんとみそ汁。そして出来立てのベーコンエッグ。

 

「あれ? 俺のベーコンエッグ、多くない?」

 

「サービスです!」

 

 夏海ちゃんは笑顔を崩さない。

 

「それでは食べましょう! いただきまーす」

 

「いただきます」

 

 一緒に手を合わせて、食べ始める。

 

「鷹原さん、美味しいですか?」

 

「え? 美味しいけど」

 

「……セミっぽくないですか?」

 

 え、なにそれ。

 

「大丈夫だけど……」

 

 目玉焼きとベーコンを切り離して、ひっくり返したりしてみる。特に変わったところはない。

 

「それなら良いんです。美味しいですよね」

 

 夏海ちゃんの言動は気になったけど、ベーコンエッグは美味しくいただいた。

 

 

 

 食後はいつものように宿題。

 

「えーっと……」

 

 向かい合って宿題をしていると、また夏海ちゃんが悩んでいた。

 

「どうしたの? またわからないところがあるとか?」

 

「はい。また歴史なんですけど」

 

「どれ?」

 

「ほら、昔の人ですごい武将いたじゃないですか。反乱を起こして負けた後も、恨みを晴らすために首だけで飛んでいったとか……あの、蒼さんみたいな名前の」

 

「え、蒼みたいなの?」

 

「なんて言いましたっけ……そらかど……そらかど……」

 

「平将門?」

 

「あ、それです!」

 

 ありがとうございます。とノートに書き記している。

 

 たいらのまさかど……そらかどあお……。

 

 蒼なら『全然似てないじゃない』とか言いそうだけど。

 

 

 

 宿題を済ませると、例によって俺と夏海ちゃんは暇になった。

 

 適当にテレビをつけるけど、旅番組くらいしかやってなかった。特に面白くもなかったので、すぐにテレビを消す。

 

「ふぅ……」

 

 時間は10時にもなってないのに、今日も暑い。

 

 扇風機を回しても体感気温がほとんど変わらないので、窓を開けてみた。

 

 ……熱風が入ってくるだけだった。

 

 これなら外に出た方がいいかもしれない。

 

「夏海ちゃん、かき氷食べに行かない?」

 

「行きましょう!」

 

 待ってました、という感じの反応を返してくれた。

 

 というわけで、俺たちは歩いて駄菓子屋へ向かった。

 

 

 

 

「見てください鷹原さん! 鴎さんが作ったボトルシップが飾られてますよ!」

 

「あ、本当だね」

 

 駄菓子屋に着くと、一番目に付くところに昨日鴎が作ったボトルシップが飾られていた。

 

 ちょうど太陽の光を受けて、瓶がキラキラと輝いている。その中の帆船模型も幻想的で、正直かっこいい。

 

「……いらっしゃい」

 

 ボトルシップに見惚れていると、店の奥からおばーさんが出てきた。

 

「すみませんおばーさん、かき氷ください」

 

「悪いね、今はかき氷はできんのお」

 

「え、どうしてですか?」

 

 夏海ちゃんがショックを受けている。どうしたんだろう。まさか、かき氷器が壊れたのだろうか。だとしたら悪夢だ。

 

「今日は港に持って行ってるね。蒼ちゃんが出店をするらしくての」

 

「ああ、そういうことか」

 

 それなら、港に行けばかき氷が食べられるわけだ。安心した。

 

「なら、港に行ってみます」

 

 もう少しの辛抱だね、と夏海ちゃんと話しながら、俺達は港へ向かった。

 

 

 

 

 ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※

 

 

 

 

 港に着くと、いつも屋台が立っている場所にかき氷の屋台が出ていた。中を覗くと蒼とイナリがいた。

 

「あ、いらっしゃーい」

 

「ポーン!」

 

「蒼、売れてるのか?」

 

「今日は暑いし、結構売れてるわよー」

 

 嬉しそうに話す蒼も、かなりの汗をかいてる。

 

「蒼もしっかり水分補給しろよ、日射病になるぞ?」

 

「大丈夫よー。ちゃんと水筒持ってきてるし」

 

 青色の水筒を持っていた。それなら大丈夫だろうか。

 

「私達もかき氷ください」

 

「いいわよー。何味?」

 

 メニュー表を渡される。いつもの味の他に、見慣れない味も並んでる。出店限定なんだろうか。

 

「見たことないメニューが並んでますね」

 

 昨日藍が食べてた抹茶みるくもメニューとして載ってる。250円とか、なかなかにブルジョワな値段だ。

 

「蒼さん、一番人気はなんですか?」

 

「今のところ一番売れてるのはブルーハワイね。観光客の人が結構買って行ってくれるのよー」

 

「え、そうなのか?」

 

 普段散々食べ慣れてる味だから、意外だった。

 

「おすすめの味を聞かれて、あたしがブルーハワイって答えてるのもあるけど、観光客の男の子達が何回も来て、その度にブルーハワイ買ってくれるのよー」

 

 笑顔で話してくれる。

 

「折角だし、他の味も食べてくれたらいいのにねー」

 

 蒼、それはたぶんかき氷じゃなくて、お前目当てで来てる客だぞ……とは、とてもじゃないが言える雰囲気じゃなかった。

 

 蒼には純粋なままでいてほしい。

 

 そんなことを考えながら、俺達は渡されたメニュー表とにらめっこしていた。

 

「藍は抹茶みるくが美味しいって言ってたけど、250円になるのよね」

 

「他のが100円なのを考えると、やっぱり高いよな……」

 

「……あれ、そういえば藍は?」

 

「おかーさんと本土の方に用事だって。お昼前には帰ってくると思うけど」

 

「そうなのか」

 

「あ。もしかして羽依里、藍に会えなくて寂しい?」

 

「いや、そんなことはないけど。なんで?」

 

「昨日、藍と一緒に人形劇観たんでしょ? 楽しそうに話してたわよ」

 

 え、あれ楽しかったのか? まあ、それならそれで良いけど。

 

「あのー、このレインボー味200円と、ネオレインボー味210円の違いって何ですか?」

 

「全部のシロップがかかかってるのは一緒で、後は練乳がかかってるか、かかってないかって違いだけよ。シロップは全部同じ味だしね」

 

 先日の缶ケリの時のしろはの言葉をヒントに生み出されたのだろうか。全部乗せみたいなかき氷だ。

 

 俺は悩んだ挙句、結局ブルーハワイを選択した。

 

「私はレインボー味ください」

 

 おお、夏海ちゃんが冒険した。

 

「はい、合わせて300円よ」

 

「あれ? 今回はお約束じゃないのか?」

 

「……観光客相手に言ったら、戸惑われちゃって」

 

 あー、それならしょうがないかもしれない。

 

 俺と夏海ちゃんは蒼に300円を渡す。

 

「向こうに座って、少し待っててねー」

 

 俺と夏海ちゃんは備え付けられたテーブルセットに座ってかき氷を待つ。

 

 

 

「おまたせー」

 

 しばらくすると、蒼がブルーハワイとレインボーかき氷を持ってきてくれた。

 

「うん。うまい」

 

 さすが安定のブルーハワイ。美味しい。

 

「美味しいです!」

 

 夏海ちゃんも一口ごとに味が変わるかき氷を楽しんでいるみたいだ。

 

「おお、本当にかき氷屋さんがある!」

 

 二人でかき氷を堪能していると、静久が鴎と紬を引き連れてやってきた。

 

「シズクの言った通りですね!」

 

「ほら、見間違いじゃなかったでしょ?」

 

 静久が大きな胸を張る。どうやら港についた時に、この店を見つけていたみたいだ。

 

「あ、いらっしゃーい。珍しい組み合わせね」

 

 蒼が対応し、三人もかき氷を選び始める。

 

「おお、見慣れないメニューがある! どれにしようかなー。悩むなー」

 

 鴎は鼻歌交じりにメニュー表とにらめっこしている。

 

「蒼ちゃん、今日は氷すいとみぞれはできるのかしら?」

 

「どっちもできますよー」

 

「え、なにそれ」

 

「うちの隠しメニューね」

 

 俺はブルーハワイを持ったままメニュー表を覗き込む。もちろんそんなメニューは載ってない。

 

「氷すいは砂糖水のシロップね。うちのは和三盆の砂糖を使ってるから、高級なのよ」

 

「そんなのがあるのか……夏海ちゃん、知ってた?」

 

「いえ、初めて聞きます」

 

「みぞれはガムシロップなのよね。どっちも氷の味がわかるから、通好みのメニューなの。水織先輩や紬は、よく頼むのよねー」

 

 へぇ……さすが、かき氷は奥が深い……。

 

「それじゃ、二人合わせて160円よ」

 

「はい!」

 

 あ、少し安いんだな。

 

 それぞれのかき氷を持った二人がテーブルセットのほうに歩いてきた。手にしたかき氷は本当に無色透明で、何もかかって無いようにも見える。

 

「鴎は決まったー?」

 

「決めました。抹茶みるくください!」

 

「お、頼んじゃうのね。高いわよー?」

 

「望むところです。新商品に目がなくて」

 

「じゃあ、250円よ」

 

「はい!」

 

「なあ蒼、なんで抹茶みるくは高いんだ?」

 

「抹茶のシロップって、普段使わないじゃない。それに小豆や白玉も用意しなきゃいけないし」

 

 なるほど、仕入れが別口になるとか、色々あるんだろうか。

 

「はい。抹茶みるく、おまたせー」

 

 鮮やかな抹茶色のかき氷の上に、小豆と白玉乗っかり、練乳がかかっている。実物を見るとこれで250円は安いんじゃないかと思えるくらい豪華だ。

 

「わーい! 美味しそう―」

 

 鴎も笑顔でテーブルセットのベンチに座る。

 

「凄いわね」

 

 二人が持ってる氷すいとみぞれのインパクトがあまりないせいか、抹茶みるくはすごい迫力だった。

 

「せっかくだし、皆で食べようよー」

 

「では、カモメさんにみぞれも差し上げます!」

 

「そうね。見た目では勝てないけど、氷すいもなかなか美味しいのよ?」

 

「あの、レインボー味も良かったら!」

 

 『すい』『抹茶みるく』『みぞれ』『レインボー』。女の子たちは皆で味を比べあってる。どんな味なのか気になったけど、さすがに俺がこの輪に入るわけには行かない。一人で大人しくブルーハワイを食べることにする。

 

 

「タカハラさんも一口どうぞ!」

 

「え、俺も?」

 

 紬は笑顔でみぞれの乗ったスプーンストローを差し出してくる。思わず貰って食べてしまった。

 

「うんうん、羽依里も白玉食べなよー」

 

「レインボー味もどうぞ!」

 

 それを皮切りに、更に二人の分も味見させてもらった。

 

 静久は笑顔で見守っている。色々と気づいてるっぽいけど。

 

 

「……まったく、昼間から見せつけてくれるな」

 

「しろはに言いつけてやるぞ」

 

 声がした方を見ると、良一と天善がやってくるのが見えた。

 

「二人とも、いらっしゃーい」

 

「今日は港に店を出していると聞いてな。首尾はどうだ」

 

「ご覧の通りよ。おかげさまで大盛況」

 

「知り合いばっかりだけどな」

 

「失礼ね。朝のうちは観光客もたくさん来たって言ったでしょ」

 

「まぁ、今の時間は船も来ないしなー」

 

 二人はそれぞれ氷レモンと氷メロンを注文していた。

 

 結構な人数が集まったこともあり、席に座れないくらいだった。良一と天善は座れずに、立ったままかき氷を食べていた。

 

 

 

 

「そういえば夏海ちゃん、今年の夏はもう泳いだ?」

 

 皆がかき氷を食べ終わった頃、蒼が屋台の方から身を乗り出すようにして聞いてきた。

 

「え? いえ。まだです」

 

「水着は持って来てるんでしょ?」

 

「はい。持ってます」

 

「じゃあ、今日のお昼から皆で海水浴しない? 今日のイベントよ」

 

「はい、行ってみたいです!」

 

「大勢の方が楽しいから、藍やしろはにも声かけてみるわね」

 

 そういえば、俺もこの夏はまだ一度も泳いでなかった気がする。海が身近すぎて気が付かなかったというか。

 

「海で泳ぐなら、紬も水着を用意してあげるわね」

 

「むぎゅ!? シズクが去年用意してくれた水着はその、大きすぎたのでイヤです!」

 

「大丈夫よ。今年のはちゃんと紬のおっぱいに合わせてるから」

 

「そ、それは喜んでいいのでしょーかー……」

 

 紬は顔を赤くしながら、むぎゅむぎゅと何か言っていた。

 

「それじゃ、お昼ご飯食べたら浜辺に集合ね」

 

「はい、楽しみにしてます!」

 

 

 

 

 ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※

 

 

 

 

 その後もお昼前まで港で過ごし、頃合いを見て昼食を食べに帰る。

 

 今日のお昼はカレーうどんをチョイスした。

 

 服を汚さない様に食べるのがなかなかに難しい曲者だ。

 

「美味しいですねぇ」

 

「うん」

 

 食べにくい一方で、味の方は他のカップうどんの中でも突出していると俺は思う。

 

 食後はそれぞれの部屋で、海水浴の準備をする。

 

 浜辺には着替える場所とかないので、あらかじめ服の下に水着を着ておく。

 

 後はビーチサンダルとかタオルを持って、準備完了だ。ちなみにビーチサンダルは去年の蔵整理の時に出てきていたのを拝借しておいた。

 

「お待たせしましたー」

 

 夏海ちゃんも準備出来たところで、二人で浜辺へ出発する。

 

「ところで夏海ちゃん、泳ぎは得意なの?」

 

 浜辺へ向かう道すがら、夏海ちゃんとそんな話をする。

 

「えっと、それなりだとは思いますけど。鷹原さんはどうなんですか?」

 

「俺? 元水泳部だし、得意だよ」

 

「え、鷹原さん水泳部なんですか?」

 

「あれっ、言ってなかったっけ」

 

「初耳です」

 

「ちなみに『元』水泳部だから。今はやめてるんだ」

 

「そうなんですね。きっと鷹原さん、しろはさんのことで頭一杯になって部活どころじゃなくなったんですね」

 

「あはは、そういうことにしておくよ」

 

 何か察してくれたのか、笑顔で受け流してくれた。

 

「ところで夏海ちゃん、浜辺には着替える場所とか無いから、服の下に水着着てるよね?」

 

「はい、バッチリですよ」

 

 夏海ちゃんが襟首を広げて下の水着を見せてくる。いやそれ、男子校の俺には結構来ちゃうからやめてほしい。

 

「でも、鷹原さんはわざわざ服着なくても、水着のまま出発すればよかったんじゃないですか?」

 

「あ、いや……男が住宅地の中で水着姿になってると、撃たれるから」

 

「……意味が解らないんですけど」

 

 いっそ説明するより、見せた方が早いかもしれない。

 

「じゃあ見せてあげるよ。夏海ちゃん、ちょっと離れててね」

 

「は、はい」

 

 夏海ちゃんが距離をとったのを確認してから、俺は上着を脱ぎ、上半身裸になる。

 

「ぶっ!?」

 

 その直後、遥か鉄塔からのみきによって狙撃され、ずぶ濡れになる。

 

「だ、大丈夫ですか!?」

 

「うん。大丈夫大丈夫」

 

『鳥白島の夏休みを満喫している鷹原羽依里君。海水浴場以外で服を脱ぐのは禁止されている。速やかに服を着ろ』

 

 そして、鉄塔に備え付けられたスピーカーからのみきの声が聞こえてきた。

 

「ほら、ね」

 

「ほ、本当に撃たれるんですね」

 

 俺は用意しておいたタオルで身体を拭いて、素早く服を着る。

 

 まだ若干濡れてるけど、これだけ暑いし、すぐに乾いてしまうだろう。

 

「今の声、のみきさんですよね」

 

「うん。良一いわく、裸狩りなんだって」

 

『人聞きの悪いこと言うんじゃない』

 

 また鉄塔から声。まさか、聞こえてるのか。

 

「のみきの射撃技術はすごいからね」

 

 水鉄砲だけど。

 

「それにしても、のみきは海水浴に来るのかな」

 

『安心しろ。私も行く』

 

 ……やっぱり聞こえてるんだ。

 

 俺は濡れた体を乾かしながら、浜辺への道を歩いた。

 

 

 

 

 ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※

 

 

 

 

 浜辺に到着すると、皆はすでに浜辺に来ていて、思い思いに散らばって遊んでいた。

 

 全員水着に着替えていたので、俺と夏海ちゃんもさっさと服を脱いで水着になる。

 

「あ、ナツミさんです!」

 

 着替えた直後、夏海ちゃんの姿を見つけたらしい紬が凄い速さでやってきた。

 

「おおー、ナツミさんの水着もお似合いです!」

 

「あ、ありがとうございます。その、紬さんの水着も可愛いです!」

 

「紬の水着は私が選んだんだから、似合って当然よ」

 

 静久の選んだらしい水着はワンピースタイプで、紬の髪の色と同じ黄色だった。

 

 ちなみに夏海ちゃんもワンピースタイプの水着で、アクセントに少し蝶の柄が入ってる。ヘアピンもそうだけど、蝶が好きなのかな。

 

「ナツミさん! こっちで一緒に遊びましょう!」

 

「そうね。それがいいわ」

 

「えっ、えっ」

 

 二人にがっしと手を掴まれて、そのまま引っ張っていかれてしまった。仲良いのは良いことだよね。

 

 

「よう、羽依里!」

 

「ようやく来たか」

 

 一人残されていると、そこに良一と天善がやってきた。

 

 

 天善も水着姿だが、相変わらずラケットを持っている。浜辺で見ると違和感しかない。

 

「相変わらずラケットを持ってるんだな」

 

「ああ。これで水中で素振りをすると、水の抵抗があって凄いトレーニングなるんだ」

 

「そ、そうか」

 

 ラケットが塩水に浸かっても良いものか、心配になる。

 

「それに、砂浜で反復横跳びをすると、砂の抵抗のおかげで凄いトレーニングになる。鷹原も一緒にやらないか?」

 

「いや、俺は遠慮しておくよ……」

 

「惜しいよなー。男があと一人いれば、四天王スクワットができたのによ」

 

「いや、それもごめん被る」

 

 動揺して変な受け答えをしてしまった。ここまで来て四天王スクワットはしたくない。

 

「よーし羽依里! それなら泳ごうぜ! 沖のブイまで競争だ! いっくぞーーーー!」

 

「待ってください。天善ちゃんにはやってもらう仕事があります」

 

 全力で海に向かって駆け出した良一だったが、藍に足を引っかけられ、盛大に転んだ。

 

「後で皆でビーチバレーをするので、そのネット立てをお願いします」

 

「はい……」

 

 良一は砂まみれになって起き上がると、藍からネットとポールを受け取って、とぼとぼと歩いて行った。

 

「ほら、羽依里さんはこっちです」

 

 あまりに可哀想だったので、手伝いに行ってやろうとしたが、藍に別の場所に連行された。

 

 連行されていく中、天善に目で助けを求めたが、既に一心不乱に反復横跳びを始めていた。これは助けてもらえそうにない。

 

 

 藍に引っ張っていかれた先には、しろはと蒼が居た。

 

 

「そういえばしろは、かき氷食べに来なかったわねー」

 

「だって私、スイカバー専門だし」

 

「あ、そう言われればそうだったわねー」

 

「もし、かき氷にスイカバー味が出たら考える」

 

「あはは、頑張ってみるわねー」

 

 しろはは髪を三つ編みに結っていて、髪の色と同じ白色の水着だった。

 

 そして、手に何か丸い物体を持っている。

 

「しろは、何持ってるんだ?」

 

「スイカ。後で皆でスイカ割りやろうと思って」

 

 なるほど、夏の海での定番だ。

 

「あれ、そういえば今日のログボはスイカだったような」

 

「そうなの? 私、ラジオ体操行ってないから」

 

「そういえばいつもいないな。朝弱いのか?」

 

「うん……羽依里が起こしに来てくれたら、早く起きれるかも」

 

「よし、今度起こしに行く」

 

「え? じょ、冗談だからね?」

 

「うわー、相変わらずラブラブよねー」

 

「そろそろ一緒に住んではどうですか?」

 

 藍と蒼が同じジト目顔でこっちを見ていた。

 

「いや、まだ早いだろ……」

 

 しろはと一つ屋根の下に住むということは、しろはのじーさんとも一つ屋根の下に住むということだ。さすがにその覚悟はまだない。

 

 そして良く見ると、蒼と藍は色違いの水着を着ていた。競技水着以外は詳しくないんだけど、パレオって言うんだっけ。

 

「やっほー、羽依里」

 

 蒼たちと話をしていると、鴎がスーツケースを引いてやってきた。

 

 鴎も白い水着だった。というか、ビキニだった。

 

「鴎も砂浜だとスーツケース動かしにくいんじゃないか?」

 

「大丈夫。ビーチ仕様だから」

 

「ビーチ仕様?」 

 

 見ると、スーツケースの車輪の部分がスキー板になっていた。あれって取り外し可能なんだな。

 

 

 

「ぜえはぁ、ひどい目に逢ったぜ」

 

 その時、ビーチバレーのネットを立て終わった良一が、ヘロヘロになって戻ってきた。

 

「……ごめんな。手伝いに行けなくて」

 

「まぁ……ああいうのは男の仕事だしな」

 

 俺も男なんだけど。

 

「よし、羽依里! 勝負しようぜ!」

 

 沖のブイまで競争だったっけ。付き合ってやってもいいな。

 

「いいだろう。泳法はバタフライで良いのか?」

 

「ああ、俺はバタフライしかできないからな!」

 

 胸張って言うことじゃないと思うけど。

 

「いくぜ! スタートだ!」

 

 良一が飛び込む。

 

 俺は遅れて飛び込んだが、少し進んだところで追い抜いた。

 

 水をかき分けて一気にブイまで到達。そのまま水中でブイを蹴るようにターンを決めて、速度を殺さない様にそのままゴール。

 

「……ふう」

 

 ゴールした後に振り返ると、良一とは大差がついていた。

 

「まるでイルカさんのようでした」

 

「鷹原さん、すごいです!」

 

 丁度ゴールした場所には、夏海ちゃんと紬、静久が居た。

 

 スタート時点から若干潮に流されてしまったらしい。そこはプールとは違うところだよな。

 

「水泳部だったとは聞いてたけど、さすがに速いのね」

 

 三人から褒められる。なんか気恥ずかしい。

 

 ちなみに静久は青色の、その……非常に胸が強調された水着を着ていたので、目のやり場に困った。

 

 

「ちくしょー! もう一回だ!」

 

 ようやく良一がゴールして、再戦を申し出てくる。

 

「よし、何回でも相手になってやる」

 

 俺は湧き上がってきた邪な感情を紛らわすため、良一との勝負に没頭した。

 

 

 

 結局4回勝負し、いずれも完勝だった。

 

 俺はまだ余裕があるが、良一は体力を使い果たして浜辺で倒れている。悪いことしたかな……。

 

「鷹原、皆がビーチバレーをやるそうだぞ」

 

 そんな良一を横目で見ていると、のみきがやってきた。

 

「のみき、来てたのか」

 

「すまない。遅くなった」

 

 既に水着姿だったが、その姿に違和感がある。

 

「え、それってスクール水着……?」

 

「ああ、水着はこれしか持ってなくてな……」

 

 ばつが悪いような、恥ずかしいような顔をしていたので、深くは突っ込まないことにした。

 

 

 

 

 のみきと一緒にネットのそばに行くと、夏海ちゃん、しろは、藍、蒼、鴎、紬、静久が集まっていた。

 

「あれ、天善はいないのか?」

 

「えっと、一度水織先輩が声をかけたんだけど」

 

 しろはの指差す方を見ると……天善はラケットを握ったまま、肩まで砂の中に埋まって気絶していた。何があったんだろう。

 

「急にすごい速さで反復横跳びを始めて、そのまま……」

 

「あーうん。みなまで言わなくても大体理解したよ」

 

 どのみち、天善も良一も参加は無理そうだ。

 

 というわけで、二人を抜いたメンバーでペアを組む。

 

 くじ引きの結果、俺としろは、藍と蒼、夏海ちゃんと鴎、紬と静久のペアができた。まるで強い絆で結ばれているかのような組み合わせだった。

 

「あれ、のみきは出ないのか?」

 

「私は今回、審判を務めるとしよう。遅れてきた落ち目もあるしな」

 

 そんなの気にしないでいいのに。

 

「試合は11点先取の1セットマッチ。サーブは成功失敗に関わらず交互に行い、デュースはなしだ」

 

 審判役ののみきがルールの確認を行う。デュースがないなら、11点先に取った方が勝ちだ。

 

「鷹原は男子だから、アタックとブロックは禁止だ。いいな?」

 

「わかってる」

 

「ところでのみきさん、優勝したら賞品出るの?」

 

「いや、特に考えてはいないが」

 

 皆が気になっていた部分を、鴎が質問する。

 

 確かに何もないより、あった方が皆のやる気も上がるとは思うけど。

 

「それなら、優勝したらパイリ君とデートするのはどう?」

 

「駄目!」

 

 悪戯っぽく提案した静久に対し、一番に声を張り上げたのはしろはだった。

 

 彼女権限で、俺と他の女の子とのデートは断固拒否。といった構えだ。

 

「待ってしろはちゃん、こう考えるのはどう?」

 

 そこは最年長者の静久。そこで折れずに説得しにかかった。

 

「しろはちゃんはパイリ君とペアなんだから、優勝すればそのまま二人で堂々とデートできるのよ?」

 

「そ、それはそうだけど」

 

「べ、別にそこまでしなくても、羽依里とはいつでもデートできるし」

 

「あれ。それじゃあ、羽依里が他の子とデートしても問題ないんじゃ?」

 

 そこで鴎が追撃。

 

「え、だからそれは」

 

「あれですか。お二人の愛の力は私達に負けちゃうくらいのものなんですか?」

 

 更に藍も追撃。

 

「そんなことないし!」

 

 そこは言い切っちゃうんだ。嬉しすぎるんだけど。

 

 その後も皆が色々な追撃を仕掛ける。皆絶対楽しんでるだろ……。

 

 一方のしろはは、元々弁が立つ方ではないのでタジタジだ。

 

「むむむ……わかった。認める」

 

 そして、ついに折れてしまった。

 

 ところで、俺の意志とか完全無視なんだけど。

 

「でも、絶対勝つから」

 

「それじゃ、優勝賞品も決まったところで、試合の組み分けをするぞ」

 

 砂の上にトーナメント表を書いて、くじを引いてチームを振り分ける。

 

 結果、最初の試合は俺としろはのチームと、夏海ちゃんと鴎のチームに決まった。

 

「よし。それでは、さっそく最初の試合を始めるぞ」

 

 のみきの指示で、俺達四人がコートの中に入る。そのコートも砂の上に線が引かれているだけの、簡単なものだ。

 

「羽依里、頑張ろう」

 

 しろはの目は本気だ。

 

「羽依里は誰にも渡さないから」

 

「ああ、絶対優勝しないとな」

 

 そうは言ったものの、俺はアタックもブロックも封じられている。しろはの攻撃に全てがかかっているわけだ。

 

「頑張ろうね、なっちゃん!」

 

「はい!」

 

「優勝したら、羽依里とデートだよ!」

 

「え。そ、そうですねっ」

 

 なんで夏海ちゃんが赤くなるんだろう。

 

 でも、鴎はスーツケース持ってコートに入ってるし、夏海ちゃんは明らかに身長が低い。どういう勝負になるのかな。

 

「それでは、試合開始だ!」

 

 いつの間に持っていたのか、のみきが笛を拭いて試合が開始される。

 

 まずはしろはがサーブを入れる。

 

「えい!」

 

 夏海ちゃんがそれを返し、同時にネット際へダッシュする。

 

「ほーいっ」

 

 鴎が大きくトスを上げると、その位置を見て夏海ちゃんがスーツケースを動かす。ビーチ仕様というだけあって、軽い力でスムーズに動いてる気がする。

 

「いっけー、なっちゃん!」

 

 何をしているだろうと見ていると、夏海ちゃんは素早くスーツケースの上に乗る。

 

「はい!」

 

 夏海ちゃんはそこからジャンプしてアタックしてきた。

 

「え、ちょっと」

 

 予想外のアタックに二人とも動けず、ボールは俺達のコートに落ちる。

 

「ナイスアタックだな。0-1だ」

 

「……なあ審判、スーツケースに乗ってからアタックするのはありなのか?」

 

「身長差があるから、ちょうどいいハンデだだろう。認める」

 

 認められてしまった。

 

「そうなると、色々と警戒しないといけないよな……おっと!」

 

 鴎からのサーブを俺が受け止め、しろはに上げる。

 

「しろは、頼んだ!」

 

「うん」

 

 俺はアタックできないので、俺達の攻撃は必然的このタイミングしかなくなる。

 

「よろしく、なっちゃん!」

 

「はい!」

 

 対戦相手の二人もそれがわかっているのか、攻撃位置を見定めてスーツケースを移動させる。

 

 そのスーツケースを足場に、ジャンプした夏海ちゃんがしろはのアタックをブロック。弾かれたボールは俺達のコートに落ちた。

 

「ナイスブロック。これで0-2だな」

 

「ま、またスーツケース……」

 

 缶ケリの時も思ったけど夏海ちゃんって運動神経良いよな。

 

 それ以上に、鴎との連携がすごいんだけど。

 

「羽依里、次は羽依里の番だよ」

 

 そして、俺にサーブの順番が回ってきた。

 

 そろそろ点を取らないとやばい。許してくれ。二人とも。

 

「わわっ!?」

 

「ひゃっ!?」

 

 少し強めに打ったら二人とも返せず、サービスエースになった。

 

「ナイスサーブだ。1-2だな」

 

 

 

 その後も俺のサーブやしろはのブロックでなんとか点を取るのだけど、鴎たちも見事な連係プレーからのスーツケースアタックで対抗してくる。

 

 粘り強く守る展開が続いた。

 

 

 

「10-10。初戦からなかなか良い勝負じゃないか。次の1点で勝負が決まるな」

 

「羽依里、ここは集中だよ」

 

「わかってる」

 

「行きますよ! えーいっ!」

 

 最後は夏海ちゃんのサーブ。渾身のサーブを俺が受け止めて、しろはに渡す。

 

 そのしろはを動きを見て、鴎がスーツケースを移動させる。そこに夏海ちゃんが全速力で走ってきて、スーツケースを足場にジャンプ。ブロックの体勢に入る。

 

「えい!」

 

 しろはの撃ったアタックは夏海ちゃんの手に当たり、軌道が変わるが……完全にはじき返されることはなく、ギリギリの所で夏海ちゃんたちのコートに落ちる。

 

 

「11-10。試合終了。しろはたちの勝ちだな」

 

「か、勝った……」

 

「やったよ、羽依里!」

 

 俺としろはは勝利のハイタッチを交わす。

 

 なんとか勝てたが、二人とも強敵だった。

 

「お二人も、あと少しでした」

 

「ナツミさん、惜しかったです!」

 

 藍や紬が、破れた夏海ちゃんと鴎の健闘を称える。

 

「うーん残念、羽依里とデートしたかったんだけどなぁ」

 

 ……本気で悔しがってるように見えるけど、気のせいだよな。

 

 それにしても、恐ろしいほどの連係プレーだった。

 

 

 

 その後、俺達四人は麦茶をもらって休憩。

 

 二試合目の藍と蒼のチームと、紬と静久のチームの試合を観戦することにした。

 

 

「アオさん、アイさん、よろしくお願いします!」

 

「よろしくねー」

 

「手加減はしませんよ」

 

「のぞむところです!」

 

 紬のサーブから試合開始。体全体を使ったサーブが繰り出される。

 

 それを蒼がうまく拾い、藍に渡す。藍は綺麗にトスを上げて、蒼がアタック。

 

 静久がブロックに行ったけど、腕の間をうまく通してアタックを決めた。

 

「ナイスアタックだ。0-1だな」

 

「今度はわたしのサーブですね。行きますよ」

 

 続いて藍のサーブ。結構強めのサーブが行くが、静久がうまく勢いを殺して拾う。そのボールを紬が上手に上げて、静久がアタック。

 

「おっぱいアターック!」

 

「変な言い方するなぁーーーっ!」

 

 しかし、蒼がブロック。紬のフォローも間に合わず、ボールは紬たちのコートに落ちる。

 

「ナイスブロックだ。0-2だな」

 

「なぁしろは。あの二人、うまくないか……?」

 

「藍も蒼も運動神経は抜群。おまけに双子だから、連携も完璧。強敵だよ」

 

「あの二人が決勝に上がってきたら、ヤバイな……」

 

「うん、ヤバイと思う」

 

 

「さすが双子ちゃんね……でも、私と紬の絆も負けてないわ! いくわよ!」

 

 続いて静久のサーブ。一見サービスミスかと思えるほど大きな軌道を描いていくが、途中で急降下して蒼達のコートギリギリに落ちる。

 

「……まさか、サービスエースですか?」

 

「うそ、絶対アウトだと思ったのに」

 

「ナイスサーブだな。1-2だ」

 

「なんだ今の……見たことないような独特の放物線を描いていたんだけど」

 

「名付けて、おっぱいサーブよ!」

 

 名付けちゃうんだ……。

 

 

「さすが水織先輩、油断ならないわね……てぇーーい!」

 

 次に蒼のサーブ。先程と同じように静久が拾って、紬が上げて、静久がアタックする。

 

「おっぱいアターック!」

 

 うーむ。まさにおっぱいバレー。

 

 その後も静久がサーブを打つと必ずサービスエースになるし。なんだこの試合。

 

 しかし、試合経過とともに空門姉妹のスペックがそれを凌駕していく。

 

 

 

「6-11。試合終了。蒼達の勝ちだ」

 

 結局、藍と蒼の勝利に終わった。

 

「むぎゅ~……負けてしまいました」

 

「紬、惜しかったぞ」

 

 なんだかんだ言って、紬のレシーブは上手だった。

 

 そして、二人が奪った6点のうち、おっぱいサーブで4点。おっぱいアタックで2点。ある意味驚異的だった。

 

「優勝して、タカハラさんとデートしたかったです……」

 

「私もよ……パイリ君とデートしたかったわ……」

 

 え、二人ともそれ本気? 冗談だよね?

 

 

「よし二人とも、決勝戦を始めるぞ」

 

 のみきに言われて、俺達は決勝戦のコートに入る。

 

「しろは、さっきの試合を見て、あの二人の弱点とか見つかったか?」

 

「ごめん。全然見つからない」

 

 こうなれば、なるようにしかならない。

 

 願わくば、あの二人に少しでも連戦の疲れが出てくれると良いんだけど。

 

 

 

「しろはー、羽依里―、頑張れよー!」

 

「頑張ってくださーい!」

 

「アオさん、アイさん、わたし達の分も頑張ってください―!」

 

「最近組んだ混合ダブルスか、長年組んだダブルスか。これは楽しみな勝負だな」

 

 

 皆が声援を送ってくれる。いつの間にか、良一と天善も応援に参加していた。

 

「それでは、試合開始だ!」

 

 試合開始の笛が吹かれ、今回は俺のサーブからゲーム開始になる。せっかくのチャンスだし、何が何でも先制点は欲しいところだ。

 

「いくぞ二人とも、それ!」

 

 渾身の力でサーブを打つ。

 

 できるだけ厳しい所を狙ったつもりだったけど、蒼はそれを難なく拾う。

 

「ナイスです。蒼ちゃん」

 

 そのボールを藍がもう一度上げ、絶好球を蒼に渡す。

 

「うりゃあっ!」

 

「ぶわっ!」

 

「あ、ごめん……」

 

 蒼のアタックが俺の顔面を直撃した。

 

 しろはがそれを拾うが、俺が行動不能のため強く返し切れず、藍にブロックされる。

 

「ナイスブロック。0-1だ。鷹原も運がなかったな」

 

「ただのビーチボールのはずなのに、くちゃくちゃ痛いぞ」

 

 当たり所が悪かったのか、蒼のアタックが強力だったのか。前者だと思いたいけど。

 

「羽依里、藍のサーブが来るよ。しっかりして」

 

「お、おう」

 

 気を取り直して、試合に集中する。

 

 俺が藍のサーブを受け止めて、しろはに渡す。

 

 しろはが速攻を仕掛けるが、蒼にブロックされてしまった。

 

「ナイスブロックだ。0-2だな」

 

「……やっぱり強い」

 

「次はしろはのサーブだぞ。なんとか糸口を見つけるんだ」

 

「うん」

 

 

 今度はしろはのサーブ。かなり強いサーブが飛んだはずだが、今度は藍が受け止めて、蒼を経由して再び藍へ。

 

 しろはがブロックに行くけど、弾かれながら押し込まれてしまった。位置が悪くて、俺のフォローも間に合わなかった。

 

「二人とも惜しかったぞ。0-3だ」

 

 ……やっぱりあの二人強いんだけど。

 

 

 

 その後も一方的な展開が続き、気が付けば1-8。

 

 ちなみに、俺達唯一の得点は蒼のサーブミスだ。

 

「なあ審判、せめてブロックだけでもやらせてくれないか?」

 

「うーむ。あまりに一方的だしな……どうだろうか、二人とも」

 

「いいんじゃない」

 

「構わないですよ」

 

 のみきの問いかけに、二人は余裕の表情だ。

 

 審判からの許可も出たので、ここからは多少貢献できるかもしれない。

 

 このまま負けたら俺は空門姉妹とデートする羽目になるし。

 

 

「てぇーーい!」

 

「ブロック!」

 

 

「えい!」

 

「ブローック!」

 

 というわけで、それからの俺は全力でブロックし続けた。

 

 

 

「ちょれーーーい! ブローーック!」

 

「ナイスブロックだな。9-10だ。ついにここまで追い上げてきたか」

 

「……さすが男の子、ブロックの許可を出したのは失敗でしたね」

 

「愛の力っていうの? 鬼気迫るものがあるんだけど」

 

 マッチポイントは握られてるけど、あと1点差まで詰め寄った。

 

「も、もう少しだ。頑張るぞ、しろは」

 

「大丈夫? 肩で息してるけど」

 

 ビーチバレーの前に良一と泳ぎまくってたのを忘れていた。おまけにブロックでジャンプしまくってるし、結構足に来てる。

 

「大丈夫だって。ほら、しろはのサーブだぞ」

 

「う、うん」

 

 しろはの打ったサーブを蒼が受け止め、藍に渡してから、蒼に戻してアタックを撃つ必殺の流れが来る。

 

 ……本当にこの二人はミスしないよな。

 

「だけど、この位置ならブロックできる!」

 

 蒼のジャンプのタイミングに合わせて俺も飛ぶ。両手を広げてブロックの構えだ。

 

 背だって俺の方が高いから、余裕なんだけど……あれ?

 

 今まで気づかなかったけど、こうやって蒼とタイミングを合わせてネットの近くまで飛ぶと……その……。

 

 すぐ近くに蒼の谷間が……。

 

 

 

「うりゃあっ!」

 

「ぶわっ!?」

 

 意識がそっちに行ってしまっていて、蒼のアタックに全く反応できず……再び俺の顔面を直撃。

 

 俺は大きくバランスを崩し……背中から地面に落下してしまった。

 

 ビーチボールはというと大きく跳ね、とても捕球できない距離まで吹っ飛んで行ってしまった。

 

「ナイスアタック。9-11。試合終了だな」

 

 砂浜だから、対して痛くはなかったけど……色々とショックだった。

 

 

「……あとちょっとだったのに、惜しかったね」

 

 仰向けにひっくり返ってる俺の元へ、しろはがやってくる。

 

「羽依里、顔に当たるとか、運がなかったね」

 

「う、うん……アンラッキーだった」

 

 蒼の谷間に目が行っちゃったなんて、口が裂けても言えない……。

 

「これで、デート確定だね」

 

「うん……」

 

 負けてしまった以上、俺はあの二人とデートする事が決まってしまったわけだ。

 

「でも……蒼達となら、いいかな」

 

「え? しろは、何か言った?」

 

「ううん。なんでもない。負けちゃったし、しょうがないよね」

 

 しろはは渋々ながら認めてくれたみたいだ。

 

「あ、でもお泊りはダメだよ」

 

「いや、元からそんなつもりないから」

 

 

「お二人とも、最後にスイカ割りやるそうですよー!」

 

 起き上がって砂の上で休んでいると、夏海ちゃんが駆けてきた。

 

 しろはと二人で夏海ちゃんについていくと、ちょうど紬が目隠しをして棒を持ち、スイカに誘導されているところだった。

 

「むぎーーー!」

 

 ぽこん。と良い音がしたが、腕力が足りないのか、弾き返されてしまった。

 

「むぎゅ~~……」

 

 紬が無念そうに目隠しを外す。

 

「次はナツミさんの番ですよ!」

 

 そして、夏海ちゃんに目隠しと棒が渡される。

 

「仇を取ってください……むぎぎぎ」

 

「が、頑張ります……」

 

 目隠しをした後、棒を軸にぐるぐると頭を回される。これも良く見る光景だ。

 

「あうあう……」

 

 最初はふらついてたけど、なんとか体勢を立て直した夏海ちゃんは、右だ左だと皆に誘導されながらスイカの方へ向かう。

 

「えーいっ!」

 

 夏海ちゃんが思いっきり棒を振り下ろす。腰の入った良い一撃だったけど、僅かに外れた。

 

「あ、おしいー」

 

「おっぱい一つ分外れたわ」

 

「紬さん、私には無理でした……」

 

 目隠しを外しながら、夏海ちゃんががっくりと肩を落とす。

 

「いえ、ナツミさんは頑張ってくれました!」

 

 紬が駆け寄って、二人して涙ながらに抱き合ってる。スイカ割りってこんな過酷な競技だっけ?

 

「あれ? そういえば天善たちは?」

 

 例によって男連中の姿がない。周囲を見渡してみると、天善は我関せずといった感じで水中素振りをしているし、良一は黙々とビーチバレーのコートを片付けていた。

 

 ……二人とも、俺だけ楽しんでごめんな。

 

「さ、次は羽依里よー」

 

 蒼から棒と目隠しを受け取り、目隠しをつける。

 

 目隠しをして、ぐるぐると回される。

 

「いつもより余計に回してあげます」

 

 藍の声がして、回転の速度が上がった気がした。さっきの二人の倍以上回された気がする。

 

「うおお……」

 

 目隠しをしたまま、一応スイカの正面に立つ。

 

 でも、視界が回ってる気がする。

 

 ラジオ体操で三半規管鍛えてたはずなんだけどな……。

 

「前ですよー」

 

「左ですー」

 

 皆の指示を受けて前に進むけど、あっちにふらふら、こっちにふらふら。イマイチまっすぐ進めてない気がする。

 

 そして、砂の凹凸に足を取られてバランスを崩す。

 

「あ、やばい!」

 

 慌てて足に力を入れるけど、ここに来て足の疲労がピークに達したみたいで力が入らない。これはまずい。

 

 もし誰かに当たったら大変だと思い、一番に棒を地面に投げる。そっちに意識を集中してたこともあり、俺は受け身をとる事もできずにそのまま倒れ込む。

 

 ……まぁ、頭から倒れても砂浜だし、いっか。

 

「ひゃああああっ!?」

 

 ……あれ? 地面に倒れたはずなのに、砂の感触がない。なんかわからないけど柔らかい。色々と柔らかい。そして冷たくて気持ちいい。

 

「や……」

 

 え、その声は蒼か?

 

「や、優しくお願いします……」

 

 なんか、ものすごく近くで聞こえたような。

 

「え、優しくって何が?」

 

「な、なんでもない! 羽依里、どいてーーー!」

 

 ……どうやら、倒れた拍子に蒼を押し倒してしまったみたいだ。

 

 どいてと言われても、目隠ししてるし、どこが地面でどこが蒼なのかわからない。

 

 足も力入らないし、とりあえず両腕に力を入れて起き上がらないと!

 

「あっ、そこだめ!」

 

 え、どこ? ここならいいのか?

 

「ひゃーーー!」

 

「ほう」

 

「やるなぁ」

 

 いつの間に戻ってきたのか、良一と天善の声も聞こえる。ていうか俺、何やってるの?

 

「は、羽依里、だめ……」

 

「あわわわわ」

 

「なっちゃん、見ちゃダメ!」

 

「紬にもまだ早いわ」

 

「むぎゅ」

 

 なんか皆の声がするし、色々とまずそうだ。冷静になれ、俺。

 

 

 そ、そうだ。無理に起き上がろうとせず、横に転がろう。

 

 俺は思いっきり体を横に転がす。今度こそ砂の上だ。助かった。

 

 

 

「……やっと離れたか。ハイドログラディエイター改、殲滅モード。ファイア!」

 

 のみきの声が聞こえた。

 

 どうやら助かってなかったみたいだ。

 

 

 

 

 

「はぁ……蒼ちゃんが汚された」

 

 俺はのみきの水鉄砲で散々撃ちまくられた後、今は三人の前で正座していた。

 

 三人というのは、藍と蒼、そしてしろはだ。

 

「えーと、不慮の事故だし? あたしはもう許してもいいと思うんだけど……」

 

「駄目です。わたしは許しません」

 

「うん。許しちゃ駄目」

 

 蒼はなんか許してくれそうな雰囲気だけど、他の二人は怒りが収まらないみたいだ。

 

「ごめんなさい」

 

 俺は心から頭を下げる。

 

 ちなみに、他の皆は向こうでスイカを食べている。俺の後に静久が割ったらしかった。

 

「正直なところ、業腹です」

 

 うう、いつもより余計に回したのは藍なのに。

 

「このまま日が暮れるまで、首から上を砂に埋めましょう」

 

「……ちょっと待って。首から上を砂に埋められたら息できないんだけど」

 

「それくらい怒っているということです」

 

「本当にごめんなさい」

 

 俺はもう一度頭を下げる。

 

 色々な偶然が重なったとはいえ、ああいう場合は男が悪いんだし。

 

「それでは、今から帰るまでの間、羽依里さんは首から下を砂の中に埋めて過ごす。二人とも、これで良いですか?」

 

「うん。それでいいと思う」

 

「蒼ちゃんも、それで良いですね?」

 

「え? あー、うん……二人の気が済むなら、それでいいけど……」

 

「決まりですね。さあ羽依里さん。自分の入る穴は自分で掘ってください」

 

「わかった……」

 

 

 

 結局、俺は帰る直前に蒼が助けに来てくれるまで、砂に埋もれて反省していたのだった……。

 

 

 

 

 ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※

 

 

 

 

 海水浴が終わった後、帰宅して一番に風呂に入る。

 

 塩と砂でベタベタだし、夕食の前にさっぱりしておきたかった。

 

「ぎゃーーーー!」

 

 お風呂に入ったら、めちゃめちゃ体に染みた。

 

 日焼けかと思ったら、それだけじゃないみたいだ。良く見ると所々みみずばれができてる。

 

「……水鉄砲恐るべし」

 

 

 

 

「ひゃーーー!」

 

 入浴後にテレビを見ていると、風呂場から夏海ちゃんの声が聞こえた。

 

 日焼け止め、塗っておかなかったのかな……。

 

 

 

 

 入浴を済ませた後は、いつものように夏海ちゃんとしろは食堂へ向かった。

 

「お腹空きましたねー」

 

「うん。いっぱい運動したしね」

 

「はい! すごく楽しかったです!」

 

 俺は後半悲惨な目に逢ったけど、夏海ちゃんが楽しんでくれたならいいか。

 

 話ながら歩いていると、小学校を過ぎたくらいで顔に冷たい物が当たる。

 

「あれ、雨だ」

 

 さっきまで星が出ていたのに、いつの間にか空は真っ黒い雲に覆われていた。

 

「夏海ちゃん、走ろう!」

 

「は、はい!」

 

 俺達は食堂までの道のりを走る。その間も、段々雨が激しくなってきた。

 

 土砂降りになる寸前で、しろは食堂の軒下に滑り込む。

 

「うひゃー……濡れちゃいましたね」

 

「通り雨だろうから、ご飯食べ終わる頃にはきっと止むよ」

 

「そうだと良いんですけど」

 

 とにかく、お店に入ろう……そう言おうとした矢先、聞きなれた叫び声が聞こえてきた。

 

「むぎゅ~~!」

 

「あれ、紬?」

 

 食堂前の道を、紬が頭を押さえながら走っていた。

 

「紬さーん!」

 

「あ、ナツミさんです!」

 

 それを夏海ちゃんが呼び止めて、一緒に軒先に入る。

 

「はぁ、ヒドい目に逢いました」

 

 俺達はそこまで濡れていないけど、紬は結構長い間雨に打たれたらしく、びしょ濡れだ。

 

「ちょっと待ってて。しろはを呼ぶから」

 

 俺は食堂の扉を開けて、しろはに声をかける。

 

「え、どうしたの?」

 

 通り雨のことを知らないしろはは、濡れてる俺たちを見て驚いていた。

 

「通り雨にあってさ。大きめのタオルとかないかな」

 

「あるよ。三人とも、ひとまず中に入って」

 

 しろはに導かれて3人で店の中に入る。

 

 その後、しろはからタオルを借りて、髪や体を拭かせてもらう。

 

 

「むぎぃー……」

 

 紬はツインテールを解いて、髪を拭いていた。

 

 俺や夏海ちゃんに比べて髪の量が多いので、大変そうだった。

 

「……」

 

「むぎゅ? ごめんなさい。水が飛びましたか?」

 

「いや、大丈夫だよ」

 

 普段ツインテールの紬しか見てないからか、髪を解いてる紬の姿は妙に新鮮だった。

 

「それにしても、ここはシロハさんのお店だったんですね」

 

 店内を見渡しながら、紬が言う。

 

「なんだ、知らなかったのか?」

 

「時々前を通ることはありましたが、いかがわしいお店には入らないようシズクに言われていましたので」

 

「い、いかがわしい……」

 

 シロハさんが沈んでる。確かに墨文字で書かれた看板を見たら、そう見えるかもしれない。

 

「せっかくだから、紬もここで夕飯食べていったらどうだ?」

 

「い、良いんでしょーかー……」

 

「しろは、何か身体が温まるような料理を出してやってくれないか」

 

「温まる料理……あるにはあるけど」

 

「頼むよ」

 

「……わかった。紬、座って。お代は良いから」

 

「は、はい……」

 

 しろはが紬にカウンター席を勧める。紬はそれに促されるように席に座る。

 

「羽依里と夏海ちゃんは何にするの?」

 

「そうだな、俺は牛丼にしようかな」

 

「私は親子丼(B)をお願いします!」

 

 夏海ちゃんが紬の隣に座り、その隣に俺が着席する。

 

 紬は濡れたまま店に入ったことが申し訳ないのか、そわそわと落ち着かない。

 

「それにしても、この時間に紬がこの辺に居るなんて珍しいな」

 

「あ、港にシズクを送った帰りです」

 

「あー、なるほど」

 

 思えば最終便が出る時間だった。

 

 それで通り雨に打たれたと。運がなかったなぁ。

 

「はい、牛丼と親子丼(B)、お待ちどうさま」

 

「ありがとうございます」

 

 それぞれのメニューを受け取る。

 

 夏海ちゃんが頼んだのは例の海鮮親子丼。鮭とイクラの共演は最強だろう。

 

「おお、牛丼もうまそうだ」

 

 どこぞのチェーン店のとは違う、しっかりとした牛肉が乗っていて、紅ショウガも大盛だ。

 

 今日はいっぱい運動したし、そろそろ肉を食べたくなった。

 

 ちなみに、丼物に必ずみそ汁と野菜サラダがついてるのは、この食堂の特徴だった。

 

「紬もおまたせ。日替わりの麻婆豆腐定食」

 

「おおー」

 

 紬の前に真っ赤な麻婆豆腐とごはん、みそ汁、そしてほうれん草の白和えが置かれた。

 

 熱々の麻婆豆腐は体が温まりそうだ。

 

「す、少し多いです。お二人も食べてくれませんか?」

 

 確かに大盛だ。普段コッペパンとワタアメを主食にしている紬には厳しい量かもしれない。

 

「でも、これに乗っけてもらったら麻婆牛丼になるんだけど」

 

「それはそれで美味しそうですけど。私は麻婆海鮮丼ですよ?」

 

 麻婆豆腐の風味に鮭とイクラが瞬殺されてしまいそうだ。

 

 とりあえず取り分け用の皿を貰って、少しずつ麻婆豆腐をもらう。

 

「それじゃ、いただきまーす」

 

 三人で手を合わせてから、それぞれの料理をいただく。

 

「うん、うまい」

 

 牛肉も噛めば噛むほど旨味が出る。紅ショウガも良いアクセントになってるし。

 

「美味しいです!」

 

 夏海ちゃんは海鮮親子丼を頼むのは二回目だった気がする。気に入ったんだろうか。

 

「それでは、いただきます!」

 

 紬も麻婆豆腐をレンゲですくって、小さ目の口で一口。

 

「~~~~~!」

 

 ……顔を真っ赤にして悶絶していた。耳から煙が出そうな勢いだ。

 

「そ、そこまで辛かった? どっちかっていうと甘口のほうなんだけど」

 

 しろはが慌てて水を渡している。

 

「そこまで辛いのか?」

 

 俺達も分けてもらった麻婆豆腐を口に運ぶ。

 

 山椒やトウガラシが効いてピリッと辛いが、そこまで辛くはない。

 

 夏海ちゃんも同じような反応だ。

 

「紬さん、ワタアメばっかり食べてるから辛いものが苦手なんですか?」

 

「むぎぎ……そ、そんなことはないと思うのですが……」

 

「紬、無理はしなくてもいいから。ダメそうだったら残していいよ?」

 

「いえ、せっかくシロハさんが作ってくれたのですから、頑張ります!」

 

 むぎむぎ言いながら、麻婆豆腐との戦いを再開する。

 

「俺としては、もうちょっと辛い方がいいくらいだけどな」

 

 分けてもらった麻婆豆腐を完食しながら、感想を漏らす。

 

「辛口になると、島特産の唐辛子が入るんだよ」

 

「それって辛いのか?」

 

「通称ヤバネロって呼ばれてる。普通の舌の持ち主にはおススメしない」

 

「その唐辛子。名前からしてヤバそうなんだけど」

 

「ほとんど完食した人がいないの。昔、手袋した女の人が来て、完食していったくらい」

 

 どこの誰かは知らないけど、世の中にはすごい人がいるもんだな。

 

 

 

 

 しばらくして食事を終え、外に出る。雨はすっかり上がっていて、星空が見えていた。

 

「紬さん、大丈夫ですか?」

 

「ま、まだ口の中がひりひりします……」

 

 あの後、紬は何とか麻婆豆腐定食を食べ終えた。

 

「紬はまたあの灯台に泊まるのか?」

 

「はい! そのつもりで……くしゅん! むぎゅ……」

 

 言いかけて、くしゃみをしていた。同時に身体も振るわせる。

 

「むぎゅ……麻婆豆腐では、体は温まらなかったかもしれません……」

 

 まぁ……辛さを紛らわそうと、水もたくさん飲んでいたしなぁ。

 

「紬さん、ちゃんとお風呂に入ってくださいね!」

 

「えっと、灯台にはお風呂はついてないので、着替えたらお布団にくるまって寝ます!」

 

「え、お風呂ないんですか?」

 

「はい!」

 

「ええー……」

 

 夏海ちゃんが絶句する。

 

「大丈夫です! 季節柄寒くは……くしゅん! むぎゅ……」

 

 そう言いながらまたくしゃみ。確かに寒くはないだろうけど、夜は冷える時もあるし。それで風邪でも引いたら大変だ。

 

「……あの、鷹原さん」

 

「うん」

 

 夏海ちゃんが俺の方を見て何かを言いかける。言われなくても分かってる。

 

「紬、うちのお風呂に入っていったらいいよ」

 

「むぎゅ、いいんでしょーか……」

 

「鏡子さんには俺から話すから。理由を知ったら、きっとダメとは言わないよ」

 

「というわけで紬さん、行きましょう!」

 

「は、はい!」

 

 海水浴の時とは逆に、夏海ちゃんが紬の手を引いて走り出した。

 

 帰宅した後、鏡子さんに訳を話すとあっさり了承。紬にお風呂に入ってもらった。

 

 機械の使い方がわからないとか色々理由をつけて、夏海ちゃんも一緒に入ってたみたいだけど。

 

 夏海ちゃん、海水浴の後に一回お風呂入ったはずなんだけどな。

 

 

 結局その場の流れで、紬は夏海ちゃんの部屋に泊まることになった。

 

 夏海ちゃんの部屋からは、夜遅くまで楽しそうな声が聞こえてきていた。

 

 

 

 

第十話・完




第十話・あとがき



おはこんばんちわ。トミー@サマポケです。

いよいよ話数も二ケタ台に突入しました。皆様の応援のおかげです。ありがとうございます。

かき氷の屋台からの、皆での海水浴(ビーチバレー)と、今回は蒼寄りの話でした。
サマポケって、島に住んでるのに、海水浴のシーンって少ないですよね。むしろ学校のプールの方が多く登場していたような。

言われてみれば、AIRも海水浴のシーンは皆無だった気がします。地元の人間にとっては身近過ぎて行く気も起こらないのでしょうか。

その海水浴で、しれっと元水泳部の実力を発揮した羽依里君でしたが、ビーチバレーでは蒼達に競り負けてしまいました。

各メンバーの水着についてはできるだけ原作準拠なんですが、空門姉妹や鴎など、原作中には水着が出てこなかったりしてますからね……。

空門姉妹と羽依里君のデート(しろは公認)は後日書きますので、ファンの皆様は楽しみにされてください。

■今回の紛れ込みネタ

・換気扇からセミが~
AIRの有名な一幕ですね。セミっぽくないですか?

・ヤバネロの麻婆豆腐を完食した、手袋した女性
Rewriteの此花ルチアの事です。彼女は訳あって極度の辛党なので。


以上になります。いくつお気づきになられたでしょうか。
感想など頂けましたら、泣いて喜びます。
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