Summer Pockets #2   作:トミー@サマポケ

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第十五話 8月8日

 

 

 

 ……朝。

 

 

 カーテン越しに日光が差し込んでくる。完全に夜が明けたみたいだ。

 

 優しい光のはずなのに、すごく眩しく感じる。

 

「結局、ほとんど眠れなかった……」

 

 デートの途中で藍に怒られる夢とか、何故かイナリに追いかけられる夢とか、妙な夢ばっかり見てしまった。

 

 とりあえず無言で布団をたたむ。

 

「さて、どうしよう……」

 

 壁にかけられた時計を見る。まだラジオ体操までは少し時間がある。

 

「……そうだ、筋トレをしよう」

 

 俺は少し考えて、筋トレをすることにした。

 

 所詮は夢だ。別のことに集中すれば、すぐに忘れる。

 

「ふっ、ふっ、ふっ、ふっ」

 

 まずは腹筋だ。回数なんて数えちゃいない。無念無想で続けるんだ。

 

「ふっ、ふっ、筋肉! 筋肉!」

 

 いいぞ。だんだんテンションが上がってきた。汗もかいてきたし、これは上着もいらないな。

 

 俺はパジャマの上着を脱ぎ捨てる。

 

「筋肉が唸る! 唸りをあげる!」

 

 程よく身体が温まったところで、次は腕立て伏せだ。この身体を苛め抜く感じが、むしろ心地良くなってきた。

 

「ふっ、ふっ、筋肉! 筋肉!」

 

「鷹原さーん、朝ですよー!」

 

 ……その時、いつものようにふすまを開けて、夏海ちゃんが起こしに来てくれた。

 

「あ……」

 

 腕立て伏せの姿勢のまま、顔を上げた状態で夏海ちゃんと目が合う。

 

 夏海ちゃんは元々大きな目を更に大きく見開いて、驚愕の表情で固まっている。

 

「ご、ごめんなさーーーい!」

 

 ぱしっ! と勢いよくふすまが閉められ、足音が廊下を遠ざかっていった。

 

 ……朝から衝撃的な姿を見せてしまったかもしれない。俺、いつの間にか上半身裸だし。

 

 投げ捨てられた服を拾って、普段着へと着替える。

 

 その後、洗面所で顔を洗い、身支度を整えてから居間へ顔を出す。

 

「えーっと。夏海ちゃん、おはよう」

 

「おはようございます」

 

 夏海ちゃんは何事もなかったように挨拶を返してくれた。なんか、気を使わせてごめん。

 

「鷹原さん、今日もラジオ体操行きますよね?」

 

 笑顔でスタンプカードを渡してくれる。

 

「うん。今日も行かなきゃね」

 

「はい!」

 

 俺と夏海ちゃんは朝のさわやかな空気の中、ラジオ体操へと向かう。日常に戻ろう。

 

 

 

 

 ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※

 

 

 

 

 神社の境内に着くと、皆に挨拶をして回る。

 

「おはよう、羽依里!」

 

「おはよう、パイリ君」

 

「タカハラさん、ナツミさん、おはようございます!」

 

 いつもの皆の中に、ウシとネコ、そしてカモメが混ざっていた。非日常だった。

 

「羽依里。なんか私のこと、変な目で見てない?」

 

「いや、気のせいだろう」

 

 カモメさんは指の先でスタンプカードを弄びながら、懐疑的な表情をしている。

 

「そういえば、鴎さんはスタンプカード持ってますけど、ネコさんとウシさんは持ってないんですか?」

 

「ええ、私と紬は初日に来れなかったしね」

 

 ……そういえば、鴎は特例だったな。

 

「でも、皆と一緒にラジオ体操をやるのは楽しいから、来れる時はできるだけ来るようにしているわ」

 

「はい! 来てます!」

 

 スタンプカードは無くても、ネコとウシはやる気満々だ。

 

「ところで紬、帰ったら灯台でおっぱい体操もやるわよ!」

 

「はい! 今日も頑張ります!」

 

 今日も? じゃあ、もしかして毎日やってるのかな。

 

「あの、静久さん。おっぱい体操って何ですか?」

 

 え。夏海ちゃん、そこ聞いちゃう?

 

 初めて聞く単語に、夏海ちゃんが思わず質問していた。

 

「夏海ちゃんも私と一緒に毎日続ければ、こんな立派なおっぱいになるわよ?」

 

 静久がそう言いながら胸を張る。うーむ、物凄い説得力だ。

 

「でも、紬も毎日一緒にやってるんだよな?」

 

「はい! 毎日気合いを入れてやってます!」

 

「……」

 

 夏海ちゃんが静久の胸と紬の胸を交互に見た後、自分の胸元に視線を落とし、何とも言えない顔をしている。俺としてもかける言葉が見つからない。

 

「前も言ったけど、夏海ちゃんは紬と違って成長期だもの。まだまだ気にする必要はないわ」

 

「むぎゅ! シズク! それはどういう意味ですか!?」

 

 ネコさんがご立腹だ。

 

「お前ら―! 準備はいいか―! 今日もラジオ体操を始めるぞー!」

 

 その時、ラジオ体操大好きさんがやってきた。今日もいつものラジオ体操が始まる。

 

 

 

「第一の体操! 耳介筋の鍛錬!」

 

 ネコとウシ、そしてカモメの耳がピクピクと動いていた。

 

 何度見ても不思議な光景だ……。

 

「ねえ羽依里、やっぱり私のこと、変な目で見てない?」

 

「だから、見てないって」

 

「……なんか、えろいことされそう」

 

「いや、しないから」

 

「そこー! 私語は慎め―!」

 

 ……ラジオ体操大好きさんに怒られてしまった。

 

 その後は黙々と、皆とラジオ体操にいそしんだ。

 

 

 

「さあ、今日のスタンプはこっちだぞー」

 

 ラジオ体操が終わり、スタンプとログボを受け取る。

 

「あれ、なんだこれ?」

 

 今日のログボは藁に包まれていた。

 

「これは、佐藤さんちの自家製納豆だな」

 

 天善がそう教えてくれた。

 

 え、佐藤さんちってそんなこともやってるのか。

 

「なかなかうまいんだぜ」

 

 良一も心なしか嬉しそうにしている。先日の海苔の佃煮と合わせたりすると、いくらでもご飯が食べられそうだ。

 

 「確か海苔の佃煮も、まだ半分は冷蔵庫に残っていたはずだし……」

 

 良一とそんな話をしていると、視界の端に空門姉妹の姿が映った。

 

 普段と変わらない調子で、のみきや鴎と話をしていた。

 

「さ、さすがに意識し過ぎだよな」

 

 いくら今日デートするからって、考えすぎだ。デートくらい、しろはとはよくやってるんだから。

 

「あの、鷹原さん、帰らないんですか?」

 

「ああ、ごめん。帰ろうか」

 

 一人で頭を抱えている俺を見て、夏海ちゃんが心配そうに声をかけてくれた。

 

 ……でも、帰ったら服選びくらいきちんとやっておこうと、俺は心に決めた。

 

 

 

 

 ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※

 

 

 

 

 帰宅した後、朝食の準備を夏海ちゃんにお願いして、俺は一度自室に向かう。

 

 朝食後は船の時間に追われて慌ただしくなるから、その前に服の準備だけはしておこうと思ったんだけど……。

 

「うーん」

 

 俺は普段着ないような服を鞄から引っ張り出し、畳の上に広げて悩んでいた。

 

「大した服持ってきてなかったな……」

 

 島ではそこまでの服はいらないし、まさか、こんな形でしろは以外の子とデートすることになるなんて思わなかったし。

 

 「どうしようかな……むぎぎぎぎ」

 

「どうしたんですか鷹原さん、紬さんみたいな声出して」

 

 唸っていると、背後から夏海ちゃんに声をかけられた。

 

「あの、朝ごはんできましたけど」

 

「ありがとう。今行くよ」

 

 どうやら時間切れみたいだ。衣装選びはひとまず棚上げにして、居間に向かう。腹が減ってはなんとやらと言うし。

 

「あれ……?」

 

 居間に近づくにつれて、独特な香りが漂ってきた。

 

「……これは、もしかして」

 

 食卓には独特な匂いのするチャーハンが置かれていた。

 

「はい! 納豆チャーハンです!」

 

 佐藤さんちの自家製納豆は、チャーハンに姿を変えたみたいだ。

 

「海苔の佃煮を隠し味に入れてみたんです! 自信作ですよ!」

 

 納豆と佃煮の夢のコラボレーションだった。いい感じにおこげもできているし、美味しそうだった。

 

 

 美味しそうだったけど……。

 

 

「ごめん夏海ちゃん。せっかくだけど、今日は納豆チャーハンは食べられない」

 

「え。どうしてですか? 私のチャーハン、嫌いになりましたか?」

 

 いや、そういうわけじゃないから、そんな目で見ないで。

 

「ほら、今日……蒼達とで、で、で、出かけるからさ」

 

 デート、と言おうとして急に恥ずかしくなり、言葉を変える。

 

「……あ、そうでした。今日は蒼さんたちとのデートでしたね」

 

「うん。さすがにデートの日の朝に納豆食べるのはどうかと思うんだ」

 

「……ごめんなさい。配慮が足りませんでした」

 

 エプロンをつけたままの夏海ちゃんが、申し訳なさそうな顔でうつむいてしまう。

 

「ううん、夏海ちゃんがそんなこと気にしなくて良いんだよ」

 

 その肩に手を置いて、慰めてあげた。

 

 その後、夏海ちゃんにも同意してもらい、納豆チャーハンの代わりに冷蔵庫に残ってたキャサリンの卵を使って、卵かけご飯を食べることにした。

 

「じゃあ、納豆チャーハンは冷蔵庫に入れておきますね」

 

 俺が台所で卵と醤油を準備していると、夏海ちゃんがラップをかけた納豆チャーハンを冷蔵庫に入れてくれていた。納豆チャーハンは明日食べることにしよう。

 

 

 

 

 朝食を流し込むように食べた後、また自室に戻って衣装選びを再開する。

 

 時折夏海ちゃんにも相談しながら何度も着替えたけど、結局普段とあまり変わり映えのしない服装になってしまった。

 

「それじゃ夏海ちゃん、行ってくるよ」

 

「はい! 楽しんできてください!」

 

 夏海ちゃんに見送られて、加藤家を後にする。

 

 腕時計を見ると、8時過ぎ。ゆっくり歩いても8時半には港に着くと思う。待ち合わせは9時だから、余裕だろう。

 

 

 

 

 

 ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※

 

 

 

 

 ……結局、8時半より少し前に、港についてしまった。

 

「速足で歩いた記憶もないんだけどな……」

 

 気持ちが焦っていたんだろうか。でも、二人を待たせるよりはいいだろう。

 

「あ、羽依里」

 

「おはようございます。羽依里さん」

 

「おはよう……って、あれ?」

 

 声をかけられて振り返ると、蒼と藍が居た。

 

 どうやら、二人の方が先に来ていたみたいだ。

 

「ごめん、まさか俺の方が遅くなるなんて」

 

「気にしないでください。蒼ちゃんに急かされて、早く来過ぎただけですから」

 

「あー、うん。ごめん……」

 

 多少の申し訳なさもあるんだろう。いつもより声がしおらしい気がする。

 

「いくら早く来ても、船は来ないのにね」

 

 確か、前の船が7時くらいで、次の船は9時半くらいだっけ。

 

「いや、気にする必要はないと思うぞ。むしろ、早く来るに越したことはないし」

 

「蒼ちゃんも楽しみで眠れなかったんです。大目に見てあげてください」

 

「藍もバラさないで―!」

 

「わかってる。蒼だもんな」

 

「羽依里も納得しないでー!」

 

 良かった。いつもの調子が戻ってきたみたいだ。

 

「それに、眠れなかったのは俺も同じだし」

 

「ふ、ふーん。羽依里もそうなんだー……こういうの、慣れてそうなのに」

 

 いや、全然慣れてない。

 

 ちなみに、蒼は普段と同じ髪型に、いつもの私服だった。

 

「やっぱりその恰好が蒼らしいよな」

 

「へっ?」

 

 突然服装の話題を振ったためか、蒼が居を突かれていた。

 

「さんざん悩んだ挙句、その服に決めたんですよね」

 

「だ、だって、これが一番あたしらしいじゃない?」

 

「そうだよな。一番蒼らしいと思う」

 

「そ、そう? ありがと……」

 

 蒼は小恥ずかしそうに頬を掻いている。

 

「実を言うと、俺もさんざん悩んで、いつもと似たような服装に落ち着いたんだ」

 

「ほんとね、いつもの羽依里だわ」

 

「はい。いつもの羽依里さんです」

 

 そういう藍の方は、蒼とは逆向きの髪型。例の登校スタイルってやつみたいだ。

 

 服装は蒼に比べると、露出が少なめのワンピースタイプの服だった。

 

「藍も似合ってるな」

 

「私を誉めても何も出ませんよ。誉めるなら、蒼ちゃんだけにしてください」

 

 何故か睨まれてしまった。ちょっと怖い。

 

「藍はそこまで洋服に頓着ないもんねー」

 

 そう言って笑う蒼の足元へ、どこからかイナリがやってきた。

 

「おおイナリ、お前は見送りに来てくれたのか?」

 

「ポン!」

 

 俺の方を向いて元気に返事をした後……何故か、大きく藍を迂回してから蒼の足元に収まる。

 

「あれ? もしかしてイナリは藍が怖いのか?」

 

「ポ……ポンポン!」

 

 首をぶるぶると振って、否定しているように見える。

 

「別に怖がらせているつもりはないんですけど。イナリ、お手」

 

 蒼が少し横に動くと同時に、藍がイナリの前にしゃがみ込んで、手を差し出す。

 

「ポ、ポン!」

 

 イナリはその掌に右の前足を乗せる。心なしか、その前足が震えているように見える。

 

 その後、藍はイナリに宙返りさせたり、二本足で歩かせたりしていた。

 

 どうやら、普段から芸を仕込んでいるらしい。

 

 ……すごいけど、イナリの体が小刻みに震えてる気がする。

 

「なあ藍、そろそろ解放してやってくれないか?」

 

「そうですね。イナリ、もういいですよ」

 

「ポン!」

 

 イナリは藍から解放された後、そそくさと蒼の後ろに隠れてしまった。

 

 ……やっぱり怖がってるよな。

 

「……あれ?」

 

 その時、いつものように港に出ている出店が目に留まった。

 

 そこでは一人のおっちゃんがアメリカンドッグを売っていた。とりあえず知らない人だったので、たぶん本土の人だろう。変な噂が広がることもないだろうし、安心した。

 

「……!?」

 

 次の瞬間、そのおっちゃんから、すごい笑顔で親指を立てられた。その目は間違いなく『にいちゃん、やるねぇ』と言っていた。

 

「……羽依里、どうしたの?」

 

「いや、なんでもないよ。それより昨日のスーツケースレース、盛り上がったよな」

 

さっきのサムズアップは見なかったことにして、俺は話題を変える。

 

「そうですね。いきなりでしたけど、あれだけ盛り上がるとは思いませんでした」

 

「でも藍、レース中に鉄塔から呼びかけないでよ。恥ずかしかったんだから」

 

「私は恥ずかしくなかったです」

 

「あたしが恥ずかしいのよーー!」

 

 

 

 その後も船が来るのを待ちながら、三人と一匹で喋りながら過ごした。

 

 いつもと変わらないやりとりのはずなんだけど、これから三人で出かけるというだけで、心のどこかに何とも言えない恥ずかしさみたいなのがある。

 

「あ、船が来ましたよ」

 

 やがて時間になり、船が入港してきた。

 

「それじゃイナリ、留守番よろしくな」

 

「ポン!」

 

 俺達はイナリに見送られながら、観光客たちに混ざって船に乗り込んだ。

 

 

 

 

 ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※

 

 

 

 

「港では立ちっぱなしでしたし、少し座りましょう」

 

 船に乗ってすぐ、そう藍に提案された。

 

 船にはそれなりの数の乗客が乗っていたが、席には余裕があるみたいだった。

 

 一人で船に乗る時は、いつもデッキで島が遠ざかっていく様子を眺めるのだけど、今回は藍に導かれるまま、座席に座ることにした。

 

「どうぞ、蒼ちゃん」

 

「ありがと、藍」

 

「どうぞ、羽依里さん」

 

 藍に言われるまま、三人掛けの座席に座る。

 

「……って、あれ?」

 

 気がつけば右に蒼、左に藍。

 

 俺は二人に挟まれていた。右も左も逃げ道がないし。この座り位置はかなり恥ずかしい。

 

「えーっと、二人は行きたい場所とかあるのか?」

 

 とりあえず話をして、恥ずかしさを誤魔化そう。

 

 昨日の夜誘われたばかりで、目的の場所とか全く聞いてなかったし。

 

「まずはスタパでしょ」

 

「え、スタパ?」

 

 スタパというのは、最近日本中にできているコーヒーチェーン店だ。確か、港から少し歩いた駅前にあったはずだ。

 

「羽依里さん、行ったことありますか?」

 

「えっと、一応」

 

「なら、安心ねー」

 

「次にウニクロと、矢印良品です」

 

「ほう、ウニクロ」

 

 ウニクロというのも、最近日本中にできているアパレルショップだ。カジュアルウェアを中心に若者に人気の店らしい。

 

 でも、こっちもあくまでチェーンストアで、そこまで珍しいものが売っているわけじゃない。

 

「本土でパートしてるおかーさんが、時々ウニクロで服を買ってるって聞いて、気になってたの」

 

「そういえば、二人の母親はまた本土でパートしてるのか。大変だな」

 

「うんうん。おとーさんの仕送りだけだと厳しい月とかあるしねー」

 

 二人の父親は確か、昆虫学者で外国を飛び回っているんだっけ。

 

「島にスーパー徳田があるうちは、パート先が近くて助かっていたらしいです。でも、潰れてしまったので」

 

「確か、春先くらいに潰れたんだっけ」

 

「そうです。おかーさんもとても残念がっていました」

 

 左から右から話しかけられる状況が続く。

 

 ……なんだろう。他の乗客の視線が痛い。特に野郎たちからの。

 

 見たところ観光客のようだし、昨晩島に泊まって朝の便で本土に帰ってるんだろうか。

 

 騒がしいのが気になるのなら謝るから、こっち見ないでほしい。

 

 本土の港に到着するまで、30分もの間、この状況が続いた。天国のような地獄だった。

 

 

 

 

『まもなく宇都。宇都港に到着いたします。お降りの方はお忘れ物のありませんようーー』

 

 アナウンスの後、ようやく本土の港に到着する。俺たちは他の乗客と一緒に、船から降りる。

 

「うわ」

 

 港の建物から外に出ると、俺は思わず声を上げてしまった。半月ぶりに島から出てきたし、人の多さに圧倒されそうだ。

 

「それじゃ、さっそくスタパに行きましょ」

 

「そうだな。場所は……」

 

「駅前ですよね。場所は知ってるんです」

 

「あれ? 知ってるのに入ったことないのか?」

 

「ああいうお店って、慣れてる人が一緒じゃないと入りづらいじゃないですか」

 

「そ、そうだよな」

 

「羽依里、頼りにしてるからね」

 

「お、おう」

 

 まずい……夏休みに入る少し前に、男友達について入っただけ……とは、とても言えない状況になってしまった。

 

 確か、注文してる様子がまるで呪文を唱えてるようだった記憶しかない。

 

「ああいうお店では、季節限定の商品があるんですよね?」

 

「え? ああ。今くらいの時期だと、マンゴーミックスフラペチーノってのやってたな」

 

「マ、マン……フェ……」

 

 ……急に蒼が動揺しだした。どうしたんだろう。

 

「ほら蒼ちゃん、顔赤くしてないで行きますよ」

 

 そんな蒼の手を取って、藍が歩き出した。俺もその隣に並んで歩き出す。

 

 

 

 

 ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※

 

 

 

 

 本土の港から少し歩くと、駅前に辿り着く。

 

 ここはこの辺りで一番賑やかな場所で、ウニクロや矢印良品の店舗も、この駅前周辺に集まっている。

 

 藍に案内されて進むと、そんな通りの一角に、スタパがあった。

 

「いらっしゃいませー」

 

 俺を先頭に、三人で入店する。店員さんが営業スマイルで迎えてくれる。

 

 店内は落ち着いた内装で統一されていて、コーヒーの良い香りが鼻をつく。

 

 控えめに音楽も流れているし、島ではまず感じることのない雰囲気だ。

 

「私が席を確保しておきますので、二人で注文してきてください」

 

「いいけど、藍は何を頼むんだ?」

 

「私はマンゴーミックスフラペチーノでお願いします」

 

「わかった」

 

「あ、それと注文は蒼ちゃんにさせてください」

 

「え、なんで?」

 

 わざわざ不慣れな蒼に注文させなくても。

 

「だって、そっちの方が面白そうじゃないですか」

 

 藍はそう言い、にやりと笑って近くの席に座った。

 

 蒼と二人で注文カウンターへ向かう。ちょうど、俺たちの前に学生っぽい女の子二人が注文をしていた。

 

「ワタシハトールアイスライトアイスエクストラミルクラテカナ!」

 

「グランデノンファットミルクノンホイップチョコチップバニラクリームフラペチーノニスル!」

 

 ……駄目だ。呪文にしか聞こえない。巨大な猫神様でもぬおーと出てきそうだった。

 

 前の二人が注文した品物を受け取り、やがて俺達の番が来た。

 

「ご注文はお決まりですか?」

 

 カウンターの女性店員が営業スマイルで話しかけてくる。

 

「え、えっと……この、マン……マン……」

 

「はい?」

 

 ……顔が真っ赤だ。頑張れ、蒼。

 

「マンゴーミックス、フェフェフェ……」

 

 ……蒼の耳から煙が出てる。これはやばいかも。

 

「こ、これを3つください!」

 

 蒼はメニュー表のマンゴーミックスフラペチーノを指差して、大きな声で注文した。

 

 そして、そのまま藍の待つ席に走っていってしまった。

 

「……」

 

「マンゴーミックスフラペチーノ、3つで1350円になります」

 

「あ、はい」

 

 おいてけぼりを食らった俺がそのまま代金を支払った。ちなみにサイズは適当にしておいた。

 

 そして品物を受け取って、二人の元へ帰ってきた。

 

「ごめん、羽依里……」

 

 蒼はまたヘコんでいた。

 

「あーうん。気にしなくていいよ」

 

 色々と想像力が働いてしまうんだろう。うん。そういう事にしておこう。

 

 蒼が落ち着くのを待って、三人でマンゴーミックスフラペチーノを飲んだ。

 

 実にトロピカルで美味しかった。

 

 

 

 

「次はウニクロだっけ」

 

「そうですね。よろしくお願いします」

 

 スタパでお茶した後は、駅の方へ向かって歩く。

 

 ウニクロなら、俺も場所を知ってる。駅構内のショッピングモールの中にあったはずだ。

 

 三人で並んで歩いていると、横で藍がぽそりと呟く。

 

「……なんか面白くないですね。もう少しデートっぽくしますか」

 

「え?」

 

 次の瞬間、藍が俺の右手を取って、自分の腕を絡ませてきた。

 

「あの、ちょっと藍さん?」

 

 驚きのあまり、思わず敬語になってしまった。

 

 これはもしかして、恋人同士がやる腕組みというやつでは。

 

「罰ゲームですから、これくらい恥ずかしい思いをしてもらわないといけません」

 

 あれ、このデートってビーチバレーの賞品じゃなかったけ?

 

 いつの間にか罰ゲームにすり替わってる?

 

「ほら、蒼ちゃんも」

 

「ふぇ!? あ、あたしも!?」

 

「もちろんです。私だけやってどうするんですか」

 

「ううう……えいっ!」

 

 覚悟を決めたのか、蒼が俺の左腕に飛びついてきた。

 

 両手に花って言葉があるけど、これはこれでいろいろと問題がありそうだ。

 

「デートですから、こうやって歩くものでしょう?」

 

「そ、そう! そうよね!」

 

 蒼の方はかなり恥ずかしそうだけど、藍の方はむしろ楽しんでいるように見える。

 

 うん、男子校の俺にこれはきついってもんじゃない。

 

 右も左も柔らかいけど、頑張れ俺。気をしっかり持て。

 

 すれ違う野郎達が全員羨ましそうな視線を向けてきたのは気のせいだろう。うん。そうに違いない。

 

 結局ウニクロに到着するまで、腕は組まれっぱなしだった。

 

 

 

 

「へー、今年はこんな柄が流行ってるのねー」

 

「この色なんて、蒼ちゃんに似合うと思いますよ」

 

 ウニクロに到着すると、二人はさっそく夏物のブースで相談しながら服選びを始めた。

 

 こんな風に女の子の服選びが始まると、男はとたんにやることが無くなる。

 

「ちょっと着てみるわねー」

 

 蒼は何着か選んで、試着室に入っていった。

 

 俺と藍はその試着室の前で待つ。

 

「なぁ、藍は選ばないのか?」

 

「私ですか?」

 

「そう。せっかくウニクロに来たんだしさ」

 

「そうですね……」

 

 藍はさっきとは違うブースへ向かい、何着か服を持ってきた。

 

 色合いとか、さっき蒼が持っていたのと似ている。さすが双子、好みも近いんだろうか。

 

「それじゃ、私もちょっと行ってきますね」

 

 そしてその服を持って、躊躇いもなく蒼と同じ試着室に入っていった。

 

 え、ちょっと藍さん、何やってるんですか。

 

「ちょ、ちょっと藍!?」

 

 当然、いきなり試着室に入ってきた藍に、蒼も驚いている。

 

「蒼ちゃん、これも着てみてください。きっと似合います」

 

「ちょ、ちょっと脱がさないで―!」

 

 まさか、自分の服じゃなくて、蒼の服を選んでいたのか。

 

「羽依里さん、ちょっとこれ持っててください」

 

「お、おう……」

 

 試着室のカーテンが少しだけ空いて、藍から服を渡された。値札はついてるけど、ちょっと温かい。

 

 これってもしかして……。

 

 

「……ねえ藍、これでいいのー?」

 

「良い感じです。次はこっちはどうでしょうか」

 

「だから脱がさないでーー! 自分で脱ぐからーー!」

 

 目隠し布を隔てた向こう側で、二人だけのファッションショーが行われているようだった。

 

「あの……お客様、もう少しお静かにお願いできますか」

 

「す、すみません」

 

 ちなみに、表にいた俺は定期的に店員さんに笑顔で怒られていた。

 

 

 

 ……結局、ウニクロでは蒼が服を一着買っただけだった。着ているのはちらっとしか見えなかったけど、藍が着ているワンピースに似ていたような気もする。

 

「せっかくだし、俺が出そうか?」

 

「しろはちゃんに怒られるので、結構です」

 

 そこまで高い物でもなさそうだったので、俺が支払いを申し出たけど、藍にやんわりと断られてしまった。

 

「あたしだけじゃ悪いから、羽依里や藍も買えば良かったのに」

 

「私は蒼ちゃんのお下がりで良いです」

 

「あたしは良くなーい!」

 

 最後まで賑やかだった。

 

 

 買い物が終わった直後に腕時計を見ると、13時前。気が付けばお昼時だった。

 

 スタパの飲み物でお腹が膨らんでいたせいか、三人ともそこまで空腹感を感じていなかったみたいだ。

 

「そろそろお昼にしないか?」

 

「そうですね。行きましょう」

 

 そう言うが早いか、またがっしと俺の腕に掴まる藍。

 

「ほら、蒼ちゃんも」

 

「え、また!?」

 

「当然です。早く掴まってください」

 

 どうやら、両手に花状態はまだまだ続くらしかった。

 

 

 

 

 昼食は、二人の希望でジャイフルに行くことになった。

 

 ちなみにジャイフルというのは、この地方に展開しているファミレスチェーン店だ。この辺だと、駅から少し離れた建物の二階に店がある。

 

「ジャイフルへようこそ。こちらのお席にどうぞ」

 

 店員さんに案内され、一番奥のボックス席に座る。俺の向かいに二人が並んで座る形だ。

 

 ピークの時間帯を少し過ぎていることもあって、夏休みと言ってもそこまでお客さんも多くなかった。

 

「ご注文がお決まりになりましたら、奥のボタンでお呼びください」

 

 おしぼりとお冷をもらった後、三人でメニューを覗き込む。

 

 どの料理も写真付きで載っていて、美味しそうに見える。

 

「このお店って、鉄板焼きハンバーグが美味しいのよね」

 

 メニューに色々な説明が書いてある。チーズが入っていたり、トマトソースが乗っていたり、わふーソースだったり、色々な組み合わせが楽しめるのがウリみたいだ。

 

「羽依里、おすすめってないの?」

 

「え、おすすめ?」

 

 唐突に蒼にそう聞かれた。

 

「正直、全部おいしそうで決められない……」

 

 普段見慣れてないだろうし、メニューの華やかさに圧倒されてしまうんだろう。

 

 俺もそこまで詳しいわけじゃないんだけど……。

 

「そうだ、レギュラーハンバーグセットとかいいんじゃないか?」

 

「じゃあ、それにする」

 

 鉄板と言えば鉄板だろう。鉄板ハンバーグだけに。

 

「私はこれにします」

 

 藍はチーズインハンバーグセットに決めたみたいだ。

 

「羽依里は何にするの?」

 

「俺はこれかな」

 

 俺はわふーハンバーグセットにすることにした。

 

「それじゃ、注文するぞ」

 

 ぴんぽーん。とボタンを押し、やってきた店員さんに注文を伝える。

 

 

 しばらくすると、鉄板に乗った熱々のハンバーグのセットが3つ運ばれてきた。

 

「それじゃ、いただきましょう」

 

「いただきまーす」

 

「いただきます」

 

 俺のはわふーハンバーグなので、箸でいただく。大根おろしを使った特製ソースが美味しかった。

 

 でも、ハンバーグはしろはの作るやつより肉々しい感じだった。肉汁がたっぷりだけど、固めで味に深みがない気がした。

 

 セットの味噌汁もあまり美味しくなかった。島味噌で作ったしろはの味噌汁を飲み慣れちゃってるのもあるだろうか。

 

「どうしました? やっぱりしろはさんのハンバーグの方が美味しいですか?」

 

「うぐ……」

 

 藍に心の内を思いっきり読まれていた。

 

「蒼ちゃん、はい。あーん」

 

 ナイフとフォークを手に、レギュラーハンバーグ相手に四苦八苦している蒼の口元へ、藍がチーズハンバーグを一口大に切って持って行く。

 

「あ、美味しい」

 

 蒼も自然にそれを食べていた。

 

 この二人って普段からこういうことやってるんだろうなぁ。まぁ、姉妹だし。

 

「羨ましそうに見ても、羽依里さんにはあげませんよ?」

 

「いや、いらないから」

 

 変な勘違いをされたらしい。

 

 その後は二人の方をできるだけ見ないように、食事に集中をした。

 

 

 

「……蒼ちゃん、デザートにパフェ食べませんか?」

 

 三人とも食べ終わったタイミングで、藍はデザートが載ってる卓上POPを見ていた。

 

「え、さすがに入らないわよ」

 

「なら、半分こにすればいいじゃないですか」

 

 ぴんぽーん。と藍がボタンを押して店員さんを呼び、有無を言わさずフルーツパフェを注文する。

 

 しばらくすると、色とりどりの果物が乗ったパフェが運ばれてきた。

 

「はい。蒼ちゃん、どうぞ」

 

「へ? 藍が頼んだんだから、藍が先に食べればいいのに」

 

「構わないです。お先にどうぞ」

 

「そ、それじゃ、少しだけ……」

 

 少しだけと言いながら、結構な量を食べてる。女の子には本当に別腹があるんだな。

 

「あ、羽依里も食べる?」

 

「え?」

 

 食べると聞かれても、パフェ用のスプーンは一つだけだ。

 

「はい、羽依里。あーん」

 

「あーん」

 

 ぱく。

 

 ……さっきの二人のやりとりを見ていたからだろうか、ものすごく自然に食べてしまった。

 

 なんでやってしまったんだろう……しろはともほとんどやったことないのに。

 

「……は?」

 

 蒼の隣で、藍がものすごく驚いていた。

 

 これはやばい。怒られる流れだ。まさか今朝の夢が現実に……!

 

「……蒼ちゃん! 私にもしてください!」

 

 え、そっち!?

 

「べ、別にいいけど……」

 

 蒼は圧倒されながら、パフェをスプーンですくって藍の口元に運ぶ。

 

「はい。藍も、あーん」

 

「あーん」

 

 うわぁ、ものすごい幸せそうだ。

 

 なんにしても、藍の機嫌が悪くならなくて良かった。

 

 

 

 

 パフェを食べ終えてからも、三人で談笑していた。

 

 二人が同じように笑うと、二つのトンボ玉も同じように揺れる。

 

「そういえば、そのトンボ玉綺麗だよな」

 

 二人がしている髪留めに目が留まった。

 

 青色のガラスで作られたトンボ玉には、蝶の柄が入っている。改めて見ると、どっちも手作りみたいだ。

 

「でしょー。子供の頃、藍に作ってもらったのよ」

 

「あ、やっぱり手作りなのか」

 

「私のは蒼ちゃんに作ってもらいました。一生の宝物です」

 

 藍のつけてる方は、ちょっと形がいびつだった。

 

 蒼は手先は不器用だって言ってたもんな……。

 

「羽依里さん、蒼ちゃんが作ってくれたトンボ玉に、何か言いたそうですね?」

 

「いや、そんなことはないぞ」

 

「ならいいです。ところで、最近しろはちゃんとの関係はどうなんですか?」

 

「え?」

 

「そうそれよ! 夏休みに入って少しは進展したの?」

 

 ずいっ、と二人が顔を近づけてきた。ち、近いんだけど。

 

「え、進展も何も……だってほら、夏海ちゃんもいるしさ」

 

「あ、親戚の子をだしに、はぐらかすつもりですか?」

 

「それこそ夏海ちゃんが寝た後、こっそりしろはの家に行って愛を確かめ合ってるんじゃ……!」

 

 蒼、それお前のピンク思考だから! というか、声が大きい……一番奥の席で助かった。

 

「ありえます。羽依里さんですし」

 

 二人の中での俺のイメージって、どれだけ色情魔なんだろう。俺にそんな度胸無いから!

 

「そ、それよりそろそろ矢印良品に行かないと。船の時間が……」

 

 俺はそう言いながら立ち上がる。できるなら、この手の話は早めに打ち切りたい。

 

「矢印良品はまたの機会でいいです。むしろ、船の時間までじっくり羽依里さんの色恋話を聞きましょう」

 

「そうそう。座って、羽依里」

 

「う、うう……本当に何もしてないのに……」

 

 ……これは無理だ。逃げられそうにない。俺は観念して、再び座席に腰を下ろす。

 

「まず、毎晩しろはさんの食堂に入り浸っているようですが……」

 

 その後、俺は船の時間直前まで二人に尋問されていたのだった……。

 

 

 

 

 ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※

 

 

 

 

「今日は楽しかったわ。ありがとね、羽依里」

 

「色々と聞かせてもらいました。しろはちゃんに宜しく伝えてください」

 

「ポーン!」

 

 島の港に帰り着くと、二人はそれぞれ笑顔と意味深な発言を残して、迎えに来たイナリと共に去っていった。

 

「ふぅ……」

 

 無意識に気を張っていたのか、二人と別れたと同時にどっと疲れが出た。

 

「しろはと一緒にいる時にはこんな風に疲れることないんだけどなぁ」

 

 相手が二人だから、というのは理由じゃないだろう。やっぱり、しろはが特別なんだろうな。

 

 でも、あの二人が楽しんでくれたなら、それでいいかな。

 

 

 

 

 加藤家に帰宅して、まずはラフな格好に着替える。

 

 家には誰の姿もなかった。鏡子さんも夏海ちゃんも、どこかに出かけているみたいだった。

 

 夕飯まではまだ少し時間があるし、とりあえずテレビ出も見て時間をつぶすことにした。

 

 

『ようこそジプシー。我が神秘の部屋に』

 

 

 居間に横になって、テレビをつける。

 

 ちょうど占い特集をやっていた。いかにもな雰囲気の女性が黒いマントを羽織って男性スタッフを占っていた。

 

 魔よけの品して、神秘の力を秘めるというクリップを渡されていた。挟む力しか秘めてないような気もするけど。

 

 その他に、恐ろしいほど当たると噂のまじない喫茶『ゆきねえ』という店が紹介されていた。

 

 お淑やかそうなおねーさんがインタビューを受けていた。

 

 少しだけ気になったけど、店の場所が遠すぎて、とても行けそうになかった。

 

「あれ……」

 

 今日は駅前を結構歩いたし、急に眠くなってきた……。

 

「……ぐぅ」

 

 横になったのがいけなかった。一瞬気を抜いた隙に、俺は眠りに落ちてしまった。

 

 

 

「オモイオモワレフリフラレ……」

 

 

 

「……はっ」

 

 しまった。うたた寝をしてしまったらしい。

 

 なんだろう。夢にしろはが出てきていた。詳細は覚えてないけど。 

 

 居間も薄暗くなっていて、窓の外を見ると、日が落ちかけていた。

 

「……そろそろ晩ごはんを食べに行こうかな」

 

 夕方のニュース番組になっていたテレビを消して、立ち上がる。

 

 鏡子さんも夏海ちゃんも戻ってないみたいだし、どこに行っちゃったんだろう。

 

 

 

 

 ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※

 

 

 

 

 日が完全に落ちた頃、しろは食堂に到着した。

 

「しろはー」

 

「いらっしゃい」

 

 扉を開けると、カウンターに夏海ちゃんが座っていた。

 

「あ、夏海ちゃん、食堂に来てたんだね」

 

「……」

 

 あれ? なんか、夏海ちゃんの視線が冷たい……?

 

 とりあえず、夏海ちゃんの隣に座る。夏海ちゃんは無言でコロッケ定食を食べていた。

 

 しろはも、いつもなら一番におしぼりをくれるのに、今日は俺の方に背を向けたまま、何やらカウンターの奥で作業をしている。

 

「しろはー、今日の日替わりって何?」

 

「……今日は、いの天定食」

 

 なんだろう、心なしかいつもより声が低いような。

 

「え、いの天?」

 

「イノシシの天ぷら」

 

 そんなのあるのか。おいしそうだ。

 

「じゃあそれで」

 

「……残念だけど、羽依里の晩ごはんはこれ」

 

 注文もしてないのに、俺の前には出来立てのかつ丼が置かれた。

 

「え、かつ丼?」

 

 いや、これも美味しそうだけど……何故にかつ丼?

 

「あちらのお客様からです」

 

「え?」

 

 しろはが示す席には、良一が座っていた。いつの間に来てたんだろう。こっちを向いて、笑顔で親指を立てている。

 

「取り調べごっこだ」

 

 そして自分の分の親子丼を持って、俺の隣に移動してきた。

 

「よう、モテ男君」

 

 そして席に座るなり、そう言いながら肩に手を置いてきた。

 

「モテ男言うな」

 

「なんだ、違うのか? 今日は蒼達とスタパやウニクロ巡って、ジャイフルで飯食ってきたんだろ」

 

「……ちょっと待て、なんでそこまで知ってるんだ?」

 

「木戸のおばーちゃんが見てたって」

 

 しろはが無表情のまま、そう呟く。

 

「おばーちゃん!?」

 

 俺は思わず叫んでいた。

 

「おばーちゃん、ちょうど本土の病院に行く日だったんだって」

 

「ほ、ほお……」

 

 しろはが続けて説明してくれる。

 

「そしたら、羽依里たち三人が船の中で『いちゃらぶ』してたんだって」

 

「いちゃらぶ……」

 

 嘘だろ……おばーちゃん、あの船に乗ってたのか? 万一にも知り合いに見られないように、細心の注意を払ってたはずなのに……。

 

「おばーちゃんはその三人が気になったから、病院そっちのけで、ずーっと後をつけてたんだって」

 

「おばーちゃん! 病院行ってよ!」

 

 俺は思わず頭を抱えていた。

 

「木戸のおばーちゃんは15時過ぎの船で帰ってきてたからな、もう島中に知れ渡ってるぜ」

 

 おばーちゃん、帰りも俺たちと同じ船に乗っていたのか? 信じられない……。

 

「それでね、羽依里に色々と聞きたいことがあるんだけど」

 

 しろはさん、その笑顔ものすごい怖いのでやめてください。

 

「スタパで蒼に恥ずかしい思いさせたって本当?」

 

「語弊があるけど本当です」

 

「ウニクロで蒼の着替え覗いたって本当?」

 

「いや、それは冤罪です」

 

「蒼たちと腕組んで歩いてたってのは本当?」

 

「ほ、本当です」

 

「蒼にあーんしてもらったって本当?」

 

「ほ、本当です……」

 

「帰りの船で藍と……」

 

 その後もかつ丼を前に、しろはに質問攻めにされる。まさに取り調べだった。

 

 良一はニヤニヤと笑っているし、夏海ちゃんは我関せずと言った感じで食事を続けているし。

 

 誰にも助けてもらえそうになかった。

 

 

 

 

「……さすがにサービスしすぎ。今後は慎んで」

 

「ごめんなさい」

 

 取り調べの後、俺は誠心誠意頭を下げた。

 

 俺もそんな気は無かったはずなんだけど……その場の流れって怖い。

 

「……でも、お泊りせずに帰ってきたから、ギリギリセーフにしてあげる」

 

 しろはの表情が緩んだのを見て、俺もようやく解放された気分になる。

 

「ごちそうさまでしたー」

 

 ちょうど取り調べが終わった時、夏海ちゃんもコロッケ定食を食べ終わっていた。

 

「そういえば夏海ちゃん、今日は一日何してたの?」

 

 ようやく解放され、半分冷めたかつ丼を食べながら夏海ちゃんに話しかける。

 

「今日は良一さんにマリンジェットに乗せてもらって、島めぐりをしてました!」

 

 あ、そういえば良一が近いうちに乗せてあげるって話してたっけ。

 

「えへへ、海から紬さんに会いに行った時は、びっくりしてましたよ」

 

 そりゃ、驚くだろうなぁ。

 

「見慣れた港も海から見ると新鮮でしたし、秘密の入江みたいな場所もあって、楽しかったです!」

 

「そっか。良一、ありがとうな」

 

「気にしなくていいぜ。俺も妹いるしな」

 

「そういえばそうだったな。一度会ったことあるような」

 

「昔は夏海ちゃんみたいに無邪気で良い妹だったんだけどなー、週一で本土の塾に通いだしたら、急にマセちまってさ」

 

 なんともやりきれない、兄の顔になっていた。

 

「お昼は私と一緒に食べたんだよね」

 

「はい!」

 

「え、そうだったのか」

 

「うん。お昼前に港で会ったら、お昼は家でカップうどんだって言っていたから、食堂に来てもらったの」

 

 俺がいない間も、島の皆で夏海ちゃんを楽しませてくれていたみたいだ。本当にありがたい。

 

「お昼からは、しろはさんにずっと料理を習っていたんです。主にチャーハンですけど」

 

「夏海ちゃんは筋は良いんだけど、粗削りだから。もっと細かい技術を身につけないと」

 

 なんだろう。しろはもついに夏海ちゃんを弟子として認めてくれたんだろうか。夏海ちゃんのチャーハンに対する情熱はものすごいし。

 

「後、やっぱりフライパンより中華鍋を使った方が良いと思うよ?」

 

「ごめんなさい。加藤家にはフライパンしかなくて」

 

「それだと高温が期待できないから。フライパンを使うなら油を変えた方が良いよ。例えば……夏海ちゃん、ちょっと入って来て」

 

 夏海ちゃんがカウンターの奥に呼ばれていく。俺ですら入れてもらったことないのに。

 

 カウンター越しだから良く見えないけど、何やら料理のレクチャーを受けているようだった。

 

 二人が並んでるの見ると、何だろう。姉妹……というよりは、親子のように見えた。

 

「どうした羽依里、嫉妬か?」

 

「き、気のせいだろ」

 

 しろはにカウンター内に入れてもらってる夏海ちゃんが羨ましいと思ったのは内緒だ。

 

 なんにしても、先日の愛人2号の噂みたく、木戸のおばーちゃんの流した噂も明日の朝になったら消えていることを願うしかなかった。

 

 

 

第十五話・完




第十五話・あとがき



おはこんばんちわ。トミー@サマポケです。

今回は藍蒼との本土デートでした。藍蒼とのデートイベントは書きたかったもののひとつなので、個人的にやりきった感があります。色々燃え尽きてしまいました。

本土については、本編だとしろはとのデートで少し描写されただけなので、資料が少なく、ほとんどオリジナルに近い描写になってしまいました。

宇都港のモデルになってる宇野港周辺の地図を見ながら、うんうん唸って書きました。

デートの内容については、完全にイメージでした。こんな感じじゃないかなぁと。本編でも有名なマンゴーミックス(略)の場面ができたので、満足しています。

ちなみに最後、木戸のおばーちゃんのせいで島中に噂が広まるのも既定路線です。皆さんもどこで見られてるかわからないので、デートの際は気をつけましょう(何


■今回の紛れ込みネタ
・朝から真人
 最近鉄板になりつつある筋肉ネタです。そろそろ敢えて流してもいいような気がしてきました。

・大きな猫神さま
 ぬおーです。ぬおー。バトルランキングでも引ければほぼ勝ちの、あの巨大猫神様です。

・わふーソース
 はい。わふーソースです。わふー(>ω<)/

・テレビでやってた占い特集
 その① ようこそジプシー→Rewriteの朱音会長です。クリィィィップ!
 その② まじない喫茶『ゆきねえ』→CLANNADの有紀寧ちゃんです。後のオモイオモワレフリルラレ……も、彼女のおまじないの一つですね。自分を好きな人がわかるおまじないでしたっけ。

以上になります。いくつお気づきになられたでしょうか。
感想など頂けましたら、泣いて喜びます。
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