Summer Pockets #2   作:トミー@サマポケ

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第十六話 8月9日

 

 

 

 

 

「タカハラさん、朝ですよ!」

 

「パイリ君、朝よ」

 

「起きてください!」

 

 ……朝。

 

 今日も夏海ちゃんに起こされて……。

 

 あれ? なんか声が多い気がする。

 

「……はっ!?」

 

 目を開けてみると、目の前にネコとウシがいた。

 

「はい。ネコさんです。にゃー」

 

「ウシよ。モー」

 

「……」

 

 俺はまだ夢の中にいるんだろうか。

 

 ほっぺたをつねってみるけど、普通に痛い。夢じゃない。

 

 その二匹の間から、ひょこっと猫娘が飛び出してきた。

 

「わ、私もネコです。にゃー」

 

 よく見ると、ネコミミをつけた夏海ちゃんだった。耳まで赤くしてるし、めちゃくちゃ恥ずかしそうだ。

 

「え、えーっと」

 

 ……イマイチ状況が飲み込めない。

 

 いつもの見慣れた部屋の中に、ネコとウシの着ぐるみを着た紬と静久、そしてネコミミをつけた夏海ちゃん。

 

「夏海ちゃん、これは一体……?」

 

「鷹原さん、刺激的な朝を迎えたいって言ってたじゃないですか」

 

 ……そういえば、そんなこと言った気がする。

 

「それで、お二人に協力してもらったんです!」

 

「はい! 協力しました!」

 

「協力したのよ!」

 

 三人で並んで、がっしりと肩を抱き合っていた。すごい団結力だ。

 

「ところで、紬と静久がどうしてここに?」

 

「昨日も紬に灯台に泊めてもらってね。ラジオ体操の前に、住宅地を散歩していたの」

 

「そしたらナツミさんに声をかけられまして!」

 

「せっかくだから、手助けしたの」

 

「はい! ナツミさんの頼みとあれば、断れません!」

 

 もしかしなくても、二人ともその着ぐるみ姿で住宅地を散歩していたのだろうか。それはそれですごい。

 

「鷹原さん、驚きましたか?」

 

「うん、驚いた。まさか三人がかりだとは思わなかったから」

 

「その……一人でやるのは、あまりに恥ずかしかったので」

 

「あーうん。わかるよ……」

 

 確かそのネコミミ、肝試しの時に鴎から渡されたって言ってたっけ。まだ持ってたんだ。

 

「それじゃ、早速顔を洗ってきてください! それから着替えて、みんなで一緒にラジオ体操に行きましょう!」

 

「わ、わかったから紬、押さないで!」

 

 ネコに背中を押され、強制的に洗面所へ向かわされる。

 

「さあ夏海ちゃん、私達は表で待っていましょう」

 

「待ってください! 表に出る前に、せめてネコミミは外させてください!」

 

「可愛いから駄目よ♪」

 

 俺が洗面所へ連行される一方で、夏海ちゃんはネコミミをつけたまま、静久に表へ連れ出されているようだった。

 

「頑張れ、夏海ちゃん……!」

 

 

 その後、俺も身支度を済ませて表に出る。

 

「来たわね。行くわよ、パイリ君!」

 

「行きましょう、ナツミさん!」

 

 朝から元気いっぱいの二人と合流し、そのまま四人でラジオ体操へ向かう。

 

 ちなみに、夏海ちゃんは無事にネコミミを外していた。きっと決死のお願いがおっぱい神に届いたに違いない。

 

 

 

「今日も暑くなりそうだな」

 

 神社へ向かう道すがら、適当に話をする。

 

「そうね。実は隠していたけど、この服は蒸れてしょうがないのよ」

 

「いや、隠さなくても普通にわかるから」

 

 暑ければ、普通の服を着ればいいのに……とは、なんとなく言えなかった。

 

「ようにーちゃん、昨日は空門さんとこの双子とイチャラブだったんだって?」

 

 その時、近所のおっちゃんから声をかけられた。誰だったっけあの人。

 

「あら、加藤さんとこの。昨日は頑張ったんだって?」

 

 今度は庭先の花に水をあげていたおばさんに声をかけられた。顔は見たことあるけど、名前は出てこない。

 

 ……おかしいな。佃煮の時は一晩経ったら噂が消えてくれたんだけど。

 

「そういえばパイリ君、蒼ちゃんたちとデートしたのよね」

 

「は、はい……」

 

 思わぬタイミングでばれてしまった。つい敬語になってしまう。

 

「おおー、ついにケッコーしたんですね!」

 

 決行って、紬。

 

「確かビーチバレーの報酬よね。パイリ君も大変だったわね」

 

「そう言って慰めてくれるのは静久だけだよ……」

 

 でもビーチバレーの時、優勝賞品は俺とのデートだと一番最初に言ったのも静久だった気がする。

 

「……昨日はお楽しみだったみたいですよ?」

 

 夏海ちゃん、それは語弊があるよ……。

 

「むぎゅ! タカハラさん、フタマタですか!?」

 

「ち、違うよ。今回のデートはしろは公認だったし、一種の罰ゲームみたいなもので……」

 

「まあ、罰ゲームだなんて。あの二人との関係は遊びだっていうの?」

 

「……タカハラさん、サイテーです」

 

 静久は冗談半分なんだろうけど、紬は本気で信じてるっぽい。大丈夫かな。

 

 ……その後も、魚屋のおっちゃんに牛乳配達のおばちゃん等、行く先々で島民の皆に茶化された。もう許してほしい。

 

 

 

 

 ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※

 

 

 

 

「皆、おはよう」

 

「おはようございます!」

 

 やっとの思いで神社の境内に到着した。

 

「来たわ、あの人よ」

 

「来ましたわね」

 

 ……子供たちの視線が、俺に集中したのがわかった。明らかに着ぐるみを着た二人の方が目立っているはずなのに。これは嫌な予感しかしない。

 

「なぁにーちゃん、ししょーとデートしたのか?」

 

「あいさまとデートしたの?」

 

 よく駄菓子屋で見かける子たちに、そう話しかけられた。話の流れから察するに、師匠というのは蒼のことだろう。

 

「こ、この件に関しては第三者機関に任せているので、コメントは差し控えさせていただきます!」

 

 俺はとっさに訳の分からない事を言って、子供達から逃げた。

 

「あ、逃げましたわ!」

 

「まてー!」

 

「岡山の仙人、まてー!」

 

「待たなーい!」

 

 数人の子供達が追いかけてきた。俺は結構本気で境内を走って逃げ回った。

 

 

 

 

「ぜぇ、はぁ。朝から疲れた……」

 

 子供たちが諦めるまで逃げ回った後、良一たちと合流する。

 

「よう、モテ男君」

 

「だから良一、その呼び方はやめろ」

 

「違うのか?」

 

「ち、違わない、かも、しれない……」

 

「鷹原、ビーチバレーの報酬でデートするという話は聞いていたが、色々とやりすぎたみたいだな」

 

 のみきも呆れ顔だ。どこまで噂が大きくなったんだろう。無駄に疲れてしまったし、聞く気力もなかった。

 

「蒼達と2対1で試合をしたんだろう。それなら勝てなくて当然だ」

 

 こういう時は、天善の卓球例えでも救われた気分になる。

 

「……うかつでした。まさか木戸のおばーちゃんに見られていたなんて」

 

 当事者の一人である藍が俺の隣にやって来て、そう呟く。さすがに少し元気がない。俺と同じように質問攻めにあったんだろう。

 

「ってあれ? 蒼は?」

 

 いつもいるはずの蒼がラジオ体操に来ていなかった。

 

「蒼ちゃんは、恥ずかしさのあまり家から出られないそうです」

 

「まじか」

 

「大マジです。私も朝から色々な人に噂の真意を問われました。適当にはぐらかしておきましたけど」

 

 藍はその辺うまくやり過ごしそうだけど、蒼は正直に答えちゃいそうだしな。嘘つくの、すごく下手だし。

 

「お前ら―! 今日もラジオ体操を始めるぞー!」

 

 その時、ラジオ体操大好きさんがやってきた。

 

 ラジオ体操が始まれば、噂のことは忘れられそうだし。助かった。

 

「ところで、昨日空門さんちの二人とデートした鷹原君って、君?」

 

「……」

 

 ラジオ体操大好きさんにまでそう聞かれてしまった。これは本格的にやばそうだ。

 

 蒼じゃないけど、俺も早く帰って家に閉じこもりたい気分になった。

 

 

 

「第二の体操! 横隔膜の振動だ! うるぁぁぁぁーーー!」

 

「「うるぁぁぁぁーーー!」」

 

「第三の体操! 一秒間! 真剣な目!」

 

「星屑ロンリネンス……」

 

 この目の運動ってのも、どうなんだろうか。

 

 相変わらず、運動になってる気がしない。

 

 

 

「さあ、今日のスタンプはこっちだぞー」

 

 ラジオ体操が終わり、スタンプとログボを受け取る。

 

 今日のログボは瓶に入った牛乳だった。

 

「お、さっそく飲もうぜ」

 

 良一が腰に手を当てて、ごくごくと美味しそうに牛乳を飲んでいた。

 

 周りを見ると、ほとんどの人がその場で牛乳を飲んでいる。俺たちもそれに倣うことにした。

 

「夏海ちゃん、俺たちも飲もう」

 

「はい!」

 

 運動をした後の牛乳は最高だ。二人して喉を鳴らしながら、牛乳を飲む。程よく冷えていて、美味しい。

 

「「ぷはー」」

 

 半分ほど飲んだところで、一息つく。夏海ちゃんとハモってしまった。

 

「むぎゅ、タカハラさん、おひげが生えてますよ」

 

「ヒゲ?」

 

「それです!」

 

 紬が肉球で俺の鼻の下辺りを指し示す。

 

「ああ、乳製のヒゲなんだ」

 

「乳製なの!? さすがパイリ君だわ!」

 

 静久が過剰な反応を示した。うん。あえてツッコまないようにしておこう。

 

 鼻の下を適当にぬぐって、残りの牛乳を飲む。

 

「うーむ、牛乳を飲んでいると、パンが欲しくなるよな。やっぱり朝はパンだよな」

 

「羽依里さんは朝はパン派なんですね」

 

 独り言を言っていると、藍にそう声をかけられた。

 

「藍もパン派なのか?」

 

「はい」

 

「でも、この島だとパンを手に入れるのも大変だろ」

 

 港の商店に総菜パンが売ってるけど、あれもいつも置いてるわけじゃないし。

 

「うちは大丈夫ですよ。作りますから」

 

「え、作る? パンを?」

 

「はい」

 

「嘘だろ?」

 

「本当ですよ。なんなら、明日家に食べに来て下さい。きっと蒼ちゃんも喜びますから」

 

「良いの?」

 

「はい。夏海ちゃんも一緒にどうぞ」

 

「え?」

 

「うん。夏海ちゃんも一緒に行こう」

 

「食べたいもののリクエストはありますか?」

 

「リクエスト?」

 

「はい。試しに言ってみてください」

 

「じゃあ、パンはパンでも、クロワッサン」

 

「いいですよ」

 

「後、フレッシュなオレンジ」

 

「いいですよ」

 

「後、カプチーノ」

 

「いいですよ」

 

「そしてポタージュ」

 

「いいですよ」

 

 ……かなりめちゃくちゃ言ったんだけど、全部通ってしまった。

 

「本当に良いのか?」

 

「はい。用意できますよ。食べたいんですよね?」

 

「た、食べたい……」

 

 正直に言ってしまった。全部、この島では無縁のものばかりのはずだけど。

 

「夏海ちゃんもそのメニューで良いですか?」

 

「え? はい……」

 

 夏海ちゃん、何故か腑に落ちない顔をしてるんだけど。どうしたんだろう。

 

「それではタカハラさん、ナツミさん、またです!」

 

「あ、はい! 紬さんに静久さん、ありがとうございました!」

 

 その時、紬と静久が俺達に一声かけて、灯台に帰っていった。

 

「夏海ちゃん、俺達も帰ろうか」

 

 ログボの牛乳のおかげで、例のデートの話はここにいる皆の頭から消えたみたいだ。また思い出されないうちに、早く帰ろう。

 

 

 

 

「……鷹原さん、もう私のチャーハンに飽きてしまったんですか?」

 

「え?」

 

 ラジオ体操からの帰り道。唐突に夏海ちゃんからそう切り出された。心なしか涙目になってる気がする。

 

「どういうこと?」

 

「だって鷹原さん、明日の朝は藍さん達の所に朝ごはんを食べに……」

 

 あー……そういうことか。

 

 俺が突然そんなこと言いだしたから、チャーハンに飽きたと思っちゃったのか。

 

「違うよ。夏海ちゃんには毎日朝ごはんを作ってもらってるから、たまには楽をしてもらおうと思っただけだよ」

 

 ……正直言うと、口に出した言葉半分、たまにはパンが食べたい気持ちが半分だった。

 

「……そうだったんですね。ごめんなさい。一人で変な勘違いをしてました」

 

「せっかくだし、明日は二人の厚意に甘えさせてもらおうよ」

 

「……はい!」

 

 ほんの少しだけ後ろめたさはあったけど、機嫌も直ってくれたみたいし。一安心だよね。

 

 

 

 

 ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※

 

 

 

 

「あーーー!」

 

 加藤家に帰宅し、居間に上がったところで夏海ちゃんが大きな声を上げる。

 

「夏海ちゃん、どうしたの?」

 

「ログボ、飲んじゃいました!」

 

 俺と夏海ちゃんの手には空になった牛乳瓶が握られている。神社で飲んでしまったし、当然だ。

 

「毎日ログボでチャーハン! の予定だったのに……」

 

 夏海ちゃんがその場に崩れ落ちる。今更どうしようもない。

 

「え、じゃあ今日のログボだと……もしかして牛乳チャーハンの予定だった?」

 

 一緒に台所に向かいながら、恐る恐る聞いてみる。

 

「そうですけど……?」

 

 ……さすがに無理がある。飲んでおいてよかった。

 

「あ、もしかして、牛乳でチャーハンなんでできっこないって思ってませんか?」

 

「うん。思ってる」

 

「鷹原さん、先入観に捕らわれてはいけませんよ!」

 

 紬みたいなことを言わないでほしい。

 

「昨日、しろはさんにチャーハンの極意その一を伝授してもらったので、水分の多い食材でも、きっと美味しいチャーハンにしてみせます!」

 

 牛乳は水分が多い云々の前に、水分そのものなんだけど。

 

「外国にはお米と牛乳を使ったデザートとか、お粥みたいなのがあるって話ですし」

 

「スペインやトルコの料理だね……」

 

「目標はしろはさんが作ってくれたホタテのリゾットなんですけど」

 

「あれは美味しかったけど、もはやチャーハンじゃないと思う」

 

「牛乳リゾット風チャーハンって、行けそうじゃないですか?」

 

 夏海ちゃんは熱弁をふるっていたけど、現実問題として、朝ごはんどうしよう。

 

「それで朝ごはんなんだけど、どうしようか」

 

「確か冷蔵庫に、海苔の佃煮が残ってましたよね。佃煮チャーハンにしますか?」

 

「そうだね。それにしようか」

 

「今度は卵も入れてみて、アレンジしてみます」

 

 夏海ちゃんがエプロンをつけて、嬉々として冷蔵庫を開ける。

 

「そういえば、鷹原さんにはこれがありました」

 

 そう言って冷蔵庫から取り出されたのは、ラップがかけられたチャーハン。

 

「あ、それって昨日の納豆チャーハン?」

 

「ですです」

 

 すっかり忘れていた。昨日は空門姉妹とのデートだったから、朝から納豆ってわけにもいかなかったんだっけ。

 

「俺の分はそれでいいよ。せっかく夏海ちゃんが作ってくれたんだし、残したらもったいないしね」

 

「わかりました! それじゃ、温めなおしますから、居間で待っていてください!」

 

「うん、お願いするね」

 

 

 

 

 

「はい、どうぞ!」

 

 しばらくすると、温めなおされた納豆チャーハンが俺の前に置かれた。

 

 なんだか、あの独特な香りが増しているような。

 

「これ、レンジで温めたんじゃないよね?」

 

「はい!フライパンで火を通しなおしました!」

 

 スプーンですくってみると、凄い粘りだった。

 

 フライパンで適温で温められたせいで、納豆菌が息を吹き返したみたいになってる。

 

「うん。美味しい」

 

 恐る恐る口に運んでみると、糸引く……いや、後引くうまさだった。熟成されていた。

 

「良かったです」

 

 ちなみに夏海ちゃんの佃煮チャーハンは、この間の佃煮チャーハンよりパラパラになっているみたいだった。

 

 しっかり水分も飛んでるし、香ばしさも増してるみたいだった。しろはの教えは、しっかりと生きているみたいだ。

 

 

 

 

 朝食を終えると、いつもの宿題タイムがやってきた。昨日やってないから、今日は頑張らないと。

 

 普段通りに夏海ちゃんと向かい合わせに座って、集中して勉強すること30分。

 

「わ、忘れてました!」

 

 また突然、夏海ちゃんが大きな声を上げた。

 

「え、どうしたの?」

 

「あれですよ、あれ!」

 

 夏海ちゃんはパタパタと部屋に走っていった。

 

 しばらくすると、リュックを持って戻ってきて、がさがさと中身を漁っている。

 

「これです! 読書感想文!」

 

 その中から数枚の原稿用紙を引っ張り出していた。

 

「読書感想文?」

 

 あー、小学校の夏休みって、そういう宿題あったなぁ。

 

「はい……こういうの、面倒くさくないですか?」

 

 一気に元気がなくなった。気持ちはわからないでもないけど。

 

「読む本が指定されてたりするの?」

 

「いえ、そうじゃないんですけど……本とか、何も持ってきてないんですよ」

 

「あー、それは問題だね」

 

 旅行先に宿題持って来るのを忘れるパターンのそれだ。絶望的だった。

 

「鷹原さん、確かたくさん本を持って来てましたよね。見せてもらっていいですか?」

 

「え。俺の?」

 

「……お願いします」

 

拝まれてしまった。ここまでされてしまったら、なんとかしてあげたい。

 

なんとかしてあげたい、けど……。

 

「夏海ちゃん、前にも一度見せたけど、あまり期待しないでね」

 

 

 

 俺の分の宿題を片付けた後、夏海ちゃんを自室に招き入れる。

 

 その後、鞄から持ってきている全ての本を引っ張り出す。

 

「『恐怖のインカ文明』、『ライオン島の惨劇』、『優しい料理入門』、『釣りビギナー』、『卓球王国』……」

 

 夏海ちゃんが畳の上に座り込んで、タイトルを読み上げながら本とにらめっこしていた。

 

「鷹原さん、この手の本って面白いんですか?」

 

 夏海ちゃんの手には、オカルト本二冊が握られている。俺の趣味全開の本だった。

 

「俺は面白いけど、夏海ちゃんにはその、かなり早いかな」

 

 結構グロテスクな表現やイメージ写真もあるし。なによりこれで感想文描かれても困る。

 

「そうですよね……こっちはどうなんですか?」

 

 夏海ちゃんは次に料理と釣りの本を手にして、ページをパラパラとめくっている。

 

「料理の入門書なんて、夏海ちゃんは必要ないだろうしね」

 

「そうですね……」

 

 反対の手に持っている釣りの本も、女の子が読むものではない気がする。

 

「こっちは卓球の情報誌ですか?」

 

「うん。初心者指南のコーナーがあるんだ。天善との差を少しでも埋めたくて」

 

 料理と釣りの本を置いて、今度は卓球王国を手にする。

 

 この手の雑誌の感想文とか、それこそ天善に書いてもらった方が立派なものが書けそうだ。全く意味はないけど。

 

「むー……」

 

 夏海ちゃんは難しい顔をしていた。俺の持ってる本じゃ、どうやら厳しそうだ。

 

「……後は何かなかったかな」

 

 俺はもう一度入念に鞄の中を調べてみたけど、電車の時刻表しか出てこなかった。

 

「時刻表の感想文とか、逆に面白そうですけど」

 

 面白そうだけど、提出しても評価されるかは教師次第な気がする。

 

「何かないかなぁ……」

 

「……あれ、二人とも何してるの?」

 

 俺達が考え込んでいると、部屋の前の廊下を鏡子さんが通りかかる。

 

「そうだ。鏡子さん、本持ってないですか?」

 

「本?」

 

「読書感想文を書かないといけないんです」

 

 夏海ちゃんが理由を説明する。

 

「ダザイとか、ナツメとか、夏海ちゃんでも読めそうな本、持ってないですか?」

 

「本ねぇ……島に関する古文書とかなら、私の部屋にたくさんあるけど」

 

「え、古文書?」

 

 古文書を読んで、どんな感想文が書けるだろうか。

 

『この島に、イナリといふものありけり……』とかだろうか。

 

「でも、さすがに夏海ちゃんには読めないんじゃないかな」

 

「そりゃそうですよね」

 

 感想文以前の問題だった。

 

「そうだ、駄菓子屋さんに行ってみたら?」

 

「え、駄菓子屋ですか?」

 

「通販もしてるし、もしかしたら何かあるかもしれないよ」

 

「そうですね。夏海ちゃん、行ってみようか」

 

「はい!」

 

 俺達は藁にもすがる気持ちで、駄菓子屋へと向かった。

 

 

 

 

 ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※

 

 

 

 

「くーださいなー」

 

「いらっしゃーい」

 

 店の奥から、蒼が出てきた。どうやら復活したみたいだ。

 

「げ。羽依里……」

 

 開口一番『げ』はやめてほしい。色々と傷つくから。

 

「こほん。えっと……昨日はありがとね」

 

「いや、俺こそ……それより、今朝は大丈夫だったか……?」

 

 藍によると、恥ずかしすぎて家で悶えていたと聞いたけど。

 

「あーうん。イナリも一緒だったから、その……色々と頑張れたわ」

 

「ポン!」

 

 声がした方を見ると、ベンチの下にイナリが居た。

 

「バイト休むわけには行かなかったし、できるだけ人目を避けながら駄菓子屋まで来たの」

 

「そ、そうなのか……大変だったな」

 

「……うん。今日だけは、あまりお客さんが来ないことを願うわ」

 

 お互いに、今日一日は耐え忍ぶしかなさそうだった。自業自得だけど。

 

「それで二人とも、今日はどうしたの? かき氷?」

 

「本を探してるんだ」

 

「……なんで駄菓子屋に本が売ってると思ったわけ?」

 

「やっぱ置いてないのか」

 

「ここ、駄菓子屋だしねー」

 

 もっともな話だ。

 

「日記帳置いてるのに、本は置いてないのか?」

 

「うーん、無いとは思うけど……ちょっと奥の方探してみるわねー」

 

 蒼はそう言いながら、店の奥へ入っていった。

 

 

 

「くーださいな」

 

 その時、良一としろはが駄菓子屋にやってきた。

 

「いらっしゃい」

 

 俺は反射的に来客対応をする。

 

「あれ、羽依里?」

 

「今日はモテ男君が店番か?」

 

「そのモテ男君って言うの、本当にやめてくれ」

 

 その単語が噂の広がりを助長している感じもするし。

 

「そこまで言うなら、やめてやってもいい」

 

「本当か?」

 

「……ただし、条件がある」

 

 良一の視線が、アイスクリームケースを捉えている。

 

「……わかった。パビコで良いか?」

 

「ヨーグルトフローズン味な」

 

「まかせておけ」

 

 俺はパビコをアイスケースから取り出し、代金をザルに入れる。

 

「ほら」

 

「よし、契約成立だな」

 

 良一は俺からパビコを受け取り、満足げだ。

 

「夏海ちゃん、半分やるよ」

 

「あ、ありがとうございます」

 

「羽依里、私もスイカバーもらえる?」

 

「ほい、100万円な」

 

「うん」

 

 しろはから100円を受け取り、ザルに入れる。その後、アイスケースからスイカバーを手渡す。

 

 気がつけば、自然に駄菓子屋の店番をしていた。やったことなんてないはずなのにな……。

 

 なんだろう。俺ってもしかして客商売に向いてるとか。

 

 

「……やっぱり、ないわねー」

 

 その時、ため息交じりに蒼が戻ってきた。

 

「あれ? お客さんが増えてる?」

 

「蒼、パビコとスイカバーの代金、ザルに入れといたから」

 

「え? あ、ありがとね」

 

「蒼さん、本の通販とかやってないですか?」

 

「通販ねえ……ちょうど、本のカタログはないのよー」

 

 夏海ちゃんからのお願いに、蒼はカウンターの後ろでごそごそやってくれている。どうやらあの辺にまとめてあるみたいだ。

 

「……さっきから何の話をしてるの?」

 

 ベンチに近づいてスイカバーを食べながら、しろはが聞いてくる。

 

「読書感想文を書くための本を探してるんです」

 

 

 もらったパビコを食べながら、夏海ちゃんがそう返す。

 

「そうだ。しろはや良一は本を持ってないか?」

 

「……羽依里、俺が本を読むタイプに見えるか?」

 

「悪い、見えない」

 

 良一には、聞くだけ野暮だったようだ。

 

「しろはとか、本を持ってないか? 夏海ちゃんが読むような本で良いんだけど」

 

「ごめん。私、漫画くらいしか持ってなくて」

 

 ……そういえばそうだった。以前入らせてもらったしろはの部屋の本棚には、一昔前の漫画の単行本がギッシリだった気がする。

 

「最近は食堂が忙しくてあまり買えてないんだけど、少女漫画なら魔法の第三惑精クリーミィ☆かがりんとかオススメだよ」

 

「俺は、れいだんで有名な祐一☆白書かな」

 

「そうそう。れいだーん」

 

「だな。れいだーん」

 

 二人して指鉄砲を作って、何かを発射するようなポーズをとる。

 

 正直、蒼と良一が引いていた。

 

「すごくありがたいですし、気になるんですけど、その……漫画では読書感想文は書けないので……」

 

 夏海ちゃんが凄く申し訳なさそうに言ってる。そりゃ書けないよな。

 

「……そういえば、港に小さいけど本屋さんがあったはずだけど」

 

「え、そうなのか?」

 

「うん。昔はよく、そこで漫画を買っていたの。夏海ちゃん、行ってみる?」

 

「はい、行ってみたいです!」

 

「それじゃしろは、案内してくれるか?」

 

「うん。まかせて」

 

 しろははそう言うや否や、ぱくぱくと残っていたスイカバーを食べ終わってしまった。さすがスイカバー早食い競争のチャンピオンだ。

 

「良一さん、パビコごちそうさまでした!」

 

「ああ、良い本が見つかるといいな」

 

「蒼も手間かけたな」

 

「気にしないで。いい本が見つかるといいわね」

 

 俺たちはそれぞれお礼を言うと、三人並んで港へ向けて歩き出した。

 

 

 

「あの三人、仲良いわよねー」

 

「まるでずっと一緒にいる家族みたいだな」

 

「それは言い過ぎじゃ……あれ? ないかも……?」

 

 去り際、背後で二人が何やら話していたけど、良く聞き取れなかった。

 

 

 

 

 ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※

 

 

 

 

「ここだよ」

 

 しろはに案内されて辿り着いた本屋は、港の中心から少し離れた場所、例のしなびたホテルの裏手の方にひっそりと佇んでいた。

 

「こんな所に本屋があったのか……」

 

 もう島の地理は知り尽くしていたと思っていただけに、この本屋の存在は驚きだった。

 

「さっそく入ってみよう」

 

 かなり年季の入った引き戸を開けて、三人で店内に入る。古い本独特の匂いが鼻をつく。

 

「いらっしゃい」

 

 すると、初老の男性が声をかけてくれた。この人が店主だろう。

 

「すみません。この子が本を探してるんですけど」

 

「ふむ。どんな本をお探しかな」

 

「夏休みの宿題で、読書感想文を書かないといけないんです。おススメの本とかありませんか?」

 

「どれ、ちょっと見てみようか」

 

 店主が眼鏡をかけながら立ち上がり、本棚の方を見てくれる。

 

「うちは古本屋だし、ジャンルも作者も、全部ごちゃ混ぜに並んでるからね」

 

「あ、それなら俺達も探します」

 

「そうかい? 悪いね」

 

「いえ!」

 

 というわけで、俺たち三人も加わって本を探す。何か良い本が見つかるといいんだけど。

 

「お、こういうのってどうだろうか」

 

「羽依里、何かいいのがあった?」

 

「これなんだけど」

 

 表紙には『花菱デパート今昔』と書かれていた。

 

 ちょうど近くに来たしろはと一緒に、本のページを開いてみる。とあるデパートの完成から苦難を経て、営業が軌道に乗るまでの実話みたいだった。

 

「へぇ、お客さんに来てもらうため、屋上にプラネタリウムを作ったんだって」

 

「なかなか思いつかないよな」

 

 でも、内容はどっちかっていうとビジネスマン向けの経営指南書の類だ。夏海ちゃん向けじゃなかった。

 

「もっとこう、学問みたいなのが良いのかな」

 

 しろはは少し上の段に置かれていた、厚めの本を手に取る。

 

 黒を基調とした重厚感のある表紙に、金文字で『ヘタレでもわかる相対性理論 一ノ瀬名誉教授 著』と書かれている。

 

「これとかどう? 結構わかりやすく書いてるけど」

 

「小学生に相対性理論はハードルが高そうな気がするな」

 

「い、言われてみれば、そうだね」

 

「なら、この辺は……?」

 

 俺は近くの別の本を手に取る。表紙には『フィロイドの全て』の文字。

 

「なんだろう、フィロイドって……」

 

 パラパラとページをめくってみる。機械の専門書らしいけど、何が書いてあるのかすらわからなかった。さっきのより明らかにレベルが高い。

 

「うん。これはやめておこう」

 

 俺は専門書を元の場所に戻す。

 

「これは……ちょっと違うね」

 

 隣のしろはが、一冊の本を開いて首をかしげていた。

 

 オレンジ色の表紙には『お菓子まっくす』と文字が書かれている。

 

「でも、このお菓子かわいい」

 

「皆をシアワセするお菓子の作り方……か」

 

 俺も一緒にその本を覗き込む。写真に写っている人は、皆幸せそうな顔でお菓子を食べていた。

 

「こういうお菓子とか、作ってみたいけど……」

 

「しろは、買ってやろうか?」

 

「えっ、ううん。いいよ」

 

 遠慮しなくていいのに。

 

「それより今は、夏海ちゃんの本を探さなきゃ」

 

 本を棚に戻してしまった。しろはがお菓子を作るイメージないから、ちょっと食べてみたかったんだけど。

 

「やっぱり、偉人伝とかいいんじゃないかな?」

 

 直後、しろはが『大山サクセスストーリー』と書かれた一冊の本を持っていた。

 

「ところで、大山さんって誰だろうね」

 

「さあ」

 

 本になってるくらいだから偉い人だとは思うんだけど、聞いたことがなかった。

 

 さらに、一冊の本が目に付いた。

 

『マーテル教団の闇 井上晶 著』

 

「こういうの面白そうだな、買おうかな」

 

「それは羽依里だけ。今は夏海ちゃんの本を探して」

 

「ご、ごめん」

 

 冷めた目で見られてしまった。

 

「趣向を変えて、こんなのはどうだろう?」

 

 表紙には『おおきなおでんだね』と書かれていた。

 

 中を読んでみると、男の子と女の子、そして狐が出てくる絵本だった。

 

「これは夏海ちゃんよりもっと小さい子向けだね」

 

「うーん」

 

 何か一つでもいいのがないかと、大量に並ぶ本の背を見ていると、ひときわ目立つピンク色の本を見つけた。

 

「なんだこれ?」

 

 引き抜いてタイトルを見ると『資料室のおまじない辞典』と書かれていた。

 

「あれ、この本の著者って、昨日テレビに出ていた女の人じゃ……?」

 

「羽依里、どうしたの?」

 

「いや、なんでもないよ」

 

 中身は気になったけど、読書感想文とは関係なさそうだったので、すぐ棚に戻した。

 

「ところで羽依里、これは?」

 

 煌びやかな表紙だ。『美しきシャーロット彗星の世界』と書かれていた。

 

 よくわからないけど、彗星に関する写真集みたいだ。

 

「綺麗だけど、これで感想文は難しいかもしれないな」

 

「天体観測の時、夏海ちゃん喜んでくれてたから、良いかと思ったんだけど」

 

 ほとんど写真ばっかりだし、これで原稿用紙2枚はきついかもしれない。

 

「見て、凄く古そうな本があるよ」

 

 かすれた表紙はかろうじて『翼人伝』と読む事ができた。

 

 肝心の中身は、昔の文字で書かれていて全然読めない。タイトルからして古文書みたいだし。

 

「鏡子さんなら読めるのかもしれないな」

 

「羽依里、これ二万五千円って書いてある」

 

「た、高い……」

 

 値段もさることながら、どのみち夏海ちゃんが読めそうな感じはしなかった。

 

 

 

 

 かれこれ1時間以上は探しただろうか。時々それっぽいものは見つかるのだけど、夏海ちゃんが読むにはちょっと子供っぽかったり、逆に難しすぎたりと、なかなか丁度良い物がなかった。

 

「無いね」

 

「無いなぁ」

 

「無いですねぇ」

 

 夏海ちゃんも本屋の店主さんと相談しつつ、色々な本に目を通したみたいだけど、結果は芳しくないみたいだ。

 

「ねえ羽依里、今何時かな?」

 

「え? えーっと」

 

 しろはに言われて、腕時計を見てみる。11時を少し回っていた。

 

「11時を少し過ぎてる」

 

「そ、そう……」

 

 あからさまに表情が曇った。何か用事でもあるんだろうか。

 

「しろは、何か用事でもあるのか?」

 

「うん……実は、午前中までに終わらせないといけない用事があって」

 

 用事があるのに、ギリギリまで手伝ってくれたのか。

 

「ごめんね夏海ちゃん、最後まで手伝えなくて」

 

「いえ、しろはさん、ありがとうございました!」

 

 しろはは心底申し訳なさそうにしながら、本屋から出て行ってしまった。寂しいけど、用事なら仕方ない。

 

 その後、店主と夏海ちゃんの三人でもう少し本を探してみるけど、なかなか良い本には巡り会えなかった。

 

「夏海ちゃん、いったん休憩にしよう」

 

「はい……」

 

 正直なところ、俺もずっと文字を追い続けたせいで、目が疲れてきていた。

 

 店主に一言声をかけて、夏海ちゃんと二人で一度店の外に出る。そのまま港の中心まで戻ってきた。

 

「あれ?」

 

 自販機はないけど、商店に行けばジュースくらい……と考えていると、港の一角が目に入った。いつも出店が出ている場所だ。

 

 そこには小さな店が出ていてた。

 

「あれ、あそこにいるのってもしかして」

 

 あの金髪のツインテールは遠くから見てもわかる。紬だった。

 

「あそこにいるの、紬さんですか?」

 

「みたいだね。せっかくだし、覗いてみる?」

 

「はい、行きましょう!」

 

 二人で並んで、出店の方に近づいてみる。

 

「おーい、紬―」

 

「紬さーん!」

 

「むぎゅ、タカハラさんにナツミさんです!」

 

「二人とも、いらっしゃい」

 

 近くに寄ってみると、静久もいた。二人で何か売っているみたいだ。

 

「何を売ってるんだ?」

 

「リンゴアメです!」

 

 日よけのテントの下に組み立て式の簡易テーブルが置かれ、その上に沢山のリンゴアメが並べられている。紅色に輝いていて、美味しそうだった。

 

「せっかくだし、夏海ちゃんの分も買ってあげるよ。紬、一ついくら?」

 

「200円です!」

 

 小さいながらもリンゴを一つまるごと使っているはずなのに、お手ごろな値段だった。

 

「それじゃ、二つ貰えるかな」

 

「はい! どうぞ!」

 

 代金を支払い、紬からリンゴアメを受け取る。

 

「こちらでお召し上がりください!」

 

 紬が示す先には、見慣れたテーブルセットが置かれていた。遠慮なく座らせてもらうことにした。

 

「それじゃ、いただきます」

 

「いただきまーす」

 

 包みを開けて、一口かじりつく。

 

 真っ赤な飴の中にはジューシーなリンゴの果肉がたっぷりだった。

 

「うん、美味しい。この甘酸っぱさが最高だな」

 

「美味しいです!」

 

 一休みしながら、リンゴアメをかじる。至高の一時だった。

 

「そうだ。少し聞きたいんだけど、紬や静久は何か本を持ってないか?」

 

「むぎゅ?」

 

「急にどうしたの?」

 

「実は……」

 

 俺は夏海ちゃんが本を探していることを、二人に伝えた。

 

「読書感想文用の本、ねぇ……」

 

 静久も顎に手を当てて、考えてくれている。

 

「むぎゅ……残念ですが、浜辺には流れ着いていないですね」

 

 いや紬、漂着物の本を渡されても困るんだけど。

 

「私も参考書くらいしか持ってないわね」

 

「灯台を探せば、昔の灯台守さんの日誌くらいなら出てくるかもしれませんが」

 

「そ、それで感想文を書くのはさすがに悪い気がします……」

 

 夏海ちゃんも微妙な表情をしている。さすがにそれは抵抗がある。

 

「そう……力になれなくてごめんね」

 

「すみません。ナツミさん」

 

「いえ、ありがとうございます……」

 

 ……さすがに夏海ちゃんも元気がなくなってきた。

 

 読書感想文用の本くらい、なんとかなるだろうと安易に考えていたけど、なかなかに厳しい。

 

 

「……あれ、何かお店が出てる」

 

 その時、ガラガラとスーツケースを引きながら鴎がやってきた。

 

「カモメさん、いらっしゃいませ!」

 

「ツムツム、何売ってるのー?」

 

「リンゴアメです!」

 

「おお、りんごあめ! ひとつください!」

 

「はい! 200円です!」

 

 鴎は紬からリンゴアメを受け取ると、テーブルセットの方にやってくる。

 

「やっほー、羽依里、なっちゃん!」

 

 満面の笑みだった。それにしても、リンゴアメが似合うな。

 

「よう、鴎」

 

「鴎さん、こんにちわです……」

 

「あれ? なんだか、なっちゃん元気ない?」

 

「はい、実は……」

 

 ……夏海ちゃんは鴎に、読書感想文用の本を探していることを話す。

 

「……というわけで、なえなえ星人なんです」

 

 どうしよう。なっちゃんが疲れて、よくわからないことを口走っている。

 

「要するに、夏海ちゃんが読めそうな本があればいいわけだね」

 

 あれ、なんだか鴎が自信ありげな顔をしている。

 

「ふっふっふ。お客さん、いい本があるよ」

 

「え、本当ですか?」

 

 夏海ちゃんの目に光が戻った。

 

「うん、このスーツケースの中に入ってるよ」

 

 ぽん、とスーツケースをたたく。

 

「でかした鴎、お礼と言っちゃなんだけど、リンゴアメもう一つ買っていいぞ。俺のおごりだ」

 

「え、いいの?」

 

「ああ」

 

「ツムツム! 一番大きいのください!」

 

「お前、容赦ないよな……」

 

 

 その後は話の流れで、加藤家の方でゆっくりと本の紹介をしてもらうことになり、俺は鴎と夏海ちゃんが乗ったスーツケースを押していた。

 

「この間、実際にスーツケースに乗ってみてわかったけど、なかなかに乗るのも難しいんだな」

 

「そうだよ。私の苦労が分かったか。安穏と乗ってるだけじゃないのだぞ」

 

 道中そんな他愛のない話をしながら、家へと向かった。

 

 

 

 

 ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※

 

 

 

 

「ごめん羽依里、ぞうきんとかないかな」

 

 加藤家の玄関先まで着くと、鴎が申し訳なさそうにそう言う。

 

「え?」

 

 ああそうか。家に持って上がるんだし、スーツケースの車輪を拭くのか。

 

「ちょっと待ってて」

 

 適当な布巾を濡らして持ってきて、鴎に手渡す。

 

「ありがとう」

 

 鴎が慣れた手つきで車輪を拭いている。あのスーツケースとは、ほとんど一心同体みたいなもんだしな。

 

「あ。二人とも、お昼ご飯食べに帰ってきたの?」

 

 その時、ちょうど中から鏡子さんが出てきた。

 

「あら、そちらの方は?」

 

 そして、鴎の姿を捉える。

 

「どうも、愛人1号です!」

 

 おい鴎、何を言ってるんだ。

 

「鏡子さん、この子はですね……」

 

「……お姉さんに電話しなきゃ!」

 

 俺が訂正する間もなく、鏡子さんは血相を変えて、電話のある居間の方に走っていってしまった。

 

「鏡子さん! 誤解です!」

 

「じょ、冗談です! なっちゃん、スーツケースお願い!」

 

「はい!」

 

 俺と鴎も、急いでその鏡子さんを追いかける。

 

 

 

 ……結局、鏡子さんの誤解が解けたのは、それから15分も後の事だった。

 

 

 

「うう、ご迷惑をおかけました」

 

 全くだ。鴎も軽はずみな発言は控えてもらいたい。

 

「でも、鏡子さんを止められそうにないからって、電話線を引っこ抜いた鴎さんの行動力にはびっくりしました」

 

「発想の転換ってやつだよ、なっちゃん」

 

 俺達三人は居間に腰を下ろして、肩で息をしていた。

 

 ちなみに、鏡子さんは誤解が解けた直後、寄合があるからと言って出かけてしまった。

 

「それにしても疲れたな。腹も減ったし」

 

 その時、ぐぅ~、と夏海ちゃんのお腹が鳴った。

 

「あう……」

 

「そういえばお昼時だね。悪い時に来ちゃったかな」

 

 時計を見るともう12時を回っていた。

 

「いや、鴎を家に呼んだのは俺たちだしな。どうせだし、一緒に食べるか?」

 

 俺は立ち上がって、台所の方へ向かう。

 

「え、もしかして羽依里が作ってくれるの?」

 

「ああ、これだけどな」

 

 俺は水屋からカップうどんを取り出し、鴎に見せる。

 

「……」

 

 ものすごい目で見られた。それこそ、カモメのように鋭い視線だった。

 

「うーん、せっかくだし、私が作ろうか?」

 

「え、いいのか?」

 

「毎朝、のみきさんの分も作ってるから。冷蔵庫の中、見せてもらっていい?」

 

「ああ、いいぞ」

 

 スーツケースからエプロンを取り出していた。でかでかと猫のキャラクターが描かれた、プリチーなエプロンだった。

 

 色々出てくるな。トラエモンポケットか何かか? あのスーツケースは。

 

「鶏肉があるから、鶏の竜田揚げなんてどう?」

 

 冷蔵庫を覗き込んでいた鴎が、振り返りながらそう提案してくる。

 

「「……うぷ」」

 

 竜田と聞いて、俺と夏海ちゃんは数日前の竜太サンドを思い出してしまった。

 

「え、どうしたの二人とも」

 

「なんでもないけど、竜田揚げだけは勘弁してくれ」

 

「嫌いなの?」

 

「そ、そういうわけじゃないんですけど」

 

「じゃあ、酢鶏にするね」

 

「すどり?」

 

「酢豚のお肉が豚から鶏になったやつ」

 

 それなら良さそうだ。甘酸っぱくてご飯も進みそうだし。

 

「鴎さん、野菜の下ごしらえ手伝います!」

 

 冷蔵庫から色々な食材を取り出している鴎を見て、エプロンをつけた夏海ちゃんがその隣に並ぶ。

 

「鴎、俺も何か手伝おうか?」

 

「羽依里、甘酢タレ作れる? 分量測って、混ぜるだけだけど」

 

「加藤家の血が入ってるからな、たぶん無理だと思うぞ」

 

「え、なにそれ」

 

「鏡子さんに代表されるように、加藤の人間が料理を作るとまともな味にならないらしいんだ」

 

「……お皿並べててもらえる?」

 

「まかせておけ」

 

 鴎は少し悩んだ後、俺に皿並べを命じた。

 

 20分後、完成した酢鶏はご飯にも合う、絶品中華だった。思わずご飯のおかわりまでしてしまった。

 

 

 

 

 お昼ご飯を済ませた後、夏海ちゃんの部屋で本の紹介が始まった。

 

「なっちゃん、冒険は好き?」

 

「は、はい?」

 

 鴎がスーツケースを開きながら、夏海ちゃんにそんなことを聞く。夏海ちゃんも虚をつかれていた。

 

「血沸き肉躍る冒険だよ!」

 

「は、はぁ」

 

 戸惑っている夏海ちゃんを気にする様子もなく、鴎はスーツケースから一冊の本を取り出す。

 

「じゃーん! ひげ猫団の冒険!」

 

 鴎がスーツケースから出したのは、赤い表紙の本。タイトルには『ひげ猫団の冒険・一の巻』と書かれていた。

 

「あれ、その本、俺も読んだことあるぞ?」

 

「10年くらい前に発行された本だしね。たぶん、羽依里も読んだことはあると思うよ」

 

 表紙もタイトルも見たことあるし、間違いなく読んでると思う。

 

 内容は忘れたけど、子供向けの児童文学だった気がする。

 

 てっきりダザイとか、ナツメとかのコテコテの文学作品が出てくると思ってたんだけど。

 

「どんな内容なんですか?」

 

「冒険だよ!」

 

 答えになってなかった。

 

「確か、うろ覚えだけど……確か、4つの鍵がついた宝箱があって……その中に」

 

「羽依里! ストップ!」

 

 思わず内容を話しかけたところで、鴎に止められた。

 

「絶対面白いから、読んでみて!」

 

 鴎は目を輝かせながら、夏海ちゃんに本を勧めている。それだけ思い入れの強い本なんだろう。

 

「わ、わかりました。読んでみます」

 

「うんうん、絶対面白いよ!」

 

 その勢いに気圧されるように、夏海ちゃんはその本を受け取る。

 

「二の巻と三の巻もあるから、ぜひ読んで!」

 

 ドサドサと黄色と青色の表紙の本を畳の上に置く。なかなかの厚さだった。

 

「わ……」

 

「えっと……夏海ちゃん、頑張ってね」

 

「は、はい! 頑張ります!」

 

 三冊の本を両手いっぱいに抱えた夏海ちゃんに、励ましの声をかける。

 

 色々あったけど、読書感想文用の本が決まって良かった。鴎に感謝だ。

 

 その後、夏海ちゃんがさっそく本を読み始めたので、俺は鴎を自室に招いて話をしていた。

 

 

「そういえば鴎、ひげ猫団の冒険・二の巻とか出てたんだな」

 

「え、出てるよ?」

 

「全く記憶にないんだよな」

 

 子供の頃だし、二巻目が出た時は俺の中での熱が冷めてしまっていたのかもしれないけど。

 

「ちなみに、二の巻と三の巻ってどんな話?」

 

「それは秘密。教えてあげないよ!」

 

「せめて、あらすじだけでも」

 

「うーん、なっちゃんには秘密だよ?」

 

「わかってる」

 

「二の巻は、絶海の孤島に立つ塔の話。塔の頂上には天空の花園があって、そこには伝説のお宝があるの。罠だらけの塔を、塔の女神や仲間と力を合わせて登るんだよ!」

 

「絶海の孤島に、どこまででも続く罠だらけの塔か。面白そうだな」

 

「三の巻は、海賊船が座礁して辿り着いた王国で、眠り続ける姫君を起こそうと奮闘する姫騎士のお話」

 

「まるで昔の童話みたいだな」

 

 ……あれ? 読んだことないはずなんだけど、どこかで聞いたような。

 

「羽依里?」

 

「あ、いや。なんでもないよ」

 

 子供の頃ならともかく、今となってはありきたりな話だし、どこかで似た内容の映画とか本を見たのかもしれない。

 

「それより、羽依里」

 

「え?」

 

 鴎は俺の部屋の一角に乱雑に置かれている本をじっと見ていた。そういえば、今朝夏海ちゃんと一緒にひと騒動した時に引っ張り出して以来、そのままだった。

 

「羽依里も男の子だし、やっぱりあの本って……その、えっちな本?」

 

 顔赤くしながら言うのやめてほしい。そんなんじゃないから。

 

「いや、しろはがいるからそういうのは持ってきてない」

 

「あ、そなんだ」

 

 すぐに納得してくれたみたいで、そりゃそうだよねー。みたいな感じに、うんうんと頷いていた。彼女の存在って大きい。色々な意味で。

 

 

 

 15時を回った頃、鴎が帰るというので、港まで送っていくことにした。

 

「それじゃ、鴎を送ってくるから」

 

「鴎さん、ありがとうございました!」

 

「感想文、完成したら見せてね!」

 

「はい!」

 

 

 

 加藤家を出た後、いつものように鴎の乗ったスーツケースを押して、港へ向かう。

 

 家から港は近いし、すぐに例のアパートが見えてきた。

 

「ありがとう。ここでいいよ」

 

「ああ、気をつけて帰れよ」

 

「うん。またね、羽依里」

 

 鴎がスーツケースから降りて、その横に立った……その時。

 

「羽依里」

 

 俺たちの背後から、野太い声が聞こえた。この声は間違いなく、しろはのじーさんだった。

 

「む、誰だ」

 

 俺に声をかけると同時に、しろはのじーさんも、鴎の姿に気づいたみたいだ。声に警戒感が混ざる。

 

「ねぇ、このお爺さん、羽依里の知り合い?」

 

 その気配を感じ取ったのか、鴎が小声で聞いてくる。

 

「ああ、しろはのじーさんだよ」

 

「あ、そうなんだ」

 

 俺は慌てて補足しておく。

 

「初めまして、久島鴎です」

 

 鴎が姿勢を正して、しろはのじーさんに挨拶をする。

 

「その格好、旅行者か?」

 

 しろはのじーさんは警戒を解かず、鋭い視線で鴎を見ている。

 

 あ、そういえばこの人、よそ者に厳しかったような。ちょっとまずいかも。

 

「しろしろ……えっと、しろはさんの友達です!」

 

「……友達?」

 

 鴎の言っていることに嘘偽りはないのだけど、その傍らに大きなスーツケース。どうみても旅行者のそれだ。

 

「よく食堂に食べに行かせてもらってます!」

 

「食堂だと?」

 

「はい! よく活け造り定食頼んでます! おいしいので!」

 

「……そうか」

 

 その時、じーさんの警戒感が緩んだ気がした。

 

「しろはの食堂を、これからも贔屓にしてやってくれ」

 

 そう言いながら、手に持っていたビニール袋を鴎に渡した。

 

「羽依里に渡すつもりだったが、お前にやろう」

 

 鴎の隣から袋の中を見てみると、たくさんのイカが入っていた。

 

「おじーさん、ありがとうございます!」

 

「礼ならいい」

 

 しろはのじーさんは満足そうな顔をして、その場から去っていった。

 

 

 

「羽依里、どうしよう、これ」

 

「もらっていいんじゃないか? 獲れたてだし、きっとうまいぞ」

 

「半分、羽依里にもあげるよ!」

 

「え」

 

 あげると言われても、どうやって持って帰ろう。まさか、手に持って帰るわけにもいかないし。

 

「あ、ビニール袋ならあるよ! ちょっとこれ持ってて!」

 

 鴎からイカの入った袋を受け取ると、鴎はスーツケースから新品のビニール袋を取り出す。

 

 本当になんでも入ってるな、あのスーツケース。

 

「しかし、あのじーさんが余所者にイカをあげるなんてな……」

 

「え、そんなに珍しいの?」

 

「うん。珍しい」

 

 確か、俺が初めて会った時とか話も聞いてくれなかった気がするけど。

 

 のみき曰く、最近はしろはのじーさんも丸くなったって言ってたっけ。そういう事だろうか。

 

 俺はイカを別の袋に分けながら、そんな事を思っていた。

 

 

 

 

 そして鴎と別れた後、イカの入った袋を持って一度しろは食堂を訪れていた。

 

「しろはー」

 

「あ、いらっしゃい。今日は随分早いね」

 

「これ、港でしろはのじーさんからもらったんだ」

 

「あ、イカだね」

 

「これ使って、夕飯作ってくれないか?」

 

「まかせて。じゃあ、イカ定食にしておくね」

 

「楽しみにしてるよ、しろはの料理はおいしいから」

 

「……ほ、褒めても何も出ないよ」

 

 すました顔してるけど、少し照れてる。

 

「ところで、夏海ちゃんの本は見つかった?」

 

「ああ、鴎が用意してくれた」

 

「そうなんだ。良かったね」

 

「スーツケースの中から、何冊も本が出てきたんだ」

 

「……すごいね。この前は花火とかも出てきたし、本当に何が入ってるんだろうね」

 

「それを知ろうとしたら、スーツケースのスーちゃんにがぶりとやられるらしい」

 

「え、なにそれ」

 

「恐ろしい怪物じゃないか」

 

「へ、変なこと言わないで」

 

「ごめんごめん」

 

「それじゃ、また夏海ちゃんと一緒に来るよ」

 

「うん、待ってる」

 

 

 

 いったん食堂を後にして、加藤家の方に戻ってくる。

 

「ただいまー」

 

 居間に行くと、鏡子さんがテレビを見ていた。

 

「あ、おかえりなさい」

 

「……」

 

 夏海ちゃんは、そんな鏡子さんから座卓を挟んだ位置に寝っ転がって、鴎の本を読んでいた。

 

「ただいま、夏海ちゃん」

 

「うんー」

 

「……あれ?」

 

 なんだか返事がそっけない。

 

「夏海ちゃん、晩ごはんだけど、もう少ししてから出発しようか」

 

「うんー」

 

 ……これ、ちゃんと伝わったかな。

 

「夏海ちゃん、今日のログボ覚えてる?」

 

「うんー」

 

 これはだめかもしれない。俺の声は全く聞こえていないみたいだ。

 

 目をキラキラさせて、本の世界に没頭してる。

 

「私が話しかけても、ずっとそんな感じなの」

 

「鴎から借りた本、よっぽど気に入ってるんですね」

 

「夏海ちゃん、ああいう本は読んだことないはずだし、きっと読むのが楽しくてしょうがないんじゃないかな」

 

「そうなんですね」

 

 俺も子供の頃は、あんな風に心から本を楽しんでいたっけ。

 

 夏海ちゃんの邪魔しても悪いので、お腹が減る限界まで鏡子さんと一緒にテレビを見ていた。

 

 

 

 

 ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※

 

 

 

 

 その後、頃合いを見て夏海ちゃんに声をかけて、しろは食堂へ向かった。

 

「ポン!」

 

「……あれ、イナリ?」

 

 食堂の入り口には、イナリがいた。

 

「ってことは、蒼が来てるのか」

 

 昨日の今日だし、ちょっと店に入るのもはばかられるな。

 

 下手をしたら昨日の二の舞になりかねない。

 

「しろはさん、こんばんわー」

 

 そんな俺の胸の内を知るはずもなく、夏海ちゃんが元気良く扉を開けていた。

 

 こうなったらその場の流れに身を任せるしかない。

 

「二人とも、いらっしゃい」

 

「夏海ちゃん、こんばんわー」

 

「こんばんわ」

 

「藍さん、蒼さん、こんばんわです!」

 

 俺たちがいつもより遅くなったからか、二人は既に食事をしていた。夏海ちゃんが蒼の隣に座ったので、俺もその隣に座る。

 

「二人が食堂にいるって珍しいな」

 

 俺が知る限り、初めてかもしれない。

 

「今日は蒼ちゃんが料理当番だったんですが、珍しく料理を焦がしてしまって」

 

「え、そうなのか」

 

「料理を焦がしながら、変にニヤニヤしてましたし、きっと昨日のデートを思い出していたんでしょう」

 

 だから藍、しろはの前でその発言はやめてくれ。スゴイ睨まれてる。

 

「あれ? ところで、二人は何を食べてるんだ?」

 

 見るつもりはなかったんだけど、普段見ない器に盛られた料理が気になってしまった。

 

「うなぎのひまつぶし御膳よー」

 

「ひつまぶしな」

 

「こ、細かいことはいいじゃない」

 

「日替わりですか? すごい豪華ですね」

 

「午前中の仕入れの時、港でうなぎをもらったから」

 

 あ、午前中に終わらせなきゃいけなかった用事って、その仕入れだったのか。

 

 それだとしろはの専門分野だし、俺たちがついて行っても荷物運びくらいしかできそうにない。

 

「はい、羽依里たちのイカ定食おまちどうさま」

 

「おお、もうできてたのか」

 

「うん」

 

 まずイカの炊き込みご飯とみそ汁が俺たちの前に置かれ、それに続いてイカの刺身、イカとわかめの酢の物、大根とイカの煮つけが並べられた。見事にイカ尽くしだった。

 

「さすがしろはちゃんは料理上手ですね。真っ黒にしてしまった蒼ちゃんとはえらい違いです」

 

「だから、今日はたまたまだってば!」

 

 だから藍、こっそりと話題を戻そうとしないでくれ。

 

「それじゃ、夏海ちゃん、食べようか」

 

「はい! いただきまーす」

 

 なかなかのボリュームだ。夏海ちゃんと一緒に手を合わせてから、食べ始める。

 

「ところで、なんでイカ尽くしなんですか?」

 

「そういえば、夏海ちゃんはこのイカをもらった経緯を話してなかったっけ。食べながら話すよ」

 

 

 

 

 その後、イカの刺身や煮つけに舌鼓を打ちながら、夏海ちゃんに港での話をした。 

 

「料理の時もそうでしたけど、鴎さんのスーツケースには、どれだけのものが入ってるんでしょうね」

 

「駄菓子屋で買った三角形の秘密も、結構な数入ってるはずよ。どういう構造になってるのかしら」

 

「夜にスーツケースに乗って空を飛ぶ鴎さんを見たという噂もあります」

 

 しろはのじーさんより、話題はもっぱら鴎のスーツケースについてだったけど。

 

 

 

 

 食事を終えた後、空門姉妹と一緒に食堂を出る。

 

「しろは、ごちそうさま」

 

「美味しかったですー」

 

「相変わらず美味しかったわよー」

 

「はい、ごちそうさまでした」

 

 口々にしろはにお礼を言って、それから帰路に着く。

 

 店の外でイナリも合流し、三人と一匹で他愛のない話をしながら一本道を歩き、住宅地に来たところで別れる。

 

「それじゃ二人とも、またねー」

 

「夏海ちゃん、おやすみなさい」

 

「はい、おやすみなさいです!」

 

「ポンポーン!」

 

「あ、そうだ。イナリさん!」

 

「ポン?」

 

「実は、お願いがあるんです……明日ですね……」

 

「ポンポーン!」

 

 その別れ際、夏海ちゃんがイナリに駆け寄って、なにやら耳打ちしていた。一体なんだろう?

 

「夏海ちゃん、イナリと一体何の話をしていたの?」

 

「えへへ、秘密です!」

 

 ……結局、教えてもらえなかった。

 

 

 

 加藤家に帰宅した後、夏海ちゃんはお風呂の時間以外ずっと本を読んでいた。

 

 よほど鴎から借りた本が面白いんだろう。

 

 俺も夏海ちゃんが読み終わったら、久しぶりに読んでみようかな。

 

 

 

 

 

第十六話・完




第十六話・あとがき


おはこんばんちわ。トミー@サマポケです。

今回は夏海ちゃんの読書感想文がメインと思わせつつ、実は鴎がメインの話でした。

今回書いた港の本屋さんですが、本編ではうみちゃんが羽依里君から漫画を借りようとするくだりでちらっと出てきます。詳細には書かれていませんでしたので、ここぞとばかりにネタを放り込ませていただきました。やりすぎた感もあります。

そして鴎からひげ猫団の冒険を借りるまでの流れは既定路線ですよね。きっと夏海ちゃんもドハマりしているでしょう。

その夏海ちゃんも最近は変わったチャーハンばかり作ってるような気もします。牛乳チャーハン…?

それにしても、朝起きて目の前に紬(ネコ)と静久(ウシ)がいたら、ここは天国かと思っちゃいそうですよね。


■今回の紛れ込みネタ

・乳製のヒゲ
AIRネタです。アニメでは特典映像か何かでちょっとだけありましたね。本編でやってほしかったです。乳製の髭なんだ。

・開口一番『げ』
Rewriteネタです。ちはやが会長に会った時に思わず口走ったんですよね。確か。

・魔法の第三惑精クリーミィ☆かがりん
有名な公式ネタですね。誰かコミカライズしてくださいw

・港の本屋の本まとめ
調子に乗ってやりすぎたので、簡単にまとめます。

『花菱デパート今昔』……planetarianより。ゆめみがいるデパートです。

『ヘタレでもわかる相対性理論』……CLANNADより。ことみが書いたんですかね? 某ヘタレでも理解できるとあれば、すごいことですよね。

『フィロイドの全て』……Harmoniaより。一番わかりにくいかもしれません。

『お菓子まっくす』……リトバスより、小毬が書いたんでしょうか? きっと幸せスパイラル理論全開のお菓子が目白押しなんでしょうね。

『大山サクセスストーリー』……Angel Beats!ネタです。前日譚とか見ると、大山も結構格好いいんですけどね。

『マーテル教団の闇』……Rewriteより。イノウェイなら書いてそうですね。オカルト好きな羽依里君も興味津々です。

『おおきなおでんだね』……kanonより。真琴を背負って帰った時の名雪の台詞です。

『資料室のおまじない辞典』……CLANNADより。前回もやった有紀寧のおまじないネタを引っ張りました。

『美しきシャーロット彗星の世界』……Charlotteより。写真集とかあったら是非見てみたいですけど。

『翼人伝』……AIRより。裏葉が残した本がこんなタイトルだったような……?


以上になります。今回はめちゃくちゃ多かったですね。いくつお気づきになられたでしょうか。感想など頂けましたら、泣いて喜びます。
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