Summer Pockets #2   作:トミー@サマポケ

17 / 51
第十七話 8月10日

 

 

 

 ……朝。

 

「ポーン!」

 

 今日も夏海ちゃんの声で起こされる。

 

「おはよう夏海ちゃん、一晩で随分と青くなっちゃって」

 

「ポポポーン!」

 

「あれ、イナリ?」

 

 寝ぼけ眼で枕もとを見ると、イナリがいた。

 

「ポーン!」

 

 おはよう、とばかりに大きな声で鳴いている。何度見直しても夏海ちゃんじゃない。イナリだった。

 

「……もしかして、起こしに来てくれたのか?」

 

「ポポーーン!」

 

 そういえば夏海ちゃんが昨日、食堂からの帰りにイナリに何か頼んでいたけど。

 

「いつもと違う、刺激的な朝を迎えたい、とは言ったけど……」

 

 まさか今朝はイナリに頼むなんて。

 

 廊下へ続くふすまを見ると、イナリが通れるくらい開けられていた。きっと夏海ちゃんが開けたんだろう。

 

「えーっと、ありがとうな、イナリ」

 

「ポン!」

 

 布団の上に起きあがって、とりあえず起こしに来てくれたイナリにお礼を言う。

 

「今度、お礼に油揚げを用意するから」

 

「ポーン!」

 

 俺は眠たい目をこすりながら起き上がり、布団をたたむ。

 

 着替えを済ませた後に壁の時計を見ると、いつも起きる時間を少し過ぎていた。

 

「あれ、そういえば肝心の夏海ちゃんはどうしたんだろう」

 

 昨日は紬たちと一緒に起こしに来てくれてたんだけど……今日はこの時間になっても姿を見せない。

 

 これは、もしかして。

 

「イナリ、ちょっと一緒に来てくれないか?」

 

「ポン?」

 

 俺はイナリを連れて、隣の夏海ちゃんの部屋の前にやってくる。

 

「夏海ちゃーん」

 

 一応、ふすま越しに声をかけるけど、例によって返事はない。これはあれかな。昨日の夜遅くまで鴎の本を読んでいて、寝坊したパターンだろうか。

 

「イナリ、ちょっと夏海ちゃんを起こしてきてくれない?」

 

「ポン?」

 

「……お礼の油揚げ、倍にするからさ」

 

「ポーン!」

 

 了解ー、と言った感じで尻尾を振る。

 

「それじゃ、頼んだぞ」

 

 俺は夏海ちゃんの部屋のふすまを少しだけ開ける。イナリはその隙間から、するりと部屋の中に入っていった。

 

 夏海ちゃんにも、いつもと違う刺激的な朝を迎えてもらおう。

 

「ポーン!」

 

「うーん……ポテトぉ、あと五分……」

 

「ポン? ポンポーン!」

 

 夏海ちゃんも寝ぼけてるんだろうか。頑張れイナリ。

 

「ポーン! ポーン!」

 

 ぼすっぼすっ、っと布団の上でイナリが飛び跳ねる音が聞こえる。なかなか起きないので、多少強引な手段に出たようだ。

 

「ポーン! ポン! ポ……キュウ」

 

 その時、むぎゅっと音がして、静かになってしまった。

 

 あれ? どうしたんだろう。

 

 これは、状況を確認しないと。

 

「夏海ちゃんごめん、お邪魔します」

 

 一応断りを入れてから、部屋に入ってみると、夏海ちゃんの枕元には鴎の本が置かれていた。やっぱり本を読んで夜更かしをしてしまったみたいだ。

 

「ポ、ポ……ン……」

 

 そして布団が跳ねのけられていて、イナリはその下敷きになってしまっていた。

 

「イナリ、今助けるぞ」

 

 俺は布団の隙間から、イナリを引っ張り出してやる。

 

「思わぬ反撃を食らったわけだな。大丈夫か?」

 

「ポン……ポンポン!」

 

 イナリが起き上がって、気合いを入れている。どうやらリベンジに燃えているようだ。

 

「おお、もう一度挑戦してくれるのか?」

 

「ポン!」

 

 イナリは意を決したように動き出し、夏海ちゃんの顔の上に乗って、丸くなる。

 

 あれって、完全に鼻と口をふさいでるような。

 

「……!? ~~~~!?」

 

 しばらくすると、夏海ちゃんが呻きながら手足をバタつかせはじめた。めちゃくちゃ苦しそうだ。

 

「ポーン!」

 

「……ぷはっ!」

 

 夏海ちゃんが大きく跳ねるようにして上半身を起こした。直後、肩で息をしていた。

 

 顔に乗ってたイナリは夏海ちゃんが起き上がった拍子に、その膝の上に着地する。

 

「えっと、夏海ちゃん、おはよう」

 

「おはようございます……」

 

 目が泳いでるし、凄い汗だ。

 

「なんでしょう、大きなにくまんに押しつぶされる夢を見てました」

 

「それはきっとイナリの呪いだね」

 

「え、なんですかそれ」

 

「秘密」

 

「ポン! ポーン!」

 

「あ、イナリさん、おはようございます」

 

 ようやく膝の上のイナリに気づいたみたいで、挨拶をしていた。

 

「夏海ちゃん、毎度のことだけど、そろそろ準備しないとラジオ体操に遅れるよ?」

 

「あ、そうでした!」

 

 夏海ちゃんが布団をたたみ始めたので、俺とイナリは廊下で待っておくことにした。

 

 

 

 

 ふすまを閉めた後、目の前のガラス戸が目に入る。少しだけ開いていた。

 

「あれ、どうしてここだけ開いてるんだろう?」

 

 閉めようとガラス戸に近づくと、足の裏に違和感があった。

 

「なんだこれ」

 

 見ると、廊下にタオルが一枚敷かれていた。いつもはこんなの置いてないはずだけど。

 

「もしかして、夏海ちゃんはここからお前を招き入れたのか?」

 

「ポン!」

 

 タオルを拾い上げてみると、無数の足跡がついていた。どう見ても、イナリの足跡だった。

 

「このタオルでしっかりと足を拭いて上がってきたのか。お前、頭良すぎな……」

 

「ポンー」

 

 それほどでもー、と言っている気がした。

 

「俺もちょっと顔を洗ってくるから、イナリも玄関で待っていてくれ」

 

「ポン!」

 

 イナリを廊下に残し、俺も身支度を整えることにした。

 

 

 

 

「おまたせしましたー」

 

 準備を終えてイナリと一緒に玄関先で待っていると、夏海ちゃんが出てきた。

 

「それじゃ、行こうか」

 

「はい!」

 

「ポンポンー!」

 

 今日も段々と強くなる日差しの中、俺たちは神社へと向かう。

 

「そういえば、ガラス戸を開けたりタオルを準備したのは、やっぱり夏海ちゃん?」

 

「はい! 今日はイナリさんに鷹原さんを起こしてもらおうと思っていましたので、夜のうちに鏡子さんに許可をもらって、準備しておきました!」

 

 鏡子さんに許可までもらってたのか。めちゃくちゃ用意周到だった。

 

「えへへ、驚きましたか?」

 

「うん、驚いたよ」

 

 まさか俺も、目が覚めると目の前にキツネがいるとは思わなかったし。

 

 俺は足元を走るイナリを見やる。きちんと足を拭いて家に上がる知能の高さから見て、こいつは本当に野生動物なんだろうか。宇宙生物だったり、どこかの組織が作った魔物だったりするんじゃないだろうか。

 

「ポン?」

 

 まさか、そんなわけないよな……。

 

 

 

 

 ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※

 

 

 

 

 神社の境内に到着すると、いつものメンバーが居た。

 

「え、イナリ?」

 

「ポン!」

 

 イナリは蒼の姿を見つけると、その足元へと駆け寄っていった。

 

「時間ギリギリだな。もうすぐラジオ体操大好きさんが来るぞ」

 

 良一や天善にあいさつをしにいくと、そう言われた。

 

「このラジオ体操、もし遅刻したらどうなるんだ? すごく怒られるのか?」

 

「いや、一日ラジオ体操大好きさんの役が回ってくる」

 

「え、なにそれ」

 

「ラジオ体操大好きさんの代わりに、一日ラジオ体操大好きさんをやるんだ。なかなかにきついんだぞ」

 

 なんだかわけがわからないけど、色々と大変そうだ。できればやりたくない。

 

「今年はまだ誰もやってないが、去年は一度蒼がやったよな」

 

「やめて、思い出させないで」

 

 だいぶ気温も上がってきているというのに、蒼は肩を抱いて震えている。それほど嫌な記憶なんだろう。

 

「そうだ蒼、後でイナリに油揚げをやってくれないか?」

 

「え、なんで?」

 

「色々あってさ。お礼をしたいんだ」

 

「よくわかんないけど、あげとくわね」

 

「4枚な。代金はあとで払うから」

 

「りょーかい」

 

 

「お前ら―! 準備は良いかー? 今日もラジオ体操を始めるぞー!」

 

 そんな話をしていると、ラジオ体操大好きさんがやってきた。今日もラジオ体操が始まる。

 

 

「第一の体操! 耳介筋の鍛錬!」

 

「ピクピク、ピクピク」

 

 俺や夏海ちゃんもだいぶ動かせるようになってきた。喜んでいいのかわからないけど。

 

「ポン! ポン!」

 

 一方で、イナリの耳はめちゃくちゃ動いていた。当然と言えば当然だけど。

 

「第二の体操! 横隔膜の振動だ! うるああああぁぁぁー!」

 

「「うるああああぁぁぁーーーー!」」

 

「ポポポーーーーーン!」

 

 イナリも頑張って発声していた。キツネに横隔膜の鍛錬が必要なのか疑問だけど。

 

 

「さあ、スタンプはこっちだぞー」

 

 ラジオ体操の後は、いつものようにスタンプとログボを受け取る。

 

 今日のログボは冷凍肉だった。

 

「なんだこれ。牛肉?」

 

「これは猪肉だな」

 

 同じように袋に入った肉塊を受け取った良一から、そう教えてもらう。

 

「イノシシですか?」

 

「沢田さんの獲った猪なのよ。おいしーんだから」

 

「沢田さんって?」

 

「通称イノキングと呼ばれている、凄腕の猟師だ。沢田さんは昔、岡山で行われた猪の品評会で金賞を獲ったこともあるらしいぞ」

 

「へぇ、そうなのか」

 

 蒼や天善も皆詳しい。島では有名な人みたいだ。

 

「しかし、猪肉というのは少し独特の臭みがあるからな。それさえなんとかできれば、美味しく食べられるんだが」

 

 そう付け足してくれるのはのみき。言い方からして、ちょっと猪肉が苦手なんだろうか。

 

「蒼ちゃん、今日は少し早く帰りますよ」

 

 皆とイノシシ談義をしていると、藍がそう告げに来た。

 

「羽依里さん、例の件ですが、8時くらいになったら来てください」

 

 例の件というのは、昨日言っていた朝食のことだろう。

 

「なあ藍、本当にパンを食べさせてくれるのか?」

 

「言い出しっぺは私ですから。ちゃんと用意していますよ」

 

 他の皆に聞かれたくないのか、少し小さな声でそう言う。

 

「そうです。夏海ちゃんも一緒に来てくださいね」

 

「はい、後でお邪魔します」

 

「それじゃ、待ってるわよー」

 

 二人は手を振りながら去っていった。

 

「おい羽依里、デートの次は何やるんだ?」

 

「秘密だ」

 

 俺は黙秘権を行使し、良一の非難を受けながら神社を後にする。

 

 そのままの足で一度帰宅し、ログボの猪肉を冷凍庫へしまう。さすがに持っていけないし。

 

 その後時間を見て、空門家へ向かった。

 

 

 

「そういえば夏海ちゃん、ひげ猫団の冒険はどこまで読んだの?」

 

 その道すがら、ちょっと気になったので夏海ちゃんに聞いてみる。

 

「一巻はもう読み終わっちゃいました」

 

「え、もう?」

 

「はい。その、面白くて」

 

「それだけ早く読み終えたんなら、鴎もきっと喜ぶよ」

 

「早く二の巻を読みたいんですけど、もったいない気がして」

 

「ああ、その気持ちわかるよ」

 

「今度は夜だけ読むようにします」

 

「それが良いよ。でも、今日みたいに寝坊しないようにね」

 

「わ、わかってます!」

 

 頬を膨らませてそっぽを向いてしまった。微笑ましい。

 

「と、ところで鷹原さんは蒼さん達の家に行ったことあるんですか?」

 

「何回か家まで送ったことはあるから場所は知ってるけど、上がらせてもらったことはないかな」

 

「そうなんですね」

 

「結構大きな家だから、きっと驚くよ」

 

 

 

 

 ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※

 

 

 

 

「……お待ちしていました。どうぞ」

 

 玄関先に備え付けられたインターホンを押すと、エプロンをつけた藍が出迎えてくれた。

 

「お邪魔します」

 

「お邪魔しまーす」

 

 その藍に案内されて、夏海ちゃんと一緒に家の中に入る。

 

「そういえば藍、今日は家の人は?」

 

 こんな朝早くからお邪魔するのも、悪い気がする。

 

「おとーさんは元々日本に居ません。おかーさんは朝一の連絡船で、本土にパートに行っています。心配はいりませんよ」

 

「そ、そうなんだ。それなら安心だね……」

 

 言った俺自身、何が安心なのかわからないけど。

 

 そのまま廊下を抜けて、空門家のリビングに通される。

 

 加藤家と違って床は全面フローリング。思いっきり洋風の作りだった。部屋の中央にはテーブルが置かれ、四つの椅子が備え付けられている。また、壁際には重厚そうな金庫や戸棚が並び、大量の書類が詰まっているのが見える。

 

 何より目を引いたのは、壁一面に飾られた蝶の標本だった。物凄い数だ。

 

「すごいな」

 

「壁の標本ですか? おとーさんが昆虫学者ですから。これでも一部みたいですよ」

 

 夏海ちゃんも蝶の標本が入ったケースを物珍しそうに覗き込んでいる。

 

「今から用意しますので、向こうのソファーにでも座っていてください」

 

 藍が示す先、入口から見て右手の壁沿いに大きなソファーが置いてあった。

 

 促されるがまま、夏海ちゃんと一緒にそのソファーに座って待つ。

 

 すごいふかふかで座り心地の良いソファーだった。ここに座りながら温かい飲み物とか飲んだら、すごいリラックスできそうだ。

 

「見てください鷹原さん、変わった置物がありますよ」

 

 ソファーの横には小さな台が置いてあって、その上に明らかに日本のものじゃない置物が鎮座していた。

 

「それですか? おとーさんが買ってきた、パプアニューギニアのお土産です」

 

 藍が深めの皿に盛られたオレンジを持ってリビングに戻ってきた。程よく皮が剥かれている。

 

「あれ、それって」

 

「はい。フレッシュなオレンジですよ」

 

 テーブルの真ん中にオレンジが置かれ、それぞれの席の前にカラフルなランチョンマットが敷かれた。

 

「もしかしてそのランチョンマットも?」

 

「はい。確か東南アジアのお土産だったと思います」

 

 藍はそう言いながら一度キッチンへ向かい、すぐに四つのマグカップを持って戻ってきた。

 

「あれ、そういえば蒼は?」

 

 家にお邪魔してから、一度も蒼の姿を見ていない気がする。

 

「蒼ちゃんはまだ寝ています」

 

「え、寝てるんですか?」

 

「羽依里さん、起こしてきてもらえます?」

 

「え、俺?」

 

 さ、さすがにそれは……なんだかんだで男だし。

 

「でも蒼さんって、ラジオ体操来てませんでしたっけ」

 

 夏海ちゃんが当然の疑問を投げかける。

 

「蒼ちゃんはラジオ体操から帰ったら、必ず二度寝するんです。ゆする程度じゃ置きないので、毎日朝ごはんの前は苦労するんです」

 

「それでも、俺が起こしに行くのは良くないと思うんだけど」

 

 それ以前に、俺は蒼の部屋を知らなかったりする。

 

「蒼ちゃんにも、いつもと違う刺激的な朝を味わって欲しかったんですけど」

 

 何それ。最近この島じゃ、その手の起こし方がブームなの? 加藤家だけと思ってたけど。

 

「それじゃ、私が行きます!」

 

 夏海ちゃんが挙手した。やる気満々みたいだ。

 

「寝起きの蒼ちゃんは手強いですよ。頑張ってください」

 

「はい! 頑張ります!」

 

 藍に部屋の場所を教えてもらい、夏海ちゃんが蒼を起こしに向かった。

 

 その夏海ちゃんを見送った後、藍も早足でキッチンへ戻っていった。すごく忙しそうだけど、さすがに俺が手伝うわけにもいかなかった。

 

 

 

 

「おはよー……」

 

 ……10分後、夏海ちゃんに連れられて、凄く眠たそうな蒼がリビングに出てきた。長い髪もあっちこっち跳ねてるし、本当に寝起きみたいだ。

 

「大丈夫か? だいぶ眠そうだな……」

 

「だいじょぅぶ……」

 

 左右に揺れてる。これは駄目そうだ。

 

「藍さん、洗面所ってどっちですか?」

 

「廊下に出て右ですよ」

 

 キッチンの藍からそう声が返ってきた。

 

「蒼さん、顔洗いに行きましょう! 後、髪も整えないと!」

 

「ふぁ~い~……」

 

 夏海ちゃんに引っ張られて洗面所の方へ向かう蒼。どっちが年上かわからないんだけど。

 

 

 

 

 蒼が身支度を整えてリビングにやってくる頃、キッチンからクロワッサンの焼ける良い匂いが漂ってきた。

 

「蒼ちゃん、コーヒー入れてもらえますか?」

 

 藍がキッチンから何やら見慣れない道具を持ってきた。

 

「りょーかい」

 

 蒼がその道具を受け取って、それぞれのマグカップにコーヒーを注いでいく。あれってコーヒーポットだったのか。

 

「蒼、うまいもんだな」

 

「おとーさんがコーヒー好きでね。この道具も、イタリアで買ってきた本格的なやつなんだって」

 

 そのコーヒーに泡立てたクリームを入れて、あっという間に四人分のカプチーノが完成した。

 

「さすがにシナモンパウダーは手に入らなかったけど、勘弁してね」

 

「いや、十分だよ」

 

「カプチーノには砂糖が入ってないから、夏海ちゃんの分には砂糖入れておくわね?」

 

「はい、ありがとうございます!」

 

「クロワッサンも焼きあがりましたよ」

 

 直後、藍が焼きたてのクロワッサンが盛られたバスケットを持ってやってきた。

 

「クロワッサンは二種類焼きました。一つはクルミ入り、もう一つはサツマイモ入りです」

 

「おお、すごいな」

 

「後、ポタージュですけど」

 

 そうだ、調子に乗ってスープまで頼んでたんだっけ。

 

「さすがに本物は用意できなかったので、ポタージュはインスタントで勘弁してください」

 

 最後の仕上げにと、粉末が入ったスープカップにお湯が注がれ、ポタージュも完成した。

 

 昨日、俺が勢いで提案したメニューは全部そろってしまった。

 

 すごい光景だ。まるで鳥白島じゃないみたいだった。

 

 

「それでは、いただきましょう」

 

 エプロンを外した藍に続いて、俺たちも席に着く。

 

「ありがとう、本当にここまでの品を用意してくれるなんて」

 

「だって、食べたかったんでしょう?」

 

「そ、それはそうだけどさ」

 

「なら、お礼は言いっこなしです。私達も食べたかったですし」

 

「そうよー。冷めないうちに食べましょ。藍のパンはおいしーんだから」

 

「それじゃ、遠慮なく」

 

「いただきまーす」

 

 四人で手を合わせた後、食べ始める。

 

 まず、カプチーノを一口飲む。コーヒーの苦みの中に、ミルクのコクが合わさって美味しい。コーヒーも豆から抽出しているみたいで、スタパ顔負けだった。

 

 次に焼きたてのクロワッサン。クルミ入りの方は香ばしく、サクサクもっちりとしていて美味しかった。

 

「うん。美味しい」

 

「でしょー」

 

 クロワッサンを作った藍より、蒼の方が嬉しそうだった。

 

 まさか、この島で焼きたてのクロワッサンを食べられるなんて思わなかった。

 

 その後、ポタージュやオレンジも堪能した。

 

「美味しいです!」

 

 夏海ちゃんもクロワッサンを満喫しているみたいだ。俺も今度はサツマイモ入りの方を食べてみる。

 

 こっちはほんのりと甘い。優しい味だった。

 

「サツマイモ入りも美味しいな」

 

「いくら誉めても、これ以上は何も出ませんよ」

 

「藍も昨日のうちから、一生懸命準備してたもんねー」

 

「……さて、何のことでしょう」

 

 そういえばパンって、生地を発酵させたり冷蔵庫で休ませたりと、すごい手間がかかるんじゃなかったっけ。

 

「藍、クロワッサンもう一つもらっていい?」

 

「どうぞ。沢山ありますから、好きなだけ食べてください」

 

 藍の苦労が少しでも報われるように、クロワッサンをできるだけ頑張って食べた。

 

 皆と一緒に食べたってこともあるけど、普段と違う朝食はやっぱり美味しかった。

 

 

 

 

「ありがとう、美味しかった」

 

「藍さん、蒼さん、ごちそうさまでした!」

 

「お粗末さまでした」

 

「二人とも、またねー」

 

 俺たちは二人にお礼を言って、空門家を後にした。

 

 

 

「美味しかったですねー」

 

「皆と一緒に食べるご飯って、おいしいよね」

 

「はい!」

 

「今度、こっちもお返しをしたいところだけど……」

 

「……あのクロワッサンを食べた後だと、気が引けてしまいます」

 

「そうだね」

 

 俺と夏海ちゃんが作れるものと言えば、チャーハンくらいだし。

 

「……今度、しろはにでも相談してみるよ」

 

「はい。よろしくお願いします!」

 

 

 

 

 ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※

 

 

 

 

 帰宅後、いつものように夏海ちゃんと二人で宿題をする。

 

「あ、そういえば鷹原さん!」

 

「え、何?」

 

「お昼はあの猪肉を使って、チャーハン作っていいですよね?」

 

「うん、お願いするよ」

 

「はい! 頑張ります!」

 

 夏海ちゃんは握りこぶしを作って、気合いを入れていた。これはお昼も楽しみだ。

 

 

「それじゃ、頑張ってきます」

 

 宿題を済ませた後、夏海ちゃんはすぐに台所へ向かい、猪肉の下処理を始めた。

 

 さすがに早すぎるんじゃないかとも思ったけど、下処理は早めに終わらせておきたいらしい。

 

 俺はというと、特に手伝えるようなこともなかったので、居間でテレビを見ていた。

 

 

『ホモ・サピエンスの一個性風情が、自然現象に倫理を問うな』

 

 地方の放送でよくある、昔の人気ドラマの再放送みたいだった。

 

 途中の話を全く見てないので話の内容はさっぱりだったけど、バトル物のようだった。

 

 真っ黒い衣装を着た、やけに無口な女の子が、沢山の狼を召喚していた。

 

 その女の子と対峙しているのも、周りに赤いリボンみたいなのを纏った、これまた女の子だった。

 

『……いけ』

 

 無口の女の子にけしかけられた無数の狼がリボンの女の子に飛びかかっていく。リボンの子は事も無げに、その狼達を処理していく。

 

 続いて、無口の子がでっかい恐竜を召喚して立ち向かわせていると、リボンの子の背後にどこかで見た別の少女の姿があった。

 

『私は魔物を討つ者だから』

 

 かなり前のテレビドラマで見た、女剣士だった。まさか、あのドラマと繋がっていたのかな?

 

 

「うーん、うーん、むぎぎぎぎーー」

 

 その時、台所から夏海ちゃんのうめき声が聞こえてきた。

 

 俺は反射的にテレビを消して、台所へ向かった。確か猪肉の下処理をするって、張り切っていたはずだけど。

 

「夏海ちゃん、どうしたの?」

 

「あ、鷹原さん」

 

 台所では、一度冷凍庫に入れられていた猪肉が解凍され、ボウルに入れられていた。夏海ちゃんはその前で、悩んでいるようだった。

 

「この独特の匂いが、どうしても消せないんですよ」

 

「え、どんな匂い?」

 

 俺もちょっと鼻を近づけて、匂いをかがせてもらう。何とも言えない、癖のある匂いがした。

 

「色々試しては見たんですが」

 

 肉の入ったボウルの周囲には、塩コショウからみりんまで、加藤家にあるあらゆる調味料が並べられていた。

 

「この辺の調味料じゃ、消えないの?」

 

 コショウとか、効果ありそうなもんだけど。

 

「はい。どうしても残ってしまうんです。これだと、とてもじゃないですがチャーハンにできません」

 

 夏海ちゃんは頭を抱えてしまった。ログボで毎日チャーハンを目指す夏海ちゃんにとっては死活問題だ。

 

「そうだ、しろはなら良いやり方を知ってるかもしれないよ?」

 

「本当ですね。しろはさんなら、きっと良い方法を知ってるはずです! 探しに行きましょう!」

 

 猪肉をいったん冷蔵庫に戻して、俺と夏海ちゃんは歩いてしろはの家に向かった。

 

 

 

 

 ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※

 

 

 

 

「しろはー」

 

 二人でしろはの家を訪れ、玄関から声をかけてみる。

 

「……居ないみたいですね」

 

「……あれ、この流れはもしかして」

 

「どうしたんですか?」

 

「いや、前も同じような流れから、しろはを島中探し回ったような……へじゃぷかな」

 

「へじゃぷですか?」

 

「そう、へじゃぷ」

 

「それって、デジャヴじゃないんですか?」

 

「なんだったけ、この島の方言か何かだったかな」

 

 よくわからないけど、そう口走ってしまった。

 

「とりあえず、別の場所を探してみようか」

 

「あ、その前に一ついいですか」

 

「どうしたの?」

 

「ちょっと気になることがありまして」

 

 夏海ちゃんはそう言うと、鶏小屋の方へ駆けていってしまった。なんだろう。

 

「鷹原さん、見てください。ハチの巣がなくなってますよ」

 

 夏海ちゃんに言われて、俺もハチの巣のあった場所を見てみると、ハチの巣は跡形もなくなっていた。

 

「本当だ。きっと業者が来て駆除してくれたんだね」

 

「これで、しろはさんもこばとさんも安心ですね」

 

 しろははともかく、あのじーさんを心配する必要はないと思うけど。

 

 大方、業者じゃなくて、しろはのじーさんが素手でハチの巣を叩き破壊した可能性も捨てきれない。

 

「心配事が一つ減りましたし、しろはさんを探しに行きましょう!」

 

「うん、そうしようか」

 

 一度加藤家へ戻り、バイクに乗り換える。

 

 前回の出来事を教訓に、一番にしろは食堂へ行ってみたけど『準備中』の札がかかったまま、無人だった。

 

「しろはさん、ここにもいませんね」

 

「そうだ、漁港ならどうだろう」

 

 俺は先日のしろはの話を思い出し、もしかして漁港に食材の仕入れに行っているのではと考えて、バイクを走らせた。

 

 

 

 

「おお、いた」

 

 漁港に行くと、ようやくしろはの姿を見つけた。

 

 ちょうど漁師さんと話していたので、少し離れたところにバイクを止める。

 

 漁師さんとの話が終わるのを待ってから、しろはに話しかける。

 

「よう、しろは」

 

「あ、羽依里に夏海ちゃん」

 

「仕入れに来てたのか?」

 

 手に何も持っていないけど、打ち合わせ程度だったんだろうか。

 

「旬の食材の話をしてただけ。日替わりメニューの関係もあるし」

 

「そうなんだ」

 

「あの、しろはさんに聞きたいことがあるんですけど」

 

「え、何?」

 

 夏海ちゃんが早速本題を切り出していた。

 

「しろはさんに、猪肉の匂いの取り方を聞きたいんです」

 

「猪肉? 急にどうしたの?」

 

「実はですね……」

 

 夏海ちゃんが、これまでのいきさつをしろはに話す。

 

「そうなんだ、猪肉をチャーハンに……」

 

「はい。それで匂いを消そうと試行錯誤してるんですけど、どうしても消せなくて」

 

「イノキングの沢田さんのことだし、絞めた後の処理は完璧にしてくれてるはずだけど」

 

 それでも、匂いを完全には取り除けないんだろう。

 

「コショウとかいろいろ試してみたんですが、ダメなんです。しろはさん、何か良い方法を知りませんか?」

 

「うーん、そうだね……」

 

 しろはも腕組みをして、その場で考え始める。

 

「私が匂いがきつい食材を調理するときは、香味野菜で匂いを消してるけど」

 

「香味野菜?」

 

「生姜やニンニク、ネギとか」

 

「ニンニクやショウガは試してみました。チャーハンですから、ネギも使ってます」

 

「駄目だった?」

 

「はい……」

 

「そう……」

 

 二人して考え込んでしまっている。料理の話だし、俺が口を挟む余地はなさそうだ。

 

「他の料理なら、強めの味付けで誤魔化せるけど。赤味噌や醤油、カレーとかね」

 

「カレーですか……いのカレーチャーハンはどうでしょうか?」

 

「良いと思うけど、チャーハンじゃ使うカレー粉の量が少ないし、猪肉の匂いを完全に消すことはできないかも」

 

 チャーハンを前提にした場合、もっと抜本的に、猪肉そのものから匂いを取らないといけないらしい。

 

「チャーハンが良いんです。チャーハンにしたいんです」

 

 夏海ちゃんの意志は固いようだ。それこそ猪肉のように。

 

 その後も二人の話し合いは続いたけど、結果は芳しくなく、揃って頭を抱えてしまっていた。

 

「そうだ、その猪を獲った猟師さん……沢田さんなら、別の方法を知ってそうじゃないか?」

 

 俺はふと、そんなことを思いついたので、二人に提案してみる。

 

「おじーちゃんが言ってたけど、今日は沢田さん、猪の品評会で本土の方に行ってるらしいよ。夕方にならないと戻ってこないって」

 

「え、そうなのか」

 

 ……こういう時に限って。

 

「名誉会長だから、参加しないといけないんだって」

 

「名誉会長なら、仕方ないですね……」

 

 一瞬見えた希望が潰え、夏海ちゃんががっくりと肩を落とす。

 

 

「……む? こんな所で突っ立って、何の話をしているんだ?」

 

 その時、俺たちの背後からのみきが声をかけてきた。頭の麦わら帽子が、ものすごく似合っていた。

 

「ああ、のみき……」

 

「ど、どうした。三人が三人とも元気が無いように見えるが」

 

「実はですね……」

 

 夏海ちゃんがさっきと同じように、のみきにこれまでの経緯を話して聞かせる。

 

「そうか、猪肉の臭みの消し方か」

 

「はい……」

 

 とりあえず話をしては見たものの、のみきが料理をするという話は聞いたことがない。

 

「それなら、天善に聞いてみたらどうだ?」

 

「え、天善さんですか?」

 

「ああ。天善の家は沢田さんの家と昔から付き合いがあるらしくてな。よく一緒に猟について行っていたらしいぞ。下処理のやり方も、教わっていたはずだ」

 

「ありがとうございます。のみきさん!」

 

 夏海ちゃんがのみきの手を取って、ぶんぶんと上下に激しく振っていた。よほど嬉しかったんだろう。

 

「それじゃあ、次は天善を探さないとね」

 

「はい!」

 

 天善が居るとしたらどこだろう。やっぱり秘密基地だろうか。

 

「天善君なら、今日は島の反対の港で、出店をやってるんじゃないかな」

 

「え、そうなのか?」

 

「うん。商店のおばーさんが、そう言ってたよ。色々なお肉を仕入れていたって」

 

「わかった。ちょっと行ってみるよ」

 

 しろはとのみきから有力情報を得る事ができたし、天善は港で間違いないだろう。

 

 俺は夏海ちゃんを促して、バイクにまたがる。

 

「二人とも、ありがとうな」

 

「気にするな。力になれたなら、なによりだ」

 

「うん。夏海ちゃん、いい結果になることを祈ってるから」

 

「はい! ありがとうございました!」

 

 二人にお礼を言った後、キックスイッチでエンジンを始動させて、一路島の反対側の港を目指した。

 

 

 

 

 ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※

 

 

 

 

 港に到着し、適当な所にバイクを止める。同時に、どこからか食欲をそそる匂いが漂ってきた。

 

 匂いの元を探すと、いつもの場所に鉄板焼きの出店が出ていた。見ると、中で天善が肉を焼いている。しろはの情報は間違っていなかったみたいだ。

 

「よう、天善」

 

「天善さん、こんにちわです!」

 

「む、鷹原と夏海か。まあ見ていってくれ」

 

「鉄板焼きか?」

 

「ああ。こうして暑さに耐えながら、あえて重くした鉄ヘラで肉を素早く動かしながら焼く。これがすごいトレーニングになるんだ」

 

「そ、そうか」

 

 トレーニング談義は軽く流しておいて、本題に向かわせてもらおう。

 

「なあ天善、それって何の肉?」

 

 焼きあがった肉は、透明なフードパックに入れて売られていた。よく見ると、牛や豚バラ、鶏肉に混じって見慣れない肉があった。

 

「猪肉だ。今日のログボでも配られていたが、うちの家も沢田さんから結構な量を貰ってな。こうして売ってるわけだ」

 

「ところでその肉、きちんと処理してるんだよな?」

 

「もちろんだ。獣肉は下処理が大事だからな」

 

「天善さん、そのやり方、詳しく教えてください!」

 

 夏海ちゃんが天善にぶつかりそうな勢いで、全力でお願いしていた。

 

「ああ、猪肉で良いのか?」

 

「はい! お願いします!」

 

「そうだな。猪肉は独特の臭みがあるが、茹でた後にお湯で洗うと臭みや脂を洗い流せる」

 

「え、一度茹でちゃうんですか?」

 

「茹でる前に醤油やにんにくを使って匂いを消そうとしても、脂の膜に弾かれて、匂い消しの効果が薄い。一度茹でてからやるのがポイントだ」

 

「勉強になります! あと、もう一つ教えてもらっていいですか?」

 

「ああ」

 

 いのチャーハンの完成に光明が見えてきたためか、夏海ちゃんが積極的になっていた。

 

「天善、この牛肉のやつを二つもらえるか?」

 

「ああ、二つで300円だ」

 

 話を聞かせてもらっただけじゃ悪いので、俺の方でいくつか品物を買っていくことにしよう。

 

「おまけもつけてやろう」

 

「いいのか?」

 

「どのみち、午前中で営業は終了だ。余らせてももったいなからな。気にせず持って帰ってくれ」

 

「ちなみに、それって何の肉?」

 

「鹿肉だ。きちんと下処理をして熟成させているし、特製のタレに漬けて匂いも消してある。うまいぞ?」

 

「ありがとう。遠慮なく貰うよ」

 

「天善さーん、もうひとつ質問良いですか?」

 

「ああ、何でも聞いてくれ」

 

 その後、天善は夏海ちゃんの気が済むまで質問させてくれた。本当に助かった。

 

 

 

 

 ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※

 

 

 

 

 帰宅後、天善から猪肉の下処理についての知識を授かった夏海ちゃんは、意気揚々と台所へと向かっていった。

 

 

「できた! できました! いのチャーハンの完成です!」

 

 ちょうど昼食時。良い香りと共に、いのチャーハンが運ばれてきた。

 

「皆さんのおかげで完成しました! ぜひ食べてみてください!」

 

 夏海ちゃんは満面の笑みだ。よほど嬉しいんだろう。

 

「それじゃ、いただきます」

 

「はい、どうぞ!」

 

 出来立てのいのチャーハンをスプーンですくって、口に運ぶ。

 

 長ネギとすりおろしニンニクの風味が効いていて、猪肉のあの独特の匂いも全く感じない、美味しいチャーハンだった。

 

 ちゃんと天善から教わったやり方を守って、お湯切りをして匂いを取っているみたいだった。

 

「うん。美味しいよ」

 

「良かったです」

 

 俺の感想を聞いて安心したのか、夏海ちゃんも座っていのチャーハンを食べ始める。

 

「美味しいですねぇ」

 

「……あ、お昼ご飯食べてるの?」

 

 ちょうどその時、外から帰ってきたらしい鏡子さんが居間にやってきた。

 

「はい! せっかくなので、鏡子さんも一緒に食べませんか?」

 

「それじゃ、御相伴にあずかろうかしら」

 

 その後、三人でいのチャーハンを堪能した。鏡子さんもいのチャーハンを褒めてくれて、夏海ちゃんも喜んでいた。

 

「あら、この袋は何?」

 

「あ、出店で買ったお肉ですよ。食べませんか?」

 

 俺は袋を開け、フードパックに入ったお肉を取り出す。おまけに貰った分もあるから、並べてみるとなかなかの量だった。

 

「私はチャーハンだけでお腹一杯だから、羽依里君、頑張ってね」

 

「頑張ってください!」

 

 二人から笑顔でお肉の処理を任されてしまい、なんとも肉々しい昼食になってしまった。全然かまわないけど。

 

 

 

 昼食を済ませて、片付けも終わらせてしまうと途端にやることがなくなった。

 

「夏海ちゃん、久しぶりにかき氷食べに行かない?」

 

「はい、行きましょう!」

 

 夏海ちゃんも快諾してくれたので、二人で駄菓子屋へと向かう。お昼がお肉だったのもあって、久しぶりにブルーハワイが食べたい気分だった。

 

 

 

 

 ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※

 

 

 

 

 駄菓子屋に着くと、近くのカーブミラーの柱にもたれかかるようにして、良一がアイスを食っていた。

 

「良一さん、こんにちわです」

 

「夏海ちゃん、ちーっす」

 

 続いてベンチの方を見ると、紬と静久、そしてのみきの三人が並んで座り、かき氷を食べていた。

 

「ナツミさん、タカハラさん、こんにちわです!」

 

「あら、パイリ君たちも来たのね」

 

「ああ、今日はなんだか大所帯だな」

 

「最初は三谷君だけだったんだけどね。ベンチも譲ってもらっちゃって、悪いことしたわ」

 

「いいんッスよ。水織先輩」

 

 良一は柱に背中を預けながら、軽く手を振っている。

 

「天善ちゃんは柱の陰で十分です。このベンチは女の子優先です」

 

 そう言いながら、店の奥から駄菓子の箱を持った藍が出てきた。

 

「今日は藍が店番なのか? 蒼は?」

 

「蒼ちゃんなら、あそこにいますよ」

 

 藍が指差す先には、子供たちの輪ができていた。その中から蒼の声が聞こえる。

 

「ししょー、このきれいな石はいくら?」

 

「んー、20円ね」

 

「そ、そんなー!」

 

「ししょー、こっちの貝殻はー?」

 

「いいとこ30円ねー」

 

「あれ、何やってるんだ?」

 

「カンテーらしいです」

 

 紬がみぞれを食べながら、そう教えてくれた。

 

「鑑定?」

 

「はい、カンテー大会らしいです」

 

 よくわからないけど、そういう遊びなんだろうか。

 

「そうだ藍、かき氷貰えるか?」

 

 とりあえず、近くで駄菓子の補充をしていた藍にかき氷を注文することにした。

 

「いいですよ。何味にしますか?」

 

「俺はブルーハワイで」

 

「私は、紬さんと同じみぞれにします!」

 

「はい、二つで180万円ですよ」

 

 あ、そういえばみぞれは少し安いんだっけ。

 

 俺は藍に180円を渡す。

 

「179万9820円足りませんよ」

 

「いつも思うんだけど、それよく瞬時に計算できるよな」

 

「駄菓子屋のバイト面接では、計算力を図るテストがあるんです」

 

「え、まじで?」

 

「冗談です」

 

 ……悔しい。オリジナルのオチが待っていた。

 

「では、ちょっと待っていてください」

 

 藍が手早く駄菓子の補充を終えて、かき氷器の方へ向かっていった。

 

 ベンチもいっぱいなので、適当な場所で待つことにした。

 

「ポーン!」

 

「まさか、あのサーブを返しただと!」

 

 その時、聞き慣れた声がした。

 

「あれ、イナリと天善?」

 

 声のした方を見てみると、駄菓子屋から少し離れた路上に、先の工作大会で作られたパリングルス製の卓球台が設置されていて、それを使って天善とイナリが卓球をしていた。

 

「あの卓球台、見ないと思ったらこんな所にあったのか」

 

 軽いから持ち運びしやすいってのは、あの卓球台最大の利点だと思う。

 

「あれだけ活用してもらって、きっとパリングルスも喜んでいます!」

 

 その様子を眺める紬も喜んでいるようだった。

 

「ポポーン!」

 

「ぐはっ、また負けた!」

 

「11-1で、またイナリちゃんの勝ちね」

 

「ポン!」

 

 どうやら静久が得点係を務めているらしかった。

 

「天善、圧倒されていたみたいだが、一点取ってるじゃないか」

 

「その一点、イナリのサーブミスみたいよ」

 

 その時、ようやく子供達から解放されたらしい蒼がこっちにやってきた。

 

「イナリ、少しは手加減してあげないと、あいつ自信なくしちゃうわよ?」

 

「ポンー」

 

 キツネに手加減されるってのもどうかと思うけど。

 

「あ、そういえば天善、新しいラケット届いてるわよ」

 

「おお、助かる」

 

 そういえば何日か前に、例の通販代行で頼んでいたよな。

 

「代金は後日でもいいけど?」

 

「いや、今払おう」

 

「それじゃ、代行手数料込みで二万三千円ねー」

 

 え、にまんさんぜんえん?

 

「た、卓球のラケットって、結構するんだな」

 

「ああ、プロ用だからな」

 

「イナリ、このラケットを使って、もうひと勝負どうだ?」

 

「ポンポーン!」

 

 天善はそのラケットを受け取るや否や、イナリとのリベンジマッチを始めた。

 

「相変わらず賑やかですね……はい。ブルーハワイとみぞれ、おまちどうさまです」

 

 そのタイミングで、藍が俺たちの分のかき氷を持ってきてくれた。

 

「えーっと、どこで食べようかな……」

 

 かき氷を受け取った俺達が、どこで食べようか悩んでいると……。

 

「くーださーいなー」

 

 鴎としろはがやってきた。

 

「あれ、なんか人多い?」

 

「本当だね」

 

 駄菓子屋に来るなり、人の多さに驚いているようだった。

 

 この場所にこれだけの人数が集まるなんて珍しい。俺も驚いてる。

 

「二人ともどうしたんだ?」

 

「私はいつものスイカバーを買いに」

 

「私はいつものメロンバーを買いに」

 

「しろははわかるが、鴎はいつもメロンバー買ってないだろ」

 

「良いじゃない。美味しいんだから」

 

 なぜか怒られてしまった。

 

「あ、いらっしゃーい」

 

「あおちゃん、スイカバーとメロンバーを一本ずつ!」

 

 蒼にアイスを注文しながら、二人は鴎のスーツケースに一緒に座っていた。こういう時って便利だよな。あのスーツケース。

 

 

 

 

 その後、しろはと鴎がアイスを食べ終わったのと時を同じくして、天善とイナリの卓球も終了した。

 

 ちなみに、結果は11-2でイナリの圧勝だった。

 

「新しいラケットでも、あまり結果は変わらなかったな」

 

「まだ手に馴染んでないだけさ。また特訓だ」

 

「そ、そうか。頑張れよ」

 

 そんな天善を、俺は応援することしかできなかった。

 

「羽依里、ちょいちょい」

 

 その時、鴎に手招きされる。呼ばれた方に行ってみると、鴎がスーツケースから折りたたまれた布を引っ張り出しているところだった。

 

「羽依里、そっち持って」

 

「え、なんで俺」

 

「男の子だから!」

 

 鴎に言われるがまま、俺はその布の端を持つ。

 

「いくよ、せーの!」

 

 反対側を持った鴎とタイミングを合わせて、その布を大きく広げる。

 

 

「「出張! なんでも鑑定隊! in鳥白島!」」

 

 

 鴎と蒼が同時にそう叫ぶ。俺が広げた布にも、でかでかと同じ文字が書かれていた。

 

「いえーい!」

 

「やっほー!」

 

 周りにいた子供たちが盛り上げてくれる。

 

「なんでも鑑定隊?」

 

 なんでも鑑定隊って言うとあれだろうか。よくテレビでやってる、お宝の鑑定番組だろうか。

 

「そう。今日のイベントよ」

 

「あの、蒼さん。鑑定隊って何ですか?」

 

 夏海ちゃんがおずおずと手を上げて質問する。今どきの子だと、知らないのかな。

 

「時々、駄菓子屋でやってるんだけどね。皆が持ってきてくれたお宝を、あたしが鑑定するイベントなの」

 

「どんなものを持ってきてもいいんですか?」

 

「島にあるものなら、なんでもいいわよー。一見ガラクタでも、ひょっとしたら驚きの鑑定結果が出るかも知れないしね」

 

「なあ蒼、今回も賞品出るのか?」

 

 例によって一番気になるところを聞く良一。男らしい。

 

「うーん……それじゃ、駄菓子屋で使える商品券500円分!」

 

「おお、マジかよ!」

 

 良一をはじめ、会場が一層盛り上がる。

 

「蒼ちゃんの自腹ですよ。感謝してくださいね」

 

「あと、副賞として羽依里とデートね」

 

 ……ってあれ? 今何か、聞き流してはいけない単語が聞こえたような気が。

 

「鑑定大会、面白そうです!」

 

「それじゃ、俺たちも参加しようか」

 

 夏海ちゃんも乗り気だし、参加しない選択肢はない。今日のイベントだし。

 

「あ、そういえば蒼、参加費とかは?」

 

「もちろん無料よ」

 

「わたしも参加する!」

 

「ぼくも!」

 

 参加費無料と聞いて、次から次に参加者が増える。結局子供たちを含め、その場にいたほぼ全員が参加することになった。

 

「制限時間は今から一時間! 島で一番価値がありそうなものを探して、ここに戻ってきてね!」

 

 その後、鑑定士役の蒼がルールの説明をする。

 

「なあ、鑑定士役が蒼だけだと、誰が優勝するかは蒼のさじ加減一つじゃないのか?」

 

「あ、そう言われればそうね」

 

 何か裏があるとかじゃなく、純粋に気付いてなかったみたいだ。

 

「じゃあ皆が戻ってくるまでに、もう一人鑑定士役の人を呼んでおくわ。誰が来るかは、その時のお楽しみってことで」

 

 それだと公平だし、何より面白みが増す気がする。

 

「それじゃ皆、頑張ってね! よーい、スタート!」

 

「「よしいけーーー!」」

 

 蒼のスタートの合図と同時に、子供たちが一斉に散っていった。

 

「よし、いくぜー!」

 

「しゅっぱーつ!」

 

 それと時を同じくして、良一や鴎たちも四方に散っていった。

 

 神社の方に向かう良一とのみき、秘密基地に向かう天善、灯台へ向かう紬と静久、夏海ちゃん。

 

 住宅地の方へ向かうしろはと藍、港へ向かう鴎。

 

 ……気がつけば、俺は一人だけが駄菓子屋の前に残されていた。

 

「ほら羽依里、早く行かないと後れを取るわよー?」

 

「ポーン!」

 

「わ、わかってる!」

 

 蒼とイナリに急かされるように、俺も駄菓子屋を後にした。

 

 

 

 

 ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※

 

 

 

 

 気がつけば、俺はため池にやってきた。

 

「れいだーん」

 

 ここに来ると、必ずこれをやらないといけない気がした。

 

「さて、何か珍しいものがないかな」

 

 さっそく俺はお宝探しを開始する。

 

 ため池周辺にはうっそうと雑草が生い茂り、中を探したところでバッタやコオロギが飛び出してくるだけで、特にめぼしいものは見つからない。

 

「さすがに、この辺にはないよな」

 

 続いて池の中を覗き込む。水面を滑るアメンボや、池の底を元気に動き回るザリガニが目についた。

 

「でも、ザリガニを持って行っても大した評価額は望めないよな」

 

 昔テレビで有名になった人面魚みたいなのがいれば、話は違うんだろうけど。そんなものが居る気配はない。

 

 

 ……その時、近くの茂みからガサガサと物音が聞こえた。

 

「な、何かいる!?」

 

 俺は思わず、れいだんの格好で身構える。草をかき分けながら、その音はだんだんと近づいてくる。

 

 

 

「ぷっひ!」

 

「な、なんだこいつ!?」

 

 次の瞬間、茶色くて丸っこい動物が飛び出してきた。

 

「なんだ、ただの偶蹄目かよ……」

 

 つまるところのイノシシの子供。ウリボウだった。

 

「待てよ。子供がいるってことは、親もいるんじゃないか?」

 

 俺は急に怖くなり、周囲を警戒する。

 

「……あれ?」

 

 しばらく様子を見ていたけど、親イノシシが出てくる気配はなかった。

 

「ぷひぷひ。ぷひぷひ」

 

 その間も、ウリボウは俺の足に鼻をスリスリと擦り付けてくる。よく見ると、すごくプリチーだった。

 

 もしかして、お昼に食べた猪肉のおかげで匂いがついて、仲間と思われてるんだろうか。

 

「ぷひぷひ」

 

「なんだか可愛いなお前」

 

 試しにひょいっと持ち上げて、そのまま抱いてみる。暴れることもないし、気持ちよさそうに腕の中に納まる。

 

 そうだ。イノシシの子供とか、なかなかに珍しいんじゃないだろうか。

 

「なぁお前、俺と一緒にお宝鑑定隊に出てみないか?」

 

 抱きかかえたまま、そう聞いてみる。

 

「ぷっひ!」

 

 了承してくれた気がした。この島には人語を理解するキツネだっているんだし、こんなイノシシもいるのかもしれない。

 

 俺はウリボウを抱きかかえたまま、駄菓子屋へと戻ることにした。

 

 

 

 

 ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※

 

 

 

 

 駄菓子屋に戻ると、時間ギリギリだった。他の皆は蒼を中心に集まり、輪を作っていた。

 

「うん? あの人って……」

 

 そしてよく見ると、その蒼の隣に見慣れた人の姿があった。

 

「紹介するわ。鳥白島の歴史や古物品に造詣が深い、岬鏡子さんよ」

 

「皆、よろしくね」

 

 ちょうど集まった皆に、鏡子さんの紹介をしていたみたいだ。

 

「まさか、もう一人の鑑定士役って、鏡子さんなんですか?」

 

 その輪に加わりながら、そう口にしていた。

 

「ちょうど駄菓子屋さんに荷物を受け取りに来たら、捕まっちゃってね」

 

 鏡子さん、また駄菓子屋で何か通販をしたんだろうか。

 

「それじゃ、あたしと鏡子さんで相談して鑑定結果を出すわね。その金額が一番高い人が優勝よ!」

 

「よーし、やるぞー!」

 

「オレが一番だー!」

 

 子供たちを含めて20人は集まっている。それぞれがお宝と思うものを持ってきたみたいだ。

 

「きちんと並んでー。まずは小さい子から順番に持ってきてねー」

 

「はーい!」

 

 そして鑑定大会が始まった。

 

「わたしのお宝は、綺麗な貝殻!」

 

「うーん。鑑定結果、80円!」

 

「えー、もうちょっとー」

 

「ぼくのお宝は、セミの抜け殻!」

 

 うん、実に子供らしくていい感じだ。いかにも夏の思い出って感じだし。ポケットに入れて持って帰りたいくらいだ。

 

「鑑定結果、90円!」

 

 蒼と鏡子さんも、笑顔でそれなりの鑑定結果を下していく。

 

「はい、次の子ー?」

 

「オレは、ヒマワリ畑で見つけたロボットのおもちゃ!」

 

「うーん、かなり古いし……鑑定結果は100円ね!」

 

 結構高額な方だったけど、ヒマワリ畑って。あの男の子、一時間であんな場所まで行ったんだろうか。

 

 その後も着々と鑑定は進んでいく。

 

「わたしはこれ! はなよめさんのベール!」

 

 ベール? 花嫁ってことは、結婚式で使うアレ?

 

「ものみのおかにおちてたの!」

 

 ものみの丘ってどこだろう。そんな場所、この島にあったっけ。

 

「鑑定結果は400円だね」

 

「やったー!」

 

 結構高めの査定結果だった。一気にトップだ。

 

「オレはこれ! かーちゃんのへそくり!」

 

「これは3万円ね」

 

 鏡子さんが冷静に鑑定額を示す。というか、金額そのままだった。

 

「やったー! 最高額だ!」

 

「うん、返してきなさい。ちゃんと元の場所にね」

 

「ちぇー……」

 

 続いて蒼に笑顔で怒られていた。男の子はうなだれながら、へそくりを持って家へ帰っていった。

 

「持ってきちゃいけないものだから、鑑定結果は0円ねー」

 

 まさか、へそくりを持ってくるなんて。確かにお宝だけど、こういう時って子供の純粋さが逆に怖い。

 

「……ところで鷹原さん、さっきから抱いてるその動物はなんですか?」

 

 夏海ちゃんが興味津々で、俺の腕に抱かれているウリボウを覗き込む。

 

「ぷっひ!」

 

「ウリボウだよ。珍しいでしょ」

 

「なんだ、親とはぐれたのか?」

 

「ぷ、ぷひぷひ!」

 

 天善が手を伸ばすと、急に暴れ出した。どうしたんだろう。

 

 ひとまず地面に下ろしてやると、すぐに俺の後ろに隠れてしまった。

 

「……ポン?」

 

 そこにイナリが寄ってきた。

 

「ぷっひ!」

 

「ポンポーン!」

 

「ぷひぷひ!」

 

 俺たちには理解できないけど、謎の会話が成立している。島モン同士、謎の絆が生まれているみたいだ。

 

「かわいいですね」

 

 イナリと別れたウリボウを、今度は夏海ちゃんが抱きかかえる。全然暴れる様子はない。

 

 夏海ちゃんも俺と同じように猪肉を食べていたし、きっと仲間と思われたんだろう。

 

「羽依里たちも、そろそろ準備してねー」

 

 やがて子供たちの鑑定が一通り終わり、俺たちの番になる。

 

「それじゃ、誰から鑑定する? 誰からでもいいわよ?」

 

「僭越ながら、私から行きます!」

 

 そう言って前に出たのは鴎だった。

 

「鴎はどんなお宝を持ってきたの?」

 

「これです!」

 

 鴎が取り出したのは変わった形の石だった。

 

「港に流れ着いてたの!」

 

「これ、サンゴよね」

 

「そうね。色合いは悪くないと思うけど」

 

 それを蒼と鏡子さんが真剣な目で見ている。本物の鑑定みたいだった。

 

「もしかして、驚きの鑑定結果はCMの後!?」

 

「いや鴎、CMとかないから」

 

 俺は思わずツッコミを入れていた。

 

「うーん、鑑定結果は300円ね」

 

「思ってたより低いー!」

 

「本当に低いな……サンゴも宝石になるっていうけど」

 

「うん。全体の形がうまく残っていればね」

 

「あー、なるほどな」

 

「うう、もっと修行してきます……」

 

 鴎はスーツケースを引いて、すごすごと退散していった。

 

 

「よし、次は私が行こう」

 

 そう言って歩みを進めてきたのは、のみきだった。

 

「のみきはどんなお宝を持ってきたの?」

 

「これだ」

 

 そう言ってのみきが出したのは、小さなクワガタだった。確か神社の方に行ったはずだけど。

 

「神社の裏手の木に、こいつがいたんだ。あまり大きくはないが、恐らくオオクワガタじゃないか?」

 

「本当ね、これはオオクワガタだわ」

 

 鏡子さんが掌に乗せて、じっくりと観察している。

 

「こういうものはミリ単位で値段が変わるから、一概には言えないけど……本土のデパートなら、そうね……」

 

 鏡子さんが顎に手を当てて考えている。蒼の方はこういうのには疎いみたいで、一歩引いてる。

 

「じゃかじゃん!」

 

「鑑定結果、5000円!」

 

「ご、5000円!?」

 

 思わぬ高額鑑定に、会場がざわつく。

 

「すっげー、だんちょー、みせてみせて!」

 

「オレも見たい!」

 

「わ、わかったから引っ張らないでくれ……」

 

 鑑定終了後、のみきは男の子たちに引っ張って行かれた。金額はもとより、オオクワガタを捕まえたとなると子供たちのヒーローだもんな。

 

「はい、次は誰かしら」

 

「それじゃ、私が行くよ」

 

 のみきに続いて鑑定に挑んだのは、しろはだった。

 

「お、しろはなのね。お宝は何かしら?」

 

「これ」

 

 しろはが取り出したのは『当たり』と書かれたアイスの棒だった。

 

「え、これ……何?」

 

 さすがの蒼も戸惑っている様子だった。

 

「スイカバーの当たり棒」

 

「へっ?」

 

「しろは、当たり付のスイカバーとかあるのか?」

 

 少なくとも、この駄菓子屋に売ってるスイカバーで当たりが出たなんて話は聞いたことがない。

 

「だって、実際に出たの。スイカバー食べたら、当たりって」

 

「そのスイカバー、もちろんこの店で買ったのよね?」

 

「うん」

 

「……それっていつの話?」

 

「もう5年くらい前になると思うけど……」

 

「うーん……」

 

 蒼がしろはから当たり棒を受け取って、じっと見る。どう見てもただの当たり棒だ。ものすごく返答に困っているようだった。

 

「もしかして、スイカバーの製造過程で別の当たり付きアイスの棒が混ざったんじゃないかしら」

 

 一時の沈黙の後、鏡子さんがそう答えを導き出していた。

 

「なるほど、そういうことか」

 

 会場の皆も頷いていた。確かに、それなら納得だ。

 

「しろは、それで鑑定結果だけど」

 

「じゃかじゃん!」

 

「残念だけど、100円ね」

 

「ひゃ、100円……」

 

「……だってスイカバーだし」

 

 もっともな理由だった。

 

「ものすごいお宝だと思ったのに。100円……」

 

 スイカバー大好きさんはブツブツ言いながら、ものすごく残念そうな顔をして戻っていった。

 

 

「ところで鴎、さっきから言ってる『じゃかじゃん!』って何?」

 

「効果音みたいなもの。あったほうが盛り上がるでしょ?」

 

 よくわからないけど、本人が楽しそうだから、それ以上は何も言わないことにした。

 

 

「次は私が行くわ! これはすごいお宝よ!」

 

 意気揚々と蒼達の元へ向かったのは静久だった。

 

「水織先輩、すごい自信ですね。さっそくお宝を見せてもらえますか?」

 

「これよ! 灯台に干してあった、紬の水着のブラ」

 

「むぎゅ~~~!」

 

 静久が言い終わるより早く、紬が光の速さでそれを奪い取り、走って行ってしまった。

 

「ああん! 私のお宝が……!」

 

 いや、あれ紬のだから。

 

 静久のおっぱいに対する情熱というのも、時々暴走しちゃうよな……。

 

「えーっと。鑑定結果だけど、対象物がなくなったってことで、0円ね」

 

 まぁ、しょうがないよな。

 

 

「次は私です!」

 

 次は夏海ちゃんの番だった。

 

 手には小さい小瓶を持っていて、中には小さい何かがいっぱい詰まっていた。

 

「私の見つけた宝物は、これです!」

 

 小鬢の中には、沢山のさくら貝が詰まっていた。

 

「灯台近くの浜辺で、頑張って集めました!」

 

「えーっと、そうね……」

 

 鑑定士の二人が小瓶からさくら貝を出して、チェックしている。

 

「夏海ちゃんだし、色目をつけてあげたいけど……」

 

「蒼ちゃん、贔屓は駄目よ。鑑定道の基本は平等からよ」

 

 鑑定士二人の間で何やら小声で話している。ところで鑑定道って何だろう。

 

「じゃかじゃん!」

 

「鑑定結果、30円」

 

「無念です……」

 

 夏海ちゃんががっくりと肩を落としている。

 

「確かにきれいだけど、この島じゃそこまで珍しいわけじゃないからね」

 

「でも、せっかく集めたので島の思い出として持って帰ります!」

 

「うん、それがいいわよ」

 

 夏海ちゃんは蒼から小瓶を返してもらって、笑顔で皆の列に戻っていった。

 

 

「次は俺だぜ!」

 

 そう言って前に出たのは、良一だった。

 

 手には彫刻が彫られた、丸く平べったい物体を持っていた。

 

「良一、それなんだ?」

 

「神社の周りを探してたら、社殿の脇に落ちてるのを見つけてな。この彫刻のとか見ると、かなりのお宝だぜ」

 

 薄汚れたその物体を、鑑定士の前に置く。

 

「えーっと……っ!?」

 

 その物体に触ろうとした蒼が、びくっと肩を震わせる。

 

「あれ。蒼、どうした?」

 

「あーうん。ちょっとね……」

 

 努めて笑顔だが、冷や汗をかいている。どうしたんだろうか。

 

「これ、ずっと昔に神社に奉納された鏡じゃないかしら」

 

「え、鏡?」

 

 鏡子さんもなるべく手を触れないようにしながら、その物体を鑑定している。

 

 言われてみれば、彫刻が彫られている面の反対は光沢を放っていて、鏡と言われれば鏡っぽい。随分古いものみたいだけど。

 

「昔読んだ文献に、これにそっくりな鏡の話が載っていたよ。いろんな人の手を渡り歩いて、その持ち主全員に不幸をもたらしたっていう、いわくつきの鏡だとか……」

 

「……」

 

 話を聞いているうちに、良一の顔がみるみる青ざめていく。

 

「きっと、社殿の中に納められていた鏡が、何かの拍子に外に出ちゃったんだろうね」

 

「良一、戻してこい」

 

「断る! もう触りたくない!」

 

 オカルトの観点から見ても良い感じはしなかったので、良一に返却を勧めるが、本人は断固拒否の構えだ。

 

「天善ちゃん、後でお祓いしてあげますから、さっさと返してきてください。さもないと後が怖いですよ?」

 

「わ、わかったよ……うう……」

 

 藍に一睨みされ、良一はしぶしぶ鏡を持って、神社へと向かっていった。

 

 結局、いわくつきの品物に値段をつけるわけにもいかず、鑑定結果は0円だった。

 

 それにしても、藍のお祓いってどんなことするんだろう。オカルト好きとしては気になる。

 

 

「次は俺が行こう」

 

 続いて天善が前に出た。手には予想通りというか、ピンポン玉を持っていた。

 

「えーっと天善、一応聞いておくけど、お宝はなに?」

 

「これだ。秘密基地で見つけた、スタースリーだ!」

 

 スタースリー? なんだろう。必殺技を発動する時の消費MPが1にでもなるんだろうか。

 

「このピンポン玉を見てくれ。スタースリーだから本来描かれている星は3つだが、これは4つも描かれているんだ」

 

「えーっと、だから何?」

 

「レアなんだ」

 

「そ、そう」

 

 鑑定士役の二人も意味が分からないようで、頭の上に疑問符が浮かんでいた。

 

「えーっと、いわゆるミスプリントっていうものなのかな。でも、こういうのは……切手とかならわかるんだけど、ピンポン玉のコレクターって聞いたことないし……その」

 

 鏡子さんが言葉を選んでいるのがわかる。大変そうだった。

 

「……鑑定結果、30円」

 

 そんな鏡子さんをよそに、蒼が冷たく言い放つ。

 

「そ、そんな……俺のスタースリーが……!」

 

 天善はその場に膝をつくが、鏡子さんも何も言わない辺り、その金額で決まりのようだった。

 

 

「天善ちゃん、終わったならさっさとどいてください。次は私の番ですよ」

 

 そう言いながら天善を押しのけてやってきたのは藍だった。手には一冊のノートを持っている。

 

「えっと、もう既に嫌な予感しかしないんけど、藍のお宝って何?」

 

 蒼は顔を引きつらせながら、おっかなびっくりに聞いている。

 

「もちろん。蒼ちゃんの観察日記ですけど」

 

 あ、前に言ってたあれか。

 

「私のお宝です」

 

「ちょっと藍、そんなもの持ってこないで!」

 

「どうぞ、鑑定してください」

 

 そんな蒼の言葉を無視して、藍が観察日記のページを開きながら、鑑定士二人のそばへ寄っていく。

 

「パスーー! 鑑定不能ですーー! だめーーー!」

 

 蒼は断固拒否の構えだった。

 

「……それじゃ、私が見て、鑑定します」

 

 一方の鏡子さんは覚悟を決めたらしく、蒼の観察日記を受け取る。

 

「それじゃ、検閲」

 

 そして、ページをめくっていく。観察日記って言っても子供の頃の話だし、そこまで大したことは書いてなさそうな……。

 

「……まっ」

 

 数ページ読んだところで、顔を真っ赤にして固まってしまった。

 

「……これは、ちょっと刺激的ね」

 

 そう言って、パタンと観察日記を閉じてしまった。

 

 ……なにが書いてあったんだろう。

 

「……鑑定結果、500円」

 

 そして、鑑定結果も地味に高かった。

 

 

「次は羽依里よー」

 

「よし、いくぞウリボウ」

 

「ぷっひ!」

 

 俺とウリボウは腹を決めて蒼達の前に出る。

 

「俺の見つけたお宝はこいつだ!」

 

「ぷひぷひ!」

 

 俺はウリボウの顔が二人の方を向くようにして、差し出す。

 

「へー、どこで見つけたの? かわいーわね」

 

「ぷひぷひ」

 

 蒼がそのウリボウを受け取り、抱きしめる。

 

「んー、このつぶらな瞳で見つめられると、たまらないわよねー」

 

 ウリボウもスリスリと蒼の頬に鼻をこすりつけて、猛アピールしている。

 

「……ごめん、この子に値段はつけられないわ! 可愛すぎ!」

 

 ……あれ? これって逆効果じゃないか?

 

「なあ蒼、そこをなんとか……」

 

「ごめん、無理!」

 

 ……その後、結局蒼は査定放棄してしまった。

 

「それじゃ、私が評価するね」

 

 蒼に代わって、鏡子さんがウリボウの鑑定をすることとなった。

 

「食べ頃になるまでの飼料代と、ゆくゆくの値段を差し引いて考えてみるわね?」

 

「ぷひ?」

 

「あの、鏡子さん?」

 

「え、だってゆくゆくは食べるんでしょ?」

 

「食べません!」

 

 夏海ちゃんが叫んでいた。

 

「そうなの……じゃあ、私も鑑定額は出せないわね」

 

 二人の審査員が査定放棄したことで、俺の鑑定額は0円となってしまった。

 

「ぷひ~」

 

 しかし、ウリボウは安心した表情で、再び夏海ちゃんに抱かれていた。

 

 

「つ、疲れました~……」

 

 その時、紬が戻ってきた。

 

 もしかして、今の間に灯台まで行って来たんだろうか。

 

「ちょうど良かったわ。紬が最後よ」

 

「はい! わたしが持ってきたのは、これです!」

 

 紬がスカートのポケットから小さな石を取り出して、蒼に渡していた。

 

「漂着物の中に綺麗な石がありました!」

 

 紬らしいと言えば紬らしいけど、小石程度じゃ大した値段もつかないだろう。

 

「あら、これってコーパルね」

 

「え、コーパルって?」

 

「琥珀のことね」

 

「琥珀って宝石?」

 

「樹液が固まったものね。人工的に作られたものもあるけど、これはもしかして」

 

 鏡子さんはそこまで話すと、眼鏡をかけた。どうやら本気モードみたいだ。

 

「やっぱり天然ものね。それにここをよく見て。中に虫が閉じ込められているわ」

 

「あ、それは気づきませんでした!」

 

 あれ、これってもしかして高額査定の流れじゃ?

 

 最後の鑑定ということもあって、会場の皆が集まってくる。

 

「サイズも5センチはあるし、これだけの大きさで天然ものだとすると……」

 

「……CMの後、灯台の女神が持ってきたお宝に驚きの鑑定結果がーー!?」

 

「だから鴎、CMとかないから」

 

「そうね……5万円くらいするんじゃないかしら」

 

「は?」

 

 ごまんえん? あの小さな欠片が?

 

「鑑定結果、5万円!」

 

 鑑定結果が確定し、蒼がそう宣言する。

 

「おお、すごいよツムツム!」

 

「ということは、紬の優勝ね!」

 

 紬の手を取って、まるで自分の事のように喜ぶ静久。

 

「むぎゅ、まさかの逆転優勝です!」

 

 なにが逆転なのかよくわからないけど、紬も飛び上がって喜んでいた。

 

「おめでとう紬。これ、優勝賞品の500円商品券」

 

「はい! ありがとうございます!」

 

 蒼から商品券を受け取って、満面の笑みを浮かべる。

 

「副賞のデートの日程は、二人で決めてね」

 

「むぎゅ……?」

 

 続けてそう言われ、紬はキョトンとしていた。

 

「蒼、副賞って何だっけ?」

 

 蒼から送られている視線も気になったので、俺も聞いてみた。

 

「何って、羽依里とのデートって言ったはずだけど」

 

「……」

 

 そういえば、しれっと言っていたような気がしないでもない。

 

「え、でも、それって、その、あの……」

 

 俺はしどろもどろになりながら、しろはと鏡子さんに視線を送る。

 

「……私は、しろはちゃんに一任します」

 

 鏡子さんは笑顔でそう言い、その場を立ち去ってしまった。

 

 そのままの流れで、しろはに視線を送る。

 

「……いいよ。行ってきても」

 

 予想外にも、しろはからはすぐにOKが出た。

 

「え、いいの?」

 

「相手は紬だし。変な間違いは起こらないと思うし」

 

 まぁ……確かに。

 

「それに、鑑定結果100円の私が5万円の紬に文句は言えないし」

 

 あ、そこ重要なんだ。

 

「ツムツム、デート頑張ってね!」

 

「む、むぎゅ~……」

 

 鴎が紬に声援を送っているけど、当の本人は顔を真っ赤にしている。

 

「無理です! 恥ずかしすぎて、死んでしまいそうです!」

 

「……おっと、しろはちゃん公認なので、逃げられないですよ」

 

 先程と同じように走って逃げようとした紬を、藍がしっかりと捕まえていた。

 

「そ、それでは一人だと不安なので、シズクも一緒にお願いします!」

 

「え、私も!?」

 

「はい! お願いします!」

 

「わ、わかったわ。紬のお願いなら断れないし」

 

 あれ、また女の子二人とデートする流れかな、これ。

 

「鷹原さん、また両手に花ですね!」

 

 夏海ちゃんも、笑顔で火に油を注がないで。

 

「せっかくなので、ナツミさんも一緒に行きましょう!」

 

「え、その、せっかくですけど遠慮しておきます! 30円でしたし!」

 

 そんなこんなで、大騒ぎの鑑定大会はお開きとなった。

 

 紬たちとのデートの日程はまた後日決めることにしなった。二人には悪いけど、一難去ってまた一難とならない事を願うばかりだった。

 

 

 

 その後、誰から話を聞いたのか、沢田さんが駄菓子屋に来てくれ、ウリボウは沢田さんの家に引き取られていった。

 

 親イノシシとはぐれたウリボウは自分で餌を取れず、飢え死にする場合がほとんどらしく、沢田さんの所で面倒を見てもらった方が良いという判断だった。

 

 沢田さんに事情を話すと、ある程度大きくなるまで世話をしてくれ、その後は山に放してくれるそうだ。

 

「……」

 

 別れ際、夏海ちゃんは涙目になっていた。泣かないように必死に我慢しているみたいだった。ウリボウもずっと鳴いていたし。

 

「沢田さんもいつでも会いに来ていいって言ってくれてたし、また会いに行けばいいよ」

 

「……はい、そうします」

 

 

 

 

 ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※

 

 

 

 

 駄菓子屋から帰宅し、干していた洗濯物を取り込んだり、お風呂を洗ったりと家事をこなした。日が暮れる頃には、夏海ちゃんも多少元気を取り戻しているみたいだった。

 

 俺たちは頃合いを見て、しろは食堂へと向かう。

 

「しろはー」

 

「いらっしゃい」

 

 夕食を食べに食堂に行くと、いつものようにしろはが出迎えてくれた。

 

「そういえば夏海ちゃん、いのチャーハンはうまくできたみたいだね」

 

 鏡子さんに聞いたんだろうか。俺たちにおしぼりを渡してくれながら、しろはがそう切り出していた。

 

「はい! 美味しく食べてもらえました!」

 

「そうなんだ。今度、私にも作り方教えてね」

 

「もちろんです!」

 

 しろはも夏海ちゃんも、嬉しそうに笑っていた。

 

「こんばんわー」

 

 その時、扉が開いて鴎がやってきた。

 

「おお、二人とも来てたんだね」

 

「鴎さん、こんばんわです!」

 

「こんばんわ、なっちゃん」

 

 挨拶を交わし、鴎は夏海ちゃんの隣に座る。

 

「それじゃ三人とも、今日は何にする?」

 

 鴎におしぼりを渡しながら、しろはが聞いてくる。

 

「えっと、私は活け造り定食でお願いします」

 

 夏海ちゃんがメニューを見ながら、活け造り定食を注文していた。

 

「俺もそれにしようかな。さっぱりしたのが食べたい」

 

 お昼がすごく肉々しかったので、晩ごはんはさっぱりしたものが食べたかった。

 

「さっぱりしたのがいいのなら、日替わり定食がおすすめだよ」

 

「そうなのか。それじゃ日替わり定食にするよ」

 

「しろしろ、私もその日替わりでお願い!」

 

「うん。少し待っててね」

 

 三人の注文が確定すると、しろはが調理を始める。すぐに味噌汁のいい香りが漂ってきた。

 

 そういえば、この間の佃煮ってどうなったんだろう。少し気になったので、料理を待つ間にしろはに聞いてみた。

 

「あの佃煮? もう全部なくなっちゃったよ」

 

「あ、そうなのか」

 

 なんだかんだで、島の皆は普通に食べるのかもしれない。

 

「羽依里や夏海ちゃんも美味しそうに食べてくれていたし」

 

「え? 食べた記憶なんてないんだけど」

 

 隣の夏海ちゃんも、同意するように頷いていた。

 

「ふふっ」

 

 ……なんだろう、しろはの笑顔が恐い。

 

「イナゴの佃煮は細かく刻んで、パン粉と混ぜて衣に使ったよ」

 

「え?」

 

「この間羽依里が食べてた、かつ丼のトンカツの衣とか、夏海ちゃんのコロッケとか」

 

「……」

 

 カラっと揚がってる上に半熟卵が絡んでいたし、あれはわからない。

 

「蜂の子も細かく刻んで、夏海ちゃんが食べたコロッケの中に入れておいたけど」

 

「……!」

 

 夏海ちゃんが思わず手を口元にやっていた。ショックだったみたいだ。

 

「クリームコロッケ。おいしかったでしょ?」

 

「美味しかったです……」

 

「二人とも、見た目で判断しちゃダメだよ」

 

 俺たち二人はしろはに見事にしてやられたみたいだった。

 

「よくわからないけど、二人ともショックなことがあったんだね」

 

 事情を知らない鴎は、俺たちに慰めの言葉をかけてくれながら、おしぼりでヒヨコを作っていた。相変わらず手先が器用だな。

 

「はい、活け造り定食お待たせ」

 

 しばらくすると、料理が完成したみたいだ。まずは夏海ちゃんの前に活け造り定食が置かれた。

 

 メインの皿にはアジとイセエビの刺身が盛られていた。これはなかなかに豪華だ。

 

「はい、日替わりの海藻定食お待たせ」

 

「え、海藻定食?」

 

 俺と鴎の前に出されたのは、ひじきご飯に、ワカメの味噌汁、海藻サラダに、海藻とささみの生春巻きだった。

 

「さっぱりしてるでしょ」

 

「確かにそうだけど……」

 

「どうぞ、めしあがれ」

 

「それじゃ、いただきます」

 

「いただきまーす!」

 

 さっそくメインの生春巻きを食べてみる。

 

 ポン酢をつけて食べるみたいで、めちゃくちゃさっぱりしていた。

 

「うん。美味しい」

 

「よかった」

 

 ひじきご飯も素朴な味だけど、磯の香りがすごい。

 

「鴎もどう?」

 

「うん、凄く美味しいよ! 美味しい、けど……」

 

 そこで鴎が言いよどむ。

 

「なんだか、カモメになった気分」

 

「お前は元から鴎だろ」

 

 しかも確か、鳥のカモメは肉食で、海藻は食べなかったような気がする。

 

 溢れんばかりにワカメの入った味噌汁をすすりながら、そんなことを考えていた。

 

 

 

 

「しろは、ごちそうさま」

 

「ごちそうさまー!」

 

 食事を終えて、先に鴎と二人で表に出る。夏海ちゃんは店の中で、何かしろはと話していた。

 

「あの、明日お願いがあるんですけど……」

 

「え、明日?」

 

「はい、実はですね……」

 

 何か耳打ちしていた。一体何の話をしているんだろう。

 

「うん。いいよ」

 

「ありがとうございます! それじゃ、ごちそうさまでした!」

 

 いい話ができたんだろうか。ニコニコ顔で夏海ちゃんが表に出てきた。

 

「夏海ちゃん、しろはと何の話をしていたの?」

 

「えっと、秘密です!」

 

 笑顔で秘密にされてしまい、俺は首をかしげる他なかった。

 

 

「それじゃ、またねー」

 

 住宅地まで戻ったところで鴎と別れ、加藤家に帰宅する。

 

 帰宅するなり、夏海ちゃんはまた読書をしていた。黄色い表紙の本だったし、二の巻に手を出したようだった。

 

「夏海ちゃん、俺もひげ猫団の冒険を借りてもいいかな?」

 

「うんー」

 

 例によって本の世界に没頭してるみたいだ。ここは了承してくれたと判断して、一の巻を借りた。

 

「寝る前に、俺も少しだけ読んでみようかな」

 

 自室に戻った後、俺も鴎の本を広げ、久しぶりに冒険の旅に出たのだった。

 

 

 

 

 

 

第十七話・完




第十七話・あとがき


おはこんばんちわ。トミー@サマポケです。

今回は空門家での朝食と、出張!なんでも鑑定隊がメインでした。午前中はある意味、猪肉騒動とも受け取れますけど。

午後からは久々に駄菓子屋を書いた気がします。かき氷を食べるのも、久しぶりな気がしますね。
なんでも鑑定隊も、本編でやってましたよね。羽依里のTシャツが30円でしたっけ。

ちなみに、この日はイナリが起こしに来ましたが、次回はしろはの予定です。なかなか羽依里君に平凡な朝は訪れないみたいです。自業自得ですけど。


■今回の紛れ込みネタ

・テレビドラマネタ
今回は色々混ぜてみました。Rewriteの篝としまこの戦いに、kanonの舞が乱入したイメージです。こういうクロスオーバーは大好物だったりします。

・鑑定大会で羽依里がつれてきたウリボウ
CLANNADをやったことある方ならお分かりと思いますが、ボタンです。ゲスト出演です。それ以上でも以下でもありません。なんでこの島にいるのかとか、深く考えないようにお願いします。ぷっひ!

・ヒマワリ畑で見つけたロボットのおもちゃ
CLANNADです。パパに初めて買ってもらったものです。

・はなよめさんのベール
kanonからです。ものみの丘です。これだけでわかってください(>_<)

以上になります。いくつお気づきになられたでしょうか。
感想など頂けましたら、泣いて喜びます。
  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。