Summer Pockets #2   作:トミー@サマポケ

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第十八話 8月11日

 

 

 

 ……朝。

 

 今日も夏海ちゃんに起こされ……。

 

「羽依里、朝だよ」

 

 ……いや、この声は確実に夏海ちゃんじゃない。

 

 目を瞑ったまま、まどろみの中で思考を巡らせる。

 

 俺を羽依里と呼ぶのは鴎か蒼、そしてしろはだけだ。

 

「羽依里、早く起きないとラジオ体操に遅れるよ?」

 

 蒼はこんなに優しい声で起こしてくれないだろうし……。

 

「……ねぇ夏海ちゃん。羽依里、起きないんだけど」

 

 鴎の声とも違うし……わかった。この声の主はしろはだ。

 

「こうなったら、イナリ作戦で行くしかありません!」

 

「え、イナリ作戦って何?」

 

「えっとですね……」

 

 なにやらごにょごにょと声が小さくなった。何だろう。

 

「え、無理。恥ずかしすぎるよ」

 

「ええっ、恥ずかしいんですか?」

 

「うん……さすがにちょっと」

 

 イナリ作戦って何だろう。俺も気になる。

 

「でも彼女さんですし、頑張ってください!」

 

 ぱたん。とふすまが閉じる音がして、周囲が静かになる。どうやら夏海ちゃんが部屋から出て行ったみたいだ。

 

「……ふー」

 

 なんだか自分を落ち着かせているみたいだ。深呼吸が聞こえる。

 

「……」

 

 そして畳が擦れる音がして、しろはがすぐ近くまで寄ってきたのがわかった。

 

「……」

 

 続いて鼻先にしろはの吐息を感じる。あれっ、これってもしかして。

 

 俺の意識は完全に覚醒していた。けど、今このタイミングで起きるわけにもいかないし。必死に寝たふりを続ける。

 

「……や」

 

 ……や?

 

「……やっぱり無理!」

 

「ぶっ!?」

 

 何か固いもので、思いっきり顔を叩かれた。油断しきっていたし、めちゃくちゃ痛い。

 

「いてててて……」

 

 思わず鼻を押さえながら上半身を起こす。見ると、すぐ近くに赤い表紙の本が落ちていた。

 

 もしかしなくても、この本で思いっきり顔面を叩かれたみたいだ。これ、鴎の本なのに。

 

「えっと、おはよう、羽依里……」

 

 声のした方を向くと、ものすごくばつが悪そうな顔で、しろはが座っていた。

 

「……おはよう」

 

「えっと、鼻、赤い、よ……?」

 

「そりゃあ、本で思いっきり叩かれたらな……」

 

「ごめん。さすがにイナリ作戦は無理だったの」

 

「結局、そのイナリ作戦って何?」

 

「それはその、キ、キ、キ……」

 

「キ?」

 

「なんでもない!」

 

 しろはは顔を真っ赤にしてそっぽを向いてしまった。

 

 

「あのー、ものすごい音がしましたけど、大丈夫ですか?」

 

 少しだけふすまが開かれ、そこから恐る恐る、と言った感じに夏海ちゃんが顔を覗かせていた。

 

「えっと……イナリ作戦、うまくいきましたか?」

 

「ごめん。無理だった」

 

「そうですか……でも、鷹原さんも起きたみたいですし、結果おーらいですよね」

 

 夏海ちゃんは笑顔で取り繕っていてくれた。

 

「ところで夏海ちゃん。これってやっぱり、例の……」

 

「はい。鷹原さん、いつもと違う朝を味わいたかったんですよね?」

 

「そ、そうだけど……」

 

 夏海ちゃんの純粋な笑顔を前に、そろそろやめてほしい。とは、とてもじゃないけど言えなかった。

 

「とりあえず、起こしに来てくれてありがとう、しろは」

 

「う、うん。別に、いいよ」

 

 朝に弱いはずなのに、わざわざ起こしに来てくれたしろはにお礼を言う。

 

「それじゃ、玄関で待ってるから、早く準備して来てね。ラジオ体操に遅れるよ?」

 

「わかった」

 

 しろはと夏海ちゃんが部屋を出ていくのを確認して、俺は布団をたたみ、身支度をする。

 

 その後、三人で神社へ向かった。

 

 

 

 

「しろは、ところでイナリ作戦って何?」

 

 住宅地を抜け、もうすぐ神社というところで、やっぱり気になったのでしろはに聞いてみた。

 

「ま、まだ気にしてたの?」

 

「うん。気になる」

 

「秘密」

 

 しろはからは教えてもらえそうにない。

 

「夏海ちゃん、イナリ作戦って何?」

 

 だから、聞く相手を変えてみた。

 

「えっと、この前のイナリさんみたいに、鼻や口をふさいで起きてもらう作戦……だったんですけど」

 

 そういえばこの前、イナリが夏海ちゃんの顔に乗って起こしていたっけ。それかな。

 

「え、キスじゃなかったの?」

 

 その時、しろはが思わず口に出していた。

 

「キ、キスとか、にゃにを言ってるんですか!?」

 

 夏海ちゃんも驚きの声を上げていた。驚きのあまり、口が回ってないけど。

 

 寝てる人の口をふさいで起こす方法……確かにキスでも口はふさげるけど。

 

 なんだろう。しろはも変に勘違いちゃったのかな。

 

 

 

 

 ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※

 

 

 

 

 その後、三人並んで神社に到着し、皆にあいさつをする。

 

「あれ、今日はしろはも一緒なの? めずらしーわね」

 

「本当ですね。これはもう朝帰りですよ」

 

 空門の二人に話しかけた途端にこれだ。人聞きの悪いこと言わないでほしい。

 

 というか、しろはは俺の彼女なんだから、朝帰りしても問題ないはずだけど。

 

「違う。しろはは色々あって、俺を起こしに来てくれたんだ」

 

 とりあえず誤解を解いておく。

 

「夏海ちゃん、本当ですか? 正直に話してくれていいんですよ?」

 

 俺じゃなくて夏海ちゃんに真意を問いていた。

 

「はい! 本当です!」

 

「ほう、あの朝に弱いしろはがな……」

 

 その時、のみきが会話に入ってきた。

 

「らしいわよ。彼氏の力って、偉大よねー」

 

「本当に、朝からお熱いですよね」

 

 結局、誤解が解けたような、そうでないような。皆の言葉は優しいんだけど、視線が痛い。

 

「なんにしても、しろはも久しぶりのラジオ体操だろう。楽しむといい」

 

 いい感じに天善が話題を変えてくれた。あのラジオ体操を楽しめるかはわからないけど。

 

「うん。折角早く起きたし、頑張らないとね」

 

 

「おまえらー! 今日もラジオ体操を始めるぞー!」

 

 ちょうどその時、ラジオ体操大好きさんがやってきた。今日も頑張ろう。

 

 

「第一の体操! 耳介筋の鍛錬!」

 

「ピクピク、ピクピク」

 

 俺や夏海ちゃんの耳が動く。

 

「むむむ……!」

 

 しろはも一生懸命動かそうとしているけど、普段やってない分、微動だにしてない。

 

「第二の体操! 横隔膜の振動だ! うるぁぁぁぁーーー!」

 

「「うるぁぁぁぁーーー!」」

 

「う、ぅるぁーー……」

 

 第二の体操も、しろはは恥ずかしさからか、声が小さめだった。

 

「こらー! そこの子! 声が小さいぞー! 本気を出せー!」

 

 ちょうどそれをラジオ体操大好きさんに見られてしまい、しろはが注意されていた。ついてないな。

 

「れ、れいだーーーーん!!」

 

 ……直後、しろはのヤケクソに近い声が神社に響き渡っていた。

 

 

「さあ、スタンプはこっちだぞー」

 

 ラジオ体操終了後、いつものようにスタンプをもらい、ログボを受け取る。

 

 今日のログボはバケツからだった。

 

「出た、久々のバケツ……」

 

 しかも、バケツの上には大きめの蓋がされている。

 

「何で蓋?」

 

 思わず、ログボを配っていた良一に聞いた。

 

「ああ、蓋をしておかないと『逃げる』からな」

 

「え、逃げる?」

 

「ほら、しっかり持てよ?」

 

 良一がバケツの蓋を僅かに開けて、素早く手を突っ込む。そして何かを引っ張り出して、俺の手に渡してきた。

 

「うわ!?」

 

 海老だった。生きてる。

 

 反射的に思いっきり握る。そんな俺の握力をものともせず、海老は手の中で元気よく動いている。

 

「ひえええ!?」

 

 同じように海老を渡された夏海ちゃんも、両手でそれを掴んで、四苦八苦していた。

 

「夏海、海老はこう持つんだ」

 

「慣れれば簡単だぞ。いくら暴れても逃げられない」

 

「こ、こうですか!?」

 

 直後に天善とのみきから持ち方を教わっていた。

 

「海老ねー。どう食べようかしら」

 

 少し離れたところでは、空門姉妹が話をしていた。暴れる海老を、片手で掴んでいる。さすが島育ちだ。

 

「アヒージョにでもしますか?」

 

 あひーじょ? 聞いたことのない単語だった。

 

「でも、海老ってセミっぽくない?」

 

「蒼ちゃん、変なこと言わないでください」

 

「ほら見て。ひっくり返したらすごいわよ?」

 

 なんだろう。今、聞こえてはいけない表現が聞こえたような気がした。

 

「羽依里たちも、早く持って帰ったほうが良いよ。海老は体温が上がると、一気に鮮度が落ちるから」

 

 しろはが料理人の視点からそう教えてくれた。

 

「わかった。夏海ちゃん、早く帰ろう!」

 

 皆への別れの挨拶もそこそこに、俺は夏海ちゃんに声をかける。

 

「あ、ちょっとだけ待ってください!」

 

 神社の石段を降りかけたところで、夏海ちゃんがしろはの元へ駆け戻っていった。

 

 

 

「しろはさん、今日はありがとうございました!」

 

「ううん。夏海ちゃんこそ、毎日羽依里を起こしてくれてありがとうね」

 

「えへへ……この間も紬さんに手伝ってもらったり、毎日楽しく起こしてます!」

 

「え、紬にも?」

 

「はい!」

 

「それも羽依里が、いつもと違う朝を味わいたいって言ったから?」

 

「そ、そうですけど……?」

 

「ふーん……そうなんだ……」

 

 なんだろう。しろはがチラチラと俺の方を見ている。二人との距離が離れているので話の内容まではわからないけど。

 

「……他の皆に迷惑をかけるのは駄目だね。明日はうちのおじーちゃんに起こしに行ってもらうことにするよ」

 

「え、良いんですか?」

 

「うん。あ、羽依里には内緒だよ?」

 

「わかりました! よろしくお願いします!」

 

 

 

 夏海ちゃんがしろはに頭を下げて、こっちに戻ってきた。どうやら話も終わったみたいだ。

 

 手の中で暴れている海老の鮮度が落ちないうちに、帰ることにしよう。

 

 

 

 

 ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※

 

 

 

 

 加藤家に帰宅すると、すぐに夏海ちゃんが二人分の海老を持って台所に向かった。

 

「これは、今日の朝ごはんは海老チャーハンかな」

 

 俺は特に手伝えることもないので、居間でテレビを見ていることにした。

 

「羽依里君、ちょっといいかな」

 

 チャンネルを回していると、鏡子さんから声をかけられる。

 

「はい、なんでしょう?」

 

「宿題終わってからでいいんだけど、港に買い出しをお願いできないかな」

 

「もちろん構わないですよ」

 

 夏休みに入ってからは、俺たちもカップうどんを食べることが多いし。食糧調達にはできる限り協力しないと。

 

「ありがとう。買ってきて欲しいのは、これなんだけどね」

 

 鏡子さんから買い物メモを受け取る。相変わらずインスタント食品ばかりだった。

 

「はい、海老チャーハンの完成です!」

 

その時、夏海ちゃんがおぼんに海老チャーハンを乗せて、居間にやってきた。

 

「あら、美味しそうね」

 

 良い香りが居間に広がって、嫌が応にも食欲をそそられる。

 

「せっかくなので、鏡子さんも食べませんか?」

 

「そうね。ちょうどカップうどんも切れていたし、ごちそうになろうかな」

 

「はい! すぐに持ってきますね!」

 

 夏海ちゃんは台所に戻ると、すぐに鏡子さんの分もチャーハンを持ってきた。

 

「それでは、いただきましょう!」

 

 夏海ちゃんがエプロンを外して、食卓に着く。

 

 それから手を合わせて、三人で海老チャーハンを食べ始める。

 

 

「うん。美味しい」

 

 しっかりと海老の風味がチャーハンに浸みこんでいた。

 

 ぶつ切りにされた身もプリプリで、しっかり背ワタも取られているみたいだ。

 

「美味しいよ。しっかり下処理もできてるしね」

 

 鏡子さんもお気に召したようだ。

 

「えへへ、しろはさんに色々と教えてもらいました! 海老チャーハンって鉄板ですけど、奥深いんですよ!」

 

 俺もお茶を一口飲んで、再びチャーハンに取り掛かろう……と思ったところで。

 

 ーーでも、海老ってセミっぽくない?

 

「うっ」

 

 神社での蒼の一言が頭をよぎった。反射的に食事の手が止まってしまう。

 

「あれ、鷹原さん、食べないんですか?」

 

「あ、うん……」

 

 俺は自分のスプーンに乗る海老の身をじっと見つめる。

 

「……あのさ、海老ってセミっぽくない?」

 

 俺は一瞬考えて、蒼と同じセリフを口にしていた。

 

「!?」

 

 直後、夏海ちゃんは自分の海老チャーハンに視線を落とす。

 

「……どうしてそういうことを言うんですか!」

 

 やがて顔を上げた夏海ちゃんは涙目だった。

 

「ごめん。俺一人でトラウマを抱えたくなくてさ」

 

「この間のベーコンエッグ、思い出しちゃったじゃないですか!」

 

 え、あの時のベーコンエッグってそんなトラウマものなの?

 

「あら、セミは海老みたいな味がするのよ?」

 

「……!」

 

 鏡子さんが笑顔で追い打ちをかけていた。夏海ちゃんは思わずスプーンを落としてしまう。

 

「な、夏海ちゃん……ほら、勇気を出して食べないと」

 

 落ちたスプーンを台所で洗ってきて、夏海ちゃんに渡す。

 

「ほら、鏡子さんも何か言ってあげてください」

 

「アブラゼミよりクマゼミのほうが美味しいよ」

 

 ……違う、そうじゃない。

 

 

 その後は黙々とチャーハンを食べた。

 

 夏海ちゃんは海老をどけて食べていた。さすがに悪いことしたかな……。

 

 

 

 

 朝食の後は気を取り直して、夏海ちゃんと向かい合って宿題をする。

 

 自分の宿題を終えた後、まだ原稿用紙に向かっていた夏海ちゃんに声をかける。

 

「それって読書感想文?」

 

「はい、もう少しで書きあがりそうなんです」

 

 見ると、原稿用紙は三枚目に突入していた。

 

「今朝、鏡子さんに買い出しを頼まれてさ。今からちょっと港に行ってくるよ」

 

「わかりました。私もこの宿題が終わったら、沢田さんの所に行ってきます」

 

「沢田さん?」

 

 ああ、あのウリボウの所に行くのか。

 

「そうなんだ。気をつけてね」

 

「はい! 鷹原さんも気をつけてください!」

 

 夏海ちゃんに見送られて、家を後にする。時間はあるので、歩いて港へと向かった。

 

 

 

 

 ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※

 

 

 

 

 港の商店で鏡子さんから頼まれた買い出しを済ませる。量は多いけどインスタント食品ばかりだし、そこまで重くはない。

 

「さて、戻ろうかな」

 

 まだ午前中だけど、今日もかなりの暑さだ。帰っても夏海ちゃんもいないだろうし、駄菓子屋にでも行こうかな……。

 

 そんなことを考えていると、いつもの出店が出ている場所に、見慣れない店が出ているのが目に入った。

 

「飴細工……?」

 

 近づいてみると、飴細工の出店みたいだった。乳白色の飴で、色々なものが作られていた。

 

 ひとつ気になったのは全部が全部、猫の形をしていることだった。

 

「いらっしゃい」

 

 物珍しさに惹かれて商品を眺めていると、店番の男性から声をかけられた。茶髪で背の高いにーちゃんで、どうも本土の人らしい。

 

「これ、にーさんが作ったのか?」

 

「ああ、よくできてるだろ?」

 

 少年っぽい笑顔だった。

 

「すごいな」

 

 ずごく上手だった。この猫とか、今にも動き出しそうだし。

 

「お、レノンに興味があるのか?」

 

「え、レノン?」

 

「ああ、レノンだ」

 

 この猫の名前だろうか。なかなかにかっこいい。

 

「その隣の猫はヒョードル、その奥のがシューマッハだ。その右のが……」

 

 どうやら全部の猫に名前がついているらしかった。よく見ると、模様や大きさが微妙に違う。

 

「せっかくだから、一つ買って行こうかな」

 

 読書感想文を頑張ってる夏海ちゃんのお土産にちょうどいいかもしれない。夏海ちゃん、どこか猫っぽいし。

 

「どれにしようかな」

 

「そうだ。せっかくだし新しいのを作ってやるよ」

 

「それじゃ、お願いするよ」

 

「どんな猫がいい?」

 

 あ、やっぱり基本は猫なんだな。

 

「親戚の……小学生の女の子にあげるから、可愛らしいのでお願いするよ」

 

「よし、まかせとけ」

 

 ゴルフボールよりちょっと大きいかなと思えるサイズの水飴を取り出して、それを固めながらハサミや手で形を整えていく。見事な手際だった。

 

「すごいもんだな」

 

 俺と大して歳も変わらなそうなのに、すごい手際の良さだった。

 

「基礎を習えば、誰でもこれくらい作れるようになる」

 

 そんな話をしていると、飴は四本足の動物とわかるところまで形作られていた。

 

「ところであんた、この島には詳しいのか?」

 

「えっと、それなりには」

 

 定期的に長期滞在しているし、ほとんど住人みたいなものだけど。

 

「なら、色々と聞きたいことがあるんだが、教えてくれないか?」

 

「俺にわかることなら」

 

「ああ、構わない。立ち話も何だし、そこの椅子に座ってくれ」

 

 にーさんは飴細工を続けながら、出店の脇に置かれた椅子を勧めてきた。俺はそこに腰を下ろす。

 

 

「まず、この島に野球チームはあるか?」

 

「え、野球チーム?」

 

「ああ、野球チームだ」

 

「たぶんあるんじゃないかな」

 

 水球のチームがあるくらいだし、野球のチームもありそうな気がする。

 

「野球ができる場所もあるわけだな?」

 

「一応、小学校のグラウンドがある」

 

「そうか、広い場所もあるんだな」

 

 何かで使ってるって話は聞いたことないような。俺が知らないだけかもしれないけど。

 

「この島に宿泊できる施設や、食事処は?」

 

「港にホテルがあるぞ。しなびてるけどな」

 

「泊まれる場所があれば十分だ」

 

「食事処も食堂があるぞ。夜しかやってないけどな」

 

 しれっとしろは食堂の宣伝もしておいた。

 

「すごいな。予想以上に充実してるんだな」

 

 その後も色々な話をしてしまった。このにーさん、聞き上手というか、他人と打ち解けるのが上手だ。

 

「……良い人たちが多いんだな。想像通り、良い島だ」

 

「ああ。ここは良い島だぞ」

 

 俺もすっかり話し込んでしまい、話が終わるころには昼前になってしまった。

 

 なんか、色々話してしまった気がする。詳しく覚えてないけど、色々と。

 

 いつの間にか飴細工は完成していて、袋に入れられていた。

 

「おっと、もうこんな時間かよ。羽依里、長々と引き留めて悪かったな」

 

 笑顔のにーさんから飴細工を渡された。

 

「あれ、お代は?」

 

「いや、色々と為になる話を聞かせてもらったし、お代はいい」

 

「そうか。悪いな」

 

「羽依里、また会おうぜ」

 

「ああ、ありがとな」

 

「夏海ちゃんによろしくな」

 

 にーさんは港の入り口まで俺を送ってくれ、そのまま手を振って別れる。

 

 

 

「……あれ、そういえば俺、いつの間に名前教えたっけ」

 

 よく思い出すと、名前以外にも色々と話してしまった気がする。

 

「俺、夏海ちゃんの名前まで教えちゃってたみたいだし」

 

 彼の子供っぽさというか、独特の雰囲気に飲まれてしまったみたいだ。

 

「何というか、すごいカリスマ性のある奴だったよな……」

 

 置きっぱなしにしていた荷物と、もらった飴細工を手にして、俺は港を後にした。

 

 

 

 

 ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※

 

 

 

 

 港から帰る途中、静久と紬が住宅地の方から歩いてきた。

 

「あら、パイリ君」

 

「タカハラさんも、お買い物ですか?」

 

 俺の荷物を見て、紬が言う。

 

「うん、ちょっと港に買い出しにね」

 

「パイリ君も大変ね」

 

「なんだかんだで居候の身だし、これくらいはやらないとね」

 

「むぎゅ、タカハラさんはイソーローですか?」

 

「うん、イソーローなんだ」

 

 なんだろう、なんとなく納屋で寝泊りしている、とっぽいにーちゃんが浮かんでしまった。

 

「そういう私と紬も、よく灯台に居候してるわね」

 

「そですね。イソーローしてます!」

 

 笑顔で話す紬の手には、大きな袋が握られていた。

 

「紬たちも買い物?」

 

「はい! 駄菓子屋でサンザイしてきました!」

 

「散財?」

 

「ふふ、昨日貰った駄菓子屋の商品券でね。いろいろ買い物してきたのよ」

 

 静久がそう説明してくれる。

 

「かき氷を注文したんだけど、藍ちゃんから『商品券ではおつりが出ませんよ』って言われてね。結局、500円分ワタアメを買ったのよ」

 

「はい! これでしばらくはワタアメに困りません!」

 

 二人が両手いっぱいに持ってる袋の中身はワタアメだったのか。そりゃ500円分も買えばかさばるだろうな。重くはないだろうけど。

 

「そいえばタカハラさん、昨日いただいた、副賞についてなんですが」

 

「え、副賞?」

 

「パイリ君とのデートの権利よ」

 

 静久が笑顔でそう続ける。

 

「むぎゅ、そ、そうです!」

 

 デートって言われると、なんとなく小恥ずかしい。

 

「さっそくなんですが、明日はどうでしょーか……?」

 

「明日?」

 

「はい! 明日です!」

 

 恥ずかしいのは紬も同じなんだろう。耳まで真っ赤になってる。静久も一緒なんだし、そこまで意識しなくても。

 

「うん。明日は用事もないし、いいよ」

 

「そですか。良かったです!」

 

 顔を赤くしていたと思ったら、すぐに安堵の表情を浮かべていた。ころころ表情が変わって楽しい。

 

「紬は、どこか行きたい場所ある?」

 

「えっとですね」

 

 紬は顎に手を当てて、考えている。

 

「せっかくだし、紬は本土の方に行ってみたいのよね?」

 

「そでした! 本土で行きたいお店があります!」

 

「行きたいお店?」

 

「ぬいぐるみの専門店よ。一度、紬を連れて行ってあげたかったの」

 

 ぬいぐるみ専門店。なんというか、すごく紬らしい。

 

 大きなくまのぬいぐるみに『むぎゅ~』している、紬の姿が容易に想像できた。

 

「紬も、今度は遅刻してきちゃ駄目よ?」

 

「だな」

 

 ……ん、今度?

 

「お昼前に港に集合して、ご飯は向こうで食べましょ」

 

「そですね!」

 

 何かが引っかかったけど、すぐに忘れてしまった。

 

 その後も、三人で明日の予定を考えていた。こういうのって予定を立てる時が、一番楽しかったりするよね。

 

 

 

 

 ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※

 

 

 

 

 紬たちと別れ、加藤家に帰宅する。

 

「ただいまー」

 

「あ、おかえりなさい。遅かったですね」

 

 荷物を持って帰宅すると、夏海ちゃんが居間の掃除をしていた。

 

「まさか、私より遅いとは思いませんでした」

 

 そういえば夏海ちゃんは、あのウリボウの所に行ってたんだっけ。

 

「色々な人と話し込んじゃってさ」

 

「そうなんですね」

 

「あ、これお土産」

 

 俺は持っていた飴細工を夏海ちゃんに渡す。

 

「ありがとうございます……なんですかこれ?」

 

「飴細工だよ。確かレノンだってさ」

 

「白猫ですね。可愛いです!」

 

 夏海ちゃんは飴細工を受け取った後、すぐに冷蔵庫にしまっていた。あの見た目だし、すぐに食べるのは勿体無かったんだろう。

 

「もうちょっとで掃除終わりますから、それからお昼ご飯にしましょう!」

 

「あ、手伝うよ」

 

 俺も鏡子さんから頼まれた荷物を台所に運んだ後、すぐにデスキンモップを持って、掃除に参加した。

 

 

 

 

 掃除の後、昼食の準備に取り掛かる。港で買ってきたカップうどんの中から、天ぷらうどんをチョイスした。

 

 俺と夏海ちゃんは具の天ぷらを取り出して、カップの中にかやくと粉末スープを入れる。悲しきかな、手慣れたものだった。

 

「夏海ちゃん、お先にお湯どうぞ」

 

「はい!」

 

 夏海ちゃんは一度取り出した天ぷらをカップに戻してから、お湯を注ぐ。

 

「あれ、そのままお湯入れちゃうんだ?」

 

「はい、そうですけど……?」

 

「それだと、せっかくサクサクの天ぷらがびたびたになっちゃうよね?」

 

 おつゆも減っちゃうし。

 

「この、おつゆを限界まで吸った感じが美味しいんじゃないですか」

 

「そんなものかなぁ」

 

「ですです。一度やってみたら、絶対ハマりますから」

 

 夏海ちゃんには悪いけど、俺は後乗せサクサク派だ。あの歯ごたえを楽しんだ後、少しずつおつゆに浸して食べるのが良いんだ。

 

 

 

 それからきっちり三分後、二人で思い思いに天ぷらうどんを堪能した。

 

 

 

 昼食後、高校野球を見ながら、夏海ちゃんとまったり過ごしていた。

 

『白熱の第二試合も、いよいよ終盤です。2-1で迎えた9回裏、ツーアウト2塁。国崎高校は一打同点、ホームランが出ればサヨナラのチャンスを迎えています。対する尾根高校のエース折原は、このピンチを抑えきれるか』

 

 テレビから試合状況を知らせるアナウンスが流れていた。どっちも知らない学校だった。

 

「夏海ちゃんは、どっち応援してるの?」

 

「今攻撃してる方です! すごいバッターがいるんですよ!」

 

「へぇ、そうなんだ」

 

「ほら、今ちょうど打席に立ってるのがそうです!」

 

 夏海ちゃんは食い入るように画面を見ている。

 

『迎えるバッターは4番田淵。ピッチャー折原、第一球……投げた!』

 

 次の瞬間、快音が響き、バッターが打ったボールはぐんぐん伸びていく。

 

『これは大きい! センターを守る斉藤はボールを見送るしかありません!』

 

 そしてフェンスを軽々と超えた。すごい、ホームランだ。

 

『田淵やりました! サヨナラホームランです!』

 

「へぇ、本当にすごいバッターだね」

 

「はい! たぶち、すごいんですよ!」

 

 夏海ちゃんは応援している方が勝ったからか、大興奮だった。もしかして野球好きなのかな。

 

「あのー、ごめんくださーい」

 

 高校野球の興奮冷めやらぬ中、玄関から声がした。

 

「あ、はーい!」

 

 返事をしながら出てみると、鴎が居た。

 

「やっほー。羽依里」

 

「鴎?」

 

「なっちゃんもいる? 二人に聞いて欲しい話があるんだけど」

 

「話?」

 

 何だろうと思いつつ、夏海ちゃんを呼ぶ。

 

「鴎さん、こんにちわです!」

 

「こんにちわ、なっちゃん」

 

 挨拶すると、すぐに鴎が俺達の方に顔を寄せてくる。

 

「……ねぇねぇ二人とも、キャプテンカモーメッの財宝に興味ない?」

 

「え、なんの財宝?」

 

「キャプテンカモーメッ。今日のイベントだよ。皆に声をかけて回ってるんだけど」

 

「ああ、そういうことか」

 

「あの、どういうイベントなんですか?」

 

「それは来てのお楽しみ。教えてあげないよ!」

 

 やっぱりか。財宝とか言われると、すごく気になる。

 

「夏海ちゃん、参加してみる?」

 

「はい! 参加してみます!」

 

 夏海ちゃんも乗り気だし、参加しない手はない。

 

「鴎、場所は駄菓子屋か?」

 

「ううん、役所前に集合」

 

「え、役所?」

 

「うん。色々あるんだよ。場所代とか」

 

 何それ、駄菓子屋ってそういうの取るの?

 

「14時になったら始めるから、それまでに役所に来てね」

 

「わかった」

 

「それじゃ、また後でね」

 

 鴎はスーツケースを引きながら去っていった。

 

「役所でイベントとか珍しいけど、行ってみようか」

 

「はい、行きましょう!」

 

 

 

 

 ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※

 

 

 

 

 14時少し前に役所前に到着する。

 

 しろは、良一、天善、紬、静久……いつもの見知ったいつものメンバーの他に、そこにはたくさんの子供たちが居た。

 

 さらに、一番目立つ場所にホワイトボードが出されていて、いくつか文章が書かれていた。

 

 

『ばじりすくが ひしめく さばくに』

 

『かいじんが しゅごする かいていに』

 

『ばんけんが ねむる めいふの いりぐちに』

 

『きゅうけつきを しりぞける おおくの ねもとに』

 

 

 読んでみるけど、さっぱり意味が解らない。今日のイベントに関係しているんだろうか。

 

 そして場所柄、蚊も多いんだろう。ホワイトボードの近くには、ブタの形の入れ物に入った蚊取り線香まで用意されていた。

 

「それでは、ただ今より鳥白島宝探しイベントを始めます!」

 

 時間となり、ホワイトボードの前に鴎とのみきが立つ。

 

「ここに取り出しましたは、古ぼけた一つの宝箱!」

 

 鴎がスーツケースから、大きな宝箱を取り出し、どすっと地面に置いた。

 

 ちょっと待て。あの宝箱、サイズ的に絶対スーツケースに入らないぞ。どうやって入れてたんだ?

 

「この中には、孤高の大海賊キャプテンカモーメッが生涯を賭けて集めた財宝が入ってるの!」

 

 子供相手ということもあってか、鴎はノリノリだった。隣ののみきは笑顔でその様子を見ている。

 

「だけどよく見て! この宝箱には、大きな鍵が4つもついてるの!」

 

「ほんとうだー!」

 

「あれじゃ、あけられないよー」

 

 子供たちの声が飛ぶ。確かに目の前の宝箱には、4つの南京錠がつけられていた。

 

「キャプテンカモーメッは、この宝箱の鍵を、島のあちこちに隠したの! 今から皆で力を合わせて、その鍵を見つけ出そう!」

 

「えー、そんなのむりだよー」

 

「ねー」

 

 唐突にそんなことを言われても、子供達だけだと難しいかもしれない。

 

「大丈夫! 頼りになるおにーさんたちもいるし、とっておきのヒントもあるんだよ!」

 

 そう言いながら鴎とのみきが配り始めたのは、ホワイトボードに書かれているのと同じ文章が書かれた紙と、この島の地図だった。

 

「ところで頼りになるおにーさんたちって、もしかしなくても俺たちのことかな?」

 

「そうなんだろうね。力になれるかはわからないけど」

 

 隣のしろはも地図とヒントの書かれたメモを受けとりながら、何とも言えない顔をしている。

 

「そういえば、蒼さんたちも来てないですね」

 

 夏海ちゃんに言われて周囲を見渡すけど、空門姉妹の姿がない。駄菓子屋のバイトを抜けられなかったのかな。

 

「無事に四つの鍵を手に入れた暁には、財宝はここにいるカモメ団の皆で山分けだよ!」

 

 財宝、山分け……すごく冒険心をくすぐられる言葉が並ぶ。

 

「なんだか羽依里、楽しそうだね」

 

「なんか年甲斐もなくわくわくしてる」

 

「やっぱり男の子だね」

 

 そういうしろはもどこか楽しそうだった。

 

 でも、キャプテンカモーメッの財宝を探す、カモメ団……なかなかにカオスだった。

 

「ただし、制限時間は今から2時間! 16時までだよ!」

 

 そんな中、鴎のルール説明は続いていた。

 

「もし、時間までに宝箱を開けられなかったらどうなるの?」

 

「陽が沈んだら、キャプテンカモーメッの亡霊が財宝を守りに来るから、それまでに撤収だよ! つまりはゲームオーバー!」

 

 今度はお化けのようなポーズをして、子供たちを怖がらせる。本当に演技が上手だな。

 

 

「それじゃ皆、頑張ろう! カモメ団、しゅっぱーーつ!」

 

「それいけーーー!」

 

 ルール説明の後、鴎の号令を合図に皆思い思いの場所に散っていった。これだけの人数が居るし、なんだかんだで鍵もすぐに見つかりそうだ。

 

 

「……あれ?」

 

 気がつけば、俺一人だけ取り残されていた。

 

 俺はもう一度、手元の地図とヒントを見る。

 

「うーん……」

 

 この四つの言葉をヒントに、地図を見ながら島中に隠された鍵を見つける……分かりやすく言えば、子供向けのウォークラリーのようなものだった。

 

 子供向けだから、ヒントもひらがなで書かれてるんだろう。

 

「とりあえず、俺も探そう」

 

 ヒントを見て、わかりそうなやつから探してることにした。

 

 

 

 

 ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※

 

 

 

 

『かいじんが しゅごする かいていに』

 

 まずはこのヒントに的を絞り、住宅地を歩く。

 

「うーん、かいじん、カイジン、怪人……」

 

 ぶつぶつ言いながら、住宅地を歩いていると、前からしろは達が歩いてきた。

 

「あ、羽依里」

 

「しろは、何か見つかったか?」

 

「ううん。番犬を探してるんだけど」

 

「番犬……ああ」

 

 この『ばんけんが ねむる めいふの いりぐちに』ってヒントか。

 

「番犬っていうくらいだから、犬だとは思うんだけどね。パイリ君、この辺りで犬を飼っている家、知らないかしら」

 

「いや、俺もよくわからない」

 

 どうやら紬や静久と一緒に、しらみつぶしに探しているみたいだった。

 

「羽依里は何を探しているの?」

 

「怪人を探してるんだ」

 

「かいじん?」

 

「そう、チュパカブラとかいるのかもしれないし」

 

「チュパ……なに?」

 

「ウシとかの家畜を襲って血を吸う怪物だよ」

 

「そ、そんなのいるですか!?」

 

 しまった。紬が本気で怖がってる。

 

「ウシを襲うっていうことは、私も襲われてしまうの!? チュパイカブラって恐ろしいわ!」

 

 隣の静久も、ものすごく取り乱していた。例の着ぐるみさえ着てなきゃ大丈夫だとは思うけど。それ以前に、なんか名前が違うような。

 

「羽依里、変なこと言わないで。ほら二人とも、行くよ」

 

「もしチュパイカブラに襲われたら思いっきり叫ぶから、パイリ君助けに来てね」

 

「あ、ああ、任せてくれ」

 

 冗談なのか本気なのかわからないかったけど、とりあえず返事だけはしておいた。

 

 

 

 

「よう、羽依里」

 

 しろは達と別れ、住宅地をさすらっていると、今度は前方から良一と天善が歩いてきた。二人ともウエットスーツを着ていた。

 

「二人とも、その格好はなんだ?」

 

「鍵を探しに行こうと思ってな」

 

「え、どこに?」

 

「海神が守護する海底に決まってるだろ」

 

 なるほど、怪人じゃなく、海神なのか。

 

 二人とも水中銃とモリを持っている。どうやらあれで海神と戦うつもりみたいだ。

 

「それじゃ、行ってくるぜ」

 

「ああ、頑張って来いよ」

 

 二人は意気揚々と海へ向かっていった。俺はその背中を見送ることしかできなかった。

 

『鳥白島宝探しツアー、鍵の発見状況をお知らせするぞ』

 

 直後、鉄塔からのみきの声が聞こえた。

 

『番犬が守護する鍵は発見された。繰り返す。番犬が守護する鍵は発見された。残りの鍵は3つだ』

 

 しろは達の人海戦術が功を奏したんだろうか。鍵の一つが発見されたらしい。

 

 今思えば、役所前に出されていたホワイトボードも恐らく役所のものだろうし、このヒントが書かれた紙も役所のコピー機で出したんだろう。

 

 鉄塔からの経過報告といい、しっかり準備されたイベントだった。

 

 

 

 

 ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※

 

 

 

 

 俺は結局怪人の正体が掴めず、目標物を変更することにした。

 

「よし、次はこれだ」

 

『ばじりすくが ひしめく さばくに』

 

 バジリスクっていうと、あれだよな。ニワトリの体に蛇の尻尾を持った化け物だ。 

 

 こういう時、オカルトの知識が生きるよな。

 

 そんなことを考えながら歩いていると、役所前に戻ってきていた。

 

 見ると、鍵が発見された鍵のヒントには、赤いペンで大きく丸印が書かれている。獲得済みという意味だろう。

 

「あ、羽依里」

 

 声がした方を見ると、鴎が何やら作業をしていた。のみきは鉄塔の方に行っているんだろう。姿がなかった。

 

「裏方も大変そうだな」

 

「皆が楽しんでくれてたら、それでいいよ」

 

 場所が場所だけに、大粒の汗をかいているけど、鴎は笑顔だった。

 

「ところで鴎、バジリスクなんだけど」

 

「え、まさか羽依里、バジリスクを知ってるの?」

 

「空想上の生き物で、口から吐くガスで石にしてくるんだ。うけーーってな」

 

「うけーーって?」

 

「そう。うけーーって。大きなニワトリみたいな見た目で……」

 

 ……ん? ニワトリ?

 

「あれ、どうしたの?」

 

「いや、ちょっとな」

 

 ニワトリのひしめく砂漠……となると、あそこかな。

 

 鍵のありかの目星がついた俺は、しろはの家に向かった。

 

 

 

 

 ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※

 

 

 

 

 しろはの家に到着すると、その門の影に隠れるようにして、数人の男の子がいた。

 

「あれ、皆どうしたの」

 

「あ、にーちゃん」

 

「ほら、あの鶏小屋を見てくれよ」

 

 ちょっと太っちょな子が示す先……鶏小屋の天井に近い所に、精巧な装飾が彫られた鍵がぶら下がっていた。

 

「おお、鍵だ」

 

 どうやら、俺の予測は間違ってなかったみたいだ。

 

「皆、取りに行かないの?」

 

 ハチの巣もないし、今は安全のはずだけど。

 

「ラスボスが目を光らせてるんだ」

 

「え、ラスボス?」

 

 子供たちの指差す先を見ると、そこにはしろはのじーさんがいた。何やら、鶏小屋の掃除をしているみたいだった。

 

「ああ、あの人が恐いのか」

 

「うん、こわいおじーさんって有名で」

 

 だから皆、この場所で尻込みしてたわけか。確かに、しろはのじーさんは顔も声も怖いしな。

 

「よし、それじゃ俺がお前達を守ってやるからな」

 

「やったー! なら、にーちゃんは俺たちのガーディアンだ!」

 

「よし、俺がラスボスを引き付けるから、その間に鍵を奪取するんだ」

 

「わかった!」

 

「がんばれ、ガーディアン!」

 

「ギギギ、まかせておけ。ギギギ」

 

 子供たちの声援を背に、俺はしろはのじーさんの前に躍り出る。

 

「む、羽依里。どうした」

 

「じーさん! 四天王スクワットだ!」

 

「何?」

 

 そう言ったのは良いものの、二人では四天王スクワットはできない。

 

「えっと……俺が白虎以外の全ての役をやってやる!」

 

「ほう、良い度胸だ。そこまでしてわしと四天王スクワットをしたいのか」

 

 そういうわけじゃないけど、ここまで来たら後には引けない。

 

「いくぞ! ししんそうおう! 青龍!」

 

 そして、じーさんと二人っきりでの四天王スクワットが始まった。

 

「せい! せい! 白虎!」

 

「びゃこ! びゃこ! 玄武!」

 

「げん! げん! 朱雀!」

 

 俺としろはのじーさんが四天王スクワットをやっている間に、子供たちは駆け込んできて無事に鍵を入手。

 

 一目散に役所の方に走り去っていった。

 

 よし、作戦成功だ。せい! せい!

 

 俺も頃合いを見て逃げ出さないと。げん! げん!

 

 このままじゃいくら体力があっても足りない。せい! せい!

 

 段々と足の感覚がなくなってきた。ざく! ざく!

 

 

 

 

 

 ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※

 

 

 

 

 

「ぜえ、はあ、ひどい目にあった」

 

 ようやく解放された俺は、足を引きずりながら役所に戻った。

 

 途中、鉄塔から二つの鍵が見つかったとの放送があった。残る鍵は一つみたいだ。

 

 役所前に戻ると、そこにはほとんど全員が集まっていた。

 

 腕時計を見ると、終了時刻まであと30分もない。あと一つとはいえ、鍵を見つけるのは難しいかもしれない。

 

「くそ、四天王スクワットで時間をかけすぎたみたいだな……」

 

「おお、ガーディアンのお戻りだ!」

 

「おかえり、ガーディアン!」

 

 その時、さっきの子供たちが俺の帰還を祝福してくれた。

 

「ガーディアン……?」

 

 しろはが怪訝な目で俺を見ていた。

 

「た、ただの子供の遊びだよ。ギギギ」

 

「そ、そう」

 

「それよりタカハラさん、ナツミさんはすごいんですよ!」

 

 その時、紬がすごく嬉しそうな声で話しかけてきた。

 

「え、どういうこと?」

 

「隠されていた鍵のうち、二つを見つけてしまったんです! それはもう、鮮やかでした!」

 

 バジリスクの鍵は俺が見つけたけど、怪人と老犬の鍵は夏海ちゃんが見つけたのか。

 

「そうなんだ。夏海ちゃん、よくわかったね」

 

「本と同じでしたから!」

 

「本?」

 

「はい、ひげ猫団の冒険です!」

 

「ああ、四つの鍵のついた宝箱……そっか」

 

 今回のイベント、どこかで見た記憶がある思ったら、あの本の内容に沿ってたんだ。

 

 本だと確か、長い時を生きた犬……ケルベロスが鍵を守っていたんだっけ。

 

「だから、この島で一番長生きをしている犬を探したんです! その犬小屋の中にありました!」

 

「……じゃあ、怪人は?」

 

「それは、神社です!」

 

「え、神社?」

 

「はい! 海神を祭る神殿です! 本の中に、そっくりな描写がありました!」

 

 夏海ちゃんによると、この島で神殿と言えば神社だろうと思い神社に行ってみると、社殿の所に鍵がぶら下がっていたらしい。

 

「本でも、間抜けな仲間は海の中を探していたみたいですが、頭の切れる主人公は神殿で鍵を見つけるんですよ!」

 

 夏海ちゃんは身振り手振りを交え、熱弁をふるっていた。あれだけ夢中になって読んでた本だし、当然だろう。

 

「間抜けな仲間……か。言い得て妙だな」

 

 そう呟くのは、ずっと海底を探していたらしい良一と天善だ。相変わらずウェットスーツ姿で、疲れた顔をしている。

 

「あ、違うんです! そんなつもりで言ったわけじゃ……」

 

「いや、気にしないでくれ。正論だからな」

 

 なんにしても、夏海ちゃんの功績は大きい。俺も一つ見つけたけど、ほとんど偶然だった。あの本との関連性には全く気付いてなかったし。

 

「でも、あと一つだけわからないんです」

 

 夏海ちゃんも手元の紙に視線を落とし、考え込んでしまう。

 

『きゅうけつきを しろぞける おおくの ねもとに』

 

「夏海ちゃん、これって確か」

 

「はい、違うんですよ。本の内容と違うんです」

 

 これは覚えてる。本に乗ってたのは確か『おおわしがすむ てんくうの しろに』だったはずだ。

 

「あ、そこは変えたんだよ」

 

 そういうのは鴎。

 

「ほら、それっぽいこと書いて、子供たちが木に登ったりしたら危ないじゃない?」

 

「あー、確かにそうだな」

 

「だから、最後の一つはオリジナルなの。全部が全部本の通りだと、わかる人にはすぐにわかっちゃうからね」

 

 なるほど、他の鍵が見つかっても、結局この最後の鍵を見つけないと、宝箱は開かないわけだ。

 

 そして、制限時間は刻一刻と迫ってきている。

 

 俺たちは鴎の策に見事にはまってしまっていた。その場の皆でヒントを前に考え込んでしまう。

 

「うーん、吸血鬼……退ける……多くの……根元……」

 

 なんだろう。ニンニクの事だろうか。吸血鬼は退けるし、地面に埋まってるし。

 

「むぎゅ、おーくってなんでしょーか」

 

「そりゃ紬、多く……沢山ってことじゃ……」

 

 ……ちょっと待てよ。これはもしかすると。

 

「……そうか、おおくって、オークのことか」

 

「羽依里、オークって何?」

 

「オークってのは、豚の怪物なんだ」

 

「豚?」

 

「そう、豚」

 

「吸血鬼を、退ける、豚の、根元……わかった。たぶんこれだよ」

 

 しろはは何かに気付いたらしく、ホワイトボードの近くに置かれていた蚊取り線香入れに近づいていく。その蚊取り線香入れは、ブタの形をしていた。

 

 それを下の台座ごと持ち上げると、その下に鍵があった。

 

「おお、あった」

 

「しろはさん、すごいです!」

 

 その場にいた皆から驚きの声が上がる。まさか、こんな所にあったなんて。

 

「むぎゅ! まさに灯台下暗しですね!」

 

 紬が言うとやけに説得力のあることわざだった。

 

「でもしろは、なんでわかったんだ?」

 

「吸血鬼ってのは、蚊のことだよ」

 

 ああ……蚊は確かに血を吸うもんな。

 

「その蚊を退けるってことは、蚊取り線香のことだよね」

 

 鍵を手にしたしろはは、どこか得意げだった。

 

 腕時計を見ると、制限時間の5分前だった。

 

「これで4つの鍵が揃ったね! ギリギリセーフ! ミッション達成だよ!」

 

 鴎がそう宣言すると、会場全体が歓喜の渦に包まれた。

 

 

 

 

「それじゃ、開けるよー。皆、もっと寄ってー」

 

 その後、鴎が宝箱の鍵を一つずつ外していく。

 

 鍵を全て外した後、宝箱のふたを開ける。

 

「「おおーー!」」

 

 中には溢れんばかりの金貨が入っていた。

 

「約束通り、中の財宝は皆で山分けだよ!」

 

「やったーー!」

 

「いえーーい!」

 

 宝箱から顔を覗かせた金貨も、それを見つめる子供達の顔も、夕日に照らされてきらきらと輝いていた。

 

 

 

 

 やがて、鴎の言う通りに財宝は山分けされ、一人頭2枚ほどの金貨が行き渡った。

 

 手元にあるコインはおもちゃという感じではなく、ずっしりと重量感のある本格的なものだった。

 

「きれいですねー」

 

 夏海ちゃんはもらった金貨を陽の光に当てながら、嬉しそうだ。

 

「ふっふっふ。これはただの金貨じゃないんだよ」

 

「え、どういうことですか?」

 

「実はこの金貨一枚と、駄菓子屋のお菓子、どれでも一つと交換できちゃう!」

 

「ほんと!?」

 

「すげー!」

 

「やったー!」

 

 鴎の発言を聞いて、子供たちは大喜びだった。

 

 お菓子と交換できるシステムは、鴎らしいと言えば鴎らしい。鴎の意図が分かった俺たちは、割り振られた金貨を小さな子たちに渡してあげた。

 

「ねえ皆、悪いんだけど子供たちを駄菓子屋まで引率してあげてくれないかな」

 

「ああ、いいよ」

 

 鴎は俺たちの方を向いてそうお願いしてきた。もちろん断る理由もないので、快諾する。

 

「ありがとう。私とのみきさんはここの後片付けをしなくちゃいけなくて」

 

「わかった。子供たちは私たちにまかせてくれていいよ」

 

 その後、子供たちを連れて駄菓子屋へ向かう。俺たちは引率者として同行することにした。

 

 

 

 

 

 ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※

 

 

 

 

 

「ぼくはこのベイビースター!」

 

「わたしは、うめジャムがいい!」

 

 駄菓子屋に到着すると同時に、すごい騒ぎになる。

 

「はいはーい。ちゃんと並んでねー」

 

「金貨はこっちに入れてください」

 

 あらかじめ話は通してあったんだろう。藍と蒼は大挙として押し寄せた子供達に動じることなく、金貨を受け取って、駄菓子を渡していた。

 

「だめだよ、ちゃんと並ばなきゃ! ほら、小さい子と女の子が先だよ!」

 

 聞きなれた声がすると思って、よく見てみると、夏海ちゃんが子供たちを並ばせていた。

 

「おおー、ナツミさん、えらいです!」

 

「助かるよな。俺たちじゃ、あの中に入っただけで邪魔になるだろうし」

 

 それにしても、夏海ちゃんのタメ口とか初めて聞いたかも。俺たち相手だと、いつも敬語だもんな。

 

「あれが本来の夏海ちゃんなのかも」

 

「そうかもね」

 

 俺たちは少し離れた場所から、微笑ましい気持ちでその様子を眺めていた。

 

 

 

 

「すごいですね。鴎さんのイベント、大成功じゃないですか?」

 

 騒動の波が落ち着いたころ、笑顔の夏海ちゃんがこっちにやってきた。

 

「夏海ちゃんは駄菓子、なに選んだの?」

 

「えへへ、私が一番年上っぽかったので、他の小さな子にあげちゃいました」

 

 今日は大活躍だったんだから、一つくらい貰っても誰も文句言わないと思うけど。

 

 

「あ、羽依里君。ちょうど良い所に」

 

 夏海ちゃんの労をねぎらっていると、鏡子さんから声をかけられた。

 

「ちょっと大きな荷物が港に届いてるんだけど、バイクで家まで運んでおいてくれないかな。急な寄合が入っちゃって」

 

「わかりました。運んでおきますよ」

 

「ごめん。よろしくね」

 

 鏡子さんはそう言いながら、役所の方に歩いて行ってしまった。あの人、何か役員でもやってるんだろうか。

 

「というわけだから、夏海ちゃんは皆と一緒にゆっくりしていてね?」

 

「わかりました。気をつけて行ってきてください!」

 

「うん。ありがとうね」

 

 

 

 

 

 ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※

 

 

 

 

 

 俺は一度家に戻って、ガレージからバイクを引っ張り出す。

 

 そのまま港へ行って、言われた荷物を受け取る。その場で借りたロープで荷物を荷台に固定して、そのまま帰路に就く。

 

「あれ?」

 

 その帰り道、ふと空を見上げると真っ黒だった。これは一雨来るかもしれない。

 

 

 一本道を抜けた頃には、バケツをひっくり返したような激しい雨が降り出していた。俺は瞬く間に全身ずぶ濡れになる。

 

「これは参ったなぁ……」

 

 既にバイクは住宅地に入っている。雨の中、子供たちが走って帰っているのがちらほら見える。きっと駄菓子屋から慌てて帰っているんだろう。

 

 もう少しで加藤家だ。一刻も早く帰り着きたくて、無意識のうちにスピードを出してしまっていた。

 

 

 ……その時。

 

「はしれーー!」

 

「もー! 危ないから、走っちゃダメだよ!」

 

 すぐ目の前の小路から、数人の子供たちが飛び出してきた。

 

「やばい!」

 

 俺はとっさにハンドルを切る。

 

 子供たちの集団とギリギリの所ですれ違う。なんとかぶつからずに済んだ。

 

 でも、普段は出さないスピードと、雨で濡れた路面のせいもあってバイクのコントロールを失う。俺は大きくバランスを崩し、転倒する。

 

 その衝撃で俺の体はバイクを離れ、勢い良く浮いた。大きく一回転するように、なすすべなく空中へ放り出される。

 

 ……やばい、これはまずい。

 

 俺の体は無防備に宙を舞い、道路沿いのガードレールへと向かっていく。

 

 いくらヘルメットをつけてるとはいえ、このまま鉄の柱にぶつかったら怪我どころじゃ済まない。下手したら……。

 

 俺はまもなく来るであろう衝撃からできるだけ身を守ろうと、必死に体を丸め、目を瞑る。

 

 

 

 

「……あれ?」

 

 ……相当な衝撃を覚悟していたけど、いつまで経っても衝撃は訪れなかった。そればかりか、雨に打たれて冷え切っていたはずの身体が、妙に温かい気もする。

 

「……!?」

 

 恐る恐る目を開けると、俺の体は無数の光に包まれていて、ゆっくりと浮いていた。

 

「な、なんだこれ?」

 

 事故に遭う時は、周囲の動きがスローモーションに感じるとは言うけど、これはそんなんじゃない。それじゃ、この無数の光の説明ができない。

 

 俺はその光を凝視する。よく見ると、それは蝶の形をしていた。

 

「え、蝶……?」

 

 心地良いぬくもりに包まれながら、俺の意識はそこで途絶えてしまった。

 

 

 

「……依里!」

 

「……さん!」

 

「……羽依里! 羽依里!」

 

「鷹原さん!」

 

 ……どれくらいの時間が経ったんだろうか。俺の名前を呼ぶ二人の声で、目が覚める。

 

 目を開けると、既にヘルメットは外されているようで、鉛色の空が見えた。あれだけ降っていた雨も、嘘のように止んでいた。

 

 俺は道路にあおむけで横たわっていて、そんな俺をしろはと夏海ちゃんが左右から覗き込んでいた。

 

 どうやらふたりが、ずっと手を握ってくれていたらしい。

 

「あ、れ……」

 

 俺はゆっくりと上体を起こす。あれだけの盛大に転倒したのに、痛みはなかった。

 

「……間に合って良かったです」

 

 俯いた夏海ちゃんの口から、消え入りそうな声が聞こえた。良く聞き取れなかった。

 

「えっと、ふたりとも、心配かけてごめん……」

 

「本当だよ……羽依里もどこかに行っちゃうかと思った」

 

「え?」

 

 とっさに聞き返したけど、しろははそのまま黙ってしまった。雨は止んでるはずなのに、手のひらに滴が落ちてきている気がした。

 

「鷹原、大丈夫か?」

 

 その時、しろはと夏海ちゃんの間からのみきが顔を覗かせた。その後ろに何人もの人間を連れている。どうやら役所の人達みたいだ。

 

「ああ、なんとか大丈夫みたいだ」

 

「その、色々と状況を確認したいん、だが……」

 

 のみきは戸惑いながら、俺の手を掴んだままの二人を見る。

 

「しろはに夏海ちゃん、俺は大丈夫だよ。だから心配しないで」

 

 そう話しかけると、二人ははっと顔を上げる。周囲には人だかりが出てきて、皆心配そうな顔で見ていた。

 

「えっと、ごめんなさい」

 

 二人がほとんど同時に手を離し、ごしごしと目元を拭いていた。

 

「鷹原、立てそうか?」

 

 その直後、良一と天善がやってきて、俺を立ち上がらせてくれる。

 

「二人とも、悪いな」

 

「気にするな。しかしこれはまた、派手にやったな」

 

 立ち上がって周囲を見渡すと、かなり離れた道路上に相棒のバイクが転がっていた。サイドミラーも折れて、ボディも大きく凹んでしまっていた。

 

 バイクがあの状況なのに、俺の体にはかすり傷一つない。慎重に手足を動かしてみるけど、全く痛みはなかった。

 

「あれだけの事故で怪我一つないのか。不幸中の幸いだな」

 

 俺が怪我一つしていないのがわかると、その場にいた皆が安堵の表情を浮かべてくれていた。しろはと夏海ちゃんも、ようやく安心してくれたみたいだ。

 

「皆、心配かけてごめん」

 

 俺はその場で頭を下げた。

 

「いや、目撃者の話によると、お前は子供たちを避けようとしただけだ。何も落ち度はない」

 

「でも、こういう事故って、色々と」

 

 のみきはそう言ってくれたけど、警察に行ったり、色々とやらなければいけないことがあるはずだ。

 

「心配するな。ここは鳥白島だぞ」

 

 既に役所の人と思われる人たちが、壊れたバイクや、周囲に散らばった部品の回収を始めてくれていた。

 

「バイクの修理にはそれなりの日数がかかると思うが、なんとかしよう」

 

 そう言ってくれたのは天善。ありがたい話だ。

 

「見たところ、怪我の一つもしていないようだが、一応診療所へ行って診察を受けろ。ここの後始末は私達がやっておく。何も心配するな」

 

 笑顔でそう言ってくれるのみきたちに促され、俺はしろはや夏海ちゃんと一緒に近くの診療所へと向かった。

 

 歩いても特に違和感もない。本当に不思議だった。

 

 

 

 

 

 ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※

 

 

 

 

 

 診療所に到着すると、あらかじめ電話で連絡が行っていたらしく、すぐに診察室に呼ばれた。

 

 問診に始まり、打撲や捻挫のチェック、骨折の有無を調べるためのレントゲン撮影、頭部のCT等、色々な検査が行われた。

 

 検査が終わると、診察室にしろはと夏海ちゃんも呼ばれ、一緒に検査結果の説明を受けた。

 

「ふむ、外傷も全くないし、血圧も、レントゲンも、頭部CTも全く異常はない。本当に事故をしたのかと疑いたくなるほどだよ。心配はないさ」

 

「そ、そうですか。ありがとうございます」

 

「もし数日中に何か異常を感じることがあれば、また来なさい。何もないとは思うけどね」

 

「わかりました」

 

 本当に異常がないみたいで、一安心だった。

 

「……鳴瀬さんもこれで安心したかな?」

 

「は、はい……」

 

「ふふ、彼氏さんがなんともなくて良かったわね」

 

「ど、どうも……」

 

 先生や看護師さんに、しろはが茶化されていた。わざわざ二人を診察室に呼んだのは、一緒に説明を聞いてもらって、安心させるためだったんだろう。

 

 その後、特に薬が出るでもなく、そのまま帰された。

 

 すっかり日が落ちてしまった住宅地を、加藤家に向かって三人で歩く。

 

「二人とも、心配かけてごめんな」

 

「本当。彼女に心配かけちゃダメ」

 

「本当にごめん」

 

「何の異常もなかったみたいだし、良いよ」

 

 暗いからよく見えなかったけど、しろはの目はまだ少し赤かった気がする。

 

「でも、しばらくバイクは禁止」

 

「わかってる」

 

 禁止も何も、そもそもしばらくは修理から戻ってこないだろう。

 

「こういう日はお風呂も禁止だよ。急に血圧が上がっちゃうと危ないっていうし」

 

「わかってる。今日は軽く身体を拭くくらいにしておくよ」

 

「あと、晩ご飯だけど、できるだけ消化の良いもので……」

 

 その後も加藤家の前に着くまで、しろはに色々と言われた。異常はないとは言われたけど、やっぱり心配なんだろう。

 

「もし気分が悪くなったら、すぐに診療所に行くんだよ?」

 

「ああ。ありがとうな」

 

 最後まで心配してくれるしろはをなんとかなだめて、加藤家の前で別れた。

 

 その間、何故か夏海ちゃんはずっと黙っていた。

 

 

 

 帰宅後、すぐに鏡子さんに頭を下げる。

 

「役所の方から話は聞いてるよ。怪我がなくて良かったね」

 

「すみません、ご心配をおかけしました」

 

「ううん。いいんだよ」

 

「それであの、荷物……」

 

「それも気にしなくて良いよ。少し前に役所の人が持ってきてくれたし、別に壊れたりしてなかったから」

 

 すぐに笑顔で許してくれた。本当にこの島の皆の優しさには感謝してもしきれない。

 

「夏海ちゃんも、心配かけちゃったね」

 

 その次に、夏海ちゃんにも謝った。

 

「……」

 

「夏海ちゃん?」

 

「……へっ?」

 

 どうやらぼーっとしていたみたいだ。

 

 そういえば、診療所に行った時くらいから元気がなかったし、もしかして雨に打たれて体調悪くしちゃったとか?

 

「夏海ちゃん、大丈夫?」

 

「は、はい! 大丈夫です!」

 

「夏海ちゃんも、心配かけてごめんね」

 

「ほ、本当ですよ、凄く心配しました。無事で良かったです」

 

 話しかけた後は普段と変わらない感じだった。杞憂だったのかな。

 

「それじゃ、晩ご飯にしましょう! しろはさんに言われましたし、今日の晩ご飯は油控えめにしたチャーハンですよ!」

 

 あ、やっぱりチャーハンなんだ。

 

「じゃあ、よろしくお願いするね」

 

「はい!」

 

 夏海ちゃんは台所へと走っていった。

 

 晩ご飯の後、風呂代わりに身体を濡れタオルで拭いた。夏海ちゃんが手伝いましょうと言ってくれたけど、丁重に断った。

 

 入浴が終わった頃、役所の人が来て色々と説明をしてくれた。心配こそされたけど、咎められることはなかった。

 

 その後、大事を取って早めに休むことにした。

 

 部屋に戻って布団を敷いて、その上に横になる。目をつむると、脳裏に事故の様子が蘇ってきた。

 

 

 ……それにしても、ガードレールに叩きつけられる寸前に俺を包んでいた、あの光る蝶たちは一体何だったんだろう……。

 

 温かくて優しい。そんなぬくもりだった。

 

「やっぱりあの蝶たちに、助けられたのかな……」

 

 そんなことを考えているうちに、俺は深い眠りへと落ちていった。

 

 

 

 

第十八話・完




第十八話・あとがき


おはこんばんちわ。トミー@サマポケです。

今日のモーニングコール(?)はしろはでした。イナリ作戦です。オペレーション:イナリです。

そしてそのままの流れで、しろはがラジオ体操初参加ですね。れいだーん。

朝ごはんの海老チャーハンでもひと騒動ありました。これは原作ネタですけど、是非使いたかったネタなんです。

飴細工を作っていた茶髪のにーちゃんは……リトバスをやったことある人なら、たぶんわかるんではないでしょうか。なぜ飴細工なのかは気にしないでください。あの人ならなんなくこなしそうですし。

午後からは本日のイベント、鳥白島宝探しでした。鴎ルートの鍵探しをモチーフに考えてみたんですが、なかなかに難しいものですね。ノリノリで口上をする鴎が可愛いです。

余談になりますが、過去のあとがきでも書いてましたが、この作品中ではPocketルート以外の、消えた世界線の欠片が散りばめてあります。
今回、紬と本土デートの約束をした時に無意識に『今度は三人で楽しみましょう』と言ったのも、本編の紬ルートに関連があるような表現にしています。
本編の紬ルートでは、紬が来なくて本土にお出かけできませんでしたが、この小説ではやり遂げますので、紬推しの皆様、ご安心ください!


■今回の紛れ込みネタ

・飴細工を作っていた茶髪のにーちゃん……上にも書いたので、割愛します。リトルバスターズ最高―!

・納屋で寝泊りしている、とっぽいにーちゃん……居候です。AIRです。主人公です。

・高校野球関連
国崎高校……AIRより。国崎最高―!

尾根高校……ONEより。正確には鍵作品ではないのかもしれませんが、昔はよく一緒くたにされていたので、ご勘弁ください。

ピッチャー折原……ONEの主人公です。名前だけです。本人が野球が得意というわけではありません。

センター斎藤……鍵作品にはかなりの頻度で登場する斉藤です。マスクドなのか、ジェットなのか、スカイハイなのか、ご想像にお任せします。

バッター田淵……AIRです。元は某関西の虎チームに在籍していた三冠王みたいですね。たぶち、すごいんだよ。


以上になります。いくつお気づきになられたでしょうか。
感想など頂けましたら、泣いて喜びます。
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